ID:YuBFeVfz0氏:宮河家の聖夜

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 十二月二十五日はクリスマスであるが、小学生の帰りが特別早くなるというわけではない。  宮河ひかげが帰宅した頃には時刻はすっかり夕方であった。 「ただいまー」  と挨拶をするも返事はない。  誰もいない薄暗い部屋。  ひかげの唯一の身寄りである姉のひなたは、この時間バイトに出かけている。  ひかげはどこか空しい気分を抱えながら、灯りをつけようとした。  蛍光灯の紐を引っ張る。壁のスイッチを押す。同じ作業を何度も繰り返したが、部屋は依然暗いままだった。  はぁ、と溜め息をつく。分かりきっていたことだった。  話は今朝に遡る――。  今朝郵便箱に投函されていた郵便物を見て、ひかげは愕然とした。  電力会社からは電力の供給停止の通告。  ガス会社からはガスの供給停止の通告。  理由は代金の滞納である。  あまりに衝撃的な内容にひかげは一気に目が覚めたが、もちろんありがたくも何ともない。  ちなみに今朝で灯油も底をついてしまった。  代金の支払いを拒否しているわけではない。支払うつもりはある。だが、ないものはないのだ。  ひかげは諸悪の根源――布団にくるまっている姉のひなたと同人誌の山――をにらみつけた。  ひなたはよく働いている。ところがひなたの給料はというと、なぜか同人誌に姿を変えてくる。  その度にひかげは厳しくひなたを叱りつけるのだが、まったく効果が現れない。  あきらめに似た感情がひかげの中に芽生えてきたのか、姉を叩き起こして説教してやろうという気持ちは起こらず、姉の朝食を用意すると、『学校行ってきます。食べてください』とメモを添えてひかげは登校したのだった。  暗闇が支配していく中、ひかげは布団にくるまり暖を取っていた。  寒さに震えながらひかげは思う。  どうして自分はこんな姉と一緒にいるのだろう、と。  世間では、やれ格差だ、ワーキング・プアだ、石油の値上がりだと騒いでいるが、宮河家には一向に関係ない話である。とにかくひなたは特別過ぎる。  考え事をしているうちに日も沈んでしまった。  完全に真っ暗な世界。変わって今度は寂しさが押し寄せてくる。 (早く帰ってきて……お姉ちゃん)  ひかげはひたすら祈った。 (私ってほんとは一人ぼっちなのかも。ほんとはお姉ちゃんなんかいなくって……そんなのやだよぅ)  ひかげは不安に身を震わせる。  時間だけは刻々と過ぎていった。  どれほど時間が経過したのか。ドアの開く音にひかげは気づいた。 「ただいまー。ひかげちゃんいないのー?」 (お姉ちゃん……帰ってきたんだ!)  ひかげは布団から飛び出した。  真っ暗な中でひかげはひなたが何か持っていることに気づいた。  また同人誌か……と心中で嘆息していると、ひなたが話しかけてきた。 「どうしたの? 電気もつけないで? それに寒いんだけど」 「だ、誰のせいだと思ってるの」 「もしかして……やっぱりお姉ちゃんのせい?」  ひかげは無言でうなずいた。 「その……ごめんなさい」  ひなたは謝りながらその手にあるものをテーブルに置いた。 「これで機嫌直してくれるかな……?」 「同人誌なら読まないよ」 「違うわよ、ケーキ」  ひかげは耳を疑った。 「ケーキってお姉ちゃん……」 「昨日イヴだったのにお祝いできなかったでしょ? だから今日は何とかしてお祝いしようと思って……あ、もう二十六日になっちゃったか」  ひかげは胸が一杯になった。そう、これだからこの姉と一緒にいたいのだと。  そう思っていると不意にひなたが抱きついてきた。 「お、お姉ちゃん何するの!?」 「寒かったでしょ? こうすればお姉ちゃんもひかげちゃんもあったかくなると思って」 「しょうがないなあ」 「んふふー。ひかげちゃんあったかーい」 「いいから、早くケーキ食べようよ」 「はいはい」  ひなたはケーキに蝋燭を立てると火をつけた。  暗い部屋がほんの少し明るくなり、寒かった部屋がほんの少し暖かくなった。 「そういえばお姉ちゃん、ガスや電気とかどうするの?」 「え?」 「もちろんできるだけ早く払うよね?」 「えーと……」 「は・ら・う・よ・ね?」 「はい……」  ひなたの愛情を再確認したひかげだったが、それとこれとは別の話である。 「お姉ちゃん今いくらあるの? 払えるなら今のうちに払っとこうね」 「う、うん」 「でもすぐに電気とガス使えるわけじゃないし、灯油も切れちゃったし……」 「なら今すぐコンビニで払って、蝋燭いっぱい買っとこうかしら」 「まあ、それならそれで……」 「分かったわ。それじゃ行ってき……」 「待って、お姉ちゃん。私も行くよ」  そう言うとひかげはひなたの手を握った。  他の何より暖かい姉の手を――。

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