「ID:bhQ04zI0氏:恋愛談義と変わらぬ友情」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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「おーす、こなた」
泉こなたの家に長年の友人である柊かがみがやってきた。
「やふー。かがみん」
「その変な挨拶は、いい加減やめんか」
「いいじゃん。別に」
たわいもない掛け合いをしながら、こなたの部屋に入る。
フィギュアやらなんやらがたくさんある光景は、全く変わらない。
「あんたの部屋は相変わらずね」
「オタクというのは長年続けてこそ価値があるものなのだよ、かがみん」
「さいですか」
かがみはいささか呆れ気味の表情だ。
だが、その呆れも本気のものではない。むしろ、こなたが変わっていないことに内心では安心しているようなところがあった。
こなたは、止めていたテレビゲームを再開した。格闘ゲーム。
「対戦する?」
「遠慮しとくわ。勝てるわけないし。あんた、ゲームばっかしてて、仕事の方は大丈夫なわけ?」
「新刊の原稿はもうあげたしね。しばらくは悠々自適だよ。自由業、万歳」
テレビ画面の中では、こなたの操るキャラが敵を容赦なく叩きのめしていた。
「いいご身分ね。そういえば、あんたが原作のやつのアニメ、すごい視聴率らしいじゃない。つかさの子供なんか、毎回、目を輝かせて見てるわよ」
「あれは、パティの脚本とひよりんの絵がいいんだよ。原作のよさを最大限に引き出してるってやつだね」
「それも、原作あってこそでしょ」
「ラノベオタのかがみんに褒めてもらえるとは、光栄だねぃ」
「私はオタクじゃないっつーの」
「必死になって否定するかがみん、萌え~」
「あのなぁ……」
かがみがムキになって反論しようとしたところで、
「やっといつもの調子に戻ってきたね、かがみん」
切っ先を制された。
「また彼氏と別れたんでしょ? さびしんぼのかがみんが私にところに来るときの半分はそれだし」
ぐうの音も出ない。
「はぁ……。そうよ。なんだかうまくいかなくて……。いっそのこと、見合い結婚でもしちゃおうかしら」
交際して破局した相手は既に七人目。かがみは恋愛というものに希望を失いかけていた。
友人たちの中で独身なのは、かがみとこなただけ。峰岸あやのも、柊つかさも、高良みゆきも、日下部みさおも、みんな既婚者だった。
「駄目だよ、かがみん。かがみんは、そういうとこで妥協しちゃうと後で後悔するタイプだからね」
こなたは、こういうところは異常なまでに鋭い。
それはまさにかがみの本質的なところを言い当てていた。
「……そうね。まあ、最近は黒井先生みたいな生き方にあこがれてるところもあるのよ。生活に困らないだけの収入はあるし」
かがみは、現在、弁護士をしている。仕事もコンスタントにあるため、収入は充分だった。
「さびしんぼのかがみんに、黒井先生みたいな生き方が向いてるとは思えないよ」
またまた鋭い指摘が入る。
かがみは反論すらできない。あまりにも図星をついているから。
「世の中、晩婚傾向なんだし、焦らず気長にやればいいよ。年取っても衰えないかがみんの魅力に気づかないような男なんて、相手にする必要はないんだし」
かがみは、親友のこの言葉が欲しかったんだということに今更ながらに気がついた。
「ありがと。気長にがんばってみるわ」
こなたは、別のゲームをセットした。
今度は、ギャルゲーだ。
「ところで、こなたには彼氏とかっていないわけ?」
「いないよ」
「話に聞くところじゃ、結構モテるそうじゃないの」
「まあ、一応、人気作家ってことになってるしね。でも、全部断ってるから」
「どうしてよ?」
「興味ないし」
こなたは、本当に興味なさげにそう言い切った。
「やたらにがっつくのはどうかと思うけど、全然興味なしってのもどうかしてるわよ」
テレビ画面の中では、リアルでは到底ありえないだろうという恋愛ストーリーが展開されていた。
「自分でもそう思うけど、リアルじゃ、どうしても興味もてないんだよね」
こなたは、昔からそうだった。
恋愛ゲームはよくやるけど、リアルでは、他人のそれをからかったり、自分のそれをジョークのネタにすることはあっても、本当の意味で恋愛に興味があるようには全く見えなかった。
それは、今も変わらないらしい。
こなたのそういうとこは、恋愛願望が強いかがみには、到底理解できないものだった。
ただ、逆にいえば、相手は誰でもいいともいえるわけで、何度フラれてもめげず熱烈に愛情を注いでくれる男が現れれば案外あっさり結婚までいってしまうのかもしれない。
要するに、そこまでこなたに惚れこむような男はいまだに現れてないわけだ。
「ねえ、こなた」
「なに?」
「どうしても結婚しなきゃならないとしたら、相手にどんな条件つける?」
「うーん……そうだなぁ……お父さんと一緒に暮らしてくれる人じゃないと嫌かな。一人にするわけにいかないし」
こなたがファザコンというわけではない。むしろ、逆。あの父親は、いまだに子離れできないのだ。
なにせ、あのある意味どうしようもない男に対してあそこまで寛容な人間は、今は亡きかなたを別にすれば、こなたのほかには存在しない。そうじろうがこなたをいまだに溺愛してやまないのは、仕方のないことだ。
泉家の家庭事情を知るかがみとしては、それを非難することもできなかった。
ただ、これは相手の男にとっては、かなりのハードルだろう。そうじろうがこなたに注ぐ愛情に匹敵するぐらいの愛情がなければ、こなたの婿たりえないということなのだから。
「そんなこといってたら、お父さんが寿命をまっとうするまで結婚できないんじゃないの? ていうか、そこまで待ってたらあんたももういいおばさんになっちゃってるわよ」
「別にそれでもいいよ。一人でも生活には困らないし」
黒井先生みたいな生き方はあんたには向いてない、と言い返せるのならば、仕返しにそうしてやりたかった。でも、かがみにはそれができなかった。
なぜなら、こなたは、一人でも生きていける人間だから。彼女は、右手に飽きることのない趣味と、左手に生きる糧さえあれば、一人で平然と暮らしていける人間なのだ。
こなたは、寂しいという感情が欠けていた。幼くして母親を亡くしたという家庭環境のゆえなのかほかに原因があるのかはもう分からない。
そうじろうが死んで一人になっても、こなたが淡々と生活を送っていくだろうことは、想像に難くない。
これは、こなたが薄情であるということを意味しない。父親が死ねば、当然悲しむだろう。でも、その後の一人だけの生活を寂しいと思うことはないのだ。なぜなら、寂しいという感情だけが欠けているから。
これは親子関係だけでなく、友人関係についても当てはまることだった。
過去に一度だけ大喧嘩をしたことがある。かがみは怒りにまかせてこなたに絶交だと言い渡した。
それを言い渡されたときは、こなたも悲しんだに違いない。でも、その後のこなたは、かがみと友人ではないという点を除けば、普段とまったく変わらなかった。つかさやみゆきが、唖然としてしまったほど。
寂しがり屋のかがみにとって、それは拷問にも等しいもので、一週間もたたないうちに、こなたに泣いて謝りにいった。こなたは、もう怒っているわけでもなく、あっさり友人関係は修復した。
かがみが大人になってもときどきこなたの家を訪れるのは、友人関係が切れてないことを確かめないと不安になってくるからでもあった。
こなたのギャルゲーがひと段落ついたところで、かがみは一枚のゲームソフトを取り出した。
「なに、それ?」
「司法試験のシュミレーションゲームよ。対戦モードもあるわ。こなたに勝てるゲームっていったら、これぐらいしかないしね」
「ええ、やだよぉ」
「問答無用」
さっそくセットして、対戦モードを選択する。
結果はやはり、かがみの圧勝だった。
「くそ~、ゲームでかがみんに遅れをとるとは……」
「悔しかったら勝ってみなさいよ」
「その言葉、必ず後悔させてやる。知識系のゲームであろうと、一ヶ月もあれば余裕でマスターしてみせる!」
それは、一ヵ月後にまた来い、ってことでもあった。かがみにとっては、それが何よりも嬉しい。
いい年した独身女がそろってゲームに興じている光景は、傍から見ればどうかと思われるかもしれないが、二人にとってはそれこそが大切なものであった。
どちらかがあるいは両方が結婚したとしても、この友情はきっと変わらない。
終わり