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「二月の雪化粧」(2008/10/09 (木) 00:01:33) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
<p> 徐々に春が近づく頃だった。その日、たくさんの雪が積もった。<br>
あまりに雪が多く降ったため、交通事故が相つぎ、電車も止まってしまった。<br>
その影響で陵桜学園など、あらゆるところで遅刻が相次いぐ様な、混沌とした朝だった。<br>
それは泉こなたなど、ワザと遅くに家を出る人間が現れるほどだった。<br>
<br>
<br>
そんな騒々しい一日もようやく終わり、日が落ちて、やれやれと皆が帰宅についている頃。<br>
誰もいない公園を一組のカップルが独り占めにしていた。<br>
<br>
夜になっても空にへばりついた雲は、都会の灯りを受けて全体が光っている。<br>
それが月明かりと同じように、公園を照らし出した。<br>
だから公園の雪は、闇のなかでも目立って白く、ぼんやりと見える。<br>
二人にはそれがとても魅力的に思えた。<br>
<br>
この公園は二人にとっては近所であり、とても慣れ親しんだ場所だった。<br>
だから二人にとってはここが自分たちの場所であり、独り占めしたからと言って誰かに文句を言われる筋合いはない。<br>
<br>
二人は公園に設置されたベンチに、積もった雪を払うと座った。<br>
ロマンチックな、二人のための公園で、二人は愛を深めていった。<br>
<br>
雪が再び降り出した時、公園にカップルの姿はなかった。<br>
ただ、代わりに大きな雪だるまが一つ、木の陰で切なそうに、たたずんでいた。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
前日の大雪のせいで庭には雪が未だに残っていた。<br>
昨日の夕方以降にも降ったのか、その時に付けたはずの足跡が消えている。<br>
普段見慣れている場所で、普段では見ることの出来ない光景を見ることは、なんとも、不思議な感覚がするものだ。<br>
<br>
しかしみさおの場合は少し違う。<br>
<br>
「あぁあ、今日の部活も雪かきからだなこりゃ……。」<br>
<br>
あやのとの待ち合わせ場所に行く事は、小学校の頃から習慣付いていた事だった。<br>
当然、今日もいつもと同じように待ち合わせ場所へと行く。<br>
<br>
あやのがまだ来ていない。普段ならみさおよりも早く来て待っている。<br>
<br>
珍しいことではあるが、長い付き合いの中では何度かあった事だった。<br>
こういう時、みさおはあやのの家に迎えに行くことにしている。<br>
だから今日もあやのの家を目指した。<br>
<br>
こちらの道は、隣接の住人の雪かきで、随分と雪は減っていた。<br>
そのお陰で昨日の朝に比べて、かなり楽に歩く事が出来た。<br>
<br>
<br>
道沿いに歩いていると公園が見えてくる。<br>
みさおも昔はこの公園でよく遊んでいて、とても思い出の多い場所だった。<br>
あまり大きくはなく、近所の子供がたまに遊びに来るという程度だ。<br>
ただ、今日に限っては雪遊びをしに、大勢の子供たちがやって来るだろうと、みさおは予想した。<br>
<br>
誰もいない公園の筈だった。<br>
なんとなく公園の中を覗いてみると、明らかな異変があった。<br>
<br>
見慣れた色の布のようなもの。それは陵桜学園指定のコートだった。<br>
はじめはコートが雪の上に敷いてあるのだと思った。ただそれは不自然な事である。<br>
その場所へ駆け寄ってみると、何故そうなっているのか、それが何のかわかった。<br>
<br>
つやつやした茶色い髪の毛を広げて、顔を雪に埋めて倒れているのは、間違いなくあやのだった。<br>
<br>
「あやの!」<br>
<br>
みさおはあやのの肩をつかんで、うつ伏せから仰向けの状態に体制を変えると、揺さぶりをかけた。<br>
くぼんだ雪の跡は赤く染まっていた。あやのの額から血が流れている。<br>
<br>
あやのの反応がない。意識がないようだ。<br>
<br>
みさおは何をどうしたらいいのか直ぐにはわからなかった。<br>
ただ、幸いにもパニックだけは起こさずにいた。<br>
<br>
「誰かー、助けてくれよ!救急車を呼んでくれー!」<br>
<br>
朝の静けさの中で、みさおのかん高い声が響き渡った。<br>
<br>
数分後には近所の住民達数名が集まり、10分後には救急車が到着していた。<br>
救急車に担ぎ込まれるあやのに、みさおが引率しようとした。<br>
しかしその頃には、騒ぎを聞き付けたあやのの母親が駆け付けていた。<br>
みさおの母親は、<br>
あとは私に任せなさい、心配なのは分かるけどみさちゃんは学校へ行かないとダメよ、<br>
と引率を拒絶した。<br>
実際、あやのの母親の言うことは正論だった。<br>
みさおが付いて行っても足手まといになるのは明らかで、それはみさお自身も理解していた。<br>
<br>
あやのの母親は、ありがとうもう大丈夫よ、と言い残し、あやのと共に救急車で搬送されていった。<br>
<br>
残されたみさおは、ただ呆然と救急車を見送った。<br>
救急車のけたたましいサイレンの音が、辺りに響いていた。<br>
<br>
後はボーッとしながら学校へ向かうだけだった。<br>
ただ気がかりなのは、あやのの安否。<br>
<br>
あやのは雪の積もった公園を歩いており、途中、何かにつま付いて転んだらしい。<br>
いや、走っていたのかもしれない。<br>
とにかく、雪で足元が見えなかったのだ。<br>
そして運悪く、頭を石の段差に打ち付けた。その石とは、植木と広場をへだてるための柵だった。<br>
<br>
どうしてあやのがそんな所へ行ったのか。みさおには検討が付かなかった。<br>
<br>
<br>
<br>
みさおはその日の昼食をかがみと一緒にとっていた。<br>
そこではみさおは、なんともぎこち無くかがみと会話をしていた。<br>
普段はあやのが相手なのに、今日の相手はかがみだ。どうにも馴れない。<br>
<br>
あやのの事は桜庭先生がクラスに伝えてある。<br>
だからかがみにあやのの事を伝える必要はなく、今までその件について、みさおは一言も話さなかった。<br>
<br>
「ねえ、日下部。詳しく教えてよ、峰岸の事。」<br>
<br>
「……。うん。」<br>
<br>
「きっと大丈夫だから。」<br>
<br>
「大丈夫?さっき兄貴にメールしたんだ。まだ意識が戻らないんだって。重傷なんだって。<br>
今は集中治療室にいて、医者がつきっきりなんだって。まだ大丈夫じゃないんだよ!あやのは。」<br>
<br>
興奮したみさおの声は、嫌悪に響いた。<br>
<br>
「わ、悪かったわよ……。学校が終わったら病院に行こ?」<br>
<br>
「柊も付いて来てくれるのか?」<br>
<br>
「当たり前よ!」<br>
<br>
「ひいらぎいぃ……。」<br>
<br>
<br>
<br>
その日、みさおは部活をサボった。そしてかがみと共に病院へ向かう。<br>
その途中、グラウンドの雪かきに追われる仲間がみさおを睨んだが、本人は気にしてはいられなかった。<br>
<br>
病院に着いた二人は受付係にあやのの病室を聞いた。<br>
すでに集中治療室から、一般の病室に移されているらしい。<br>
<br>
二人は聞いた番号の部屋を探し当て、ノックをし、そしてゆっくりと中へと入った。<br>
<br>
「あやの!」<br>
<br>
あやのはベットで眠っている。みさおは駆け出した。<br>
<br>
部屋の中にはみさおの兄と、あやのの母親がいた。<br>
みさおの兄は大学を休んでいた。<br>
彼は大学を皆勤で通していたため、少し休んだ程度では単位に影響はない。<br>
<br>
彼は、あやのは峠を越えた、言う。<br>
しかし、これから目が覚めるかどうかはまだ分からない、あやの次第、とも言う。<br>
<br>
みさおは落胆した。<br>
部屋を移ったと受付係に聞いた時、あやのと話せるくらいはできるだろうと、期待していた。<br>
しかしその期待は砕けた。<br>
<br>
結局、何もする事は無く、二人は虚しく帰るだけだった。<br>
<br>
かがみと別れたみさおは、今朝、あやのの倒れていた公園に寄り道をした。<br>
あやのが倒れていたところには、すでに血液の跡は無かった。<br>
まだあったらどうしよう、と思っていたが、白い雪を見て安心した。<br>
<br>
あやのは何故、こんな公園にやって来たのか。そして何故、慌てて走ったのか。<br>
<br>
その答えは直ぐにわかった。<br>
<br>
大きな雪だるまが一つ、木の陰で切なそうに、たたずんでいた。<br>
<br>
胴体から生える、木の枝で作られた腕の先に、あやのが普段使っていた手袋が付いていた。<br>
みさおは、なるほどと思った。<br>
何故なら雪だるまの首には、みさおの兄のマフラーが付いていたからだ。そして、頭が半分に割れていた。<br>
<br>
みさおの兄が昨日の夜まで帰ってこなかった原因。<br>
その時、あやのとみさおの兄がこの雪だるまを作っていた事。<br>
そして今朝、あやのが雪だるまの頭を慌てて直そうとした事。<br>
<br>
その三つの事柄を、この雪だるまが語っていた。<br>
<br>
頭の割れた雪だるまは、頭を打ったあやのを連想させた。<br>
みさおは慌てて雪を集めると、それを割れた頭に詰め込んだ。<br>
それから、この雪だるまを作っているあやのの姿を思い浮かべながら、ギュッギュッと押し込んだ。<br>
少々不恰好だが、これなら十分に雪だるまに見える。<br>
<br>
しばらく雪だるまをながめていたみさおだが、さ、帰るかな、と区切りを付けて家路についた。<br>
<br>
<br>
<br>
次の日の朝、みさおが学校へ行くため玄関を開くと、何かがあるのに気が付いた。<br>
まだ雪の残る正面の門。<br>
その門のすぐ下に、黄緑色をした小さくてコロコロした物が置いてあるのだ。<br>
よく見てみると、それは蕗の薹(ふきのとう)であった。<br>
<br>
しかしみさおは気にすることは無かった。<br>
<br>
学校が終わり、今日もみさおは部活を休んで、かがみと共にあやのの病院へ行く。<br>
<br>
「それでこなたったらさぁ、台風一過って何?て聞くのよ~。」<br>
<br>
「へぇ。」<br>
<br>
「……。ねえ、日下部……。さっきからずっとその調子じゃない。」<br>
<br>
「んあ?」<br>
<br>
「なんて言うか、ちょっと顔が怖いわよ。」<br>
<br>
昨日の事もあって、かがみは慎重にみさおに尋ねた。<br>
<br>
「そんなことねえよ……。ただ、あやのが頑張ってるって言うのに、親友の私が笑ってたらいけないような気がしてさ……。」<br>
<br>
「ん……。」<br>
<br>
かがみは何を言えばいいのかわからなった。<br>
みさおの言うことに全く気づかずに、今まで過ごしていた事を恥じた。<br>
<br>
「別に、柊が気にする事じゃねえよ。私が一人で勝手にやってることだし。」<br>
<br>
その日もあやのに変化は無かった……。<br>
<br>
みさおの兄は今日も大学を休んでいる。<br>
みさおも学校を休んででもあやのに付き添いたいと言ったが、兄とあやのの母が断固拒否した。<br>
私たちがいるから大丈夫だと言い張るのだ。<br>
みさおは不公平だと思ったが、それ以降の言及は避けた。<br>
<br>
<br>
<br>
しばらくは、この様な日々が続いた。<br>
その間みさおは一切笑わなかった。それをかがみは不安に思っていた。<br>
もしも、本当にもしもあやのに何かあったら、みさおは本当に笑わなくなってしまうのか、と。<br>
<br>
かがみに出来ることは、ただ、みさおを励ますのみだった。<br>
<br>
みさおは毎日公園に来ては、溶けていく雪だるまに雪を付けて、少しでも長持ちさせようと努力していた。<br>
みさおにとって、この雪だるまはあやのの分身である。<br>
だからこの雪だるまを守ることこそ、あやのにしてやれる唯一の努力だと思っていた。<br>
<br>
しかし雪は日に日に減って行った。<br>
<br>
<br>
その日の朝も蕗の薹が門</p>
<p> 徐々に春が近づく頃だった。その日、たくさんの雪が積もった。<br />
あまりに雪が多く降ったため、交通事故が相つぎ、電車も止まってしまった。<br />
その影響で陵桜学園など、あらゆるところで遅刻が相次いぐ様な、混沌とした朝だった。<br />
それは泉こなたなど、ワザと遅くに家を出る人間が現れるほどだった。<br /><br /><br />
そんな騒々しい一日もようやく終わり、日が落ちて、やれやれと皆が帰宅についている頃。<br />
誰もいない公園を一組のカップルが独り占めにしていた。<br /><br />
夜になっても空にへばりついた雲は、都会の灯りを受けて全体が光っている。<br />
それが月明かりと同じように、公園を照らし出した。<br />
だから公園の雪は、闇のなかでも目立って白く、ぼんやりと見える。<br />
二人にはそれがとても魅力的に思えた。<br /><br />
この公園は二人にとっては近所であり、とても慣れ親しんだ場所だった。<br />
だから二人にとってはここが自分たちの場所であり、独り占めしたからと言って誰かに文句を言われる筋合いはない。<br /><br />
二人は公園に設置されたベンチに、積もった雪を払うと座った。<br />
ロマンチックな、二人のための公園で、二人は愛を深めていった。<br /><br />
雪が再び降り出した時、公園にカップルの姿はなかった。<br />
ただ、代わりに大きな雪だるまが一つ、木の陰で切なそうに、たたずんでいた。<br /><br /><br /><br /><br /><br />
前日の大雪のせいで庭には雪が未だに残っていた。<br />
昨日の夕方以降にも降ったのか、その時に付けたはずの足跡が消えている。<br />
普段見慣れている場所で、普段では見ることの出来ない光景を見ることは、なんとも、不思議な感覚がするものだ。<br /><br />
しかしみさおの場合は少し違う。<br /><br />
「あぁあ、今日の部活も雪かきからだなこりゃ……。」<br /><br />
あやのとの待ち合わせ場所に行く事は、小学校の頃から習慣付いていた事だった。<br />
当然、今日もいつもと同じように待ち合わせ場所へと行く。<br /><br />
あやのがまだ来ていない。普段ならみさおよりも早く来て待っている。<br /><br />
珍しいことではあるが、長い付き合いの中では何度かあった事だった。<br />
こういう時、みさおはあやのの家に迎えに行くことにしている。<br />
だから今日もあやのの家を目指した。<br /><br />
こちらの道は、隣接の住人の雪かきで、随分と雪は減っていた。<br />
そのお陰で昨日の朝に比べて、かなり楽に歩く事が出来た。<br /><br /><br />
道沿いに歩いていると公園が見えてくる。<br />
みさおも昔はこの公園でよく遊んでいて、とても思い出の多い場所だった。<br />
あまり大きくはなく、近所の子供がたまに遊びに来るという程度だ。<br />
ただ、今日に限っては雪遊びをしに、大勢の子供たちがやって来るだろうと、みさおは予想した。<br /><br />
誰もいない公園の筈だった。<br />
なんとなく公園の中を覗いてみると、明らかな異変があった。<br /><br />
見慣れた色の布のようなもの。それは陵桜学園指定のコートだった。<br />
はじめはコートが雪の上に敷いてあるのだと思った。ただそれは不自然な事である。<br />
その場所へ駆け寄ってみると、何故そうなっているのか、それが何のかわかった。<br /><br />
つやつやした茶色い髪の毛を広げて、顔を雪に埋めて倒れているのは、間違いなくあやのだった。<br /><br />
「あやの!」<br /><br />
みさおはあやのの肩をつかんで、うつ伏せから仰向けの状態に体制を変えると、揺さぶりをかけた。<br />
くぼんだ雪の跡は赤く染まっていた。あやのの額から血が流れている。<br /><br />
あやのの反応がない。意識がないようだ。<br /><br />
みさおは何をどうしたらいいのか直ぐにはわからなかった。<br />
ただ、幸いにもパニックだけは起こさずにいた。<br /><br />
「誰かー、助けてくれよ!救急車を呼んでくれー!」<br /><br />
朝の静けさの中で、みさおのかん高い声が響き渡った。<br /><br />
数分後には近所の住民達数名が集まり、10分後には救急車が到着していた。<br />
救急車に担ぎ込まれるあやのに、みさおが引率しようとした。<br />
しかしその頃には、騒ぎを聞き付けたあやのの母親が駆け付けていた。<br />
みさおの母親は、<br />
あとは私に任せなさい、心配なのは分かるけどみさちゃんは学校へ行かないとダメよ、<br />
と引率を拒絶した。<br />
実際、あやのの母親の言うことは正論だった。<br />
みさおが付いて行っても足手まといになるのは明らかで、それはみさお自身も理解していた。<br /><br />
あやのの母親は、ありがとうもう大丈夫よ、と言い残し、あやのと共に救急車で搬送されていった。<br /><br />
残されたみさおは、ただ呆然と救急車を見送った。<br />
救急車のけたたましいサイレンの音が、辺りに響いていた。<br /><br />
後はボーッとしながら学校へ向かうだけだった。<br />
ただ気がかりなのは、あやのの安否。<br /><br />
あやのは雪の積もった公園を歩いており、途中、何かにつま付いて転んだらしい。<br />
いや、走っていたのかもしれない。<br />
とにかく、雪で足元が見えなかったのだ。<br />
そして運悪く、頭を石の段差に打ち付けた。その石とは、植木と広場をへだてるための柵だった。<br /><br />
どうしてあやのがそんな所へ行ったのか。みさおには検討が付かなかった。<br /><br /><br /><br />
みさおはその日の昼食をかがみと一緒にとっていた。<br />
そこではみさおは、なんともぎこち無くかがみと会話をしていた。<br />
普段はあやのが相手なのに、今日の相手はかがみだ。どうにも馴れない。<br /><br />
あやのの事は桜庭先生がクラスに伝えてある。<br />
だからかがみにあやのの事を伝える必要はなく、今までその件について、みさおは一言も話さなかった。<br /><br />
「ねえ、日下部。詳しく教えてよ、峰岸の事。」<br /><br />
「……。うん。」<br /><br />
「きっと大丈夫だから。」<br /><br />
「大丈夫?さっき兄貴にメールしたんだ。まだ意識が戻らないんだって。重傷なんだって。<br />
今は集中治療室にいて、医者がつきっきりなんだって。まだ大丈夫じゃないんだよ!あやのは。」<br /><br />
興奮したみさおの声は、嫌悪に響いた。<br /><br />
「わ、悪かったわよ……。学校が終わったら病院に行こ?」<br /><br />
「柊も付いて来てくれるのか?」<br /><br />
「当たり前よ!」<br /><br />
「ひいらぎいぃ……。」<br /><br /><br /><br />
その日、みさおは部活をサボった。そしてかがみと共に病院へ向かう。<br />
その途中、グラウンドの雪かきに追われる仲間がみさおを睨んだが、本人は気にしてはいられなかった。<br /><br />
病院に着いた二人は受付係にあやのの病室を聞いた。<br />
すでに集中治療室から、一般の病室に移されているらしい。<br /><br />
二人は聞いた番号の部屋を探し当て、ノックをし、そしてゆっくりと中へと入った。<br /><br />
「あやの!」<br /><br />
あやのはベットで眠っている。みさおは駆け出した。<br /><br />
部屋の中にはみさおの兄と、あやのの母親がいた。<br />
みさおの兄は大学を休んでいた。<br />
彼は大学を皆勤で通していたため、少し休んだ程度では単位に影響はない。<br /><br />
彼は、あやのは峠を越えた、言う。<br />
しかし、これから目が覚めるかどうかはまだ分からない、あやの次第、とも言う。<br /><br />
みさおは落胆した。<br />
部屋を移ったと受付係に聞いた時、あやのと話せるくらいはできるだろうと、期待していた。<br />
しかしその期待は砕けた。<br /><br />
結局、何もする事は無く、二人は虚しく帰るだけだった。<br /><br />
かがみと別れたみさおは、今朝、あやのの倒れていた公園に寄り道をした。<br />
あやのが倒れていたところには、すでに血液の跡は無かった。<br />
まだあったらどうしよう、と思っていたが、白い雪を見て安心した。<br /><br />
あやのは何故、こんな公園にやって来たのか。そして何故、慌てて走ったのか。<br /><br />
その答えは直ぐにわかった。<br /><br />
大きな雪だるまが一つ、木の陰で切なそうに、たたずんでいた。<br /><br />
胴体から生える、木の枝で作られた腕の先に、あやのが普段使っていた手袋が付いていた。<br />
みさおは、なるほどと思った。<br />
何故なら雪だるまの首には、みさおの兄のマフラーが付いていたからだ。そして、頭が半分に割れていた。<br /><br />
みさおの兄が昨日の夜まで帰ってこなかった原因。<br />
その時、あやのとみさおの兄がこの雪だるまを作っていた事。<br />
そして今朝、あやのが雪だるまの頭を慌てて直そうとした事。<br /><br />
その三つの事柄を、この雪だるまが語っていた。<br /><br />
頭の割れた雪だるまは、頭を打ったあやのを連想させた。<br />
みさおは慌てて雪を集めると、それを割れた頭に詰め込んだ。<br />
それから、この雪だるまを作っているあやのの姿を思い浮かべながら、ギュッギュッと押し込んだ。<br />
少々不恰好だが、これなら十分に雪だるまに見える。<br /><br />
しばらく雪だるまをながめていたみさおだが、さ、帰るかな、と区切りを付けて家路についた。<br /><br /><br /><br />
次の日の朝、みさおが学校へ行くため玄関を開くと、何かがあるのに気が付いた。<br />
まだ雪の残る正面の門。<br />
その門のすぐ下に、黄緑色をした小さくてコロコロした物が置いてあるのだ。<br />
よく見てみると、それは蕗の薹(ふきのとう)であった。<br /><br />
しかしみさおは気にすることは無かった。<br /><br />
学校が終わり、今日もみさおは部活を休んで、かがみと共にあやのの病院へ行く。<br /><br />
「それでこなたったらさぁ、台風一過って何?て聞くのよ~。」<br /><br />
「へぇ。」<br /><br />
「……。ねえ、日下部……。さっきからずっとその調子じゃない。」<br /><br />
「んあ?」<br /><br />
「なんて言うか、ちょっと顔が怖いわよ。」<br /><br />
昨日の事もあって、かがみは慎重にみさおに尋ねた。<br /><br />
「そんなことねえよ……。ただ、あやのが頑張ってるって言うのに、親友の私が笑ってたらいけないような気がしてさ……。」<br /><br />
「ん……。」<br /><br />
かがみは何を言えばいいのかわからなった。<br />
みさおの言うことに全く気づかずに、今まで過ごしていた事を恥じた。<br /><br />
「別に、柊が気にする事じゃねえよ。私が一人で勝手にやってることだし。」<br /><br />
その日もあやのに変化は無かった……。<br /><br />
みさおの兄は今日も大学を休んでいる。<br />
みさおも学校を休んででもあやのに付き添いたいと言ったが、兄とあやのの母が断固拒否した。<br />
私たちがいるから大丈夫だと言い張るのだ。<br />
みさおは不公平だと思ったが、それ以降の言及は避けた。<br /><br /><br /><br />
しばらくは、この様な日々が続いた。<br />
その間、みさおは一切笑わなかった。それをかがみは不安に思っていた。<br />
もしも、本当にもしもあやのに何かあったら、みさおは本当に笑わなくなってしまうのか、と。<br /><br />
かがみに出来ることは、ただ、みさおを励ますのみだった。<br /><br />
みさおは毎日公園に来ては、溶けていく雪だるまに雪を付けて、少しでも長持ちさせようと努力していた。<br />
みさおにとって、この雪だるまはあやのの分身である。<br />
だからこの雪だるまを守ることこそ、あやのにしてやれる唯一の努力だと思っていた。<br /><br />
しかし雪は日に日に減って行った。<br /><br /><br />
その日の朝も蕗の薹が門に置かれていた。しかしみさおは特に何もしなかった。<br />
門の脇には今までに置かれた蕗の薹がいくつも転がっていた。<br /><br />
これで六つ目になる。<br /><br />
誰が何の目的で置いていっているのかはわからない。しかし、毎朝必ずここに置かれているのだ。<br />
それでもみさおは拾わない。<br />
単なる子供の悪戯かもしれないし、どうしていいのかもわからなかったのだ。<br /><br />
一日一本ずつ増える蕗の薹。<br />
初めの頃に置かれた蕗の薹など、少し茶色く変色し始めていた。<br /><br />
もう雪は無かった。<br />
雪だるまは既に、元の大きさの三分の一程度しかなく、溶けきるのは時間の問題だった。<br /><br />
公園の雪だるまを一瞥すると、今日もみさおは一人、学校へ向かった。<br /><br /><br /><br />
その日は今までに無いくらいの快晴だった。気温は春を感じさせるほど高く、今年一番の暖かさだった。<br />
皆はこの春日和を心から喜んだ。<br />
それは柊つかさなど、社会の授業中でも熟睡できるほどだった。<br /><br />
しかしみさおにとっては、不安な日でしかなかった。<br /><br />
「ごめん、柊。私、早退するわっ!」<br /><br />
「はあ?ちょっと、待ちなさいよ!?」<br /><br />
みさおは昼休みに、思い切って学校を抜け出すことにした。<br />
陸上部の足で駅に駆け込むみさお。幸いにも電車はすぐにプラットホームに滑り込んだ。<br /><br />
電車からバスに、みさおは順調に公園に近づいている。<br />
そして公園に入った。<br /><br />
そこに、雪だるまは、無かった。<br /><br />
みさおは唖然とした。<br />
水溜りに浸かった、びしょびしょに濡れた兄のマフラーとあやのの手袋が、そこに雪だるまがあった事を物語っていた。<br /><br />
みさおの携帯が震えている。着信だ。<br /><br />
しかしみさおはそれに出ようとは思わなかった。<br />
誰からどんな用件かは知らないが、もし、これがあやののいる病院からだったらと思うと、怖くて仕方がなかった。<br /><br />
もう二度と笑うことは無いかもしれない、とみさおは自分でそう思った。<br /><br />
みさおは帰宅した。<br /><br />
「あら、今日は早いじゃない。何かあったの?」<br /><br />
「……。」<br /><br />
みさおは何も答えたくはないと思った。黙ったまま自分の部屋に入った。<br /><br />
「みさお?ちょっと、みさおー!」<br /><br />
そして布団の中に潜る。また携帯が震えだす。<br />
その音が脅迫のように聞こえて、それがあまりに怖く、みさおは布団の中で震えていた。<br /><br />
音はピタリと止んだ。<br /><br />
しかしホッとしたのも束の間。今度は家の電話がけたたましく鳴りだす。<br />
スリーコール目で、母親が電話に出た。<br /><br />
そして、自分の部屋に向かって母親の足音が近づいてくる。<br /><br />
みさおの震えはとまらない。もう、ダメだと思った。<br /><br />
「みさお?柊ちゃんから電話よ。」<br /><br />
その名前を聞くと黙って扉を開け、母親から電話を奪い取ると、乱暴に扉を閉めた。<br /><br />
「柊?」<br /><br />
「日下部?まったく何処に行ってんのよ!急に出て行くから、心配して追いかけたのよ。」<br /><br />
「みゅ~、ごめん。」<br /><br />
「あんたが病院に行ったのかもって思って来てみたけど、いないんだもん。」<br /><br />
「病院にいるのか?あ、あやのは?あやのは大丈夫なのか!?」<br /><br />
「そうだったわ。そうよ、日下部。あやの、目が覚めたわよ。」<br /><br />
「目が覚めた!?本当か!?本当なのか!?」<br /><br />
「本当よ!今すぐ来なさいよ!」<br /><br />
「わ、分かった、直ぐに行く!」<br /><br />
みさおは病院まで自転車をとばした。<br />
どうしても顔がにやける。みさおは久しぶりに笑ったと感じた。<br />
よく晴れ渡った気持ちのいい天気。<br /><br />
少し前までこの天気を憎んでいたが、今では最高に気持ちがいい。<br /><br />
病院に自転車を停めると、開ききっていない自動ドアの隙間から強引に病院に入る。<br />
エレベーターを待つ時間すら惜しい。みさおは階段を駆け上った。<br /><br />
「あやの!」<br /><br />
「みさちゃん?」<br /><br />
「やっと来たわね。」<br /><br />
かがみは久しぶりに笑顔のみさおを目撃した。<br />
よかった。もう何も心配しなくてもいい。<br />
かがみは心から安堵した。<br /><br />
「大丈夫なのか?」<br /><br />
「うん。ちょっとボーっとするんだけどね。」<br /><br />
「よかったー……。」<br /><br />
「みさちゃんが助けてくれたんでしょう?ありがとう。<br />
お母さんが言ってたよ。みさちゃんが私を見つけてくれなきゃ、危なかったんだって。」<br /><br />
「みゅ~。別に良いんだぜ~。」<br /><br />
「そうだ……。あのね。私、夢を見たの。<br />
とっても暗い所でね、みさちゃんや柊ちゃんや、あと、みさちゃんのお兄ちゃん達、いろんな人たちの声がするの。<br />
みんな、私を必死で呼んでる。だけど、私には何処から聞こえてるのかわからなった。そこにね、雪だるまが現れたの。<br />
あ、その雪だるまって言うのは、私が倒れる前の日に。」<br /><br />
「兄貴と一緒に作ったんだろ?」<br /><br />
「え?知ってたの?」<br /><br />
「まあな。でも今日、溶けちゃったけどな……。」<br /><br />
「そっか……。」<br /><br />
「どうしたんだよー。」<br /><br />
「雪だるまがね、私を案内するの。こっちだよって……。雪だるまは最初は頭が割れてたんだけど、いつの間にか直ってて……。<br />
それからズーっと雪だるまに付いて行くと、白い穴が見えてきて。それで気が付くと目が覚めてたんだよ。」<br /><br />
「へえ。変な夢だな!」<br /><br />
あやのの精密検査をする必要があるとの事で、すぐにあやの以外の全員は部屋を出た。<br /><br />
みさおは泣いていた。<br />
誰にも見られないトイレの中で、わんわんと。不安から開放された瞬間だった。<br />
今まで我慢していたらしい。止まらなかった。<br /><br />
次の日、いつもの様に家を出る。<br /><br />
みさおは門の所に目をやった。七つ目の蕗の薹は置かれていなかった。<br />
この蕗の薹が誰からの贈り物なのか、みさおはなんとなく分かっていた。<br />
多分、もう蕗の薹が置かれることは無いだろう。<br /><br />
みさおはこの時初めて、蕗の薹を受け取ることにした。<br /><br />
「今日は天ぷらにするか。」<br /><br />
春の様に日差しの強い朝、みさおは元気良く学校へ向かった。</p>