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ホラー映画を楽しめるのは、恐怖を感じることが出来る人だけだと聞いたことがある。 だけど、それは絶対に嘘だ。 そんな話は怖いと思わない側の贅沢で、そうでない人にとってはまったく嬉しくない。 だからお姉ちゃんが肝試しの計画を私に伝えたときも、全力で拒否をした。 何を言われても行くつもりはない。 そう言って私が誘いを断ると、双子の姉は哀しそうに俯いた。 「もうすぐ卒業だから、思い出作りをしたかったんだけどな」 私はその意見に賛成したわけではない。 思い出にするのなら、もっと楽しいだけのものがいいと思った。 ただ、いつも自分を助けてくれる人の落胆した顔が見たくなくて、「いいよ」と言ってしまったのだ。 「うぅ……やっぱり断るべきだったかも」 墓石の影でしゃがみながら、私は後悔の言葉を呟いていた。 グループ分けで脅かす役になった時は、助かったと思った。 夜中の墓地というだけでも不気味なのに、そこに驚かす仕掛けが加われば心が耐えられそうにない。 そう考えたのだが、息をひそめて一人で待っているのも十分すぎるほどに恐ろしかった。 声を出すことは許されない。 もちろん懐中電灯の灯りも消している。 気を紛らわせてくれる物が何もない状況で、私は耳を澄まして足音が近づくのを待っていた。 これならば、脅かされるペアのほうがずっと良かったかもしれない。 遠くの道路を走っている自動車を、聴覚で感じる。 ここが特別な場所ではないと思い込もうとして、突如聞こえた急ブレーキの音に心臓が潰れそうになった。 ブレーキの音から交通事故をイメージして、死人、幽霊へと連想が進む。 自分が隠れているのとは別の墓石の影に、血の気のない腕がだらりと地面に転がっているような気がした。 本当に恐ろしいのは見えない部分だ。 見えない場所では、何が起きているのかわからない。 頭を振って想像したことを振り払おうとしたが、忘れることは出来なかった。 私は脅かす役割を一時的に放棄して、立ち上がる。 懐中電灯を点けて、私は嫌な想像をしてしまった墓石のほうに向かって足を運んだ。 少しだけだ。 ほんの少しだけ見て、何も居ないことを確認したら、またすぐに持ち場に戻る。 私の不安は杞憂でしかなくて、自分の臆病に苦笑するのだ。 その場所まで二メートル弱。 ザリザリという靴と地面の擦れる音を聞きながら、わずかな距離を慎重に歩いた。 私は目標の手前で立ち止まり、自分の身長よりも大きな墓石を見上げた。 この位置では、死角になっている部分は確認できない。 身体を傾ける。まだ見えない。 私は更に身体を傾けながら、一歩、二歩と前へ出た。 何かを見てしまうことが怖いのなら引き返せばいいのに、確かめないという選択肢は浮かばなかった。 懐中電灯を正面に突き出し、倒れそうなほどな体勢になって、ようやく隠れていた部分が視野に入った。 ――大丈夫、何も居ない。 「どうかしたんですか?」 「ひゃっ!」 私は恐怖に駆られて、振り向きながら懐中電灯を持った腕を振り回す。 微かな手応えがあり、続けてガラスの割れる音がした。 「え……ゆきちゃん?」 私の背後に立っていたのは、同じクラスの友人だった。 光を当てた彼女の顔には眼鏡が無く、それは私が壊してしまったのだと気づいた。 「ごめんね。まさか、ゆきちゃんだとは思わなくて。眼鏡、どうしよう」 「いえ、驚かせてしまったようですから、気にしないでください」 眼鏡を失くした友人は、いつもと雰囲気が違っていた。 大切な物を壊して迷惑をかけたというのに、その事がまた恐怖を誘発する。 「まさか、幽霊とかじゃないよね?」 「幽霊でしたら、眼鏡は割れなかったと思いますよ」 「そっか。言われてみればそうだよね。って、どうしよう。弁償しなきゃ」 「いえ、ですから私のほうにも非があったわけで……」 動揺する私だったが、必死に宥めようとする友人のおかげで、数分後には落ち着くことができた。 「そういえば、どうしてゆきちゃんが私の所に?」 彼女もまた、脅かす側の一人だったはずだ。 「気づいたことがあって、それを伝えに来たんです」 私の問いに、彼女は勿体をつけるようにして答えた。 「気づいたこと?」 「はい。つかささんは、脅かす側の人間にゆたかさんがいるのは、おかしいと思いませんでしたか?」 「そうかな。……うん。そうかも。確かに言われてみれば、私がこっち側なのも変だよね」 そもそも参加していること自体が変なのだが、私は話を進めるためにそう答えた。 「おそらく、脅かす役として待機している人たちを、驚かして回る計画なのでしょう」 「なんで、そんなことを?」 「自分が脅かされる側だとわかっていては、心構えが出来てしまいますからね」 「なるほど」 彼女の説明には説得力があった。 それならば、私がすんなりと脅かす役に決まったことにも納得がいく。 「だからですね。表向きの本来の予定通りになるように、一緒に脅かす側になりませんか?」 「うん、いいよ。仕返しだね」 彼女の誘導に従って、私は移動することにした。 既に何人かは仲間に加わっていて、そちらに合流するらしい。 恐怖が快楽に転換したことで、私の気分は一気に高揚していた。 「ところで、携帯の電源は切っているのですか?」 前を行く背中を追いかけながら歩いていると、ふいに彼女は立ち止まって私に訊ねた。 「えっ、うん。待ち伏せしている時に鳴り出したら、見つかっちゃうと思ったから」 「なるほど。ですが、携帯の電磁波には幽霊を遠ざける効果があるそうですよ」 「本当?」 「ええ。もっともオカルト関連の話ですから、お守りになるというのも都市伝説の一つに過ぎませんが」 私はそれでも構わないと思い、携帯電話の電源を入れた。 「ありがとう。ゆきちゃん」 「いえいえ」 それから数分ほど歩いて、私は異変に気づいた。 この墓地はそれほど広かっただろうか? 「ねえ、おかしいよ」 私は小声でそう言ったが、前を歩く友人からの返事はなかった。 「ゆきちゃん。待って。止まってよ」 今度の呼びかけも無視されるかと思ったが、意外にも彼女は足を止めた。 「ここが一番いい場所なんです。余計な電波が、ほとんど届かないから」 彼女は振り返って、私にそう言った。 「何を言って――」 ふと彼女の足元を見ると、携帯電話が落ちていた。 それも一つではなく、複数だ。 見覚えのある物もいくつかあった。私の、お姉ちゃんの物だ。 それが、どうしてこんな場所に落ちているのか。 「ゆきちゃん、説明してよ。どういうことなの?」 その瞬間、地面に散らばる携帯電話が一斉に鳴り始めた。 音楽を流す他に振動するだけなどの差はあったが、これだけの電話が同時に着信するなど、ありえない。 「ゆきちゃん……なんだよね?」 私はおそるおそる訊いた。 彼女の答えはもちろん――。 「いいえ」 私の友人と同じ姿をした少女が笑った。 地面には、着信を知らせる携帯電話の光が蠢いていた。 いくつもの音楽に紛れて気づかなかったが、私の電話からも音楽が流れていた。 「電話ですよ。取らないんですか? つかささん」 「やだ、やだ。私、まだそっちの世界には行きたくないよ」 みんながどうなったのかを具体的に想像する事はできないが、きっと、そういうことなのだ。 「何故ですか? つい先ほど、仲間になることに同意してくれたのに」 死者の仲間になる事に同意をした? そんなはずはないと思った。 思い込もうとした。 だが、機械からデータを削除するように忘れられるほど、人の記憶は便利ではなかった。 『一緒に脅かす側になりませんか?』 『うん、いいよ』 「そんなつもりじゃ、なかったのに」 立っている事ができなくなって、私は地面に膝を突いた。 「携帯の電源を切っているのには参りました。おかげで、わざわざ一人残す破目になりましたよ」 言いながら、少女は私のほうに歩を進めた。 「来ないで!」 お守りになると言われた携帯電話をかざしたが、彼女はせせら笑うだけだった。 「ええ、不快ですよ。でも、仕方がないですよね。栄養を取るためには、苦い物も我慢しなければ」 私はそれ以上動けなかった。 逃げようにも、足が動いてくれなかった。 「さあ、つかささん」 この恐怖から逃れるためには、彼女の言うとおりにするしかないのだろう。 私は折りたたみ式の携帯電話を開くと、通話ボタンへと指を伸ばした。 「……つかさ。大丈夫?」 動きを止めたのは、よく知った声が聞こえたからだ。 上半身と首だけを動かして振り向くと、そこにはいのりお姉ちゃんが立っていた。 「つかさが言っていた肝試しをする場所って、変な噂がある所だから気になってね」 お姉ちゃんはそう言いながら、ズボンのポケットから携帯電話を取り出した。 着信を知らせる光のあと、携帯から流れてきたのは鈴の音だった。 私が訊ねると、姉は「ああ」と笑って、答えた。 「鈴の音には魔を祓う力があるって言うからね。大して信じてるわけじゃないけど、なんとなく」 どさりという音に驚いてその方向に視線を送ると、ゆきちゃんが倒れていた。 おそらく、鈴の音が彼女に憑いていた何かを祓ったのだろう。 意識は無いようだったが、身体を乗っ取られていただけなら、きっと生きていると思う。 私は姉に抱きついて大声で泣いた。 私とゆきちゃん以外がどうなったのかはわからない。 もしも、いのりお姉ちゃんが来てくれなかったら、私はどうなっていたのだろうと思う。 とにかく、肝試しの時間は終わったのだ。 私は安心のあまり、姉の胸の中で眠りに落ちた。

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