6月。新学年のクラスに慣れたこともあり、生徒達が放課後の教室に滞在する時間も長くなってきていた。 こなた達もその例に漏れることなく、隣のクラスから来たかがみを交えて放課後のおしゃべりに花を咲かせていた。 今はこなたの出したキーワードである『超えられない壁』をお題に話をしているところだ。
「わたしにとっての超えられない壁っていったら、やっぱりみゆきさんかな。生活態度もスタイルも勝てる気がしないヨ」「そのように言われると、恥ずかしいですね」「生活態度でみゆきに勝てる人はそうそういないでしょうね。こなたの場合だと惨敗ってかんじかしら」「むぅ、失礼な……と言いたいところだけど、残念ながらそのとおりなのさ!」「胸を張っていうことじゃないだろ、それは」「そだよね。張ったところでこの胸じゃ、みゆきさんの足元にも及ばないしね」「ま、こなたの残念な胸の話はさておき」「ひどっ!?」「みゆきほど万人から尊敬されそうな人もなかなかいないんじゃないかしらね」
崇め奉る、といった表現でもおかしくないくらいにみゆきを褒めちぎる2人。 みゆきは頬を赤く染め、私はみなさんが思うほど立派な人間ではないですよ、などと手を振りながら謙遜する。 そして、なおも自分を褒め続けようとするかがみに対してこう言った。
「ええっと、私にも、その、『超えられない壁』……ですか?そういう方はもちろんいますよ」「へー、みゆきさんにもそういうのあるんだね。で、それって誰?歴史上の人物?それとも親とか?」「かがみさんです」「え?私?」「はい。家族や親友に対しても毅然とした態度をとることができる本当の優しさ、愛情ゆえの厳しさとでもいいましょうか、それは私の真似できるところではありません」 「ちょ、ちょっとみゆき、それは誉めすぎよ」「そうだよー、かがみのはただ単に凶暴で口が悪いだけなん――みぎゃあっ!?」「か、かがみさん。さすがに今のは厳しさという表現のレベルを超えているのでは……」
テンションのあがりきったじゃんけん大会の決勝戦でもそんな勢いでグーをだすヤツはいないんじゃないか、というくらいのフルスイングがこなたの脳天に叩き込まれた。 かろうじて舌を噛まずに済んだのは不幸中の幸いというやつだろうか。噛んでいたら命にかかわったはずだ。 頭頂部を押さえて呻くこなたを他所に、かがみは少々赤くなった手をひらひらとさせながら平然と会話を続ける。
「このくらいなら大丈夫よ……で、私の場合はこいつかなぁ。ホンネをはっきり言えちゃうところとか。そういうの私には無理だから、たま~に羨ましく思えるのよね」 「そうですね。泉さんのそういったところは、私も羨ましく思います」「あるぇー?かがみが無条件にわたしにデレるなんて、この後の天気は豪雨か吹雪か、或いはロンギヌスでも降ってくるのかなぁ?」「ほーう。それはさっきの一撃じゃあもの足りなっかたということですか、こなたさん?」
かがみの眼がギラリと光り、こなたの本能が危険を叫ぶ。たいへんだ!命があぶない! こなたはかがみから隠れるようにみゆきの後ろへ慌てて移動しながら、会話をすすめる。
「ま、まあ、こうしてみるとサ、みんなそれぞれに相手の事を認めあってるのがよくわかるよネ!」「そうですね。こういうのはとても素晴らしい事だと思います」「まあ、そうね。こなたがみゆきを、みゆきが私を、私がこなたを、か……なんだか面白いわね」
こなたをフォローするかのようにみゆきが会話を繋ぎ、それによってかがみも通常モードに戻る。 和やかで暖かなムードが再び場に戻ってきて、こなたはほっとしながらおしゃべりの続きを始める。
「だよねー。こういうのって面白「ちっとも面白くないよ」「あ……つかさ(さん)……」
和やかで暖かなムードは10秒ともたなかった。 絶対零度でももう少し温かいんじゃないかと思わせるほど冷めきったつかさの声が、場の雰囲気をばっさり断ち切った。 みんなの体が何か異質な寒さを感じ、ぶるりと震える。 冗談でも錯覚でもなく、つかさの周りだけ本当に10℃くらい気温が低いのではないかと3人は思った。
「やっぱりわたしなんて、みんなから見てとるに足らない、まったくたいしたことのない存在なのかな?いらない子なのかな?」「そ、そんなことないって。つかさもいいところが……ほら、料理!料理がすっごく上手だよね!ねえ、かがみ?」「そ、そうそう!それにアレよ、アレ……その、りょ、料理が本当に上手よね!でしょ、みゆき?」「は、はい、そうです!料理がとても上手ですし、その上……ええっと、とにかく料理がすばらしく上手です!」
寒いはずなのに大量の汗をかきながら、3人は必死でつかさを褒めちぎろうと頑張る。 しかし、自分を標的にしている殺し屋に銃口をつきつけられてリラックスできるわけがない。 今のつかさの前で3人が冷静でいられるはずがないのだ。 さすがのみゆきも、いつものキレが欠片もみえない。
「料理、だけ?練習して経験を積めば誰でも上手になる可能性が十二分にある、料理、だけ?」「そ、そんなことないヨ!もっと他にもいっぱい……笑顔とか、柔らかい雰囲気とか、えーと……料理とか……だ、だよねっ、かがみ!?」「そうよ!つかさのいいところが料理だけな訳がないじゃない!優しいところとか、可愛いところとか、あと……料理とか……み、みゆきもそう思うわよねっ!?」「も、もちろんです!人の痛みがわかるところとか……それに、料理とか……或いは、料理とか……他にも、料理とか……りょ、料理とか……」
しどろもどろになる3人を見て、つかさは声をあげて笑う。 もっとも、目は少しも笑ってないのだが。
「あははっ、やっぱり料理だけなんだね!さっきは全然面白くないなんて言ったけどさ、ここまでくると逆に面白いよ!面白くてたまらないよ!」「怖っ!!どどど、どうしよう。つかさがまるで別人のようだよ、かがみ!」「し、知らないわよ!もとはと言えば、あんたがこんな話題ふったのがいけないんでしょ!」「かがみさん、この場は逃げましょう!後はこなたさんが何とかしてくれるはずです!」「そ、そうね!名案だわ、みゆき!こなた、後はよろしくっ!」「ああっ!2人ともずるい!待ってよ!わたしだけ置いていかないでっ!……あ、ああ~……行っちゃった」
みゆきの後ろに立ち位置を変更した事が災いして、元の立ち位置に戻って鞄をつかむ初動分だけ遅れたこなたひとりが逃げ遅れる。 すぐに気を取り直し、遠ざかっていく2人の背中を追いかけようとしたこなただが、1歩目を踏み出す前につかさに腕を掴まれてしまう。 純粋な力ではこなたの方が上のはずなのに、つかさに掴まれた方の腕はピクリとも動かせなかった。
「あはははは……ああ、笑った、笑った。さあ、覚悟してねこなちゃん。ここからが私の本気だよ」「お、お手柔らかに頼みマス」
つかさ>>>>>>>>>超えられない壁>>>>>>>>>こなた、なんて図式が走馬灯と一緒にこなたの頭の中に浮かんで消えた。
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