ID:blE+xm2u0氏:放課後は予定を空けておいて

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私はこなたと約束をしていた。 いや、何の約束もしていなかった。 数時間程度の過去の話だというのに、自信に溢れる顔を前にしてどちらなのか迷ってしまう。 「じゃあ、今日もバイトだから先に帰るね」 「待ってよ」と言えばいいのに、笑って見送るつかさを見て私もついつい手を振ってしまった。 私は馬鹿だ。本心を知るのを怖がって、何も聞けないまま彼女の後ろ姿を見つめている。 残された私たち三人はウィンドウショッピングと称して買い食いに出かけた。 どこが良いかと言う話になって、つかさの意見で決まったクレープをベンチに並んで座って食べている。 こうした経験があまりないのか、みゆきは普段よりも笑顔が多かった。 その事実に少しだけ癒されて、本当はいるはずだった友人の事を考えて少し暗い気持ちになった。 「それにしても最近のこなちゃん、アルバイト頑張ってるよね」 私の感情の揺らぎに気づいたのか、つかさは唐突に新しい話題を振った。 もし気遣っているのだしたら、それが逆効果を生んでしまうところがつかさらしいと思う。 「そうですね。このところ毎日でしょうか?」 「……仕事の内容を考えると、あんまり頑張れって言いたくないけどね」 言いながら私は携帯電話を取り出して、二人の話に相槌を打ちながらメールの確認をした。 新着メールはゼロ。私はため息をついて携帯電話を閉じた ここに来るまでに送ったメールの返事も届いてはいなかった。 バイトの最中だとしたら、返事は終わってからになるだろうか。 あるいは「気づかなかった」という事にして、私が何かを言うまで無視されるかもしれない。 悪い想像が暴走をしかけていると気づいた私は、まだ半分しか食べ終えていないクレープを齧った。 たった三回小さな約束を破られただけなのに、まるで恋する乙女の思考だ。 こなたにとって、約束を忘れるなんて大したことではないと考えているだけかもしれない。 今日のことも、急にバイトの予定が入った可能性だってある。 うっかりというミスは誰にだってあるものだし、本気で責めるようなことでもない。 悪いのはこなたじゃない。私も悪くない。きっと誰も悪くない。 私が頭の中で無意味な呟きを繰り返していると、不意にみゆきの声が聞こえた。 「失敗を恐れずに、勇気を出して言ってみるべき時もありますよね」 「えっ……?」 私が驚きの声をあげると、つかさは不思議そうに首を傾げながら私の顔を覗き込んだ。 「お姉ちゃん、どうかしたの?」 私は隣に座るみゆきと、その向こうに座っているつかさの顔を交互に見た。 どちらも何があったのかを把握できずに、困ったように言葉を探している。 どうやら私には違う意味で聞こえただけで、二人はごく普通の会話をしていたらしい。 「ううん。なんでもない」 私は笑って誤魔化した。 なんでもない。 こなたに約束のことを問い質すくらい、なんでもない。 クレープひとつだったにも関わらず、私が時間をかけて食べたせいで太陽は随分と傾いていた。 「今日はお誘い頂きありがとうございました。それではまた明日、学校で」 時間切れになったみゆきを駅まで送ると、私とつかさはそれぞれ別れの挨拶をした。 彼女の影響なのか、ついつい友達相手にするは丁寧すぎる言葉を使ってしまいそうになった。 みゆきが見えなくなってから、私たちは「やっぱり釣られそうになるよね」と笑いあう。 しかし、私の笑顔が引き攣るまでには数秒と掛からなかった。 こなたが私の知らない男の人と歩いていた。 今日はバイトだと言ったのに。二人で楽しそうに笑いながら。そんなこなたと目が合ってしまった。 「え……お姉ちゃん!?」 思わず私はこなたに背を向けて走っていた。 見えないように。 見たくないものが見えないように、駅前の雑踏の中を必死に走った。 「……どうして」 私は会社帰りらしい中年男性にぶつかったが、謝りもせずに逃走を続ける。 こなたに彼氏がいたっておかしくないし、それを隠すのだって不自然ではない。 それなのに、どうしてだろう。 祝福するべきなのに、すごく嫌な気持ちが胸の中に渦巻いている。 人混みを抜けてから数分と経たない内に、それ以上は走れなくなった。 私が息を切らしてしゃがみ込むと、すぐに聞き慣れた友人の声が追いついてきた。 「かがみ」 私とは対照的に冷静なこなたの声に、乱れた呼吸を整える余裕もなく感情のまま言葉が出る。 「なんで……なんで追いかけて来るのよ。彼氏を放置してまで!」 「あれはバイト仲間だよ。厨房の人なんだけど、今日は私の買い物に付き合って貰っただけで……」 「嘘を吐いている事には変わりないじゃない! 今日の放課中に言ったことは何? 予定を空けておけなんて言いながら……」 私はそれ以上に言葉を続けることが出来なくて俯いた。 泣いている顔を隠せるようにと。 こなたが立ち去ってくれる事を私が祈っていると、新聞紙を丸めるような音が聞こえた。 続いて私の首に手が回され、何かがそこにかけられた。 「なにこれ、ペンダント……?」 私が顔を上げると、目の前にしゃがみ込んでいるこなたは視線を彷徨わせながら口を開いた。 「私はこういうのよく分からないから、選ぶのに詳しい人のアドバイスが欲しくってさ」 「こなた……」 「選んですぐ、今日中に渡したかったんだよ。だからちょっと無理矢理な時間の作らせ方をしちゃった」 言いながら頭を掻くこなたは、とても照れくさそうに見えた。 恥ずかしいのは私も同じ、というより私のほうが遥かに上だ。 おかしな勘違いをして涙まで流してしまったことは絶対に口止めをしておく必要がある。 「えっと、ところでプレゼントを貰うような理由あったっけ……?」 「うん。この前の誕生日なんだけど、つかさが制服一着なのに、かがみには腕章ひとつだけだったよね」 「ああ……そうね」 実は、贈り物の価格を気にするのは失礼な事だとは思いつつ、ネットで値段を調べてみたことがある。 結論から言えば、その価格は野口英世ひとり分という安さだった。 材料費を想像するだけでもわかる事だが、姉妹でありながらこの差はなんだろうと落ち込みもした。 「つかさの分で衝動的にお金を使いすぎて、その後のかがみのプレゼントを用意しようにもお金がなくて」 「言っても無駄だとは思うけど、ちょっとは計画ってことを覚えなさいよ……」 こなたが一人暮らしを始めたとしたら、あっという間に食費を使い込むのではないかと不安になる。 「そういえば今日の計画はわかったけど、他の二回の約束も来ない理由があったの?」 私の質問に対して、こなたは待っていたと言わんばかりにニヤニヤと笑い、説明を始めた。 「事前調査だよ。店に呼び出して、自分は現れないで相手がどんな物を欲しそうにしているかを隠れて観察する……ってのをアニメで見てね」 「またアニメか。驚かせたいのはわかるけど、人によっては通用しない作戦じゃない」 「いやいや。かがみは文句を言いながらも、来ない相手を待ってくれる人だとわかってるからさ」 「……そ、そんなの普通でしょ」 性格を見抜かれているというのは悔しくもあり、かなり嬉しい。 私は顔が笑ってしまうのを誤魔化すために勢いよく立ち上がると、ゆっくりと立つこなたを見て言った。 「こなた。せっかくのプレゼントだけど、これを着けてどこかに行く予定がないのよね」 私はそこで一度言葉を切り、再び暴れだしそうになる心臓を押さえる。 後で必ず後悔をすると予想できたが、それでも私は言おうと思った。 失敗を恐れずに、勇気を出して言ってみるべき時もある。 「だから……明日の放課後は、ちゃんと予定を空けておきなさいよ」

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