こな・スクリーミング・ショウ第2幕

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こな・スクリーミング・ショウ第2幕」(2007/08/05 (日) 20:28:02) の最新版変更点

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―――ミーン、ミンミンミーン 暑い。汗が頬を伝い、顎に雫を作る。次にポタリ、と雫が落ち、コンクリを染めた。 (どやどや・・・) 何やら騒ぎの音が聞こえる・・・。どうやらそろそろのようだ・・・。 首を向けるとさもしい中年男とむさい男がこちらに向かって来ている。 「おい、柊!行ったぞ!!」 むさい男の指示を聞く前に駆け出し、私は中年男の前に立ちはだかった。 「う、うおお!や、やめろ・・やめてくれぇ!」 ナイフを取り出したな・・・。 「ハッ!」 まず蹴りで奴が持っている刃物を蹴飛ばし、胸板に正拳突きを3発お見舞いしてやる。流れるような動作は完璧だ。 それを喰らった中年男は声も上げずに倒れる。・・・これで今回の仕事は完了だ。 「はぁ・・はぁ・・ヒュー、さすが柊。やるじゃないか・・・」 むさい男・・私の先輩なのだが・・彼は何か言いたげな目で喋りかけてきた。 「いえ・・センパイの追い込みがあればこそですよ」 私が即座にそう言うと、先輩は顔をしかめる。・・・何か不味かっただろうか。 「まぁ・・これでここ一帯の売人は全滅だ。こいつを吐かせれば、元締めも一気に根絶やしにできる」 先輩は熱い。おそらく純粋に人々の安全を願って、ここにいるのだろう。 しかし・・・私の目的は彼らの平和じゃない。・・・未だ遂げてあげられないが、ひどく私的な目的でここにいる。 「よし、本署に報告だ。柊警部、そいつに手錠かけて。ゆっくり車まで運ぼう」 ―――あの事件から7年が経っていた。 こなたの仇を取る為、警察になったものの、あの頃とは何も変わっちゃいない。 変わったことといえば、変わり果てた彼女の遺体の写真を見ることができ、、そして新たな怒りに身を震わせたことだけだった・・・。 「かがみちゃん!」 後ろから肩をポン!と叩かれる。 「あ、ゆいさん・・・」 成実 ゆいさん。この人は交通安全課の婦警さんをやっている。・・こなたの従姉妹だというのはごく最近知った。 「まぁた犯人検挙だって?お姉さん、びっくりだ!さすが超スピードで昇進した警部さんってとこかな」 「いえ・・大したことなんて・・・」 検挙・・検挙なんてなんの意味もない。私が欲しているのはそんなものじゃない。私が欲しいものは・・・。 「・・そう。ま、頑張ってよ!あなたが頑張ってくれるおかげで、皆が平和に暮らせるんだからさ」 「ええ、もちろん、頑張ります」 ゆいさんは少し寂しそうな顔をし、去っていった。 そんなことより・・そんなことよりも、先程、私の全てを揺さぶる事件があったのだ。 ―――数時間前 「課長・・・打ち切りってどういうことですか?」 「どうもこうもないよ。迷宮入りさ。7年も調査したが、解決の糸口がみつからないんだよ、一つもね。・・この事件に時間を費やす分、幾つもの事件を解決できると、上が判断したのさ」 ――ふざけるな・・・。 「・・・私が聞きたいのはそういうことではありません・・・。警察とは民間の治安が目的でしょう?なのに何故打ち切りなんですか。おかしいでしょう?こんなあきらめの早さじゃ犯罪者になめられますよ」 横から、柊口が過ぎるぞ、と叱咤が飛んだが構うものか。私は・・・私はあの時から今まで全てをこの事件の為に費やしてきたんだ。 暇さえあれば鍛錬鍛錬、勉強勉強。体を苛め抜いてやっとここまできたのだ。それが・・打ち切り・・・。 「・・君があの事件を解決したがっているのは知っている。・・・柊君、君に休暇を出そう。しばらく休んできなさい」 課長が椅子を立ち、奥の部屋へ歩んでいく。 「ま、待って、待ってください・・・課長!わ、私は・・」 私の言葉を聞かず、課長は奥へ篭ってしまった。 これから・・私はどうすれば良いのだ・・。 ――つかさのお見舞いに行こう・・。 まずそう思った私は早速、病院に向かうことにした。 ここから病院まではちょっと距離が離れている・・。山道を通って行こう。 相変わらず暑い。舗装されてない道の砂利を踏み、途中でいくつかセミの死体を見つけた。 ずし、ずしと歩を進めていると、いきなり罵声を掛けられた。 「――馬鹿女」 「・・・ぇ?」 ・・いきなりのことに頭の中が真っ白になる。 「脳みそ筋肉の無駄な努力が好きな馬鹿女って言ったのよ」 「なん、ですって・・」 誰がそんなことを言っているのだ。私なりに苦しみ抜いてきたこの7年を、どこの馬の骨とも言えない奴に馬鹿にされる覚えなどない・・。 「ちょっと。あなた・・・」 私の頭にハンマーで叩かれたかのような衝撃が走った。 「嘘・・こな、た」 目の前にこなたがいた。 それはありえない・・こなたはもう死んでいない・・。 一瞬、タヌキやキツネに化かされたとか馬鹿らしいことを考えたが、直後、少女から言葉が降ってきた。 「違うわ。私はこなたじゃない。もっとよく見てみなさい」 ・・・そう言われると、微細だが、こなたにはある特徴がない。 「待ってて・・。あとで必ず、あなたの努力の酬いを与えてあげるから」 少女はそう言うと、私に背を向け、歩み去っていった。 子どものイタズラと一瞬思ったが、長年養ってきた刑事の勘は何かを捉えていた。 「何なんだろ・・あの子」 「つかさ!」 全てが真っ白の部屋につかさがいた。 「ほら、つかさ。今日はすごろく持ってきたんだ。一緒に遊ぼ」 「・・・・」 それまでお手玉で遊んでいたつかさは手を止め、私を見つめる。そうしてしばらく吟味したあと、私にギュっと抱き付いてきた。 「あ、あはは、つかさ・・」 しばらく私達は抱き付き合っていたが、ふいにつかさは離れ、すごろくの封を剥がし始めた。 そうして数時間、私達はすごろくで遊んだ。 「ふぅ、もう暗くなってきちゃったね。そろそろ私帰るよ」 ・・・今度は私の袖を掴み、離さない。 正直口惜しい。我が妹の証言さえ取れれば、全ての謎は一気に解決するはずだ。だが・・・。 つかさの頭をそっと撫で、手をゆっくり引き離す。 「また来るからさ、それまで待ってて。お願い、つかさ」 少し寂しそうな顔をしたが、つかさはゆっくり手を離してくれる。 「それじゃ、また来るから」 帰ろうとドアノブを握り締めた直後。 「――あなたの想いは叶えられるわ。いいえ、叶えられないわ」 「な・・つかさ」 つかさが喋った・・・。少なくとも・・ここ7年、喋ったなんて聞いたことなんてないのに! 「あなたはもう会っているわ。違うわ、会ってないもの」 まさか・・つかさは私に何かを伝えようとしている?? 「あなたは死ぬわ。死ぬかも。死なないかも」 ・・全く持って意味不明だ。だが、7年振りの妹の言葉は全て聞いておきたい。 ――だが、これ以上つかさが喋ることはなく、何を語りかけても沈黙を破ることはなかった。 「柊先輩!」 私が帰路についていると、小早川ゆたかが声を掛けてきた。 あの後・・私の後を追って、彼女も警察に入ってきた。あの事件については彼女なりに何かを感じたのだろう・・。 最も、病弱な彼女に激務が耐えられるはずはなく、仕事は専らデスクワークとなっている。 「ああ、ゆたか、どうしたの?あなたが外で働いてるなんて珍しいわね」 「ここ最近、行方不明者が続出してまして。みんな手を外せないみたいですから私が見回っていたんです」 なるほど。だが、こんな夜中に、いくら婦警とはいえ、女子の一人歩きは危険ではないのか。 「あ、大丈夫ですよ。私一人じゃありませんし」 「お~い、小早川さ~ん」 あれは・・確か赤坂警部。彼は激務で手が離せない者の代表だったはずだか・・・。 「小早川さん、こっちは異常なしだよ。・・っと、柊警部。お疲れ様です」 敬礼。私も敬礼で返す。このマジメさが彼の長所であり、短所でもある。 「赤坂警部・・どうしたのですか?何か大きなヤマに関わっていて動けない、と同僚から聞いたのですが・・・」 「い、いや~、ははは。ちょっと事故っちゃいまして。手が、ほら」 ・・・なるほど。彼は署でも指折りの優秀さだが、妙な愛嬌さがあった。 「それじゃ僕達は勤務中ですので。ここで失礼させていただきますね」 「また会いましょう、柊先輩!」 二人仲良く去っていく。う~ん、合ってる・・かもしれない。でも赤坂さん、確か妻子持ちでしたよね? 今日は色々なことがあって疲れた。私は布団にもぐると、すぐに眠った。 でも・・明日からは・・何をすればいいのだ・・・。 泉家を訪ねてみよう。今回の報告も兼ねて。 私は昼頃に時間を見積もって訪ねてみた。 ピンポーン ピンポーン 「はーい」 ドタドタドタ ガチャ 「あ・・」 「こんにちは、おじさん」 「・・いらっしゃい、かがみちゃん」 こなたが亡くなった後も、私は泉家に時々お邪魔している。調査に関する報告を、仏壇のこなたに話しているのだ。だが・・捜査の進展に関しての報告は、未だに出来ずにいる。 「熱心だね、かがみちゃんは」 おじさんは・・奥さまにも先立たれ、娘にも先立たれ、一人、自宅に篭って小説を書いていた。 元から快活という性格ではなかったが、こなたが亡くなった後、外に出ることはまずなくなった。彼は以前、娘の死は乗り切ったと語っていたが、私にはそう見えない。 私はおじさんに、昨日、事件の調査が打ち切られたことを話した。 「そうか・・もうそんな時期か。そうか」 彼はうん、うん、と傾き、私の話に聞き入っているが・・気のせいかあきらめの感情を感じる。 「そうか・・それで、かがみちゃんはどうするの?この捜査の為に警察に入ったんだろ?もういる意味はないよね」 「おじさん、事件はまだ終わっていません。ホシはまだ捕まっていませんから。それに時効だってまだまだ有効ですけど」 「かがみちゃん・・物事にはね、潮時というものがあるんだ。こなたが殺されたことは、オレだって悔しく思う。いや、オレが一番悔しい。でもね、それは過ぎてしまったことで、君にもオレにもまだ先があるんだ。過去のことに捕らわれて今を粗末にしちゃあいけない」 「なん・・ですって」 信じられない。彼は・・こなたに一番近しい者で、それで、こなたの死に一番悲しんでいたはずだ。 「おじさ・・・いえ、そうじろうさん。それは違います。亡くなった者の無念は晴らすべきです」 「違わない。オレはね、君が警察に入ろうと努力していたのを止めるべきだったんだ。君が青春を犠牲にして娘の魂を救おうとするのを止めるべきだった。結果、君は全てを犠牲にして、何も得られずにいる」 「それは・・」 ―――無駄な努力が好きな馬鹿女。 昨日こなたにそっくりな子に言われたばかりだ。・・もしかするとこなたが幽霊となって、私に警告をしてくれたのでは・・・。 いや、いや、思いたくない、思いたくない。私の今までが全部無駄だったなんて・・。 おじさんの目を逸らすべく、顔を横に向けると、妙な物が目に入った。 「――あっ」 こなたの写真・・だが、これは・・そう。それは昨日、私に辛辣な言葉を浴びせてきた、こなたそっくりな少女の写真だった。 「あの、おじさん、この写真の人は・・」 「うん?ああ、この人はオレの奥さんのかなただ。こなたに似ているだろ?」 おかしい、何かおかしいぞ。 「おじさん、この人は‘亡くなっている’んですよね?」 「・・え?うん。こなたに聞いてなかった?こなたがまだ小さかった時に亡くなっているよ。なんで?」 「え、いえ・・昨日、この人にそっくりな子を見かけまして。あまりに似ているんでびっくりしちゃいまして」 いや、似ているなんてもんじゃない。これは・・そのものだ。亡くなっていないのなら、確実に本人と断定していただろう。 「・・ふーん。でも人違いだよ。だってもういないからね。いたら幽霊か何かとしか思えないよ」 「そう、ですね。いえ、その通りです。失礼しました」 その後、何の変哲もない世間話をし、私は泉家を後にした。 ・・・しかし、あれはまずった。人の傷跡にむやみに触るのはよくない。私自身、それを熟知していたはずだったが・・。 「―――かなた」 泉家を出た時、辺りはもう暗くなっていた。 おじさんは「送ろうか」と気を使ってくれたが、私はこれでも警部だ。やんわりと断り、帰路についた。 しかし・・今夜はどこか空気が生暖かい。夏だから・・を理由にしようと思ったが、どうもこの妖しい気配だけは説明のしようがない。 じんわりと汗が垂れてくる。嫌な汗だ。 空気が重い。肺が苦しい。 ハァ ハァ ハァ ハァ 今夜は・・何か・・嫌なことが・・ 「キャァアァァア!!!」 悲鳴!その絶叫は心の曇りを吹き飛ばし、私を全力疾走させていた。 「きゃっ、キャァ!」 近い・・急いで走れば十分間に合う。全力で走る!走る!走る! 声との距離が徐々に縮まり、ついには視認するまで至った。だが・・・声が途切れているぞ!? 「え、何、コレ・・」 まず目に入ったのが巨大な柱・・いや、人、なのか・・。それが・・悲鳴をあげていた女性を腰まで飲み込んでいた。そして―― モ、モ、ボリッ!ボリボリボリ、ゴチャ!ゴグッゴグッ! ソレは人を咀嚼していた。垂れる腸、こぼれる血飛沫、そしてボタリと落ちてくる下半身。 「ひぅっ・・!!」 恐怖だ。警部になってからまるで感じることがなかった恐怖が体を痺れさせた。 「ン~、不味イネェ~~。苦イシ臭イシ・・・ダメダメッ!!」 ヤツはそう言うと、咀嚼していた人を一飲みで食った。 ・・・記憶が甦る。ゆたかが行方不明者防止の為、パトロールしていなかったか。もしや、犯人はコイツ・・・。そもそもコイツ人間なのか? どうしよう・・私は・・・ ―――相手にすらならない。 そう判断した私はUターンし、一目散に逃げた。 「ハッ、ハッ、ハッ、ひぐっ・・!」 ・・無様だ。私は何のために今まで鍛えてきたのか。どんな相手にも立ち向かう為ではなかったか。 だが・・怖い!まるで勝てない。私がアイツの目の前に立ったとしても、さっきの女性のように一飲みにされるのがオチだろう。 背後の迫ってくる幻と戦いながら、私は神社の境内まで逃げてきた。 「ハッ・・・ハァッ!ハッ・・フゥッ」 体がガクガクに震えている。疲れて体が動かない。だが逃げ切れたのだ。そこにだけは素直に感謝しなければならない。 だが―― ・・・ズゥゥーン! 「ブィ~~~ン!オレ、参上!!」 「ひ、ひィッッ!!」 追っていた・・ヤツは私を追ってきていたのだ・・・!! 「クンクン、クンクン、ゥン~~美味ソウナ匂イダナァ、美味ソウナ匂イダヨネェ?」 死んだ・・・。私は死んだ。 今、私はヤツに殺されるだろう。 「食ベテイイヨネ?食ベテイイトモ!」 まるでカバのような・・というかカバそのものの口で、私の頭にかぶりついてきた。 パンッ、パンッ、パンッ 「ひ、柊先輩を離せ、化け物!!」 ゆたか・・・!ゆたかが私を助けに来てくれた。だが・・・。 体に確実に着弾しているはずなのに、ヤツは微動だにせず、ゆっくり、ゆたかに向けて歩を進めていく。 「く、来るなッ!」 パンッ、パンッ、パンッ・・・カチッ、カチッ、カチッ ゆ、ゆたかが危ない。化け物に銃は効かないのだ。何とか・・何とかしないと・・。だが、体の力が入らない・・・! 「ブアアァァアア!!」 化け物は豪腕な腕でゆたかをなぎ払った・・・!ゆたかは・・気絶したのか動かない。 「クンクンッ!フ~ム、コッチモ美味ソウダネェ~~。美味ソウダトモッ!」 や、やられる・・・! 「――待ちなさい、そこまでよ」 その声のお陰で・・・化け物は止まった。 誰が喋っているんだ・・・影になって見えない。 「フフ・・・まだ私はあなたを死なせないわ。まだまだ生きて貰わないとね」 あなた・・・あなたとは私か。しかし、誰だこの影は・・。 影がニヤリ、と笑った気がした。 「だけど・・・その子はいいわ。興味ないし。食べちゃっていいわよ」 「や、やめてェェ!」 化け物がゆたかを腰まで飲み込んだ。そして・・まずい!ゆたかが死ぬ! 一瞬のひらめきだった。狙いは・・化け物ではなく、私を救ってくれた、影! 私は隠し持っていた銃を影に向かって撃った。 バンッバンッバンッバンッ 「ギャァア、痛い!痛い!痛いィィィ!!」 全発命中!手応えでわかる。 しかし、銃で撃たれる・・しかも大口径を4発も喰らって、痛いで済むであろうか?――だがそんなことよりもゆたかは・・。 ゆたかを飲み込んでいた化け物は、まるで置物のように倒れ、ピクリとも動かない・・。その巨大な口からゆたかを引き抜く・・。 ゆたかは・・無事だ。唾液にまみれてはいたが、傷などない。先程殴られた箇所も大丈夫そうであった。 奴らは・・いない。先程の傷のせいで引き揚げていったのだろう。 「た、助かった・・」 もう限界だった。少しでも気を抜くと気絶しそうだった。 「・・・あれ、柊警部?小早川さん?お~~い」 タッタッタッ 「すみません、道に迷っちゃってて・・・」 「あ、赤坂ァァ~~!!!」 「オラオラオラオラオラァ!!」 「ぼぶげぇ!?」 私の怒りのラッシュに赤坂警部は吹っ飛んだ! 「あ・・しまった、やっちゃった」 つい感情に任せてやってしまった。まぁ・・私の家で介抱するってことでさ・・こらえてください。 あ~重い。ゆたかと赤坂警部。くそ、疲れてるのに・・。やっぱり殴るんじゃなかった。 私はひいひい言いながら、二人を抱えて、自宅に戻った。 ―――私、高良みゆきは教師をしています。研修を経て、なんと我が母校、陵桜学園高等部の教職に就くことができました。でも・・本音を言うと、ここに来たくはなかったのです。7年前の・・あの事件がまだ根強く私の心に残っているから・・・。 「先生!さようなら~」 元気の良い挨拶。にこりと微笑みながら挨拶を返す。やっぱりコミュニケーションは挨拶から。 さて、皆も帰ったことだし、仕事に戻ろう。今月は期末テストがある。私達、教師もボヤボヤしてられない。 「よっ、高良」 黒井先生・・。黒井ななこ先生。かつて私の恩師だった人だ。今は同僚という関係ですが。 「こんにちは、黒井先生。どうされました?ここまで来られなくても、呼び出してくださればこちらから向かいましたのに」 「相変わらず固いなァ。ええて。そんなに気つこわなんでも構へんよ。今は志を共にする同僚なんやしさ」 彼女の特徴である、八重歯がキラリと光る。 「で、な。高良に耳に入れて欲しいもんがあるんやけど・・知っとるかな?柊のことなんやが」 「え・・かがみさんがどうかされたんですか?」 柊・・・恐らく柊かがみの方だ・・。彼女は学校を卒業してすぐ、警察となり、異例のスピードで昇進したとか・・。でも彼女の目的は別にある。それを果たすまで、彼女は永遠に満たされることはない・・。 「いや、な。なんでも成美の話では、柊、署内で相当煙がられておるらしくてな・・・。柊もこれ、と決めたら脇目を振らない性格やから・・ウチも心配でな。で、担当していた事件も打ち切りになり、相当荒れとるらしいわ」 「そう、ですか・・」 心が痛む。彼女は過去に捕らわれている。あの7年前の日から一歩も踏み出せずにいる。開放されるべきだ、と思うこともあったが、これは彼女の戦いだ。彼女が始めた戦いは彼女にしか終わらせられない・・・。しかし―― 「柊さん、これからどうするんでしょう・・」 「そやな・・できることなら助けてあげたいんやけど・・ウチらには何もできんわ」 「じゃ、黒井先生。そろそろ私は作業にもどりますね」 「ん、ほか。ほんならウチも戻るかな」 ・・・ついに事件もお倉入り、か。彼女の・・これまでの努力はなんだったんだろう・・。だが、今私に出来ることは、出来る範囲内のことをやるだけなんだ。 机に向かい、カリカリと作業をこなす。試験は平等に、かつ、勉強した者が報われる内容にしないと。 「そういや、明日は日曜かぁ。予定、ないなぁ」 今まで、仕事が忙しかったこともあったが、あえて彼氏を作ろうとは思えなかった。・・・かがみさんの頑張りを、尻目には出来なかったからかもしれない。 ――よし、今日の作業はここまで!もう暗いし、家に帰って寝よう。 席を立った瞬間、私以外の、誰かがいる気配がした。 「・・え」 辺りを見回す。・・誰もいない。 気のせいだったようだ。どうも最近、仕事に精を出し過ぎてるのかもしれない。 帰ろう・・。そう思って、カバンを手にした時――― 「わっ」 「きゃあっ!」 ――誰かに声を掛けられた。 「え、誰・・」 この時間、生徒は全員、帰宅しているし、今残っているのは、少数の教師だけのはず・・。 「やっほー、みゆきさん。お久しぶり」 「え・・嘘!?泉、さん・・・」 彼女は・・すでに死んでいる。いないのだ、この世には。だとすると目の前にいる彼女は一体・・。 「ふふ、驚くのも無理ないよね。幽霊だよ。ゆーれー。私幽霊になって帰って来ちゃった」 「幽霊って、泉さん・・」 「あ~、いきなりには信じないか~。でも、さ。こうして、いる訳だし、信じてよ。フフ・・・みゆきさんがお供えしてくれた、チョココロネ、美味しかったよ」 泉さん・・。よく考えて見れば、ここは学校、彼女の母校だ。彼女が来たとして、何の不思議もないはずだ・・・。彼女は、本物、かも。 「・・この時間の夜にはいつもいるからさ。信じたければ、また会おうよ。話していけば、いずれ信じられるよ、多分」 そう言うと泉さんはすうっ、と消えた。 「泉さん・・」 私は・・どうするべきか・・。 ―――カランカラン 「久しぶりね、みゆき。・・待ったわよ」 「・・・という訳で、昨晩、泉さんが私に会いに来てくれたんです」 「・・・・」 結局私は、泉さんを信じきれず、かがみさんに相談した。だが・・私が予想した反応と違い、彼女は全く驚く素振りを見せず、逆に私が面食らった。 「・・みゆき。事情はあらかた分かったわ。でも・・私なら会わない」 「・・・え?何でですか?泉さんですよ?私達の泉さんが会いにきてくれたんですよ?」 「みゆき。あなたは頭が良いけど、どこか抜けている。その判断は甘すぎるわ。それに・・数日前、私とゆたかはある出来事に出くわしたの。とても・・恐ろしい目にね」 ・・何だろう。沈黙で先を促すが、彼女は答えない。守秘義務、だろうか。 「・・そう。そうですか。わかりました。泉さんには会いません。昨晩は・・私の幻か何かだったのでしょう」 席を立とうとすると、かがみさんが急いで引き止めた。 「ちょっと待って!・・どうしても、会いたい?こなたに・・会いたい?」 先程とは変わって、急に弱気になる彼女。 「・・会いたいに決まってるじゃないですか。かがみさんも同じだと思っていたのに・・」 「・・・私だって会いたいわよ。」 何か・・迷いの気を感じる。彼女は何かを話そうとしている。 沈黙を守り、根気良く、待つ。 「・・・みゆき、このことは絶対に口外無用よ。約束して」 きた。危険の香りがしたが、私だってじっとしてられない。泉さんは私を訪ねてきたのだ。 「実は、ね。あなたが言ってるこなた、私も多分会ってるのよ」 「え、そうなんですか・・?」 「でね・・その子はこなたじゃないって言ってて・・確かにこなたじゃないのよ。泣きほくろがないし。目もなんか感じが違うし・・それでもそっくりだったんだけど・・。あなたが会ったって言ってるのはこの子じゃないの?」 「でも・・昨晩の泉さんは、私と話した後、ふっ、と消えてしまいましたよ?これは・・どうやって説明をつけるんです?」 「ん~~、実はね。その子の写真、見たことあるんだ。その写真・・なんとこなたのおじさんの奥さん、つまりこなたのお母さんだったの。世の中には瓜二つの人間が二人いるって話聞いたことあるわよね?でも三人はいない・・。 後でおじさんに改めて確認させてもらったけど、やっぱり間違いなかった。こなたと似ているけど、こなたじゃない。あの子はこなたのお母さんの、泉かなたさんだったんだ」 「泉さんのお母さんは既に亡くなっている・・じゃあ彼女は、おばさまの幽霊?」 「みゆき、泣きほくろの有無、確認した?」 わからない・・あの時はいきなりのこともあって、そんな冷静さなどなかった。ほくろ・・あっただろうか? 「それとね、さっき言った、ある出来事だけど・・信じてね。私が夜、帰路についてると、化け物が人を食べてる現場に出くわしたの」 ・・・いきなり話が脱線した気がした。幽霊、なら私は信じてる。先程会ったばかりだ。だが、化け物・・?唐突すぎるような・・。 「それでね、私は一目散に逃げたの。でも追いつかれて襲われてる所をゆたかに助けてもらって・・でね、今生きてる」 「はあ、そう、ですか」 「信じて。でないと私は協力してあげれない。・・で、その化け物だけど、ソイツに指示を送ってる声があったのね。少女の声だったわ」 「かがみさん、もしかして・・」 「ええ。私はね、その少女が、あなたの見た幽霊、かなたさんじゃないかって思ってるの」 彼女の話はあまりに荒唐無稽すぎた。しかし信じたい。長年付き合ってきた親友を信じたい。 「なるほど。だからあなたは私に危険だと言ってくれるんですね・・」 「そうよ。それで、みゆき。これでも会いたいって言うのよね?」 ・・・なかなか意地悪な質問だと思った。 「会いたいです。私だって・・泉さんのことはずっと気になっていた。決着は、付けたいと思ってます」 「分かったわ。会いましょう。ただし・・私も行くわ」 「え、かがみさんも?でも・・」 「大丈夫よ。二度も負けない。絶対に勝つから」 彼女の意気込みにいささか不安を覚える。私達は何か重要なことを忘れてやしないか。 ――そして、私達は校舎で泉さんを待った。 当然、かがみさんは隠れて待っている。私に何かあった時は出てきて助けてくれるはずだ。 そして―――時間がきた。 「・・や、みゆきさん、待っててくれたんだ。嬉しいよ」 焦らずに・・ほくろだ。ほくろの確認をしないと・・。 ほくろは・・・・あった!ほくろが、ある!本物の、泉さん・・。 かがみさんの心配は杞憂だったんだ。 「フフ、今日こそ信じてもらえたかな?みゆきさん。私ずっと待ってたんだよ。みゆきさんにおかえりって言ってもらえることをね」 「い、泉さん。泉さん・・お、おかえ――」 「危ない、みゆきッ!!」 ダンッ! ・・轟音が、泉さんの頭部を削った。 バタリ、と泉さんが倒れ、脳漿が四散した。 「ひ、ひぃ、ひぃぃっ」 な、何てことを・・。かがみさんが、泉さんを殺した。・・殺した!! 「・・みゆき、あなた危なかったわよ。私が撃たなければ、あなたどうなっていたか」 泉さんの遺体の右手を見る。スタンガン・・彼女の手にはスタンガンが握られていた。 そして・・・・死んでるはずの彼女が、むくりと起き上がってきた。 「あーー・・いたーー・・・。でも、うーーん、頭がフワフワして気持ちいいかも・・・・」 頭が削られた彼女は、体をぷらぷら揺らしながら、喋る。・・頭が削れてる、のに・・。 「またお前かぁーー・・。もういいよ・・死んじゃって・・」 「バアァァアァッ!!」 言うや否や、彼女の影から怪物が飛び出してきた。あまりに突然のことに不意をつかれたのか、かがみさんの反応が、間に合わなかった。 「――うぁっ、グ、ギャッ!」 怪物のカバのような口が、かがみさんの左腕に食いついた。その食い込みは深く、メリメリという音が聞こえてくるようだ。 「ガジガジガジガジガジガジ」 かがみさんが絶叫をあげる。・・無理もない。腕に通う痛覚神経を無理矢理噛み千切っているのだ。その痛みは・・想像を絶する。 「く、この、喰らえッ!!」 かがみさんが2発、3発と怪物の口中へ銃を放つが、まるで効いていないようだ。 メキメキ・・ 「う、うあ・・」 ピキピキ・・ 「うああ・・」 ブヂッ 「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」 かがみさんの腕が、千切れた。 「うう・・」 目を覚ます。どうやら私は気絶していたようだ。 辺りを見回すと・・一面、真紅色。場所は・・教室だ。 そうだ、かがみさんは・・かがみさんはどこへいったんだろう。確か・・彼女は危ない目にあっていたはず・・。 「み、みゆき・・ここよ・・」 「え・・きゃあっ!」 かがみさんは、いた。だが・・その股間に生えてるものは、一体・・。 「はぁ、はぁ、はぁ、み、みゆきぃ・・」 彼女の股間からは、巨大な・・緑色の・・男性器?が生えていた。それを彼女は懸命に、さもしく手でこすっている。 そして・・左手は・・・・ない。あの現実に間違いはないんだ・・。 「み、みゆき・・もう耐えられない・・。お、お願い・・入れさせて・・。入れさせて!お願い!」 「か、かがみさん・・」 相当つらいらしく、男性器をこする右手は止まらない。それどころかさらに加速させつつあった。 ・・・親友が苦しんでいる。私は・・経験なんてないけど・・でもかがみさんなら・・。 「は、はい・・。いいですよ。でも・・あまり激しくはしないでください・・」 「ああっ・・うあああっ!」 まるで獣のようにかがみさんは私に飛び掛り、いきり立つ男性器を私の中に入れた。 「あっ・・激しく・・しないでって、言ったのに・・!!」 「あっ、ああっ、ああああっ!!」 カクカクカクカクと腰を振るかがみさん。・・それはまるで獣との性交を連想させた。 「あっ・・ぐあぁっ!!」 予告なしの発射。私の中に、常識では考えられないほどの量が放たれた。 「う、うう・・苦しい・・」 「あ、ああっ・・はぁっ・・」 出したことにより静まったのか、かがみさんは、胸を上下させるだけで、私に襲い掛かろうとはしなかった。 「か、かがみさん、大丈夫、ですか?」 肩を震わすだけで、彼女からの返事はない。男性器は・・よかった。彼女から取れ、ポトリと落ちていた。 「プッ、ククク、アハハハ」 どこかから、笑い声が・・。 「アッハハハ!おもしろ~い!最高!最高よ、あなた達!」 あれは・・おばさま・・。怪物の肩の上に、乗っているようだ・・。削られた頭は・・再生している。 「ハハハ・・アレつけたらどんな反応するかなって期待してたけど・・。フフ、傑作だったわ、あなた達。私の想像の上をいったわ」 何が・・おもしろいのか、彼女は笑いを含みながら、私達に語りかける。かがみさんは・・動かない。何か・・怒りが私の中を駆け巡っていく。 「何が・・おかしいんですか?」 「ハハ・・・え?」 「私達を・・こんな目にあわせて・・泉さんを騙って・・・あなたに笑われる筋合いなんてないッ!」 「ハハ・・言うじゃない。ならアナタは私に何をしてくれるのかしら?」 「・・何もしません。私達をここから出しなさい。それで・・許してあげます」 「フ・・・じゃ、当初の予定通り、あなたからやらせていただきますか。・・やっちゃって」 彼女が言った直後、怪物の足元から無数の触手が、私めがけて飛んできた。 「む、むぐぅ!?」 あっという間に私は縛り上げられ、身動きすらとれない。 「ぷはっ、何を・・何をする気なんですか!?」 「フフ・・ちょっと、そこのあなた。いつまで寝てる気なのかしら?」 わざわざ怪物から下り、かがみさんの頭を踏みつける。 「う、うう・・」 「今からあなたにおもしろいものを見せてあげるわ。よく見ておきなさい」 そう言うと、触手は私の服を破り、体を愛撫してきた。 「ああ・・やめて・・」 そして・・私のあらゆる穴に突っ込んだ。 「ムグーーッ!?」 グッチャグッチャ 「クク・・よく見ておくのよ。絶対に目を離さないでね」 「ああ・・やめて・・お願い、もうやめて・・」 触手は私の体を這い、丁寧に、執拗に愛撫する・・。そして・・おぞましいが・・・気持ちいい・・。 「今・・今分かったわ・・。こなたを・・こなたを殺したのはあなたね?あなた達が・・殺したんでしょッ!?」 「・・そうよ。分かるまで何年掛かってんのよ、馬鹿女」 「あなたが・・うう、あなたが殺した・・。ううっ!!あなたが・・!!」 「分かりやすいように説明してあげるわ。・・やって」 「オ!?人形劇・・見タイノ?ボクノ・・人形劇見タイノ!?・・イイヨ、イイトモ!見セヨウジャナイカ!」 かがみさん・・。怪物はそう言うと空いている手で二つの人形を持った。・・これは・・泉さん・・と、つかささん・・? 「『イヤァ~ン、ツカサン、逃ゲテェ~ン』『アン、コナチャア~ン、ドウシタノ??』『今、オカアサンニシカラレテルノ~ン。ヘナップ!アン、オカアサンノ叱咤ガワタシニ!』 『オ姉チャァ~ンオ姉チャァ~ン』『ヘナップ!ヘナップ!ア、オカアサン、ヤメテ!ア、ア、イッチャウ~~!!』『オ姉チャァ~ンオ姉チャァ~ン』」 「き、貴様らあ~~~~ッッ!!!!」 涙・・。かがみさんが・・くやしくて・・泣いている。私も・・涙が止まらない。どんなに悔しがろうと、私達が天罰を下すことはない。私達は・・普通の人間だもの・・・。私達が・・この怪物達に立ち向かうなんてことが・・そもそもの間違いだったんだ・・。 「アハハ・・。さて、もう満足したし、殺っちゃって」 「ぐぇぇぇッッ!?」 触手達の動きが、上がり、私の中をぐちゃぐちゃにかき回してくる・・。 「あ、ぐ……いぉあっ! かはぁっ、あ、ぎぃっ!」 まるでピストンのように、無遠慮にかき回す。 それは腸に至り、喉に至り、胃に至り、肺に至った。 「いがっ、あ、がぃっ! ぐ、うぉっ!! がっ!!  は、ぎぃっ、い、ぐぉううぅっ、ああぁぁっ!!」 「や、やめろぉぉっ!やめないと・・貴様ら全員、殺すぞぉぉっっ!!」 かがみさん・・けど・・私は、もう・・。 だが、次の瞬間――永遠に続くと思われた、真紅色の空間が、はじけた。 「――えっ!?そんな・・!?」 中から出てきたのは・・ 「そう、君・・」 ――凍りつく場の空気。 泉さんのお父さん、泉そうじろうさんだった・・。 「・・もうやめるんだ、かなた」 「嘘・・そう君・・。でも、あなたは、私を・・」 「オレは・・信じたかった。お前をね。こなたを殺したのはお前じゃないって。信じたかった。そして・・かがみちゃんの無念も晴らしてあげたかった。でも・・その甘さがこのような事態を招いてしまったんだ・・」 「・・そう君」 「柊先輩!!」 あれは・・小早川さん・・。 「柊先輩・・高良先輩・・くっ・・こんな・・」 「ゆーちゃん、今は引き揚げよう。二人の手当てが先決だ」 「そ、そう君、聞いて・・」 「よし、そっと、そーっと、運ぼう。まだ・・間に合うかもしれない・・」 「そう君・・・聞いてよ・・」 「みゆきちゃん・・酷いな。もしかすると、手遅れになるかも・・」 「無視しないでっ!!そう君ッ!!」 「・・よし。じゃ、かがみちゃんはゆーちゃんがおぶってくれ。急いでオレの家まで行こう」 「・・・・・・」 意識が薄れていく・・。もう、私は・・長くないだろう・・。だが、みんなの顔を、せめて、もう一度・・・。 ―――初めに見たものは天井。 次に点滴。布団。包帯。 そして・・激痛。 左腕だ。左腕が痛い。まるで・・繊維にまで分解し、そしてぎゅっ、収束してるような激痛と不安! 「ううっ!!」 痛い・・左腕が・・痛い・・。指先から、肘、肩までが痛い。 「しばらくは痛むでしょうけど、死ぬよりかはマシですよ。応急処置を施さなければ、柊先輩、死んでましたよ」 「う、うう・・。ゆたか・・?」 「その左腕・・感触はどうですか?」 痛い。痛いの一言だ。私は右腕で、『左腕』を思い切り掴んだ。 「い、痛い・・痛い、って、あれ・・?」 「それ・・あるでしょ?『左腕』」 「ひ・・嘘・・嘘よ・・」 耐え難かったはずの激痛が、次第に恐怖に上塗りされていく。 私の左腕は・・確か、食われて『ない』はずだ。なのに・・。 「左手が・・ある・・!」 すると腕が存在を主張するように、繊維・・血管と筋肉の糸に分解し、広がった。 「ひ・・・・・・・・・ッ!」 そうしてまた収束し、元通りの『腕』となった。 「ひ・・・ゆたか、これ、これは一体何なの・・?」 「『蟲』ですよ。先輩のなくなった腕の代わりに、『蟲』を埋め込みました」 「虫って・・ゆたか!」 「安心してください。毒なんて持っちゃいませんから。試しに動かしてみてください。先輩の意のままに動くはずですよ」 確かに・・動く。私の・・腕は、千切られる前に戻ったということか。しかし・・。 「・・・一応お礼を言っておくわ、ゆたか。でも・・後で説明はちゃんとしてよね・・」 「ええ。そのために私はここにいますから」 ・・そうだ。みゆきは・・。みゆきはどうなったんだ・・。 「ね、ねぇ、みゆきはどこ?私と一緒に助けてくれたんでしょ?みゆきに会わせてくれないかな・・?」 すると・・・ゆたかの剣呑な目が私を貫いた。 「・・高良先輩は・・死にましたよ」 「・・え」 「柊先輩を助けて、ここに運んできた頃に、死にました。蘇生を試みましたが、もう手遅れでしたよ」 淡々とした口調。 そんな・・みゆきが、死んだ。あの、みゆきが・・・。 ゆたかが肩を震わせながら語り続ける。 「解剖したら・・・・内臓は肉のミンチになっていたとか。あくまで噂ですけど・・」 頭が真っ白になる。こなたは死亡。みゆきは死亡。つかさは精神を病み、入院している。・・もう、私達が肩を並べて揃うことは、なくなったのだ・・・。 「先輩・・私はね、あの時の体験を元に、奴らに対抗する手段を得たんです。それが・・この蟲。力を蓄えて、確実に勝てるように、自分を鍛えました。 ・・叔父さんに聞いたんですけど、あの人たち、こなたお姉ちゃんの仇だっていうじゃないですか。なんで・・自分一人で、無謀に挑んでいったんですか?どうして私を呼ばなかったんです・・」 「ゆ、ゆたか・・」 「あなたが一人で突っ走ったお陰で高良先輩は死にました。・・そこに関してだけは、あなたを心底軽蔑しています」 「・・・・・・」 何も言えない。正論過ぎて、何も言う資格がない。私は・・最低だ。どうしてあの時、みゆきと二人だけで挑んでいったんだろう・・。油断・・いや、私は・・盲目だったんだ・・。何も見ちゃいなかった。 「・・・・・・」 何かを期待する目。ゆたかの先程の剣呑さは、私を試す視線に変わっていた。 「私の・・私の復讐は終わっていないわ。こなたに加えて・・みゆきまで・・。私は・・奴らを許せない。やっと復讐する相手が見つかったんだ・・。私はもう止まれない」 「そうですか・・。では、これからまず、何をするんですか・・?」 「・・・ゆたか。お願い・・一緒に来て」 「・・はい」 まずは・・おじさんに話を聞きたい・・。泉かなたという女について・・。 その前にゆたかに『蟲』について聞かせてもらった。 ゆたかは最初に怪物に襲われた後、自分の無力さを嘆いた。・・ゆたかも私と同じ目的で警察に入ったんだから。 まずゆたかは、奴らに対抗する手段を欲した。武器だ。そして・・ゆたかは警察の情報力を使い、神武製薬会社の西という科学者に会合するに至った。 ・・・ゆたかはこれまで警察の事務で培った情報コネクションがある。蛇の道の深部に潜ることは不可能ではなかった。 ・・西正人。ブラックな位置にふさわしい性格破綻者だったようだが、その頭脳は素晴らしく、性格さえ、何とかなれば、世界を救うことが出来たとか出来なかったとか。 彼を通じて、データ収集を交換条件に、『蟲』という武器を手に入れることが出来たらしい。 その『蟲』だが・・用途は様々だ。私にやったように、人の傷と一体化して治したり、また、弾丸のように飛行し、相手に体当たりできたり・・・。 ・・このゆたかは、どうやら私が知ってるゆたかとは全く別人のようだ。 正直頼もしい・・・が、少し恐ろしくもあった。 「おじさん・・。おじさんがあの女について知ってることを全部話してください」 「うん・・そうだな・・今回のことはオレの責任ってのもある。話すよ。全部」 泉かなた・・。泉そうじろうさんの奥さん。そして泉こなたの母親・・。でも・・私が会った泉かなたは、邪悪の化身だった。この世の悪を、あの小さな体に精一杯詰め込んだのが、あの女だ・・。 「どこから話すかな・・うーん・・。よし、オレとかなたの出会いから話そうか」 ・・おじさんの話が、始まる・・。 「かなたは・・いつも一人ぼっちだった。公園でね、いつも一人、ブランコに座ってたんだ・・。それを何とかしてあげたくてさ・・オレの方からしつこく話しかけてね。かなたも、最初は戸惑っていたみたいだけど、次第にオレに心を開いてくれた。 そして、オレ達は何年も一緒だった。だけど・・でも、あいつ、あの時から、全然体格変わらなかったんだよね。さすがにオレも気になっちゃって。幾度か聞いてみたけど、まともに答えてなんかくれなかった。 ・・・そうしてオレ達は・・オレは大人になり、かなたに正式にプロポーズした。あいつ・・ちょっと困った顔してたけど、喜んで受けてくれたよ。・・その頃でも・・あいつの体格は変わらなかったんだけど・・。 さすがにあれ、って思ってね。ちょっとしつこく聞いてみたんだ。すると・・あいつから、絶対誰にもいわないで、って約束で、とんでもないことを聞かされたんだ・・」 ゴクリ・・・。 私は固唾を飲んで、おじさんの話に聞き入った。 「かなたが言ったのは、現実的じゃない、呪い、という話だった・・。あいつは呪いを掛けられてるから、成長できないんだって、言ってた。オレはまたはぐらかすんだなって、ちょっと失望したけど、あいつは真剣だったから・・聞き入ってたんだ。 あいつ・・小さな頃に井戸に落ちちゃって、で、半日後、大人達に引き揚げられた頃には、もう、呪いがかかっていたんだって」 いきなり・・荒唐無稽な話になった。だが・・ここにきて出鱈目は絶対にあり得ない。聞き逃さないように、ちゃんと聞かないと・・。 「でね、その時に、友達ができたんだって。巨大な、ちょっと変わったお友達って言ってたけど・・。オレは会ったことないが・・でも、さっき、かなたと一緒にいた、怪物が、そうなんだね?」 私は話しの腰を折らないよう、慎重に傾いた。 「そうか・・あれがね。・・でね、話に戻るけど、かなたは孤児だった。両親はいなかったって。でも・・今になって思えば、あの怪物がかなたの両親を殺しちゃったんだろうね・・・。 それでね、その後、オレ達は結婚して、こなたが生まれた。・・でも、その直後にかなたが死んじゃってね・・。悲しかった。ちゃんと今まで供養してきたつもりだったが・・」 おじさんはふと、遠い目になる。昔を・・こなたを一人で育てた、思い出を追憶しているのだろう。 「そして・・こなたもある一定の時期になると、育たなくなった。オレは信じてなかったけど、かなたの言っていた呪いが、こなたにも受け継がれたんじゃないかって思った。 でも・・こなたは呪いなんて口にせず、日々を楽しんで育ってくれた。オレも呪いなんて気にせず、このままの日々が過ごせばいいと思った。でも・・」 ――こなたの死・・。それが彼に与えた衝撃は大きかったに違いない。そして、私達も・・。 「あの、それで呪いって、結局何だったんですか?」 「いや・・分からない。オレがかなたについて知ってるのは以上だよ。・・すまない。夫婦なのに、彼女について、あまり知らないんだ・・。でも・・かなたは決して邪悪な人間じゃない。オレが見初めた人間だ。何か・・何かあるはずなんだよ・・」 「おじさん・・」 おじさんには悪いが、私はあの人間を邪悪以外に見ることはできない。あれは・・悪魔だ。 「かがみちゃん・・かなたをどうするかは君に任せる。君が一番、何かを捨ててきたんだからね・・。決断を下すのはオレじゃない・・・君だ」 私・・決断を下すのは私・・。 「わ、私には・・できない・・」 「・・・・は。はァ!?いきなり何を言ってんですか!柊先輩!!」 「ゆたか・・良く考えて・・。このかなたさんは・・恐らくずっと一人ぼっちだった・・。おじさんに出会った後も、死んじゃって・・その後、蘇生するも、会えなくて・・。そんな孤独な人を谷底に突き落とす真似、私にはできないわ・・」 「柊先輩・・それは先輩の独り善がりな考えじゃないんですか?あなたは・・何の為に今まで生きてきたんですか!?・・こなたお姉ちゃんの仇取る為じゃなかったんですか!?高良先輩だって・・」 まくしたてるゆたかを、おじさんが手で制する。 「かがみちゃん・・ほんとに・・・ほんとにそれで構わないんだね?」 「ええ・・・構いません」 「そんな・・」 ゆたかが肩を落とした後、すっ、と立ち上がった。 「先輩が・・そんな日和った考えの持ち主だとは思いませんでした。・・私一人で仇を討ちますんで。先輩はそこで縮こまっていてください」 スタスタとゆたかが出て行く・・。声を掛けようとも、その背中には、拒絶の意思が立ち込めていた。 「先輩・・もし、かなたさんが現れるなら、みゆきさんを襲った、学校でしょう。私は今からそこに一人で向かいます」 ゆたかはそう言い残し、去っていった。 ――ゆたかが本気で怒ったの、初めて見たよ・・。 「・・・・かがみちゃん。実を言うとね、オレはホッとしてる。君と妻が争うなんて、私には耐えられない。でもゆーちゃんは・・・今のままじゃやられてしまう。かがみちゃん・・ゆーちゃんを止めてきてくれないか?頼む」 「お、おじさん・・・・おじさんは、遠まわしに私に戦わせようとしてるんでしょう?」 「さぁ・・どうかな。でもこのままじゃゆーちゃんが危険だ。オレはもう、親しい誰かが死ぬのは耐えられない・・・。そしてゆーちゃんを救ってやれるのは、君だけだ」 「・・・・・・・・・」 私は・・かなたさんが本当に可哀想だと思っていたんじゃなく、彼女が怖かっただけだったんだ・・。恐怖を骨の髄まで味わい、一刻も早く、逃げ出したかったんだ・・・。 「わかりました・・ゆたかを戻しに、行って来ます」 敬礼。 この7年に、決着を――。 泉家を出ると、空が一面、真紅色だった。・・みゆきが殺された時と、同じ。 しかも、気のせいか、うっすらと無数の目玉が浮いてるような・・。 でも、この程度、今更驚くに値しない。 「ゆたか・・。もう、始まってるのね。急がないと・・」 だが、まずどうするべきか。 今の私は丸腰同然だし、あの化け物に銃が効かないことは実証済みだ。 まず・・新たな武器を手に入れないと・・。 頭をフル回転させる。武器・・武器・・。しかも時間は全くないぞ。心当たりは・・3つ!! 神社の護神刀だ! これと言って確信はないが、あの化け物には一番有効な武器の気がしてきた。邪道には邪道だ。早速、猛ダッシュで家に帰り、倉に入った。 ・・途中、人とすれ違ったが、まるで心がないように、立ち尽くしてる人ばかりだった。さすがに我が両親も同様な状態だったのには、度肝を抜かれたが、あの化け物を倒しさえすれば、元に戻るはずだ! それに・・神刀を持ち出すのを邪魔されないですむ。 倉の一番奥に・・あった。昔、お父さんが、我が神社の宝だ言っていた刀だ。・・今は神社の退魔の力に期待するしかない。 布袋に包まれたそれを、急いで取って戻る。次は・・学校!! ――着いた・・。 耳を傾けると、かすかに鋭い音が響いてる。 さすがに疲れたが、遅くなればそれだけゆたかが危なくなる・・。まだ・・間に合うはずだ。間に合ってくれ。 場所は・・3年B組! 階段を2段飛ばしで上る。しかし・・なんで3年は4階なんだ!! 3年B組・・着いた。急いで扉を開ける。 「ぅゎ・・」 綺麗に並ばれてるはずの机は、まるで台風が通っていった跡のように、乱れ、壊れている椅子さえあった。 ゆたかは――。 いない・・。 それどころか泉かなた、化け物の姿もいない。 3-Bじゃないのか・・。絶望に身を震わせる。だが、私の耳に、またあの鋭い音が響いた。・・近い。 「屋上・・今度は屋上ね!」 急いで階段を駆け上がる。そして――。屋上への扉を開いた。 「――ゆたか」 勝負は・・既についていた。ゆたかの意識は半分、失いかけ、化け物に首を掴まれていた。 「ふん、来たんだ。もうあなたに興味はないだけど」 よっぽどの激戦だったのか、化け物の鋼鉄の皮膚は、所々剥げ、かなたの体には血がべっとりと付いていた。 「少し下がってなさい。止めをさすから」 化け物が、手に、力を込める・・・。 「う、うおおおおおおお!!!」 布袋を剥ぎ、鞘を捨て、護神刀を抜き放つ。そして、化け物に一太刀浴びせた――!! が、 パキン 「え・・」 護神刀が折れた。・・長年手入れすらされてなかった刀には、錆びがういていたのだ。 そして――。 私はカウンターで化け物の張り手をモロに喰らった。 何メートル飛んだのか・・。 私の体は屋上の扉にぶつかり、鉄製の扉がひしゃげた。 「そ、そんな・・ナ、ナマクラだったの?」 絶望が私の全てを支配し、この最悪な状況を諦観し始める。 「つまらないわ・・あなた。まだこの子の方が楽しめたもの」 その言葉に呼応するように、私の鼻からは鼻血が噴き出し、欠けた歯がボトボト落ちた。 「ここに来たってことは死にたいってことでしょ?いいわ。すぐに殺してあげる。やりなさい」 殺される――!! 「ま、待って!」 「何?命乞い?無駄よ。あなたには散々痛い思いさせられたからね・・。必ず殺すわ」 「違うわ・・。せ、せめて冥土の土産に、何故あなたがこなたを殺したのか、みゆきを殺したのか、お、教えて・・」 「・・ふん。あの子に関しては・・私とそう君の邪魔をしたからよ」 「じゃ、邪魔・・」 「そう、邪魔。私は私とそう君の邪魔するものを許さない。あの子が生まれたお陰で・・私の中に渦巻いていた呪いが崩れ、それまで保っていた体が腐り、死んでしまった・・。なのに・・あの子はそう君の愛を一身に受けて育った・・。許せないでしょう?」 ・・なんということを。 「じゃ、じゃあみゆきは・・」 「ああ、みゆきさんね。彼女は、今まで頑張り続けたあなたへのご褒美よ。このまま頑張り続けたのに、何もなし、ってのも寂しいでしょう?アハハ。まぁ・・あそこであなたが隠れていたのは誤算だったけどね」 みゆきは・・怨恨でなければ誤解ですらない。ただ・・ただ単に、誰でも良かっただけ。調査を続ける私をうざったく思い、懲らしめてやろうと、親しい関係にある誰かを殺して送り付けたかっただけ。 怒りが・・私を体を焼き尽くす。 「う、うお、うおおぉぉぉおぉぉお!!!!」 「ち・・」 化け物の張り手が当たる。2発、3発、4発。 でも・・倒れるか!!こんなもので・・倒れてたまるか!! 「く・・しつこいっ!」 張り手の勢いが増してくる・・。でも・・倒れない!アイツに・・例え勝てなくても、あの女に1発、ぶちこんでやるッ!! 「おおおおぉぉっ、セリャッッ!」 「ギャッ!!」 ゴキッ 今までにない、会心の一発だった・・。首の骨が折れてるだろう。普通の人間なら、これで即死だ。だが・・。 「く・・き、貴様ァァッ!!!」 化け物の口が私の頭を飲み込む・・。 そして・・ ゆっくり・・ 力を・・ こめる。 バキッ ああ、頭蓋が、砕けて―― ボリッボリッ ブチッ 「ひ、柊センパァァーーイッッ!!!」 私、柊かがみは―― ボリッボリッボリッ 「ン~~、ウマイッ!コンナウマイ脳、ナカナカナイヨッ!ナイヨネェ?」 「あ、ああ・・」 柊先輩が、死んだ。怪物に頭を砕かれて、死んだ。 私の蟲では・・頭まで代用させることは不可能だ。彼女は・・正真正銘、死んだ。 「う、うあ・・うああ・・」 「ち・・もうちょっと痛めつけようと思ったけど・・殺しちゃったじゃない・・」 「ひ、うあ・・うああああああああっ!!」 優しかった柊先輩。厳しかった柊先輩。そして・・私の大好きな柊先輩。 分からないことがあったら、親切に指導してくれた柊先輩。あの事件からはずっと、ムスッとしてたけど、本当はいつも優しかった柊先輩。つかささんの面倒を一心にこなしていた、柊先輩・・。 柊先輩。柊先輩。柊先輩。柊先輩。柊先輩。柊先輩。柊先輩。柊先輩。 「ひ、ひいらぎ・・柊先輩・・」 「・・次はあなたの番よ?」 「ひィッ!」 蟲は・・全匹死んでる。私はもう、戦えない・・。 怪物が首なしになった柊先輩を放り投げる。ドシャ、と音を立ててに転がった。 柊先輩は、もう動かない。 「い、いやぁ、イヤァーーッッ!!」 一歩、また一歩、怪物は私に近寄ってくる。私を殺そうと近づいてくる。 ・・・気絶したらどんなに楽だったろう。だが、リアルな死が近づくことにより、肉体は、必死に生ようともがき続ける。だが、この危機が絶対に逃れられないものと自覚しているからこそ、その生きようとする機能が私を痛めつける・・。 ―――ときに、ゆたかに蟲を渡した、西という科学者。彼は正真正銘のマッドだと前に書いた。・・科学とは、本来、人の成長を助ける為のものだ。人を助け、あくまで人の為に存在する。 ・・だが、この西という男、己の研究の為ならば、人など平気で犠牲にする。人など、モルモットの一つとしか捉えていないのだ。だから・・ゆたかに渡した蟲も、あくまでデータ収集の為で、ゆたかの安全性などは想定していなかった。 特に・・かがみの腕となった蟲。これは西の最大の興味の的であり、最大の賭けとも言える、最高傑作であった。これは・・ある村で神として祭られていたものを、西があるつてを辿って入手してきたものであり、西にもそれがどのようなものであるか分かっていない。 そして・・それは今、かがみと一つとなっているのだ・・。これは西にとって、想像だにしない出来事であった―――。 「・・え」 「え、先輩・・?」 「ン?」 ググ・・グググッ・・ 先輩の、首がない、体が、立った。 「ひゃ、先輩・・」 これは・・喜んでいいのだろうか・・。いや、先輩は生きてるのだろうか?これは・・今、一体、何が起こっているのだ・・! ググ・・グググ・・ 見えていないはずなのに、一歩、二歩と先輩は歩く。 「・・・・・・!!」 動けない・・。私も、泉かなたも、怪物も動けない。・・・・呆気に取られて。 あ、転んだ。 目が見えてないからか、先輩は転び、倒れた。顔がなければ・・このままじゃ意味がないではないか。 いや、そもそも・・蟲に死人を生き返らせる能力なんてないはずだ・・・!! しばらく皆で、先輩を観察していると・・先輩の首の辺りが、ピクピクと痙攣し始めた。まさか――。 「せ、先輩ッ!」 グ、グ、ズルゥゥッ!! 「きゃぁっ!?」 頭が、生えてきた・・。先輩の、顔。しかしかつての紫色の髪はなく、代わりに、目が眩むほどの黄金の髪に変わっていた。よく見れば瞳も、金色・・・。 「ひ、柊先輩・・。柊先輩ッ!!」 ニコッと微笑む先輩。先輩が・・生き返った!!! 泉かなたを見る・・。今まで無敵を誇っていたであろう、彼女が、今は怯えている・・・。あまりに想定外のことに震えている・・! 「せ、先輩ッ!やっちゃえ~っ!!」 「ひ・・や、殺りなさいッ!!」 「ブアアァァァッ!!!」 先輩の方へ突っ込んでいく怪物。だが・・未知の相手に、その行動は拙すぎた。 手を前へ突き出す・・。たったそれだけのことで、私達があれだけ苦戦した怪物は、消滅した。 「ひぃっ、ば、化け物ォォォッ!?」 ・・圧倒的だった。次は、あの陰惨な事件の黒幕である、泉かなただけ・・。 「先輩ッ!あと・・あとちょっとで私達の復讐は・・!!」 終わる。あとは・・泉かなたを消すだけで、全てが終わる。 あとは泉かなたに手を向け、消すだけ・・。それだけで私達の苦渋に満ちた7年は終わる・・。 だが・・先輩はそうしなかった。 恐怖に怯える、泉かなたをぎゅっと抱きしめる。 「・・え?」 「(あなたの・・闇に溢れた人生は終わる。あなたは・・今から、普通の人間として生まれ変わるから・・)」 心に直接伝わってくる声・・。神々しい・・・。これが、先輩・・。 「ひ、死ぬのはイヤァ・・」 「(あなたは独りで死なないわ・・。私が・・天国まで連れていくもの・・)」 「・・へ?先輩・・?」 まさか・・まさか、先輩・・? 「(ゆたか・・ごめんね・・)」 やはり・・先輩は・・! 「ま、待って!先輩っ!置いてかないでっ!」 先輩は・・申し訳なさそうに私を見ると、泉かなたと共に、消えていく。 「(にこっ)」 「あ・・おかあ、さん・・」 ―――スウッ そうして。先輩と泉かなたは消えてしまった。 ――同時刻。これまで曖昧だった、柊つかさの髪が黄金色に変わり、そのすぐ後に急逝したという・・・。原因が究明されることはなかった。     ――――数ヵ月後―――― ・・ザザァン・・・ザザーン・・・ 「ねぇ、お姉ちゃん」 「ん?」 「私ね、思ったんだけど・・」 「・・うん」 「私達ね、生かされてるの。今まで亡くなった人たちにね、生かされてるのよ」 「・・うん」 「私・・皆が亡くなって、とても不安に思ったり、どうして置いてかれるんだろうって思ったりしていたけど・・でも、その人達は、私達を見守ってくれてるんだね・・。」 「・・そうだね」 「お姉ちゃん、日も暮れてきたし、そろそろ変えろっか」 「うん」 「今だから言えるけどさ、お姉ちゃんのアイス食べたの私なんだ・・」 「うん・・って、コラ!待ちなさ~い!」 「あっはは!」 ・・ザザァーン・・・ザザァン・・・  ――――終――――

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