「ねえ、姉さん」「なによ? そんな声出して。まつりらしくないわね」 食事の片づけをしていたいのりにまつりが声をかける。 いつもの彼女の軽さからは思いつかないような甘ったるい、それでいて少し けだるさを含んだ声はいのりをくすりと笑わせるのに十分すぎた。「茶化さないでよ。そ、相談があるのよ……」「うふふ、ごめんなさい。で、なんなの?」 最後の食器を拭き終え、戸棚に戻す。そして、妹を見つめながら、テーブルを挟み 対面する席へと腰を下ろす。「あ、あのさ。こ、この間ね、その、え~と……」「何よ? 本当にらしく無いわよ?」「ちょ、ちょっと待ってね」 まつりは深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。「こ、これ……貰っちゃって……」 ポケットから取り出したのは小さな銀色のリング。石も意匠も何も無いが電灯の灯りを 受けてキラキラと輝く小さなリング。「まあ! やったじゃないの! ちょっと悔しいなぁ~。今年のクリスマスは抜け駆けね!?」 姉はそのリングをひょいとつまみ上げ丹念に見つめる。「それがさ……」「それが? どうしたの?」 ごくりとつばを飲み込み、ゆっくりとまつりは言葉を吐き出した。「つ、つつ……」「つ?」「つかさが……くれたの……」
左腕を大きく伸ばし、いのりの持っていたリングを取り返す。 いのりはぽかんと口を開けてまつりの言葉を頭の中で何度も何度も咀嚼してみる。 沈黙が続き、といってもたいした時間ではないのだが、いのりの目の焦点が赤面して 俯くまつりを映し出す。その瞬間、「えーーーーーーーーーーーーーーーっ!」「ちょ、ちょっと! いのり姉さん!!」 イスを後ろに転がすほどの勢いで立ち上がり、絶叫するいのり。突然の姉の行動を 必死で抑えようとするまつり。 その声に驚いて、今にいた両親が顔を出す。「どうしたんだい?」 父ただおが珍しく焦りながら二人に問いかけた。「あ、い、いや、なんでもないのよ? ね? 姉さん」「あ、ああ、うん。なんでもない。なんでもない。いこ?」 必死で取り繕いながら、いのりはまつりの手を取り部屋を抜け出す。 目指すはいのりの自室。途中、やはり声に驚いて降りてきたかがみと出会ったが、 気づかないふりをしてやり過ごした。
「そ、それは何処の話? 何時からリングで、どんなつかさが何人くらい……」「ちょっと、姉さん、落ち着いて! 何言ってるのかわかんないよ!」 動揺するいのりを諌めながらまつりは額に手を当てた。「はあ、困ってるのは私の方だっての。相談する相手、まちがえたかしら?」 その言葉にぶんぶん首を振って否定するいのり。心なしかその表情がにやついてるように 見えたのは、まつりの錯覚ではあるまい。「い、いつ、貰ったの?」「おととい」「どこで?」「私の部屋」「な、なんて言ってたの?」「……」 小気味良く答えていたまつりが急に口をつぐむ。俯き、再び赤面する。「ねぇ! なんて?」 いのりのニヤニヤが増していく。ベッドに腰掛けたまつりの横で、彼女の服の袖を引っ張りながら 身体を揺らす。さながら、子供がおもちゃをねだるかのように。 はあ、と溜息をつき、まつりは次の言葉を捜していた。そして、意を決したように話し出した。「『お姉ちゃん』……」「お姉ちゃん?」「だ、『大好きだよ』って……」
「きゃーーーー!」 まつりが言い終わる間もなく両手を顔に当て、ベッドに倒れこむいのり。「ちょっと、ふざけないでよ! これでも真剣に悩んでるんだから!」 まつりは少し怒ったように姉の服の袖を引っ張り、起き上がるように促した。「ご、ごめん! で、でも……なんて言えばいいのか……」 いのりはニヤニヤに赤面をプラスした挙句、鼻息までも荒くしている。 本当に言うんじゃなかったとまつりは後悔したが、それこそ後の祭りだ。なんて冗談を考えてる場合じゃない。「そ、そりゃあね、私だってつかさの事は好きよ? 優しい子だし、かわいいし、料理なんかも上手だし、 私やかがみなんかよりもずっと女の子らしいし……」 まつりがベッドの上の毛布をつねりながら、もじもじとして呟く。 その瞬間、いのりの部屋の扉がバタンと大きな音を立てて開かれた。「うわ!」 二人はお互い抱き合い、ベッドに倒れこむ。扉の方に視線を向けるとそこにいたのは「か、かがみ!」 きれいな高音のユニゾンが室内に響きそれに続いてじと目の三女が重い声を発する。「女の子らしくなくて、悪かったわねぇー?」 柊家の釣り目チームのエースが本気を出した釣り目だ、いくら妹とはいえ、恐怖するには十分。
「ちょっと、かがみ。聞いてたの!?」 まつりも負けて入られないと立ち上がり、声に力を入れる。「聞こえちゃったのよ! ったく、二人で何話してるかと思えば……」「べ、別にあんたの悪口言ってたわけじゃないのよ!?」「知ってるわよ。なんで私を引き合いに出すかなー? ってこと!」 扉を閉め、かがみは絨毯の上に腰を下ろす。手近なクッションを手に取ると、むすっとした表情で、まつりを見上げる。「だいたい、私達四人で女の子らしさ競ったら、つかさにかなうわけ無いじゃん?」「そ、それもそうね。あの子のああいうところは一番かもねぇ」 かがみの言葉にいのりが頬を人差し指で掻きながら答える。天井を見ながら、おそらくいろんなシチュエーションでも 想像してるのだろう。「じゃ、じゃあ、その前の……」 まつりは力が抜けたように再びベッドに腰を下ろし、声を絞り出す。 しかし、それもかがみの声により遮られる。「あらっ? これは……」 何気なく下を向いたかがみの視線の先にあったのは銀色のリング。 それをひょいとつまみ上げ、目の前に持ってくる。「う、うわぁー! だめ! そ、それはだめ!」 ベッドから跳ね上がり、床の上にダイブするまつり。勢いで、のけぞり仰向けになるかがみ。ちょうど、まつりが かがみに覆いかぶさるような体制になった。「なによ! び、びっくりするじゃない!」
ばんざいをした格好で倒れるかがみの身体をよじ登るように這い進むまつり。その目指す先は左手に握られたリング。「ちょ、ちょっと、まつり姉さん!」「二人とも、子供じゃないんだから、いい加減にしなさいよ!」 なんだかわけも分からず抵抗するかがみ。セーターがまくれ上がり下着が顔を出す。一緒にスカートも捲くれ上がったのだが、 これ以上の描写はここでは必要ないので、割愛する(作者)。すまん、皆。色なら水色のストライプだ! その横で、さすがに目の前で繰り広げられる光景に、姉としての自覚を思い出し、いのりは制止に入る。 だが、まつりの動きは止まらない。こうなったら、かがみの服を引き剥がしてでも取ってやろうと考えていた。「じっとしてなさいよ! てか、さっさとそれ返して!」「返して!? 何言ってるの? これ私のじゃない!?」「え?」「は?」「ん? な、なによ。どうしたのよ、二人とも。私、変なこと言った?」 かがみの一言に同時に声を出して動きを止める二人の姉。硬直した空気が自分の発した言葉が原因だと気づき、 額に汗するかがみ。「か、かがみ、なんて言った? 今?」 目が点というのはこういうことを言うのだろう。まつりはきょとんとしてかがみを見る。口はまるで操り人形のように パクパクと開いていた。
「だ、だから。これ私のでしょ? って言ったの。それがどうか……」 そう言いながら、かがみはリングをしまう為、スカートのポケットに手を突っ込む。すると、「あ、あれ? あぁ、そういうことか! ははは、ごめん。まつり姉さん!」 かがみは顔全体を赤くして頭をかくと、立ち上がってリングをまつりに手渡した。 リングを手渡されたまつりはほっと一息、柔らかい表情が戻る。しかし、すぐにかがみを睨んで疑問を突きつけた。「なによ!? 一人で納得しちゃって!?」「え、あ~、う~んと……あははは」 かがみは乾いた笑いを響かせ、足の指だけで移動しようとする。それをまつりは見逃さず、襟元を掴んで更に 問い詰める。「ちょっと、言いなさいよ!」「あ~、あの~もうすぐつかさ、ここに来ると思うから、直接聞いたらいいんじゃないかな~?」 怖い! 我が姉ながらかがみはそう思ったと言う。そこへ、ようやく話題の四女が姿を現す。「いのりお姉ちゃん、いるかなぁ?」 空気が変わる。緊迫(?)した姉妹喧嘩を、一転、花畑のようなほんわかムードに一瞬にして変えたつかさの柔らかな声。 扉が開き、黄色のリボンが顔を出す。「あれぇ、お姉ちゃん達、皆で何してるの?」 両手を胸の前で重ねて、首を傾ける。大きな瞳は透き通っていて、三人の姉達には眩しすぎた。 ていうか、つかさかわぇぇぇぇぇぇ!
「ははは、なんでも、無いよ。ところで、私に何か用?」 ベッドから立ち上がり、つかさの側に向かういのり。だが、いのりは、不意にまつりとの会話を思い出し、私にその趣味は 無い、と胸の中でささやき、足を止める。だが、俺にはその趣味がある!と、呟く作者。「あのね、これを渡そうと思って……」 そう言ってつかさが重ねた両手を開く。そこにあったのは封筒を小さくしたような、ピンク色の紙袋。「何これ?」 いのりがそれを摘み上げる。同時に背後から聞こえる甲高い声。「あーーーーーーーーーっ!」 声の主はまつり。ベッドから立ち上がり紙袋を指差す。かがみはその横で肩をぽんぽん叩く。「まあ、落ち着け」と。「ん? あのね、いのりお姉ちゃん」「へ?」 もじもじと下を向き、顔を赤らめるつかさ。ああ、なんてかわいいんだ! 室内の三人の姉達はそれぞれ思ったが、 口に出したら負けかな? と思った。じゃあ、こんなの書いてる俺は負けだな? うわぁん、柊姉妹にいじめられた。「お姉ちゃん大好きだから、これ、ね?」 あけていい? と、確認して袋を逆さにする。中から出てきたのは……「リング……」 石も意匠も何も無いけど、キラキラと光る銀色のリング。 これを……私に……?」「うん。ちょっと早いけど、クリスマスプレゼントだよ。私たち四人とも同じリングなの! ずっと仲良くしようね!」 ぽりぽりと頬をかき、ありがとうと、いのり。 頭に手を当て、先ほどの格闘でぶつけたらしい部分を撫でるかがみ。 そして……。 自分勝手に解釈をして、とんでもない妄想に流されつつも、いや、ちがう、でも、相手がつかさなら……別に良いんじゃないかなと 思いながらも、それをいのりにまで相談し、あまつさえ、そのリングを拾った妹と取っ組み合いの末、涙目になったり したんだけど、それでもそれでも、つかさの好意を結構、割と、だいぶ、かなり、期待してたりしてなかったり……。 まあ、その、なんだ、「そうよ! 流されたわよ! 悪い!? 流されて悪いかーーーーーーーーーっ!?」 と、まつりは涙目のまま、誰もいない外に向かって吠えていましたとさ。
おしまい。
――けれど、まつりの心の中はそれで、満足することは無かったのです――
――――私たち四人とも同じリングなの! ずっと仲良くしてね! って、バカじゃないの? 私たち四人とも女の子なんだから、いつかは離ればなれになるに決まってるじゃない。どうせ つかさ辺りが一番に結婚……ううん、かがみも怪しいもんね? 姉さんは……まあ、お婿さん貰うのかな? そんなことを考えながら、一人、窓の外をぼーっと眺めていた。 先ほどまでのドタバタが嘘みたいに静かな夜。雲が出ていないのか、月がすっごくキラキラ光っていて、目が痛く なってくる。ほら、あんまり痛いから涙が……出てきたじゃない……。 私って、何でこうなのかな? 同じような性格のかがみとはいつもやりあっちゃうし、姉さんには甘えるだけ甘えてる。 それがそのまま外でも通用すると思ってる。バカな私。喧嘩して別れた相手、甘え続けていたら愛想尽かされた相手。 そんなの数えだしたら、きりが無い。 だから、だからさ……。 きっと、私はつかさに何かを求めてたのかもしれない……。 なんだかんだ言ってかがみはすっごいお姉さんなんだよね。つかさに対抗意識燃やしてるのかな? それも違うかな。 私とかがみ、そっくりだけど、どこか違う。それは、あの子はものすごく真っ直ぐで負けず嫌いなんだ。私は……。 私はただ、つっぱってるだけで、中身も何も無い。料理だって作れないし、頭もよくない。女らしいところも無くて……。 あれ? これじゃ、全然ダメじゃん。 窓の外の月がだんだんぼやけて来た。雲でも出てるのかと思ったけど、私泣いてるんだ。さっきよりもたくさんの涙が 溢れてきて、頬を伝ってる。それに気づいて、更に悲しくなってくる。自分がダメな人間なんだと思うと、悲しくなってくる。 自分の周りにこんなに比較対象が居るなんて、ダメ人間の私には苦痛でしかない。 そんな風に自己嫌悪に陥っていると、不意にノックの音が聞こえた。 「まつりお姉ちゃん。いる?」 つかさの声。私はベッドの枕元に手を伸ばし、ティッシュを一枚取り出す。化粧を落とした後でよかった、平気で涙を拭ける。 私はなに? と気のなさそうに返事をして、いつか、つかさから貰った誕生日プレゼントのぬいぐるみを抱く。うん、この時は そのぬいぐるみのこと忘れてた。たまたま、そこにあったのを掴んだだけだった。 かちゃりと音を立てて扉が開く。ひょっこり鼻から上だけで部屋を覗くつかさ。お風呂のあとなので、リボンは無い。 「入っても、いい?」 変な子、なに遠慮してるのかしら。私は頷き、手招きする。 部屋は間接照明にしてあるから、まず、涙はばれないはず。私はベッドに寄りかかって腰を下ろす。つかさは何故だか おずおずとした態度で目の前にあるテーブルの向こう側に座った。その上には彼女から貰ったリングがぽつんと置いてある。 「さっきの事だけど……」 「さっきの事?」 つかさは膝の上に手を置いたまま俯き、言葉を選んでるように見える。もじもじとして、ほわほわで、あー、もう! にくったらしいぐらいかわいいな、この子は! 「……ごめん、ね」 「へ、なんのこと?」 しらばっくれてみる。実際、つかさが自分で何をしたのかなんて気づくわけが無い。そんなに頭のいい子じゃないのは ウチの家族全員が知ってること。だとしたら……ううん、それもない。いのり姉さんも、かがみも、もちろん私もだけど、 そういった変な世界に純真なつかさを導いたり、教えたりすることはない。要するに、私が恋愛感情でつかさの言葉を 受け取ったなんて事、彼女が知る由も無いことだ。あれ? じゃあ、なんでつかさは謝った? もたれかけていたベッドから身体を起こし、テーブルに近づく。ぬいぐるみの上に顎を乗せて顔をごろんと横にすると、 俯いてるつかさの顔が見えた。目が合って、つかさがさらに俯く。 「どうしたの? つかさ?」 「うん。あのね、その……あ、おねえちゃん、それ使ってくれてるんだね!」 不意につかさの声が明るくなる。彼女は私の抱いているぬいぐるみを指差してにっこりと微笑む。 「うん? ああ、これね。こうやってだっこするのにちょうど良いんだ~」 ぬいぐるみをぎゅっと強く抱きしめ、頬ずりしてみせる。 「それ、肌触り良いんだよね~」 つかさはんしょと腰を上げ、私の隣に来た。膝の上のぬいぐるみを渡すとさっきまで私がしていたように、ぎゅっと抱きしめて 頬ずりしている。 「あのね、おねえちゃん。私ね……」 しばらくして、愛らしい妹が口を開く。顔はぬいぐるみにつけたまま、私のほうに視線はこない。 「みんな仲良く出来たらいいなって思うよ」 柔らかい、気持ちのいい声。心の中が暖かくなる感じ。私は、そうだね、それが一番だよね、と返して、膝を抱える。 「だけどね、いつかはみんなこのウチから出てっちゃうんだよね」 うん、そうだよ。よかった、あんたもそれくらいはわかってるんだね。 「私ね、まつりおねえちゃんと離れるの寂しい……」 そうだね、寂しいねって、ん? なんとなく違和感のある台詞。はっとしてつかさの方に顔を向ける。 やだ! 顔がすごく近いよ! 「ごめんね、勘違いしちゃったよね」 ああ、うん。勘違いした。恋愛感情じゃなかったんだよね? そう思ったのに声が出てこない。 じりじりと寄ってくるつかさ。じりじりと後ずさりする私。しばらくしてベッドにぶつかる。もう、逃げられない。 「私、まつりおねえちゃんみたいにかっこよくなりたいよ」 すると、ぬいぐるみを抱えたままつかさが私の胸に飛び込んできた。だが、ぬいぐるみは主を失い転がっていく。 つかさの頬が私の胸にうずまる。パジャマという薄い布越しに柔らかい感触が伝わってくる。 「おねえちゃんあったかいよ……」 ああ、だめ、だめだって私! いくらここの所ずっと、男に縁が無いからって! 目の前に居るのは血を分けた実の姉妹。 小さい頃から「目元がそっくりね」っていわれてきた妹なのよ。そうやって必死に頭が抵抗しているにも関わらず 左腕は私の意志を無視してつかさの頭を抱え、暴走した右腕が肩を抱く。 頭は抵抗していたが、心と体が……受け入れていた。 つかさの呼吸がパジャマの隙間から直接肌にかかる。あたたかい吐息。そして、まるで赤ん坊のように柔らかいほっぺた。 思わず摘んでみる。 「あん。おねえちゃん!」 ぷぅと頬を膨らまして顔を上げる。 だめだ、限界……。 私はそのままつかさを引き寄せる。力を抜いたまま、私に身を預けてくれる。彼女の吐息が唇に触れる。気づかれないように つばを飲み込んで、そっと肌を重ねる。 つかさの体重が私に乗ってきてその勢いのまま身体を横にする。彼女は離れない。むしろ背中に回された手の力が 徐々に強くなっていく。それに合わせて私も彼女をぎゅっと抱きしめる。 身体の中で何かが爆発して、体温が上昇していく。まだ、自由なままの両足が柔らかい相手の両足を求めてさまよう。 その時、ガタン! という音がしてつかさが身体を起こした。 私の足がテーブルを蹴ってしまったのだ。 「ふう。びっくりした」 つかさはそう言って姿勢を戻し、座り込んだ。良かった、正気に戻れた。 しかし、その直後私は後悔に陥った。 何度も繰り返してきたことだ、弱さを盾にして相手を求め続ける。ある相手は激昂し、ある相手は落胆していった。 それと同じことを愛すべき、家族にまでしてしまった。それも、私の中で最後の良心としていた、つかさにだ! 恥ずかしい、 この上も無く恥ずかしい。私はなんと情けないんだ。 倒れたまま両目を腕で隠し、零れてくる涙を見られないように身体を横にする。 「ごめん、つかさ……」 自らの嗚咽が耳に入る。それは私の心を刺激し、さらなる嗚咽を導き出す。自分の軽薄さを呪った。情にほだされやすく、 楽なものへと流されやすい性格を恨んだ。 だが、そんな自責の繰り返しを、つかさが救ってくれた。 「違うよ。おねえちゃん。勘違いって言うのは……」 つかさは立ち上がり、そしてすぐに私の側に来てささやいた。 「見て」 私は振り向く。笑顔でこちらを見る妹の手が差し出したのは、銀色のリング。そして、その裏には……。 ――forever Maturi&Tsukasa 気がつかなかった、けど、そう彫られている。 「これはまつりおねえちゃん専用だよ?」 愛らしい、私に良く似た、けれど透き通った瞳が私の顔を覗き込んでくる。そして、その言葉を聴いて衝動的に、つかさを抱きしめた。 抱ききしめて、キスをして、また泣いた。 気がつくと、私の横でつかさが寝息を立てていた。部屋の明かりは点いたまま。そういえば、毛布だけ引っ張り出して 二人で昔話をしてたっけ。そのまま、寝ちゃったんだ。 部屋の明かりを消すため立ち上がる。スイッチの場所へと足を運ぶと何かを蹴飛ばした。あのぬいぐるみだ。 それを抱え上げ、いつもの場所に戻す。と、不意にそのぬいぐるみの首輪に目が引き寄せられる。そこにはアルファベットが 二つだけ「M.T」と書かれてあった。口に手を当て、声を押し殺して笑った。 部屋が暗くなり、私はベッドの脇に横たわる。つかさの肩に毛布をかけなおし、ほっぺにおやすみのキスをした。 おやすみ、つかさ。私はあなたそのものを求めていたのかな? 翌朝、起こしに来てくれたいのり姉さんにいろいろ質問をされるわけだけど、それはまた今度話すことにするね。 じゃあ、またね。 終
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。
下から選んでください: