日曜の午前中、私は街中を散歩をしていた。昨日の大雨が嘘のような青空、私の心とは反対に雲ひとつ見えない。普段なら家でネトゲでもしていただろう。でも、家にいてもかがみのことばかり考えて、辛くなるから。気分が少しは晴れるかなと思ったけど、私の予想とは360°違った。……って、一周してるや。180°ね。時間が経てば、季節が変われば、いずれ忘れられると思っていたけど、胸に刺さったトゲは、未だに抜けないまま。歩いていくうちに、町外れの公園に着いていた。誰もいないのが逆に嬉しかった。誰にも干渉されず、一人でゆっくりできるから。「ふう……」家からこの公園までは結構キョリがあり、疲れ切った足を癒すためにブランコに座った。それからしばらく、ずっと空を眺めていた。かがみへの気持ちは、収まらない。「……大好き」ついに我慢できず、空に向かってそう呟いた。誰もいなくて、本当に良かったと思う。「……私は……かがみのことが……大好き」でも、呟いたからといって、何かが変わるワケもなく。私の心を虚しさが通り抜けていった。――少しくらい、私達に相談してもいいのよ? 私達は――その後、かがみが何を言おうとしていたのかは、なんとなくわかる。言われなくて、よかった。『親友』なんて言葉を聞いていたら、確実に暴走していただろうから。だけど……なんで、言わなかったんだろう? 本当に恥ずかしかったのか、それとも……どのくらい時間が経っただろう、チャプンという音と足の冷たい感触で我に帰った。
「あ……」ブランコの下の窪みにあった、昨日の大雨でできたのであろう水溜まりに、私は足を突っ込んでいた。靴を履いてはいるものの、隙間や足首から水がしみ込んでくる。靴の中がグショグショで気持ち悪かったが、不意に笑みが零れた。それは、自虐の笑い。晴れ渡った町で、私の靴だけびしょ濡れ。それが私を表しているようで、なんだかおかしかった。〈Love is the mirage... ~せつない恋に気づいて~〉このままここにいてもしょうがない、私はグショグショな靴のまま家に帰った。ゆーちゃんが元気よく「お帰りなさい」と言ってきたけど、私は靴下を洗濯機に放り込み、無言のまま部屋へと戻った。とにかく一人になりたかったから。「ふう……」ベッドに仰向けに寝、思わず溜め息がこぼれる。疲れもあったのだろうが、原因はそれだけではなく……「やっぱり、諦めきれないんだな……」諦めようと思えば思うほど、余計に心が痛む。本当は、諦めたくない。かがみと付き合いたい。でも……諦めるしか、出来ないじゃない。私の思いは、絶対に届かないんだから……
「こなたお姉ちゃん、入ってもいい?」ドアをノックする音とゆーちゃんの声。「いいよ。何の用?」身体を起こして返事をすると、ゆーちゃんが不安そうな顔で入ってきた。「こなたお姉ちゃん、何かあったの? 元気がないみたいだけど……」「……なんでも、ないよ……なんでも……」「嘘。こなたお姉ちゃん、何か悩んでるんでしょ? 前から溜め息ばっかりだし」ゆーちゃんはかがみ並みに……いや、それ以上に、私をよく見ている。これが普通の悩みなら、相談するんだけど……「言っても、ゆーちゃんにはわからないよ」「……」帰って、と言わんばかりに横になる。実際、早く出ていって欲しかった。「確かに、私にはわからない悩みかも知れないけど……一人で抱え込むより、少しは楽になると思うな」「え……」横になったまま顔を動かして、ゆーちゃんの顔を見る。その顔は真剣そのもの、いつもの優しいゆーちゃんの顔ではなかった。「それに私、こなたお姉ちゃんに頼ってばかりだもん。たまには私を頼って欲しいな」……負けた、かな。ゆーちゃんの親切心に、私の心が。そう言われると、頼らなざるをえないじゃん。卑怯だよ。でも、負けは負け。私は身体を起こしてゆーちゃんの顔を見る。「ゆーちゃん。今から言うことは、全部本当のことだから、覚悟して聞いてね」「う、うん……」私の言葉に、ゆーちゃんが身構える。私は小さく息を吸い込み……覚悟を決めた。
「私、かがみのことが……好きなんだ。友達としてじゃなく、恋愛感情で」「……え……?」予想だにしてなかったのだろう、私の言葉を聞いたゆーちゃんが驚きで口をおさえた。「私はかがみが欲しい。かがみとずっと一緒にいたい。だけど、私もかがみも女の子……」「……」スカートの裾をギュッと握り締めたままのゆーちゃんを無視して、私は喋り続ける。最初は喋るのに抵抗してたけど、一度喋り始めると止まらなくなるから不思議だね。「私は、かがみに告白したい。でも、かがみは私を友達としか見てくれてない至極まともな女の子。告白したところで、受け入れてくれるはずもない。 断られて、元の生活に戻れるとは思えないし、もしかしたら、私を軽蔑するかもしれない。そうなったら……傍にいることはできない」小さく溜め息をつき、天井を見る。特に意味はないけれど……なぜだか、ゆーちゃんの顔を見たくなかった。「いくら思ったって、私の恋は、絶対に叶わないんだ。だから諦めようとしてるんだけど……諦め切れないんだよ……」瞳から、涙が溢れた。我慢してはいたけれど、涙腺が耐えきれなかったみたい。「……どうして、諦めなくちゃいけないの? そんなの、会う度に辛くなるだけだよ」その言葉に驚いた私は、ゆーちゃんの顔を見た。さっきまでの顔はどこへ行ったのだろう、なんだかイラついているようにも見えた。「やってもいないのに、なんで諦めてるの? まだわからないじゃない」「わかるよ。常識的に考えて。同性に恋をするなんて、おかしすぎるじゃない」「……何を持って常識なんていうの? 同性結婚が認められてる国だってあるんだよ?」前言を撤回しよう。ゆーちゃんは、本当にイラついているみたい。こんなゆーちゃん……初めて見る。
「芸能人と一般人との結婚もある。日本人とアメリカ人との結婚だってある。だから不可能なんてないんだよ。やろうと思えばなんだってやれる けど、こなたお姉ちゃんは何かしようとした? 何もしてないでしょ? ただ怯えてるだけなのを『常識』っていう言葉のせいにしてるだけでしょ!?」ものすごい剣幕で言い寄ってくるゆーちゃんに、私は何も言えなかった。しかも……ゆーちゃんの言葉は、まさにその通りだったから。「かがみ先輩だって、告白したくらいじゃ軽蔑しないと思うよ。もしそうだったら、友達にだってなってないよ それに……もし何かあったとしても、私はずーっと、こなたお姉ちゃんの味方だから」ゆーちゃんの言葉の一つ一つが、私の心の傷を塞いでいく。気付けば私は、ゆーちゃんに抱きついていた。大粒の涙を流しながら、きっとあざが出来てしまいそうなくらい、強く。「ひゃわ!?」「ゆ……ゆーちゃ……あ、あり……が……ああああぁぁ……!」痛がる素振りも、嫌がる素振りも見せずにゆーちゃんは、ただ私の頭を撫でてくれていた。「私、頑張るよ。頑張ってかがみに告白して、かがみと付き合う」あれから数分後、私はゆーちゃんの目の前で誓った。ゆーちゃんが教えてくれたことは、諦めるよりも、何かを求めて傷つく方が良いということ。私を励ましてくれたその気持ちを、踏み躙るわけにはいかない。
「じゃあ、約束だね」ゆーちゃんが左手の小指を出してくる。指切りなんて、何年ぶりだろう。そう思いながら、私も小指を出してゆーちゃんのと絡ませる。『ゆ~びき~りげ~んま~ん、う~そつ~いた~ら……』そこで、二人の声が途切れる。どうやら、同じことを考えていたようで。「本当に針千本飲ませるわけにはいかないよね、さすがに」「何か他にないかな……約束を破った場合……」「あ、じゃあさ……」ゆーちゃんがほんの少しだけ顔を紅くしてこっちを見てきた。
「私と付き合うっていうの、ダメかな?」
……………はい?「え、えと、だから、かがみ先輩と付き合えなかったら、私と、付き合うっていうの……ダメかな……//」耳まで真っ赤になった顔を見て、やっと私は気付いた。私がかがみに恋心を抱いているように、ゆーちゃんも、私に恋心を抱いていることに。でも、ゆーちゃんの言っていることは……「いい、の……? だって、もし告白が成功したら……」「いいの。一番大事なのは、こなたお姉ちゃんの気持ちだから。こなたお姉ちゃんが幸せなら、それでいいから。だって、こなたお姉ちゃんが……好きなんだもん」……ああ、なんで私はあんな程度のことで悩んでたんだろうか。同性の友達に恋をした私なんかよりも、同性の『血縁者』に恋をしたゆーちゃんの方が、よっぽど辛い思いをしてたはずなのに……それでもゆーちゃんは、私を……「ありがとう、ゆーちゃん……」それだけでは、感謝の思いを伝えきれないけれど、優しく微笑んでくるゆーちゃん。多分、わかってくれてるんだと思う。
「あ……あれ……?」刹那、瞼が重くなった。さっき泣いたせいだろう、ゆーちゃんの顔がぼやけて見えてきた。「お姉ちゃん、眠くなっちゃった?」「う……うん……」私は睡魔を我慢できず、そのまま床に倒れそうになった。固い床の衝撃がくると思いきや、柔らかく温かい感触が顔を包み込む。言うまでもなく、そこはゆーちゃんの胸の中だった。「いいよ、ここで寝ても」「ありがと……ゆー……ちゃ……」意識が遠くなる瞬間に見たゆーちゃんの瞳は、濡れていた。夢を見た。私がかがみと出会ってからの出来事を、まるで走馬灯のように。二人で過ごした幸せな時。辿れば、眩しく光っている。もう二度と、あの頃には戻れない。だけど、それは悲しいことなんかじゃなかった。少し前までは絶望の道が広がっていたけれど、ゆーちゃんのおかげで、新しい道が開けた。それは、決して絶望の道なんかじゃなくて……
全てを決めるのは、他ならぬ柊かがみ。私の運命が良い方向に行くか、悪い方向に行くか。それは、かがみの返答次第。例え二人の距離が離れていったとしても、私はそれを受け入れる。だってそれが、私が選んだ道なのだから。――柊かがみ。私の、最愛の人――どんな結末が待っていようとも。私がかがみを愛していたことに変わりはない。かがみを忘れてしまうほどの恋が胸を焦がすまで。私はずっと、かがみの幸せを祈り続ける――
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。
下から選んでください: