俺の名は、少年A。 えっ、誰かって? そういう君は、原作6巻86ページを参照してくれ。 まともに名乗れる名前も与えてくれないとは、この世界は男の扱いぞんざいだよな、ホント……。 まあそんなメタな話はともかくとして、俺ももう「少年」という歳じゃないけどな。 社会人ン年目。まあ、一応、一流企業の社員ってことになってる。 このご時勢だから、一流企業でも油断はできない。いざというときに振り落とされないように、毎日が必死さ。 そんな毎日にちょっと疲れ気味だったときに、それは届いた。 高校の同窓会の案内状だった。 全クラス合同の同窓会。 こういう場合、幹事長は元生徒会長というのが相場で、今回もそうだった。そして、幹事に名を連ねているのは、元クラス委員長。 その中に、ある名前を見つけて、俺の胸は高鳴った。 高良みゆき。 忘れもしない。俺のクラスの委員長だった女性。 俺も副委員長だったから、委員会の仕事を一緒にやることも多かった。 ただそれだけだったけど……。まあ、誰にでもありがちな青春の思い出ってやつだな。 彼女に会えるのなら、考えるまでもない。 俺は、返信用ハガキの「出席」の文字に電光石火で丸印をつけ、社宅を飛び出して近くのポストまで走り投函した。 そして、翌日会社に出勤すると、さっそく有給休暇をとる手続をした。 同窓会当日と前後2日を休暇にした。前後の1日は移動日。そのさらに前後の1日には特に意味はない。 休暇明けに仕事が溜まってて酷いことになりそうだが、かまいやしないさ。 同窓会当日。 場所は、東京の某ホテルの宴会場。
陵桜の卒業生は全国に散らばってるから、集まるなら埼玉よりは東京の方が何かと都合がいい。幹事会はそう判断したんだろう。 (やや老けたが)相変わらずの黒井先生の音頭で乾杯し、同窓会が始まった。 俺の席は、なんと高良さんの隣だった。 俺は、緊張しちまって、口にした会席料理の味も分からないぐらいだった。 横目でちらちらと高良さんを見る。 あのころも美人でナイスバディなお方だったが、それにさらに磨きがかかっていた。言葉では表せられない美しさだ。 その高良さんは、友人たちと楽しそうに談笑している。 ええと、あいつが泉こなた、あっちが柊かがみと柊つかさ、あとは峰岸あやのと日下部みさおだったな。 柊つかさと峰岸あやのは結婚して苗字が変わっていた。峰岸は日下部の兄と結婚して日下部あやのに、柊つかさは白石と結婚して白石つかさに。 白石のやつ、ちゃっかりいい嫁さんもらってるじゃねぇか。羨ましいぞ。 その白石は、さっそく男どもに囲まれて冷やかしの集中砲火をあびている。 高良さんと友人たちの談笑は続いていた。「つかささんのお子さんは双子の女の子なんですか?」「うん。お姉ちゃんと私にそっくりなんだよ」「ホント、私とつかさにそっくりで、初めて見たときは笑っちゃったわよ」「そうなんですか。それは楽しそうですね。あやのさんのところも女の子でしたよね?」「うん。みさちゃんに似てるみたいで、ちょっと心配……」「あやの~。その言い方ひどくね?」「あっ、ごめんごめん、そういう意味じゃなくてね」「どういう意味だよぉ?」「まあまあ、みさきち。あやのさんが教育すれば、その辺は心配ないって」「ちびっ子もひでぇな、おい」「で、あやのさん。次のお子さんのご予定などはないのかね?」「言い方がいやらしいぞ、おまえ」「かがみん。そんなこと言って、実は羨ましいんでしょ? この前、彼氏と別れたばっかだもんね」「大衆の面前で、大声でいうな!」「おお、こわっ」「少なくても、ゲームでしか恋愛経験のないあんたに言われる筋合いはないわよ」
「恋愛経験といえば、みさきちはその辺はどうなのかね?」「みさちゃんは、もう婚約者いるんだよ」「うぉー、意外だ!」「会社の陸上部の後輩なんだぜ。なんか気が合ってな」「みさきちがショタ趣味だったとは知らなかった」「なんでもそっちに結びつけるな。二、三歳年下な程度でしょ」「ショタってなんだ?」「ショタというのはだね……」「あんたには一生縁のない世界よ」「かがみん。せっかく説明しようとしてるのに」「黙れ。そういえば、みゆきはその辺はどうなのよ?」 柊かがみが高良さんに話をふったとき、俺は耳が当社比100倍になったような錯覚に陥った。「私はないですね、お恥ずかしながら」 俺はなぜかほっと胸をなでおろした。「告白されたこともないの?」「ありませんね」「意外ねぇ。みゆきなら、わんさか男が寄ってきそうだけど」「みゆきさんは、なんていうのかなぁ。高嶺の花すぎて、告白する前に諦めちゃうって感じなんじゃないかな?」 泉の言葉は、俺には妙なまでに納得のいくものだった。 かつての俺がそうだったから……。「いえいえ、そんな。私は至らない点も多いですし、まだまだ精進しなければならないかと」「みゆきさんがそれ以上精進しちゃったら、もう聖人君子を通り越して、女神様じゃん」 うんうん、その通りだ。 思わずうなずいたとき、泉と目が合った。「おや、君。さっきから、みゆきさんを見てるみたいだけど、何か用かな?」 泉が立ち上がって、俺に近づいてくる。
「いや、その……たまたまそちらの方を向いていただけで……」「ほう。そのわりには、随分と熱心に見てたようだけどねぇ?」 泉がからかうような声で、言い寄ってきた。 そして、「ところで、君、誰だっけ?」 ズコッ。 俺は、危うく会席料理に頭を突っ込むところだった。「副委員長さんでしたよね。委員会のお仕事でよくご一緒させていただきました」 おお、高良さん! 俺を覚えていてくださったとは。「ふふん、なるほど。だいたい読めてきた。委員会で一緒に仕事をするうちに、少年の心にはみゆきさんへの……」「ちょっと待ったぁ!」 俺は、慌てて泉の口をふさいだ。「こなた。そういうのは、本人の口から言わせないと駄目よ。みゆき、元副委員長さんが二人きりで話したいことがあるみたいだから、ここから出てどこか人のいないところで聞いてあげて」 「えっ、私にですか?」 高良さんは、全く状況を理解できてない様子で首をかしげた。 そして、俺は、思わぬ提案にしどろもどろになる。「あっ、いや、その……」「ほら、あんたも男なら、ビシッと決めてきなさい!」 柊かがみに背中を思いっきり叩かれた。 痛い……。 ホテルの宴会場フロアの端っこ。 周囲には人はいない。二人きり。 もうそれだけで俺はガチガチに緊張していた。「お話というのは、何でしょうか?」「ええと……そのう……」 ええい、何をためらう!?
もうこんな機会は二度とないだろう。 ならば、言うしかないんだ。「好きです! 付き合ってください!」 言った!、言ったぞぉ! しかし、それからしばらくの間、沈黙がその場を支配した。 俺は、その静寂に耐え切れなくなり、「あのう……高良さん?」「あっ、いえ、すみません。このようなことは初めてなものですから、どのようにお答えしたらよいかと……」「嫌いなら、はっきりそういっていただいて結構ですよ」 もう言っちゃったのだ。あとは、フラれようとなんだろうと結果を受け入れるしかない。 俺はもうすっかり開き直っていた。「いえ、嫌いというわけではないのですが、ご交際の可否についてはその判断材料を持ち合わせていないので……」 なんというか、高良さんらしい答えだなとは思った。 高良さんは、何事も充分に考慮してから決める人だ。俺なんかのために高良さんの思慮深い頭脳を使わせるのは、なんだか申し訳ない。「では、お答えは保留ということですか?」「ええっと、とりあえずはお友達ということでいかがでしょうか。ご交際の可否については、時間をおいてから判断するということで」「ありがとうございます」 なんか生殺しだけど、高良さんがそうおっしゃるのなら、仕方ない。 これから男を磨いて、高良さんに気に入られるような男になればいいさ。 俺の一大告白劇は、こうして終わりを告げた。 このあと、俺は、高良さんとその友人たち、さらに白石や黒井先生も加えて、一緒に二次会に繰り出した。 高良さんとのお友達付き合いの第一歩というわけだ。 隠れたライバルは腐るほどいるかもしれないが、俺がこうして一歩先んじたのは事実だしな。 あとは進むしかない。
そうそう。あとで、柊かがみには礼を言っておいた。「お礼にうちの会社の社員を紹介してやってもいいぜ」 って言ったら、「他人の世話にはなんないわよ」 って返された。 なんつうか、意地張ってるようにしか見えなかったけどな。 まあとりあえず、この話はこんなところで終わりということで。
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