ID:mlTJRaw0氏:柊かがみの春

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「今度さー、家に泊まりにこない?」  高校に入ってしばらくした後、私は妹のつかさと一緒に一人の女友達の家に行くことになった。発端は多分彼女の気分的なものだったのだろう。 だが高校では本当にいろいろなことがあった。まあ確かに海に行ったこととか、修学旅行だとか、まあいろいろと他にも出来事があったわけだが、私にはそのような幾つかの出来事よりも、この「彼女の気分的なもの」が最高の思い出になったのだろうと大学生になった今になって実感できる。  どうしてか? それは私の一人の友達が親友と思える日になったから、かな。 「委員長は来れないのかー、残念だね」 「家の用事じゃ仕方ないじゃない、そもそもあんたの提案もいきなりだったんだからね」  おじさんに挨拶を済ませ、私たちは部屋でのんびりと過ごしている。まあ予想通り彼女の部屋はフィギュアや漫画が大量に置いてあり(漫画の異常な量には驚いたが)わたしでも多少理解できる部分はあるが理解したくもない部分もある。 つかさは家に来たことがあるのか普通に荷物を置いてその辺に座っていた。  まあおじさんが最初に 「家が神社で巫女さんなんだって?」  という風に聞いてきたときは第一声がそれか! と心の中で突っ込みはしたが、彼女の少し困ったような顔が面白かったのでなんだかどうでもよくなってしまった。 「ねえかがみさん、あれ、持ってきた?」 「あれって何?」 「だから、宿題、つかさと一緒に写させてもらおうかとね。つかさも持ってきたんでしょ?」 「持ってきたわよ。けどね、つかさ、わたしに持っていってなんて言ってたのはこれが理由?」 「うん……駄目?」 「まあいいけどさ……出来るところは自分でやんなよ」  このころはまだ回数もそんなに多くなかったせいか、この二人に宿題を見せることも結構簡単に見せてやっていたと思う。 まあ後にあまりにも回数が多くて納得いかないこともあったが、今まで見せてやらなかったことがないことも(途中まで自分でやらせても、結局最後には見せたなんてこともあったが)やっぱり最初の頃の名残なのだろうか。 でもこの頃には今となっては懐かしいと思えることがまだある。そう、例えば 「そういえばさ、泉さん、何でつかさは呼び捨てなのにわたしはさん付けなの?」 「いいんじゃない? かがみさんはなんとなくさん付けしたくなるよ」 「なんとなく?」 「そう、なんとなく」 「それを言ったらお姉ちゃんがこなちゃんのことをまだ泉さんって呼んでることだって、私は不思議だとおもうな」 「だったら、私たち全員が高翌良さんのことを委員長って呼んでいることも私は十分不思議だとおもうけれど?」 「……世の中は不思議でいっぱいです」 「なんじゃそりゃ?」 「いや、ただのネタ、わからなかったんならいーよ。かがみさんがもう少し染まってくれればわかってくれると思うんだけれどな」 「そんな風に言われて染まるやつはどうかしてるし、私も絶対に染まりたくない」  そう、お互いの呼び方。この頃唯一今と相手の呼び方が同じだったのはみゆきだけで(いや、今もみゆきの呼び方が他人行儀だといってしまえばそれでおしまいなのだろうが)とくに全員が委員長と言っていたことは今になってみれば笑ってしまう。  泉さんも十二分におかしいが。 「ほいよ、写し終わったよー」 「私もー」  二人が課題を終えたのは夕食も終わってかなり遅い時間だった。 というより、もうすでに寝る前で、だらだらと喋りながらやっていたからここまで時間を使っただけの話であって、実質そこまで課題は多くない。 「それじゃ、今日は久しぶりに早く寝ようか。二人はあんまり夜更かししないみたいだし」 「あんたが慣れすぎているだけでしょ……って何やってんの?」 「ん~、アニメの録画」 「……ビデオで?」 「そうだよ」 「この部屋、パソコンとか大量の漫画とかあって、あんたにとって大切そうなDVDレコーダーがないの?」 「……世の中は不思議でいっぱいです」 「またそれか……一体何のキャラのセリフなんだか」 「かがみさんがもっと染まってくれればいつかはわかるかもね」 「もうそれはいい……ほら、寝るわよ」 「ぬお! いきなり電気消すのは反則!」 「あ~、わかったわかった、早く寝るって言ったのはあんたでしょ?」  そしてこの夜が、まあそういう言い方をすれば今夜が超常現象ってのが起こる日だったのかな。 「柊かがみさん、起きてください」  睡眠というものは何の理由もないのに勝手に覚めてしまうことがある。ただ世の中のものには大抵理由がある訳で、この日も例外なく理由があった。  夢の中で誰かに呼び起こされたような気がする。ただ、そのときの私は起き抜けで、夢の中に響いてくる聞いたこともない声の主のこと等考えようともしなかった。眠かったのだろうか? いや、それはただ単に後から適当につけた理由にしかならないな。  ふと横を見てみると、当然つかさが眠っている。 「お姉ちゃん……今度は何キロ太ったんだろう……」  へえ、そんなこと考えていたのかつかさ。寝言とは言ってもそんな風に私の心に矢を撃ち込まないように。  ふと横を見てみると、当然のように彼女がいなかった。  時刻を見てみるともうすぐ夜が明ける。私は立ち上がって何となく彼女の影を探し始めた。何となくだ、何となく。そんなものに理由はなかったんだと思うことにする。  リビングの傍まで来ると、明かりがついているのが見えた。部屋の中から人影が二つ廊下に向かって突き出している。  この家には現在わたしとつかさと彼女とおじさんの四人しか居ない。この家にゆたかちゃんが来るのはもう少し先の話であって、二つの影は彼女とおじさんということになる。  私が入れるような空間じゃないと思ってその場を立ち去ろうとすると、中から声が聞こえて、この話は冒頭のシーンに移ることになる。 「そんなところで覗いていなくても、こっちに来てもいいですよ? 柊かがみさん」  私を呼ぶ声がする。私がここに居ることなど、二人にはわからないはずだし、それに足音で誰か居ることくらいは分かっても二階にはつかさもいるから私だと確定はされないはずだった。  何より、この声は彼女でもおじさんでもない。あの二人は、ここまで透き通るような高い声を持っていなかったと思う。 「柊さん、少しだけ、こっちの話に付き合ってくれないかな?」  これはおじさんの声だ。私は聞いたことのある声を聞いてリビングへと足を向ける。  リビングの中を目にしたとき、椅子に座ってこちらを見ている二人は、どちらも見覚えのある人物だった。まあ片方はこれから見慣れすぎることになる人物な訳だが。  でも何となく分かる。椅子に座ってこちらを見ている彼女は今まで私が見てきた彼女ではない。彼女は普段あそこまで穏やかな目をしていないし、それにこの部屋には三人しかいないからさっきの声は彼女が出したことになる。 「泉さん……じゃない?」 「わたしは泉かなた、今あなたが見ている子の母親です。よろしくね」 「いや、よろしくされても……何がなんだか……」  彼女の母親がもう既に居ないことくらいは知っている。  しかし、いくら神社で巫女やってるからと言っても、居るはずのない人間が話しかけてくるなんて場面に遭遇したことがあるはずもない。  それと後に「名前の由来は神秘的なのに本人は現実的に育ちすぎた」というような突っ込みを入れられることになる私は、こんな状況に遭遇したからと言って全くうろたえない人間ではない。  そうか、あの時は眠かったんだな、うん。 「ごめんなさいね、こんな朝早くに呼び出してしまって。でもね、わたしはあなたと少し話がしたかったの」 「というより……どうして泉さんが母親……かなたさんなんでしょうか?」 「今、この子の意識はないの。まあ……ノリウツラレテル、とでも言ってみればいいかしら」 「……呼び出しておいて、私に何か用でも?」 「あなたは物分りがいいわね、そうくんも私をすぐに理解したし……幽霊なんて、実際そんなに怖くないものなのかしら、そうくんどう思う?」 「それは幽霊がお前だからじゃないのか? むしろ、全然幽霊っぽくない幽霊だとも思うぞ」 「えっと……じゃあ幽霊っぽくするにはどうすれば……」 「あの……私に何か用でも――」  話が全然違う方向に向かっていきそうだったのでそろそろ止めておく。 こんな風に考えることが出来たのなら、多分眠気もなかったのだろうと思うことにする。 「そうそう、こなたのことで少しだけ話があるの、わざわざ寝ているところを起こしてごめんなさいね」 「この子はね、今あなたたちと過ごしている時間がとても楽しいみたい。だから、出来れば見捨てないで欲しいな」 「――――どうしてそんなことを私に?」 「あなたと居るときがこなたは一番楽しそうだから、じゃあ駄目? あなたはこなたがつかささんと一番仲がいいって思っているみたいだけど、実はそうじゃないの。どうしてでしょうね。道端で外人さんに声をかけられたところを助けた――なんて体験だってあるのに、こなたはあなたと居る時が一番楽しそう……。相性というものかしら」 「……私には分かりません、泉さんは私よりつかさの方が好きみたいですし」 「まあそんな風に優劣を競っても悲しくなるだけって言うのは分かってるわ。例えば、私とこなたとどっちが好きってそうくんに聞いて、答えられると思う?」 「かなた……それは例えとしては酷いんじゃないのか?」 「ごめんなさい、そうくん。でもこんな簡単な例えは無いと思ったから言わせてもらったの。安心して、あなたの答えはわかっているから」 「そうだな……でも柊さん、結局そんなことは理屈じゃないんだよ。かなたには一番仲がよく見えても、誰かの目には違うように映っていることだってある。まあ確かに俺の目にはこなたと柊さんが一番仲のいいように見える。君の妹よりもね。結局かなたが言いたいことは、仲良くしてやってくれってことだ、それだけわかってくれればいい」 「……そんな風にうわべだけで仲良くすることは私には出来ません。どちらにしろ、言われなくても私は、泉さんのことが好きです。建前とかじゃないですよ」 「そう……じゃあ、私の用はこれで終わり、ありがとう。ああそれと、こなたはこの話の内容を知らないわ。それじゃあそうくん、柊さん、さようなら」 「ああ、それじゃあな。……かなた」  おじさんがそういった後、彼女は目を閉じて寝息を立て始めた。私はただ彼女の寝顔を眺めていた。そうだ、そんなことを言われなくても私は彼女のことが好きだ。だが私から見て彼女はつかさの方が好きなように見える。でも彼女を借りていた存在は私と居るときが一番楽しそうだという。しかしそんなことはどちらでもいい。私は友達定義を考えるほど面倒な性格をしていない。 「かなたは、ある日突然こなたにノリウツルようになったんだ。まあ、一度死んでしまった人間がわざわざこうして何度も来るなんて、よっぽど心配をかけてしまっているようだな」 「あの人は、そんなに泉さんのことが心配で、大好きなんですね」 「そうだな……今までが今までだから、仕方が無いような気もするが」 「今までが今まで?」 「こなたは、きっと君たちが最初の友達だったんだよ。嬉しかったんじゃないのかな。実のことを言うと、高校に入ってからこなたは本当に変わったんだよ。今までは……まあ言う必要もないだろう。だからこそ、かなたも嬉しいんじゃないのかな。かなたは心配性だからさ」 「私は、泉さんには中学のときにすごく中がいい友達が居たと聞きましたが……」 「――そうか、そんなことも言ったのか……。柊さん、確かに居たよ。彼氏と言ったほうがいいのかな」 「へ、男?」 「でも、出来ればそのことについてはあんまり触れないでやって欲しいんだ。私には仲がいいという風にはあまり見えなかったな。でも……、その子は、死んでしまった。事故でね」 「……そんなことなら、私たちに話さなければいいのに……それに、泉さんは今も生きているようなことを言っていましたよ」 「こなたにもプライドってものがある。実際、普通の子が友達なんて一人もいない、なんて言うと思うか?」 「……思いません」 「そうだね、だからこそ、君にはこなたと仲良くして欲しい、それは俺の願いでもあるんだ」 「そのことだったら、さっきも言ったとおりですよ」 「よし、じゃあこの話は終わりだ。おい、起きろ、こなた」  そういって起こされた彼女は、いつもどおりの明るい彼女だった。  その日も一日遊び尽くし、そして帰ろうと玄関を出ようとする。  つかさは先に玄関から出て、今この場に居るのは私とこなたの二人だけだ。 「泉さん、それじゃあまたね」 「ああ、そうそう、柊さん」 「何?」 「……そんな風にうわべだけで仲良くすることは私には出来ません。どちらにしろ、言われなくても私は、柊さんのことが好きです。建前とかじゃないですよ」 「……へえ、聞いていたんだ」 「そうだね。お母さんは私が気づいて居ないと思っているみたいだけど、実際私にも聞こえていたんだよ」 「まあ聞いていても別に構わないわ。あれは真面目な話。嘘は入っていないわよ」 「うん、それはわかってるよ。ただ……ありがとう、かがみ」 「――さん付けしたくなるっていう言葉はどこへ消えたんだか……。そうそう、泉さん」 「なに?」 「今は楽しい?」 「それは私に失礼な話じゃないのかな?」 「……それもそうね。聞くまでもなかったわ。あの人に言われるでもなく、わたしは泉さんと居ることが楽しい」 「そのことだったら、さっき言われた通りだよ」 「そうだったわね……じゃあね、こなた」    そして、「彼女の気分的なもの」は私にとって一人の友達が親友と呼べる存在になったことに変わった。  私たちがみゆきのことを委員長と呼ばなくなるのは、もう少し先の話となる。  ちなみに、私がツンデレと呼ばれることは数秒後の話となる。
「今度さー、家に泊まりにこない?」  高校に入ってしばらくした後、私は妹のつかさと一緒に一人の女友達の家に行くことになった。発端は多分彼女の気分的なものだったのだろう。 だが高校では本当にいろいろなことがあった。まあ確かに海に行ったこととか、修学旅行だとか、まあいろいろと他にも出来事があったわけだが、私にはそのような幾つかの出来事よりも、この「彼女の気分的なもの」が最高の思い出になったのだろうと大学生になった今になって実感できる。  どうしてか? それは私の一人の友達が親友と思える日になったから、かな。 「委員長は来れないのかー、残念だね」 「家の用事じゃ仕方ないじゃない、そもそもあんたの提案もいきなりだったんだからね」  おじさんに挨拶を済ませ、私たちは部屋でのんびりと過ごしている。まあ予想通り彼女の部屋はフィギュアや漫画が大量に置いてあり(漫画の異常な量には驚いたが)わたしでも多少理解できる部分はあるが理解したくもない部分もある。 つかさは家に来たことがあるのか普通に荷物を置いてその辺に座っていた。  まあおじさんが最初に 「家が神社で巫女さんなんだって?」  という風に聞いてきたときは第一声がそれか! と心の中で突っ込みはしたが、彼女の少し困ったような顔が面白かったのでなんだかどうでもよくなってしまった。 「ねえかがみさん、あれ、持ってきた?」 「あれって何?」 「だから、宿題、つかさと一緒に写させてもらおうかとね。つかさも持ってきたんでしょ?」 「持ってきたわよ。けどね、つかさ、わたしに持っていってなんて言ってたのはこれが理由?」 「うん……駄目?」 「まあいいけどさ……出来るところは自分でやんなよ」  このころはまだ回数もそんなに多くなかったせいか、この二人に宿題を見せることも結構簡単に見せてやっていたと思う。 まあ後にあまりにも回数が多くて納得いかないこともあったが、今まで見せてやらなかったことがないことも(途中まで自分でやらせても、結局最後には見せたなんてこともあったが)やっぱり最初の頃の名残なのだろうか。 でもこの頃には今となっては懐かしいと思えることがまだある。そう、例えば 「そういえばさ、泉さん、何でつかさは呼び捨てなのにわたしはさん付けなの?」 「いいんじゃない? かがみさんはなんとなくさん付けしたくなるよ」 「なんとなく?」 「そう、なんとなく」 「それを言ったらお姉ちゃんがこなちゃんのことをまだ泉さんって呼んでることだって、私は不思議だとおもうな」 「だったら、私たち全員が高翌良さんのことを委員長って呼んでいることも私は十分不思議だとおもうけれど?」 「……世の中は不思議でいっぱいです」 「なんじゃそりゃ?」 「いや、ただのネタ、わからなかったんならいーよ。かがみさんがもう少し染まってくれればわかってくれると思うんだけれどな」 「そんな風に言われて染まるやつはどうかしてるし、私も絶対に染まりたくない」  そう、お互いの呼び方。この頃唯一今と相手の呼び方が同じだったのはみゆきだけで(いや、今もみゆきの呼び方が他人行儀だといってしまえばそれでおしまいなのだろうが)とくに全員が委員長と言っていたことは今になってみれば笑ってしまう。  泉さんも十二分におかしいが。 「ほいよ、写し終わったよー」 「私もー」  二人が課題を終えたのは夕食も終わってかなり遅い時間だった。 というより、もうすでに寝る前で、だらだらと喋りながらやっていたからここまで時間を使っただけの話であって、実質そこまで課題は多くない。 「それじゃ、今日は久しぶりに早く寝ようか。二人はあんまり夜更かししないみたいだし」 「あんたが慣れすぎているだけでしょ……って何やってんの?」 「ん~、アニメの録画」 「……ビデオで?」 「そうだよ」 「この部屋、パソコンとか大量の漫画とかあって、あんたにとって大切そうなDVDレコーダーがないの?」 「……世の中は不思議でいっぱいです」 「またそれか……一体何のキャラのセリフなんだか」 「かがみさんがもっと染まってくれればいつかはわかるかもね」 「もうそれはいい……ほら、寝るわよ」 「ぬお! いきなり電気消すのは反則!」 「あ~、わかったわかった、早く寝るって言ったのはあんたでしょ?」  そしてこの夜が、まあそういう言い方をすれば今夜が超常現象ってのが起こる日だったのかな。 「柊かがみさん、起きてください」  睡眠というものは何の理由もないのに勝手に覚めてしまうことがある。ただ世の中のものには大抵理由がある訳で、この日も例外なく理由があった。  夢の中で誰かに呼び起こされたような気がする。ただ、そのときの私は起き抜けで、夢の中に響いてくる聞いたこともない声の主のこと等考えようともしなかった。眠かったのだろうか? いや、それはただ単に後から適当につけた理由にしかならないな。  ふと横を見てみると、当然つかさが眠っている。 「お姉ちゃん……今度は何キロ太ったんだろう……」  へえ、そんなこと考えていたのかつかさ。寝言とは言ってもそんな風に私の心に矢を撃ち込まないように。  ふと横を見てみると、当然のように彼女がいなかった。  時刻を見てみるともうすぐ夜が明ける。私は立ち上がって何となく彼女の影を探し始めた。何となくだ、何となく。そんなものに理由はなかったんだと思うことにする。  リビングの傍まで来ると、明かりがついているのが見えた。部屋の中から人影が二つ廊下に向かって突き出している。  この家には現在わたしとつかさと彼女とおじさんの四人しか居ない。この家にゆたかちゃんが来るのはもう少し先の話であって、二つの影は彼女とおじさんということになる。  私が入れるような空間じゃないと思ってその場を立ち去ろうとすると、中から私を呼ぶ声が聞こえてくる。 「そんなところで覗いていなくても、こっちに来てもいいですよ? 柊かがみさん」  私を呼ぶ声がする。私がここに居ることなど、二人にはわからないはずだし、それに足音で誰か居ることくらいは分かっても二階にはつかさもいるから私だと確定はされないはずだった。  何より、この声は彼女でもおじさんでもない。あの二人は、ここまで透き通るような高い声を持っていなかったと思う。 「柊さん、少しだけ、こっちの話に付き合ってくれないかな?」  これはおじさんの声だ。私は聞いたことのある声を聞いてリビングへと足を向ける。  リビングの中を目にしたとき、椅子に座ってこちらを見ている二人は、どちらも見覚えのある人物だった。まあ片方はこれから見慣れすぎることになる人物な訳だが。  でも何となく分かる。椅子に座ってこちらを見ている彼女は今まで私が見てきた彼女ではない。彼女は普段あそこまで穏やかな目をしていないし、それにこの部屋には三人しかいないからさっきの声は彼女が出したことになる。 「泉さん……じゃない?」 「わたしは泉かなた、今あなたが見ている子の母親です。よろしくね」 「いや、よろしくされても……何がなんだか……」  彼女の母親がもう既に居ないことくらいは知っている。  しかし、いくら神社で巫女やってるからと言っても、居るはずのない人間が話しかけてくるなんて場面に遭遇したことがあるはずもない。  それと後に「名前の由来は神秘的なのに本人は現実的に育ちすぎた」というような突っ込みを入れられることになる私は、こんな状況に遭遇したからと言って全くうろたえない人間ではない。  そうか、あの時は眠かったんだな、うん。 「ごめんなさいね、こんな朝早くに呼び出してしまって。でもね、わたしはあなたと少し話がしたかったの」 「というより……どうして泉さんが母親……かなたさんなんでしょうか?」 「今、この子の意識はないの。まあ……ノリウツラレテル、とでも言ってみればいいかしら」 「……呼び出しておいて、私に何か用でも?」 「あなたは物分りがいいわね、そうくんも私をすぐに理解したし……幽霊なんて、実際そんなに怖くないものなのかしら、そうくんどう思う?」 「それは幽霊がお前だからじゃないのか? むしろ、全然幽霊っぽくない幽霊だとも思うぞ」 「えっと……じゃあ幽霊っぽくするにはどうすれば……」 「あの……私に何か用でも――」  話が全然違う方向に向かっていきそうだったのでそろそろ止めておく。 こんな風に考えることが出来たのなら、多分眠気もなかったのだろうと思うことにする。 「そうそう、こなたのことで少しだけ話があるの、わざわざ寝ているところを起こしてごめんなさいね」 「この子はね、今あなたたちと過ごしている時間がとても楽しいみたい。だから、出来れば見捨てないで欲しいな」 「――――どうしてそんなことを私に?」 「あなたと居るときがこなたは一番楽しそうだから、じゃあ駄目? あなたはこなたがつかささんと一番仲がいいって思っているみたいだけど、実はそうじゃないの。どうしてでしょうね。道端で外人さんに声をかけられたところを助けた――なんて体験だってあるのに、こなたはあなたと居る時が一番楽しそう……。相性というものかしら」 「……私には分かりません、泉さんは私よりつかさの方が好きみたいですし」 「まあそんな風に優劣を競っても悲しくなるだけって言うのは分かってるわ。例えば、私とこなたとどっちが好きってそうくんに聞いて、答えられると思う?」 「かなた……それは例えとしては酷いんじゃないのか?」 「ごめんなさい、そうくん。でもこんな簡単な例えは無いと思ったから言わせてもらったの。安心して、あなたの答えはわかっているから」 「そうだな……でも柊さん、結局そんなことは理屈じゃないんだよ。かなたには一番仲がよく見えても、誰かの目には違うように映っていることだってある。まあ確かに俺の目にはこなたと柊さんが一番仲のいいように見える。君の妹よりもね。結局かなたが言いたいことは、仲良くしてやってくれってことだ、それだけわかってくれればいい」 「……そんな風にうわべだけで仲良くすることは私には出来ません。どちらにしろ、言われなくても私は、泉さんのことが好きです。建前とかじゃないですよ」 「そう……じゃあ、私の用はこれで終わり、ありがとう。ああそれと、こなたはこの話の内容を知らないわ。それじゃあそうくん、柊さん、さようなら」 「ああ、それじゃあな。……かなた」  おじさんがそういった後、彼女は目を閉じて寝息を立て始めた。私はただ彼女の寝顔を眺めていた。そうだ、そんなことを言われなくても私は彼女のことが好きだ。だが私から見て彼女はつかさの方が好きなように見える。でも彼女を借りていた存在は私と居るときが一番楽しそうだという。しかしそんなことはどちらでもいい。私は友達定義を考えるほど面倒な性格をしていない。 「かなたは、ある日突然こなたにノリウツルようになったんだ。まあ、一度死んでしまった人間がわざわざこうして何度も来るなんて、よっぽど心配をかけてしまっているようだな」 「あの人は、そんなに泉さんのことが心配で、大好きなんですね」 「そうだな……今までが今までだから、仕方が無いような気もするが」 「今までが今まで?」 「こなたは、きっと君たちが最初の友達だったんだよ。嬉しかったんじゃないのかな。実のことを言うと、高校に入ってからこなたは本当に変わったんだよ。今までは……まあ言う必要もないだろう。だからこそ、かなたも嬉しいんじゃないのかな。かなたは心配性だからさ」 「私は、泉さんには中学のときにすごく中がいい友達が居たと聞きましたが……」 「――そうか、そんなことも言ったのか……。柊さん、確かに居たよ。彼氏と言ったほうがいいのかな」 「へ、男?」 「でも、出来ればそのことについてはあんまり触れないでやって欲しいんだ。私には仲がいいという風にはあまり見えなかったな。でも……、その子は、死んでしまった。事故でね」 「……そんなことなら、私たちに話さなければいいのに……それに、泉さんは今も生きているようなことを言っていましたよ」 「こなたにもプライドってものがある。実際、普通の子が友達なんて一人もいない、なんて言うと思うか?」 「……思いません」 「そうだね、だからこそ、君にはこなたと仲良くして欲しい、それは俺の願いでもあるんだ」 「そのことだったら、さっきも言ったとおりですよ」 「よし、じゃあこの話は終わりだ。おい、起きろ、こなた」  そういって起こされた彼女は、いつもどおりの明るい彼女だった。  その日も一日遊び尽くし、そして帰ろうと玄関を出ようとする。  つかさは先に玄関から出て、今この場に居るのは私とこなたの二人だけだ。 「泉さん、それじゃあまたね」 「ああ、そうそう、柊さん」 「何?」 「……そんな風にうわべだけで仲良くすることは私には出来ません。どちらにしろ、言われなくても私は、柊さんのことが好きです。建前とかじゃないですよ」 「……へえ、聞いていたんだ」 「そうだね。お母さんは私が気づいて居ないと思っているみたいだけど、実際私にも聞こえていたんだよ」 「まあ聞いていても別に構わないわ。あれは真面目な話。嘘は入っていないわよ」 「うん、それはわかってるよ。ただ……ありがとう、かがみ」 「――さん付けしたくなるっていう言葉はどこへ消えたんだか……。そうそう、泉さん」 「なに?」 「今は楽しい?」 「それは私に失礼な話じゃないのかな?」 「……それもそうね。聞くまでもなかったわ。あの人に言われるでもなく、わたしは泉さんと居ることが楽しい」 「そのことだったら、さっき言われた通りだよ」 「そうだったわね……じゃあね、こなた」    そして、「彼女の気分的なもの」は私にとって一人の友達が親友と呼べる存在になったことに変わった。  私たちがみゆきのことを委員長と呼ばなくなるのは、もう少し先の話となる。  ちなみに、私がツンデレと呼ばれることは数秒後の話となる。

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