「Star Of The Dead」ID:Uz7z2pA0氏

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※グロ有り ※他ゲームとのクロスオーバー その日の収録も終わり、あきらと白石は控え室に居た。 二人を結ぶ直線状では現在進行形で火花が飛び散っている。 「あぁー今日のラジオも全くダメだったわねー。どっかの誰かさんがKYなせいでー」 「ホントですよねー、収録中にも当たりかまわずキレて当り散らす人がいるせいで、毎回毎回大変ですよ」 理性ある者がこの場に居たのならば、この場に浮かんでいる気体原子の一つ一つにトゲが生えているような空気に、 一秒でも早く逃げる事を考えるだろう。 樹海の一件から早一ヶ月、二人の仲は修復どころか溝が深まる一方である。 なぜ未だに同じラジオに出されているかが不思議なくらいだ。 彼等の不仲は収録中にもいかんなく発揮される。 白石が話題を始めればあきらがキレて、あきらがぶりっ子をすれば白石が突っつく。 そんな調子で視聴率など望めるはずもなく、らっきー☆ちゃんねるの人気はどんどん下火になって行った。 だが、他に仕事が在るあきらにはクビになろうがどうと言う事は無いのだ。一方白石にしても…… 「白石、コーヒー買って来いよ。あんたの金で」 「はぁ?」 「いいから行って来い!! 仕事無くしてえのか!?」 「別にいいっスよ、二度とあきら様の顔、見なくてすむんなら」 「てんめぇ……」 それが白石の本音。 声優になるのが夢だった彼だが、理想と現実のギャップ、そしてジャジャ馬のおもり役……。 この道を歩んでからと言うものロクな事が無い。 だからあきらとも対等な立場で話せているのだ。 ここの所の態度で、白石がそう思っている事はあきらにも容易に感じ取れた。 「行けばいいんでしょ、行けば……」 そのまま頭をかいて出てってしまう。 挨拶もせずに扉を半開きで。 「あのヤロウ……!」 ガタンと足を机に投げ出して、鼻息を付く。 (ムカつく────ッ!!) 唯一、思い通りになる下僕に反逆されてからというものずっとこんな感じだ。 プロデューサーにいつもの手段で駆け寄って、一日でも早くおさらばしたい。 両手に組んだ手を下ろしながら、彼女はそんな事を思っていた。 ☆    ☆    ☆ フローリングが背中を冷やす感覚の中、あきらは目を覚ました。 目を開ければ、骨組みにいくつものボールが挟まっている体育館の天井。 視界の隅にもいくつかバスケットが見える。 ────ふと、暗闇から何かがのびて来た。 「…………え?」 それは、人間の腕。 五人……、いや、おそらく十人分以上はある。 それが全て、彼女に向けて伸ばされていく。 「ヒッ──!」 本能的な恐怖から逃れようと、身体に力を入れるが、全く動かせない。 吹き抜ける風のうすら寒さも、体温を奪い取る床も、恐怖も、全て敏感に感じ取れるというのに。 「いや……やだ! やめろ……やめ、やめ、やっ!」 声だけの抵抗が力を持つ事は無かった。 手、足、首と言わず、全身を掴まれて固定される。 余った手が、やがて自分の服を引き裂いて──── ☆   ☆   ☆ 「どわっ!!」 床に頭をぶつけた衝撃で、彼女は目を覚ました。 痛む頭を抑えながら、周りを見渡せばそこはいつもの控え室。 自分を引き裂いた存在はどこにも居ない。 「…………………!」 全て……、悪夢だった。そうだ、単なる夢だったんだ……と、彼女は自分に言い聞かせる。 しかしあまりに真に迫っていたその内容を思い返し、彼女は肩を抑えてうずくまってしまう。 あきらはどうしても、骨の髄から湧き上がる震えを抑える事ができなかった。 ドチャリ 突然、廊下から聞こえてきた音。 あきらはビクリと肩をすくめてしまう。 何か、重い、水気のある物が倒れたような……。 イヤな予感、それが全力で警報を鳴らす。 見てはいけない……、見たら後戻りできない……だが、見なければ全てが終わる。 二つの矛盾した考えが頭を過ぎる。 胸を強く掴みながら、いつの間にか切れていた息を整える。 両足は震えて、めまいもするが、歩くくらいの事はできた。 転ばないように一歩、また一歩、足を進めていく。 足音すらしない空間は、まるで死に包まれたようだった。 やがて、たどり着いた半開きになっているドアから顔をのぞかせる。 彼女は見た。 見てしまった。 そこに『在る』のは、片足が無くなっている人間。 あのタヌキより出っ張っている胴体に、見るだけでも不愉快な無精髭……。 『小神あきらKUK(キモいウザい殺したい)リストNo2』にランクインしている、プロデューサーの姿があった。 その欠けている部分はすぐそこに落ちている。 残った足と両手を必死に使い、プロデューサーはこっちに向かってきている。 (何なの……コレ?) 胃袋の中から沸いて来る、アイドルとして戻してはいけないものを必死に押さえつける。 ひたすら呻き声をあげながら、青い顔と白濁した瞳を向ける相手は、まるで死人のようだ。 口元を押さえながら、ひたすらその顔を見続ける。 突然、その顔が消火器によって潰された。 見上げると、いつか見た暴力本能に任せた顔の白石みのる。 ソイツが、もう一度消火器を振り上げて、今度こそプロデューサーの頭を完全に叩き潰した。 紫色の脳漿やらなにやらが、自分の顔に飛び散る。 「あ…きら………様」 名前を呼ばれて、あきらは我に返った。 コイツ今何をしたんだ? コーヒーどうした? そうだ、人を殺したんだ。 …………………………………。 「ギャアァア─────────ッ!!!」 「あきら様!?」 アイドルはおろか、女である事すらも捨てた悲鳴を上げる。 そのまま白石に対し背を向け、走る。 「待て!!」 白石が後ろで何かを言っているが、無論聞くつもりなど無い。 止まったら殺される……。 そう言った、死の本能から彼女の体はこの場から離れる事に全てを使っていた。 「待ちやがれって言ってるだろ! 止まれぇっ」 (殺される……殺される…………、死にたくない……) やがて、突き当たりに扉が見えた。 ────非常口! 扉にぶつかるようにしてノブを掴む。 いつもポケットの忍ばせていた鍵を手に取り、鍵穴に刺す。 (────ちくしょう!) まわそうとするが、中々うまくいかない。 錆びているのだろうか? そうしている間にも白石は後ろから迫ってくる。 思いきり力を込めると、さっきまでの悪戦苦闘がウソのように鍵が回った。 ────やった! そう思い、扉を開けると──── 「…………は?」 目に映ったのは、さっきのプロデューサーと同じ奇妙なアイツラ。 死人の顔をした集団が自分に掴みかかってきた。 彼女の意識はここで暗転する……。 直前、何かが自分の首根っこを掴んだ気がした。 ☆   ☆   ☆ 数時間後……。 ダンボールで充満している狭苦しい部屋。 そこでダンボールを背に、膝を抱えてうずくまる少女が一人。 小柄で可愛らしい外見とは裏腹に、その表情には険悪なシワが寄せられ、その目はやり場の無い怒りを虚空にぶつけている。 やがて、その倉庫では唯一の扉が開かれ、釘打ち機を持った少年が入室する。 「起きていたんですか、あきら『様』」 「随分遅かったじゃない。何モタクサしてたの?」 「誰かさんが全然手伝ってくれませんでしたからね。時間もかかりますよ」 「──────チッ」 ちょっと前まではヘコヘコしていた三流芸人が随分偉くなったものだ。 閉じた防火壁の向こう側では、まだ『ヤツラ』がいるのだろうか? できるんなら生贄にしてやれば良かった。 自分の舌打ちを軽く無視した白石をなお睨みつけながら、小神あきらは歯軋りをする。 「ここは何処なのよ、アイツラは一体なんなのよ? 説明しなさいよ、早く」 「テレビ局の地下倉庫ッスよ。何か地震とかで災害が起こった時のシェルターみたいなモンらしいですけど、詳しい事は僕にも」 そんな物がここにあったとは、今まで知らなかった。 「で、後半の質問ですけど……」 白石は胸ポケットから携帯ラジオを取り出し、あきらの前に置く。 「これを聞けば大体分かりますよ」 スイッチを入れると、一応電波はちゃんと拾えているのが分かる。 ノイズが酷いが一応言葉は聞き取れた。 『ノ───出─────緊キュ──────』 「もっと音量上げなさいよバカ!」 『日本全───で、死者──歩──』 『警視チョ──緊急避────』 『混─んは────被─が───ろがる一方に─』 『日ホん全土のく─港、および港は閉さ───』 『市民の─────立てこも─────安全を確h──』 『ガガガ────ガリガリ──────』 『ガガ──ピー………』カチッ 「……………………これ、どういう事だよ?」 「さぁ?」 「どういう事だよ! さっきから死んだヤツが蘇っただの! ワケわかんねーってのぉ!」 「そのまんまの意味でしょう?」 「何でアタシ達ここで引き篭もってんだ! 警察呼んだんだろな、アイツラが死体だってだけなら帰るわよあたしゃあね」 「止めといた方がいいですよ」 興奮してまくし立てるあきらに対し、白石の方は冷静を通り越して呆れすらも感じさせるほど淡々としていた。 「さっき、立てこもって安全を確保って言ってたでしょ?」 「ああそうね」 「アイツラ、人を襲って食うんですよ」 「────え?」 「僕も、アイツラが人を食べる所を見ましたから……」 また目眩がした。 目を覆いたくなるような光景が、目をつぶっても目蓋の裏に浮かんでしまう。 「なおさら戻ってやる! あんたと一緒にいるのはイヤだ!!」 「もう入口は塞いじゃいましたよ」 「なあ~!?」 「誰かが非常口を開けてくれたおかげで、上はアイツラで一杯なんですよ」 「てんめ……じゃあ、どうしろってんだよ……」 「当分ここに居るしか無いでしょ。食うモンは幸いあるんだ、何とかなりますよ」 今度こそあきらは、その場に崩れ落ちた。 ☆   ☆   ☆ 「うわペッペッ! マジ……何これ……」 「吐き出さないでくださいよ。汚いなぁ」 「うるせえ! 大体なんでこの私がこんなモン食わなきゃいけないんだ!」 「何なら、外に出てみます?」 「…………ダメですね、今日も何処にもつながりません」 「警察は一体何してんだよ……あんなトロい連中すぐに何とかなんだろ!!」 「もしかしたら、ヤツラ以外にも何か……」 「ヤツラ以外って……何だよ?」 「分からないッスよ……」 「白石……、あんた何やってんの」 「見て分かるでしょ。筋トレですよ。あの一件のおかげでサバイバルの知識が身に付きましたからね」 「汗臭いから止めてくんない?」 「ヤですよ、大体臭いのはあきら様だって同じでしょ? 何日風呂入ってないんです?」 「クァ────────!!」 「トイレだけじゃなくてシャワーもつけてくれれば良かったんですけどね」 「…………………」 「………………………」 「…………」 「………………ゴホッ……」 ……………………………………、 ……………………………、 …………………。 ☆   ☆   ☆ 「…………クソ、クソ……」 自分の寝床に、また一つ正の文字が増えた。 備え付けられた時計に従えば、今日で十五日が経過した所だ。 補強した入口からは、今だなおヤツラがひしめき合う声が聞こえる。 だが、昼の光も夜の闇も、太陽も月もずっと見なかったせいで感覚が狂ったのだろう。 かつての日常が何年も昔のように、それでいて昨日のようにも思える。 ひょっとすると、時計が自分の確認していない所で不規則な動きをしているのでは無いかとすら思えた。 それも仕方が無いのかもしれない。 この場で、時間を確かめられるものは今やこの時計のみ。 ラジオの方は…… 「ちくしょう……ふざけ…………どいつもこいつも…………」 現在進行形で、何かにとりつかれたかのように適当に周波数のツマミを回しているあきらに占領されていた。 「あきら様……、少し寝た方がいいんじゃないですか?」 「うるせぇ……うるせぇ……うるせぇ……」 ブツブツと、もはや自分への返答なのか独り言なのかも分からない。 白石は何も言わずにあきらの隣に座った。 彼女は第二回の時のように、白石から距離をとるような真似もしない。 自分が本当にどうでもいい存在である事に、白石がどんな表情をしていたかを、彼女が見る事は無かった。 『の………ら……』 どうやら、偶然何かの電波を拾ったようだ。 音量を最大限にするあきらの行為が、彼女がまだ理性を保っている事を示していた。 地下室なのに、ここまで電波が拾えるものだろうか? 次の一言は、 『地獄が満杯になり……死者が地上を歩き出した……』 せまいシェルターに、鮮明に響き渡った。 「うるせぇ……」 ようやく出てきたのはそんな一言。 (───何なんだよ地獄が溢れたって、死んだ人間が蘇ったって。 さっきから……何で私がこんな目に…… 天下のスーパーアイドル小神あきら様が? ゾンビに襲われてこんな所で引き篭もり? わけわかんねーよわけわかんねーよわけわかんねーーーよ!) 「 う る せ ェ ────────ッ!!!」 「あっ!!」 自分でも、何でこんな事でキレているのかよく分からない。 あるいは、臨界点に達したストレスが、つまらない事で一気に放出された。 そんな物かもしれない。 どちらにせよ、次の瞬間にあきらは手に持ったラジオを壁に接続された電話に向けて叩き付けた。 「ちょ……あきら様、なんて事……」 「ぅっっせえ!」 「ラジオはともかく、携帯持って無い上では電話が使えなきゃ助けが呼べない……つまり、下手したら──」 「ウゼエんだよさっきから聞いてりゃ!! 私に指図ばっかしやがってえ~…… テメーなんなんだよ、何時からそんな偉くなったんだ白石ィ!? 三流芸人がよ……」 「なっ……」 「電話が使えなくなったらだぁ? だったら使えなくしてやるよ!!」 何をするつもりかはすぐ分かったのだろう。 肩を掴んで止められるが──── 「さわんなっ!」 顔を思いっきり引っかいてやる。 爪が相手の目に入る感覚。 「─────っ!! !!、 っ!!!」 もう自分でも何を叫んでいるのか分からない。 あるいは声も出て無いのかもしれない。 どちらにしろ、気が付いた時には落ちていた木片を電話に向けて叩きつけていた。 「ちょ、ちょっと、何してくれんだよあんた!!」 息を切らしながら、白石に振り返って言ってやった 「は、電話とラジオ壊して助けよべなくしたんだよ、それがどうしたってんだコラ?」 それがきっかけとなり、まるで突沸する炭酸飲料のように次々と言葉が沸いて来た。 「こんな所で何週間もテメーなんかと二人っきり! この時点でアタシは死にたい気分なんだよ、 テメーの事なんて知るかつーの……。 大体白石、考えてみりゃテメーとラジオ出演してからロクな事がねえんだよコチトラ、 ラジオでもテメーはうぜぇし生意気だし……本編に出る話もお流れになるし!! そうだ、お前が私に不幸を呼び寄せてるんじゃねーのかっ!?」 止まらない。 「お前、この仕事終えたら少しは大物になれるとか思ってたワケ? は、ちゃんちゃらおかしーね。 大体らっきー☆ちゃんねるのアシスタントは本当はオノDになるはずだったんだよ!! それなのに他の仕事入るから、仕方無く仕事も何も無い三流芸人のテメーと使い捨てようとしただけだよ! 富士の樹海でたとえノタレ死んしても一向に構わなかったんだぜ? それなのにワザワザ戻ってきて……」 ある事無い事をまくし立ててしまう。 「下僕扱い? 下僕ってのはある程度使える奴の事言うんだよ、テメーはゴミ以外の何でもねえんだよ!!」 とどめ。 自分の一連の言葉が、相手にどんな影響を与えるのか。 白石の顔を見ると予想通り、潰れた片目からは血液を流し続けるが反対の目も充血……泣いている。 そしてその顔は真っ赤になっていた。 おそらく、樹海の時以上に怒っているのだろう。 そりゃそうだ、こんな事言われて怒らないほどバカでも無いだろう。どこか冷めた頭でそんな事を考えていた。 「………───────っ!!」 さっきの自分と同じ、それ以上に文字にはできない咆哮が、反響して鼓膜が破けそうになる。 そう思った瞬間には自分の顔面に拳がめり込んでいた。 歯が何本か折れたのだろう、閉じているはずの口なのに、舌が頬肉に触れていた。 床に倒れたところ、更に鳩尾に蹴り。 咳き込んで吐き出した物には、鮮血が混じっていた。 無抵抗。 そのまま成すがままにされる。 殴られ、蹴られる、視界で何度も何度も平手や拳が往復した。 「ハァ───…………ハァー………」 「………………ペッ」 ひと段落ついた所を見計らって、口の中に溜った血液を、床へ吐き出した。 現在、彼女は白石に腹の上に跨られ、床へと押し倒されている。 ダボシャツの前は肌蹴られて、発展途上の体が露になってしまった。 「…………犯せよ」 それだけを冷たく言い放つ。 「オマエ……っ!」 「別にいいよ? アタシ処女じゃないんだ」 「え?」 「アタシね、犯されちゃったんだ。小学校のころ好きだった人にね」 自分のストレスを全てぶちまけた後にやってきたのは、もうどうでもいいと言う感情だった。 これまで誰にも言わなかった秘密。 それがなぜかホイホイと出てくる。 間が抜けた表情を見せる白石がやけに滑稽だった。 「その人芸能界の先輩でね、色々教えてもらって楽しかったわ。 いつか告白しようと思ってたら、体育館に呼び出されて……後はお決まりのコースよ。 ああ、それとソイツ今も何食わぬ顔で芸能界にいるわ。事情が事情って奴、警察に訴える事はできなかったからね……。 それからよ、私が体売るの覚えたのは。三歳からこの仕事やってるってだけじゃいずれ飽きられるからね。 プロデューサーやらディレクターやら……誰とだって寝たわよ。はっ、日本人はロリコンが多いって本当よねー?」 自然と唇が吊りあがっていくのを感じる。 なぜだか、可笑しくて可笑しくて仕方が無いのだ。 「まぁそのおかげで今はこんな大物になれたんだけどね。何もかもパーになっちゃったわよ、ホント……」 そう言った所で、青アザができるくらい強く両肩を掴んでいた手が、緩んでいくのを感じた。 「あの……その、あきら様…………」 「何よ、同情してくれたりしちゃったワケ?」 「ごめんなさい……」 「何でアンタが謝ってんのよ、ばーか」 片目を潰したのも、電話を壊したのも忘れてしまったのだろうか? それは分からないが、もう一度笑みを浮かべた。 話している最中あきらは、何で友達にも話さなかったような事をぶちまけているのか不思議に思っていた。 ホントに申し訳なさそうな白石の顔を見ると、かつて彼を下僕にしていた時よりも、何かが満たされるような気がした…………多分気のせいだろう。 「白石、重いんだからどいて」 「は、ハ────」 返事は返ってこなかった。 なぜなら、言い終わる前に白石の腹を『何かがつらぬいた』からだ。 その『何か』は、彼の鮮血でベットリと染まってはいるが、わずかにウロコ状の模様が垣間見えた。 「う、あぁ…………」 「え?」 痙攣を繰り返しながら、持ち上がっていく白石の身体。 その背後に『ソイツ』は居た。 ゴリラのような体格、鋭利に尖った爪、白石に突き上げている腕と同じ緑色のウロコ……。 白石を、まるでゴミのように放り投げたソイツは、今度はあきらへ向けて爪を振り上げた。 振り下ろされた直後に、ようやく彼女は絶叫する。 反射的に起き上がって回避すると、先ほどまであきらの頭部があったコンクリートの床が砕かれた。 転びそうになりながらも出口へ向けて走ろうとすると、今度は背中に一閃。 倒れた所で足をつかまれ、投げ飛ばされる。 ぐるぐると回る視界が、天井を向いた所で止まる。 すぐ上を見ると、通風孔の蓋が外れていた。 ヤツがここから進入したんだと、パニックを起こした頭で理解する。 そして、白石を殺したソイツは指についた血を舐めながら、今もじっくりと近づいてくる。 尻餅をついたまま、それをボンヤリと見つめていた。 もう抵抗しても無駄……、それが分かって、何をする気も起きなくなってしまった。 向こうもこっちが無気力になったのを悟ったのだろうか? とくに急ぐ様子も無く、ゆっくりと手を振りかぶって──── 「白石…………?」 ──────その腕にしがみ付く物があった。 「白石ぃ────っ!!」 生きていた…………、そこあるのは、決して大きいとは言えない全身でソイツの背中に張り付いている白石みのるの姿だったのだ。 「あきら様早く……行って……」 通風孔を見上げる白石の目。 あきらはそれだけで全てを理解する。 「でも────」 「うあぁ……!!」 背中に張り付いた彼を引き剥がさんと、ソイツは白石の足をその鋭利な爪で刻み始める。 見ているだけですぐにでも振り落とされそうだ。 「行け!」 「──────っ!!」 あきらは振り返ると、積まれたダンボールで階段状になっていた箇所を上る。 ダンボールのふちから手を伸ばせば、アッサリと届いた。 見下ろせば、まだもみ合っているヤツと白石の姿が見えた。 こっちを振り向いた白石は、一瞬だが確かに笑ってくれた。 最後にそれを見てから、彼女はその身体を、アイツが通ってきた通風孔へと潜り込ませる。 カビ臭い空気を全身で感じながら、あきらは誓った。 (みのる……、待ってろ…………待ってろよ……助けを呼んで、必ず、戻るからな……必ず……) ☆   ☆   ☆ 久しぶりに見る空では、満月が死してなお飢える者達へ、そして命を掴むべく疾走する少女へと、その光を注ぐ。 だが、もはや誰一人そんな物などには目を向けていない。 死霊達は新たなる獲物へと矛先を向け、少女は救済を求めているのだから。 「誰か……ちくしょう!! 誰かいないのかよ!」 あれからどれだけ走り、叫んだだろうか? 元々体力のある方では無かったのに加え、数十日間狭い部屋で過ごしていたのだ。 たいした距離でなくても、身体が悲鳴を上げている。 白石を見習って筋トレでもしておけば良かったと、寒空に白い息を向けながらあきらは思った。 「誰でもいいから出て来やがれよ! 怪我人がいるのよ、このままじゃ手遅れになるんだよ!」 大通りを駆け抜け叫ぶ。 しかし、やはり帰ってくるのはアイツラの咆哮。 もしかすると、もうこの街に生きているのは自分『一人』だけなのでは……、恐ろしい想像が頭を過ぎる。 ────すぐにかぶりを振って、その想像を訂正した。 (『二人』だっ、アイツはきっと……絶対、助けられる!!) 止まっていた足を再び動かし、市街を駆け巡った。 やがて、彼女にも転機が訪れる。 「…………っ! お──────いっ!!」 聞こえた……! ゾンビの咆哮に紛れかけていたが、この状況では何よりもの救済の証、パトカーのサイレンが!! 「こっちだよ、早く来やがれっ!!!」 過酸素状態で頭が白くなるのを堪えて、肺を空気で一杯にして、 怪我をして血が出ている喉をものともせず、全力で声帯を震わせ、 あきらは叫ぶ。 自己中心に生きてきた彼女が、文字通り身を削りながら叫び続ける。 それはさながら、白石に対するエールであるかのように響いた。 ────そして、それは実を結んだ。 どんどん近づいてくるサイレン、曲がり角からようやく見えたパトカーの姿。 明らかに理性を持った運転の仕方だった。 やがて、車両が少しずつ速度を落としながら、あきらの近くに停車した。 それと同時に、あきらに向けられた方の窓が開かれる。 車としては、特別な所なんて何一つ無い動作。 だが気が付けば、その場でひざまずき、涙がとめど無く溢れていた。 できる事ならこの場で声をあげて泣きたい。 思い切り感情をぶちまけたい。 それを抑えて、一刻も早くとあきらは立ち上がる。 これで白石は助けられる。 あきらは希望を胸に、パトカーの窓に駆け寄るが……。 「──────あ………………れ…………?」 運転席に座っているのはメガネをかけた婦警。 片手に持つ拳銃。 そして、その銃口を向けられている自分。 あきらの目は、めいいっぱい開かれる。 銃声────。 あきらの希望は、その胸と共に砕かれた。 そのまま後ろへと仰向けに倒れてしまう彼女の身体。 今度は生命の象徴である赤い液体が、胸に空いた穴から溢れかえる。 痙攣する手を乗せて、止血しようとするがそれでも血は流れていく。 自分の背中に、何か暖かい物が溜っていくのが分かった。 「う…………」 それでも、ひたすらに立ち上がったあきら。 だが再度銃撃、凶弾は彼女の腹を打ち抜いた。 再び倒れた彼女は、絶えず痙攣を繰り返す。 脊髄を撃ちぬかれ、『もう起き上がる事も無くなった』のだ。 窓から顔を出した婦警が、そんな少女を見下ろす。 「ダメじゃないかー、こんな時間に外出歩いちゃー……だからお仕置きだよー」 それだけを言い残し、再び運転席へと付く。 「アハハハハハハ……アーッハッハッハッハ! アーーハッハッハッハッハ…………」 走り去るパトカーのサイレンと、婦警の笑い声が、彼女の意識が暗転する直前に聞いたものだった……。 全てが静寂に包まれた街。 月明かりは変わらず少女へと降り注いでいた。

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