「日下部ー、ミートボールできたー?」「おー、もうすぐだってヴぁ。妹はどうだ?」「うん。もうすぐ焼けるよ」五月二十八日。柊かがみ、柊つかさ、日下部みさおの三人は、台所で料理をしていた。かがみは鍋を煮込みながら味見、みさおは挽肉を捏ねて手作りミートボールを制作中、つかさはオーブンでケーキの焼き具合を見ている。「悪いねぇ、何もしないで見てるだけなんて」そんな三人の後ろから、男の声が聞こえてきた。泉そうじろう。三人がいるこの家の家主だ。そんなそうじろうに、かがみが笑顔で振り返る。「いえいえ。これは好きでやってることですから」「でも、七回とも俺は見てるだけじゃないか。なんか手伝えることがあれば……」「いいんだってヴぁ。おじさんはゆっくりしてて」かがみとみさおの言葉を素直に聞き、そうじろうは机の上の新聞を手に取った。それぞれがそれぞれの料理に目を落とし、今ここにはいない主賓に思いを馳せる。(……そっか……あれからもう七年経ったんだ……)(早いなぁ……元気でやってるかな……)(……ミートボール、早く食べてぇなぁ……♪)……失礼。一人だけまったく違うことを考えているようだ。 あの事件の三ヶ月後、四月を越えてから、こなたの刑が確定した。懲役八年。すなわち八年後の四月になって、ようやく出所できるのだ。そして、それから七年が過ぎている。あと一年でこなたが出所するのである。「あと一年、か……」と、かがみがぽつりと呟く。長いようで短かったこの七年。三人は、それぞれの道を歩いていた。かがみは希望通り、弁護士になることができた。まだまだ新人ということで知名度は低いが、これからぐんぐん上がっていくだろう。つかさも、趣味のお菓子作りを活かしたいと考え、有名パティシエに弟子入り。つい先日、お菓子のコンテストでグランプリに輝いた。みさおは今まで誰にも進路を説明していなかったのだが、なんと彼女は教育大を選んでいた。現在ではさいたま市で体育教師をしている。三者三様、さまざまな出来事を経験してきたが、彼女達は他の三人を忘れたことはない。涙で枕を濡らしたことも、少なくなかった。「来年は、ちびっこも帰ってきての誕生日なんだな」「主賓がいないと、やっぱり絞まらないよね」それぞれが職業に就いてからでも、三人はたびたび集まっていた。中でも、五月二十八日は泉家に、十月二十五日は高良家に、十一月四日は峰岸家に毎年集合している。その理由は……ズバリ、『誕生日パーティー』である。今は亡き親友二人と、刑に服しているもう一人の親友。主賓こそいないものの、彼女達の誕生日を祝うため。それが理由だ。「これ、死ぬまで続けよーね」「体力とか仕事の都合にもよるけど……まあ、できるだけね」「……よし、できたゼ。あとは焼くだけだってヴぁ」出来たばかりのミートボールをフライパンの横に置く。夕飯はまだ先、今焼いてしまっては冷めてしまう。と同時に、オーブンが『チン♪』という景気のいい音を立てた。 「あ、こっちも終わったよ」オーブンを開けると、スポンジケーキのいい匂いが部屋中に漂った。これに生クリームを塗り、イチゴなどでデコレーションして冷やせば完成である。「……さて、こっちはもうちょっとかしら」こなたから習った特製の水炊き。こなたの誕生日を祝う時は、かがみが毎回作っているのだ。鍋の火を弱火にして、かがみがテーブルへとつこうと椅子に手を掛けた時、インターホンが鳴った。「お、ゆたかちゃんとみなみちゃんね」毎年集まっている人の中で、現在泉家にいないのは小早川ゆたかと岩崎みなみのみ。時間帯的にその二人が来たのだと思い、かがみが玄関へ迎えに行く。ドアを開けると、案の定そこにはゆたかとみなみの二人がいた。「こんにちは~」「お久しぶりです、かがみ先輩」「久しぶり。上がってよ」二人が来たことを確認し、中に上げる。ゆたかはもともとこの泉家に居候していたのだが、現在では一人暮らしをしている。七年前の事件解決を評価され、また周りの人間からも勧められたために警察官に就職したゆたか。体力のないため少し重労働だが、姉のゆいのフォローに助けられている。 みなみは現在とある会社を経営しており、自社ブランドの『Hinyu(ヒニュー)』が世界的に有名となっている。名前の由来は貧乳だとか。「みんなー、ゆたかちゃんとみなみちゃんが来たわよー」リビングへと上がり、二人をみんなに紹介する。中にいるみんなが顔をあげるが、次の瞬間、なぜかみんなが硬直した。「……? どうかした?」「ひ、柊……う、後ろ……」「後ろ?」みさおに言われ、振り返ってみる。すると……「やふー、かがみんや」「……………」そこにいた人物を見て、かがみはきっかり三秒半、硬直。そして…… 「ええええぇぇぇぇ!!?」「いや、驚きすぎ。遅いし」『そこにいるはずのない人物』がいて、かがみは思わず数歩後退る。隣にいるゆたかとみなみも苦笑いしている。全て知っていた、という感じである。かがみ達が見た人物。それは先ほどまで話していた『泉こなた』その人だった。「ななな、何でここにいるのよ!!」「いや~、奇跡的に仮釈放されたんだよネ」「私の住んでる家で引き取ることになったんです。保護観察も兼ねて」「泉先輩がドッキリにしたいっていうから、今まで隠していたんです。さっきは隠れてもらってました」三人の説明を聞いても、あまりに突然な出来事のために開いた口が塞がらないまま。しばらくその状態だったが、つかさが頭を横に振って意識を現実に戻す。「仮釈放ってことは、普通に生活できるんだよね!?」「うん。ゆーちゃんの監視がつくけど、もう犯罪を犯すつもりはないよ」「そ、そうか……いや、よかった……もう一年待つ必要がなくて……」こなたの言葉を聞いて、そうじろうがホッと胸を撫で下ろす。「ゆーちゃん達から、いろいろと聞いてたよ。今日も、私の誕生日パーティを開いててくれたんだよね」「あっ、そうそう! もうすぐできるからちょっと待ってて!!」「その前に――」台所の鍋へと身を翻すかがみを制止し、こなたは床に正座する。そして……床に頭をつけて、一言。 「ごめんなさい」 あまりにこなたらしくない言動と行動に、みんなの目が点になる。「私がしたことは、許されることじゃない。それでも、私には謝ることしかできない。本当に……本当にごめんなさい……」その言葉にこなたの行動の真意を理解し、顔を見合わせる。「……上げなさいよ。頭」「え……」かがみの言葉に、言われた通りに顔をあげる。そこには、自分に微笑みを向けてくれるみんながいた。「らしくないわよ。そんなの」「私達は、親友同士でしょ?」「確かにちびっこは取り返しのつかないことをした。だけどな、そんなんで親友やめるような人間じゃねぇんだよ」「あの事件に関しては、俺にだって責任がある。だから、こなた。一人で背負いこもうとするな。その重荷は、俺たちが一緒に持ってやる」「あ……」呆然と、四人の顔を見つめ続ける。その横から、ゆたかとみなみが『ほらね』といった具合に声を掛けた。「四人は、ずっと待っててくれたんだよ。こなたお姉ちゃんを」「泉先輩はあの日、『私は永遠に独りぼっちだ』と言いましたね。確かに私達には、先輩の気持ちや辛さはわかりませんが……」「その思いをわかってあげたい。その辛さを共有したい。そう思うのが、家族なんじゃないかな」「中学まで、泉先輩の周りには家族と呼べる人達がいなかった。だから、人を信じることを諦めた」床に座ったままのこなたに歩み寄り、その頭を撫でてやる。こなたが顔をあげると同時に、ゆたかは満面の笑みで言った。「でも、今なら大丈夫でしょ? だってこなたお姉ちゃんの周りには、こんなにたくさんの家族がいるんだから」「あ……あ……」この言葉に、こなたの心は完全に氷解した。顔を下げて口元をおさえるこなたの瞳からは、大粒の涙が零れでていた。 「ちょっ、なんで泣いてるのよ!!」予期せぬ事態に、四人は一斉にこなたに迫る。「えぐ……だって……だって……」拭っても拭っても次から次へと溢れてくる涙。嗚咽と涙と鼻水に邪魔をされながらも、こなたは必死で想いの内を打ち明けた。「ひっく……初めて……っく……人を信じて……ううっ……良かったって……思ったら……えぐ……嬉しくて……」人を信じたかったのに、信じることのできない辛さ。その辛さが終わったことで、こなたの凍り付いた心は一気に溶けたのだ。その事実に気付いたそうじろうは、最愛の娘を力強く抱き締めた。「ゴメンな。お前の気持ちに気付いてやれなくて。今更で悪いが……おとーさんの胸、貸すよ。だから今は、思い切り泣け」「ひっぐ……おとー……さん……」小さな子供が親にすがりつくように、こなたは父親の服を強く掴んだ。「えぐ……っ……うあぁぁぁあああぁあぁあああぁあああああぁぁあ!!!」その父娘を見て、つかさとゆたかの瞳に涙が浮かぶ。こなたが帰ってきてくれて……本当に、嬉しいのだ。「……つかさ。ケーキのデコレーション、気合い入れなよ」「ぐす……うんっ」 その日は、こなたにとって最高の誕生日となった。
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