ID:kvFJG5Nq0氏:ぷりーず いーと みー

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珍しいな、と思った。 例えば紅白饅頭。例えばお内裏様とお雛様。例えば私とつかさ。 いつも2人で1つ。そうでなくては成り立たない。噛み合って初めて機能する歯車のように。 事の起こりは昼休みだった。 珍しく私は自分の教室でお弁当を食べようとしていて、いつものマブダチ2人組も来た。 みさおとあやの。2人はたまに私をこうして誘ってくれるのだ。 ふと、私は机を動かす時に消しゴムが落ちてしまったことに気づく。 筆箱に入れなかったっけ。そんなことをぼんやりと考えながら、しゃがみ込んでちょん、とつまんだ。 消しゴムに付属しているカバーは既になく、あとはカケラが残るのみのソレに見入ると『コイツにもお世話になったなぁ』などと変な情が湧いてくる。 名残惜しいけどこれじゃあ使いにくくなる一方だ。そろそろ買い換えるか‥‥そう思ってため息を付いた瞬間。 「うぉわっ!?」 「きゃ!」 どさどさっ、とタンスから本が零れ落ちたような音が聞こえた。 同時に私の身体にかかる負担。 後ろを‥‥いや、私は前を向いたままだった。 しゃがんでる私に気づかないまま、私の背中につまずいて転んだ間抜けなそいつは、私を飛び越えて前にある机の横にかけてあるカバンへと顔からダイブした。 重い。 何せみさおの身体は顔以外の全てを私の身体に預けている。というかこのままじゃ私が潰される! 「ちょっ、何やってんのよ!」 しゃがんだ体勢のまま前のめりになった形で潰されかけた私は必死に身体をよじってその重量から逃れた。 「むぎゅっ‥‥ぐ、いってぇ~!!柊こそなんでこんなとこにしゃがみ込んでんだよぉ!顔が潰れるとこだったじゃねーかっ!」 「潰されかけたのは私の方よ!!みさおは視野が狭すぎんのよ!」 「ったく、柊のせいであやののカバンがぺちゃんこになっちゃったじゃんかよ~」 「私のせいにすんなっつーの!自分の不注意なんだからアンタ、が‥‥」 その時。背後からただ事ではないオーラを感じた。 餓えた獣が獲物を捕らえようとしているときにも似た、殺気のようなオーラ。 「‥‥あやの?」 私は思わず振り向いた。 背筋に寒気。あやのは怒るでもショックを受けるでもなく、はたまたいつものように苦笑いをする訳でもなかった。 ただ、ただただ無表情。 怖い。 「‥‥‥っ!」 どのくらい時間が経っただろうか。 時間にすると5秒も無かったのかもしれない。でもその沈黙は、教室にスロウの魔法でもかけたかのように長かった。 魔法が解けたのと同時にあやのは自分のカバンを掴むと、それを神業のような速さで開けて、一つのものを取り出して広げた。 おべんとう。 そう呼べるのはこの衝突事故が起こる前までだったのだろう。 二段に重ねてあるそのスキマからは煮汁や何やらが混ざった何が何だかわかんない状態の汁が染み出して、お弁当を包んであったナプキンは至るところが変色してそこから臭いが漂ってくる。 中身を空けるとご飯にまで煮汁が侵食し、具は何が何だか分からない状態、食べても何を食べているのか分からなくなりそうな状態になっていた。 「うぁ・・・」 「ひぇっ・・・」 みさおと一斉にあやのを見る。 未だ無表情のまま。 「ご、ごめんってあやの!!ほんっとゴメン!!!ちっと足が滑っちゃったみたいでさ、あははは‥‥」 その言葉にフォローの効力があるとは思えない。でもみさおなりに本当に悪いと思って謝ってる姿だ。 ようやくあやのの表情に変化が生まれた。 いや、その前にまず変化したのはあやのの身体全体だった。震えて、その振動がこらえきれないというかのように。 ようやく焦点が定まる。歪んだ眉と唇、そして目に浮かぶ涙。 「みさおちゃんの、バカっ・・・!!」 回れ右。 開いたままのお弁当を置いたまま、あやのは教室を出て行った。
今思うと、本当に何もかもが珍しい出来事だったんだと思う。 例えば紅白饅頭のように。例えばCDプレーヤーとCDディスクのように。例えば私とつかさのように。 いつも2人で1つ。そうでなくては成り立たない。噛み合って初めて機能する歯車のように。 事の起こりは昼休みだった。 授業が終わって、私は自分の教室でお弁当を食べる準備をしている。机を動かしていると、いつものマブダチ2人組も来た。 日下部と峰岸。2人はたまに私をこうして誘ってくれるのだ。 ふと、私は机を移動する時に消しゴムが落ちてしまったことに気づいた。 筆箱に入れなかったっけ。そんなことをぼんやりと考えながら、しゃがみ込んでちょん、とつまんだ。 消しゴムに付属しているカバーは既になく、あとは本体の削りカスとでも言えそうなカケラが残るのみにまで擦り減っている。 掌に載せて、その小さな消しゴムを見てると『コイツにもお世話になったなぁ』なんて、変な情が湧いてきた。 ずっと使ってきた消しゴム。まだ愛着もあるし名残惜しいけど、これじゃあ使いにくくなる一方だ。 そろそろ買い換えるか‥‥そう思ってため息を付いた瞬間。 「うぉわっ!?」 「きゃ!」 どさどさっ、とタンスから本が零れ落ちたような音が聞こえた。 同時に私の身体にかかる負担。 しゃがんで前を向いたまま、うつぶせになるかならないかの体制。膝が曲がったまんまで潰されたみたいな。 きっと私が小さくしゃがんでいることに気づかないまま、私の背中につまずいたんだろう。 普通に考えても視野の狭すぎる間抜けなそいつは、私を飛び越えて前にある机、その横にかけてあるカバンへと顔からダイブした。 重い。 何せ転んだヤツの重量はカバンに突っ込んだ顔以外の全てが、私の身体に掛かっている。苦しい。というかこのままじゃ確実に潰される! 「ちょっ、何やってんのよ!」 圧力に悶えながらも、必死に身体をよじってその重量から逃れた。 ってゆーか、こんな体勢ですっ転んで、背後から見れば私と日下部のスカートの中は丸見えなんじゃないだろうか。 とくに日下部。 「むぎゅっ‥‥ぐ、いってぇ~!!柊こそなんでこんなとこにしゃがみ込んでんだよぉ!顔が潰れるとこだったじゃねーかっ!」 「潰されかけたのは私の方よ!!日下部は視野が狭すぎ!」 「ったく、柊のせいであやののカバンがぺっちゃんこになっちゃったじゃんかよ~」 「私のせいにすんなっつーの!自分の不注意なんだからアンタ、が‥‥」 その時。背中に感じる寒気。 餓えた獣が獲物に今にも襲い掛かる、そんな殺気のようなオーラ。 「‥‥峰岸?」 私は思わず振り向いた。 峰岸は怒るでもショックを受けるでもなく、はたまたいつものように苦笑いをする訳でもなかった。 いつも日下部に一緒にいて、その破天荒な言動にも全く動じずにニコニコ笑って受け入れる。そんな峰岸の無反応(ノーリアクション)。 日下部は分からないけど、少なくとも私はこんな峰岸は初めて見る。まがりなりにも5年間一緒のクラスだったやつが見せた、初めての顔。 ただ、ただただ無表情。 …怖い。 「‥‥‥っ!」 どのくらい時間が経っただろうか。 時間にすると5秒も無かったのかもしれない。でもその沈黙は、教室にスロウの魔法でもかけたかのように長かった。 魔法が解けたのと同時に峰岸は自分のカバンを掴むと、それを神業のような速さで開けて、一つのものを取り出して広げた。 ───お弁当。 ‥‥そう呼べるのはこの衝突事故が起こる前までだったのだろう。 二段に重ねてある弁当箱のスキマからは、煮汁や何やらが混ざった何が何だかわかんない状態の汁が染み出して、お弁当を包んであったナプキンは至るところが変色し、そこから臭いが漂ってくる。 中身を空けるとご飯にまで煮汁が侵食し、具は何が何だか分からない状態、食べても味が混ざっていて何を食べているのか分からなくなりそうな状態にまでなっていた。 「うぁ・・・」 「ひぇっ・・・」 日下部と一斉に峰岸を見る。 未だ無表情のまま。 これで危機感を抱かないヤツは動物としても人間としても終わってる。 「ご、ごめんってあやの!!ほんっとゴメン!!!ちっと足が滑っちゃったみたいでさ、あははは‥‥」 その言葉にフォローの効力があるとは思えない。でもみさおなりに本当に悪いと思って謝ってる姿だ。 私も謝ろう。心では納得してないとか、不条理だとか、そんなこと言ってられない。 そう思って一歩前に出た時、ようやく峰岸の表情に変化が生まれた。いや、その前にまず変化したのは峰岸の身体だった。全身をぶるぶると震わせて。 ようやく焦点が定まる。歪んだ眉と唇、そして目に浮かぶ涙。 「みさちゃんの、バカっ・・・!!」 教室の一部が静まり返る。 それを物ともせずに回れ右。開いたままのお弁当を置いたまま、あやのは教室を走り去っていった。 「ちょ、あやのぉ!!」 「峰岸っ?!」 私達の呼び止める声を背に。 * 「‥‥あやの、やっぱ怒ってんだよなぁ」 「少なくともあの“お弁当”が、ただの“お弁当”じゃないことだけは確かだな」 結局、峰岸は戻ってこなかった。 呆けてた私達が気づいた時にはもう追いつける距離じゃなかっただろうし、そのままボーっとしてても仕方ないので、とりあえず峰岸の“元”お弁当を一度しまってから2人で机をくっつけて食べている。 ‥‥だけど、それがまた不味い事この上なくて。 まさに鉛の飯とても言おうか。今日はつかさの作ったお弁当なのに、これじゃあ私の作ったお弁当の方が美味しいんじゃないかと思うくらいだった。 ううん、わかってる。元々備わってる味の問題じゃないんだって。 まぁご飯の味って食べる状況で美味しくも不味くもなるんだ、とこれほど強く実感したことも無かったけど。 「じゃあさ、私達であやののお弁当作り直そっか?家庭科室でも借りてさ!昼休みまだ始まったばっかだから時間あるし、ちょちょっと買いもんにでも行ってから‥‥」 「でもさすがにこんな私用で家庭科室貸してくれるとは思わないんだけど‥‥次の授業の準備とかあるだろうし‥‥」 「そんなのどーでもいーじゃんかっ!!あんなにあやのを怒らせたのは私だもん!先公に怒られてもいいからあやのと仲直りしたいよ‥‥」 日下部のお弁当を見ると、ほとんど箸が進んでない。その気持ちは私にもよく分かる。 見ると目にはうっすらと涙が浮かんでいた。ここまで何かに必死な日下部も、さっきの峰岸と負けず劣らず珍しい。 「あーもーこんな飯食えねぇよっ!!行こうぜ柊っ!!」 ぐじっと1回だけ袖で涙を拭うと、立ち上がって私の腕を引っ張る日下部。 さすが運動部に入ってるだけあってその力は中々のものらしく、私はずるずると教室の入り口まで引きずられていく。 「ちょっ、落ち着きなさいよ日下部!大体アンタ料理出来んの?!私なら言っとくけど峰岸の足元にも‥‥」 「何でやる前から諦めんのさ!そんなんやってみなくちゃ分かんねーじゃん!!家庭科室に行ったら本くらいあんだろ?!」 「本ってアンタ、あれだって読んで実践しようとしたらそれなりの前知識が必要なのよ?!それにそこまで初心者に優しい本があるかどうかも分かんないじゃない!!」 「じゃあ買いもんするついでに本屋に寄って‥‥!」 「そんな遠くまで行ってたら作り終わる前に授業始まっちゃうわよ!!」 いつもストッパーになっている峰岸がいないせいで、会話はどんどんエスカレートしていく。 引きずられて行き着いた先、教室の入り口付近で揉め合う私達を、通り過ぎていく他の生徒はどんな風に思っただろう。きっと珍しそうに見つめながら過ぎ去っていったに違いない。 そんな私達に歯止めをかけたのは、 「‥‥かがみん?」 「お姉ちゃん、どうしたの‥‥?」 隣のクラスから駆けつけてくれた、いつもの3人だった。 * 「ふむふむ、にゃるほどねぇ、それで仲たがいってわけデスカ」 「ジョーダンみたいに言うなっつーの。私らは本気で悩んでんだかんなっ、ちびっ子!」 「わかってるってば」 聞けば廊下から私の怒鳴るような声が聞こえたので駆けつけてきてくれたらしい。何だか恥ずかしい気もするけど、私達を止めてくれたことに感謝。 それに‥‥三人寄れば文殊の知恵、とでも言うべきか。 2人でうだうだ言ってたところで埒があくはずも無く、ましてや名案が浮かぶわけでもなく。 まぁこの3人なら話してもいいと思ったし、仲間がいればそれだけ負担も減る、ということで。仲間の数はそりゃやっぱりぜったいがっちり多い方がいい、とどこぞの歌にもあったように。 「でもこんだけ人数がいれば弁当1つ位は簡単に出来ちゃうかも知れないわね。調理士志望のつかさもいるんだから」 「お姉ちゃん、わ、私はそんな‥‥」 「オマケとはいえ毎日料理を作ってるらしいちびっ子もいるしな」 「むむむ、オマケとは何だあっ!!」 「にひひ、ジョーダンだってば!さっきの仕返しってヤツぅ?」 「むぅう~」 不謹慎かもしれないけど、やっぱりこのグダグダみたいな雰囲気の方が落ち着く。なんだかんだで冷静になれてる自分にため息をついた時───みゆきだけが会話に参加せず、少し考え込んでいることに気づいた。 「どうしたの、みゆき?」 「ぁ、いえ、その・・・」 返事をするために上げた顔を再び下げて、頭の中で考えを纏めてからまた顔を上げるみゆき。 「でも私には、どうしても峰岸さんがお弁当をひっくり返しただけでそんなにまで怒ってしまうような人には思えないのです。彼女とはあまり話をしたことがありませんが、温厚で人当たりのよい人でしたし‥‥」 ふと、頭の中で自分が日下部に言った言葉をリピートする。 『あの“お弁当”が、ただの“お弁当”じゃないことだけは確か』───どうやって償うかばかりを考えて、相手の怒りの根本的な理由を考えることを忘れてた自分に気づく。 それなら。 「‥‥あやの、探そう!」 「へぇ、日下部と意見が合うなんて珍しいわね。私もそう思ってたところよ」 「そうですね。彼女がそこまで今日のお弁当に込めた想いがわからない限り、私達がどんなに上手く代わりのお弁当を作ったとしてもそれは私達の自己満足に過ぎません。まずは峰岸さんに直接そのことを窺わなくては」 私、日下部、みゆきは顔を見合わせてうん、と頷いた。 その輪の中に突如、蚊帳の外にされつつあったこなたがひょい、と顔を覗かせる。 「よーし、んじゃ屋上に行ってみよー!」 「って、まーたアンタはいきなり突拍子もない場所を‥‥」 「いやいや、告白や仲直りみたいな重要イベントは屋上で起こる割合が高いんだって」 「アンタ真っ昼間なのにまだ眠たいみたいだな‥‥ってゆーかそんな確率論が現実世界でアテになる訳ないでしょーがっ!」 「ゲームの世界の登場人物は皆基本的にバカなんだよ、かがみん☆」 人差し指をつきだして、さも自分だけが知ってる便利知識を披露するような物言いをするこなた。 コイツは確信犯だ。確実に。 「おぃちびっ子!あやのをゲームの登場人物と一緒にすんなっ!!」 「誰しも頭がいっぱいの時はバカなんだよ、みさきち~。ってなワケで屋上にゴーッ!!」 「あっ、こなちゃん!」 ヤツは日下部の怒りを無視し、妹の制止も聞かずに飛び出してく。ったく、ホントにいつも世話の焼ける! ‥‥でも、屋上に行ってみてこなた以外の私達全員があっけにとられることになる。 峰岸は本当にいた。手すりに掴まって、斜め上の空を目を細めてぼーっと眺めている。 屋上の強い風に煽られきらめく金の髪が、さらさらと小川のように散って、私は一瞬その風景に見入ってしまった。 「あやのっ!!!」 とたんに私を引き戻す大音量がこだまする。日下部の声。 あやのはビクッと背中を震わせた後、ゆっくり声のした方を向くとにこ、と微笑みを向けた。 まるで壊れそうな、儚い微笑み。その瞳には教室を出て行った時と同じく涙が浮かんでいた。もしかして、ここに来てから‥‥ううん、教室を出てからここに来るまでもずっと泣いていたのかもしれない。 お互いが見つめる中、先にその沈黙を破ったのは峰岸の方だった。 「ごめんね、みさちゃん、柊ちゃん、それにみんなまで、私のせいで‥‥」 「あやのは謝んなくていいよ、マジでさ。悪いのは私なんだから‥‥柊に言われた通り、周りが見えなくて不注意だったんだよ」 「日下部‥‥」 いつも眩いばかりの元気をそこら中に振りまいてる日下部のイメージとはどう考えても合わない。もしかして峰岸のマネをしてるのか、日下部? おしとやかな日下部なんて、見ていて正直気持ちのいいものではない‥‥なんて言ったら本人に怒られるだろうか。 「ううん、ごめんね‥‥」 「だからぁ、あやのっ!」 「違うの!!」 今日は珍しい光景ばかり見ている気がする。感情をむき出しにする峰岸。おしとやかになる日下部。頭がくらくらしそうだ。 峰岸は日下部の謝罪の気持ちたっぷりな言葉をしっかりと止めてから、ゆっくりと今回の理由について話し出した。 「‥‥私ね、今彼氏と喧嘩中なんだ。それで今日は早起きして、彼のためにお弁当作ってきたの」 そう言いながら峰岸は手元にある金髪をくるくると指で弄んだ。 予想もしなかった理由と言葉。 どんどん目に溜めた涙が肥大化していくのが目に見て取れる。 「喧嘩中だから私もストレスが溜まってたんだと思う。それでつい、みさちゃんに八つ当たりしちゃって───ほんっと、本っ当にゴメンね?!」 「だからあやのは悪くないってばぁ!!私が、わたしが───!!」 「みさちゃんは悪くないよ!!私が、自分のことで皆に迷惑かけてるのっ!ゴメンね、みさちゃん!不安にさせてゴメンねっ!!」 気づけば2人は、抱き合って泣いていた。 「ごめん、ゴメンね‥‥」「だからあやのは悪くないんだってばぁ~‥‥」なんてやり取りをしつつ、抱き合ったままぺたんと座り込んでしまう2人に合わせて周りまで座り込んでしまう。 いつもの3人は勿論、私だって何も出来なかったけど・・・仲直りしたんだったら何だっていいんじゃないかって思ったり。 ふと、強く風が吹き、隣にいた薄紅色の髪が視界を少し遮る。 かちり、とメガネをあげる小さな音。 「でも‥‥まだ根本的な解決にはなっていませんよね」 いやらしい、って訳じゃない。でもこんな時だって次のことを忘れずに見据えていられるみゆきは本当に凄いと思う。 その言葉の真意を理解した2人は、ゆっくりと離れた後に両袖で涙をぬぐって。 先に涙を拭き終わっていた日下部が口を開いた。 「…でもさ、何でまた喧嘩しちゃったワケ?いつもあんなに仲良いのにさ」 「あのね‥‥」 みんなの前で酷なことを言わせてるんじゃないかと思う。 でも、乗りかかった船だ。きっちりそこまで解決しとかないと後味も悪いし、ちゃんと仲直りした気にならないんだろう。 私だって、正直ここまで来たらちゃんと聞いておきたい。 「‥‥この間、2人で秋のお祭りに行ったの。でも私は熱気に当てられたせいで気分が悪くなってね。我慢してたんだけど、ついに倒れちゃったの。 それから病院に行って‥‥でもその辺りから彼、ずっと不機嫌そうにしてて、理由を聞いても「何でもない」の一点張りで‥‥。 前からお祭りの計画を立てて、2人で行くの楽しみにしてたから‥‥きっとお祭りを台無しにされて怒ってるんじゃないかと思って、でも何回謝っても全然返事してくれないの。だから今日お弁当作って、しっかり話をしなくちゃと思って‥‥」 「そっか‥‥私、本当に悪いことしたんだよな‥‥」 「ううん、悪いのは私なの。ごめ───」 その時、日下部の手がびしっと差し出された。 「ぁー、ゴメンはもうナシでいーってば!私だって、謝らなきゃな立場なのに謝られても正直どうすればいいかわかんないしさ」 照れくさそうな笑顔を見せながら頭をぽりぽりと掻く姿は、いつの間にか普段の日下部に戻っていた。 峰岸もそれを見てふふ、といつも通りの微笑をこぼす。 「じゃあ、やっぱり私達が代わりにお弁当を作ってもダメだよね‥‥」 「ふふ、その気持ちだけで十分だよ。ありがとう、妹ちゃん」 役に立てないことに落胆の色を隠せないつかさをいつもの笑みで慰めると、峰岸はすっと立ち上がった。 「私、行ってくるね。ちゃんと彼と話してくるから」 その目には、強い決意の色。 私も知ってるし、いつも一緒にいる日下部はもっと知ってるだろう。 覚悟を決めた峰岸の真の‥‥ ───芯の強さを。 顔を見合わせると、皆でにこっと笑いあう。 もう私達の余計な気遣いは必要ない。あとは峰岸の問題なんだから。 * 「くーっ!やっぱあやのの彼氏って結構かっけぇーよなぁ!」 「‥‥すいません日下部さん、何で私はこんなところにいるのでしょうか」 落陽。 夕日を受けて、何もかもがオレンジ色に染まる時間帯。 私の心には早くも夜の闇が立ち込めつつあった。 「‥‥んだよ、あの後も最後まで心配しっぱなしだったのは柊だろっ!」 「だからってこんな立ち入った行為をしたいとは一言も言っとらんわっ!!」 「ちょ、柊声大きいってばぁ!ここにいるのがバレるっ!!」 「むっ、むふっ!?」 日下部は私の口を塞ぎつつ、私は日下部の口を塞ぎつつ。 まるでどっかのC級ギャグ漫画のようなことをしながら、とりあえず覆い被さった手をどけてぷはっと息を吐いた。 「大体アンタだって峰岸のことが気になるからこんな行動に移ったんでしょーが」 「ぅ゙‥‥まぁそなんだけどさ、やっぱり相方は必要じゃん?」 「アンタの相方は間違いなく今彼氏と話している方だろ」 「そーいうなよ柊ぃ、私はこれでも結構柊のこと気に入ってんだぜ?」 「なっ‥‥あのなぁ!!」 「しっ、静かにしろって!」 再び軽く口を塞がれて、茂みの奥───公園内の、日の当たるベンチで話している2人に視覚と聴覚の全てをつぎ込む。 「‥‥‥たの。で───しには、ど‥‥‥ても───んなかっ」 どうやら峰岸が一方的に喋ってるみたいで、彼氏はずーっとだんまりを決め込んでいた。 元々峰岸は喋る声がおっとりしていて、しかも大きいか小さいかと言われれば確実に小さい方。会話の解読は鼻先数メートルの距離を持ってしても難航を極めた。 が、数秒後、私達が考える間もなく音量調節の突破口が開けた。 というよりも、ただ単に峰岸の声のボルテージが上がっただけなんだけど。 「私、わたし頑張るからっ‥‥!また一緒にお祭り行こうよ!お願い、嫌いにならないでっ!」 今にも泣きそうな峰岸の表情が窺える。 顔が、身体が、声が、峰岸の持つ全てが彼に訴えかけているのがここから見ても痛いほどに分かってしまう。 「‥‥うわぉ」 「って、彼の方は一体何やってんのよ‥‥峰岸みたいないい子にあそこまで言わせといて、何も反応しないなんて最低っ!」 日下部は普段の峰岸とのギャップにおっかなびっくりな反応をし、私はあそこまで女の子に言わせといて返答を1つも寄越さない彼氏にイライラを募らせる。 そんな中、彼がやっと口を開いた。 「俺さ、何回も言ったよな」 「‥‥え?」 峰岸の音量は先ほどと変わらないまま。 彼氏の方の声は低く、聞き慣れてない声だからそこまで大きくなくても割と良く聞こえて。 「祭りの時だって、最初は少し汗かいてただけだったから、服着込んでて暑いだけなんじゃないかって思ったんだ。 でもしばらくしたら汗が滝みたいに出てくるし、オマケに顔はどんどん真っ青になってってさ。 何回も何回も「平気か?」って声かけてんのに、あやのは「平気」の一点張りで。そんで結局倒れちゃうだろ」 彼氏の方もちょっと震えてる。 拳を握り締めて、その辺りをぶるぶると負けて悔しがるみたいに震わせてる。 私もこの時点で何となくわかった。 彼は決して峰岸のことを嫌ってるわけじゃないんだ。彼は、むしろ─── 「そりゃお前なりに気を遣ってくれてるのは分かってるよ。でもどう見ても具合悪そうなのに平気なフリしてるあやの見てるとすんげぇ心配で、途中から俺ってそんなに頼りないのかな、って思ってさ。 ‥‥なぁ、たまには頑張らないでさ、弱くなれよ‥‥そりゃ頑張ってるあやのも好きだけど、俺の前で位はさ、少しくらい弱い面も見せろよ」 ───何よりも、誰よりも峰岸のことが大事で。 彼氏なりの、峰岸への思いやり。 それはとても純粋で、とても我が侭で、とても暖かくて。 聞いてるだけのこっちがうるっと来てしまったのに、言われてる張本人が何も感じないはずは無く。 「そんな、私、弱いよ‥‥謝っても何も言ってくれないし、ホントに嫌われたんじゃないか、って‥‥そう思ったらね、わたし、凄く、すごく悲しくって‥‥」 「ごめんな‥‥でもさ、これからはあまり無理すんなよ‥‥あやのが無理してるの見ると俺だって辛いんだから」 「うん、ごめんね‥‥ック、ゴメンね‥‥!」 「俺の方こそ、ごめんな、あやの‥‥」 ベンチに座ってた2人は寄り添って、彼があやのの肩を抱いている状態。 夕日を浴びたまま抱き合う2人はまるでドラマのワンシーンのような神々しさを放っていて、私と日下部はただただため息をつくしかなかった。 「うおぉお~‥‥‥!!」 「へぇえ‥‥」 いつまでもこの美しい物語を見届けていたいところだけど、私はどっかのオタク小学生もどきじゃない。 無理やり自分を現実に引き戻すと、自称相方の腕を強引に持ち上げた。 「さっ、邪魔者はとっとと退散退散!」 「えーっ、まだ見てるぅ~~!!」 「うっさい!いいから黙って付いてきなさい!!」 「うえぇ~~っ、柊の凶暴女~」 「‥‥何か言ったか?」 「何でもありませんかがみ様」 口答えの多いソイツを強引に黙らせて、駅の方までの道を歩き出す。 元々日下部は済んだことをグチグチいうタイプじゃない。時間が経過するとすぐに持ち直し、いつもの調子でニカニカと、沈んでいく太陽をカムバックしそうな笑顔を見せた。 「あやの、幸せそうだったな~」 「そうね‥‥こんなこと言うのもアレだけど、ちょっと羨ましかったかもね」 「おんやぁ?柊はそこまで飢えてんのかー?みーなさーん!!コイツの彼氏になってもいいってヤツはいーませーんかぁーーー?!!」 「ってコラ!!何いきなりトチ狂ったこと言い出してんのよ!!」 いやらしい目つきで私をほくそ笑んでいたのは一瞬で、次の瞬間には人が山ほどいる駅のホームでこんなことを叫び始める。 怒鳴りつける私を茶化す日下部。でも次第にその怒りも微笑みに変わって、それこそ先ほどの絶叫を上回るほどの声で、私と日下部は人目を気にせず笑い合っていた。 『終わりよければ全てよし』 そんな教訓を、己の身に刻み込みながら。 * ───翌日。 「おーっす、柊ぃ♪」 「柊ちゃん、お早う!」 「おっす。そうだ峰岸、昨日の件は‥‥」 「うん、無事仲直りしたよ♪」 無邪気な微笑が、その後の経過の良さを物語っていた。 っても、私も日下部もその場に居合わせていたわけだけど─── 「そっかぁ、良かったな、あやの☆」 「ありがとう、みさちゃん!でも‥‥」 「んぁ?」 「───2人とも、立ち聞きはいけないと思うな」 無邪気な微笑が一転、そこにあるのは毒りんごを持った魔女のような殺気だった。 隣にいた日下部はというと、当然の如く「ひえっ!」と小さく悲鳴を上げて後ずさる。 「何て言うんだっけ、ヤジ馬根性?デバガメ‥‥はもう死語なのかな?ねぇ、どう思う?柊ちゃん、みさちゃん?」 「「すいませんでした」」 『怒った峰岸は阿修羅よりも怖い』 私と日下部の心に焼き付いて離れない、このクラスで生き長らえるためのもう一つの教訓。 あぁどうか、明日の朝日が無事に拝めますように。 了

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