ID:2BcYWkhw0氏:こなたの旅(ページ3)

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⑪  次の日のお昼過ぎ……私は神社の前に車を停めた。 神崎さんは夕方って言っていた。随分早く着いてしまった。サービスエリアでもう少し時間を潰してくればよかったかな。 この前の時みたいに待っている必要はない。もうさっさとデータを渡しちゃおう。 このやり場のない気持ちでずっといるのは耐えられない。神崎さんがこれからどんな態度に出るのか……白黒つけてやる。 私は再び車を走らせ神崎宅を目指した。 この前来た時と同じ場所に駐車して車を降りた。そして神崎さんの玄関前に立った。 呼び鈴が押し難い……何故、約束の時間より早いから。データを渡して彼女の態度が豹変するのが恐いから…… やっぱり時間まで待とうかな。いや、もうここまで来て戻るなんて。 「はぁ~」 溜め息が出た。 私の秘密がバレた。神崎さんは私を記事にするのだろうか。いっその事あの時何もしないで帰っちゃえばよかったかな。 いや、神崎さんを助けないであのまま見捨てて私だけ逃げるなんて出来なかった。 記事にするとかしないとかそんな事を考えていなった。そうだよ逆に考えていたら助けられない。つかさがお稲荷さんを助けた時もそんな感じだったのだろうか。 つかさはあれこれ深く考えないからなぁ…… とか言っているけどこの私だって深く考えている訳じゃない。つかさと似たり寄ったりだ。でも、つかさはお稲荷さんと仲良くなったからある意味つかさの方が上かな…… それに引き換え私なんか…… 人差し指が呼び鈴のボタンの前で止まったままだ。かがみに励まされてここまで来たのに…… 「あの、何かご用ですか?」 こなた「ふぇ?」 声のする方を向くと正子さん? 正子「貴女は……確か泉さん?」 こなた「は、はい……この前は失礼しました……」 正子さんか。レジ袋を持っている。買い物の帰りだったみたい。 正子「娘に、あやめに用ですか? さっきまで一緒だったのですが生憎別れてしまいまして……夕方頃までは戻らないと思いますけど」 そう、約束は夕方だった…… こなた「そうですよね、約束もその頃だったもので……ちょっと早過ぎました、出直します……」 車を停めてあった場所に向かおうとした。 正子「折角遠い所から来たのですから時間まで上がって待って下さいな」 私は立ち止まった。 こなた「いや、悪いですよ、お邪魔になるかと……」 正子「まぁ、そう言わずに、どうぞ」 正子さんはドアを開けてにっこり微笑んだ。 こなた「……お邪魔します……」 正子さんの笑顔に吸い込まれるように家に入った。  あの笑顔には逆らえない。つかさやかがみのお母さん、みきさんにしてもそう、みゆきさんのお母さん、ゆかりさんはいつも笑顔だった。 神崎さんのお母さんも同じだった。 ……母……か。 正子「ごめんないね、こんなものしか無くって……」 こなた「お構いなく……」 正子さんはお茶とお茶菓子を私の前に置いた。 正子「丁度一ヶ月くらい前かしら、貴女がここに来たのは」 正子さんは私の目の前に座った。 こなた「そ、そうですね、そのくらいになります」 もう一ヶ月経つのか。潜入取材が終わったからそのくらいの期間は経っている。 正子「あやめもそのくらい仕事で空けていましてね、もしかしてご一緒でしたか?」 こなた「え、ええ、そうですね、半分くらいは一緒でした」 正子「あやめはいろいろなお友達を連れてきますけど、学生時代からの友人の様み見える」 そうか、取材とかでいろいろな人を連れてくるのか。私もその中の一人。 こなた「そうですか、私って童顔だから……身体も小さいし」 正子「ごめんなさい、私はそんな意味で言ったのでは……」 卑屈になったのが悪かった。話が途切れてしまった。初対面の人と話すのは難しいな。正子さんは二回目だけど。同じようなものか。 正子「あやめと今日はお仕事の約束ですか?」 こなた「は、はい……」 正子「そうですか……」 話題を作らないと……そう思えば思うほど何も話題が出てこない。焦るばかりだった。 正子「一昨日、慌てて帰ってくるなり「私宛の郵便はどこ」って問い詰められて、泉さんが出したものではなかったのですか?」 こなた「郵便……いいえ、私は出していません」 正子「良かった、それなら安心」 サイン会の招待状を探しにきたのかな。そうか。神崎さんは私に言われて一度帰ったのか。それでサイン会の招待状を見つけたのか。 こなた「すみません、それで、それより前は帰ってこなかったのですか?」 正子さんは頷いた。 正子「一度も連絡もしないで、酷いでしょ?」 帰っていなかった。まさかとは思ったけど彼女は本当に帰っていなかったのか。一人で貿易会社を調べて居たのだろうか。 お母さんに連絡もしないで一体何を調べていたのか。いや、どんな大事な取材か知らないけどお母さんを放って置いて良いなんてないよ…… こなた「そんなに一人が良いなら引っ越せば良いのに……」 正子「そうね……本当はそれが一番良いのかもしれない、でもあやめは分かれて暮らすなんて一言も言わない、なんだかんだ言ってまだ親離れできていないのかもしれない、    そう言う私も子離れ出来ていないのかも……」 こなた「ははは、実は私もまだお父さんと一緒に暮らしていたりして……」 正子「そうでしたか……こんな可愛い娘さんが居たら手放したくなるのも分かります」 こなた「はは、もう可愛いなんて言われる歳じゃ……それはないと思うけど………」 正子さんは照れている私を見て笑っていた。 こなた「あやめさんって子供の頃はどんな子だったの?」 正子さんは遠い目で私の向こう側を見た。 正子「そうね……学校から帰ってくると直ぐに遊びに出かけて、夕方になるまで帰ってこなかったかった……」 こなた「それって、遊びが仕事になっただだけで今と同じじゃないですか」 正子さんは笑った。 正子「ふふ、そうかもしれない……あの子は昔からそうだった、何にでも興味を持って……それでいて正義感は人一倍だった、    いじめられっ子を庇って男の子と喧嘩もしたくらいだった」 こなた「へぇ…」 正子「それでもやっぱり女の子、半べそで帰ってきた……それでも男の子の方に怪我をさせたみたいで、後で学校に呼び出された……」 こなた「あらら……男勝りだったんだね……」 私はただ正子さんに合わせているだけでいい。それだけで話がどんどん進んでいった。 正子「曲がった事が嫌いだった、それでも女の子らしい所もあってね……あれは小学校に入学する少し前だったかしら……    怪我をした狐を大事そうに抱えてきて、助けたいって……」 狐……怪我をした狐だって……私は身を乗り出した。正子さんは私の反応を見て嬉しかったのだろう、話しを続けた。 正子「野生の動物は無理だよって何度も言い聞かせても聞かなくってね、勝手にしなさいって怒った……だけどあやめは諦めないで看病したみたいね……    一週間くらいでその狐は元気になってあやめのあげた餌なら食べるくらいまで懐いた……真奈美なんて名前をつけたくらいだからあやめもよっぽど気に入ったみただった」 こなた「ま、真奈美!?」 正子「え、ええ、そうですけど、何か?」 こなた「な、何でもありません、それで、その狐はその後どうしたの?」 傷付いた狐……真奈美……そして、神社のすぐ近くの家……これは偶然じゃない。その狐は、真奈美は……つかさを助けたあの真奈美に違いない。 正子「どんなに馴れても野生の動物は飼えない……別れの日が来ました、丁度あやめが小学校に入学する日だったかしら、狐を山に帰す時……あの子の悲しい顔が今でも忘れなれない    まるで親友と別れる様だった……」 親友……彼女は狐の正体を、お稲荷さんの秘密を知っているのか。 神社とこんなに近い家だだから。たとえ別れたとしても再会できる機会は幾らでもあるよね だとしたら…… まさか神崎さんがしようとしている事は。貿易会社に囚われている真奈美を助ける為。これはみゆきさんの推理と一致している…… 真奈美は生きているのか……そういえば神崎さんと私達は少しちぐはぐだった。それは私達と同じように彼女にも秘密があるから。 共通の秘密ならもう隠す必要はない。真奈美を助けるなら皆で協力しないと。私達が今まで彼女に秘密にしていたのも無意味だ。 もしかして今一番必要なのは神崎さんとつかさを逢わす事なのかもしれない…… 正子「どうかしましたか?」 こなた「え、い、いいえ、何でもありません、あやめさんに早く会いたくなりまして……」 正子「私のお話が役にたったのかしら……」 こなた「なりました、すっごく、あやめさんの事が分かりました」 正子「そうですか、泉さんのその、喜ぶ顔が見られてよかった……」 その後は私の話しを正子さんにした。高校時代、大学時代、もちろんつかさやかがみ、かえでさんの話しもした。 でも、お稲荷さんの話しと潜入取材の話しは出来なかった。  夢中で話したせいか時間はあっと言う間に過ぎた。 正子「もうそろそろ帰ってきてもいい頃なのに……なにやっているのか、あの子ったら……」 日は西に傾いてそろそろ夕方だ。だけど彼女は帰ってこない。 正子「しょうがない」 正子さんは立ち上がり携帯電話を手にした。電話をするのか。 こなた「あ、もしかしてあやめさんに連絡を?」 正子さんは頷いた。 こなた「私、そろそろ行かないと、長い間お邪魔しました」 正子「え、で、でも、まだあやめは帰ってきていない、約束は?」 こなた「大丈夫です、彼女に会いに行きますので……当てがあるから連絡しなくてもいいです」 正子「そ、そうですか……」 連絡する必要はない。神崎さんは待っているに違いない。あの場所で……それに確かめたい。もし私の、うんん、みゆきさんの推理が正しければ 彼女はあの場所にいるに違いない。あの神社に…… 私は帰り支度をした。 正子「……娘を……あやめをお願いします……」 こなた「え、それってまるで嫁に出すみたいな言い方ですよね……私、一応女なんですけど……」 正子「あらやだ、私ったら……」 私達は笑った。 正子「ふふ、泉さんはあやめと幼馴染みたいですね、どうかあやめの力になってやって下さい」 こなた「どうかな~ 力になってもらいたいのは私の方かもしれない」 正子さんは笑顔で私を見送ってくれた。  車を走らせて5分も掛からない場所……神社の入り口。 駐車スペースには神崎さんのバイクが停めてあった。間違いない彼女は神社に居る。バイクのすぐ横に車を停めた。 私は入り口に入り階段を登った。  つかさと真奈美の話で私は疑問に思っていた事が一つだけあった。それは誰にも言っていない。私だけの疑問として仕舞っていた。 それは真奈美が何故つかさを殺すのを躊躇ったのか。止めたのか。それがどうしても分からなかった。 真奈美は人間嫌いだった。それがたった一晩宿屋で一緒の部屋で過ごしただけで心変わりが起きるなんて、いくらつかさが誰でも仲良くなれるって言っても時間が短すぎる。 私が捻くれた考えだった。そう思った時もあったし、誰かに話せばそう言われるだけ。だけど心の奥では釈然としなかった。 そして、正子さんの話しを聞いてそれが解けた。 幼い頃の神崎さんが真奈美を助けたなら真奈美のつかさに対する行動が全て納得できる。だから会いたい。神崎さんに…… それを確かめたい。 頂上に向かう私の足が自然と速くなっていった。 こなた「はぁ、はぁ、はぁ」  頂上に着くと息が切れていた。ちょっと飛ばしすぎたが……あれ? 周りを見渡しても彼女の姿が見受けられない。確かお弁当を食べていた時はこの辺りで景色を見ていたのに…… 私が階段を登って来たのは神崎さんには見えていたはず。って事は…… なるほどね、この前と同じように私を驚かすつもりだな。そう何度も同じ手に引っ掛かるほど間抜けではないのだよ。この神社で隠れるとしたら森に入った奥だけ。 私だってこの神社には何度も来ているからそのくらいは解る。よ~し。逆に驚かしてやる。 木の陰に隠れながら森の奥へと足を進めた。中は薄暗くてよく解らない。 森の中……そこはひろしとかがみが言い合いをして私が飛び込んで行った場所だった。あの時、確かにお稲荷さんは嫌いだった……嫌いだったけど 今は特にそんな感情はないかな……そういえばみゆきさんも最初は…… 『わー!!!』 こなた「ひぃ~」 後ろから突然の声にビックリして振り向こうとして足がもつれて尻餅をついてしまった。 あやめ「ふふ、私を驚かすつもりだったでしょ……それにね森の奥には行ったらダメだから、昔からの言い伝え」 私は立ち上がりお尻についた土埃を掃った。それを確認すると神崎さんは階段の方に向かって行った。私も暫くして彼女の後に付いて行った。 木の陰に隠れていたのか。そういえば私も木の陰に隠れてつかさを見張ったのを思い出した。 あの時はもう少しでキスシーンを見られる所だったけどひろしに気付かれて……あれ…… この神社に……こんなに思い出があったなんて…… 神崎さんはこの前の時と同じ場所で町の景色を眺めていた。私は更に彼女に近づいた。 あやめ「この景色を今でもこうして見られるのは泉さん、貴女のおかげだったなんて……私は……」 これって、ビルで別れ際の時に言い掛けたのを言うつもりなのかな。私は何もしないでそれを待った。 あやめ「私は……貴女を見掛けだけで判断してしまった、「そんな事なんか出来るはずない」……そう思っていた、真実を見抜けなかった、     曇った目では真実は見抜けない、記者失格ね……それに私は貴女を危険に曝してしまった……」 こなた「まぁ、誰も私がそんなのを出来るなんて思わないから、気にする必要なんかないよ……」 あやめ「……今の所潜入されたって報道はない、いや、停電の話しすら出ていない、きっと只の事故として処理された、完璧じゃない、どこでそんな技術を……」 ここで誤魔化しても意味ないかな。 こなた「木村めぐみ……さんから教えてもらった、あのUSBメモリーはめぐみさんから貰ったもの、もちろん中身の構造なんか全く分からない、でもそれを使う事はできる」 車の構造は知らなくても運転は出来る。それと同じようなものかもしれない。 私は財布からSDカードを取り出し神崎さんに差し出した。 あやめ「木村……めぐみ……」 神崎さんはSDカードを受け取とった。 あやめ「小林かがみ……貞子Y麻衣子、小早川ゆたか……貞子H麻衣子、田村ひより……この三人の共通点、調べてすぐに分かった、陸桜学園の卒業生……もしかして泉さん?」 こなた「ビンゴ、私も陸桜学園出身……でも今頃になってそんなのを調べるなんて……本当にプライベートは調べないないみたいだね……」 あやめ「それが私のポリシーだから、小早川さんは以前取材した事がある……ふふ、それにしてもどこにどんな接点が出来るなんて分からないものね……」 神崎さんは苦笑いをした。 こなた「これでミッション終了だね、結構楽しかった、こんなのはレストランで働いていたら味わえなかったよ」 あやめ「いや、まだ終わっていない、教えて、どうやってこの神社を寄付した、そして資金は?」 身を乗り出しで来た。これは記者としての好奇心なのか。それとも個人的に聞きたいのか。 こなた「話す前に……条件がある」 あやめ「条件って?」 こなた「私の事を記事にしないって約束して……」 あやめ「そうか、以前私はそんな話しをした……まさか貴女がその本人とは思わなかったから興味を持ってもらうように話しただけ、約束する、記事にはしない」 あっさり約束をしてくれた。かえでさんやかがみの言う通りだった。でも、……疑ってもどうしようもないか。彼女を信じるしかない。 こなた「げんき玉作戦、私はそう名付けた」 あやめ「げんき玉……それって〇〇〇〇ボールで、生き物の元気を少しずつもらって大きな力にする技……」 こなた「当たり、その通りだよ、お金の取引に出る端数を切り取ってスイス銀行に貯めていく」 あやめ「なるほどね、取られた本人はそれに気付かない……取られた量は少なくなくても塵も積もれば山となる……まさにげんき玉そのものじゃない、もしかして私も     取られたのかしら……」 こなた「さぁね、取られたかもしれない、私自身も取られたかもね」 神崎さんは私の目を見て話し始めた。 あやめ「巨大な力に立ち向かい泉さんはこの神社を守った……誰の為にそんな事を」 こなた「誰の為にって……誰だろう……つかさの為かな」 あやめ「つかさ……あの洋菓子店の店長の?」 こなた「うん」 あやめ「私、闘う女性は好きだな……」 真顔で何を言ってるの……この人。まさか…… こなた「へ、な、なにをいきなり、私はそんな気なんか全くありませんよ……」 神崎さんは笑った。 あやめ「何勘違いしてるの、強い物に立ち向かっていく女性の事を言っている、泉さんはまさにその通りじゃない」 こなた「別に私は戦士とかじゃないけど……」 神崎さんは私に背を向けて景色を見出した。 あやめ「さて、これでスッキリした、泉さんの手伝いも全て終わり、もうこれで貴女は自由だから、もう私に関わらなくて済む」 こなた「関わらなくて済むって?」 あやめ「もう二度と会う事はないでしょうね、短い間だったけどありがとう」 な、何だって、そんなのってないよ、一方的すぎる。 こなた「ちょっと待った、まだ私の話しは終わっていないよ」 あやめ「これから先は私の仕事だから……これ以上貴女を巻き込みたくない」 こなた「もう充分巻き込んでいるよ……」 あやめ「泉さんを危険な目に遭わせたのは悪かった、店長さんにも謝っておいて、さようなら」 自分の話しはしないつもりなのか。そっちがその気なら私にも考えがあるよ。 神崎さんは階段を下りようとした。 こなた「さっき渡したSDカード、データを圧縮して保存していてね、その圧縮方法が特殊で私が持っているUSBメモリーが無いと解凍できないよ」 神崎さんの足が止まった。 こなた「無理に解凍しようものならたちまち自己破壊するようになってる……」 神崎さんは私の所に戻ってきた。 あやめ「とう言うつもり、私を脅そうなんて……」 こなた「もう、騙し合いはやめようよ」 あやめ「騙し合い?」 こなた「そうだよ、私も全てを話している訳じゃない、神崎さん、貴女もね」 あやめ「何を言っているのか分からない……」 さて、今までずっと神崎さんのペースだったけど今度からは私のターンだからね。  夕日が差し込んで来た。もうそろそろ日が沈む。私はこの町の風景を初めてこの神社から眺めていた。 あやめ「データを加工するなんて卑怯じゃない、それに騙し合いって……私にそんな疾しいことなんか無い」 神崎さんがあんなにムキになっているのをはじめて見た。卑怯は合っているかもしれない。私はデータを人質にとったのだから。 こなた「木村めぐみ……この名前を出した、神崎さんはその後全くこの事について何も聞いてこなかったけど、行方を追っていたんじゃないの?」 あやめ「そうだけど……」 言葉が詰まっている。やっぱり、隠しているな。それなら…… こなた「柊けいこ、木村あやめはもう何処にも居ないよ」 あやめ「何処にも居ないって、それは亡くなったって意味?」 こなた「少なくとも地球には居ないって意味」 あやめ「な、そんな冗談に付き合って居られない、それより早く解凍する方法を教えて」 神崎さんの声が荒げてきた。 こなた「神崎さんが幼少の頃、一匹の傷付いた狐を拾ったでしょ?」 あやめ「突然何を言っているの、そんなの全く何の関係もない話しを……」 さて、次の話しを聞いてどんな反応をするかな。 こなた「正子さんから聞いた、その狐の名前は真奈美って名付けたんだってね、でも、その狐は最初から真奈美って名前だった……ちがう?」 あやめ「え、あ、う……」 何も反論してこない。そうか。私の勘が当たったみたいだ。 こなた「もし、その狐が真奈美なら私達にもとっても重要な事なんだけどね」 神崎さんは一歩後ろに下がった。そして口を開けて驚きの表情をしていいる。 あやめ「ま、まさか、貴女……その狐の正体を知っているの?」 神崎さんは私達と同じだ。もうそれは疑いの余地はない。 こなた「神崎さんは何て呼んでるのか知らないけど私達はお稲荷さんって呼んでる、知っているかもしれないけどUSBメモリーをくれためぐみさんもそう、けいこさんもね」 あやめ「ま、まさか、私の他にそれを知っている人が居たなんて……」 神崎さんはその場にしゃがみ込んでしまった。 こなた「悪いけど、神崎さんのデータをコピーさせてもらったから、私達にも必要なデータみたいだからね」 あやめ「いくら泉さんでもあのデータを解析なんか出来ない……待って、私達、さっき、達って言ってたでしょ?」 こなた「うん、少なくとも神崎さんが知っている私の知人は皆関係者だよ、勿論かがみ、ゆたか、ひよりもね」 神崎さんはゆっくりと立ち上がった。 あやめ「……これは偶然なの……まさか、私はその秘密を知っている人を探していた訳じゃない、いや、誰も知らないと思っていた」 こなた「どうだろうね、同じ秘密を持っているから自然と繋がったんじゃないの?」 あやめ「それで、貴方達は真奈美さんとどんな関係があるの?」 その話をするのははめんどくさいな。それにもうすぐ真っ暗になっちゃう。 こなた「私は直接そのお稲荷さんには会っていない……そうだね、つかさに会って直接聞くといいよ」 あやめ「つかさ……あの店長に、どうして?」 こなた「彼女が全ての始まりだから」 あやめ「え?」 私は階段の手摺にハンカチを巻いてその上に腰を下ろした。 こなた「下で待ってるよ~」 そのまま体重を手摺に預けた。滑ってどんどん加速していく。バランスを取りながら下がっていく。 私は休み時間とか暇を見つけて貿易会社のビルの階段で練習した。慣れれば簡単だった。  神社の入り口に着いて自分の車の近くで待っていると神崎さんが私と同じように手摺を滑って降りてきた。見事に着地すると私の所に歩いて来た。 あやめ「やられた、この下り方が出来るなんて」 こなた「悔しいじゃん、リベンジだよ、リ・ベ・ン・ジ」 神崎さんは笑った。 あやめ「ふふ、分かった、そのつかささんに会いましょう、話しはそれからみたいね」 こなた「うん」 あやめ「その前にこれだけは教えて、柊けいこ会長と木村めぐみが地球に居ないって言ったけど……それはどう言う意味?」 これは言っても良いかな こなた「お稲荷さんは殆ど故郷の星に帰った、宇宙船が迎えにきてね……どんな方法か分からないけど二人も連れて帰った、だからこの神社にお稲荷さんは居ないよ」 あやめ「帰った……そ、そんな……どうして……」 とても悲しそうな表情。意外な反応だった。 こなた「お稲荷さん個人個人で理由は違うと思うけど……あの二人は……今までの人間の仕打ちを見れば分かると思うけど……」 神崎さんは悲しみを振り払う様に笑顔になった。 あやめ「そう……今日は泊まっていきなさいよ、今から帰ったら日が変わってしまうでしょ、それに母が狐の話しをするなんて、そうとう気に入られたみたいね」 こなた「サービスエリアで泊まろうと思ったけど……お邪魔しちゃうよ?」 あやめ「ぜひそうして」  私は一番遠ざけていたつかさに神崎さんを会わそうとしている。本当にこれでいいのか。もっと彼女を調べてからでも…… そう思ったりもしたけど。もう決めてしまった事だ。それに神崎さんはお稲荷さんを知っている。そしてつかさと同じように狐を助けている。 きっと私達の仲間になってくれる。そうすればあのデータだって直ぐに分かるに違いない。そう思ってそれに懸けた。 でもさっきのあの悲しい顔は何だろう。あまりに悲しそうだから聞けなかったけど……けいこさんとめぐみさんを知っているいるのかな。 神崎あやめ……まだ何か秘密があるのか。つかさと会って真奈美の話しを聞いて彼女はどうするのかな。 分からない。ただ期待と不安だけが交差するだけだった。 ⑫ こなた「ほい、これでよしっと……ちょっとフォルダー開いてみようか」 あやめ「お願い……」 神社から神崎家に移った私達は神崎さんの部屋でデータの解凍をした。彼女はこの為に専用パソコンを用意していた。彼女にかがみの時の様な忠告は不要みたい。 私はフォルダーをクリックしようとした。 あやめ「待って」 私は手を止めた。 こなた「なに?」 あやめ「泉さん、こんなに早く解凍して良いの?」 こなた「え、それってどう言う事?」 神崎さんの言っている意味が分からなかった。手順で何か間違っているとも思えない。 あやめ「私がいつ約束を破って泉さんを記事にするか、そう思わないの……軽々しく人を信じるものじゃない……」 なんだその事か。 こなた「早いかな、もう神崎さんとは一ヶ月の付き合いだし、それに傷付いた狐を救ったし……お稲荷さんの秘密も知っているからね、もう仲間だよ、     それに約束破る人が態々そんなの言うわけないじゃん」 あやめ「……おめでたい思考だな……今時珍しい……」 こなた「そうかな、でも、そう言うのって神崎さんが一番嫌いなんじゃないの?」 私はそのままフォルダーをクリックした……アルファベットの羅列……コピーする時ちょっと見たのと同じようなデータ。まったく意味が分からない。 神崎さんはじっとデータを見ている。見ていると言うより……目で字を追っている。もしかして読んでいる? こなた「何か分かるの?」 あやめ「……これは、ラテン語みたいね……」 こなた「ら、ラテン語?」 あやめ「ふ~ん……それにしても少し古い……ちょっと時間がかかりそう」 こなた「あ、あの、ラテン度って?」 あやめ「古代ローマ人が使っていた言語」 古代ローマって何時の話しなの。全く分からない。もう少し黒井先生の授業を聞いていればよかった。 こなた「うげ、そんなのを読めるの?」 あやめ「……辞書があればだけど」 こなた「そんなの近所の本屋さんじゃ売ってないよ……」 でも見ただけでラテン語だって分かるのは凄い。もしかしたらみゆきさんと同じくらいの頭脳があるかも。 あやめ「そうね、あとでゆっくり解読してみる」 こなた「神崎さん、いったいこのデータって何?」 神崎さんはディスプレーの電源を切ると立ち上がった。 あやめ「泉さん、お稲荷さんの話しは母には言わないで欲しい」 こなた「え、う、うん、別に言われなくてもそうするつもりだけど」 あやめ「それを聞いて安心した、夕ご飯の手伝いをしているから少し待ってて」 神崎さんはそのまま部屋を出て行った。何かはぐらかされたな。教えてくれなかった。  ふと壁に貼ってある色紙を見つけた。これは貞子麻衣子のサイン……それも新しい。 なんだ神崎さん、ちゃっかりサイン貰っているじゃないか。 神崎さんの部屋を見回した……そのサイン意外は特に何もない。飾り気もあまりない。女の子部屋って感じはしないな。まだかがみの方が女の子らしい部屋かもしれない。 まぁ私も人の事は言えないか。本棚には専門書がずらりと並んでいる。 コミケに参加しているから薄い本があるかも……彼女の趣味が分かるかもしれない。本棚に手を伸ばした。だけど直ぐに手が止まった。 だめだめ、やめた。人の部屋を勝手に物色するのは止めよう。 私におめでたい思考だなんて言って置いて神崎さんだって他人を自分に部屋に一人だけにして無用心だよ。それとも私を信頼してくれたのかな。 まさか私を試しているって事は…… 慌てて部屋を見回した……隠しカメラみたいな物は見えない。もっとも隠してあったとしてもすぐに見つかるような位置には置いていないだろうね…… それとも神崎さんのポリシーとやらが私にも移ってしまったかな。多分今までの私なら躊躇無く本棚を物色していた。 神崎さんか……かえでさんから策士と言われて、かがみからは弱気を助け強きを挫くなんて言われて……それでもって潜入取材。 私が居なかったら確実に捕まっていた。そこまでしてかえでさんは何をしようとしているのか。 幼少時代は活発な女の子。そして狐、お稲荷さんとの出逢い。いったいどんなタイミングで真奈美は神崎さんに正体を明かしたのかな。 かえで「食事が出来たから来て~」 台所の方から声が聞こえる。 こなた「ほ~い、今行くよ~」 まだまだ私は彼女を知らなさ過ぎる。さてこれから少しでもそれが分かるかな。 私は神崎さんの部屋を出た。 あやめ「ちょっと……母さん、そんな事まで話したの……」 子供時代の話しを聞いたと言うと神崎さんは不快な顔をして正子さんに話した。 正子「何言ってるの、そんな事くらいで……」 食事は終わってもお喋りは続く。女三人寄れば姦しいってやつかもしれない。自分の家でもここまでお喋りに夢中にはなれなかった。 あやめ「なんかしっくり来ない……泉さんの幼少のはなしが聞きたい」 こなた「ん~それは内緒」 あやめ「なにそれ、お母さんに話せて私には話せないって……それなら、泉さんのお父さんに聞かないと」 こなた「……お父さんに会うって……あまり推奨できないけど……」 あやめ「何言ってるの、私の母には散々会っているくせに、不公平だ」 こなた「……散々って、これで二回目なんですけど……」 あやめ「二回も会えば充分じゃない、私なんか……」 こなた「私なんか?」 あやめ「い、いいえ、なんでもない……」 私が聞き直すと慌てて訂正した。何だろう。正子さんが居間の置時計を見た。 正子「もうこんな時間、片付けしないと、あやめは泉さんの相手をして」 あやめ「あ、う、うん……」 正子さんは台所に向かった。それを確認すると台所に聞こえないほどの声の大きさで神崎さんが話しだした。 あやめ「明日は何時に出るの?」 私も神崎さんの声の大きさに合わせた。 こなた「日が昇った頃かな」 あやめ「それで、柊つかささんにいつ会わせてくれるの?」 こなた「う~ん、明日って言っても向こうにも都合があるだろうからね、神崎さんは?」 神崎さんは自分の部屋の方を見た。 あやめ「私はもう少しあのデータを解析したい」 調べるって資料がなくて調べられるのかな。まぁ、データに関して言えばまったく私はお手上げだ。もうお任せするしかない。 そういえばつかさの店は毎週水曜が定休日だったな。 こなた「確証はないけど、今度の水曜日はどうかな、つかさの店が休みの日だよ、私も早出の日だから夕方なら時間空くよ」 神崎さんは手帳を出して広げた。スケジュールでも見ているのだろうか。 あやめ「私は構わない、あとは柊さん次第ね」 こなた「早速帰ったら聞いてみるよ、変更があるようなら連絡するから」 あやめ「そうね……そういえば貴女の電話番号聞いていなかった、良かったら教えてくれる」 こなた「あらら、そうだったね、メンドクサイから携帯から電話するから」 私が携帯電話を操作しているのを見ながら彼女は話し始めた。 あやめ「泉さん、貴女って面倒な事は全部他人任せ……それでいて重要な場面では先頭を切って走り出す……」 私は手を止めた。 こなた「へ?何それ?」 あやめ「一ヶ月泉さんと接しての率直な感想よ」 感想か……他の皆からもそう思われているのかな。 こなた「神崎さんは……私から見るといまいち分からない、記者の仕事が邪魔してるのかな、捕らえどころがなくって」 あやめ「別に構える必要なんかない、そうだったしょ?」 こなた「ふふ、そうかも、でもね、かえでさんなんか「策士」なんて言って警戒しているけどね」 あやめ「彼女あは最初から私を警戒していた、記者として行くべきじゃなかったのかもしれない」 こなた「でも、記者じゃないと取材出来ないよ、かえでさんああ見えても忙しい人だから」 あやめ「……」 神崎さんは何も言わなかった。 こなた「送っておいたよ」 神崎さんは携帯電話を確認した。 あやめ「OK、ありがとう、お風呂が沸いているから、それから隣の部屋に布団を敷いておいたから」 こなた「どうも」 あやめ「帰る時、多分母はまだ寝ていると思う、私は多分起きていると思うけどそのまま帰っちゃって良いから、それとも朝食食べてから帰る?」 こなた「いいよ、サービスエリアで済ませるから、データの解析でもしていて」 あやめ「そうさせて頂く」 こなた「実はね、こっちにもブレーン役の知り合いが居てね、もしかしたら神崎さんよりも先に解析しちゃうかもしれないよ」 あやめ「ブレーン役って……貴女って思っていたより顔が広いようね、是非その人も会ってみたい」 こなた「その人も普段忙しいからね、一応誘ってみるよ」 あやめ「もしかして、げんき玉作戦ってその人の考案なの?」 こなた「うんん、あの人はそう言う洒落っ気はないから」 あやめ「誰にも気付かれず、そして誰も傷つけず……その考え方が気に入った、全てにそうありたいものね」 こなた「難しい話は分からないよ」 あやめ「ふふ、そうかもね、貴女はアニメやゲームの話しをするのが似合ってる」 その後は、その通りにゲームやアニメや漫画の話しで盛り上がった。  次の日、神崎家を出て直接つかさの店に立ち寄った。時間は丁度お昼を過ぎたくらいだった。つかさの店はお昼の時間はさほど混まないから丁度良いかもしれない。 つかさの店の扉を開けた。 つかさ「いらっしゃいませ……あれ、こなちゃん」 つかさは私をカウンターに案内した。ここならつかさは作業しながら話せる。 こなた「どうも~あれ、いつもひろしが出迎えるのに?」 そういえばこの前もひろしが居なかったな。 つかさ「う、うん、ひろしさんはお父さんと一緒に神主のお仕事を手伝っているから……」 こなた「もしかして家業を継ぐの?」 つかさ「お父さんはその気満々みたい、本当に継ぐなら神道の学校に行かないと神主になれないけどね」 こなた「それで、本人はどんな感じなの?」 つかさ「どうかな~、なんだか少しその気になっているみたい」 お稲荷さんが神主か……それも悪くないかも。心の中ですこし笑った。 こなた「でもひろしが家業と継いだらこの店はどうなの、仕込みとか買出しとか大変になるでしょ、アルバイトさんも余計に雇わないといけないよね?」 つかさ「そうだけど、ひろしさんじゃないと出来ない仕事もあるから……」 さすが夫婦って所かな、ひろしって頼りにされているな。 こなた「それなら私の所に戻ってきちゃえば、スィーツの部門はまだ担当固定されていないし、スィーツ以外の料理だって出来るよ」 つかさ「え、ほんとに!?」 つかさは作業を止めてカウンターから身を乗り出してきた。驚きと喜びの表情だった。だけど直ぐに不安そうな顔になった。 つかさ「だけど、かえでさんが何て言うか……今頃になって戻るなんて……」 こなた「かえでさんなら心配ないよ……実はねかえで……あっ」 しまった。この話は止められていたのを忘れていた。やばい。 つかさ「実は?」 つかさが首を傾げた。 こなた「あえ、じ、実は私もつかさに戻ってきて欲しいな~なんて思っていたから、もしつかさがその気なら私からも頼んであげる、きっとあやのも賛成してくれるよ」 つかさ「ありがとう、こなちゃん、でもまだ決まっていないから、そうなったらお願いするかも」 ふぅ、危うかった。なんだかんだ言って私もつかさと同じだな。秘密を守るなんて出来そうにない。 こなた「まかせたまへ~」 つかさは笑顔で作業に戻った。そして私に軽食とコーヒーとケーキを用意してくれた。 つかさのあの様子だとかえでさんはまだ話していない。私はかえでさんに酷な事を言ってしまったかな。 こなた「今日はみなみの演奏はないの?」 つかさ「うん、まなみの強化練習でお休み」 こなた「へぇ、それで演奏会って何時なの?」 つかさ「再来週の日曜日だよ、こなちゃんも時間があったら聴きに来てね」 つかさは演奏会のパンフレット兼チケットを差し出した。私はそれを受け取った。 こなた「みなみが凄くまなみちゃんを買っていたけど、スカウトが来るとか、自分を超えたからもう教えられないとか言ってた」 つかさ「そういえばお姉ちゃんも驚いていた」 こなた「私もそう思うよ、あの練習曲が頭の中で今でも響いているくらいだから」 つかさ「ありがとう、」 つかさはそのまま厨房の奥に行こうとした。 こなた「もし、スカウトが来たらどうするの」 つかさの足が止まった。 つかさ「どうするのって?」 こなた「みなみが手に負えないくらいだから、もしかしたら本場に留学とかもあるかもしれないよ」 つかさ「留学って……どこに?」 こなた「分からないけど、クラッシックだと本場はどこだろう」 つかさ「その時になってみないと分からない……それにまなみはまだ一人じゃ何も出来ないし」 こなた「あ、つかさのその台詞、それは私がみなみに言った事だった、ごめん余計な話しだった忘れて」 不安を煽っただけだったか。余計な話しは止めて本題に入るかな。 こなた「そのままで聞いて、今日来たのはね、つかさに会わせたい人がいるからなんだ」 つかさ「え、私に、誰なの?」 こなた「記者の神埼あやめさんって人」 つかさは奥からカウンターに戻ってきた。 つかさ「記者……もしかしてこの前言っていた記者さん?」 こなた「そうだよ」 つかさ「私にインタビューでもするの、それともお店の紹介の取材なの?……私はそう言うの断ってるから……」 そうだった。記者を言うのは余計だった。どうも私って余計な事を言うな…… こなた「うんん、そうじゃない、記者としてじゃなくて、神崎あやめさんとしてつかさに会わせたい」 つかさ「そうなんだ、それなら、こなちゃんがそう言うなら会うよ」 さすがつかさだ、話が早い。 こなた「今度の水曜日ってお休みだよね、夕方は空いているかな?」 つかさ「うん、空いているよ……お客さんなら家より此処がいいかも、お料理も出せるし、お話も出来るし」 この店か。貸し切りと同じようなものか。その方が気兼ねなく話せるかも。 こなた「ついでって言ったらあれだけど、みゆきさんもも会わせたいからもしかしたら来るかも」 つかさ「本当に、嬉しいな、ゆきちゃん最近会っていないから……それならお姉ちゃんは呼ばなくて良いの?」 かがみか……かがみも関係者だよな。でもまったく考えていなかった。確かにみゆきさんに会わせておいてかがみを会わせない理由はないよね。 そこに気付くのはさすが妹と言うべきなのか。 こなた「かがみも呼ぶよ」 つかさ「わ~なんだか凄く楽しくなりそう、楽しみだな~♪」 鼻歌を歌いながら作業をし出した。何時に無く体が軽そうにテキパキと動いている。 つかさ「ところで何で神崎さんって人を私に会わせたいの?」 狐……いや、お稲荷さん、いや、真奈美の話は彼女が来てからの方がいいかもしれない。 こなた「それはお楽しみだよ」 つかさ「お楽しみ……そういえばこなちゃんから私に紹介なんて初めてかも、きっと良い人だね」 良い人か……つかさはかがみに私を紹介した時もそう言っていたってかがみが教えてくれたっけな。つかさは全く変わっていないな。 でも気付けば私より先に結婚して子供までいるから驚きだ。   つかさが出してくれた料理を食べ終わった頃、続々とお客さんが入ってきた。用も済んだ事だし帰るかな。 こなた「ご馳走様、そろそろ帰るね、御代は此処に置いておくよ」 つかさ「あ、御代はいいのに……」 こなた「私もお客様だよ」 つかさ「ありがとうございました、またのお越しを……」 ふふ、つかさからそんな言葉を聞くなんて初めてだ。そこに一人のお客さんがつかさに寄ってきた。 お客「今日はピアノの演奏はないのかい?」 つかさ「すみません、今日はお休みです」 お客「それは残念、最近演奏している子供は貴女のお子さん?」 つかさ「はい、そうですけど?」 お客「素晴らしい演奏だった、将来が楽しみですな」 つかさ「ありがとうございます……良かったらどうぞ」 お客さんは演奏会のパンフレットを受け取るとそのままテーブル席に向かって行った。つかさはお客さんの注文を受けて忙くなった。私はそのまま店を出た。 隣にレストランかえでが見える……顔を出してみようかな。 明日からあの店で仕事か……面倒くさいな。 帰ろう……  その水曜日が来た。 みゆきさんは仕事の関係でどうしても来られないと返事がきた。 かがみ「まさか神埼あやめを本当につかさに会わせるなんて」 かがみは二つ返事で返事が来た。私の思惑とは全く逆になった。しかも駐車場でばったりかがみと会うなんて。私はそこまで勘は冴えているわけじゃないからしょうがないか。 かがみ「向こうで神崎あやめと何を話したのよ?」 そして。この駐車場で会うのも何かの導きなのか。それともただの偶然なのか。駐車場に忘れ物を取りに来ただけなのに…… こなた「神崎さんは幼少の頃、傷付いた狐を助けてね、その狐の名前が真奈美と言うそうな」 かがみ「な、何だって!?」 驚くかがみ。本当は言うつもりは無かった。どうせつかさと神崎さんが会えば分かる事。 こなた「神崎さんの母親から聞いた話」 かがみ「真奈美って、まさか、嘘でしょ、すると神崎あやめって……」 こなた「そうだよ、彼女は狐の正体を知ってる、それでお稲荷さんの存在も知ってる」 つかさと神崎さんが会えばつかさが動揺してしまって何も話せないかもしれない。だからかがみには前もって話す必要がある。でも電話では話せなかった。 駐車場でかがみに会ったのはまるでそのチャンスを与えてくれたかの様だ。 かがみ「それじゃ貿易会社からもってきたあのデータって?」 こなた「多分それに関係する事だとは思うけど、神崎さんは教えてくれない、だけどつかさと会えばもしかしたら……」 かがみ「そ、そうね、確かにつかさの話しを聞けば彼女にとっても衝撃的なはず……分かった、私に出来る事なら協力する……」 かがみは直ぐにこの状況がどんな物なのか理解した。 こなた「みゆきさんが来られなかったのはちょっと痛いかな」 かがみ「みゆきも誘ったのか、仕事じゃしょうがないわよ、何か大きな山場に来たって言っていた……でもデータはとても興味深いって言っていたから」 こなた「ちゃんと渡したんだね、安心した」 かがみ「それよりかえでさんはちゃんと誘ったんでしょうね、彼女もつかさを理解している一人よ」 こなた「うんん、誘っていない……」 かがみ「何故よ、私やみゆきを誘っておいてあんなに近くに居るかえでさんを呼ばないなんて……」 かえでさんは妊娠しているから……と言えば済む話だけど。言えない。 そんな私の心境を知ってか知らずかかがみはそれ以上私を追及しなかった。 かがみ「つかさの店に行くわよ」 こなた「うん……」  つかさの店の扉には定休日の看板が立て掛けられている。でも店の奥に灯りが見える。もうつかさが来ているのか。約束の時間はまだ随分先なのに。 かがみは扉を開けて店の中に入った。私はその後に続いた。 かがみ「入るわよ、つかさこんなに早くから来て……」 つかさ「あ、お姉ちゃん……こなちゃんも、いらっしゃい」 こなた「うぃ~す」 つかさ「初めて会う人だからおもてなししないといけないでしょ、だから準備をしていたの」 かがみ「お持て成しって、まだどんな人かも分からないのに、つかさ、あんたは「疑い」って言葉をしらないのか……」 こなた「そう言うかがみだって私を絶対に記事にしないって言ってたじゃん、」 かがみの言う通りだった。神崎さんは記事にしないって言った。こうして見るとつかさにしろかがみにしろ本質的には同じなのかもしれない。この件で初めてそれが解った。 つかさ「こなちゃんの記事って何?」 こなた・かがみ「何でもないよ」 つかさ「ふ~ん?」 つかさはちょっと首をかしげたけど直ぐに料理に夢中になった。 かがみは溜め息を付くと適当なテーブル席にに腰を下ろした。私もかがみと同じテーブルに座った。かがみは店内をぐるっと見回した。 かがみ「お客さんが居ないお店って言うのも静かで悪くないわね……」 こなた「かがみはお客さんとしてしか店に入っていないからそう思うだろうね、私は開店前、閉店後も店に居るからこんな状況はよくあるよ……     でも、かがみがそう言うとそんな気がして来たよ、良くも悪くも思った事なんか無かったのに」 かがみ「私とこなたは業種が全く違うから、感覚が違うだけなのかもね……つかさとこなたは同じ業種だから私が新鮮に思った事でも当たり前だったりする訳よね」 こなた「私はあまりかがみの業種にお世話になりたくないよ……」 かがみは笑った。 かがみ「ふふ、飲食業と弁護士じゃ客の質が違いすぎる、でもね、正直言ってこなたとひよりが一緒に仕事をしていたら私の客になっていたと思う、     ゆたかちゃんとひよりだから出来た仕事なのかもしれない」 こなた「はい、その点につきましては反省しております……」 かがみ「本当か?」 かがみは私の目を真剣な顔でみた。 かがみ「いや、やっぱりあんた達にはもう少し監視が必要ね、顔にそう書いてある」 こなた「え?」 自分の顔を両手で触った。 かがみ「あははは、何マジに成ってるのよ、ばっかじゃないの」 こなた「うぐ!」 かがみはたまにこんな事するよな……こんな時にしなくてもいいのに…… つかさ「お姉ちゃん、こなちゃん、ちょっと手伝って~」 こなた・かがみ「ほ~い」 私とかがみはつかさの作った料理をテーブルに運んだ。 つかさ「これでヨシ!!」 テーブルには色取り取りの料理が並んでいる。 こなた「ちょっと、つかさ……これ、作りすぎじゃない?」 かがみ「神崎あやめを入れても四人、余るわね」 つかさ「多かったかな?」 こなた「まぁ、余ったのはかがみが全部片付けてくれるから心配ないよ」 つかさ「そうだね、お願いね、お姉ちゃん」 かがみ「お願いって……二十代ならまだしも、幾らなんでも無理よ」 こなた「へぇ、若い頃なら問題なかったんだ?」 かがみ「こんな時に何を言っている」 マジになるかがみ、さっきのお返しだよ。 こなた「余ったらレストランのスタッフ呼んで食べてもらおう」 つかさ「あ、それが良いね」 かがみ「……最初からそうすれば良いだろう……」  約束の時間近くなった頃だった。窓越しから一台のオートバイが駐車場に向かうのが見えた。 こなた「お、お客さんが来たようだよ」 かがみとつかさが私の目線を追って窓の外を見た。 かがみ・つかさ「どこ?」 こなた「ほら、大型バイクに乗っている人」 私は指を挿して見せた。 かがみ「大型なんて洒落たもの乗っているわね……神崎あやめか……面白そうな人ね」 つかさ「え、え、どこ、どこ?」 こなた「もう駐車場の方に行っちゃったよ」 つかさ「え~」 つかさは見逃したか。まぁお約束と言えばお約束だね…… こなた「そろそろ彼女が来るよ、つかさ、準備して」 つかさ「準備って、もう食事の用意は出来ているよ」 こなた「いや、そっちじゃなくて、心の準備だよ」 つかさ「え、そ、そんな事言われると緊張しちゃう」 こなた「いや、別に構える必要なんかないよ、普段のつかさのままで、普通に接すればいいから」 つかさ「うん、それなら出来る」 かがみは食事が用意されているテーブルより後ろに下がり椅子に座った。かがみは様子見って所だろうか。それに主役はあくまでつかさだからそれでいい。 つかさに彼女がお稲荷さんの事を知っているのは教えていない。つかさはそれでいい。予備知識なんか要らない。 つかさはそうやって乗り越えてきた。それに期待する。  駐車場の方から神崎さんがこっちに向かってきた。ジーパンに皮ジャン姿だ。ヘルメットは取ってある。彼女は店の入り口前で皮ジャンを脱いだ。 定休日の看板があるせいなのか暫く彼女は入り口で何もしないできょろきょろとしていた。つかさがゆっくりと扉を開けた。 つかさ「い、いらっしゃい、こなちゃん……泉さんから聞きました、神崎さんですね……どうぞ」 あやめ「失礼します」 つかさは神崎さんを通した。 こなた「いらっしゃい待っていたよ、こちらが話していた柊つかさ」 二人は軽く会釈をした。 こなた「そんでもって、向こうに座っているのが小林かがみ」 かがみは立ち上がりその場で礼をしてすぐ座った。 あやめ「小林……かがみ……」 神崎さんはかがみをじっと見ていた。 つかさ「あ、あの、始めまして、柊つかさです、記者さんって聞いていますけど」 神崎さんは微笑んだ あやめ「神崎あやめです、〇〇の記者をしています……」 つかさが手を神崎さんの前に出した。握手のつもりだろう。神崎さんも手を前に出して二人は握手をした。 つかさ「よろしくお願い……う」 ん、つかさの表情が変わった。握手した途端なんか急に苦しそうになった。どうした? 神崎さんの表情もなんかおかしい。無表情に握手した手をじっと見ている。つかさが腕を動かしている。引いている様に見えた。 つかさ「あ、あの……手が……い、痛い!!」 つかさが叫んだ。神崎さんはそれに反応して手を放した。つかさは握手されていた手を痛そうに擦っていた。神崎さんは思いっきり握っていたのか。緊張でもしていたのかな。 なんか変だ。ここは私が入って雰囲気を和らげるか。そう思った矢先だった。神崎さんはおもむろにポケットから何かを出した。 それは……ボイスレコーダーだ。 神崎さんはボイスレコーダーを操作しだした。そしてつかさの前に向けた。ば、ばかな。神崎さんはつかさを取材するのか。なぜ……私がそれを止めようとした時だった。 私よりも先にかがみがつかさの前に立った。 かがみ「神崎さん、どう言うつもり」 つかさ「お姉ちゃん?」 かがみの声に驚いたのか神崎さんは慌ててボイスレコーダーをポケットに仕舞った。だけどもうそれは遅かった。かがみの表情は怒りに満ちていた。 あやめ「これは……ち、違う」 かがみ「何が違う、あんたさっきつかさを取材しようとしていたでしょ、許可も取らないで何様のつもり」 神崎さんは黙って何も言わない。 かがみ「ボイスレコーダーの電源入ったままじゃない、帰って…」 つかさ「お姉ちゃん、ちょっと……」 かがみは扉を指差した。 かがみ「帰れ!!」 凄い……あんなに怒っているかがみを見たのは初めてだ。私もつかさも今のかがみを止められない。 神崎さんは手を擦るつかさを暫く見ると脱いでいた皮ジャンを羽織ると店を出て行った。 つかさ「お姉ちゃん……どうして?」 かがみ「あんたは少し黙っていなさい」 かがみは興奮状態だ。今は何を言ってもだめだろう。  何故。ボイスレコーダーを使うなら此処に来る前に操作しておけば気付かれない。それが分からないような人じゃないのに。 まるでわざとしたようだ。わざと……意図的に……どうして。聞かないと。 まだ間に合うかな。 私は店を飛び出し全速力で駐車場に向かった。 ⑬  私は走っている。私は間違えたのか。つかさを会わしちゃいけなかったのか。かがみにお稲荷さんの話しをしちゃいけなかったのか。分からない。 つかさと神崎さんはまだ挨拶しかしていない。何も話していないじゃないか。そもそもかがみがあんなに怒るなんて……どうして。 分からない事だらけだ。だから逃げるように店を出た神崎さんを呼び止めないと。駐車場について二輪専用の駐車スペースを見た。 居た! バイクに跨ってヘルメットを着けようとしている。 こなた「神崎さ~ん!!」 私は叫んだ。ヘルメットを着けようとする神崎さんの手が止まった。待ってくれそうだ。私はスピードを上げて彼女に近づいた。 こなた「はぁ、はぁ、はぁ」 あやめ「泉さん、貴女って走るのが好きね……これで何度目かしら……」 微笑んで冗談を言う。でもその冗談に対応出来るほど余裕はない。 こなた「ど、どうして……」 息が切れてこれしか言えなかった。神崎さんは店の方を見ながら話した。 あやめ「この私が何も言い返せなかった……生死を潜り抜けたような凄まじい気迫、並の人が出来るものじゃない……柊つかさは彼女にとってどれほど大切なのか、二人の関係は?」 かがみは実際に二度も死にそうになっている。それに弁護士の職業のせいもあるかもしれない。私は呼吸を整えた。 こなた「かがみの旧姓は柊だよ、つかさの双子の姉、つかさがかがみをお姉ちゃんって言っていたの聞こえなかった?」 神崎さんは首を横に振った。 あやめ「あまりの気迫でそこまで気を配る余裕がなかった……双子の姉妹……全然似ていないじゃない、二卵性かしら……」 こなた「そんな事より何故商売道具なんか出したの、もしかしてわざとやったでしょ?」 あやめ「ふふ、そう見える?」 こなた「……まさか、本当にわざとなの」 微笑んだまま何も言わない。私もかがみと同じように頭に血が上ってきた。 こなた「ば、バカにするな~、私が何でつかさに会わそうとしたか分かっているの、つかさは、つかさはね……」 頭に血が上ってなかなか先が言えない。 あやめ「もう私にはこれ以上関わらないで」 『ヴォン!!』 キーを入れてバイクのエンジンをかけた。 関わるなって、ここまで私を巻き込んでおいてそれはないよ。 こなた「……私達と一緒じゃダメなの、お稲荷さんの秘密を知っている同士じゃん?」 あやめ「これは私の問題だから」 こなた「卑怯だ、ここまで私に協力させておいて……」 「神崎さ~ん、こなちゃ~ん!!」 駐車場の入り口からつかさが走って来た。 こなた「一緒に戻ろう、謝ればかがみだって許してくれるよ」 あやめ「それじゃ、さようなら」 『ヴォン、ヴォン!!』 神崎さんはヘルメットを被った。慌てたのか長髪がはみ出ている。アクセルを全開にして私の前から飛ぶように走り去った。 何だろう。つかさを避けるようにも見えたけど…… つかさが私の所に来た時には既に神崎さんの姿はなかった。バイクのエンジン音が微かに残って聞こえるだけだった。 つかさ「神崎さん帰っちゃったの?」 こなた「うん」 悲しそうな顔で駐車場の外をみるつかさ。 こなた「つかさ、手は大丈夫なの、すごく苦しそうだったけど」 つかさ「う、うん、すっごい力で握られちゃって……男の人かと思うぐらいだった、でも、もう痛みは消えたから」 つかさは私の目の前に握られた手を見せた。少し赤くなっている。 つかさ「私……何か神崎さんに気に障る事したのかな……」 つかさは俯いてしまった。 こなた「別に気にすることじゃないよ……それよりかがみは?」 つかさ「なんか急にしょぼんってなっちゃって……」 感情に身を任せた反動でしょげちゃったかな。 こなた「取り敢えず店にもどう」 私は歩き始めた。 つかさ「待って……何かおかしいよ、お姉ちゃん、あんなに怒った姿をみたの初めて、神崎さんも何もしないで帰っちゃうし……こなちゃん、何か知っているの?」 いくら鈍感なつかさでも気付いたか。もう隠してもしょうがない。 こなた「神崎さんはお稲荷さんを知っている……」 つかさ「え?」 つかさは立ち止まった。私も止まった。 こなた「神崎さんが幼少の頃傷付いた真奈美を助けた」 つかさ「そ、それで?」 こなた「……それしか知らない、神崎さんはそれ以上教えてくれない、だからつかさに会わせようとしたのだけど……開けてみれば大失敗……余計こじれちゃった」 つかさ「まなちゃんと逢った人が私意外に居たんだ……神埼あやめ……さん、まなちゃんの事聞きたかったな……」 私はつかさを見て驚いた。もっと悲しむと思った。真奈美の死を思い出して泣いてしまうのかと思った。 でもそれは間違いだった。つかさはもう真奈美の死を受け入れていた。つかさの安らかな笑顔を見て確信した。 それならもうこの話しをしても構わない。 こなた「それからね、これは憶測だけど、もしかしたら真奈美は生きているかもしれない……」 つかさ「ふふ、こなちゃんったら、こんな時に冗談なんか」 こなた「いや、これはみゆきさんが言った事だよ……」 つかさ「ゆきちゃんが……ほ、本当に?」 こなた「うん、そして神崎さんもそれについて何か知っているような気がするんだ」 つかさ「知っている……」 こなた「そう、そしてその鍵になるのが貿易会社から盗んだデータ、今、みゆきさんに解析してもらってる」 つかさ「盗んだって……ダメだよそんな事しちゃ」 こなた「もうしちゃったからね、この前一ヶ月の研修ってやつがね、実は神崎さんと貿易会社で潜入取材をした、そこの資料室からデータをコピーした」 つかさ「私が知らない間に……そんな事を……」 こなた「ごめん、真奈美の話は嫌がると思って伏せたんだよ……まだ憶測だけの話しで、間違っていたらつかさが傷付くと思って……」 つかさ「……生きていたら嬉しい……例えそれが間違っていても、生きているって思える時間があるから、それでもやっぱり嬉しいよ」 ……涙ひとつ溢していない。それどころか昔を懐かしんでいるように見える。 葉っぱを見て泣いていたつかさ。私がちょっと詰め寄っただけで泣いてしまうつかさ。でもそれは弱さじゃなかった。 かえでさんの言っていたつかさの強さってこの事を言っているのか。 つかさはもう完全に真奈美の死を乗り越えていたのか。 それにつかさの口の軽さなんて私とあまり大差なんかなかった。いや、意識しても隠せなかった分私の方が酷いかもしれない。 神崎さんに最初に逢うべきだったのはつかさだった。 私は神崎さんと駆け引きだけで乗り過ごそうとしていただけだった。ゲームをしていたに過ぎなかった。 だから神崎さんは真実を話してくれなかった…… つかさ「どうしたの、こなちゃん?」 こなた「つかさには敵わないや……」 つかさ「え、何が?」 こなた「笑顔だけで私の考え方を変えてしまったから」 真奈美が一晩でつかさを殺すのを止めた理由が今分かった。そういえばゆたかとひよりはつかさが凄いって何度も言っていたっけな。 今頃になってそれが分かるなんて。共同生活までした事があるって言うのに…… つかさ「……わかんないよ」 分からなくていい。それがつかさだから。 こなた「さて、店に戻ろう、かがみが待ってる」 つかさ「うん」 私達は店に向かって歩き始めた。 つかさ「ねぇ、神崎さんってどんな人、握手しただけだからまったく分からない」 こなた「どんな人か……一ヶ月くらい見てきたけど、仕事の為なら何でもするような人かな……でも……」 つかさ「でも、良い人なんだね」 良い人か…… こなた「なんで分かるの?」 つかさ「こなちゃんの友人だからね」 こなた「友達だって、彼女が?」 つかさ「だって、お姉ちゃんに追い出された神崎さんを追いかけたでしょ、呼び止めに行ったんじゃないの?」 こなた「呼び止めに行った訳じゃないよ」 つかさ「それじゃ何しに行ったの?」 こなた「わざと私達を怒らせるような事をしたから、その訳を知りたかった」 つかさ「それで、教えてくれたの?」 こなた「つかさが来たら逃げるように帰った」 つかさ「私、嫌われちゃったかな……」 こなた「あれじゃ逆に私達に嫌われようとしているみたいだ」 つかさ「記者さんって難しいね……」 それから店に着くまでつかさは考え込んで何も話さなかった。  店に戻ると椅子に座って項垂れているかがみの姿があった。 かがみ「つかさ、こなた……ごめん……台無しにしてしまった」 つかさは心配そうな顔でかがみの側に寄り添った。 こなた「謝らなくてもいいよ、かがみが出なかったから程度の違いはあったかもしれないけど私も同じ事をしていたから」 つかさ「恐くて何もできなかったよ……まつりお姉ちゃんと喧嘩していてもあんなに恐くなかったのに……」 かがみ「……そう、そんなだったの……そんなに怒っていた?」 こなた「まぁ、ボイスレコーダーを出されちゃね」 かがみ「ボイスレコーダー、違う、それだけならあんな事はしなかった、つかさが苦痛の表情をしているのに彼女は握手を止めようとはしなかった……だから思わず飛び出した     その後後は何を言っているのか自分でもあまり覚えていない……」 そうか。だから私よりも先にかがみが飛び出したのか。これは身内と友人の感性の違いなのか…… つかさ「もう手は大丈夫だから……」 つかさは握られていた手を握ったり開いたりしてかがみに見せた。赤くなっていた所も殆ど分からなくなる位に元に戻っていた。 かがみ「そう……それは良かった……」 かがみはほっと一息つくと立ち上がり私の方を見た。 かがみ「それで、神崎を追い掛けて何か分かったのか?」 こなた「ん~、肯定も否定もしなかったけど……私の感じではわざとボイスレコーダーを出したみたい……」 かがみ「ふふ、だとしたら私はまんまと彼女の策にはまったってことなのか……こなたに神崎がなぜそんな事をするのか心当たりはあるのか?」 こなた「分からないけど……何度もこれからは私の仕事だって言っていたね」 かがみ「私達が居たら邪魔だって事なのか、こなたを散々引っ張りだしておいて……」 こなた「でも分からないのはあのデータを私が持っているに返せって一度も言わなかった、何故だろうね」 かがみ「それはデータなんてどうせ解析も分析も出来ないだろうって思っているのよ、頭に来るわ……完全に私達に対する挑戦だ」 つかさ「データっていったい何のことなの?」 私はつかさに何て言うのか迷っていると…… かがみ「もう秘密にしても意味はない、神崎とこなたが共同であの貿易会社の秘密データをPCから抜き取った」 つかさ「抜き取ったって……盗んだって事なの?」 つかさは私の方に向いて心配そうな顔になった。 こなた「盗む……人聞きが悪いけど……合ってる」 つかさ「そ、そんな事して大丈夫なの?」 更に心配そうな顔になるつかさ。返答に困った。 かがみ「今の所他人びバレた形跡はないわね」 つかさ「どうしてそんな危険は事をしたの……」 こなた「それは……」 私がまごまごしていると…… かがみ「真奈美さんが生きている証拠を探すためらしい……こんな事をしても無駄だとは思うけど……みゆきも罪な事をするわ」 つかさ「まなちゃんが……生きている、さっきもそれ言っていたよね、それって本当なの、ねぇ、こなちゃん!?」 つかさは私に詰め寄った。 こなた「分からない……」 かがみはつかさが用意した料理が置かれているテーブル席に腰を下ろした。 かがみ「みゆきも全く根拠がないなら私達にこんな話しを持ちかけてくるはずはない、それにみゆきやこなたとは違った意味で私はこのデータに興味があるわ、     私もこのデータの解析をしてみる」 つかさ「お姉ちゃん」 こなた「かがみ……」 かがみ「だって悔しいじゃない、このまま神崎の策におめおめとはまっているのは……それにこなたをコケにして、つかさも傷つけた、挙げ句の果てに私達が解析できないと思っている、 こうなったらあのデータは絶対に解析してやる、解析してやるんだから!!」 かがみは目の前の料理を食べ始めた。自棄食いだな……これは。 つかさ「でも……私がこなちゃんを追いかけた時、神崎さんとこなちゃんが駐車場で何か話していたけど、言い争いをしている様に見えなかった……」 こなた「一ヶ月も一緒に仕事をすれば情も湧いてくるよ……私達と一緒にって言ったけど……ダメだった」 かがみ「モグモグ、神崎は群れるのが嫌いなようね、彼女の仕事ぶりからもそれが伺える……こなた、もう彼女と一緒に何かするのは諦めた方がいい」 こなた「でも……神崎さんはあのデータの解析の方法を知っているみたいだったから、先を越されちゃうよ」 かがみは食べるのを止めた。 かがみ「この前みゆきにデータを持っていったら早速パソコンを立ち上げて中身を見た、こなたの言っていた謎も直ぐに解けた、あの文字の羅列はラテン語よ、     それもかなり初期のものらしい、それに粗方の内容も分かった、どこかの場所を説明している文だってね……みゆきは何時になく目を輝かせていたわ、 それにあのデータは英文もかなりある、そっちの方は私でも翻訳出来る……これでも神崎に引けを取ると?」 神崎さんはラテン語って言っていた。みゆきさんはそれ以上に内容にまで踏み込んでいる。かがみが手伝えば神崎さんより早く分かるかもしれない。 こなた「いいえ、引けを取っていません……そのままお続けください……」 かがみは気を良くしたのか食べるペースがまた上がった。 つかさ「私も……何か手伝える事はないの……」 かがみは何も言わず黙々と食べていた。つかさはしばらくかがみを見ていたけど返答してもらえそうにないと思ったのか今度は私の顔を見た。 つかさにはやってもらう事がある。これはつかさにしか出来ない。 こなた「あるある、つかさにはもう一度神崎さんに会ってもらわないと」 かがみは食べるのを止めた。 かがみ「……それは止めた方がいい、さっきの状況を見れば明らかだ」 そう、普通は誰もがそう思う。私も少し前ならかがみと同じだった。 こなた「つかさは駐車場に来たのは神崎さんに会いたかったからでしょ?」 つかさ「う、うん……まなちゃんの生前の話が聞きたくって……」 かがみ「あんな酷い目に遭わされてもなのか?」 つかさ「うん、私が痛いって言ったら直ぐに放してくれたからきっと大丈夫だよ」 かがみ「ふぅ、あんたはね少しは疑うって事を覚えた方が良いわ……」 こなた「うんん、あの人は駆け引きじゃなく真正面から行った方が良い、私はそう思う」 かがみ「真正面ってどう言う意味よ?」 かがみは首を傾げた。 こなた「つかさだよ、つかさ、裏も表もなくいつでも真正面だった、だから真奈美もひろしもつかさが好きになった、もう一回会う価値はあるよ」 かがみはしばらく考え込んだ。 かがみ「こなたがそう言うなら、一ヶ月神埼を見てそう言うなら……ただし、さっきみないな事があったら今度こそ許さない」 つかさ「何かよく分からないけど……やってみる」 つかさは両手を握って張り切っている。いいぞその調子だ。 かがみ「意気込みはいいけど、今日の明日って訳にもいかないでしょ」 つかさ「そ、そっか、どうしよう?」 こなた「それならまなみちゃんの演奏会が終わったら神崎さんに連絡とってみるよ、それならどう?」 つかさ「そうだね、その後の方がいいかも」 かがみ「後はあんた達に任せるわよ……」 つかさの表情を見て安心したのか今まで通りのかがみに戻ったようだ。かがみは再び料理を食べ出した。 こなた「かがみ、自棄食いはそこまでだよ」 かがみは自分の分の料理を殆ど食べ終えた所でナイフとフォークを置いた。 かがみ「別に自棄になってないわよ、丁度お腹一杯になった、ご馳走さま」 こなた「かがみでお腹一杯じゃ私とつかさじゃ食べきれないよ、それに神崎さんの分もあるし」 つかさ「ちょっと作りすぎたかな……」 こなた「まぁ、このまま残すのも勿体無いから私の店のスタッフ連れてくるよ、賄いを作る手間が省けて喜んでくれるよきっと」 つかさ「お願い~」 こなた「まぁ、この時間は向こうも忙しいから何人来られるか分からないけどね……」 私はレストランかえでに向かった。  やっぱり私の思った通りディナータイムなので来たのはかえでさんとあやのだけだった。 かえで「こりゃまたシコタマ作ったわね……」 あやの「……何かのパーティでもしていたの、誰かの誕生日だったっけ?」 テーブルに並べられた料理を見てあぜんとする二人だった。 つかさ「誰かの誕生日じゃないけど、食べて行って」 私達は料理を食べ始めた。かがみも料理に手を出そうとした。 こなた「ちょっと、さっき一杯食べたでしょ……」 かがみ「なによ、別に良いじゃない、減るもんじゃなし」 こなた「いやいや、減るでしょ……」 かがみのテンションが高くなった。つかさが思ったよりもダメージがなかったからかもしれない。 でも、つかさが追いかけてくるとは思わなかった。そのつかさに謝罪の一言も言わないで逃げるように去った神崎さん。分からない…… つかさ「かえでさん、どうしたの?」 皆でわいわい食べている中、かえでさんだけが何もしないでテーブルの外で立っていた。 かえで「え、あ、別に何でもない……」 つかさ「ねぇ、かえでさんの好きな茄子の料理も作ったから食べて」 つかさは茄子料理を小皿に取ってかえでさんに差し出した。 かえで「あ、ありがとう……うっ!!」 急に口を手で押さえて苦しそうに屈んだ…… つかさ「か、かえでさん、どうしたの?」 かえで「ちょっと臭いがきつくて……」 つかさ「え、そうかな、普段と同じ味付けなんだけど……おかしいな……」 つかさは茄子料理を食べながらかえでさんをじっと見た。そして一瞬目を大きく日宅と一歩下がって小皿をテーブルに置き、しゃがんでかえでさんと同じ目線になった。 つかさ「……もしかして……悪阻じゃ?」 かがみ・あやの「えっ!?」 つかさの言葉に私達はかえでさんの方を向いた。かえでさんは慌てて立ち上がった。 さすがに経験者には隠し切れないか。 かえで「ちょ、ちょっと調子が悪いだけ、さて……店に戻らないと」 つかさ「あ、かえでさん、待って」 つかさとかえでさんは店を出て行った。 私は溜め息をついた。かがみとあやのはそんな私を見ていた。 かがみ「少しも動揺しないなんて……知っていたのか?」 こなた「うん」 あやの「なんで黙っていたの?」 こなた「本人から止められたから……」 かがみ「止めるって、止める必要なんかないじゃない、結婚したんだし妊娠したくらい隠すことじゃない、いや、むしろ祝うべきでしょ」 こなた「ん~妊娠自体を内緒にとは言っていないんだけどね……」 かがみ「はぁ、じゃ何を内緒にしているのよ?」 こなた「だから……内緒なの」 かがみが首を傾げているとあやのが席を立った。 あやの「私もかえでさんの所に行く……」 足早に店を出て行った。  かがみは窓からあやのがレストランに入って行くのを確認した。 かがみ「……さて、私達二人きりになった、話してくれるわよね?」 私は話すのを躊躇った。 かがみ「私はあのレストランともこの洋菓子店とも利害関係のない部外者、しいて言えばつかさと姉妹関係であるだけ」 こなた「で、でも……」 かがみは真面目な顔になった。 かがみ「ここたがそこまで隠すなんて、かえでさんとの約束を優先したのか、それも良いかもしれない」 かがみは腕時計を見ると立ち上がった。 かがみ「……さっきのかえでさんの行動を見て思ったのだけど、つかさと握手をした時力いっぱいつかさの手を握ったのと似ているんじゃないかって」 こなた「似ているって?」 かがみ「かえでさんはつかさに真実を話すのを隠す為に誤魔化した、神崎もそれと同じって事よ」 こなた「誤魔化すって、つかさに隠すような事なんかないよ、初めて会うのだしさ……」 かがみは首を横に振った。 かがみ「神崎とつかさは以前会っているような気がする」 こなた「え、だってつかさが知っていたら私達がしていた事が無意味じゃん?」 かがみ「会うって言っても神崎の一方的な出会いかもしれない、例えばレストランが引っ越す前ならどう、彼女が客として入る可能性は?」 確かに彼女の実家とレストランが在った場所とはそんなに離れていない。 こなた「それはあるけど……でもそれで手を強く握る意味が分らない」 かがみ「そうね、かえでさんは悪阻の症状が出たから分かった、神崎は一体何故力いっぱい握ったのか、病気じゃなさそうだけど……それが分からない……ごめん、 私はもう時間だ、帰るわよ、皆によろしく言っておいて、そして、つかさの会合の邪魔をしてごめん……」 何故か凄い説得力だった。かがみの弁護士としての観察なのか推理なのか……かえでさんと神崎さんを比べるなんて…… かがみは店の扉に手を掛けた。 こなた「かえでさん……店を辞めて田舎に戻って……そう言っていた……」 かがみは扉を開けるのを止めた。 かがみ「……あの店を手放すって、店はどうするのよ?」 こなた「私かあやのに店長になれって……」 かがみは私に近寄り両手で私の肩を握った。 かがみ「凄いじゃない、かえでさんに実力を認められたのよ」 こなた「うんん、断った……そしたらあやのでもつかさでも良いなて言っちゃってさ……」 かがみは両手を放した。 かがみ「バカね、そう言う時はいやでも引き受けるのよ」 こなた「だってレストランかえででしょ、店長が変わったら可笑しいじゃん」 かがみは笑った。 かがみ「ふふふ、それなら店名を変えれば済むじゃない……ふふふ、でも、こなたらしい」 私は少し不機嫌な顔にした。私の顔を見てかがみは笑うのを止めた。 かがみ「分かっているわよ、かえでさんが居なくなるのが淋しいんでしょ」 こなた「え、べ、別にそんなんじゃ……」 かがみ「こなたがツンデレにならなくていいから、素直になりなさいよ」 まさか、かがみから言われるとは思わなかった。 こなた「う、うん」 かがみは窓からレストランの方を見た。 かがみ「だったら素直にそう言いなさいよ、つかさなら形振り構わず言っている……今頃、もう言っているかもね」 こなた「でも……」 私が言おうとするとかがみは割り込んで続きを言わせなかった。 かがみ「この店の留守番するくらいの時間ならまだあるわよ、行きなさいよ、丁度つかさとあやのも行っているし絶好の機会じゃない、それでもダメなら諦めなさい」 私が行くとつかさの店が留守になる。私はそう言うとしていた。ここはかがみに甘えるとしよう。 こなた「……それじゃ……行ってくる」 かがみ「私からも一言、かえでさんの料理が食べられなくなるのはとても耐え難いって……そう伝えて」 こなた「うん」 私はレストランに向かった。  従業員用の出入り口から直接事務室に入った。そこにかえでさんは居た。かえでさんは椅子に座りそれを囲うようにつかさとあやのが立っていた。私はそこに割り込むように立った。 かえで「……何よ、三人とも雁首揃えて……」 あやの「さっきの、つかさちゃんの言っていたの本当なんですか?」 あやのが詰め寄った。 かえでさんは私の顔を見た。私は首を横に振った。 かえで「そうね、もう黙っていても無意味だ……そう、つかさの言う通り、私は妊娠している」 あやの「それで、泉ちゃんに何を内緒してって言ったのですか?」 かえで「……そうね、この機会に言うべきなのかもしれない」 かえでさんは一呼吸置いてから話し始めた。 かえで「私は店長を辞めて田舎に戻ろうと思うの、そこで小さな洋菓子店でもってね……」 あやの「ちょ、ちょっと待って下さい、店長を辞めるって……この店はどうするの、料理の味は、新しいメニューは……まだなだしなきゃいけない事がいっぱいあります、     それに、店長の料理を目当てにくるお客さんも沢山います……」 かえで「ここ一年位、私が直接厨房で腕を振るっていない、専ら事務の仕事をしていた、私の技術、味は全て貴女達が引き継いでいる、新メニューも私は一切口出ししていない、     貴方達だけで充分この店をやっていける、そう思った」 あやの「……赤ちゃんが出来たからからですか……」 かえで「いや、常々そう思っていた、妊娠はその切欠に過ぎない」 あやのは俯いた。私が潜入取材に行くときの姿と同じだ。 あやの「で、でも、私達だけじゃ……」 かえで「そうかしら、こなたは私以外の第三者にその力を認められた、神崎と言う記者にね、それに、あやのもこなたが居ない間の仕事の穴埋めも完璧だった、言う事はない」 私の力を認めた神崎さんか……記者嫌いのかえでさんが何故私に神崎さんの手伝いをさせたのか分かったような気がする。 かえでさんはつかさの方を向いた。 かえで「どう、つかさ、これを期に戻ってみたらどう、三人でこのレストランをもっと発展させてみる気はない、ここに高校時代からの友人が二人もいるし気兼ねなく仕事ができるわよ」 つかさは何も言わずかえでさんを見ている。やっぱり何も言えないか。しょうがない私が代弁するかな……そう思った時だった。 つかさ「私もね、赤ちゃんが出来た頃、お店を閉めようかな……なんて思ってた……不安で……恐くて……今のかえでさんの気持ち、すっごく分かるよ、だけどね、     子供が生まれて、まなみが生まれてからはそんな気持ちは何処かに飛んで言ったよ、かえでさん、今はただ赤ちゃんを産むことだけを考えて、生まれたらまた考えが     変わるかもしれないし、そうやって悩んだりすると身体に障るし、赤ちゃんにもよくないから」 それは私が代弁しようとしていた内容とは全く違っていた。 かえで「つかさ、私……私……」 かえでさんは今にも泣き出しそうなになった。 つかさ「だから、そんな顔になったらダメ……そんなかえでさんの顔は似合わないから……あっ、お店が留守になっちゃった、戻らなきゃ、また来るからね」 つかさは急いで自分の店に戻って行った。あやのはつかさが見えなくなるまでその姿を見ていた。 あやの「……つかさちゃん、やっぱりお母さんだね……かえでさん、さっきの話しは保留でお願いします……私も仕事に戻らなきゃ」 あやのも事務室を出て行った。私とかえでさんだけが事務室に残った。 こなた「……やられた、つかさがあんな事言うなんて……驚きだ、、かがみもそこまでは見抜けなかったか」 かえで「……母は強しって所ね……こなた、これから毎日は店に来られないかもしらないから、その時は頼むわよ」 こなた「はい! それは分かっております」 敬礼をしてウインクをした。 かえで「……確かにまだ決めるのは早いかもね……さて、こなた、向こうの料理の始末、私は行けないから行って来なさい、私の代わりに誰かスタッフを行かせるから」 こなた「ん~それは必要なかも」 かえで「なんで、まだ随分料理が残っていたわよ?」 こなた「かがみが留守番をしているからね、あれは猫に鰹節の番をさせるようなものだよ」 かえで「ふふ、まさか」 そのまさかだった。私がつかさの店に戻った時にはかがみが全ての料理を食べ終えていた。 ⑭  あれから数週間が経った。かがみは私の店にもつかさの店にも来なくなった。仕事が終わるとみゆきさんと礼のデータ解析をしているらしい。 私も手伝いたいところ、つかさもそう言っていた。だけど、行っても足手まといどころか邪魔になるだけだろう。ここはじっとかがみ達の報告を待つしかない。 こうしている間にも神崎さんもデータ解析をしているに違いない。私はメールや電話で連絡を取ろうとしたけど音信不通。潜入取材の時に泊まっていたホテルにも居ないようだ。 私達から逃げるように居なくなった神崎あやめ……何故私達を避けているのだろう。 いったい彼女の目的は何だろう。何をするにしても複数の方が効率は良い。この私が分かるくらいだから神崎さんだってそのくらい分かるはずなのに。 こなた「ふぅ~」 あやの「珍しい、泉ちゃんが溜め息なんて……」 こなた「まぁ、いろいろありましてね、こんな私でも悩みの一つや二つはあるのですよ」 あやの「もしかして、かえでさんが店長を辞めるって言った件?」 こなた「そんなのもあったね……」 あやの「あれ、それじゃなかったの?」 不思議そうに首を傾げるあやの。 こなた「確かにそれもあるけど、つかさがかえでさんを励ましたおかげで現状維持はしているね、だけど、出産した後はどうなるか分からないよ」 あやの「そうね、でも、こればっかりは私達がどうこう出来るものじゃないでしょ、かえでさんの考えもあるし」 かえでさんの考えか。 こなた「ところでかえでさんの旦那さんは会ったことあるの?」 あやの「うん、何度か」 こなた「しかし、この店の関係者でもない人のによく結婚まで漕ぎつけたものだね、かえでさんが結婚するって言うまでまったく知らなかった」 あやの「何でも専門学校時代の知り合いだったって、在学中は特に恋人同士ってわけじゃなかったって言っていたけど……何が切欠になるか分からないね」 こなた「切欠ね……」 あやの「泉ちゃんだって何が切欠でそうなるか分からないよ」 こなた「そうかな~」 『パンパン』 突然手を打つ音がした。音のする方を見るとかえでさんが立っていた。 かえで「はいはい、無駄な話しは止めて用のない人は帰宅しなさい」 私は早番で帰り支度をしている途中だった。 こなた「もうタイムカードは押したから大丈夫ですよ、私達の話し、聞いていました?」 かえで「話し?」 聞いていなかったみたい。さっき入ってきたばかりなのか。 あやの「そうそう、かえでさんの旦那さんの話し」 かえで「えっ?」 こなた「かえでさんからあまりその話し聞いてないから」 かえで「べ、別に私的な事を話す必要なんかないじゃない」 私は人差し指を立てた。 こなた「ちっ、ちっ、ちっ、分かってないな、かえでさん、そう言う話が一番面白いんだよ」 かえで「面白い?」 こなた「うん、例えば何回目のデートで愛し合ったとか、週に何回愛し合っているとか」 『バン!!』 激しく壁を叩くかえでさん。 かえで「下らないこと言ってないでさっさと帰りなさい!!」 こなた「ひぃ~こわいよ~かがみより恐いよ~」 私は鞄を持って事務室の扉を開いた。 こなた「それではお先に失礼しま~す」 かえで「待ちなさい」 かえでさんがマジな顔になった。 こなた「あ、あれは冗談ですから、冗談、はは、元気な赤ちゃんが生まれると良いですね」 慌てて取り繕うが表情は変わらなかった。 かえで「神崎さんはお稲荷さんを知っていたらしいわね、しかも真奈美とも知り合いみたいじゃない」 こなた「え、あ……な、なんでそれを」 かえで「つかさとかがみさんから聞いた、何故私に話してくれなかった、私を軽く見ないで欲しい」 こなた「いや、普通なら話していたけど……なんて言うのか、ほ、ほら、妊娠しているでしょ?」 かえで「私の身体を気遣ってと言いたいのか、余計なお世話よ、お稲荷さんの真実を知っている人間は一握り、知っているだけでなく理解しているのはもっと少ない、     あやのは理解者の一人、だけど、こなたの親友に全く理解できない人が居たわよね……確かみさおさんだったかしら」 こなた「みさきちは最初から物分りは良くない方だからしょうがないよ、今でも彼女は私達の話しをフィクションだと思ってるから」 みさきちは全く私やつかさの話しを信じてくれなかった。あやのが言ってもダメだから諦めていた。 かえでさんは首を横に振った。 かえで「物分り良し悪しや知識の量などは関係ない、お稲荷さんのを現実のものとして受け入れられるかどうかが問題、私達の様なのは特別で     むしろみさおさんの様なのが世間一般の標準的な反応なの、神崎さんがお稲荷さんを受け入れているのなら数少ない協力者になるはず」 かえでさんは神崎さんをつかさに会わせるのを黙っていたのを怒っているようだ。 こなた「かえでさんなら仲間にできたの」 かえでさんはまた首を横に振った。 かえで「つかさの手を強く握ってかがみさんを怒らせた、私も彼女が何を考えているのか全く分からない、多分あの時居ても何も出来なかった、 だけど、私も理解者の一人だから、それだけは忘れないで」 こなた「う、うん」 かがみもそう言っていたっけ。 あやの「それなら私も同じ、私にも話して欲しかった……」 そういえばそうだった。あの時声をかたのがつかさ、みゆきさんだけだった。つかさの一言でかがみを追加した。 こなた「あれは私の思い付きだったから、あまり深い意味は無くって……本当はつかさだけの予定だった」 あやの「そうだったの……でも、でもかえでさんと同じで私が居てもあまり効果はなかったかもね、みさちゃんをお稲荷さんの仲間に出来ないのだから」 あやのは少し苦笑いになった。 こなた「まぁ、もう終わった事だし、これからは皆にも協力してもらうようにするよ、二人ともありがとう」 二人は大きく頷いた。 かえで・あやの「お疲れ様~」  店を出ると直ぐ隣につかさの店……入り口には定休日の看板が立て掛けられていた。今日は水曜か……そういえばもうすぐまなみちゃんの演奏会か。 きっとみなみとの練習につきあっているに違いない。つかさの家に遊びに行くのも止めるかな。たまには何処にも寄らずに真っ直ぐ帰ろう。  未だ空は薄暗く日の光が少し残っている。こんなに早く帰るのは久しぶりかもしれない。仕事が早く終わってもゲーマーズとかに行っちゃうからね 家の玄関の扉を開けた。 こなた「ただい……ん?」 『わはははは~』 開けると同時に笑い声が私の耳に飛び込んできた。お父さんの声だ。お父さんはテレビとかで大笑いするような人じゃない。ゆい姉さんかゆたかでも遊びに来たのかな。 声のする居間の方に向かった。そして居間に入った。 そうじろう「おかえり、こなたか、今日は早いな」 お父さんの正面に座っている人……あれ……ば、ばかな。 そうじろう「おっと紹介が遅れた、娘のこなたです」 あやめ「お邪魔して……あ、ああ~」 そうじろう「お、おや?」 そこに居たのは神崎あやめだった。神崎さんと目が合うと二人とも硬直したように動作が止まった。 そうじろう「何かありましたかな……」 お父さんは私と神崎さんを交互に見ながら戸惑ってしまった。神崎さんは自分の腕時計を見た。 あやめ「も、もうこんな時間……長居をしてしまいました、今日はこのくらいにします……ありがとう御座いました」 神崎さんは慌ててテーブルの中央に置いてあったボイスレコーダーを仕舞うと立ち上がった。 そうじろう「そうですか、お構いもしませんで……」 あやめ「失礼しました」 神崎さんは私をすり抜けて玄関の方に出て行った。 そうじろう「こなた、挨拶はどうした……おい?」 お父さんが何か言っているけど何も聞こえない。 何のために私の家に……ボイスレコーダーを使っていたって事は……取材……何の? もう彼女に振り回されるのは沢山だ。考えても意味がない。直接聞くしかない。私は振り返り神崎さんを追った。 そうじろう「こなた?」 お父さんの呼びかけを他所に居間を出た。 神崎さんは玄関で靴を履いていた。 こなた「ちょっと待って」 靴を履き終えると私を見た。そして微笑んだ。 あやめ「……泉さんのお父さんだったの、苗字が同じだったね、泉さんと同じような所が沢山あった、とても面白い人だった、これで私も貴女の父親に会ってお相子になった」 またそんな事を言って誤魔化す。 こなた「今度はなんの取材なの、もう私は関係無いんじゃないの、どうして……」 あやめ「……同僚が急病になってね……私はその代理で来たにすぎない、もともと編集部にあった取材だった、まさかこの家が泉さんの家だったなんて……」 こなた「取材って、お父さんの取材?、この前の取材とは関係無いの?」 神崎さんは頷いた。これは全くの偶然だったのか。そのまま神崎さんの言葉を信じるとして、それならこうして再会できたは千載一遇のチャンスだ。 こなた「教えて、何でつかさの手を強く握ったの、ボイスレコーダーを出したの?」 神崎さんは溜め息をついた。 あやめ「二人には謝っておいて……」 こなた「謝るなら自分で謝ってよ……」 神崎さんは黙ってしまった。 こなた「どうして黙ってるの……何で教えてくれないの、お稲荷さんの関係なら私達だって……協力できるし、協力してもらいたい」 神崎さんは玄関の扉を向き私に背中を見せた。 あやめ「ふふ、私はあの時、捕まっている筈だった……」 こなた「捕まるって……潜入した時の話し?」 あやめ「そう、まさか貴女がお稲荷さんのハッキング技術を継承しているとはね……しかも助けに来るなんて、これで私の計画はやり直しになった、これも何かの運命かしらね」 こなた「でも、私が来た時、神崎さんは怯えていたよ……」 あやめ「……それは私の覚悟が足りなかったから……」 こなた「覚悟って……そこまでして何をしようとしているの」 神崎さんは扉に手を掛けた。 あやめ「知りたければあのデータを調べなさい……どうせ何も分からないだろうけどね……もう行かないと……」 こなた「ちょっとまだ話が……」 私が言おうとすると扉を開けて出て行ってしまった。 この前の様な駆け引きは止めて自分の気持ちをストレートに話したつもりだった。それでも彼女は真実を話してくれない。 このまま追いかけてもこれ以上の話しは聞けないような気がした。 そうじろう「こなた、神崎さんと知り合いなのか」 玄関にお父さんが来た。 こなた「まぁね、お店の常連客だった人だよ」 そうじろう「お稲荷さんだのデータだのってやけに深刻そうな話をしていたみたいだけど、何なんだ?」 お父さんにはまだお稲荷さんの話しはしていない。話して理解してくれるだろうか。みさきちみたいになる可能性もあるしあやのみたいになる可能性もある。 かえでさんが言っているようにこれは知識の量とか理解力とかは関係ないお父さんがお稲荷さんを受け入れられるかどうか。ただそれだけなんだ。 こなた「お父さんには関係ない事だよ」 そうじろう「そうか、話せない事ならそれもいい」 あまり興味がないのかすぐに引き下がった。でもそれでいいのかもしれない。 お父さんがもし、お稲荷さんを受け入れなかったら。そう思うと話せない。 こなた「それより何の取材なの、売れない作家さんなのにさ」 そうじろう「お、言ってくれるじゃないか、これでも食べていけるくらいは稼いでいるんだぞ」 こなた「私を大学まで育ててくれたしね……」 実際作家だけで食べていけるのだからそれなりの実力があるのは理解出来る。 そうじろう「まぁ、の作品に関しての取材だそうだ、出版社からも許可が出ているから私も受けたのだけど……三日の予定で今日はその二日目だった」 二日目、って事は昨日も来ていたのか。寄り道をしていたら今日も会えなかった。明日から遅番になるから今日しか会えるチャンスがなかったのか。 そうじろう「取材と言っても半分以上が雑談で終わってしまったけどな」 こなた「雑談って……そういえば私が帰って来た時笑っていたけど?」 そうじろう「ああ、話が面白くてね、彼女はコミケに参加しているそうだ、それから話がそっちの方に流れてしまった」 こなた「彼女はゲームも好きだよ」 そうじろう「そうなんだよ、ゲームだけじゃなくガ〇ダムも好きでね、しかもファースト、これは貴重すぎてたまらないじゃないか、知り合いならなぜもっと早く紹介してくれなかった!」 興奮するお父さん。確かに私意外でこんな話が出来るのは彼女しかいないかもしれない。 こなた「私だって知り合ってまだ二ヶ月目だよ、それに彼女は忙しいからね……」 そうじろう「明日が楽しみだ」 そう言うと居間の方に向かって行った。 こなた「ふぅ~」 溜め息が出た。やれやれお父さんがすっかり気に入ってしまった。 いや、まて、確か神崎さんのお母さんも私を気に入ったなんて神崎さんが言っていた。まさか本当に取材を理由に仕返しをしたのじゃないだろうか。 そんな風に思えるような事も帰りがけに言っていたし…… そうじろう「お~い、こなた、夕食の準備を手伝ってくれ」 こなた「ほ~い」 まぁいいや。今度は危害を加えたわけじゃないし……  それから、まなみちゃんの演奏会の当日が来た。 クラッシックにはそんなに興味ないし、多分まなみちゃんの演奏意外は居眠りをしてしまうかもしれない。それでも何故か会場に来てしまった。 会場には意外と沢山の客が来ている。会場入り口で入場の列に並んで順番を待っていた。 私の順番が来てチケットを係員に渡した。 スタッフ「……演奏者のご関係の方ですね?」 こなた「え、まぁ、知り合いなので……」 スタッフ「それでは特別席へどうぞ、そから演奏10分前までなら控え室へも行けますので……」 係員はチケットの半券とプログラムを私に渡した。私はそれをを受け取って会場の中に入った。  特別席は最前列の数段か……私の席はA―12……あ、あった。 席を見つけて座った。辺りを見回した。特別席に座っているのは私だけだった。ちょっと来るのが早すぎたかな。それとも控え室に居るのだろうか。 もしかしたらかがみやみゆきさんも来ているかも。つかさはこのチケットを店で配っていたしね。 ここでボーっとしても暇なだけだちょっと控え室を覗いてみるかな。私は席を立ち控え室に向かった。 あれ、おかしいな~ 案内の地図にはこの辺りに控え室があるはずだけど。私は辺りをきょろきょろと見回した。でもそれらしい部屋は無かった。 もしかしたら東西を逆に見たのかもしれない。元の場所に戻ってみるかな。 「神崎さん~」 私の後ろから男性の声がした。神崎だって、まさか。 私は声のする方に振り向いた。二十代前半くらいの男性が小走りに私の方に向かってきた。 男性「神崎さん~」 間違いないこの男性が神崎さんと言っている。ってことは……ゆっくりまた振り返った。少し先に長髪の女性の後姿が見えた。間違いない神崎さんだ。まずい振り向かれたら 私が居るのが分かってしまう。咄嗟に建物の柱の陰に身を隠した。男性は私を通り越して長髪の女性の方に走っていく。 男性「神崎さん、こっち、聞こえています?」 長髪の女性が男性の声に気付いて振り返った。顔が見えた。間違いない神崎あやめだ。あの男性が居なかったら彼女と鉢合わせになっていた。 あやめ「坂田さん、そんなに大声を出さなくても聞こえているよ」 あの男性は坂田って言うのか。誰だろう。神崎さんとどんな関係があるのかな。それに彼女が何故この会場に来ているのか。 坂田「そっちは違いますよ、逆方向、控え室はこっちですよ」 あやめ「そっちだったの、どうりで部屋がないはずだ」 坂田「インタビューはあと一人だけですよね」 神崎さんは頷いた。 坂田「演奏までまだまだありますからそこの喫茶店で休憩しませんか?」 男性が見ている方を見ると喫茶店があった。神崎さんは暫く喫茶店を見ると、 あやめ「それじゃ少し休もうか」 神崎さんと坂田は喫茶店に入っていった。どうも気になるな。見つからない様に私も入って見よう。  二人が喫茶店に入って数分してから私は喫茶店に入った。この喫茶店はセルフサービスの店だ。席は自由に決められる。適当な飲み物を頼むと二人の座る席の横に 気付かれないように座った。 坂田「井上さんの代理お疲れ様です」 向こうの声も聞こえる。これはもしかしたら神崎さんの秘密が分かるかもしれない。私は聞き耳を立てた。 あやめ「彼女が病気じゃどうしようもない」 坂田「病状はどうなんですか、確か神崎さんと同期でしたよね」 あやめ「今日、精密検査をするって言っていた、今の時点ではなんとも言えない」 坂田「そうですか……ところで、井上さんの文化部の仕事はどうですか、神崎さんだと物足りないんじゃないですか?」 あやめ「物足りない?」 坂田「そうですよ、アーティストや作家さんの取材、時には今日みたいにお子様の取材ですよ、政治家や企業の不正を調べている方が神崎さんらしいと思って」 井上って人の代理で来ているのか。そういえばお父さんの時もそう言っていた。するとお父さんの時も今日も神崎さんの意思で来た訳じゃなかったのか。全くの偶然だった。 あやめ「ふふ、私はそんな大それた仕事なんかしたくなかった、井上さんの様な仕事の方が好き」 さかた「へぇ~そうは見えないな~」 坂田は手に持っていた物をテーブルに置いた。それはカメラだった。かなり高級そうなデジタルカメラだ。もしかしたら坂田はカメラマン? あやめ「ところで次のインタビューは誰なの?」 坂田「えっと~」 坂田は鞄から紙を出して見た。 坂田「最後の演奏者で柊まなみちゃんですね……」 あやめ「柊……まなみ……ですって?」 柊まなみ……これからまなみちゃんの所に行こうとしていたのか。 坂田は持っていた紙を神崎さんに渡した。 坂田「小学三年生の女の子、初演だそうですよ、子供の初演にしては遅い方だとは思いますけど……なんでも今回の演奏会で最注目の子だそうです」 へぇ、やっぱりまなみちゃんは注目されているのか。ちょっと嬉しかったりするな。 神崎さんは渡された紙をじっと見ていた。 坂田「あれ、その子知っているのですか?」 あやめ「え、あ、いや、知っているだけで直接会ったわけじゃない……」 神崎さんは紙を坂田に返した。 坂田「演奏曲は……ショパンの舟歌だ、うぁ~」 坂田は感嘆の声を上げた。 あやめ「その曲って難しいの、私は音楽に疎いから分からない」 坂田「これをデビューでやるなんて……技術はもちろん表現力も試される大作ですよ……小学生がどんな演奏するのか楽しみだな」 神崎さんはテーブルに置いていあるコーヒーを飲み干した。 あやめ「最後まで居るつもりはない」 神崎さんは立ち上がった。 坂田「え、折角来たのに聴いていかないの、それで記事なんか書けるのですか?」 あやめ「行くよ!」 神崎さんは喫茶店を出た。 坂田「あ、ああ、ちょっと待ってくださいよ~」 坂田はテーブルに置いてあったカメラを大事そうに抱えると神崎さんの後を追った。私も少し時間を空けてから店を出た。  神崎さんは井上さんの代わりにこの取材をしているのか。お父さんのもそうだった。神崎さんは嘘を付いていなかった。 井上さんって……神崎さんと同期って言っていたけど、仕事を代わりにするくらいだから親しい仲なのかもしれない。病気か…… 坂田「す、すみません、ちょっとトイレに行きたくなったのですが……」 申し訳なさそうに神崎さんに言った。神崎さんは立ち止まった。 あやめ「しょうがない、行って来なさい、先にインタビューは進めているから、適当に来て写真を撮って」 坂田「はい……」 坂田は神崎さんと別れてトイレに向かった。そして神崎さんはそのまま歩き出した。私も神崎さんとの間隔を空けて付いて行った。 しばらく歩くと係員が立っている区域に入った。神崎さんは手帳の様な者を係員に見せている。許可証なのかな…… 係員は神崎さんを通した。私は……暫く時間を置いて係員の所に向かった。 係員「何か御用ですか?」 どうする……そうだ。チケットの半券があった。私は半券を係員に見せた。 係員「どうぞ」 私はそのまま通路の奥に入った。 神崎さんは柊まなみと書かれた控え室の前に立ち止まった。私も壁際に立ち止まり神崎さんから見えないようにした。 『コンコン』 神崎さんはドアをノックした。 「はい、どうぞ」 部屋の中から声がした。この声はつかさだ。神崎さんはゆっくりドアを開けた。 つかさ「か、神崎さん?」 ドア越しから分かるほど目を大きく見開いて驚いているつかさが見える。 あやめ「柊さん……」 神崎さんも立ち止まりドアを開けたままの状態になっている。これなら二人の状況が分かる。私には好都合だ。 つかさは直ぐに普通の表情に戻り腕を神崎さんの前に出した。握手か…… 神崎さんは立ったまま動こうとしなかった。するとつかさはにっこり微笑んで一歩前に出た。 つかさ「この前のやり直し」 つかさは神崎さんの目の前に手を出した。 あやめ「……ば、バカな、何も聞かずに何故そんな事が出来る、また同じ事をしたらどうするの」 つかさは首を横に振った。 つかさ「二度もそんな事はしないでしょ、だってまなちゃんを助けた人だもん」 あやめ「まなちゃん、まなちゃんって真奈美の事?」 つかさは頷いた。 つかさ「うん、それで、私はまなちゃんに助けられた……まなちゃんと会っている人がひろしさんの他に居たなんて、とっても嬉しくて……」 あやめ「ひろし……さん?」 つかさ「うん、私の夫で、まなちゃんの弟だよ……」 つかさの目が潤んでいる。真奈美を知っている人に出逢えてよっぽど嬉しいのだろう。神崎さんの手が自然に前に出てつかさと握手をした。 結局私もかがみも必要なかった。つかさと神崎さんだけで良かった。 私は余計な事をして遠回りをさせてしまった。この二人は逢うべきして逢ったんだ。 あやめ「ちょっと待って、貴女に子供が……まなみちゃんが居るってことはそのひろしってお稲荷さんは……」 つかさ「うん、人間になった、実はね私の三人のお姉ちゃんの旦那さんもね……」 神崎さんは両手をつかさの前に出してつかさを止めた あやめ「そこまで……こんな所で話すような内容じゃない……」 つかさ「で、でも……」 あやめ「なるほどね、泉さんが私に柊さんを会わせたくなかった様ね、その意味が分かった……柊さん、もうその話は止めましょう」 つかさ「もっと、まなちゃんの事……聞きたい……」 神崎さんは首を横に振った。 あやめ「今は出来ない、私は記者として此処にいるの、分かって……」 つかさ「……で、でも……」 坂田「神崎さん~」 坂田が戻ってきたみたいだ。小走りに部屋に向かっている。私に気付かずそのまま素通りした。 あやめ「ほらほら、何も知らない人達に聞かれたら不味いでしょ、私と同行しているカメラマンの坂田って言う人だから私に合わせて」 つかさ「あ、う、うん……」 坂田「すみません遅れまして、あ、あれ……?」 坂田は左右きょろきょろと見回している。 坂田「柊まなみちゃんは……?」 坂田はカメラを握りいつでも撮れるような体勢になった。 あやめ「私もさっき来たばかりだから」 神崎さんはつかさをつんつん突いた。 つかさ「え、あ、ああ、先生と奥の部屋で練習中です……」 先生……みなみも来ているのか。教え子の初舞台だから当然と言えば当然か。 坂田「最終調整って訳ですね、撮影したのですがよろしいですか?」 あやめ「私もインタビューをしたい、時間は取らせません」 つかさは暫く考えた。 つかさ「まなみは……娘はちょっと上がり性なので、カメラとか向けられると戸惑ってしまうかも……」 坂田はカメラを仕舞った。 坂田「……どうします神崎さん、後一人だけなんですけどね……」 あやめ「……それなら演奏の後ならどうかしら?」 つかさ「それなら問題ないかも」 坂田「あれ、神崎さん、柊ちゃんの演奏は最後ですよ、そこまで残らないってさっき言っていたような……」 あやめ「坂田、井上から何を学んだ、相手に合わすのもの時には必要だ、特に子供はね」 神崎さんは坂田を嗜めるとつかさの方を向いた。 あやめ「どうせなら完璧な状態で演奏してもらいたいから……それじゃ演奏が終わったら此処で会いましょう」 つかさ「あっ……それなら特別席が空いているので……お姉ちゃんとゆきちゃんの分」 つかさは半券を二枚神崎さんに渡した。 あやめ「あら、お姉さんは来られないの?」 つかさは頷いた。 あやめ「それは残念、謝りたかった……また機会を改めましょう、それでは」 神崎さんは会釈すると部屋を出た。そして扉を閉めた。 坂田「謝るって何です、それにお姉さんって……あの人と知り合いだったのですか?」 あやめ「まぁね……」 坂田「まぁねって……知り合いならそう言ってくれればよかったのに……」 二人は私の隠れている壁を通り過ぎて行った。二人は話しているせいなのだろうか、私には気付いていない。 二人の気配が消えるのを確認して控え室の前に移動した。 『コンコン』 つかさ「は~い、どうぞ」 私は扉を開けた。 つかさ「こなちゃん、来てくれたんだ!!」 こなた「やふ~つかさ、暇だから来たよ」 つかさは私の手と取ると跳びあがって喜んだ。 つかさ「こなちゃん、さっきね神崎さんが来てね……」 早速さっき起きたばかりの出来事を私に楽しげに話しだした。秘密とか内緒とかそう言うのはつかさには関係ない。楽しい出来事があれば直ぐに誰かに話したがる。 そう、それがつかさ。 つかさ「どうしたの、こなちゃん?」 私は笑った。 こなた「神崎さんと仲良くなれたみたいだね」 つかさ「うん!」 あの時怒った自分がバカバカしく感じてきた。つかさは一人で真奈美に出逢って親友になった。そしてその弟のひろしと結婚までしている。私はそれに少ししか関わっていない。 ひろし言うように最初からつかさを参加させていればよかった。つかさの笑顔を見てそれを確信した。 こなた「それじゃ私は客席の方に行くね」 つかさ「え、まだ来たばかりなのに、まなみやみなみちゃんに会ったら、もう少しで来ると思うし」 こなた「うんん、神崎さんにの言うように演奏直前で上がり症が再発したら困るでしょ、演奏会が終わったら来るよ」 つかさ「そ、そうだね……こなちゃんの言う通りだね、またね」 こなた「また~」 私は控え室を出た。部屋を出る直前のつかさの淋しそうな表情が印象に残った。それは私が直ぐに部屋を出たからじゃない。きっとかがみやみゆきさんが来なかったからだ。 私はかがみ達がこなった理由を知っている。直接聞いたわけじゃないけど分かる。  私が席に戻ると、その隣の席に神崎さんが座っていた。本来ならそこにかがみかみゆきさんが座る席。今までの私なら一般席に移動するところだけどそのまま自分の席に座った。 これはつかさがくれたチャンスだ。 こなた「ちわ~」 あやめ「泉さん……帽子を被っていたから声を掛けられるまで気付かなかった……こんにちは……」 目を大きく見開いて驚く神崎さん。 こなた「つかさの娘が参加している演奏会だから私が来ても不思議じゃないでしょ、お父さんの時と同じだよ」 あやめ「そ、そうだけど……」 そこで透かさず質問。 こなた「所でカメラマンの坂田さんはどうしたの、またトイレでも行った?」 あやめ「う、な、何故坂田を知っている?」 神崎さんは立ち上がった。 こなた「いやね、私も道を間違えて喫茶店の方に向かって歩いていたら神崎さんを見かけてね、ちょっと様子を見させてもらった」 神崎さんは呼吸を整えるとまた席に座った。 あやめ「……全く気付かなかった……貴女、探偵のセンスがあるのかもね……坂田はこの会場の写真を撮りに行っている……」 ってことは当分ここには来ないな。それならお稲荷さんの話しも出来る。 こなた「それは神崎さんが教えてくれた事だよ、それよりさ、つかさと会って分かったでしょ、もう神崎さんと私達は運命共同体みたいなももだって、     こうして神崎さんの同僚の井上さんの病気の代理の仕事で私達に関わっているのも偶然じゃないと思う……それで……井上さんの病気って重いの?」 神崎さんは溜め息をついた。 あやめ「会った事もない人なのに心配までされるなんて……それにしても柊さんの関係者はまなみちゃんの先生と泉さんしか来ていないじゃない、それで運命共同体なんて……可笑しい」 神崎さんはさら苦笑いをした。 こなた「かがみやみゆきさんが来ないのは神崎さんのせいだよ」 あやめ「何故、私は何もしていない」 少し怒り気味の口調だった。 こなた「何も教えてくれないからだよ、かがみなんかムキになってデータを解析している、だから来られない」 あやめ「あのデータは解析できるはずはない、諦めなさい」 こなた「どうかな~ 神崎さんは何処まで調べたかは知らないけど、あのラテン語のデータ、あれは何処かの場所を説明している文だってかがみが言っていたけどどうなの?」 神崎さんはまた立ち上がった。そして私を見下ろした。 あやめ「……驚いた……貴女にはいろいろ驚ろかさせられる……データを渡さなければ良かった」 こなた「もう遅いよ、どうせ分かっちゃうなら秘密にする必要なんかないじゃん?」 あやめ「どうせ分かるも物……どうせ分かるものなら私が教える必要はない」 こなた「あらら、意外と強情さんだね、一人よりも私達と一緒の方が良いと思っただけなのに」 あやめ「もうその話はお仕舞い」 まだ話したい事があるのに。更に話しをしようとした時だった。 坂田「神崎さん~」 あの声は……坂田か。もう戻ってきたのか。 あやめ「貴女に協力をさせたのが間違いだった……」 神崎さんは小さな声でそう呟いた。 こなた「え?」 坂田が神崎さんの隣の席に近づいた。神崎さんは立ったまま神崎さんが来るまで待っていた。 あやめ「随分早いかったじゃない、もう撮影は終わったの?」 坂田「はい、おかげさまで……」 坂田は私が居るのに気が付いた。私の方を見た。そして席に着くと神崎さんの方を見た。 坂田「お知り合いで?」 あやめ「そう」 坂田は私に一礼をした。そして私も会釈した。確かにもうこれ以上話はできそうにない。 坂田「もうそろそろ最初のプログラムの時間ですよ」 気付くと辺りには観客が大勢席に座っていた。そして数段後ろの席にはいのりさん、まつりさんの姿もあった。 神崎さんは席に着いた。もう神崎さんと話しはできそうにない。 かと言っていのりさん達と会って話しをするには時間が短すぎる。これから最後のまなみちゃんの演奏の順番がくるまで退屈な時間になりそうだ……  データの内容が分かったから会いたいとかがみから連絡が来たのは演奏会から丁度一ヵ月後だった。 ⑮ ここから「[[ひよりの旅>http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/1785.html]]」の登場人物が登場します。「ひよりの旅」を読んでいない人は読んでから続きを読む事をお奨めします。  私はつかさの店の扉を開けた。 こなた「おひさ~」 つかさ「こなちゃん!!」 まるで数年会っていないような嬉しそうな声で出迎えるつかさ。 つかさと会うのは一ヶ月ぶりだろうか。職場がこんなに近いのに不思議なものだ。会おうとしないと会えないなんて。 かえでさんの体調が良くないのでその分忙しくなったせいなのかもしれない。  今日は水曜日。つかさの店はお休みだ。かがみは店を待ち合わせ場所に指定した。かがみは既に居た。テーブルに座り軽食を食べている。つかさの店では出していない料理だった。 かがみは私に気が付かず夢中で食べている。かがみの姿がほっそりと見えた。あの大食いのかがみなのに…… つかさ「お姉ちゃん、こなちゃんが来たよ」 かがみ「ん?」 かがみは食べるのを止めて私の方を向いた。その顔を見ると目に隈ができている。頬も少し削げ落ちているような気がする。 かがみ「早いわね……ってすぐ隣だから当たり前か……」 こなた「な、なに……少しやつれた?」 かがみは溜め息をついた。 かがみ「あんたがもってきた宿題のせいよ……流石に疲れたわ……」 こなた「かがみがそんなにするなんて、よっぽどなんだね……」 かがみ「いや、6割以上はみゆきがした……ラテン語に歴史、地理に……物理学、工学まで幅広い知識が必要だった、この短期間でできたのはみゆきが居たおかげ」 こなた「ん~、難しい事はいいから、結果だけ教えてよ」 かがみは不敵な笑みを浮かべた。 かがみ「待ちなさい、皆が集まるまで」 こなた「みんな?」 かがみ「そうよ、お稲荷さんを知っている人は全て呼んだ、皆に聞いてほしい」 お稲荷さんを知っている人……あのデータってどんな内容なのだろう。 つかさ「ところで神崎さんは来てくれるの?」 こなた「分からない……」 電子メール、手紙、電話、いろいろなツールで連絡を試みたけど返事は貰えなかった。直接家に行ければよかったけど、その時間が取れなかった。 かがみ「分からないって、何よ、あいつから吹っかけて来たのよ、張本人が来ないでどうするのよ!!」 悔しそうにするかがみと残念そうな表情のつかさが対照的だった。私自身も来て欲しかった。 「こんにちは……」 いのりさん、まつりさんが入ってきた。 つかさ「あ、いらっしゃい……」 まつり「大事な話があるって言うから来たよ」 身内にも内容をまだ話していないのか。まつりさんといのりさんか。この二人はたまに店に来てくれるけど、学生時代から話したりはしていないな…… かがみ「すすむさんとまなぶさんはどうしたの、彼らにも来てって言ったはずだけど」 いのり「来るけど少し遅れるかも……」 お稲荷さん、いや、元お稲荷さんも呼んでいるのか。って事は結構大勢になるかも。 いのりさんが私が居るのに気が付いた。 いのり「こんにちは、久しぶり……泉さんだったかな、まなみちゃんの演奏会依頼ね」 こなた「こんちは~、どうもです」 つかさが店の奥から雑誌を持って来た。 つかさ「ねぇ、見て見て、まなみの演奏が記事になっているよ」 まつり「あぁ、そういえば、あの時の女性記者とカメラマンが取材に来ていた」 つかさはいのりさんに雑誌を渡した。その雑誌は来月号の見出しになっていた。 いのり「これって、わざわざ出版社から先行で送ってきたみたいね……」 つかさ「神崎さんが直接送ってくれたみたい……だから来てくれると思ったのに……」 まつり「え、あの記者と知り合いなの?」 つかさ「う、うん……」 いのり「へぇ、つかさって意外と顔がひろいんだ……演奏が終わってから取材だって二人が入ってきた、そう言えばあのカメラマン、まなみちゃんの演奏を絶賛していたのを覚えている」 そう、あの坂田ってカメラマンが取材の終始神崎さんと一緒に居たから立て込んだ話が出来なかった。だから私は途中で帰ってしまったので演奏後の取材の話しは知らない。 かがみ「お父さんとお母さんも来てくれたみたいね……来なかったのは私だけだった、ごめん」 つかさ「うんん、気にしていないから……」 気にしていないか……つかさはそんな風に言えるようになったのか。 こなた「あれ、ご両親、特別席には居なかったけど?」 つかさ「あまり前の席だとまなみに気付かれちゃうって、一般席に移動したって言ってた」 いのり「あった、あった、まなみちゃんの記事があったよ」 雑誌を開いたまま私達にそのページを見せた。まなみちゃんの姿が写った写真が掲載されている。あのカメラマンが撮ったものだ。 恥かしそうにはにかむ姿がまなみちゃんの特徴を捉えている。さすがプロのカメラマンって所かな。 いのりさんは雑誌を自分の方に向けた。 いのり「どれどれ……」 いのりさんはまなみちゃんの記事を読み出した。 いのり「舟歌、私自身その曲を聴くのは初めてだった、ショパンと言えば、子犬のワルツ、幻想即興曲、雨だれ、別れの曲、彼の残した曲は数知れないがこの曲を思い浮かべる人も 少なくないだろう、私はこの演奏を聴いてそう思った、 恥かしそうにピアノの前に座る柊まなみ、あどけない小学三年生、しかし鍵盤に手をかざすと表情が豹変した、 出だしの重い音の向こうから聞こえる舟歌のリズム、船出をする喜び、そして出発地を離れる不安と淋しさ、そして到着への期待と希望が次第に膨らんでいく様子が私の心に 染み渡ってきた、この子は一度船旅を経験した事があるのではないか、そう思わせる程の説得力があった演奏だった……」 いのりさんは雑誌を閉じた。 いのり「凄いじゃない、大絶賛だよ、こんなに褒められるなんて滅多にないよ」 まつり「そういえば周りで涙を流している人も居たよね」 こなた「へぇ、そんな演奏だったんだ?」 かがみ「へぇって、あんたも会場に行ったんじゃないの?」 こなた「えっと、最後の演奏だったもので……すっかり夢の世界に……」 かがみ「あんたは何しに行ったんだ!!」 皆は笑った。私も笑った。 「こんにちは」 みゆきさんが入ってきた。さて、そろそろ本題に入りそうだ。  みゆきさんが来ると続々とかがみの呼んだ人達が入ってきた。最終的に かがみ、つかさ、みゆきさん、あやの、いのりさん、まつりさん、ゆたか、ひより、みなみ、かえでさん、そして、ひろし、ひとしさん、すすむさん、まなぶさんの四人の元お稲荷さん が集まった。 集合時間が過ぎても神崎さんが来る気配は感じられない。 かがみ「時間を過ぎたから始めさせてもらう、神崎さんにはどうしても来て欲しかったけどね……しょうがない、みゆき、後は頼むわよ」 みゆき「はい」 みゆきさんはピアノの前に立った。それを囲むように皆が座った。 みゆき「皆さん、お集まり頂きありがとうございます、貿易会社から入手したデータを解析しましたので皆さんのご意見を賜りたいと思います……それでは最初に、     すすむさん、オーストリア北部の山岳地帯と聞いて何か思い出しませんか?」 私達はすすむさんの方を向いた。すすむさんは目を閉じた。 すすむ「あれは……忘れるはずもない、我々が最初に訪れた土地だ……」 ひより「え、最初に訪れたって……四万年前でしょ……それに船が故障したって……」 すすむ「そうだ、本来ならもっと南のアフリカ大陸辺りを目指したのだがね……」 そうか、確かすすむさんはけいこさんと同じくお稲荷さんがこの地球に来てからずっと生きていたって言ってたっけ。 みゆき「やはりそうでしたか、データの中にラテン語で書かれた文章がありました、それには「遥か昔に空から訪問者が訪れた」と書かれていました、事情を知らない人ならば     これはただのおとぎ話や伝説で片付けられたかもしれません、でも私は直ぐに解りました、お稲荷さん達の宇宙船だったのではないかと」 すすむ「当時は氷河期で雪と氷だけの土地だった、お前達の先祖は少し攻撃的だったからネアンデルタールの人々の集落に身を寄せた、彼等は私達を温かく受け入れてくれた」 みゆき「……彼等は間もなく滅びたようですが?」 すすむ「彼等の頭脳は人類より発達していた、しかし声帯が人類ほど発達していなかったので意思の伝達が不自由だった、そのために次第に人類に追い詰められた」 みゆき「興味深い話ですね……それは後で聞きます……話を元に戻します」 つかさがつんつんと私の背中を突いた。私がつかさの近くに寄ると耳元でつかさが囁いた。 つかさ「ゆきちゃんとすすむさんの会話の意味がわかんないよ、声帯がどうのこうのってどうして?」 私も小声は話す。 こなた「ん~、言葉が話せないと困るって事じゃないの、身振り手振りだけじゃ相手に伝わらないからね……」 つかさは首を傾げてしまった。私もこれ以上の説明は出来なかった。 みゆき「文章は続きます、「その地で彼等は呪いを施した、決して地を掘ってはならぬ」と、これはもしかして宇宙船の残骸を発見されない為の忠告ですか?」 すすむ「そう、放射性物質があった、それに我々の技術をされたくなかった、当時の人類では全く理解は出来ない物だったがね、言い伝えだけが残ったのだろう」 みゆき「……この文献の通り、約40年前、遺跡が発見されました、そのスポンサーが貿易会社です、今でも発掘は続いていて、その発掘品の殆どはシークレットで 殆ど公開されていません、全ては謎です……結論から先に申し上げると、貿易会社は既にお稲荷さんの存在に気付いていると思います」 すすむ「……その可能性はあるが……現代でも我々の技術を分析はできまい、船は完全に破損してしまった、 残った装置も殆どが有機物質から構成されているものだ、とっくに土に還っている」 みゆき「これは何ですか?」 みゆきさんは一枚の写真を私達に見せた。それはガラスの様な、水晶の様な透明な板が写っている。 みゆき「これもデータの中にあった写真です、遺跡の一部だと思われますが?」 すすむ「……メモリー」 こなた「メモリーってpcで使うような?」 すすむ「そうだ……」 ひより「お稲荷さんって知識は忘れないって言ってなかった、そんなもの要らないような気がするけど?」 すすむ「人間になって知識は一割も覚えていない……この地球の様に知的生命体との接触を想定して我々の知識と歴史を記録した物だ、しかし未だ読めないだろう」 みゆき「それではこれはどうですか?」 みゆきさんは更にもう一枚の写真を出した。そこには見た事もない文字がぎっしり書いた紙が写っている。 すすむ「それは我々が使っていた言語だ……まさかあのメモリーの中身を読み取ったのか、ふふ、まだ忘れていない、読めるぞ、核融合における基本技術が書かれている」 みゆき「この言語は私にもさっぱり解読できませんでした、しかし貿易会社は40年も秘密でこれらを研究しています……それがどう言う意味が分かりますか?」 皆は黙って何も言わない。私も分からない。つかさがまた私の背中を突っつく。 つかさ「私何を言っているのかさっぱり、こなちゃん分かる?」 こなた「ん~、どうやら貿易会社がお稲荷さんの秘術を盗んでいるみたい……」 つかさ「ふ~ん?」 分かっていない様だ。 すすむ「貿易会社が我々の技術を使って儲けている、と言いたいのか?」 みゆき「そうです……」 すすむさんは笑った。 すすむ「なら放って置けば良い、我々の技術や知識は何れ人類も自ら得るだろう、知りたい者にはくれてやれ」 みゆき「いいえ、それならば一企業が独占しては……これは全世界に公開されるべきです」 みゆきさんとすすむさんの口論が始まった。私には難しくて分からなかった。多分つかさも分からないだろう。他の人達はどうだろう。みんな呆然と二人を見ているだけだな。 でも……この二人の口論。何れ分かるなら教える。教えないって話しだ。何処かで同じような…… そうだ。私と神崎さんだ。神崎さんがまなみちゃんの演奏会で言っていた…… かえで「二人とももう止めなさい」 かえでさんの言葉で二人の口論は止まった。 かえで「もうそれは終わった話よ、それはけいこさんがしようとした事じゃないの、結果がどうなったか……分かるでしょ?」 みゆき「……はいそうでした」 すすむ「……そうだったな……」 かえでさんは立ち上がった。 かえで「問題は貿易会社ね、みゆきさんの話しを聞くとけいこさんの正体をお稲荷さんって分かっていた様な気がする、つかさ覚えていない?」 つかさ「ふえ?」 いきなり振られてつかさは困惑してオロオロしている。私も話しに付いていけないのだからつかさも同じだろう。 かえで「まだレストランが引越しする少し前、二人で神社の頂上に登ったでしょ、二人で登るなんて何度もないから覚えている、そこの木の陰に黒ずくめの男が隠れていたでしょ、 つかさは観光客だなんて言っていたけどね」 つかさは頭を抱えて考え込んだ。 つかさ「あっ!!」 つかさはピンと立ち上がった。 かえで「思い出した?」 つかさ「うん……あの人って観光客じゃないの?」 かえで「あれが観光客だもんですか、貿易会社の差し金よ、あの神社がお稲荷さんの住処だったのを調べていたにちがいないわ」 かがみ「そんな事があったなんて知らなかった」 かえで「私も当時はそこまで根深いとは思わなかったからあまり気に留めておかなかった……国の権力を使ってけいこさんを拘束するなんて、フェアーじゃない」 ひとしさんがいきなり立ち上がった。 ひとし「話はそれで終わりか、4万年前の遺跡を掘り返しただけ、可愛いものじゃないか、もう私達には関係ない、」 かがみ「可愛い……それだけなら私は貴方達を呼ばないわよ」 ひとし「それじゃ何だって言うんだ……」 かえで「こらこら、夫婦喧嘩はやめなさい」 かがみが言い返そうとした時、良いタイミングでかえでさんが割り込んだ。 かえで「かがみさん、続きを聞かせて」 かがみ「は、はい……データの中に貿易会社の取引先の情報があって、その中に国際的に取引を中止されている国の名前が幾つもある、それだけじゃない、     その取引の商品がこれ」 かがみは紙を鞄から出した。英語で書いている表だけど読めない。 ひとし「……兵器か……素粒子銃、レーザー砲……なんだこれは、こんな物今の時代に不釣合いな兵器だな」 かがみ「実験装置として売っている……密輸が発覚しただけでも企業の存亡に関わる大スキャンダルよ」 ひより「もしかして神崎って記者はそれを調べるために?」 かがみ「記者としてはそうかもしれない、でも、彼女もお稲荷さんの存在を知っている、しかも真奈美さんをね」 ひより「どう言う事です?」 かがみが話そうとした時だった。 ゆたか「その前に聞きたい事が……」 かがみ「どうぞ」 ゆたかはかがみではなくすすむさんの方を向いた。 ゆたか「お稲荷さんの知識で武器を作れるの、宇宙は戦争もできないほど過酷だって、そう言ったのは嘘だったの?」 すすむ「嘘じゃない……」 ゆかた「それじゃどうして武器が作れるの……」 ひろし「お前達も経験しているはずだ、火薬は爆弾にもなれば花火にもなる、簡単な事だよ」 ゆたか「私達次第って事……かがみさんごめんなさい、続きを話して下さい」 どうしたのかな、ムキになって ……ゆたかはすすむさんが好きだった……からかな。女心って分からないな……って私も女か。 かがみ「それはみゆきから話すわ」 みゆき「板に記録されている文字は標語文字ですよね?」 こなた「ひょうごもじ?」 みゆき「漢字の様に一つの文字で意味を成すものです」 すすむ「そう、私達が古代に使っていた文字を敢えて選んだ、無闇に解読されないように」 みゆき「貿易会社でもおそらく解読できていないでしょう、そのはずなのにこうしてお稲荷さんの知識を利用した兵器が作られている、膨大な量の文から必要な部分だけを選んで」 ひとし「誰かが翻訳をしている……」 みゆき「そうです、私の推測ですがその人が真奈美さんではないかと……」 つかさ「ま、まなちゃん……」 ひろし「姉が生きている、ばかな……」 ひろしは立ち上がった。 ひろし「生きているならとっくに僕が気付いている、それに翻訳する必要なんかない、メモリーの知識は脳の中に入っているのだから」 みゆき「真奈美さんが人間になっていたとしたらどうですか、人間になると使わない記憶は自然と消えていきます、すすむさんはさっきそう言いましたね」 ひろしは黙って立ち尽くしている。 かがみ「みゆきの推理に説得力あってね……私は支持するわ、おそらく真奈美さんは強制的に翻訳させられている、」 これがかがみとみゆきさんが分析した結果か…… ひとし「しかし……あくまで推測だ、証拠がない」 つかさ「でもお稲荷さんの文字が読める人が居るんでしょ、それじゃお稲荷さんしか居ない」 ひとしさんはつかさに何も言わなかった。単純、単純で何の捻りもない素直な答え。だからひとしさんは反論できない。 みゆき「……貿易会社本社25階、遺跡保管庫にメモリーの本体が保管されています……泉さんから頂いたデータから得た情報で、真奈美さんが居るとしたらその辺りのはずです」 25階……25階って確か…… ひとし「……真奈美ではないにしても仲間がいる可能性があるのか……」 すすむ「だとしたらこのまま何もしない選択はない」 まなぶ「仲間が囚われているのなら助けないと……」 まなぶさんが立ち上がった。 まなぶ「でも……けいこさんが、あのけいこさんが何も出来ずに捕まってしまった、すすむよりも永く人間と暮らして人間の鼓動は把握しているはずのけいこさんがね、甘く見ない方     がいい、今度私達が捕まったら助ける方法はない、故郷から助けも呼べない、失敗は許されないぞ」 かがみ「確かにあの時、裏で何か大きな権力が動いていたのは感じていた、それが……あの貿易会社、素人集団の私達が対抗できるかしら……」 みゆき「しかし、泉さんはデータを無事に取ってきました……出来ませんか?」 みゆきさんは私の方を見た。 こなた「それは神崎さんが居たからだよ……それにあのビルの25階は貿易会社直営の銀行があるだけだよ、そこはデータを取った資料室とは比べ物にならない警備だね」 みゆき「銀行……」 あやの「そうそう、思い出した、あのビルで働いている時、25階の銀行は特別だったね、専門の警備会社が警備していて会員制の銀行だから一般人は入れやしない」 まなぶ「……なるほど簡単ではなさそうだ……」 まつり「ちょっとちょっと、なに、もう潜入する気満々じゃない!!」 突然まつりさんが立ち上がった。 まつり「もうまなぶはお稲荷さんじゃない、人間なの、そこに居る三人もそう、いくらお稲荷さんの知識を悪用されているって、もう4万年前の遺跡を勝手に掘り起こして     いるだけじゃない、そんなのはもう時効、私達がそんな危険なことまでして守るものじゃないよ、後は専門家に任せればいい」 専門家……適任がいる。神崎さん…… みゆき「し、しかし……お稲荷さんが囚われています」 いのり「けいこさん達を助けるような訳にはいかないのは確か、下手な事をすれば私達の命もも、囚われているお稲荷さんの命だって取られてしまうかもしれない、     兵器を作って密輸するような死の商人だったら何をするか分からない、法律なんか平気で無視するに決まっている、うんん、もう破っているじゃない」 いのりさんも立ち上がった。 いのり「悪いけどこれ以上の話には付き合えない」 まつり「同じく」 そして二人はそれぞれの旦那の方を向いた。すすむさんとまなぶさんは首を横に振った。 すすむ「悪いが話しだけは最後まで聞く」 いのりさんはかがみの方を向いた。 いのり「かがみ、いったいどうゆうつもりなの、一体何をしようとしてるの、大企業、いや、今や貿易会社は今や大国と対等に渡り合っている、一個人が喧嘩売ってただで済むとおもう」 かがみ「……別に喧嘩なんかするつもりは……でもね、私も法律を齧った端くれ、こんな大罪を黙って見逃すつもりはない」 いのり「それならかがみ一人ですればいいじゃない、私達を巻き込まないで!」 かがみ「巻き込まないって、姉さん、私達はそのお稲荷さんと一緒になった、彼等の運命や背負っているものも一緒なの」 いのり「私はそんなものまで背負った覚えはない、行くよ!まつり」 まつり「う、うん……」 いのりさんはまつりさんを引っ張りながら店を出て行った。 つかさ「お姉ちゃん……」 かがみ「あんなの放っておけばいいのよ!」 怒るかがみに心配そうに二人が出て行った出入り口を見つめるつかさ……対照的だな…… かえで「ちょっと待って、話しを進める前にハッキリしておきましょ」 かがみ「な、何をです?」 かえで「いのりさんやまつりさんの言い分は間違っていない、彼女はお稲荷さんと一緒になった訳じゃない、人間のすすむさん、まなぶさんと一緒になった、それはかがみさん、 つかさも同じ、違うかしら?」 つかさ「うん」 かがみ「それは……」 自信を持って頷くつかさに少し戸惑い気味のかがみだった。 かえで「これからの話しはすごく危険な話し、下手をすれば誰かが罪を犯すかもしれないし命を落とすかも知らない、いのりさん達は夫にそんな危険な事をして欲しくないだけよ、     だから出て行った、それは私達も同じ、これは強制でもなければ義務でもない、協力するもしないも自由……退出するならどうぞ」 うぁ~これはある意味いろいろフラグが立ちそうなイベントだ。私はどうする…… ここまで来て続きを見ないのは勿体無い。それに半分は私のせいでもあるからね。 見た所誰も動きそうにない。これで決まりかな…… ひろし「それじゃ出て行くのは君だ、田中かえで……」 ひろしがそんな事を言うなんて……そういえばかえでさんを苦手だって言っていたっけ。いままでお返しかな…… かえで「何故」 ひろし「随分お腹が大きくなってきているじゃないか」 かえで「私が妊婦だから……そう言うなら見損なわないで、生まれてくる子の為にも私は此処に残る」 ひろし「おめでたいやつだな……」 かえで「な、何ですって、何がおめでたい!!」 その時だった。私はデジャブを感じる。何だろう……そうだ。 私を見下したような言い方だった。 「おめでたい」……あの言い方、イントネーション、間合い……あの時の神埼さんと全く同じだ。 ひろし「生まれてくる子の為なら尚更こんな所に居るな……子がいなければ話して聞かせる事もできないじゃないか」 どこかの方言なのか。偶然に同じなんて…… かえで「それなら貴方だって同じじゃない、子供が居るでしょ」 つかさ「ふふふ……」 突然つかさが笑った。 かえで「な、何が可笑しいのよ……」 つかさ「やっぱり姉弟だね……私もねまなちゃんから言われちゃった、「おめでたい」って、ひろしさんも良く言うよね……まなちゃんを思い出しちゃった」 え……そ、そんなバカな、ひろしと真奈美が同じ言い方をしていた? つかさ「まなみはもう小学生だし自分の足で歩けるよ、でもねお腹の中の赤ちゃんはお母さんから出られない、だから危険な事をしたらダメなの……それに、     かえでさんの顔色があまり良くない……早く帰った方がいいかも?」 かえでさんはお腹を手で触った。 みゆき「つかささんの言う通りです、帰って休まれた方がいいと思います……」 かえでさんはゆっくり立ち上がった。 かえで「ごめん……つかさ……こんな時に力になれなくて……」 つかさは首を横に振った。 かがみ「姉さん達のフォローをしてくれてありがとう……」 かえで「うんん、でも、これだけは言っておく、無茶だけはしないで……私が言う事じゃないか……」 かえでさんは苦笑いをしながら店を出て行った。  つかさが言った言葉が頭から離れない。「おめでたい」…… ひろしと真奈美が同じ言い方をしていた。そして神崎さんも……この事から言えるのは只一つ。 ひろし「姉が囚われているかもしれない、これだけでも充分貿易会社を調べる価値はある、それに加えて我々の知識が悪用されているとなれば尚更だ、しかし問題は神崎あやめの     本当の目的だ、密輸を暴いて名を上げるためか、それとも囚われた人物を救おうとしているのか、それとも、その両方なのか」 かがみ「その二つとも違うかもしれない……本来なら此処に来て居なければならない人よ、データの提供者本人なのだから……」 そうだよ、いえる事は一つ、神崎あやめは真奈美…… つかさ「こなちゃんも私も何度も連絡したけど来てくれなかった…ねぇ、こなちゃんそうだよね」 お弁当を横取りされた時、彼女はお弁当を作ったゆたかの心を見抜いていた、あれは神崎さんの千里眼だと思ったけど違う、あれはやっぱりお稲荷さんの力だった。 つかさ「こなちゃん?」 間違いない。神崎さんは真奈美が化けた人だった。だからつかさと握手した時、つかさに正体を知られるのを恐れて力いっぱい握った。 つかさ「こなちゃん、聞いてる?」 全てが説明つくじゃないか……いや一つ疑問が残る。問題はひろしが何故それに気付いていないのか。 いや、そんなのはどうでもいい。もう一回神崎さんに会えば分かる。 かがみ「おい、こなた!!」 こなた「ひぃ!!」 かがみの大声で私は我に返った。 つかさ「どうしたの、ボーっとしちゃって?」 こなた「へ、私に何か御用ですか?」 かがみ「御用じゃないでしょ、さっきからつかさが呼んでいたのが聞こえなかったか……まったく、どうせアニメの事とか考えていたんでしょ……」 こなた「え、ちが……」 まて、この話しをした所で笑われるに決まっている。決め手が「おめでたい」じゃ「おめでたい」って言われるに決まっている。 こなた「へへへ、ばれちゃった……」 かがみ「やれやれ……」 溜め息をつくかがみ。 つかさ「神崎さん……来てくれなかった」 つかさの一言で今まで何を話していたのかが想像ついた。 こなた「ああ、彼女はデータ自体を渡したくなかったみたいだった、それとお稲荷さんの秘密を知っているとは思わなかったみたいだしね、とても危険な事をしようとしているのだけ     は分かったよ」 すすむ「なんとか神崎を私達の前に連れてこられるか、そうでないとこれからの行動が決められない」 こなた「う~ん」 私は腕を組んで考えた。 ひとし「来ないなら来ないで我々だけで行動するしかないだろう、その時は泉さんの力を借りる事になるだろうがね」 みゆきさんは鞄からA4サイズのファイルを私に渡した。 みゆき「データを分析した詳細が書かれています、これを神崎さんに渡してください、きっと私達に協力してくると思います」 こなた「へ、私が渡すの?」 かがみ「当たり前だ、一番彼女と接触しているのがこなたのだから、それに仲も悪くはないでしょ?」 こなた「それはそうだけど……」 そうか、このデータを利用すれば神崎さんに会える。神崎さんはまだ完全にデータを分析し切れていない。そうに違いない。 こなた「分かった、やってみる」  こうして私は神崎さんの家に直接A4ファイルを渡しに向かうのだった。 彼女はお稲荷さんなのか。真奈美なのか。もう誤魔化しも駆け引きも要らない。 つづく **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3)
⑪  次の日のお昼過ぎ……私は神社の前に車を停めた。 神崎さんは夕方って言っていた。随分早く着いてしまった。サービスエリアでもう少し時間を潰してくればよかったかな。 この前の時みたいに待っている必要はない。もうさっさとデータを渡しちゃおう。 このやり場のない気持ちでずっといるのは耐えられない。神崎さんがこれからどんな態度に出るのか……白黒つけてやる。 私は再び車を走らせ神崎宅を目指した。 この前来た時と同じ場所に駐車して車を降りた。そして神崎さんの玄関前に立った。 呼び鈴が押し難い……何故、約束の時間より早いから。データを渡して彼女の態度が豹変するのが恐いから…… やっぱり時間まで待とうかな。いや、もうここまで来て戻るなんて。 「はぁ~」 溜め息が出た。 私の秘密がバレた。神崎さんは私を記事にするのだろうか。いっその事あの時何もしないで帰っちゃえばよかったかな。 いや、神崎さんを助けないであのまま見捨てて私だけ逃げるなんて出来なかった。 記事にするとかしないとかそんな事を考えていなった。そうだよ逆に考えていたら助けられない。つかさがお稲荷さんを助けた時もそんな感じだったのだろうか。 つかさはあれこれ深く考えないからなぁ…… とか言っているけどこの私だって深く考えている訳じゃない。つかさと似たり寄ったりだ。でも、つかさはお稲荷さんと仲良くなったからある意味つかさの方が上かな…… それに引き換え私なんか…… 人差し指が呼び鈴のボタンの前で止まったままだ。かがみに励まされてここまで来たのに…… 「あの、何かご用ですか?」 こなた「ふぇ?」 声のする方を向くと正子さん? 正子「貴女は……確か泉さん?」 こなた「は、はい……この前は失礼しました……」 正子さんか。レジ袋を持っている。買い物の帰りだったみたい。 正子「娘に、あやめに用ですか? さっきまで一緒だったのですが生憎別れてしまいまして……夕方頃までは戻らないと思いますけど」 そう、約束は夕方だった…… こなた「そうですよね、約束もその頃だったもので……ちょっと早過ぎました、出直します……」 車を停めてあった場所に向かおうとした。 正子「折角遠い所から来たのですから時間まで上がって待って下さいな」 私は立ち止まった。 こなた「いや、悪いですよ、お邪魔になるかと……」 正子「まぁ、そう言わずに、どうぞ」 正子さんはドアを開けてにっこり微笑んだ。 こなた「……お邪魔します……」 正子さんの笑顔に吸い込まれるように家に入った。  あの笑顔には逆らえない。つかさやかがみのお母さん、みきさんにしてもそう、みゆきさんのお母さん、ゆかりさんはいつも笑顔だった。 神崎さんのお母さんも同じだった。 ……母……か。 正子「ごめんないね、こんなものしか無くって……」 こなた「お構いなく……」 正子さんはお茶とお茶菓子を私の前に置いた。 正子「丁度一ヶ月くらい前かしら、貴女がここに来たのは」 正子さんは私の目の前に座った。 こなた「そ、そうですね、そのくらいになります」 もう一ヶ月経つのか。潜入取材が終わったからそのくらいの期間は経っている。 正子「あやめもそのくらい仕事で空けていましてね、もしかしてご一緒でしたか?」 こなた「え、ええ、そうですね、半分くらいは一緒でした」 正子「あやめはいろいろなお友達を連れてきますけど、学生時代からの友人の様み見える」 そうか、取材とかでいろいろな人を連れてくるのか。私もその中の一人。 こなた「そうですか、私って童顔だから……身体も小さいし」 正子「ごめんなさい、私はそんな意味で言ったのでは……」 卑屈になったのが悪かった。話が途切れてしまった。初対面の人と話すのは難しいな。正子さんは二回目だけど。同じようなものか。 正子「あやめと今日はお仕事の約束ですか?」 こなた「は、はい……」 正子「そうですか……」 話題を作らないと……そう思えば思うほど何も話題が出てこない。焦るばかりだった。 正子「一昨日、慌てて帰ってくるなり「私宛の郵便はどこ」って問い詰められて、泉さんが出したものではなかったのですか?」 こなた「郵便……いいえ、私は出していません」 正子「良かった、それなら安心」 サイン会の招待状を探しにきたのかな。そうか。神崎さんは私に言われて一度帰ったのか。それでサイン会の招待状を見つけたのか。 こなた「すみません、それで、それより前は帰ってこなかったのですか?」 正子さんは頷いた。 正子「一度も連絡もしないで、酷いでしょ?」 帰っていなかった。まさかとは思ったけど彼女は本当に帰っていなかったのか。一人で貿易会社を調べて居たのだろうか。 お母さんに連絡もしないで一体何を調べていたのか。いや、どんな大事な取材か知らないけどお母さんを放って置いて良いなんてないよ…… こなた「そんなに一人が良いなら引っ越せば良いのに……」 正子「そうね……本当はそれが一番良いのかもしれない、でもあやめは分かれて暮らすなんて一言も言わない、なんだかんだ言ってまだ親離れできていないのかもしれない、    そう言う私も子離れ出来ていないのかも……」 こなた「ははは、実は私もまだお父さんと一緒に暮らしていたりして……」 正子「そうでしたか……こんな可愛い娘さんが居たら手放したくなるのも分かります」 こなた「はは、もう可愛いなんて言われる歳じゃ……それはないと思うけど………」 正子さんは照れている私を見て笑っていた。 こなた「あやめさんって子供の頃はどんな子だったの?」 正子さんは遠い目で私の向こう側を見た。 正子「そうね……学校から帰ってくると直ぐに遊びに出かけて、夕方になるまで帰ってこなかったかった……」 こなた「それって、遊びが仕事になっただだけで今と同じじゃないですか」 正子さんは笑った。 正子「ふふ、そうかもしれない……あの子は昔からそうだった、何にでも興味を持って……それでいて正義感は人一倍だった、    いじめられっ子を庇って男の子と喧嘩もしたくらいだった」 こなた「へぇ…」 正子「それでもやっぱり女の子、半べそで帰ってきた……それでも男の子の方に怪我をさせたみたいで、後で学校に呼び出された……」 こなた「あらら……男勝りだったんだね……」 私はただ正子さんに合わせているだけでいい。それだけで話がどんどん進んでいった。 正子「曲がった事が嫌いだった、それでも女の子らしい所もあってね……あれは小学校に入学する少し前だったかしら……    怪我をした狐を大事そうに抱えてきて、助けたいって……」 狐……怪我をした狐だって……私は身を乗り出した。正子さんは私の反応を見て嬉しかったのだろう、話しを続けた。 正子「野生の動物は無理だよって何度も言い聞かせても聞かなくってね、勝手にしなさいって怒った……だけどあやめは諦めないで看病したみたいね……    一週間くらいでその狐は元気になってあやめのあげた餌なら食べるくらいまで懐いた……真奈美なんて名前をつけたくらいだからあやめもよっぽど気に入ったみただった」 こなた「ま、真奈美!?」 正子「え、ええ、そうですけど、何か?」 こなた「な、何でもありません、それで、その狐はその後どうしたの?」 傷付いた狐……真奈美……そして、神社のすぐ近くの家……これは偶然じゃない。その狐は、真奈美は……つかさを助けたあの真奈美に違いない。 正子「どんなに馴れても野生の動物は飼えない……別れの日が来ました、丁度あやめが小学校に入学する日だったかしら、狐を山に帰す時……あの子の悲しい顔が今でも忘れなれない    まるで親友と別れる様だった……」 親友……彼女は狐の正体を、お稲荷さんの秘密を知っているのか。 神社とこんなに近い家だだから。たとえ別れたとしても再会できる機会は幾らでもあるよね だとしたら…… まさか神崎さんがしようとしている事は。貿易会社に囚われている真奈美を助ける為。これはみゆきさんの推理と一致している…… 真奈美は生きているのか……そういえば神崎さんと私達は少しちぐはぐだった。それは私達と同じように彼女にも秘密があるから。 共通の秘密ならもう隠す必要はない。真奈美を助けるなら皆で協力しないと。私達が今まで彼女に秘密にしていたのも無意味だ。 もしかして今一番必要なのは神崎さんとつかさを逢わす事なのかもしれない…… 正子「どうかしましたか?」 こなた「え、い、いいえ、何でもありません、あやめさんに早く会いたくなりまして……」 正子「私のお話が役にたったのかしら……」 こなた「なりました、すっごく、あやめさんの事が分かりました」 正子「そうですか、泉さんのその、喜ぶ顔が見られてよかった……」 その後は私の話しを正子さんにした。高校時代、大学時代、もちろんつかさやかがみ、かえでさんの話しもした。 でも、お稲荷さんの話しと潜入取材の話しは出来なかった。  夢中で話したせいか時間はあっと言う間に過ぎた。 正子「もうそろそろ帰ってきてもいい頃なのに……なにやっているのか、あの子ったら……」 日は西に傾いてそろそろ夕方だ。だけど彼女は帰ってこない。 正子「しょうがない」 正子さんは立ち上がり携帯電話を手にした。電話をするのか。 こなた「あ、もしかしてあやめさんに連絡を?」 正子さんは頷いた。 こなた「私、そろそろ行かないと、長い間お邪魔しました」 正子「え、で、でも、まだあやめは帰ってきていない、約束は?」 こなた「大丈夫です、彼女に会いに行きますので……当てがあるから連絡しなくてもいいです」 正子「そ、そうですか……」 連絡する必要はない。神崎さんは待っているに違いない。あの場所で……それに確かめたい。もし私の、うんん、みゆきさんの推理が正しければ 彼女はあの場所にいるに違いない。あの神社に…… 私は帰り支度をした。 正子「……娘を……あやめをお願いします……」 こなた「え、それってまるで嫁に出すみたいな言い方ですよね……私、一応女なんですけど……」 正子「あらやだ、私ったら……」 私達は笑った。 正子「ふふ、泉さんはあやめと幼馴染みたいですね、どうかあやめの力になってやって下さい」 こなた「どうかな~ 力になってもらいたいのは私の方かもしれない」 正子さんは笑顔で私を見送ってくれた。  車を走らせて5分も掛からない場所……神社の入り口。 駐車スペースには神崎さんのバイクが停めてあった。間違いない彼女は神社に居る。バイクのすぐ横に車を停めた。 私は入り口に入り階段を登った。  つかさと真奈美の話で私は疑問に思っていた事が一つだけあった。それは誰にも言っていない。私だけの疑問として仕舞っていた。 それは真奈美が何故つかさを殺すのを躊躇ったのか。止めたのか。それがどうしても分からなかった。 真奈美は人間嫌いだった。それがたった一晩宿屋で一緒の部屋で過ごしただけで心変わりが起きるなんて、いくらつかさが誰でも仲良くなれるって言っても時間が短すぎる。 私が捻くれた考えだった。そう思った時もあったし、誰かに話せばそう言われるだけ。だけど心の奥では釈然としなかった。 そして、正子さんの話しを聞いてそれが解けた。 幼い頃の神崎さんが真奈美を助けたなら真奈美のつかさに対する行動が全て納得できる。だから会いたい。神崎さんに…… それを確かめたい。 頂上に向かう私の足が自然と速くなっていった。 こなた「はぁ、はぁ、はぁ」  頂上に着くと息が切れていた。ちょっと飛ばしすぎたが……あれ? 周りを見渡しても彼女の姿が見受けられない。確かお弁当を食べていた時はこの辺りで景色を見ていたのに…… 私が階段を登って来たのは神崎さんには見えていたはず。って事は…… なるほどね、この前と同じように私を驚かすつもりだな。そう何度も同じ手に引っ掛かるほど間抜けではないのだよ。この神社で隠れるとしたら森に入った奥だけ。 私だってこの神社には何度も来ているからそのくらいは解る。よ~し。逆に驚かしてやる。 木の陰に隠れながら森の奥へと足を進めた。中は薄暗くてよく解らない。 森の中……そこはひろしとかがみが言い合いをして私が飛び込んで行った場所だった。あの時、確かにお稲荷さんは嫌いだった……嫌いだったけど 今は特にそんな感情はないかな……そういえばみゆきさんも最初は…… 『わー!!!』 こなた「ひぃ~」 後ろから突然の声にビックリして振り向こうとして足がもつれて尻餅をついてしまった。 あやめ「ふふ、私を驚かすつもりだったでしょ……それにね森の奥には行ったらダメだから、昔からの言い伝え」 私は立ち上がりお尻についた土埃を掃った。それを確認すると神崎さんは階段の方に向かって行った。私も暫くして彼女の後に付いて行った。 木の陰に隠れていたのか。そういえば私も木の陰に隠れてつかさを見張ったのを思い出した。 あの時はもう少しでキスシーンを見られる所だったけどひろしに気付かれて……あれ…… この神社に……こんなに思い出があったなんて…… 神崎さんはこの前の時と同じ場所で町の景色を眺めていた。私は更に彼女に近づいた。 あやめ「この景色を今でもこうして見られるのは泉さん、貴女のおかげだったなんて……私は……」 これって、ビルで別れ際の時に言い掛けたのを言うつもりなのかな。私は何もしないでそれを待った。 あやめ「私は……貴女を見掛けだけで判断してしまった、「そんな事なんか出来るはずない」……そう思っていた、真実を見抜けなかった、     曇った目では真実は見抜けない、記者失格ね……それに私は貴女を危険に曝してしまった……」 こなた「まぁ、誰も私がそんなのを出来るなんて思わないから、気にする必要なんかないよ……」 あやめ「……今の所潜入されたって報道はない、いや、停電の話しすら出ていない、きっと只の事故として処理された、完璧じゃない、どこでそんな技術を……」 ここで誤魔化しても意味ないかな。 こなた「木村めぐみ……さんから教えてもらった、あのUSBメモリーはめぐみさんから貰ったもの、もちろん中身の構造なんか全く分からない、でもそれを使う事はできる」 車の構造は知らなくても運転は出来る。それと同じようなものかもしれない。 私は財布からSDカードを取り出し神崎さんに差し出した。 あやめ「木村……めぐみ……」 神崎さんはSDカードを受け取とった。 あやめ「小林かがみ……貞子Y麻衣子、小早川ゆたか……貞子H麻衣子、田村ひより……この三人の共通点、調べてすぐに分かった、陸桜学園の卒業生……もしかして泉さん?」 こなた「ビンゴ、私も陸桜学園出身……でも今頃になってそんなのを調べるなんて……本当にプライベートは調べないないみたいだね……」 あやめ「それが私のポリシーだから、小早川さんは以前取材した事がある……ふふ、それにしてもどこにどんな接点が出来るなんて分からないものね……」 神崎さんは苦笑いをした。 こなた「これでミッション終了だね、結構楽しかった、こんなのはレストランで働いていたら味わえなかったよ」 あやめ「いや、まだ終わっていない、教えて、どうやってこの神社を寄付した、そして資金は?」 身を乗り出しで来た。これは記者としての好奇心なのか。それとも個人的に聞きたいのか。 こなた「話す前に……条件がある」 あやめ「条件って?」 こなた「私の事を記事にしないって約束して……」 あやめ「そうか、以前私はそんな話しをした……まさか貴女がその本人とは思わなかったから興味を持ってもらうように話しただけ、約束する、記事にはしない」 あっさり約束をしてくれた。かえでさんやかがみの言う通りだった。でも、……疑ってもどうしようもないか。彼女を信じるしかない。 こなた「げんき玉作戦、私はそう名付けた」 あやめ「げんき玉……それって〇〇〇〇ボールで、生き物の元気を少しずつもらって大きな力にする技……」 こなた「当たり、その通りだよ、お金の取引に出る端数を切り取ってスイス銀行に貯めていく」 あやめ「なるほどね、取られた本人はそれに気付かない……取られた量は少なくなくても塵も積もれば山となる……まさにげんき玉そのものじゃない、もしかして私も     取られたのかしら……」 こなた「さぁね、取られたかもしれない、私自身も取られたかもね」 神崎さんは私の目を見て話し始めた。 あやめ「巨大な力に立ち向かい泉さんはこの神社を守った……誰の為にそんな事を」 こなた「誰の為にって……誰だろう……つかさの為かな」 あやめ「つかさ……あの洋菓子店の店長の?」 こなた「うん」 あやめ「私、闘う女性は好きだな……」 真顔で何を言ってるの……この人。まさか…… こなた「へ、な、なにをいきなり、私はそんな気なんか全くありませんよ……」 神崎さんは笑った。 あやめ「何勘違いしてるの、強い物に立ち向かっていく女性の事を言っている、泉さんはまさにその通りじゃない」 こなた「別に私は戦士とかじゃないけど……」 神崎さんは私に背を向けて景色を見出した。 あやめ「さて、これでスッキリした、泉さんの手伝いも全て終わり、もうこれで貴女は自由だから、もう私に関わらなくて済む」 こなた「関わらなくて済むって?」 あやめ「もう二度と会う事はないでしょうね、短い間だったけどありがとう」 な、何だって、そんなのってないよ、一方的すぎる。 こなた「ちょっと待った、まだ私の話しは終わっていないよ」 あやめ「これから先は私の仕事だから……これ以上貴女を巻き込みたくない」 こなた「もう充分巻き込んでいるよ……」 あやめ「泉さんを危険な目に遭わせたのは悪かった、店長さんにも謝っておいて、さようなら」 自分の話しはしないつもりなのか。そっちがその気なら私にも考えがあるよ。 神崎さんは階段を下りようとした。 こなた「さっき渡したSDカード、データを圧縮して保存していてね、その圧縮方法が特殊で私が持っているUSBメモリーが無いと解凍できないよ」 神崎さんの足が止まった。 こなた「無理に解凍しようものならたちまち自己破壊するようになってる……」 神崎さんは私の所に戻ってきた。 あやめ「とう言うつもり、私を脅そうなんて……」 こなた「もう、騙し合いはやめようよ」 あやめ「騙し合い?」 こなた「そうだよ、私も全てを話している訳じゃない、神崎さん、貴女もね」 あやめ「何を言っているのか分からない……」 さて、今までずっと神崎さんのペースだったけど今度からは私のターンだからね。  夕日が差し込んで来た。もうそろそろ日が沈む。私はこの町の風景を初めてこの神社から眺めていた。 あやめ「データを加工するなんて卑怯じゃない、それに騙し合いって……私にそんな疾しいことなんか無い」 神崎さんがあんなにムキになっているのをはじめて見た。卑怯は合っているかもしれない。私はデータを人質にとったのだから。 こなた「木村めぐみ……この名前を出した、神崎さんはその後全くこの事について何も聞いてこなかったけど、行方を追っていたんじゃないの?」 あやめ「そうだけど……」 言葉が詰まっている。やっぱり、隠しているな。それなら…… こなた「柊けいこ、木村あやめはもう何処にも居ないよ」 あやめ「何処にも居ないって、それは亡くなったって意味?」 こなた「少なくとも地球には居ないって意味」 あやめ「な、そんな冗談に付き合って居られない、それより早く解凍する方法を教えて」 神崎さんの声が荒げてきた。 こなた「神崎さんが幼少の頃、一匹の傷付いた狐を拾ったでしょ?」 あやめ「突然何を言っているの、そんなの全く何の関係もない話しを……」 さて、次の話しを聞いてどんな反応をするかな。 こなた「正子さんから聞いた、その狐の名前は真奈美って名付けたんだってね、でも、その狐は最初から真奈美って名前だった……ちがう?」 あやめ「え、あ、う……」 何も反論してこない。そうか。私の勘が当たったみたいだ。 こなた「もし、その狐が真奈美なら私達にもとっても重要な事なんだけどね」 神崎さんは一歩後ろに下がった。そして口を開けて驚きの表情をしていいる。 あやめ「ま、まさか、貴女……その狐の正体を知っているの?」 神崎さんは私達と同じだ。もうそれは疑いの余地はない。 こなた「神崎さんは何て呼んでるのか知らないけど私達はお稲荷さんって呼んでる、知っているかもしれないけどUSBメモリーをくれためぐみさんもそう、けいこさんもね」 あやめ「ま、まさか、私の他にそれを知っている人が居たなんて……」 神崎さんはその場にしゃがみ込んでしまった。 こなた「悪いけど、神崎さんのデータをコピーさせてもらったから、私達にも必要なデータみたいだからね」 あやめ「いくら泉さんでもあのデータを解析なんか出来ない……待って、私達、さっき、達って言ってたでしょ?」 こなた「うん、少なくとも神崎さんが知っている私の知人は皆関係者だよ、勿論かがみ、ゆたか、ひよりもね」 神崎さんはゆっくりと立ち上がった。 あやめ「……これは偶然なの……まさか、私はその秘密を知っている人を探していた訳じゃない、いや、誰も知らないと思っていた」 こなた「どうだろうね、同じ秘密を持っているから自然と繋がったんじゃないの?」 あやめ「それで、貴方達は真奈美さんとどんな関係があるの?」 その話をするのははめんどくさいな。それにもうすぐ真っ暗になっちゃう。 こなた「私は直接そのお稲荷さんには会っていない……そうだね、つかさに会って直接聞くといいよ」 あやめ「つかさ……あの店長に、どうして?」 こなた「彼女が全ての始まりだから」 あやめ「え?」 私は階段の手摺にハンカチを巻いてその上に腰を下ろした。 こなた「下で待ってるよ~」 そのまま体重を手摺に預けた。滑ってどんどん加速していく。バランスを取りながら下がっていく。 私は休み時間とか暇を見つけて貿易会社のビルの階段で練習した。慣れれば簡単だった。  神社の入り口に着いて自分の車の近くで待っていると神崎さんが私と同じように手摺を滑って降りてきた。見事に着地すると私の所に歩いて来た。 あやめ「やられた、この下り方が出来るなんて」 こなた「悔しいじゃん、リベンジだよ、リ・ベ・ン・ジ」 神崎さんは笑った。 あやめ「ふふ、分かった、そのつかささんに会いましょう、話しはそれからみたいね」 こなた「うん」 あやめ「その前にこれだけは教えて、柊けいこ会長と木村めぐみが地球に居ないって言ったけど……それはどう言う意味?」 これは言っても良いかな こなた「お稲荷さんは殆ど故郷の星に帰った、宇宙船が迎えにきてね……どんな方法か分からないけど二人も連れて帰った、だからこの神社にお稲荷さんは居ないよ」 あやめ「帰った……そ、そんな……どうして……」 とても悲しそうな表情。意外な反応だった。 こなた「お稲荷さん個人個人で理由は違うと思うけど……あの二人は……今までの人間の仕打ちを見れば分かると思うけど……」 神崎さんは悲しみを振り払う様に笑顔になった。 あやめ「そう……今日は泊まっていきなさいよ、今から帰ったら日が変わってしまうでしょ、それに母が狐の話しをするなんて、そうとう気に入られたみたいね」 こなた「サービスエリアで泊まろうと思ったけど……お邪魔しちゃうよ?」 あやめ「ぜひそうして」  私は一番遠ざけていたつかさに神崎さんを会わそうとしている。本当にこれでいいのか。もっと彼女を調べてからでも…… そう思ったりもしたけど。もう決めてしまった事だ。それに神崎さんはお稲荷さんを知っている。そしてつかさと同じように狐を助けている。 きっと私達の仲間になってくれる。そうすればあのデータだって直ぐに分かるに違いない。そう思ってそれに懸けた。 でもさっきのあの悲しい顔は何だろう。あまりに悲しそうだから聞けなかったけど……けいこさんとめぐみさんを知っているいるのかな。 神崎あやめ……まだ何か秘密があるのか。つかさと会って真奈美の話しを聞いて彼女はどうするのかな。 分からない。ただ期待と不安だけが交差するだけだった。 ⑫ こなた「ほい、これでよしっと……ちょっとフォルダー開いてみようか」 あやめ「お願い……」 神社から神崎家に移った私達は神崎さんの部屋でデータの解凍をした。彼女はこの為に専用パソコンを用意していた。彼女にかがみの時の様な忠告は不要みたい。 私はフォルダーをクリックしようとした。 あやめ「待って」 私は手を止めた。 こなた「なに?」 あやめ「泉さん、こんなに早く解凍して良いの?」 こなた「え、それってどう言う事?」 神崎さんの言っている意味が分からなかった。手順で何か間違っているとも思えない。 あやめ「私がいつ約束を破って泉さんを記事にするか、そう思わないの……軽々しく人を信じるものじゃない……」 なんだその事か。 こなた「早いかな、もう神崎さんとは一ヶ月の付き合いだし、それに傷付いた狐を救ったし……お稲荷さんの秘密も知っているからね、もう仲間だよ、     それに約束破る人が態々そんなの言うわけないじゃん」 あやめ「……おめでたい思考だな……今時珍しい……」 こなた「そうかな、でも、そう言うのって神崎さんが一番嫌いなんじゃないの?」 私はそのままフォルダーをクリックした……アルファベットの羅列……コピーする時ちょっと見たのと同じようなデータ。まったく意味が分からない。 神崎さんはじっとデータを見ている。見ていると言うより……目で字を追っている。もしかして読んでいる? こなた「何か分かるの?」 あやめ「……これは、ラテン語みたいね……」 こなた「ら、ラテン語?」 あやめ「ふ~ん……それにしても少し古い……ちょっと時間がかかりそう」 こなた「あ、あの、ラテン度って?」 あやめ「古代ローマ人が使っていた言語」 古代ローマって何時の話しなの。全く分からない。もう少し黒井先生の授業を聞いていればよかった。 こなた「うげ、そんなのを読めるの?」 あやめ「……辞書があればだけど」 こなた「そんなの近所の本屋さんじゃ売ってないよ……」 でも見ただけでラテン語だって分かるのは凄い。もしかしたらみゆきさんと同じくらいの頭脳があるかも。 あやめ「そうね、あとでゆっくり解読してみる」 こなた「神崎さん、いったいこのデータって何?」 神崎さんはディスプレーの電源を切ると立ち上がった。 あやめ「泉さん、お稲荷さんの話しは母には言わないで欲しい」 こなた「え、う、うん、別に言われなくてもそうするつもりだけど」 あやめ「それを聞いて安心した、夕ご飯の手伝いをしているから少し待ってて」 神崎さんはそのまま部屋を出て行った。何かはぐらかされたな。教えてくれなかった。  ふと壁に貼ってある色紙を見つけた。これは貞子麻衣子のサイン……それも新しい。 なんだ神崎さん、ちゃっかりサイン貰っているじゃないか。 神崎さんの部屋を見回した……そのサイン意外は特に何もない。飾り気もあまりない。女の子部屋って感じはしないな。まだかがみの方が女の子らしい部屋かもしれない。 まぁ私も人の事は言えないか。本棚には専門書がずらりと並んでいる。 コミケに参加しているから薄い本があるかも……彼女の趣味が分かるかもしれない。本棚に手を伸ばした。だけど直ぐに手が止まった。 だめだめ、やめた。人の部屋を勝手に物色するのは止めよう。 私におめでたい思考だなんて言って置いて神崎さんだって他人を自分に部屋に一人だけにして無用心だよ。それとも私を信頼してくれたのかな。 まさか私を試しているって事は…… 慌てて部屋を見回した……隠しカメラみたいな物は見えない。もっとも隠してあったとしてもすぐに見つかるような位置には置いていないだろうね…… それとも神崎さんのポリシーとやらが私にも移ってしまったかな。多分今までの私なら躊躇無く本棚を物色していた。 神崎さんか……かえでさんから策士と言われて、かがみからは弱気を助け強きを挫くなんて言われて……それでもって潜入取材。 私が居なかったら確実に捕まっていた。そこまでしてかえでさんは何をしようとしているのか。 幼少時代は活発な女の子。そして狐、お稲荷さんとの出逢い。いったいどんなタイミングで真奈美は神崎さんに正体を明かしたのかな。 かえで「食事が出来たから来て~」 台所の方から声が聞こえる。 こなた「ほ~い、今行くよ~」 まだまだ私は彼女を知らなさ過ぎる。さてこれから少しでもそれが分かるかな。 私は神崎さんの部屋を出た。 あやめ「ちょっと……母さん、そんな事まで話したの……」 子供時代の話しを聞いたと言うと神崎さんは不快な顔をして正子さんに話した。 正子「何言ってるの、そんな事くらいで……」 食事は終わってもお喋りは続く。女三人寄れば姦しいってやつかもしれない。自分の家でもここまでお喋りに夢中にはなれなかった。 あやめ「なんかしっくり来ない……泉さんの幼少のはなしが聞きたい」 こなた「ん~それは内緒」 あやめ「なにそれ、お母さんに話せて私には話せないって……それなら、泉さんのお父さんに聞かないと」 こなた「……お父さんに会うって……あまり推奨できないけど……」 あやめ「何言ってるの、私の母には散々会っているくせに、不公平だ」 こなた「……散々って、これで二回目なんですけど……」 あやめ「二回も会えば充分じゃない、私なんか……」 こなた「私なんか?」 あやめ「い、いいえ、なんでもない……」 私が聞き直すと慌てて訂正した。何だろう。正子さんが居間の置時計を見た。 正子「もうこんな時間、片付けしないと、あやめは泉さんの相手をして」 あやめ「あ、う、うん……」 正子さんは台所に向かった。それを確認すると台所に聞こえないほどの声の大きさで神崎さんが話しだした。 あやめ「明日は何時に出るの?」 私も神崎さんの声の大きさに合わせた。 こなた「日が昇った頃かな」 あやめ「それで、柊つかささんにいつ会わせてくれるの?」 こなた「う~ん、明日って言っても向こうにも都合があるだろうからね、神崎さんは?」 神崎さんは自分の部屋の方を見た。 あやめ「私はもう少しあのデータを解析したい」 調べるって資料がなくて調べられるのかな。まぁ、データに関して言えばまったく私はお手上げだ。もうお任せするしかない。 そういえばつかさの店は毎週水曜が定休日だったな。 こなた「確証はないけど、今度の水曜日はどうかな、つかさの店が休みの日だよ、私も早出の日だから夕方なら時間空くよ」 神崎さんは手帳を出して広げた。スケジュールでも見ているのだろうか。 あやめ「私は構わない、あとは柊さん次第ね」 こなた「早速帰ったら聞いてみるよ、変更があるようなら連絡するから」 あやめ「そうね……そういえば貴女の電話番号聞いていなかった、良かったら教えてくれる」 こなた「あらら、そうだったね、メンドクサイから携帯から電話するから」 私が携帯電話を操作しているのを見ながら彼女は話し始めた。 あやめ「泉さん、貴女って面倒な事は全部他人任せ……それでいて重要な場面では先頭を切って走り出す……」 私は手を止めた。 こなた「へ?何それ?」 あやめ「一ヶ月泉さんと接しての率直な感想よ」 感想か……他の皆からもそう思われているのかな。 こなた「神崎さんは……私から見るといまいち分からない、記者の仕事が邪魔してるのかな、捕らえどころがなくって」 あやめ「別に構える必要なんかない、そうだったしょ?」 こなた「ふふ、そうかも、でもね、かえでさんなんか「策士」なんて言って警戒しているけどね」 あやめ「彼女あは最初から私を警戒していた、記者として行くべきじゃなかったのかもしれない」 こなた「でも、記者じゃないと取材出来ないよ、かえでさんああ見えても忙しい人だから」 あやめ「……」 神崎さんは何も言わなかった。 こなた「送っておいたよ」 神崎さんは携帯電話を確認した。 あやめ「OK、ありがとう、お風呂が沸いているから、それから隣の部屋に布団を敷いておいたから」 こなた「どうも」 あやめ「帰る時、多分母はまだ寝ていると思う、私は多分起きていると思うけどそのまま帰っちゃって良いから、それとも朝食食べてから帰る?」 こなた「いいよ、サービスエリアで済ませるから、データの解析でもしていて」 あやめ「そうさせて頂く」 こなた「実はね、こっちにもブレーン役の知り合いが居てね、もしかしたら神崎さんよりも先に解析しちゃうかもしれないよ」 あやめ「ブレーン役って……貴女って思っていたより顔が広いようね、是非その人も会ってみたい」 こなた「その人も普段忙しいからね、一応誘ってみるよ」 あやめ「もしかして、げんき玉作戦ってその人の考案なの?」 こなた「うんん、あの人はそう言う洒落っ気はないから」 あやめ「誰にも気付かれず、そして誰も傷つけず……その考え方が気に入った、全てにそうありたいものね」 こなた「難しい話は分からないよ」 あやめ「ふふ、そうかもね、貴女はアニメやゲームの話しをするのが似合ってる」 その後は、その通りにゲームやアニメや漫画の話しで盛り上がった。  次の日、神崎家を出て直接つかさの店に立ち寄った。時間は丁度お昼を過ぎたくらいだった。つかさの店はお昼の時間はさほど混まないから丁度良いかもしれない。 つかさの店の扉を開けた。 つかさ「いらっしゃいませ……あれ、こなちゃん」 つかさは私をカウンターに案内した。ここならつかさは作業しながら話せる。 こなた「どうも~あれ、いつもひろしが出迎えるのに?」 そういえばこの前もひろしが居なかったな。 つかさ「う、うん、ひろしさんはお父さんと一緒に神主のお仕事を手伝っているから……」 こなた「もしかして家業を継ぐの?」 つかさ「お父さんはその気満々みたい、本当に継ぐなら神道の学校に行かないと神主になれないけどね」 こなた「それで、本人はどんな感じなの?」 つかさ「どうかな~、なんだか少しその気になっているみたい」 お稲荷さんが神主か……それも悪くないかも。心の中ですこし笑った。 こなた「でもひろしが家業と継いだらこの店はどうなの、仕込みとか買出しとか大変になるでしょ、アルバイトさんも余計に雇わないといけないよね?」 つかさ「そうだけど、ひろしさんじゃないと出来ない仕事もあるから……」 さすが夫婦って所かな、ひろしって頼りにされているな。 こなた「それなら私の所に戻ってきちゃえば、スィーツの部門はまだ担当固定されていないし、スィーツ以外の料理だって出来るよ」 つかさ「え、ほんとに!?」 つかさは作業を止めてカウンターから身を乗り出してきた。驚きと喜びの表情だった。だけど直ぐに不安そうな顔になった。 つかさ「だけど、かえでさんが何て言うか……今頃になって戻るなんて……」 こなた「かえでさんなら心配ないよ……実はねかえで……あっ」 しまった。この話は止められていたのを忘れていた。やばい。 つかさ「実は?」 つかさが首を傾げた。 こなた「あえ、じ、実は私もつかさに戻ってきて欲しいな~なんて思っていたから、もしつかさがその気なら私からも頼んであげる、きっとあやのも賛成してくれるよ」 つかさ「ありがとう、こなちゃん、でもまだ決まっていないから、そうなったらお願いするかも」 ふぅ、危うかった。なんだかんだ言って私もつかさと同じだな。秘密を守るなんて出来そうにない。 こなた「まかせたまへ~」 つかさは笑顔で作業に戻った。そして私に軽食とコーヒーとケーキを用意してくれた。 つかさのあの様子だとかえでさんはまだ話していない。私はかえでさんに酷な事を言ってしまったかな。 こなた「今日はみなみの演奏はないの?」 つかさ「うん、まなみの強化練習でお休み」 こなた「へぇ、それで演奏会って何時なの?」 つかさ「再来週の日曜日だよ、こなちゃんも時間があったら聴きに来てね」 つかさは演奏会のパンフレット兼チケットを差し出した。私はそれを受け取った。 こなた「みなみが凄くまなみちゃんを買っていたけど、スカウトが来るとか、自分を超えたからもう教えられないとか言ってた」 つかさ「そういえばお姉ちゃんも驚いていた」 こなた「私もそう思うよ、あの練習曲が頭の中で今でも響いているくらいだから」 つかさ「ありがとう、」 つかさはそのまま厨房の奥に行こうとした。 こなた「もし、スカウトが来たらどうするの」 つかさの足が止まった。 つかさ「どうするのって?」 こなた「みなみが手に負えないくらいだから、もしかしたら本場に留学とかもあるかもしれないよ」 つかさ「留学って……どこに?」 こなた「分からないけど、クラッシックだと本場はどこだろう」 つかさ「その時になってみないと分からない……それにまなみはまだ一人じゃ何も出来ないし」 こなた「あ、つかさのその台詞、それは私がみなみに言った事だった、ごめん余計な話しだった忘れて」 不安を煽っただけだったか。余計な話しは止めて本題に入るかな。 こなた「そのままで聞いて、今日来たのはね、つかさに会わせたい人がいるからなんだ」 つかさ「え、私に、誰なの?」 こなた「記者の神埼あやめさんって人」 つかさは奥からカウンターに戻ってきた。 つかさ「記者……もしかしてこの前言っていた記者さん?」 こなた「そうだよ」 つかさ「私にインタビューでもするの、それともお店の紹介の取材なの?……私はそう言うの断ってるから……」 そうだった。記者を言うのは余計だった。どうも私って余計な事を言うな…… こなた「うんん、そうじゃない、記者としてじゃなくて、神崎あやめさんとしてつかさに会わせたい」 つかさ「そうなんだ、それなら、こなちゃんがそう言うなら会うよ」 さすがつかさだ、話が早い。 こなた「今度の水曜日ってお休みだよね、夕方は空いているかな?」 つかさ「うん、空いているよ……お客さんなら家より此処がいいかも、お料理も出せるし、お話も出来るし」 この店か。貸し切りと同じようなものか。その方が気兼ねなく話せるかも。 こなた「ついでって言ったらあれだけど、みゆきさんもも会わせたいからもしかしたら来るかも」 つかさ「本当に、嬉しいな、ゆきちゃん最近会っていないから……それならお姉ちゃんは呼ばなくて良いの?」 かがみか……かがみも関係者だよな。でもまったく考えていなかった。確かにみゆきさんに会わせておいてかがみを会わせない理由はないよね。 そこに気付くのはさすが妹と言うべきなのか。 こなた「かがみも呼ぶよ」 つかさ「わ~なんだか凄く楽しくなりそう、楽しみだな~♪」 鼻歌を歌いながら作業をし出した。何時に無く体が軽そうにテキパキと動いている。 つかさ「ところで何で神崎さんって人を私に会わせたいの?」 狐……いや、お稲荷さん、いや、真奈美の話は彼女が来てからの方がいいかもしれない。 こなた「それはお楽しみだよ」 つかさ「お楽しみ……そういえばこなちゃんから私に紹介なんて初めてかも、きっと良い人だね」 良い人か……つかさはかがみに私を紹介した時もそう言っていたってかがみが教えてくれたっけな。つかさは全く変わっていないな。 でも気付けば私より先に結婚して子供までいるから驚きだ。   つかさが出してくれた料理を食べ終わった頃、続々とお客さんが入ってきた。用も済んだ事だし帰るかな。 こなた「ご馳走様、そろそろ帰るね、御代は此処に置いておくよ」 つかさ「あ、御代はいいのに……」 こなた「私もお客様だよ」 つかさ「ありがとうございました、またのお越しを……」 ふふ、つかさからそんな言葉を聞くなんて初めてだ。そこに一人のお客さんがつかさに寄ってきた。 お客「今日はピアノの演奏はないのかい?」 つかさ「すみません、今日はお休みです」 お客「それは残念、最近演奏している子供は貴女のお子さん?」 つかさ「はい、そうですけど?」 お客「素晴らしい演奏だった、将来が楽しみですな」 つかさ「ありがとうございます……良かったらどうぞ」 お客さんは演奏会のパンフレットを受け取るとそのままテーブル席に向かって行った。つかさはお客さんの注文を受けて忙くなった。私はそのまま店を出た。 隣にレストランかえでが見える……顔を出してみようかな。 明日からあの店で仕事か……面倒くさいな。 帰ろう……  その水曜日が来た。 みゆきさんは仕事の関係でどうしても来られないと返事がきた。 かがみ「まさか神埼あやめを本当につかさに会わせるなんて」 かがみは二つ返事で返事が来た。私の思惑とは全く逆になった。しかも駐車場でばったりかがみと会うなんて。私はそこまで勘は冴えているわけじゃないからしょうがないか。 かがみ「向こうで神崎あやめと何を話したのよ?」 そして。この駐車場で会うのも何かの導きなのか。それともただの偶然なのか。駐車場に忘れ物を取りに来ただけなのに…… こなた「神崎さんは幼少の頃、傷付いた狐を助けてね、その狐の名前が真奈美と言うそうな」 かがみ「な、何だって!?」 驚くかがみ。本当は言うつもりは無かった。どうせつかさと神崎さんが会えば分かる事。 こなた「神崎さんの母親から聞いた話」 かがみ「真奈美って、まさか、嘘でしょ、すると神崎あやめって……」 こなた「そうだよ、彼女は狐の正体を知ってる、それでお稲荷さんの存在も知ってる」 つかさと神崎さんが会えばつかさが動揺してしまって何も話せないかもしれない。だからかがみには前もって話す必要がある。でも電話では話せなかった。 駐車場でかがみに会ったのはまるでそのチャンスを与えてくれたかの様だ。 かがみ「それじゃ貿易会社からもってきたあのデータって?」 こなた「多分それに関係する事だとは思うけど、神崎さんは教えてくれない、だけどつかさと会えばもしかしたら……」 かがみ「そ、そうね、確かにつかさの話しを聞けば彼女にとっても衝撃的なはず……分かった、私に出来る事なら協力する……」 かがみは直ぐにこの状況がどんな物なのか理解した。 こなた「みゆきさんが来られなかったのはちょっと痛いかな」 かがみ「みゆきも誘ったのか、仕事じゃしょうがないわよ、何か大きな山場に来たって言っていた……でもデータはとても興味深いって言っていたから」 こなた「ちゃんと渡したんだね、安心した」 かがみ「それよりかえでさんはちゃんと誘ったんでしょうね、彼女もつかさを理解している一人よ」 こなた「うんん、誘っていない……」 かがみ「何故よ、私やみゆきを誘っておいてあんなに近くに居るかえでさんを呼ばないなんて……」 かえでさんは妊娠しているから……と言えば済む話だけど。言えない。 そんな私の心境を知ってか知らずかかがみはそれ以上私を追及しなかった。 かがみ「つかさの店に行くわよ」 こなた「うん……」  つかさの店の扉には定休日の看板が立て掛けられている。でも店の奥に灯りが見える。もうつかさが来ているのか。約束の時間はまだ随分先なのに。 かがみは扉を開けて店の中に入った。私はその後に続いた。 かがみ「入るわよ、つかさこんなに早くから来て……」 つかさ「あ、お姉ちゃん……こなちゃんも、いらっしゃい」 こなた「うぃ~す」 つかさ「初めて会う人だからおもてなししないといけないでしょ、だから準備をしていたの」 かがみ「お持て成しって、まだどんな人かも分からないのに、つかさ、あんたは「疑い」って言葉をしらないのか……」 こなた「そう言うかがみだって私を絶対に記事にしないって言ってたじゃん、」 かがみの言う通りだった。神崎さんは記事にしないって言った。こうして見るとつかさにしろかがみにしろ本質的には同じなのかもしれない。この件で初めてそれが解った。 つかさ「こなちゃんの記事って何?」 こなた・かがみ「何でもないよ」 つかさ「ふ~ん?」 つかさはちょっと首をかしげたけど直ぐに料理に夢中になった。 かがみは溜め息を付くと適当なテーブル席にに腰を下ろした。私もかがみと同じテーブルに座った。かがみは店内をぐるっと見回した。 かがみ「お客さんが居ないお店って言うのも静かで悪くないわね……」 こなた「かがみはお客さんとしてしか店に入っていないからそう思うだろうね、私は開店前、閉店後も店に居るからこんな状況はよくあるよ……     でも、かがみがそう言うとそんな気がして来たよ、良くも悪くも思った事なんか無かったのに」 かがみ「私とこなたは業種が全く違うから、感覚が違うだけなのかもね……つかさとこなたは同じ業種だから私が新鮮に思った事でも当たり前だったりする訳よね」 こなた「私はあまりかがみの業種にお世話になりたくないよ……」 かがみは笑った。 かがみ「ふふ、飲食業と弁護士じゃ客の質が違いすぎる、でもね、正直言ってこなたとひよりが一緒に仕事をしていたら私の客になっていたと思う、     ゆたかちゃんとひよりだから出来た仕事なのかもしれない」 こなた「はい、その点につきましては反省しております……」 かがみ「本当か?」 かがみは私の目を真剣な顔でみた。 かがみ「いや、やっぱりあんた達にはもう少し監視が必要ね、顔にそう書いてある」 こなた「え?」 自分の顔を両手で触った。 かがみ「あははは、何マジに成ってるのよ、ばっかじゃないの」 こなた「うぐ!」 かがみはたまにこんな事するよな……こんな時にしなくてもいいのに…… つかさ「お姉ちゃん、こなちゃん、ちょっと手伝って~」 こなた・かがみ「ほ~い」 私とかがみはつかさの作った料理をテーブルに運んだ。 つかさ「これでヨシ!!」 テーブルには色取り取りの料理が並んでいる。 こなた「ちょっと、つかさ……これ、作りすぎじゃない?」 かがみ「神崎あやめを入れても四人、余るわね」 つかさ「多かったかな?」 こなた「まぁ、余ったのはかがみが全部片付けてくれるから心配ないよ」 つかさ「そうだね、お願いね、お姉ちゃん」 かがみ「お願いって……二十代ならまだしも、幾らなんでも無理よ」 こなた「へぇ、若い頃なら問題なかったんだ?」 かがみ「こんな時に何を言っている」 マジになるかがみ、さっきのお返しだよ。 こなた「余ったらレストランのスタッフ呼んで食べてもらおう」 つかさ「あ、それが良いね」 かがみ「……最初からそうすれば良いだろう……」  約束の時間近くなった頃だった。窓越しから一台のオートバイが駐車場に向かうのが見えた。 こなた「お、お客さんが来たようだよ」 かがみとつかさが私の目線を追って窓の外を見た。 かがみ・つかさ「どこ?」 こなた「ほら、大型バイクに乗っている人」 私は指を挿して見せた。 かがみ「大型なんて洒落たもの乗っているわね……神崎あやめか……面白そうな人ね」 つかさ「え、え、どこ、どこ?」 こなた「もう駐車場の方に行っちゃったよ」 つかさ「え~」 つかさは見逃したか。まぁお約束と言えばお約束だね…… こなた「そろそろ彼女が来るよ、つかさ、準備して」 つかさ「準備って、もう食事の用意は出来ているよ」 こなた「いや、そっちじゃなくて、心の準備だよ」 つかさ「え、そ、そんな事言われると緊張しちゃう」 こなた「いや、別に構える必要なんかないよ、普段のつかさのままで、普通に接すればいいから」 つかさ「うん、それなら出来る」 かがみは食事が用意されているテーブルより後ろに下がり椅子に座った。かがみは様子見って所だろうか。それに主役はあくまでつかさだからそれでいい。 つかさに彼女がお稲荷さんの事を知っているのは教えていない。つかさはそれでいい。予備知識なんか要らない。 つかさはそうやって乗り越えてきた。それに期待する。  駐車場の方から神崎さんがこっちに向かってきた。ジーパンに皮ジャン姿だ。ヘルメットは取ってある。彼女は店の入り口前で皮ジャンを脱いだ。 定休日の看板があるせいなのか暫く彼女は入り口で何もしないできょろきょろとしていた。つかさがゆっくりと扉を開けた。 つかさ「い、いらっしゃい、こなちゃん……泉さんから聞きました、神崎さんですね……どうぞ」 あやめ「失礼します」 つかさは神崎さんを通した。 こなた「いらっしゃい待っていたよ、こちらが話していた柊つかさ」 二人は軽く会釈をした。 こなた「そんでもって、向こうに座っているのが小林かがみ」 かがみは立ち上がりその場で礼をしてすぐ座った。 あやめ「小林……かがみ……」 神崎さんはかがみをじっと見ていた。 つかさ「あ、あの、始めまして、柊つかさです、記者さんって聞いていますけど」 神崎さんは微笑んだ あやめ「神崎あやめです、〇〇の記者をしています……」 つかさが手を神崎さんの前に出した。握手のつもりだろう。神崎さんも手を前に出して二人は握手をした。 つかさ「よろしくお願い……う」 ん、つかさの表情が変わった。握手した途端なんか急に苦しそうになった。どうした? 神崎さんの表情もなんかおかしい。無表情に握手した手をじっと見ている。つかさが腕を動かしている。引いている様に見えた。 つかさ「あ、あの……手が……い、痛い!!」 つかさが叫んだ。神崎さんはそれに反応して手を放した。つかさは握手されていた手を痛そうに擦っていた。神崎さんは思いっきり握っていたのか。緊張でもしていたのかな。 なんか変だ。ここは私が入って雰囲気を和らげるか。そう思った矢先だった。神崎さんはおもむろにポケットから何かを出した。 それは……ボイスレコーダーだ。 神崎さんはボイスレコーダーを操作しだした。そしてつかさの前に向けた。ば、ばかな。神崎さんはつかさを取材するのか。なぜ……私がそれを止めようとした時だった。 私よりも先にかがみがつかさの前に立った。 かがみ「神崎さん、どう言うつもり」 つかさ「お姉ちゃん?」 かがみの声に驚いたのか神崎さんは慌ててボイスレコーダーをポケットに仕舞った。だけどもうそれは遅かった。かがみの表情は怒りに満ちていた。 あやめ「これは……ち、違う」 かがみ「何が違う、あんたさっきつかさを取材しようとしていたでしょ、許可も取らないで何様のつもり」 神崎さんは黙って何も言わない。 かがみ「ボイスレコーダーの電源入ったままじゃない、帰って…」 つかさ「お姉ちゃん、ちょっと……」 かがみは扉を指差した。 かがみ「帰れ!!」 凄い……あんなに怒っているかがみを見たのは初めてだ。私もつかさも今のかがみを止められない。 神崎さんは手を擦るつかさを暫く見ると脱いでいた皮ジャンを羽織ると店を出て行った。 つかさ「お姉ちゃん……どうして?」 かがみ「あんたは少し黙っていなさい」 かがみは興奮状態だ。今は何を言ってもだめだろう。  何故。ボイスレコーダーを使うなら此処に来る前に操作しておけば気付かれない。それが分からないような人じゃないのに。 まるでわざとしたようだ。わざと……意図的に……どうして。聞かないと。 まだ間に合うかな。 私は店を飛び出し全速力で駐車場に向かった。 ⑬  私は走っている。私は間違えたのか。つかさを会わしちゃいけなかったのか。かがみにお稲荷さんの話しをしちゃいけなかったのか。分からない。 つかさと神崎さんはまだ挨拶しかしていない。何も話していないじゃないか。そもそもかがみがあんなに怒るなんて……どうして。 分からない事だらけだ。だから逃げるように店を出た神崎さんを呼び止めないと。駐車場について二輪専用の駐車スペースを見た。 居た! バイクに跨ってヘルメットを着けようとしている。 こなた「神崎さ~ん!!」 私は叫んだ。ヘルメットを着けようとする神崎さんの手が止まった。待ってくれそうだ。私はスピードを上げて彼女に近づいた。 こなた「はぁ、はぁ、はぁ」 あやめ「泉さん、貴女って走るのが好きね……これで何度目かしら……」 微笑んで冗談を言う。でもその冗談に対応出来るほど余裕はない。 こなた「ど、どうして……」 息が切れてこれしか言えなかった。神崎さんは店の方を見ながら話した。 あやめ「この私が何も言い返せなかった……生死を潜り抜けたような凄まじい気迫、並の人が出来るものじゃない……柊つかさは彼女にとってどれほど大切なのか、二人の関係は?」 かがみは実際に二度も死にそうになっている。それに弁護士の職業のせいもあるかもしれない。私は呼吸を整えた。 こなた「かがみの旧姓は柊だよ、つかさの双子の姉、つかさがかがみをお姉ちゃんって言っていたの聞こえなかった?」 神崎さんは首を横に振った。 あやめ「あまりの気迫でそこまで気を配る余裕がなかった……双子の姉妹……全然似ていないじゃない、二卵性かしら……」 こなた「そんな事より何故商売道具なんか出したの、もしかしてわざとやったでしょ?」 あやめ「ふふ、そう見える?」 こなた「……まさか、本当にわざとなの」 微笑んだまま何も言わない。私もかがみと同じように頭に血が上ってきた。 こなた「ば、バカにするな~、私が何でつかさに会わそうとしたか分かっているの、つかさは、つかさはね……」 頭に血が上ってなかなか先が言えない。 あやめ「もう私にはこれ以上関わらないで」 『ヴォン!!』 キーを入れてバイクのエンジンをかけた。 関わるなって、ここまで私を巻き込んでおいてそれはないよ。 こなた「……私達と一緒じゃダメなの、お稲荷さんの秘密を知っている同士じゃん?」 あやめ「これは私の問題だから」 こなた「卑怯だ、ここまで私に協力させておいて……」 「神崎さ~ん、こなちゃ~ん!!」 駐車場の入り口からつかさが走って来た。 こなた「一緒に戻ろう、謝ればかがみだって許してくれるよ」 あやめ「それじゃ、さようなら」 『ヴォン、ヴォン!!』 神崎さんはヘルメットを被った。慌てたのか長髪がはみ出ている。アクセルを全開にして私の前から飛ぶように走り去った。 何だろう。つかさを避けるようにも見えたけど…… つかさが私の所に来た時には既に神崎さんの姿はなかった。バイクのエンジン音が微かに残って聞こえるだけだった。 つかさ「神崎さん帰っちゃったの?」 こなた「うん」 悲しそうな顔で駐車場の外をみるつかさ。 こなた「つかさ、手は大丈夫なの、すごく苦しそうだったけど」 つかさ「う、うん、すっごい力で握られちゃって……男の人かと思うぐらいだった、でも、もう痛みは消えたから」 つかさは私の目の前に握られた手を見せた。少し赤くなっている。 つかさ「私……何か神崎さんに気に障る事したのかな……」 つかさは俯いてしまった。 こなた「別に気にすることじゃないよ……それよりかがみは?」 つかさ「なんか急にしょぼんってなっちゃって……」 感情に身を任せた反動でしょげちゃったかな。 こなた「取り敢えず店にもどう」 私は歩き始めた。 つかさ「待って……何かおかしいよ、お姉ちゃん、あんなに怒った姿をみたの初めて、神崎さんも何もしないで帰っちゃうし……こなちゃん、何か知っているの?」 いくら鈍感なつかさでも気付いたか。もう隠してもしょうがない。 こなた「神崎さんはお稲荷さんを知っている……」 つかさ「え?」 つかさは立ち止まった。私も止まった。 こなた「神崎さんが幼少の頃傷付いた真奈美を助けた」 つかさ「そ、それで?」 こなた「……それしか知らない、神崎さんはそれ以上教えてくれない、だからつかさに会わせようとしたのだけど……開けてみれば大失敗……余計こじれちゃった」 つかさ「まなちゃんと逢った人が私意外に居たんだ……神埼あやめ……さん、まなちゃんの事聞きたかったな……」 私はつかさを見て驚いた。もっと悲しむと思った。真奈美の死を思い出して泣いてしまうのかと思った。 でもそれは間違いだった。つかさはもう真奈美の死を受け入れていた。つかさの安らかな笑顔を見て確信した。 それならもうこの話しをしても構わない。 こなた「それからね、これは憶測だけど、もしかしたら真奈美は生きているかもしれない……」 つかさ「ふふ、こなちゃんったら、こんな時に冗談なんか」 こなた「いや、これはみゆきさんが言った事だよ……」 つかさ「ゆきちゃんが……ほ、本当に?」 こなた「うん、そして神崎さんもそれについて何か知っているような気がするんだ」 つかさ「知っている……」 こなた「そう、そしてその鍵になるのが貿易会社から盗んだデータ、今、みゆきさんに解析してもらってる」 つかさ「盗んだって……ダメだよそんな事しちゃ」 こなた「もうしちゃったからね、この前一ヶ月の研修ってやつがね、実は神崎さんと貿易会社で潜入取材をした、そこの資料室からデータをコピーした」 つかさ「私が知らない間に……そんな事を……」 こなた「ごめん、真奈美の話は嫌がると思って伏せたんだよ……まだ憶測だけの話しで、間違っていたらつかさが傷付くと思って……」 つかさ「……生きていたら嬉しい……例えそれが間違っていても、生きているって思える時間があるから、それでもやっぱり嬉しいよ」 ……涙ひとつ溢していない。それどころか昔を懐かしんでいるように見える。 葉っぱを見て泣いていたつかさ。私がちょっと詰め寄っただけで泣いてしまうつかさ。でもそれは弱さじゃなかった。 かえでさんの言っていたつかさの強さってこの事を言っているのか。 つかさはもう完全に真奈美の死を乗り越えていたのか。 それにつかさの口の軽さなんて私とあまり大差なんかなかった。いや、意識しても隠せなかった分私の方が酷いかもしれない。 神崎さんに最初に逢うべきだったのはつかさだった。 私は神崎さんと駆け引きだけで乗り過ごそうとしていただけだった。ゲームをしていたに過ぎなかった。 だから神崎さんは真実を話してくれなかった…… つかさ「どうしたの、こなちゃん?」 こなた「つかさには敵わないや……」 つかさ「え、何が?」 こなた「笑顔だけで私の考え方を変えてしまったから」 真奈美が一晩でつかさを殺すのを止めた理由が今分かった。そういえばゆたかとひよりはつかさが凄いって何度も言っていたっけな。 今頃になってそれが分かるなんて。共同生活までした事があるって言うのに…… つかさ「……わかんないよ」 分からなくていい。それがつかさだから。 こなた「さて、店に戻ろう、かがみが待ってる」 つかさ「うん」 私達は店に向かって歩き始めた。 つかさ「ねぇ、神崎さんってどんな人、握手しただけだからまったく分からない」 こなた「どんな人か……一ヶ月くらい見てきたけど、仕事の為なら何でもするような人かな……でも……」 つかさ「でも、良い人なんだね」 良い人か…… こなた「なんで分かるの?」 つかさ「こなちゃんの友人だからね」 こなた「友達だって、彼女が?」 つかさ「だって、お姉ちゃんに追い出された神崎さんを追いかけたでしょ、呼び止めに行ったんじゃないの?」 こなた「呼び止めに行った訳じゃないよ」 つかさ「それじゃ何しに行ったの?」 こなた「わざと私達を怒らせるような事をしたから、その訳を知りたかった」 つかさ「それで、教えてくれたの?」 こなた「つかさが来たら逃げるように帰った」 つかさ「私、嫌われちゃったかな……」 こなた「あれじゃ逆に私達に嫌われようとしているみたいだ」 つかさ「記者さんって難しいね……」 それから店に着くまでつかさは考え込んで何も話さなかった。  店に戻ると椅子に座って項垂れているかがみの姿があった。 かがみ「つかさ、こなた……ごめん……台無しにしてしまった」 つかさは心配そうな顔でかがみの側に寄り添った。 こなた「謝らなくてもいいよ、かがみが出なかったから程度の違いはあったかもしれないけど私も同じ事をしていたから」 つかさ「恐くて何もできなかったよ……まつりお姉ちゃんと喧嘩していてもあんなに恐くなかったのに……」 かがみ「……そう、そんなだったの……そんなに怒っていた?」 こなた「まぁ、ボイスレコーダーを出されちゃね」 かがみ「ボイスレコーダー、違う、それだけならあんな事はしなかった、つかさが苦痛の表情をしているのに彼女は握手を止めようとはしなかった……だから思わず飛び出した     その後後は何を言っているのか自分でもあまり覚えていない……」 そうか。だから私よりも先にかがみが飛び出したのか。これは身内と友人の感性の違いなのか…… つかさ「もう手は大丈夫だから……」 つかさは握られていた手を握ったり開いたりしてかがみに見せた。赤くなっていた所も殆ど分からなくなる位に元に戻っていた。 かがみ「そう……それは良かった……」 かがみはほっと一息つくと立ち上がり私の方を見た。 かがみ「それで、神崎を追い掛けて何か分かったのか?」 こなた「ん~、肯定も否定もしなかったけど……私の感じではわざとボイスレコーダーを出したみたい……」 かがみ「ふふ、だとしたら私はまんまと彼女の策にはまったってことなのか……こなたに神崎がなぜそんな事をするのか心当たりはあるのか?」 こなた「分からないけど……何度もこれからは私の仕事だって言っていたね」 かがみ「私達が居たら邪魔だって事なのか、こなたを散々引っ張りだしておいて……」 こなた「でも分からないのはあのデータを私が持っているに返せって一度も言わなかった、何故だろうね」 かがみ「それはデータなんてどうせ解析も分析も出来ないだろうって思っているのよ、頭に来るわ……完全に私達に対する挑戦だ」 つかさ「データっていったい何のことなの?」 私はつかさに何て言うのか迷っていると…… かがみ「もう秘密にしても意味はない、神崎とこなたが共同であの貿易会社の秘密データをPCから抜き取った」 つかさ「抜き取ったって……盗んだって事なの?」 つかさは私の方に向いて心配そうな顔になった。 こなた「盗む……人聞きが悪いけど……合ってる」 つかさ「そ、そんな事して大丈夫なの?」 更に心配そうな顔になるつかさ。返答に困った。 かがみ「今の所他人びバレた形跡はないわね」 つかさ「どうしてそんな危険は事をしたの……」 こなた「それは……」 私がまごまごしていると…… かがみ「真奈美さんが生きている証拠を探すためらしい……こんな事をしても無駄だとは思うけど……みゆきも罪な事をするわ」 つかさ「まなちゃんが……生きている、さっきもそれ言っていたよね、それって本当なの、ねぇ、こなちゃん!?」 つかさは私に詰め寄った。 こなた「分からない……」 かがみはつかさが用意した料理が置かれているテーブル席に腰を下ろした。 かがみ「みゆきも全く根拠がないなら私達にこんな話しを持ちかけてくるはずはない、それにみゆきやこなたとは違った意味で私はこのデータに興味があるわ、     私もこのデータの解析をしてみる」 つかさ「お姉ちゃん」 こなた「かがみ……」 かがみ「だって悔しいじゃない、このまま神崎の策におめおめとはまっているのは……それにこなたをコケにして、つかさも傷つけた、挙げ句の果てに私達が解析できないと思っている、 こうなったらあのデータは絶対に解析してやる、解析してやるんだから!!」 かがみは目の前の料理を食べ始めた。自棄食いだな……これは。 つかさ「でも……私がこなちゃんを追いかけた時、神崎さんとこなちゃんが駐車場で何か話していたけど、言い争いをしている様に見えなかった……」 こなた「一ヶ月も一緒に仕事をすれば情も湧いてくるよ……私達と一緒にって言ったけど……ダメだった」 かがみ「モグモグ、神崎は群れるのが嫌いなようね、彼女の仕事ぶりからもそれが伺える……こなた、もう彼女と一緒に何かするのは諦めた方がいい」 こなた「でも……神崎さんはあのデータの解析の方法を知っているみたいだったから、先を越されちゃうよ」 かがみは食べるのを止めた。 かがみ「この前みゆきにデータを持っていったら早速パソコンを立ち上げて中身を見た、こなたの言っていた謎も直ぐに解けた、あの文字の羅列はラテン語よ、     それもかなり初期のものらしい、それに粗方の内容も分かった、どこかの場所を説明している文だってね……みゆきは何時になく目を輝かせていたわ、 それにあのデータは英文もかなりある、そっちの方は私でも翻訳出来る……これでも神崎に引けを取ると?」 神崎さんはラテン語って言っていた。みゆきさんはそれ以上に内容にまで踏み込んでいる。かがみが手伝えば神崎さんより早く分かるかもしれない。 こなた「いいえ、引けを取っていません……そのままお続けください……」 かがみは気を良くしたのか食べるペースがまた上がった。 つかさ「私も……何か手伝える事はないの……」 かがみは何も言わず黙々と食べていた。つかさはしばらくかがみを見ていたけど返答してもらえそうにないと思ったのか今度は私の顔を見た。 つかさにはやってもらう事がある。これはつかさにしか出来ない。 こなた「あるある、つかさにはもう一度神崎さんに会ってもらわないと」 かがみは食べるのを止めた。 かがみ「……それは止めた方がいい、さっきの状況を見れば明らかだ」 そう、普通は誰もがそう思う。私も少し前ならかがみと同じだった。 こなた「つかさは駐車場に来たのは神崎さんに会いたかったからでしょ?」 つかさ「う、うん……まなちゃんの生前の話が聞きたくって……」 かがみ「あんな酷い目に遭わされてもなのか?」 つかさ「うん、私が痛いって言ったら直ぐに放してくれたからきっと大丈夫だよ」 かがみ「ふぅ、あんたはね少しは疑うって事を覚えた方が良いわ……」 こなた「うんん、あの人は駆け引きじゃなく真正面から行った方が良い、私はそう思う」 かがみ「真正面ってどう言う意味よ?」 かがみは首を傾げた。 こなた「つかさだよ、つかさ、裏も表もなくいつでも真正面だった、だから真奈美もひろしもつかさが好きになった、もう一回会う価値はあるよ」 かがみはしばらく考え込んだ。 かがみ「こなたがそう言うなら、一ヶ月神埼を見てそう言うなら……ただし、さっきみないな事があったら今度こそ許さない」 つかさ「何かよく分からないけど……やってみる」 つかさは両手を握って張り切っている。いいぞその調子だ。 かがみ「意気込みはいいけど、今日の明日って訳にもいかないでしょ」 つかさ「そ、そっか、どうしよう?」 こなた「それならまなみちゃんの演奏会が終わったら神崎さんに連絡とってみるよ、それならどう?」 つかさ「そうだね、その後の方がいいかも」 かがみ「後はあんた達に任せるわよ……」 つかさの表情を見て安心したのか今まで通りのかがみに戻ったようだ。かがみは再び料理を食べ出した。 こなた「かがみ、自棄食いはそこまでだよ」 かがみは自分の分の料理を殆ど食べ終えた所でナイフとフォークを置いた。 かがみ「別に自棄になってないわよ、丁度お腹一杯になった、ご馳走さま」 こなた「かがみでお腹一杯じゃ私とつかさじゃ食べきれないよ、それに神崎さんの分もあるし」 つかさ「ちょっと作りすぎたかな……」 こなた「まぁ、このまま残すのも勿体無いから私の店のスタッフ連れてくるよ、賄いを作る手間が省けて喜んでくれるよきっと」 つかさ「お願い~」 こなた「まぁ、この時間は向こうも忙しいから何人来られるか分からないけどね……」 私はレストランかえでに向かった。  やっぱり私の思った通りディナータイムなので来たのはかえでさんとあやのだけだった。 かえで「こりゃまたシコタマ作ったわね……」 あやの「……何かのパーティでもしていたの、誰かの誕生日だったっけ?」 テーブルに並べられた料理を見てあぜんとする二人だった。 つかさ「誰かの誕生日じゃないけど、食べて行って」 私達は料理を食べ始めた。かがみも料理に手を出そうとした。 こなた「ちょっと、さっき一杯食べたでしょ……」 かがみ「なによ、別に良いじゃない、減るもんじゃなし」 こなた「いやいや、減るでしょ……」 かがみのテンションが高くなった。つかさが思ったよりもダメージがなかったからかもしれない。 でも、つかさが追いかけてくるとは思わなかった。そのつかさに謝罪の一言も言わないで逃げるように去った神崎さん。分からない…… つかさ「かえでさん、どうしたの?」 皆でわいわい食べている中、かえでさんだけが何もしないでテーブルの外で立っていた。 かえで「え、あ、別に何でもない……」 つかさ「ねぇ、かえでさんの好きな茄子の料理も作ったから食べて」 つかさは茄子料理を小皿に取ってかえでさんに差し出した。 かえで「あ、ありがとう……うっ!!」 急に口を手で押さえて苦しそうに屈んだ…… つかさ「か、かえでさん、どうしたの?」 かえで「ちょっと臭いがきつくて……」 つかさ「え、そうかな、普段と同じ味付けなんだけど……おかしいな……」 つかさは茄子料理を食べながらかえでさんをじっと見た。そして一瞬目を大きく日宅と一歩下がって小皿をテーブルに置き、しゃがんでかえでさんと同じ目線になった。 つかさ「……もしかして……悪阻じゃ?」 かがみ・あやの「えっ!?」 つかさの言葉に私達はかえでさんの方を向いた。かえでさんは慌てて立ち上がった。 さすがに経験者には隠し切れないか。 かえで「ちょ、ちょっと調子が悪いだけ、さて……店に戻らないと」 つかさ「あ、かえでさん、待って」 つかさとかえでさんは店を出て行った。 私は溜め息をついた。かがみとあやのはそんな私を見ていた。 かがみ「少しも動揺しないなんて……知っていたのか?」 こなた「うん」 あやの「なんで黙っていたの?」 こなた「本人から止められたから……」 かがみ「止めるって、止める必要なんかないじゃない、結婚したんだし妊娠したくらい隠すことじゃない、いや、むしろ祝うべきでしょ」 こなた「ん~妊娠自体を内緒にとは言っていないんだけどね……」 かがみ「はぁ、じゃ何を内緒にしているのよ?」 こなた「だから……内緒なの」 かがみが首を傾げているとあやのが席を立った。 あやの「私もかえでさんの所に行く……」 足早に店を出て行った。  かがみは窓からあやのがレストランに入って行くのを確認した。 かがみ「……さて、私達二人きりになった、話してくれるわよね?」 私は話すのを躊躇った。 かがみ「私はあのレストランともこの洋菓子店とも利害関係のない部外者、しいて言えばつかさと姉妹関係であるだけ」 こなた「で、でも……」 かがみは真面目な顔になった。 かがみ「ここたがそこまで隠すなんて、かえでさんとの約束を優先したのか、それも良いかもしれない」 かがみは腕時計を見ると立ち上がった。 かがみ「……さっきのかえでさんの行動を見て思ったのだけど、つかさと握手をした時力いっぱいつかさの手を握ったのと似ているんじゃないかって」 こなた「似ているって?」 かがみ「かえでさんはつかさに真実を話すのを隠す為に誤魔化した、神崎もそれと同じって事よ」 こなた「誤魔化すって、つかさに隠すような事なんかないよ、初めて会うのだしさ……」 かがみは首を横に振った。 かがみ「神崎とつかさは以前会っているような気がする」 こなた「え、だってつかさが知っていたら私達がしていた事が無意味じゃん?」 かがみ「会うって言っても神崎の一方的な出会いかもしれない、例えばレストランが引っ越す前ならどう、彼女が客として入る可能性は?」 確かに彼女の実家とレストランが在った場所とはそんなに離れていない。 こなた「それはあるけど……でもそれで手を強く握る意味が分らない」 かがみ「そうね、かえでさんは悪阻の症状が出たから分かった、神崎は一体何故力いっぱい握ったのか、病気じゃなさそうだけど……それが分からない……ごめん、 私はもう時間だ、帰るわよ、皆によろしく言っておいて、そして、つかさの会合の邪魔をしてごめん……」 何故か凄い説得力だった。かがみの弁護士としての観察なのか推理なのか……かえでさんと神崎さんを比べるなんて…… かがみは店の扉に手を掛けた。 こなた「かえでさん……店を辞めて田舎に戻って……そう言っていた……」 かがみは扉を開けるのを止めた。 かがみ「……あの店を手放すって、店はどうするのよ?」 こなた「私かあやのに店長になれって……」 かがみは私に近寄り両手で私の肩を握った。 かがみ「凄いじゃない、かえでさんに実力を認められたのよ」 こなた「うんん、断った……そしたらあやのでもつかさでも良いなて言っちゃってさ……」 かがみは両手を放した。 かがみ「バカね、そう言う時はいやでも引き受けるのよ」 こなた「だってレストランかえででしょ、店長が変わったら可笑しいじゃん」 かがみは笑った。 かがみ「ふふふ、それなら店名を変えれば済むじゃない……ふふふ、でも、こなたらしい」 私は少し不機嫌な顔にした。私の顔を見てかがみは笑うのを止めた。 かがみ「分かっているわよ、かえでさんが居なくなるのが淋しいんでしょ」 こなた「え、べ、別にそんなんじゃ……」 かがみ「こなたがツンデレにならなくていいから、素直になりなさいよ」 まさか、かがみから言われるとは思わなかった。 こなた「う、うん」 かがみは窓からレストランの方を見た。 かがみ「だったら素直にそう言いなさいよ、つかさなら形振り構わず言っている……今頃、もう言っているかもね」 こなた「でも……」 私が言おうとするとかがみは割り込んで続きを言わせなかった。 かがみ「この店の留守番するくらいの時間ならまだあるわよ、行きなさいよ、丁度つかさとあやのも行っているし絶好の機会じゃない、それでもダメなら諦めなさい」 私が行くとつかさの店が留守になる。私はそう言うとしていた。ここはかがみに甘えるとしよう。 こなた「……それじゃ……行ってくる」 かがみ「私からも一言、かえでさんの料理が食べられなくなるのはとても耐え難いって……そう伝えて」 こなた「うん」 私はレストランに向かった。  従業員用の出入り口から直接事務室に入った。そこにかえでさんは居た。かえでさんは椅子に座りそれを囲うようにつかさとあやのが立っていた。私はそこに割り込むように立った。 かえで「……何よ、三人とも雁首揃えて……」 あやの「さっきの、つかさちゃんの言っていたの本当なんですか?」 あやのが詰め寄った。 かえでさんは私の顔を見た。私は首を横に振った。 かえで「そうね、もう黙っていても無意味だ……そう、つかさの言う通り、私は妊娠している」 あやの「それで、泉ちゃんに何を内緒してって言ったのですか?」 かえで「……そうね、この機会に言うべきなのかもしれない」 かえでさんは一呼吸置いてから話し始めた。 かえで「私は店長を辞めて田舎に戻ろうと思うの、そこで小さな洋菓子店でもってね……」 あやの「ちょ、ちょっと待って下さい、店長を辞めるって……この店はどうするの、料理の味は、新しいメニューは……まだなだしなきゃいけない事がいっぱいあります、     それに、店長の料理を目当てにくるお客さんも沢山います……」 かえで「ここ一年位、私が直接厨房で腕を振るっていない、専ら事務の仕事をしていた、私の技術、味は全て貴女達が引き継いでいる、新メニューも私は一切口出ししていない、     貴方達だけで充分この店をやっていける、そう思った」 あやの「……赤ちゃんが出来たからからですか……」 かえで「いや、常々そう思っていた、妊娠はその切欠に過ぎない」 あやのは俯いた。私が潜入取材に行くときの姿と同じだ。 あやの「で、でも、私達だけじゃ……」 かえで「そうかしら、こなたは私以外の第三者にその力を認められた、神崎と言う記者にね、それに、あやのもこなたが居ない間の仕事の穴埋めも完璧だった、言う事はない」 私の力を認めた神崎さんか……記者嫌いのかえでさんが何故私に神崎さんの手伝いをさせたのか分かったような気がする。 かえでさんはつかさの方を向いた。 かえで「どう、つかさ、これを期に戻ってみたらどう、三人でこのレストランをもっと発展させてみる気はない、ここに高校時代からの友人が二人もいるし気兼ねなく仕事ができるわよ」 つかさは何も言わずかえでさんを見ている。やっぱり何も言えないか。しょうがない私が代弁するかな……そう思った時だった。 つかさ「私もね、赤ちゃんが出来た頃、お店を閉めようかな……なんて思ってた……不安で……恐くて……今のかえでさんの気持ち、すっごく分かるよ、だけどね、     子供が生まれて、まなみが生まれてからはそんな気持ちは何処かに飛んで言ったよ、かえでさん、今はただ赤ちゃんを産むことだけを考えて、生まれたらまた考えが     変わるかもしれないし、そうやって悩んだりすると身体に障るし、赤ちゃんにもよくないから」 それは私が代弁しようとしていた内容とは全く違っていた。 かえで「つかさ、私……私……」 かえでさんは今にも泣き出しそうなになった。 つかさ「だから、そんな顔になったらダメ……そんなかえでさんの顔は似合わないから……あっ、お店が留守になっちゃった、戻らなきゃ、また来るからね」 つかさは急いで自分の店に戻って行った。あやのはつかさが見えなくなるまでその姿を見ていた。 あやの「……つかさちゃん、やっぱりお母さんだね……かえでさん、さっきの話しは保留でお願いします……私も仕事に戻らなきゃ」 あやのも事務室を出て行った。私とかえでさんだけが事務室に残った。 こなた「……やられた、つかさがあんな事言うなんて……驚きだ、、かがみもそこまでは見抜けなかったか」 かえで「……母は強しって所ね……こなた、これから毎日は店に来られないかもしらないから、その時は頼むわよ」 こなた「はい! それは分かっております」 敬礼をしてウインクをした。 かえで「……確かにまだ決めるのは早いかもね……さて、こなた、向こうの料理の始末、私は行けないから行って来なさい、私の代わりに誰かスタッフを行かせるから」 こなた「ん~それは必要なかも」 かえで「なんで、まだ随分料理が残っていたわよ?」 こなた「かがみが留守番をしているからね、あれは猫に鰹節の番をさせるようなものだよ」 かえで「ふふ、まさか」 そのまさかだった。私がつかさの店に戻った時にはかがみが全ての料理を食べ終えていた。 ⑭  あれから数週間が経った。かがみは私の店にもつかさの店にも来なくなった。仕事が終わるとみゆきさんと礼のデータ解析をしているらしい。 私も手伝いたいところ、つかさもそう言っていた。だけど、行っても足手まといどころか邪魔になるだけだろう。ここはじっとかがみ達の報告を待つしかない。 こうしている間にも神崎さんもデータ解析をしているに違いない。私はメールや電話で連絡を取ろうとしたけど音信不通。潜入取材の時に泊まっていたホテルにも居ないようだ。 私達から逃げるように居なくなった神崎あやめ……何故私達を避けているのだろう。 いったい彼女の目的は何だろう。何をするにしても複数の方が効率は良い。この私が分かるくらいだから神崎さんだってそのくらい分かるはずなのに。 こなた「ふぅ~」 あやの「珍しい、泉ちゃんが溜め息なんて……」 こなた「まぁ、いろいろありましてね、こんな私でも悩みの一つや二つはあるのですよ」 あやの「もしかして、かえでさんが店長を辞めるって言った件?」 こなた「そんなのもあったね……」 あやの「あれ、それじゃなかったの?」 不思議そうに首を傾げるあやの。 こなた「確かにそれもあるけど、つかさがかえでさんを励ましたおかげで現状維持はしているね、だけど、出産した後はどうなるか分からないよ」 あやの「そうね、でも、こればっかりは私達がどうこう出来るものじゃないでしょ、かえでさんの考えもあるし」 かえでさんの考えか。 こなた「ところでかえでさんの旦那さんは会ったことあるの?」 あやの「うん、何度か」 こなた「しかし、この店の関係者でもない人のによく結婚まで漕ぎつけたものだね、かえでさんが結婚するって言うまでまったく知らなかった」 あやの「何でも専門学校時代の知り合いだったって、在学中は特に恋人同士ってわけじゃなかったって言っていたけど……何が切欠になるか分からないね」 こなた「切欠ね……」 あやの「泉ちゃんだって何が切欠でそうなるか分からないよ」 こなた「そうかな~」 『パンパン』 突然手を打つ音がした。音のする方を見るとかえでさんが立っていた。 かえで「はいはい、無駄な話しは止めて用のない人は帰宅しなさい」 私は早番で帰り支度をしている途中だった。 こなた「もうタイムカードは押したから大丈夫ですよ、私達の話し、聞いていました?」 かえで「話し?」 聞いていなかったみたい。さっき入ってきたばかりなのか。 あやの「そうそう、かえでさんの旦那さんの話し」 かえで「えっ?」 こなた「かえでさんからあまりその話し聞いてないから」 かえで「べ、別に私的な事を話す必要なんかないじゃない」 私は人差し指を立てた。 こなた「ちっ、ちっ、ちっ、分かってないな、かえでさん、そう言う話が一番面白いんだよ」 かえで「面白い?」 こなた「うん、例えば何回目のデートで愛し合ったとか、週に何回愛し合っているとか」 『バン!!』 激しく壁を叩くかえでさん。 かえで「下らないこと言ってないでさっさと帰りなさい!!」 こなた「ひぃ~こわいよ~かがみより恐いよ~」 私は鞄を持って事務室の扉を開いた。 こなた「それではお先に失礼しま~す」 かえで「待ちなさい」 かえでさんがマジな顔になった。 こなた「あ、あれは冗談ですから、冗談、はは、元気な赤ちゃんが生まれると良いですね」 慌てて取り繕うが表情は変わらなかった。 かえで「神崎さんはお稲荷さんを知っていたらしいわね、しかも真奈美とも知り合いみたいじゃない」 こなた「え、あ……な、なんでそれを」 かえで「つかさとかがみさんから聞いた、何故私に話してくれなかった、私を軽く見ないで欲しい」 こなた「いや、普通なら話していたけど……なんて言うのか、ほ、ほら、妊娠しているでしょ?」 かえで「私の身体を気遣ってと言いたいのか、余計なお世話よ、お稲荷さんの真実を知っている人間は一握り、知っているだけでなく理解しているのはもっと少ない、     あやのは理解者の一人、だけど、こなたの親友に全く理解できない人が居たわよね……確かみさおさんだったかしら」 こなた「みさきちは最初から物分りは良くない方だからしょうがないよ、今でも彼女は私達の話しをフィクションだと思ってるから」 みさきちは全く私やつかさの話しを信じてくれなかった。あやのが言ってもダメだから諦めていた。 かえでさんは首を横に振った。 かえで「物分り良し悪しや知識の量などは関係ない、お稲荷さんのを現実のものとして受け入れられるかどうかが問題、私達の様なのは特別で     むしろみさおさんの様なのが世間一般の標準的な反応なの、神崎さんがお稲荷さんを受け入れているのなら数少ない協力者になるはず」 かえでさんは神崎さんをつかさに会わせるのを黙っていたのを怒っているようだ。 こなた「かえでさんなら仲間にできたの」 かえでさんはまた首を横に振った。 かえで「つかさの手を強く握ってかがみさんを怒らせた、私も彼女が何を考えているのか全く分からない、多分あの時居ても何も出来なかった、 だけど、私も理解者の一人だから、それだけは忘れないで」 こなた「う、うん」 かがみもそう言っていたっけ。 あやの「それなら私も同じ、私にも話して欲しかった……」 そういえばそうだった。あの時声をかたのがつかさ、みゆきさんだけだった。つかさの一言でかがみを追加した。 こなた「あれは私の思い付きだったから、あまり深い意味は無くって……本当はつかさだけの予定だった」 あやの「そうだったの……でも、でもかえでさんと同じで私が居てもあまり効果はなかったかもね、みさちゃんをお稲荷さんの仲間に出来ないのだから」 あやのは少し苦笑いになった。 こなた「まぁ、もう終わった事だし、これからは皆にも協力してもらうようにするよ、二人ともありがとう」 二人は大きく頷いた。 かえで・あやの「お疲れ様~」  店を出ると直ぐ隣につかさの店……入り口には定休日の看板が立て掛けられていた。今日は水曜か……そういえばもうすぐまなみちゃんの演奏会か。 きっとみなみとの練習につきあっているに違いない。つかさの家に遊びに行くのも止めるかな。たまには何処にも寄らずに真っ直ぐ帰ろう。  未だ空は薄暗く日の光が少し残っている。こんなに早く帰るのは久しぶりかもしれない。仕事が早く終わってもゲーマーズとかに行っちゃうからね 家の玄関の扉を開けた。 こなた「ただい……ん?」 『わはははは~』 開けると同時に笑い声が私の耳に飛び込んできた。お父さんの声だ。お父さんはテレビとかで大笑いするような人じゃない。ゆい姉さんかゆたかでも遊びに来たのかな。 声のする居間の方に向かった。そして居間に入った。 そうじろう「おかえり、こなたか、今日は早いな」 お父さんの正面に座っている人……あれ……ば、ばかな。 そうじろう「おっと紹介が遅れた、娘のこなたです」 あやめ「お邪魔して……あ、ああ~」 そうじろう「お、おや?」 そこに居たのは神崎あやめだった。神崎さんと目が合うと二人とも硬直したように動作が止まった。 そうじろう「何かありましたかな……」 お父さんは私と神崎さんを交互に見ながら戸惑ってしまった。神崎さんは自分の腕時計を見た。 あやめ「も、もうこんな時間……長居をしてしまいました、今日はこのくらいにします……ありがとう御座いました」 神崎さんは慌ててテーブルの中央に置いてあったボイスレコーダーを仕舞うと立ち上がった。 そうじろう「そうですか、お構いもしませんで……」 あやめ「失礼しました」 神崎さんは私をすり抜けて玄関の方に出て行った。 そうじろう「こなた、挨拶はどうした……おい?」 お父さんが何か言っているけど何も聞こえない。 何のために私の家に……ボイスレコーダーを使っていたって事は……取材……何の? もう彼女に振り回されるのは沢山だ。考えても意味がない。直接聞くしかない。私は振り返り神崎さんを追った。 そうじろう「こなた?」 お父さんの呼びかけを他所に居間を出た。 神崎さんは玄関で靴を履いていた。 こなた「ちょっと待って」 靴を履き終えると私を見た。そして微笑んだ。 あやめ「……泉さんのお父さんだったの、苗字が同じだったね、泉さんと同じような所が沢山あった、とても面白い人だった、これで私も貴女の父親に会ってお相子になった」 またそんな事を言って誤魔化す。 こなた「今度はなんの取材なの、もう私は関係無いんじゃないの、どうして……」 あやめ「……同僚が急病になってね……私はその代理で来たにすぎない、もともと編集部にあった取材だった、まさかこの家が泉さんの家だったなんて……」 こなた「取材って、お父さんの取材?、この前の取材とは関係無いの?」 神崎さんは頷いた。これは全くの偶然だったのか。そのまま神崎さんの言葉を信じるとして、それならこうして再会できたは千載一遇のチャンスだ。 こなた「教えて、何でつかさの手を強く握ったの、ボイスレコーダーを出したの?」 神崎さんは溜め息をついた。 あやめ「二人には謝っておいて……」 こなた「謝るなら自分で謝ってよ……」 神崎さんは黙ってしまった。 こなた「どうして黙ってるの……何で教えてくれないの、お稲荷さんの関係なら私達だって……協力できるし、協力してもらいたい」 神崎さんは玄関の扉を向き私に背中を見せた。 あやめ「ふふ、私はあの時、捕まっている筈だった……」 こなた「捕まるって……潜入した時の話し?」 あやめ「そう、まさか貴女がお稲荷さんのハッキング技術を継承しているとはね……しかも助けに来るなんて、これで私の計画はやり直しになった、これも何かの運命かしらね」 こなた「でも、私が来た時、神崎さんは怯えていたよ……」 あやめ「……それは私の覚悟が足りなかったから……」 こなた「覚悟って……そこまでして何をしようとしているの」 神崎さんは扉に手を掛けた。 あやめ「知りたければあのデータを調べなさい……どうせ何も分からないだろうけどね……もう行かないと……」 こなた「ちょっとまだ話が……」 私が言おうとすると扉を開けて出て行ってしまった。 この前の様な駆け引きは止めて自分の気持ちをストレートに話したつもりだった。それでも彼女は真実を話してくれない。 このまま追いかけてもこれ以上の話しは聞けないような気がした。 そうじろう「こなた、神崎さんと知り合いなのか」 玄関にお父さんが来た。 こなた「まぁね、お店の常連客だった人だよ」 そうじろう「お稲荷さんだのデータだのってやけに深刻そうな話をしていたみたいだけど、何なんだ?」 お父さんにはまだお稲荷さんの話しはしていない。話して理解してくれるだろうか。みさきちみたいになる可能性もあるしあやのみたいになる可能性もある。 かえでさんが言っているようにこれは知識の量とか理解力とかは関係ないお父さんがお稲荷さんを受け入れられるかどうか。ただそれだけなんだ。 こなた「お父さんには関係ない事だよ」 そうじろう「そうか、話せない事ならそれもいい」 あまり興味がないのかすぐに引き下がった。でもそれでいいのかもしれない。 お父さんがもし、お稲荷さんを受け入れなかったら。そう思うと話せない。 こなた「それより何の取材なの、売れない作家さんなのにさ」 そうじろう「お、言ってくれるじゃないか、これでも食べていけるくらいは稼いでいるんだぞ」 こなた「私を大学まで育ててくれたしね……」 実際作家だけで食べていけるのだからそれなりの実力があるのは理解出来る。 そうじろう「まぁ、の作品に関しての取材だそうだ、出版社からも許可が出ているから私も受けたのだけど……三日の予定で今日はその二日目だった」 二日目、って事は昨日も来ていたのか。寄り道をしていたら今日も会えなかった。明日から遅番になるから今日しか会えるチャンスがなかったのか。 そうじろう「取材と言っても半分以上が雑談で終わってしまったけどな」 こなた「雑談って……そういえば私が帰って来た時笑っていたけど?」 そうじろう「ああ、話が面白くてね、彼女はコミケに参加しているそうだ、それから話がそっちの方に流れてしまった」 こなた「彼女はゲームも好きだよ」 そうじろう「そうなんだよ、ゲームだけじゃなくガ〇ダムも好きでね、しかもファースト、これは貴重すぎてたまらないじゃないか、知り合いならなぜもっと早く紹介してくれなかった!」 興奮するお父さん。確かに私意外でこんな話が出来るのは彼女しかいないかもしれない。 こなた「私だって知り合ってまだ二ヶ月目だよ、それに彼女は忙しいからね……」 そうじろう「明日が楽しみだ」 そう言うと居間の方に向かって行った。 こなた「ふぅ~」 溜め息が出た。やれやれお父さんがすっかり気に入ってしまった。 いや、まて、確か神崎さんのお母さんも私を気に入ったなんて神崎さんが言っていた。まさか本当に取材を理由に仕返しをしたのじゃないだろうか。 そんな風に思えるような事も帰りがけに言っていたし…… そうじろう「お~い、こなた、夕食の準備を手伝ってくれ」 こなた「ほ~い」 まぁいいや。今度は危害を加えたわけじゃないし……  それから、まなみちゃんの演奏会の当日が来た。 クラッシックにはそんなに興味ないし、多分まなみちゃんの演奏意外は居眠りをしてしまうかもしれない。それでも何故か会場に来てしまった。 会場には意外と沢山の客が来ている。会場入り口で入場の列に並んで順番を待っていた。 私の順番が来てチケットを係員に渡した。 スタッフ「……演奏者のご関係の方ですね?」 こなた「え、まぁ、知り合いなので……」 スタッフ「それでは特別席へどうぞ、そから演奏10分前までなら控え室へも行けますので……」 係員はチケットの半券とプログラムを私に渡した。私はそれをを受け取って会場の中に入った。  特別席は最前列の数段か……私の席はA―12……あ、あった。 席を見つけて座った。辺りを見回した。特別席に座っているのは私だけだった。ちょっと来るのが早すぎたかな。それとも控え室に居るのだろうか。 もしかしたらかがみやみゆきさんも来ているかも。つかさはこのチケットを店で配っていたしね。 ここでボーっとしても暇なだけだちょっと控え室を覗いてみるかな。私は席を立ち控え室に向かった。 あれ、おかしいな~ 案内の地図にはこの辺りに控え室があるはずだけど。私は辺りをきょろきょろと見回した。でもそれらしい部屋は無かった。 もしかしたら東西を逆に見たのかもしれない。元の場所に戻ってみるかな。 「神崎さん~」 私の後ろから男性の声がした。神崎だって、まさか。 私は声のする方に振り向いた。二十代前半くらいの男性が小走りに私の方に向かってきた。 男性「神崎さん~」 間違いないこの男性が神崎さんと言っている。ってことは……ゆっくりまた振り返った。少し先に長髪の女性の後姿が見えた。間違いない神崎さんだ。まずい振り向かれたら 私が居るのが分かってしまう。咄嗟に建物の柱の陰に身を隠した。男性は私を通り越して長髪の女性の方に走っていく。 男性「神崎さん、こっち、聞こえています?」 長髪の女性が男性の声に気付いて振り返った。顔が見えた。間違いない神崎あやめだ。あの男性が居なかったら彼女と鉢合わせになっていた。 あやめ「坂田さん、そんなに大声を出さなくても聞こえているよ」 あの男性は坂田って言うのか。誰だろう。神崎さんとどんな関係があるのかな。それに彼女が何故この会場に来ているのか。 坂田「そっちは違いますよ、逆方向、控え室はこっちですよ」 あやめ「そっちだったの、どうりで部屋がないはずだ」 坂田「インタビューはあと一人だけですよね」 神崎さんは頷いた。 坂田「演奏までまだまだありますからそこの喫茶店で休憩しませんか?」 男性が見ている方を見ると喫茶店があった。神崎さんは暫く喫茶店を見ると、 あやめ「それじゃ少し休もうか」 神崎さんと坂田は喫茶店に入っていった。どうも気になるな。見つからない様に私も入って見よう。  二人が喫茶店に入って数分してから私は喫茶店に入った。この喫茶店はセルフサービスの店だ。席は自由に決められる。適当な飲み物を頼むと二人の座る席の横に 気付かれないように座った。 坂田「井上さんの代理お疲れ様です」 向こうの声も聞こえる。これはもしかしたら神崎さんの秘密が分かるかもしれない。私は聞き耳を立てた。 あやめ「彼女が病気じゃどうしようもない」 坂田「病状はどうなんですか、確か神崎さんと同期でしたよね」 あやめ「今日、精密検査をするって言っていた、今の時点ではなんとも言えない」 坂田「そうですか……ところで、井上さんの文化部の仕事はどうですか、神崎さんだと物足りないんじゃないですか?」 あやめ「物足りない?」 坂田「そうですよ、アーティストや作家さんの取材、時には今日みたいにお子様の取材ですよ、政治家や企業の不正を調べている方が神崎さんらしいと思って」 井上って人の代理で来ているのか。そういえばお父さんの時もそう言っていた。するとお父さんの時も今日も神崎さんの意思で来た訳じゃなかったのか。全くの偶然だった。 あやめ「ふふ、私はそんな大それた仕事なんかしたくなかった、井上さんの様な仕事の方が好き」 さかた「へぇ~そうは見えないな~」 坂田は手に持っていた物をテーブルに置いた。それはカメラだった。かなり高級そうなデジタルカメラだ。もしかしたら坂田はカメラマン? あやめ「ところで次のインタビューは誰なの?」 坂田「えっと~」 坂田は鞄から紙を出して見た。 坂田「最後の演奏者で柊まなみちゃんですね……」 あやめ「柊……まなみ……ですって?」 柊まなみ……これからまなみちゃんの所に行こうとしていたのか。 坂田は持っていた紙を神崎さんに渡した。 坂田「小学三年生の女の子、初演だそうですよ、子供の初演にしては遅い方だとは思いますけど……なんでも今回の演奏会で最注目の子だそうです」 へぇ、やっぱりまなみちゃんは注目されているのか。ちょっと嬉しかったりするな。 神崎さんは渡された紙をじっと見ていた。 坂田「あれ、その子知っているのですか?」 あやめ「え、あ、いや、知っているだけで直接会ったわけじゃない……」 神崎さんは紙を坂田に返した。 坂田「演奏曲は……ショパンの舟歌だ、うぁ~」 坂田は感嘆の声を上げた。 あやめ「その曲って難しいの、私は音楽に疎いから分からない」 坂田「これをデビューでやるなんて……技術はもちろん表現力も試される大作ですよ……小学生がどんな演奏するのか楽しみだな」 神崎さんはテーブルに置いていあるコーヒーを飲み干した。 あやめ「最後まで居るつもりはない」 神崎さんは立ち上がった。 坂田「え、折角来たのに聴いていかないの、それで記事なんか書けるのですか?」 あやめ「行くよ!」 神崎さんは喫茶店を出た。 坂田「あ、ああ、ちょっと待ってくださいよ~」 坂田はテーブルに置いてあったカメラを大事そうに抱えると神崎さんの後を追った。私も少し時間を空けてから店を出た。  神崎さんは井上さんの代わりにこの取材をしているのか。お父さんのもそうだった。神崎さんは嘘を付いていなかった。 井上さんって……神崎さんと同期って言っていたけど、仕事を代わりにするくらいだから親しい仲なのかもしれない。病気か…… 坂田「す、すみません、ちょっとトイレに行きたくなったのですが……」 申し訳なさそうに神崎さんに言った。神崎さんは立ち止まった。 あやめ「しょうがない、行って来なさい、先にインタビューは進めているから、適当に来て写真を撮って」 坂田「はい……」 坂田は神崎さんと別れてトイレに向かった。そして神崎さんはそのまま歩き出した。私も神崎さんとの間隔を空けて付いて行った。 しばらく歩くと係員が立っている区域に入った。神崎さんは手帳の様な者を係員に見せている。許可証なのかな…… 係員は神崎さんを通した。私は……暫く時間を置いて係員の所に向かった。 係員「何か御用ですか?」 どうする……そうだ。チケットの半券があった。私は半券を係員に見せた。 係員「どうぞ」 私はそのまま通路の奥に入った。 神崎さんは柊まなみと書かれた控え室の前に立ち止まった。私も壁際に立ち止まり神崎さんから見えないようにした。 『コンコン』 神崎さんはドアをノックした。 「はい、どうぞ」 部屋の中から声がした。この声はつかさだ。神崎さんはゆっくりドアを開けた。 つかさ「か、神崎さん?」 ドア越しから分かるほど目を大きく見開いて驚いているつかさが見える。 あやめ「柊さん……」 神崎さんも立ち止まりドアを開けたままの状態になっている。これなら二人の状況が分かる。私には好都合だ。 つかさは直ぐに普通の表情に戻り腕を神崎さんの前に出した。握手か…… 神崎さんは立ったまま動こうとしなかった。するとつかさはにっこり微笑んで一歩前に出た。 つかさ「この前のやり直し」 つかさは神崎さんの目の前に手を出した。 あやめ「……ば、バカな、何も聞かずに何故そんな事が出来る、また同じ事をしたらどうするの」 つかさは首を横に振った。 つかさ「二度もそんな事はしないでしょ、だってまなちゃんを助けた人だもん」 あやめ「まなちゃん、まなちゃんって真奈美の事?」 つかさは頷いた。 つかさ「うん、それで、私はまなちゃんに助けられた……まなちゃんと会っている人がひろしさんの他に居たなんて、とっても嬉しくて……」 あやめ「ひろし……さん?」 つかさ「うん、私の夫で、まなちゃんの弟だよ……」 つかさの目が潤んでいる。真奈美を知っている人に出逢えてよっぽど嬉しいのだろう。神崎さんの手が自然に前に出てつかさと握手をした。 結局私もかがみも必要なかった。つかさと神崎さんだけで良かった。 私は余計な事をして遠回りをさせてしまった。この二人は逢うべきして逢ったんだ。 あやめ「ちょっと待って、貴女に子供が……まなみちゃんが居るってことはそのひろしってお稲荷さんは……」 つかさ「うん、人間になった、実はね私の三人のお姉ちゃんの旦那さんもね……」 神崎さんは両手をつかさの前に出してつかさを止めた あやめ「そこまで……こんな所で話すような内容じゃない……」 つかさ「で、でも……」 あやめ「なるほどね、泉さんが私に柊さんを会わせたくなかった様ね、その意味が分かった……柊さん、もうその話は止めましょう」 つかさ「もっと、まなちゃんの事……聞きたい……」 神崎さんは首を横に振った。 あやめ「今は出来ない、私は記者として此処にいるの、分かって……」 つかさ「……で、でも……」 坂田「神崎さん~」 坂田が戻ってきたみたいだ。小走りに部屋に向かっている。私に気付かずそのまま素通りした。 あやめ「ほらほら、何も知らない人達に聞かれたら不味いでしょ、私と同行しているカメラマンの坂田って言う人だから私に合わせて」 つかさ「あ、う、うん……」 坂田「すみません遅れまして、あ、あれ……?」 坂田は左右きょろきょろと見回している。 坂田「柊まなみちゃんは……?」 坂田はカメラを握りいつでも撮れるような体勢になった。 あやめ「私もさっき来たばかりだから」 神崎さんはつかさをつんつん突いた。 つかさ「え、あ、ああ、先生と奥の部屋で練習中です……」 先生……みなみも来ているのか。教え子の初舞台だから当然と言えば当然か。 坂田「最終調整って訳ですね、撮影したのですがよろしいですか?」 あやめ「私もインタビューをしたい、時間は取らせません」 つかさは暫く考えた。 つかさ「まなみは……娘はちょっと上がり性なので、カメラとか向けられると戸惑ってしまうかも……」 坂田はカメラを仕舞った。 坂田「……どうします神崎さん、後一人だけなんですけどね……」 あやめ「……それなら演奏の後ならどうかしら?」 つかさ「それなら問題ないかも」 坂田「あれ、神崎さん、柊ちゃんの演奏は最後ですよ、そこまで残らないってさっき言っていたような……」 あやめ「坂田、井上から何を学んだ、相手に合わすのもの時には必要だ、特に子供はね」 神崎さんは坂田を嗜めるとつかさの方を向いた。 あやめ「どうせなら完璧な状態で演奏してもらいたいから……それじゃ演奏が終わったら此処で会いましょう」 つかさ「あっ……それなら特別席が空いているので……お姉ちゃんとゆきちゃんの分」 つかさは半券を二枚神崎さんに渡した。 あやめ「あら、お姉さんは来られないの?」 つかさは頷いた。 あやめ「それは残念、謝りたかった……また機会を改めましょう、それでは」 神崎さんは会釈すると部屋を出た。そして扉を閉めた。 坂田「謝るって何です、それにお姉さんって……あの人と知り合いだったのですか?」 あやめ「まぁね……」 坂田「まぁねって……知り合いならそう言ってくれればよかったのに……」 二人は私の隠れている壁を通り過ぎて行った。二人は話しているせいなのだろうか、私には気付いていない。 二人の気配が消えるのを確認して控え室の前に移動した。 『コンコン』 つかさ「は~い、どうぞ」 私は扉を開けた。 つかさ「こなちゃん、来てくれたんだ!!」 こなた「やふ~つかさ、暇だから来たよ」 つかさは私の手と取ると跳びあがって喜んだ。 つかさ「こなちゃん、さっきね神崎さんが来てね……」 早速さっき起きたばかりの出来事を私に楽しげに話しだした。秘密とか内緒とかそう言うのはつかさには関係ない。楽しい出来事があれば直ぐに誰かに話したがる。 そう、それがつかさ。 つかさ「どうしたの、こなちゃん?」 私は笑った。 こなた「神崎さんと仲良くなれたみたいだね」 つかさ「うん!」 あの時怒った自分がバカバカしく感じてきた。つかさは一人で真奈美に出逢って親友になった。そしてその弟のひろしと結婚までしている。私はそれに少ししか関わっていない。 ひろし言うように最初からつかさを参加させていればよかった。つかさの笑顔を見てそれを確信した。 こなた「それじゃ私は客席の方に行くね」 つかさ「え、まだ来たばかりなのに、まなみやみなみちゃんに会ったら、もう少しで来ると思うし」 こなた「うんん、神崎さんにの言うように演奏直前で上がり症が再発したら困るでしょ、演奏会が終わったら来るよ」 つかさ「そ、そうだね……こなちゃんの言う通りだね、またね」 こなた「また~」 私は控え室を出た。部屋を出る直前のつかさの淋しそうな表情が印象に残った。それは私が直ぐに部屋を出たからじゃない。きっとかがみやみゆきさんが来なかったからだ。 私はかがみ達がこなった理由を知っている。直接聞いたわけじゃないけど分かる。  私が席に戻ると、その隣の席に神崎さんが座っていた。本来ならそこにかがみかみゆきさんが座る席。今までの私なら一般席に移動するところだけどそのまま自分の席に座った。 これはつかさがくれたチャンスだ。 こなた「ちわ~」 あやめ「泉さん……帽子を被っていたから声を掛けられるまで気付かなかった……こんにちは……」 目を大きく見開いて驚く神崎さん。 こなた「つかさの娘が参加している演奏会だから私が来ても不思議じゃないでしょ、お父さんの時と同じだよ」 あやめ「そ、そうだけど……」 そこで透かさず質問。 こなた「所でカメラマンの坂田さんはどうしたの、またトイレでも行った?」 あやめ「う、な、何故坂田を知っている?」 神崎さんは立ち上がった。 こなた「いやね、私も道を間違えて喫茶店の方に向かって歩いていたら神崎さんを見かけてね、ちょっと様子を見させてもらった」 神崎さんは呼吸を整えるとまた席に座った。 あやめ「……全く気付かなかった……貴女、探偵のセンスがあるのかもね……坂田はこの会場の写真を撮りに行っている……」 ってことは当分ここには来ないな。それならお稲荷さんの話しも出来る。 こなた「それは神崎さんが教えてくれた事だよ、それよりさ、つかさと会って分かったでしょ、もう神崎さんと私達は運命共同体みたいなももだって、     こうして神崎さんの同僚の井上さんの病気の代理の仕事で私達に関わっているのも偶然じゃないと思う……それで……井上さんの病気って重いの?」 神崎さんは溜め息をついた。 あやめ「会った事もない人なのに心配までされるなんて……それにしても柊さんの関係者はまなみちゃんの先生と泉さんしか来ていないじゃない、それで運命共同体なんて……可笑しい」 神崎さんはさら苦笑いをした。 こなた「かがみやみゆきさんが来ないのは神崎さんのせいだよ」 あやめ「何故、私は何もしていない」 少し怒り気味の口調だった。 こなた「何も教えてくれないからだよ、かがみなんかムキになってデータを解析している、だから来られない」 あやめ「あのデータは解析できるはずはない、諦めなさい」 こなた「どうかな~ 神崎さんは何処まで調べたかは知らないけど、あのラテン語のデータ、あれは何処かの場所を説明している文だってかがみが言っていたけどどうなの?」 神崎さんはまた立ち上がった。そして私を見下ろした。 あやめ「……驚いた……貴女にはいろいろ驚ろかさせられる……データを渡さなければ良かった」 こなた「もう遅いよ、どうせ分かっちゃうなら秘密にする必要なんかないじゃん?」 あやめ「どうせ分かるも物……どうせ分かるものなら私が教える必要はない」 こなた「あらら、意外と強情さんだね、一人よりも私達と一緒の方が良いと思っただけなのに」 あやめ「もうその話はお仕舞い」 まだ話したい事があるのに。更に話しをしようとした時だった。 坂田「神崎さん~」 あの声は……坂田か。もう戻ってきたのか。 あやめ「貴女に協力をさせたのが間違いだった……」 神崎さんは小さな声でそう呟いた。 こなた「え?」 坂田が神崎さんの隣の席に近づいた。神崎さんは立ったまま神崎さんが来るまで待っていた。 あやめ「随分早いかったじゃない、もう撮影は終わったの?」 坂田「はい、おかげさまで……」 坂田は私が居るのに気が付いた。私の方を見た。そして席に着くと神崎さんの方を見た。 坂田「お知り合いで?」 あやめ「そう」 坂田は私に一礼をした。そして私も会釈した。確かにもうこれ以上話はできそうにない。 坂田「もうそろそろ最初のプログラムの時間ですよ」 気付くと辺りには観客が大勢席に座っていた。そして数段後ろの席にはいのりさん、まつりさんの姿もあった。 神崎さんは席に着いた。もう神崎さんと話しはできそうにない。 かと言っていのりさん達と会って話しをするには時間が短すぎる。これから最後のまなみちゃんの演奏の順番がくるまで退屈な時間になりそうだ……  データの内容が分かったから会いたいとかがみから連絡が来たのは演奏会から丁度一ヵ月後だった。 ⑮ ここから「[[ひよりの旅>http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/1785.html]]」の登場人物が登場します。「ひよりの旅」を読んでいない人は読んでから続きを読む事をお奨めします。  私はつかさの店の扉を開けた。 こなた「おひさ~」 つかさ「こなちゃん!!」 まるで数年会っていないような嬉しそうな声で出迎えるつかさ。 つかさと会うのは一ヶ月ぶりだろうか。職場がこんなに近いのに不思議なものだ。会おうとしないと会えないなんて。 かえでさんの体調が良くないのでその分忙しくなったせいなのかもしれない。  今日は水曜日。つかさの店はお休みだ。かがみは店を待ち合わせ場所に指定した。かがみは既に居た。テーブルに座り軽食を食べている。つかさの店では出していない料理だった。 かがみは私に気が付かず夢中で食べている。かがみの姿がほっそりと見えた。あの大食いのかがみなのに…… つかさ「お姉ちゃん、こなちゃんが来たよ」 かがみ「ん?」 かがみは食べるのを止めて私の方を向いた。その顔を見ると目に隈ができている。頬も少し削げ落ちているような気がする。 かがみ「早いわね……ってすぐ隣だから当たり前か……」 こなた「な、なに……少しやつれた?」 かがみは溜め息をついた。 かがみ「あんたがもってきた宿題のせいよ……流石に疲れたわ……」 こなた「かがみがそんなにするなんて、よっぽどなんだね……」 かがみ「いや、6割以上はみゆきがした……ラテン語に歴史、地理に……物理学、工学まで幅広い知識が必要だった、この短期間でできたのはみゆきが居たおかげ」 こなた「ん~、難しい事はいいから、結果だけ教えてよ」 かがみは不敵な笑みを浮かべた。 かがみ「待ちなさい、皆が集まるまで」 こなた「みんな?」 かがみ「そうよ、お稲荷さんを知っている人は全て呼んだ、皆に聞いてほしい」 お稲荷さんを知っている人……あのデータってどんな内容なのだろう。 つかさ「ところで神崎さんは来てくれるの?」 こなた「分からない……」 電子メール、手紙、電話、いろいろなツールで連絡を試みたけど返事は貰えなかった。直接家に行ければよかったけど、その時間が取れなかった。 かがみ「分からないって、何よ、あいつから吹っかけて来たのよ、張本人が来ないでどうするのよ!!」 悔しそうにするかがみと残念そうな表情のつかさが対照的だった。私自身も来て欲しかった。 「こんにちは……」 いのりさん、まつりさんが入ってきた。 つかさ「あ、いらっしゃい……」 まつり「大事な話があるって言うから来たよ」 身内にも内容をまだ話していないのか。まつりさんといのりさんか。この二人はたまに店に来てくれるけど、学生時代から話したりはしていないな…… かがみ「すすむさんとまなぶさんはどうしたの、彼らにも来てって言ったはずだけど」 いのり「来るけど少し遅れるかも……」 お稲荷さん、いや、元お稲荷さんも呼んでいるのか。って事は結構大勢になるかも。 いのりさんが私が居るのに気が付いた。 いのり「こんにちは、久しぶり……泉さんだったかな、まなみちゃんの演奏会依頼ね」 こなた「こんちは~、どうもです」 つかさが店の奥から雑誌を持って来た。 つかさ「ねぇ、見て見て、まなみの演奏が記事になっているよ」 まつり「あぁ、そういえば、あの時の女性記者とカメラマンが取材に来ていた」 つかさはいのりさんに雑誌を渡した。その雑誌は来月号の見出しになっていた。 いのり「これって、わざわざ出版社から先行で送ってきたみたいね……」 つかさ「神崎さんが直接送ってくれたみたい……だから来てくれると思ったのに……」 まつり「え、あの記者と知り合いなの?」 つかさ「う、うん……」 いのり「へぇ、つかさって意外と顔がひろいんだ……演奏が終わってから取材だって二人が入ってきた、そう言えばあのカメラマン、まなみちゃんの演奏を絶賛していたのを覚えている」 そう、あの坂田ってカメラマンが取材の終始神崎さんと一緒に居たから立て込んだ話が出来なかった。だから私は途中で帰ってしまったので演奏後の取材の話しは知らない。 かがみ「お父さんとお母さんも来てくれたみたいね……来なかったのは私だけだった、ごめん」 つかさ「うんん、気にしていないから……」 気にしていないか……つかさはそんな風に言えるようになったのか。 こなた「あれ、ご両親、特別席には居なかったけど?」 つかさ「あまり前の席だとまなみに気付かれちゃうって、一般席に移動したって言ってた」 いのり「あった、あった、まなみちゃんの記事があったよ」 雑誌を開いたまま私達にそのページを見せた。まなみちゃんの姿が写った写真が掲載されている。あのカメラマンが撮ったものだ。 恥かしそうにはにかむ姿がまなみちゃんの特徴を捉えている。さすがプロのカメラマンって所かな。 いのりさんは雑誌を自分の方に向けた。 いのり「どれどれ……」 いのりさんはまなみちゃんの記事を読み出した。 いのり「舟歌、私自身その曲を聴くのは初めてだった、ショパンと言えば、子犬のワルツ、幻想即興曲、雨だれ、別れの曲、彼の残した曲は数知れないがこの曲を思い浮かべる人も 少なくないだろう、私はこの演奏を聴いてそう思った、 恥かしそうにピアノの前に座る柊まなみ、あどけない小学三年生、しかし鍵盤に手をかざすと表情が豹変した、 出だしの重い音の向こうから聞こえる舟歌のリズム、船出をする喜び、そして出発地を離れる不安と淋しさ、そして到着への期待と希望が次第に膨らんでいく様子が私の心に 染み渡ってきた、この子は一度船旅を経験した事があるのではないか、そう思わせる程の説得力があった演奏だった……」 いのりさんは雑誌を閉じた。 いのり「凄いじゃない、大絶賛だよ、こんなに褒められるなんて滅多にないよ」 まつり「そういえば周りで涙を流している人も居たよね」 こなた「へぇ、そんな演奏だったんだ?」 かがみ「へぇって、あんたも会場に行ったんじゃないの?」 こなた「えっと、最後の演奏だったもので……すっかり夢の世界に……」 かがみ「あんたは何しに行ったんだ!!」 皆は笑った。私も笑った。 「こんにちは」 みゆきさんが入ってきた。さて、そろそろ本題に入りそうだ。  みゆきさんが来ると続々とかがみの呼んだ人達が入ってきた。最終的に かがみ、つかさ、みゆきさん、あやの、いのりさん、まつりさん、ゆたか、ひより、みなみ、かえでさん、そして、ひろし、ひとしさん、すすむさん、まなぶさんの四人の元お稲荷さん が集まった。 集合時間が過ぎても神崎さんが来る気配は感じられない。 かがみ「時間を過ぎたから始めさせてもらう、神崎さんにはどうしても来て欲しかったけどね……しょうがない、みゆき、後は頼むわよ」 みゆき「はい」 みゆきさんはピアノの前に立った。それを囲むように皆が座った。 みゆき「皆さん、お集まり頂きありがとうございます、貿易会社から入手したデータを解析しましたので皆さんのご意見を賜りたいと思います……それでは最初に、     すすむさん、オーストリア北部の山岳地帯と聞いて何か思い出しませんか?」 私達はすすむさんの方を向いた。すすむさんは目を閉じた。 すすむ「あれは……忘れるはずもない、我々が最初に訪れた土地だ……」 ひより「え、最初に訪れたって……四万年前でしょ……それに船が故障したって……」 すすむ「そうだ、本来ならもっと南のアフリカ大陸辺りを目指したのだがね……」 そうか、確かすすむさんはけいこさんと同じくお稲荷さんがこの地球に来てからずっと生きていたって言ってたっけ。 みゆき「やはりそうでしたか、データの中にラテン語で書かれた文章がありました、それには「遥か昔に空から訪問者が訪れた」と書かれていました、事情を知らない人ならば     これはただのおとぎ話や伝説で片付けられたかもしれません、でも私は直ぐに解りました、お稲荷さん達の宇宙船だったのではないかと」 すすむ「当時は氷河期で雪と氷だけの土地だった、お前達の先祖は少し攻撃的だったからネアンデルタールの人々の集落に身を寄せた、彼等は私達を温かく受け入れてくれた」 みゆき「……彼等は間もなく滅びたようですが?」 すすむ「彼等の頭脳は人類より発達していた、しかし声帯が人類ほど発達していなかったので意思の伝達が不自由だった、そのために次第に人類に追い詰められた」 みゆき「興味深い話ですね……それは後で聞きます……話を元に戻します」 つかさがつんつんと私の背中を突いた。私がつかさの近くに寄ると耳元でつかさが囁いた。 つかさ「ゆきちゃんとすすむさんの会話の意味がわかんないよ、声帯がどうのこうのってどうして?」 私も小声は話す。 こなた「ん~、言葉が話せないと困るって事じゃないの、身振り手振りだけじゃ相手に伝わらないからね……」 つかさは首を傾げてしまった。私もこれ以上の説明は出来なかった。 みゆき「文章は続きます、「その地で彼等は呪いを施した、決して地を掘ってはならぬ」と、これはもしかして宇宙船の残骸を発見されない為の忠告ですか?」 すすむ「そう、放射性物質があった、それに我々の技術をされたくなかった、当時の人類では全く理解は出来ない物だったがね、言い伝えだけが残ったのだろう」 みゆき「……この文献の通り、約40年前、遺跡が発見されました、そのスポンサーが貿易会社です、今でも発掘は続いていて、その発掘品の殆どはシークレットで 殆ど公開されていません、全ては謎です……結論から先に申し上げると、貿易会社は既にお稲荷さんの存在に気付いていると思います」 すすむ「……その可能性はあるが……現代でも我々の技術を分析はできまい、船は完全に破損してしまった、 残った装置も殆どが有機物質から構成されているものだ、とっくに土に還っている」 みゆき「これは何ですか?」 みゆきさんは一枚の写真を私達に見せた。それはガラスの様な、水晶の様な透明な板が写っている。 みゆき「これもデータの中にあった写真です、遺跡の一部だと思われますが?」 すすむ「……メモリー」 こなた「メモリーってpcで使うような?」 すすむ「そうだ……」 ひより「お稲荷さんって知識は忘れないって言ってなかった、そんなもの要らないような気がするけど?」 すすむ「人間になって知識は一割も覚えていない……この地球の様に知的生命体との接触を想定して我々の知識と歴史を記録した物だ、しかし未だ読めないだろう」 みゆき「それではこれはどうですか?」 みゆきさんは更にもう一枚の写真を出した。そこには見た事もない文字がぎっしり書いた紙が写っている。 すすむ「それは我々が使っていた言語だ……まさかあのメモリーの中身を読み取ったのか、ふふ、まだ忘れていない、読めるぞ、核融合における基本技術が書かれている」 みゆき「この言語は私にもさっぱり解読できませんでした、しかし貿易会社は40年も秘密でこれらを研究しています……それがどう言う意味が分かりますか?」 皆は黙って何も言わない。私も分からない。つかさがまた私の背中を突っつく。 つかさ「私何を言っているのかさっぱり、こなちゃん分かる?」 こなた「ん~、どうやら貿易会社がお稲荷さんの秘術を盗んでいるみたい……」 つかさ「ふ~ん?」 分かっていない様だ。 すすむ「貿易会社が我々の技術を使って儲けている、と言いたいのか?」 みゆき「そうです……」 すすむさんは笑った。 すすむ「なら放って置けば良い、我々の技術や知識は何れ人類も自ら得るだろう、知りたい者にはくれてやれ」 みゆき「いいえ、それならば一企業が独占しては……これは全世界に公開されるべきです」 みゆきさんとすすむさんの口論が始まった。私には難しくて分からなかった。多分つかさも分からないだろう。他の人達はどうだろう。みんな呆然と二人を見ているだけだな。 でも……この二人の口論。何れ分かるなら教える。教えないって話しだ。何処かで同じような…… そうだ。私と神崎さんだ。神崎さんがまなみちゃんの演奏会で言っていた…… かえで「二人とももう止めなさい」 かえでさんの言葉で二人の口論は止まった。 かえで「もうそれは終わった話よ、それはけいこさんがしようとした事じゃないの、結果がどうなったか……分かるでしょ?」 みゆき「……はいそうでした」 すすむ「……そうだったな……」 かえでさんは立ち上がった。 かえで「問題は貿易会社ね、みゆきさんの話しを聞くとけいこさんの正体をお稲荷さんって分かっていた様な気がする、つかさ覚えていない?」 つかさ「ふえ?」 いきなり振られてつかさは困惑してオロオロしている。私も話しに付いていけないのだからつかさも同じだろう。 かえで「まだレストランが引越しする少し前、二人で神社の頂上に登ったでしょ、二人で登るなんて何度もないから覚えている、そこの木の陰に黒ずくめの男が隠れていたでしょ、 つかさは観光客だなんて言っていたけどね」 つかさは頭を抱えて考え込んだ。 つかさ「あっ!!」 つかさはピンと立ち上がった。 かえで「思い出した?」 つかさ「うん……あの人って観光客じゃないの?」 かえで「あれが観光客だもんですか、貿易会社の差し金よ、あの神社がお稲荷さんの住処だったのを調べていたにちがいないわ」 かがみ「そんな事があったなんて知らなかった」 かえで「私も当時はそこまで根深いとは思わなかったからあまり気に留めておかなかった……国の権力を使ってけいこさんを拘束するなんて、フェアーじゃない」 ひとしさんがいきなり立ち上がった。 ひとし「話はそれで終わりか、4万年前の遺跡を掘り返しただけ、可愛いものじゃないか、もう私達には関係ない、」 かがみ「可愛い……それだけなら私は貴方達を呼ばないわよ」 ひとし「それじゃ何だって言うんだ……」 かえで「こらこら、夫婦喧嘩はやめなさい」 かがみが言い返そうとした時、良いタイミングでかえでさんが割り込んだ。 かえで「かがみさん、続きを聞かせて」 かがみ「は、はい……データの中に貿易会社の取引先の情報があって、その中に国際的に取引を中止されている国の名前が幾つもある、それだけじゃない、     その取引の商品がこれ」 かがみは紙を鞄から出した。英語で書いている表だけど読めない。 ひとし「……兵器か……素粒子銃、レーザー砲……なんだこれは、こんな物今の時代に不釣合いな兵器だな」 かがみ「実験装置として売っている……密輸が発覚しただけでも企業の存亡に関わる大スキャンダルよ」 ひより「もしかして神崎って記者はそれを調べるために?」 かがみ「記者としてはそうかもしれない、でも、彼女もお稲荷さんの存在を知っている、しかも真奈美さんをね」 ひより「どう言う事です?」 かがみが話そうとした時だった。 ゆたか「その前に聞きたい事が……」 かがみ「どうぞ」 ゆたかはかがみではなくすすむさんの方を向いた。 ゆたか「お稲荷さんの知識で武器を作れるの、宇宙は戦争もできないほど過酷だって、そう言ったのは嘘だったの?」 すすむ「嘘じゃない……」 ゆかた「それじゃどうして武器が作れるの……」 ひろし「お前達も経験しているはずだ、火薬は爆弾にもなれば花火にもなる、簡単な事だよ」 ゆたか「私達次第って事……かがみさんごめんなさい、続きを話して下さい」 どうしたのかな、ムキになって ……ゆたかはすすむさんが好きだった……からかな。女心って分からないな……って私も女か。 かがみ「それはみゆきから話すわ」 みゆき「板に記録されている文字は標語文字ですよね?」 こなた「ひょうごもじ?」 みゆき「漢字の様に一つの文字で意味を成すものです」 すすむ「そう、私達が古代に使っていた文字を敢えて選んだ、無闇に解読されないように」 みゆき「貿易会社でもおそらく解読できていないでしょう、そのはずなのにこうしてお稲荷さんの知識を利用した兵器が作られている、膨大な量の文から必要な部分だけを選んで」 ひとし「誰かが翻訳をしている……」 みゆき「そうです、私の推測ですがその人が真奈美さんではないかと……」 つかさ「ま、まなちゃん……」 ひろし「姉が生きている、ばかな……」 ひろしは立ち上がった。 ひろし「生きているならとっくに僕が気付いている、それに翻訳する必要なんかない、メモリーの知識は脳の中に入っているのだから」 みゆき「真奈美さんが人間になっていたとしたらどうですか、人間になると使わない記憶は自然と消えていきます、すすむさんはさっきそう言いましたね」 ひろしは黙って立ち尽くしている。 かがみ「みゆきの推理に説得力あってね……私は支持するわ、おそらく真奈美さんは強制的に翻訳させられている、」 これがかがみとみゆきさんが分析した結果か…… ひとし「しかし……あくまで推測だ、証拠がない」 つかさ「でもお稲荷さんの文字が読める人が居るんでしょ、それじゃお稲荷さんしか居ない」 ひとしさんはつかさに何も言わなかった。単純、単純で何の捻りもない素直な答え。だからひとしさんは反論できない。 みゆき「……貿易会社本社25階、遺跡保管庫にメモリーの本体が保管されています……泉さんから頂いたデータから得た情報で、真奈美さんが居るとしたらその辺りのはずです」 25階……25階って確か…… ひとし「……真奈美ではないにしても仲間がいる可能性があるのか……」 すすむ「だとしたらこのまま何もしない選択はない」 まなぶ「仲間が囚われているのなら助けないと……」 まなぶさんが立ち上がった。 まなぶ「でも……けいこさんが、あのけいこさんが何も出来ずに捕まってしまった、すすむよりも永く人間と暮らして人間の鼓動は把握しているはずのけいこさんがね、甘く見ない方     がいい、今度私達が捕まったら助ける方法はない、故郷から助けも呼べない、失敗は許されないぞ」 かがみ「確かにあの時、裏で何か大きな権力が動いていたのは感じていた、それが……あの貿易会社、素人集団の私達が対抗できるかしら……」 みゆき「しかし、泉さんはデータを無事に取ってきました……出来ませんか?」 みゆきさんは私の方を見た。 こなた「それは神崎さんが居たからだよ……それにあのビルの25階は貿易会社直営の銀行があるだけだよ、そこはデータを取った資料室とは比べ物にならない警備だね」 みゆき「銀行……」 あやの「そうそう、思い出した、あのビルで働いている時、25階の銀行は特別だったね、専門の警備会社が警備していて会員制の銀行だから一般人は入れやしない」 まなぶ「……なるほど簡単ではなさそうだ……」 まつり「ちょっとちょっと、なに、もう潜入する気満々じゃない!!」 突然まつりさんが立ち上がった。 まつり「もうまなぶはお稲荷さんじゃない、人間なの、そこに居る三人もそう、いくらお稲荷さんの知識を悪用されているって、もう4万年前の遺跡を勝手に掘り起こして     いるだけじゃない、そんなのはもう時効、私達がそんな危険なことまでして守るものじゃないよ、後は専門家に任せればいい」 専門家……適任がいる。神崎さん…… みゆき「し、しかし……お稲荷さんが囚われています」 いのり「けいこさん達を助けるような訳にはいかないのは確か、下手な事をすれば私達の命もも、囚われているお稲荷さんの命だって取られてしまうかもしれない、     兵器を作って密輸するような死の商人だったら何をするか分からない、法律なんか平気で無視するに決まっている、うんん、もう破っているじゃない」 いのりさんも立ち上がった。 いのり「悪いけどこれ以上の話には付き合えない」 まつり「同じく」 そして二人はそれぞれの旦那の方を向いた。すすむさんとまなぶさんは首を横に振った。 すすむ「悪いが話しだけは最後まで聞く」 いのりさんはかがみの方を向いた。 いのり「かがみ、いったいどうゆうつもりなの、一体何をしようとしてるの、大企業、いや、今や貿易会社は今や大国と対等に渡り合っている、一個人が喧嘩売ってただで済むとおもう」 かがみ「……別に喧嘩なんかするつもりは……でもね、私も法律を齧った端くれ、こんな大罪を黙って見逃すつもりはない」 いのり「それならかがみ一人ですればいいじゃない、私達を巻き込まないで!」 かがみ「巻き込まないって、姉さん、私達はそのお稲荷さんと一緒になった、彼等の運命や背負っているものも一緒なの」 いのり「私はそんなものまで背負った覚えはない、行くよ!まつり」 まつり「う、うん……」 いのりさんはまつりさんを引っ張りながら店を出て行った。 つかさ「お姉ちゃん……」 かがみ「あんなの放っておけばいいのよ!」 怒るかがみに心配そうに二人が出て行った出入り口を見つめるつかさ……対照的だな…… かえで「ちょっと待って、話しを進める前にハッキリしておきましょ」 かがみ「な、何をです?」 かえで「いのりさんやまつりさんの言い分は間違っていない、彼女はお稲荷さんと一緒になった訳じゃない、人間のすすむさん、まなぶさんと一緒になった、それはかがみさん、 つかさも同じ、違うかしら?」 つかさ「うん」 かがみ「それは……」 自信を持って頷くつかさに少し戸惑い気味のかがみだった。 かえで「これからの話しはすごく危険な話し、下手をすれば誰かが罪を犯すかもしれないし命を落とすかも知らない、いのりさん達は夫にそんな危険な事をして欲しくないだけよ、     だから出て行った、それは私達も同じ、これは強制でもなければ義務でもない、協力するもしないも自由……退出するならどうぞ」 うぁ~これはある意味いろいろフラグが立ちそうなイベントだ。私はどうする…… ここまで来て続きを見ないのは勿体無い。それに半分は私のせいでもあるからね。 見た所誰も動きそうにない。これで決まりかな…… ひろし「それじゃ出て行くのは君だ、田中かえで……」 ひろしがそんな事を言うなんて……そういえばかえでさんを苦手だって言っていたっけ。いままでお返しかな…… かえで「何故」 ひろし「随分お腹が大きくなってきているじゃないか」 かえで「私が妊婦だから……そう言うなら見損なわないで、生まれてくる子の為にも私は此処に残る」 ひろし「おめでたいやつだな……」 かえで「な、何ですって、何がおめでたい!!」 その時だった。私はデジャブを感じる。何だろう……そうだ。 私を見下したような言い方だった。 「おめでたい」……あの言い方、イントネーション、間合い……あの時の神埼さんと全く同じだ。 ひろし「生まれてくる子の為なら尚更こんな所に居るな……子がいなければ話して聞かせる事もできないじゃないか」 どこかの方言なのか。偶然に同じなんて…… かえで「それなら貴方だって同じじゃない、子供が居るでしょ」 つかさ「ふふふ……」 突然つかさが笑った。 かえで「な、何が可笑しいのよ……」 つかさ「やっぱり姉弟だね……私もねまなちゃんから言われちゃった、「おめでたい」って、ひろしさんも良く言うよね……まなちゃんを思い出しちゃった」 え……そ、そんなバカな、ひろしと真奈美が同じ言い方をしていた? つかさ「まなみはもう小学生だし自分の足で歩けるよ、でもねお腹の中の赤ちゃんはお母さんから出られない、だから危険な事をしたらダメなの……それに、     かえでさんの顔色があまり良くない……早く帰った方がいいかも?」 かえでさんはお腹を手で触った。 みゆき「つかささんの言う通りです、帰って休まれた方がいいと思います……」 かえでさんはゆっくり立ち上がった。 かえで「ごめん……つかさ……こんな時に力になれなくて……」 つかさは首を横に振った。 かがみ「姉さん達のフォローをしてくれてありがとう……」 かえで「うんん、でも、これだけは言っておく、無茶だけはしないで……私が言う事じゃないか……」 かえでさんは苦笑いをしながら店を出て行った。  つかさが言った言葉が頭から離れない。「おめでたい」…… ひろしと真奈美が同じ言い方をしていた。そして神崎さんも……この事から言えるのは只一つ。 ひろし「姉が囚われているかもしれない、これだけでも充分貿易会社を調べる価値はある、それに加えて我々の知識が悪用されているとなれば尚更だ、しかし問題は神崎あやめの     本当の目的だ、密輸を暴いて名を上げるためか、それとも囚われた人物を救おうとしているのか、それとも、その両方なのか」 かがみ「その二つとも違うかもしれない……本来なら此処に来て居なければならない人よ、データの提供者本人なのだから……」 そうだよ、いえる事は一つ、神崎あやめは真奈美…… つかさ「こなちゃんも私も何度も連絡したけど来てくれなかった…ねぇ、こなちゃんそうだよね」 お弁当を横取りされた時、彼女はお弁当を作ったゆたかの心を見抜いていた、あれは神崎さんの千里眼だと思ったけど違う、あれはやっぱりお稲荷さんの力だった。 つかさ「こなちゃん?」 間違いない。神崎さんは真奈美が化けた人だった。だからつかさと握手した時、つかさに正体を知られるのを恐れて力いっぱい握った。 つかさ「こなちゃん、聞いてる?」 全てが説明つくじゃないか……いや一つ疑問が残る。問題はひろしが何故それに気付いていないのか。 いや、そんなのはどうでもいい。もう一回神崎さんに会えば分かる。 かがみ「おい、こなた!!」 こなた「ひぃ!!」 かがみの大声で私は我に返った。 つかさ「どうしたの、ボーっとしちゃって?」 こなた「へ、私に何か御用ですか?」 かがみ「御用じゃないでしょ、さっきからつかさが呼んでいたのが聞こえなかったか……まったく、どうせアニメの事とか考えていたんでしょ……」 こなた「え、ちが……」 まて、この話しをした所で笑われるに決まっている。決め手が「おめでたい」じゃ「おめでたい」って言われるに決まっている。 こなた「へへへ、ばれちゃった……」 かがみ「やれやれ……」 溜め息をつくかがみ。 つかさ「神崎さん……来てくれなかった」 つかさの一言で今まで何を話していたのかが想像ついた。 こなた「ああ、彼女はデータ自体を渡したくなかったみたいだった、それとお稲荷さんの秘密を知っているとは思わなかったみたいだしね、とても危険な事をしようとしているのだけ     は分かったよ」 すすむ「なんとか神崎を私達の前に連れてこられるか、そうでないとこれからの行動が決められない」 こなた「う~ん」 私は腕を組んで考えた。 ひとし「来ないなら来ないで我々だけで行動するしかないだろう、その時は泉さんの力を借りる事になるだろうがね」 みゆきさんは鞄からA4サイズのファイルを私に渡した。 みゆき「データを分析した詳細が書かれています、これを神崎さんに渡してください、きっと私達に協力してくると思います」 こなた「へ、私が渡すの?」 かがみ「当たり前だ、一番彼女と接触しているのがこなたのだから、それに仲も悪くはないでしょ?」 こなた「それはそうだけど……」 そうか、このデータを利用すれば神崎さんに会える。神崎さんはまだ完全にデータを分析し切れていない。そうに違いない。 こなた「分かった、やってみる」  こうして私は神崎さんの家に直接A4ファイルを渡しに向かうのだった。 彼女はお稲荷さんなのか。真奈美なのか。もう誤魔化しも駆け引きも要らない。 [[次のページへ>http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/1796.html]]

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