「最近さ」 10月の寒空の下、帰りのバスを待つ三人。 唐突に、こなたが言った。「ん?」「なぁに?」「みゆきさん、元気ないよね」「そうね。本人は隠してるつもりみたいだけど」「そんな感じするよね~」 かがみは腕を組みながら、つかさはパックジュース――バ……途中が手で隠れて見えないが、お酢らしきもの――を飲みながら、答えた。「何か悩み事でもあるのかな」「かもね。まぁ、みゆきなら自分で答えだすと思うけど」「えー、冷たくない? 友達としてもっとこう、さぁ」「話せる内容なら相談してくるわよ。何も言ってこないってことは、話せないか、話したくないか、話す段階じゃないか。なんにしても、おせっかいはまだ早いんじゃない?」 「むぅ。つかさはどう思う?」「う~ん……相談には乗りたいけど、ゆきちゃんが悩むぐらいだから私たちじゃ役に立たないかも……」「え、いやちょっと待って。たちって何さ、たちって!?」「うえぇとー、あはは……」「ぬぁ!」 突然、大声を出したこなたに、怒られたと勘違いしたつかさはビクッ! と体を震わせ、謝りだす。「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいご」「いや、怒ってないから」「どうしたのよ?」 そういうかがみを横目に鞄を漁り、ため息を吐くと、トボトボ校内に向かって歩き出した。「え、ちょ」「教室に財布忘れた」「おいおい……」「あ、でもこなちゃんバスが」「間に合わないから先帰って~、またーあーしーたー」「どうしようお姉ちゃん?」 「もうバス来ちゃうし、仕方ないわね」 手を振りながら歩いていくこなたを、二人は見送った。
「うーなんでこんなことに……」 一日に二度もこの道のりを歩くことになるなんて……。そんなことを考えながら茜色に染まる廊下を歩く。 まだ暗くなっていないものの、校内は人もまばらだ。でもまぁ、たまには悪くない。そうも思った。 どうせ、次のバスまで時間がある。いつもは二段飛ばしで上る階段も、今はのんびりと一段ずつ上がる。 そうこうしているうちにたどり着いた教室。ガラガラと扉を開けた先にいたのは、「みゆきさん?」「っ! い、泉さん。どうかしました?」 3年B組の委員長、高良みゆきだった。 けれど、様子がおかしい。というか、こなたは見てしまった。自分の席に座り、涙を流す彼女の姿を。「財布、忘れちゃってさ」「それは大変でしたね。今だとバスは」「うん。一本遅らせちゃった」 勤めて冷静に答える。おそらくそれはどちらも同じだろう。「そうですか」 机から財布を取り出し、鞄にしまう。このまま、何も見ていないと立ち去ったほうがいいのかもしれない。 みゆき本人も、なんでもないと言う素振りをしている。しかし、こなたは黙っていることが出来なかった。「ねぇ、みゆきさん。今泣いてたよね」「……」 答えない。それでも、こなたは言う。「かがみには、おせっかいをやくのはまだ早い、って言われたんだけどね。こないだから元気ないし……話して、くれないかな」 数分の沈黙。目を瞑り、少し考えると観念したように話し始めた。「あと半年もすれば、皆さんとお別れなんですよね」「卒業、だね」「ずっと、考えていました。2年以上、皆さんとの時間があったのに私は何をしていたんだろう、と。もっと積極的になって、皆さんともっと、仲良くなれるようにしていればよかった。 皆さんとの思い出をたくさん作っていれば……そんなことを、ずっと」 みゆきの声は、かすかに震えていた。不安や、悲しみが入り混じった声。 卒業すれば、みなそれぞれの道を進み、離れていく。今までのようにずっと一緒にいられない。それが、みゆきを悩ませていた理由だった。
話をじっと聞いていたこなたは、椅子に体を預け、仰け反ってかるく伸びをすると、ゆっくりと言った。「まぁ、なんていうか、心外だね」「え?」「私は、みゆきさんのこと、親友だと思ってるよ?」「それは、私も」「じゃいいじゃん」 あっさり言われ、みゆきは目を丸くする。 それもそのはず、自分が散々悩んでいたことを、軽く片付けられてしまったのだから。「私が言うのもなんだけど、ゲームみたいに親密度とかあるわけじゃないんだからさ。私が、みゆきさんを親友だと思ってて、みゆきさんも私を親友だと思ってる。それでいいじゃん」 呆気にとられるみゆきにかまわず続ける。「お別れって言ったって、私たちの縁が切れるわけじゃないしさ。声が聞きたかったら電話して、会いたくなったら会えばいいんだよ。あと半年? 十分だよ。もうすぐ文化祭もあるし、思い出なんていくらだって作れるよ!」 言い切ったところで、みゆきから笑みがこぼれた。「ふ、ふふふ、あははははは!」「え、な、なに? 何かおかしなこといった!?」 今まで、こなたは見たことがなかった。こんな風に、みゆきが大きな声で笑うのを。「い、いえ。ふふふ、ただ、っ……あは、おかしくて」「ええー! なんなのさー」 不思議で仕方なかったのだ。どうして、どうしてこんなことであんなに悩んでいたのか。 こなたの言うとおりだ。卒業したって会える、思い出だって作れる。悩むことなんて何もない。 こんなことで悩んで、心配をかけて、そんな自分が情けなくて、そして可笑しかった。 目尻に涙をためながら笑うみゆきの顔は、晴れ渡っていた。
「でも、ちょっと意外」「意外、ですか?」「うん、みゆきさんってどっちかというと、つかさ辺りが泣いてるのを諭す側だって思ってたんだけどね~」「ふふ、そうですか? 意外といえば私もです」「何が?」「まさか、泉さんにあんな風に説教されるなんて思ってもみませんでした」「ぐ……ひどくない!?」「冗談ですよ」 うふふ、と笑いながら言うみゆき。が、かがみならいざ知らずみゆきに言われるとそのダメージは大きい。 脛を机で思い切りぶつけたぐらいの、足の小指をコンプタワー(コンプ雑誌を積んだもの)にぶつけたぐらいのダメージ。といえば分かりやすいだろうか。 話しているうちにバス停は目前。そこで不意に、聞こえるはずのない声が聞こえた。「遅い」 教室で、しばらく話し込んでいたため、ここで別れてから、1時間近くたっているはず。なのに何故。 先に帰ってといったはずなのに。 殺気を孕んでそこにいたのは、柊かがみ、その人だった。「な、なんで」「なんでじゃないわよ……。財布取りにいくって言うから待ってたのよ……!」「ひぃぃぃぃぃ」「ま、待ってくださいかがみさん。泉さんが遅くなったのは私のせいなんです!」「いや、みゆきさんのせいじゃ」「まぁいいわ」 え? と、こなたとみゆきの声が重なる。やけにあっさりしている。明日は槍か? などとこなたが考えていると、「何か文句でもあるのかしら? なんなら……」「なな、なんでもありませぇ~ん!」 せっかく回避できた不幸を自分から引き寄せるのはごめん被りたい。「こなちゃ~ん、ゆきちゃ~ん」「おかえり、つかさ」「あれ、どこいってたの?」「あったかい飲み物買ってきたんだよ~。はい」「おお、さんきゅ~」「ありがとうございます」 缶コーヒーを受け取ったところでこなたは引っ張られた。「なに?」「あんたのおせっかいもたまには役に立つのね」 みゆきに聞こえないよう小さな声でそう言うかがみは、全部分かっている、そういう顔だった。「見てたの?」「あんたたちが思い出話してるとこからだけどね」「そっか。見直したでしょ」 えへん。とわざとらしくこなたは胸を張った。「この寒い中待たされたから、プラマイゼロね」「厳しくないですか?」「優しいぐらいよ」
end
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