冬も間近に迫った泉家。こなたは父とお揃いの半纏をタンスから出していた。半纏の準備をするのはこなたの仕事。いつからかそう決まっていた。 この半纏との付き合いは、もう十年以上になる。でもこの半纏の歴史はそれ以上。 これは、そんな半纏とこなたのお話。
- ぬくもり -
こなたがこの半纏を使い始めたのは本当に小さな頃からだった。寒さを嫌がり、こたつから出ようとしなかったこなたにそうじろうが着せてくれたのが最初だった。 丈が長いのを気にするこなたに、そうじろうはきっとそのうちいい大きさになるよと言った。そして自分も同じ柄の半纏を羽織った。 父とお揃い。不思議な温かさ。小さなこなたはこの半纏がすっかり気に入り、家の中ではずっと着ていた。寒いのが嫌なのは変わらなかったが、この半纏を着れることは冬の楽しみの一つになっていた。
こなたには一つ疑問があった。この半纏は誰のものだったんだろう。よく見ると、所々に綻びを直した後がある。 こなたは、半纏の前の持ち主にお礼がしたいと思っていた。この半纏があたたかいのは、きっとその人のぬくもりが残っているからだ。こなたはそう思ったのだ。
そして、とある冬。半纏を出す時期に、こなたはそうじろうに聞いてみることにした。この半纏の前の持ち主は誰なのかを。「ああ、その半纏はな、かなたの…お前の母親のだったんだよ。お前はかなたにそっくりだからな。きっとよく似合うと思ったんだ」 それを聴いた後の自分の反応は、今ではとても考えられないものだった。「わたしはお母さんじゃない!お母さんの代わりになんかしないで!」 お父さんはわたしを泉こなたではなく、泉かなたとして見てたんだ。わたしを可愛がってくれたのは、お母さんに似てるってそれだけの理由なんだ。そう考えるとこの半纏も、そして父すらも嫌いになった。 その後のことは、こなたはよく覚えていない。ただ、父のことをはっきりと『嫌いだ』と言ったのはその時だけだということと、半纏を着ないで過ごしたその冬はとても寒かったことを覚えている。 それを境に父との会話はすっかり減ってしまった。後悔だけがずっと残っていた。
お父さんにとって、わたしってなんだろう? どれだけ考えても答えは分からない。 当たり前だ。わたしはお父さんじゃないんだから。 もし、お父さんじゃなく、お母さんなら分かっただろうか? いや、一緒だ分かるわけが無い。わたしはお母さんでもないんだから。 わたしはお母さんじゃない。そんな当たり前の事、お父さんだって分かってるはずだ。 わたしはお父さんの娘だ。そして、お母さんの娘だ。本当に当たり前のことだ。 ああ、そうか。だからあの半纏なんだ。 お母さんの物だった半纏を娘にあげた…お下がりだったんだ。 お母さんを暖めてたもので、わたしを暖めようとしてくれた。 ただそれだけの事だったんだ。 なんでそんなことに気がつかなかったんだ。馬鹿だ。考えすぎなんだ、わたしは。 でも、分かったところでもう遅い。お父さんのこと、嫌いってはっきり言った。 こんな馬鹿な娘、お父さんもきっと嫌いになってるはずだ。 嫌だ、こんなの。嫌なだけだ。 寒い…本当に寒いよ、お父さん。 もう一度、あの半纏が着てみたいな。
重苦しい冬が終わり、春になろうとする頃。こなたはそうじろうに、とある雑貨屋に連れてこられた。 何でこんなところに。目で疑問を訴えるこなたに、そうじろうは言った。「新しい半纏を買ってやろうと思ってな」「…え…じゃあ、あの半纏は?」「ああ、まあ…あれも大分古くなったしな…それに、こなたに嫌な思いをさせたみたいだしな」 捨てられるんだ、あの半纏が。こなたはそう理解した。「ダメ!捨てちゃダメ!」 こなたは叫んでいた。 悪いのは半纏じゃない。お父さんでもない。わたしなんだ。勝手に勘違いして反発した、わたしが悪いんだ。 こなたはそうじろうにすがりつき、何度も『捨てちゃダメ』と繰り返した。
結局、半纏は捨てられなかった。新しい半纏も買わなかった。次の冬からまた、こなたは母の半纏を着ていた。 父とも元通りになった。いや、以前以上に父のことが分かるような気がした。
ただ一つ、『ごめんなさい』だけは言えなかった。
「泉さん、これでよろしいでしょうか?」 みゆきが修繕を終えた半纏をこなたに渡した。「おー、さすがみゆきさん。全然分からなくなってるよ」 受け取った半纏を、こなたが嬉しそうに眺める。「良かったね、こなちゃん」「うん、つかさもありがとね」「ううん、わたしはあんまり何もやってなかったかなって…」 そこで、こなたは自分の後ろの方をチラッと見た。「いやー、本当に何もやってないかがみに比べたら…」「うるさい、わたしに何かやってほしかったのか?」「い、いや…遠慮しときます…穴が余計に広がりそうで…」「…その通りなんだけど、なんかムカツク」 険悪になりそうな二人をなだめながら、つかさはこなたの持っている半纏を見た。とても大事にされている。たくさんある修繕の跡に、つかさはそう思った。「でも、いきなりこなちゃんが泣きそうな声で電話してきたときは、びっくりしたよ」「こんな大きな破れ方初めてでねー…もうどうしていいか分かんなくなったよ」「でも、その半纏随分古いわよね。あんたの前に誰か使ってたの?」「うん、これお母さんのだったんだよ」「え…あ、ごめん…変なこときいちゃったかな…」「ん?なんで?」「いや、なんでって…」「まあ、あれだよ。かっこよく言うなら、お母さんのぬくもりが宿った半纏なんだよ、これは。だから大事にしないとバチが当たるんだよ」「あ、それじゃ、新しい綿を入れたのは拙かったですか?」 戸惑いながらそう言うみゆきに、こなたは首を振ってみせた。「いやー、それはだいじょぶ。そうやって修繕してくれたおかげで、つかさとみゆきさんのぬくもりも、この半纏に宿ったというわけだよ」「そっかー。それは、ちょっと嬉しいかな」 つかさが本当に嬉しそうにそう言うと、こなたは満足げに頷いた。そして、未だにばつの悪そうな顔をしているかがみに半纏を手渡した。「と、いうわけで…ほい、かがみん」「へ?な、なに?」「着てみて」「なんでよ…」「そりゃ、もちろんかがみの分のぬくもりもこの半纏に宿すんだよ」「…まあ、いいけど」「おや、意外とあっさり」「別に着るだけだしね…あんたが余計なことしなけりゃいいわよ」「余計なことと言うと…例えばこうやって後ろからモゾモゾと二人羽織みたく潜り込むとか?」「そうそう、そんな感じ…ってだからやるなっつーに!狭いだろ!また破れるぞ!」「ぬ、それは困る」 入った時と同じように、こなたがモゾモゾと出て行く。「まったく…大事にしてるんだかしてないんだか」 こなたが出終わったのを見て、かがみは半纏を脱ぎ、こなたに手渡した。
そんな二人のやり取りを見ていたつかさは、部屋の隅にもう一つ半纏があることに気がついた。こなたが使っている半纏より一回り大きい。「ねえ、こなちゃん。こっちにある大きい半纏は?」 その半纏を取り上げて、つかさはこなたにそう聞いた。「ああ、それはお父さんのだよ」「おじさんの?なんでこなたの部屋にあるの?」「んー…半纏出すのはわたしの仕事なんだけどね。お父さんに渡す前にわたしが一回着るんだよ。一冬分のこなた成分をチャージ!ってわけだよ。わたしのはお母さんのぬくもりがあったけど。お父さんのは、ずっとお父さんだけの半纏だったからね。わたしがそうやってぬくもりを分けてあげてるわけだよ」 なぜだか拳を握って力説するこなた。それを見ていたかがみは少しだけ、いつものこなたとは違う感じを受けた。「ふーん…あんたがそんな親孝行っぽいことするとは、意外だわ」 かがみがそう言うと、こなたの表情が少しだけ曇った。「…『ごめんなさい』…の代わりかな…」 ポツッとこなたが聞き取りづらい声でそう言った。「ん?なんか言った?」 かがみにははっきりと聞こえてはいたが、聞こえない振りをした。あまり深くまでは聞いて欲しくないこと…かがみにはそう思えたからだ。「んーん、なんでもないよ」「そう?…まあ、いいけど。つかさ、ちょっとそれ貸して」 いいながらかがみは、つかさから半纏を受け取って自分で着始めた。「で、なんでその半纏着るかな」「ぬくもり、宿るんでしょ?こうすれば」「いや、まあそうだけど…なんで?」「…さあ、なんでかしらね」 そのかがみを見て、つかさとみゆきがクスリと笑った。そして、お互い顔を見合わせ頷きあう。「じゃあ、お姉ちゃんの次はわたしが着るよ」「それでは、その次はわたしですね」 三人が次々と父の半纏を着る様子を、惚けたようにみていたこなたは、なにか思いついたようにニンマリと笑った。「現役女子高生四人分の生ぬくもり入り半纏…お父さんも大満足だね」「変な言い方するな!」
みんなが帰った後、こなたは自分の部屋で二つの半纏を眺めていた。 そして大きく頷くと、父の部屋へと向かう。 手には、四人分のぬくもりが宿った半纏二つ。「お父さん、今年の冬はあったかいよ」 こなたは嬉しそうに、父の部屋のドアをノックした。
- おしまい -
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