かなたは夢を見ていた。 見たこともない場所を、当てもなく歩いていた。 歩いているうちに、前方に人影が見えた。ここが何処なのか聞いてみようとするが、上手く言葉が出なかった。 その人影が、かなたの方を向いた。姿がおぼろ気で、どういう顔をしているか分からない。 なんとなく、お母さんに似ている。かなたはそう思った。「こんばんは」 人影がそう挨拶してきたから、かなたは挨拶を返そうとしたが、やはり声が出なかったので、しかたなく頷いて見せた。
- 小さなかなた -
よく分からないが、その人影はかなたのことをじっと見ているようだった。 お母さんに似ているなら、悪い人じゃない。かたなはそう思った。そして同時に、お母さんに似ているなら変な人かも知れないとも思った。「小さなかなた…あなたは幸せですか?」 人影はそう聞いて来た。かなたは迷わず頷いていた。 お母さんもお父さんも、お爺ちゃんも、自分の周りの人たちはみんな優しい。怒られることはあるけれど、それでも最後にはみんな優しく笑ってくれる。「そう。それは良かった…」 人影が近づいてきた。かなたは懐かしいようなくすぐったいような、奇妙な感覚を覚えていた。「私も、幸せだったよ…でも、私を愛してくれた人はどうだったんだろう。その人と共に愛することが出来たはずの、あの子はどうなんだろう」 誰のことを言っているのか、かなたにはなんとなく分かる気がした。 人影は姿勢を低くし、かなたに目線を合わせた。顔はやっぱりよく分からなかった。「ねえ、小さなかなた…私がこう言う事を頼むのは、とてもいけない事だと思うの…でも、聞いて欲しい」 少し悲しそうだ。かなたはそう思った。「私が悲しみを与えてしまった人を。私が残していってしまった人たちを。あなたが幸せにしてあげて欲しいの」 かなたは手を伸ばした。あたたかな何かに、手の先がふれた気がした。 この人は、もしかしたら『大きなわたし』かもしれない。かなたはそう感じていた。「小さなかなた…あの人たちの大切な、小さなかなた…」 人影が薄れていく。かなたは少し悲しくなった。
「…うみゅー」 こなたは身体を起こし、寝ぼけ眼で辺りを見渡した。 自分の部屋のベッドの上。こなたは大きく伸びをした。「あー、寝ちゃったのかー」 時計を見ると、もう昼過ぎだった。どうやら徹夜で原稿を仕上げた後、そのまま力尽きて寝てしまったらしい。 自分でベッドに入った記憶がないのだが、夫か父が寝ている自分を見つけて運んでくれたのだろう。「…いい匂い」 部屋の外から味噌汁の匂いが漂ってきて、こなたは腹が減っていることを思い出した。ラストスパートをかけ始めた、昨日の昼頃から、ろくに食べていなかったのだ。 こなたはベッドから降り、食べ物にありつこうと部屋から出た。
「お母さん、おはよう」「…んー、おはよー」 リビングに入ると、娘がテーブルにお椀を置いているところだった。 ご飯と味噌汁のみ。実にシンプルな献立だ。「お父さんと、ダーリンは?」「二人とも出かけちゃったよ。お父さんは休日出勤だって。お爺ちゃんはどこ行くか教えてくれなかったよ」 また、孫にはとても見せられないようなものを買いに行ったな。こなたは呆れ顔でため息をつくと、テーブルに着いた。目の前には美味しそうな味噌汁が湯気を立てている。 「じゃ、これは朝の残り物?」「ううん。今作ったんだよ」 娘の言葉に、こなたは目を丸くした。「へー、よく出来たねー…でも、またなんで急に」「夢を見たんだ。大きなわたしの夢」 大きなわたし。こなたは、その言葉の意味がすぐに分からなかった。「大きなわたしがね、わたしにお母さん達を幸せにしてあげて欲しいって言ったんだ」 ふと、こなたは自分のお母さんのことではないかと思った。自分が生まれてすぐに他界した母。その人なら、自分たちの幸せを願っても不思議ではない。「…なるほど、大きなわたしだ」 こなたは納得しながら、亡くなった母の名を付けた小さなかなたの作ってくれた味噌汁を啜った。「あー、お母さん。いただきます忘れてるよー」 味噌汁はなかなか上出来だと、こなたは思った。
- おしまい -
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