ID:qcbSrsFZ0氏:忘れ去られた過去(ページ2)

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こなた「ごめん、みゆきさんの言うように話すべきじゃなかった、まだお互いに準備もできていなかったのに、一方的過ぎたよね、私の独りよがりだった、     つかさのその涙を受け止めるに今の柊家では重過ぎるよね、悪かったよ……私も受け止めきれないよ」 こなちゃんも泣いてくれた。私を一度強く抱きしめると私の両肩に手を添ええ立たせた。もうどのくらい時間が経ったのだろう。 こなた「部屋に入っていいかな?」 泣きすぎたせいか声が出ないので頷いた。こなちゃんは台所に向かうとお湯を沸かし始めた。そしてお茶の準備をしている。これは私がしなければならないのに。 私も台所に向かった。 こなた「悪いけど使わせてもらってるよ、いいからそこに座って」 あゆみ「ここは私の家だよ、私がするから……」 突然こなちゃんがむせるように流し台でもどしてしまった。慌てて私はこなちゃんの背中を擦った。何だろうこの不思議な感覚。もしかして。 あゆみ「こなちゃん、もしかして赤ちゃんが……」 こなた「……流石女性だね……旦那なんかまだ気が付かない……」 あゆみ「そんな状態で車を長距離運転するなんて、後は私がするから、休むのはこなちゃんの方だよ、もう一人の体じゃないんだから」 私は強引にこなちゃんを椅子に座らせた。お茶を淹れるのを止めて冷蔵庫から適当な材料を取りスープを作ることにした。 あゆみ「お茶は赤ちゃんにあまり良くないって聞いたからスープを作るよ」 こなちゃんは頷いた。 こなた「優しい味だね、気持ち悪いのが消えたよ……」 こういった料理を作るのは初めてだった。美味しそうに食べるこなちゃんを見てホッとした。私も席に座りスープを食べた。 こなた「つかさを助けようと思っていろいろ考えてきたけど、もう何も出来そうにない」 呟くようにそう言った。 あゆみ「私が生まれてからの約二十年の出来事、誰も知らない、特に家族にしてみれば私は他人でしかないよね、しかも不法侵入のおまけ付き、お姉ちゃんにいたっては、何度も     逢いたいって意志は伝えているのに何も返事が返ってこない」 こなた「……そんな事までしていたなんて知らなかった、余計な事をしちゃったね」 あゆみ「それに、もう私が居た世界と同じようになるとも思っていない、もう過去に囚われて生きていくのはもう嫌だ……でも、でもこなちゃんが私にお父さんの死を知らせて     くれたのは間違いじゃなかったよ、心の整理がついたから……」 お母さんの死もいつか来る。それでもさっきみたいに感情を爆発させない。それは諦めの整理。私は過去を捨てた。 こなた「つか……あゆみ、になっちゃうんだね、ちょっと寂しいかも、つかさって名前がイメージ通りなんだよね……」 あゆみ「そうだよ、これから生まれる子供の為にもね」 こなた「え、もしかして妊娠、もしかして彼と……彼は知っているの?」 あゆみ「うん……婚約もしたから」 こなた「な、だめじゃないか、黙ってるなんて」 私を理解してくれた男性、過去の無い私を受け入れてくれた。だから、もう前しか見ない。 あゆみ「今日は泊まっていって、その体で長時間の運転は良くないよ」 こなた「でも、彼はいいの、お邪魔になるよ?」 あゆみ「今日は仕事で帰ってこないから、彼に涙は見せたくない、だってここでは私のお父さんじゃないもんね」 また涙が出てしまった。もうこれが最後の涙。そう自分に言い聞かせた。 こなた「……つかさ」 そしてこれがこなちゃんの最後に言ったつかさになった。  次の日、私はこなちゃんにただおさんにお香典と手紙を託した。こなちゃんの友達、夏目あゆみとして。手紙の内容は家に勝手に入った謝罪と理由を書いた。 もちろん在りのまま、私の体験した全ての出来事を書いた。そしてこの手紙が私から出す最後の手紙と付け加えた。信じてくれるとは思わない。 だけど真実と想いだけは伝えたかった。  結婚して子供が生まれると時間が猛スビードで過ぎ去っていく。気が付くと子供は独立し、夫は亡くなっていた。仕事も引退をして何もすることがない。この四十年が 数年に感じてしまうほどだった。また独りになってしまった。こなちゃん、ゆきちゃんは最近になって体調が優れない日が多くなってきたので頻繁に会えない。 そして自分自身もう以前のような体力はない。買い物するのも一苦労。分かる、自分にはもうそんなに残っている時間はない。それならばせめて一回で良い、 自分の生まれた街を見てみたい。そう思うようになっていた。三つの条件……そんなのはもう時間が風化させてしまっている。 もうあれから柊家とは一切の情報来ていない。ゆきちゃん、こなちゃんがそうしたからだ。きっと最後に出した手紙も読んでもらえていないに違いない。ならばあんな所に 何も未練なんかないじゃない。それでも生まれた場所には特別の想いがある。人ってそんなものなのかもしれない。 そんなある晴れた日の事、私はどうしても行きたい衝動に駆り立てられた。 陸桜学園。私が卒業したのは四十年以上前、校舎は新しく近代的になっているけど校庭、植え込み等はほとんどそのまま、私の知っている風景そのままだった。 この世界であるはずの無い私の記憶はここでの楽しい日々を思い出させてくれた。校庭では体育の授業が行われている。校舎を見上げるとなになら授業をしているのが分かる。 あの時と全く同じ。昼休みはお姉ちゃ……かがみさんがお弁当をもってきて皆で雑談、放課後は夕方就業時間まで喋り捲っていた。そこに黒井先生がやってきて 追い出された事もあった。 学校から駅までのバスの時間、ここでもたわいも無いお喋り、駅に着くとこなちゃんとかがみさんはゲームセンターとかによく遊びに行っていた。 私もたまには参加したけど、ゲームなんてぜんぜん出来なかった。  そしていよいよ自分の生まれた街、小学校、中学校、と廻って……実家……何故か足が止まった。行くことが出来なかった。柊家はどうしているのか。 まだあの家に誰か住んでいるのか。まったく分からない。住んでいてもとても呼び鈴を押す勇気がなかった。  私は神社の境内に入っていた。神社の娘、そう、そうだった。ここでよく巫女の手伝いをしていた。掃除、お守り……年末年始は忙しかった。 いのりさん、まつりさん……今頃どうしているかな。ふとお守りが欲しくなった。子供に交通安全のお守りでも買っていくかな。 お守り売り場に行くと巫女の姿をした娘が居た。 巫女「どれにしますか?」 あゆみ「えっと、交通安全のお守りを、二つ」 巫女さんの姿をじっと見た。柊家の面影が全く無かった。そうか、だれも神社を継がなかったみたい。これではあの家も他人が住んでいるに違いない。そう確信した。 もう思い残すことはない。最後に本殿で御参りをして帰ろう。 私は手を合わせて祈った。何を祈ったのだろう。分からない。ただ無心で祈った。祈りを終えて振り返ったその時、目の前に年老いた女性が立っていた。歳を取っていても 私には直ぐに誰か分かった。 あゆみ「お姉ちゃん!!」 思わず口に出てしまった。 かがみ「貴女は……」 まさか、まさかまだこの街に住んでいたなんて……私たち二人は暫くその場を動かなかった。だけどお姉ちゃんか先に行動に出た。 かがみ「最初に会った時、そう言ってたわね……で会うや否や包丁を振りかざして追い出し、警察を呼び、あまつさえ何の連絡も取ろうとしなかった私を姉と呼ぶのか……」 私を覚えていてくれた。あの時の、ほんの一分間もなかったあの時を覚えていた。私はそれで充分だった。家族に、お姉ちゃんに逢えたのだから。これ以上の接触は お互いに不幸なだけ。私は深くお辞儀をしてその場を立ち去ろうとした。 かがみ「お待ちなさい……」 私は立ち止まった。何故だろう、そのまま振り切って帰ることもできたのに。 かがみ「私はこの子達を公園に遊びに行かせる所なの、ここでこうして会ったのも何かの縁、一緒にどうかしら」 お姉ちゃんを見ると両手に一人ずつ子供と手を繋いでいた。 あゆみ「……お孫さん?」 お姉ちゃんは頷いた。 かがみ「このくらいの歳になると家じゃ狭すぎてね」 お姉ちゃんはにっこり微笑んだ。その笑顔に吸い込まれそうになりながら私はお姉ちゃんの後を付いていった。公園に着くまでの間、私達は一言も話をしなかった。 子供達の笑い声だけが響いていた。 公園に着くとお姉ちゃんは両手を離した。二人の子供は走り出し砂場で早速遊び始めた。 かがみ「貴女、お孫さんは?」 あゆみ「……まだ子供が結婚していないので……」 かがみ「あら、最近の子は結婚したがらないからね、心配でしょ?」 お姉ちゃんは砂場で遊ぶ子供達を見守りながら話した。 あゆみ「子供がそう決めたのなら強制はしません、まだ真意は聞いていませんけど」 お姉ちゃんは黙ってしまった。私も暫く子供達の遊んでいる姿を見ていた。 かがみ「貴女、ホテルの料理長になって聞いたわ、その後はどうなの?」 私が話さないのに痺れを切らしたみたいだった。 あゆみ「その後は、自分の店を開きました、それも暫くして信頼できる人に譲りました。今は料理教室の先生を週に1、2回程度しています」 かがみ「そう、全くのゼロからのスタートでよくそこまで社会復帰できたわね、女性でそこまで出来る人は少ないと思うわ」 あゆみ「ありがとうございます」 かがみ「……なんか他人行儀の言葉ね、そんなに緊張しなくてもいいわよ、料理は何が得意なの?」 あゆみ「料理はみんな得意です、だけどしいて言うなら、洋菓子、特にケーキが得意です、お姉ちゃんが好きでした」 あえてお姉ちゃんって言ってみた。お姉ちゃんは黙ってしまった。今度はこっちが聞く番。 あゆみ「かがみさんのご活躍、テレビで、新聞で、雑誌で見ていました、かがみさんの担当した裁判の数々、無敗記録を更新したそうですね、素晴らしいです」 かがみ「私は勝てると思った被告しか担当しなかったからよ、あの程度の裁判なら幾らでも勝てるわよ」 言っている事は自信に満ち溢れているのに表情は冴えていなかった。 あゆみ「裁判はあまり分からないけど、勝てると思って勝てるようなものではないと聞いています、それにどの裁判も他の弁護士さんがさじを投げた難事件ばかり」 かがみ「その私がさじを投げた事件があるわ、本来なら私の最初の担当する事件の筈だった」 あゆみ「そうなんですか……」 あまり乗る気じゃないみたいだった。この話は止した方が良さそうだ。話題を変えよう。 かがみ「忘れられた少女事件、私はそう名付けた……貴女の起こした事件よ」 あゆみ「え?」 思わず私は身を乗り出した。お姉ちゃんは私を救おうとしていた。 かがみ「弁護士になっても貴女は釈放されていなかった、私は家出した娘がお金に困って犯行に及んだと見ていた……そうよね、その程度なら処分はとっくに決まっていた、     この事件の資料をみて愕然としたわ、ありえないのよ、常識では在り得ない……私の知識も知恵も及ばなかった、だから私はこの事件の担当を断った」 あゆみ「もしかして担当を依頼した人って……」 かがみ「……みゆきよ」 お姉ちゃんは俯いてしまった。 かがみ「国家の名の下で一人の少女が弄ばれるなんて、三つの条件なんか法律的にはなんの根拠もない、貴女は身寄りがないから実験対象になったのよ、治療とは名ばかりの実験、貴女はモルモットと同じよ、何故貴女がここに居るのか、どこから来たのか、それを調べるのが彼らの目的だった、     貴女を助けて欲しいと……そうみゆきが言っていたいわ、でも私は貴女を助ける事が出来なかった、貴女が柊家の家族であるのを証明できなかった、 みゆきの遺伝子比較の資料をもってしても無理だった……あの時、警察を呼ぶべきではなかった、それを知っていれば私は……私は……今更許して……なんて温いわよね」 お姉ちゃんも苦しんでいた。だから自ら難しい裁判に飛び込んでもがいていた。その姿は紛れも無くお姉ちゃんそのものだった。私の知っているお姉ちゃんならきっとそうする。 かがみ「こなたに私を紹介したのは貴女らしいわね、おかげで今でもあいつとはバカやって楽しんでいるわよ、何度か弁護を担当した事もあったわ、貴女は私に     人生の楽しさを教えてくれた、私は貴女に何を与えた、不自由と苦しみしか与えなかった……」 お姉ちゃんの苦しむ姿を見ていられなかった。顔を背けたけど更に話し続けた。 かがみ「父が亡くなって貴女は手紙を出したわね、父は家族の中で唯一貴女に会いたいと言っていた、母は手紙を読んで泣いたわ……姉さん達もね……全ては遅かったのよ」 お母さん、私はまだお母さんの死を知らない。亡くなっているのは分かる。だけど聞かなかったし、話さなかった。 あゆみ「その話、もっと早く聞きたかった、うんん、もっと早く逢いたかった、逢えるだけで良かった、私にとってはそれだけで良かった、待っていたんだよ、ずっと、ずっと」 かがみ「待っていた、それは私も同じなのかもしれない、何度も来た手紙、みゆき、こなたの説得……私は貴女が来るのを待っていたのかもしれない」 もっと早く会えたかもしれない。過ぎ去った時間が長すぎてもう後悔する時間も欲しかった。 つかさ「……お母さんは、お母さんはいつ亡くなったの?」 かがみ「……父が亡くなって十年後だった……聞いていなかったの?」 私は頷いた。お父さんの時のように涙は出なかった。私は強くなったのかな。泣くのと精神の強弱は関係ないってゆきちゃんが言っていた。私は強くはなっていない。 あゆみ「あの、この神社は誰が管理しているの?」 かがみ「私は今でもあの家に住んでいるわよ、子供夫婦と孫と一緒にね、旦那が宮司の資格をとって父の後を継いだわ、たまに旦那の親戚が手伝ってくれるのよ、 二人の姉は嫁いで幸せに暮らしている、たまに遊びに来るわよ……」 お姉ちゃんは近況を話してくれた。もうこれ以上は話しても頭に入りきらない。もう帰らないと あゆみ「そうなんだ、みんな幸せなんだね……最後にお姉ちゃんって呼んでいいかな?」 お姉ちゃんは首を横に振った。 あゆみ「な、なんで……」 かがみ「それが今まで会えなかった理由でもあるの、私達には貴女の記憶が無い、貴女と暮らした、遊んだ、喧嘩した、一緒に学校に行った記憶が、過去が無いのよ、     その差はどうしたって埋められない……」 私と同じ理由だった。結局そこに辿り着く。家族のようで家族ではない。この事実は変えられない。 子供の笑い声が聞こえた。ふとお姉ちゃんの孫を見てみた。今まで砂場で遊んでいたのにいつの間にか公園の倉庫の柱で二人は背比べをしていた。 あゆみ「仲のいいお孫さんだね、背比べをしているよ、私と柊家は過去に何も無かったかもしれない、でもこれからは違うよね……こなちゃんとゆきちゃんは私と親友だよ、     同じようになれないかな、ゼロからの付き合いでも良いよ」 かがみ「……これからね、私達にはそれほど時間は残っていないわよ」 あゆみ「充分だよ、これからでも姉妹になれるよ……また会えるかな?」 かがみ「会う時間ならいくらでもあるわよ」 あゆみ「明後日、明後日来てもいいかな?」 かがみ「良いわよ、明後日と言わず明日も来なさいよ」 過去が無くても未来は在る。会っていればいつかは分かってもらえる。私は深くお辞儀をして駅に向かった。 かがみ「待って!!!」 叫びにも似た声だった。私は立ち止まりお姉ちゃんの居る所に戻った。お姉ちゃんは背比べをしているお孫さんを見ていた。 かがみ「……背比べ……そう、私達姉妹はここで背比べをした」 お姉ちゃんは公園の倉庫に歩いて行った。なんの事だか分からない私もお姉ちゃんの後を付いていった。倉庫の柱をお姉ちゃんは見ていた。 かがみ「ここで背比べをしたわ、確かに」 お姉ちゃんの見ている所を私も見た。そこには三本の線が腰の辺りの高さに引いてあった。 あゆみ「本当だ、三本の線が引いてあるね、古そうだけど」 かがみ「一番高いのがいのり姉さん、二番目がまつり姉さん……三番目が私……」 お姉ちゃんは三番目の線を優しく撫ぜた かがみ「よく見て、三番目の線は他の二本より少し太く引いてあるでしょ……そうなのよ、三番目の線は二回引いたら太くなった、私達にはもう一人背比べをする人が居た、     私と同じ背の高さの子が居たの……あぁ、なんでもっと早く思い出せなかった」 お姉ちゃんは三本目の線を触りながら目を閉じて空を仰いだ。 かがみ「あの頃がはっきりと思い浮かべられる、背比べをする時、四人目の子の顔を、呼んだ名前を」 交わることのない平行世界、決して交わらないからそう呼ばれている。私はその平行世界へと迷い込んだ。 お姉ちゃんは目を開いて私と向かい合い両手で私の右手を力強く握った。 かがみ「その名は……つかさ!!!」 つかさ「お姉ちゃん!!!」 そしてまた交わった。 私は立っていた。ねっとりと絡みつくような湿気、照りつける太陽、そのまま溶けてしまいそうだ。蝉の大合唱もそれに追い討ちをかけた。 汗がじわじわと出てきた。ここは何処だろう。私は辺りを見回した。スーパーの駐輪場に立っていた。はっと自分の手を見た。しわやシミがない綺麗な手だった。その手で 今度は自分の顔を触った。張りのある肌だった。頭をさわるとリボンを付けていた。私は戻っている。あの時の年齢に。そうだ、私は買い物でアイスクリームを買いに来ていた。すぐ近くにあった自分の自転車の買い物かごを覗いた。レジ袋に6つのアイスクリームが在った。まだ溶けていない。溶けていないけどドライアイスが小さな塊になっていた。 こなちゃんのサービスで30分のドライアイスが入っていたはず。私は30分もここに居て夢でも見ていたのかな。このまま帰ったらアイスクリームが溶けちゃう。とりあえず 私はドライアイスをもらう為にスーパーに戻った。 こなた「あれ、まだ帰っていなかったの?」 後ろからこなちゃんの声がした。張りのある若々しい声だった。私は振り向いた。そこには若いこなちゃんが立っていた。間違いない、あの時に戻っている。 こなた「あーあ、ドライアイス無くなっちゃったじゃない、さては他の買い物をしていたな」 つかさ「う、うん、そうなんだ……だから、ドライアイスをもう一回、今度は有料でいいから」 こなた「しょうがないな~そこで待ってて」 暫く待っているとこなちゃんが小走りで少し大きな袋を持ってきた。 こなた「今度は1時間分だから……サービスはこれで最後だからね」 こなちゃんはレジ袋にドライアイスを入れた。こなちゃんは最後まで私と家族を合わせようとしてくれた。私は思わずこなちゃんを抱きしめた。 こなた「ちょ、どうしたの」 つかさ「こなちゃん、私にとって最高の親友だよ……ありがとう」 こなた「お客さん~大丈夫ですか~今日は暑いから気をつけてくださいね……ってつかさ、ドライアイスくらいで大げさだよ……」 そうそう、その名前を呼んで欲しかった。私はこなちゃんを放した。 つかさ「あ、ごめん、ごめん、でもさっきの嘘じゃないから、ありがとう」 こなちゃんが照れてすこし顔が赤くなるのが分かった。ふふ、この頃は可愛いものだ。 つかさ「こなちゃん、これからへんな事して捕まってお姉ちゃんに迷惑をかけないようね」 こなた「へ、なに言ってるの???」 一応釘は刺しておかないとね。手を振ってこなちゃんと別れた。  自転車に乗ろうとした時だった。胸ポケットから着信音が聞こえた。携帯電話を手に取るとゆきちゃんからだった。 つかさ「もしもし、ゆきちゃん?」 みゆき『こんにちは』 つかさ「何か用事でも?」 みゆき『え、え、つかささんからの着信履歴があったもので、何か用事でもあったのかと思いましてかけたのですが……』 着信履歴、私はかけていない。もしかしたら平行世界で慌ててかけたあの時の電話が今頃通じたのかな。 つかさ「ごめんね、きっと間違って送信ボタン押しちゃったんだよ」 みゆき『そうですか、それでは失礼します』 つかさ「ちょっと待って!!」 みゆき『はい?』 ゆきちゃんは誰よりも早く私を理解してくれた。その知識と洞察力、柔軟な思考。なによりその優しさが私の苦しさを癒してくれた。 つかさ「ゆきちゃん、ありがとう」 みゆき『い、いいえ、どういたしまして』 戸惑い気味に返事をした。電話では語りきれない出来事があったんだよ。 つかさ「今度また買い物しようね……また連絡するよ」 みゆき『はい、楽しみにしています』 携帯電話を切った。さて。帰るかな。 体が軽い、若いってこんなに元気なのか。軽快に自転車を漕いだ。漕いでも力が溢れてくるような感覚だった。 確実に近づいてくる我が家、こなちゃんはしっかりと私をつかさと呼んでくれた。ドライアイスのサービスも覚えていた。間違いない。ここは私の元いた世界。 嬉しい、また買い物から続きの人生をやり直せる……やり直す。でも……辛くて、悲しい世界だったけど、唯一幸せだと感じた時間があった。 私を愛してくれた夫はこの世界にも居るのだろうか。この世界でも私を愛してくれるのだろうか。こなちゃんのお母さんの例がある。もしこの世界に居なかったら。 私の心は嬉しさと不安で複雑に絡み合った 思ったより早く自宅に着いた。玄関の前に立った。私は大きく一回深呼吸をした。ゆっくりと扉に手を近づけたけど止まった。もし、もしもこの扉を開けて家族の誰もが 私を知らなかったら。お姉ちゃんが包丁を振りかざしてきたら……私は逃げない。そうだよ、逃げたから警察に通報された。私はもう逃げない。手をドアにかけて開いた。 つかさ「ただいま~」 目の前にまつりお姉ちゃんが居た。目線が合った。 まつり「誰よ、あんた」 血の気が引いた、まさか、また同じ事の繰り返しなのか。 まつり「おそい、遅いぞ、つかさ、今まで何をしていた!! あまりに遅いから名前まで忘れそうになったよ」 私の持っていたレジ袋を鷲づかみで取った。 まつり「皆、アイスクリームが来た!!」 まつりお姉ちゃんはそのまま居間の方に向かって行った。ホッと胸を撫で下ろした。何十年の旅をしてきた。なんて言っても信じてもらえないよね。 居間の入り口から周りを見回した。家族全員が居間のテーブルに座っていた。まつりお姉ちゃんはレジ袋からアイスクリームを取り出すとテーブルの中央に置いた。 皆は迷うことなく、取り合いにもならずそれぞれ自分の好きなアイスを取った。そして一個余ったアイス。それは私の好きなアイスだった。 いのり「流石つかさ、私達の好みを知り尽くしてる」 みき「どうしたの、つかさ、ボーとしちゃって、早く座りなさい、一緒に食べましょう」 つかさ「う、うん」 私は席に着いた。 まつり「つかさったら玄関で白目むいて驚いちゃって、面白かった」 みき「むやみに人を驚かしたらダメでしょ」 いのり「それにしても遅かった、どこで道草していたの?」 なんて言っていいのだろう。 つかさ「スーパーにこなちゃんがアルバイトしててね……」 かがみ「あいつがそんな近くで働いているのか、面白そうね、今度からかいに行ってみるかな」 つかさ「けっこう制服が似合ってたよ、ドライアイスもサービスしてくれたし」 まつり「早く食べよう、溶けちゃうよ」 柊家一同「いただきます」 皆美味しそうにアイスクリームを食べ始めた。 一家団欒、あまり最近ではなかった。私にとっては何十年も待ち続けた光景。なんだろうアイスがしょっぱい。おかしいな。何故だろう。 まつり「つかさ、あんた泣いているじゃないの」 しまった。感情が抑えきれなかった。皆には数ヶ月ぶりの団欒かもしれないけど私にとっては…… いのり「驚かすからでしょ、まったく、まつりはいつまで経っても子供なんだから」 まつり「驚かすって、ちょっとしたユーモアでしょう」 つかさ「違うよ、そんなんじゃないよ、アイスがあまりに美味しいから……つい涙が出てきちゃった、美味しいね、うん、最高だよ」 皆は不思議そうな顔をして私を見ていた。今はそう言うしかなかった。 ひとつ理解できない事があった。公園で私達姉妹は背比べをした。私は全く記憶にない。でもお姉ちゃんは克明に覚えていた。それに試してみたかった。 私の体験した出来事は本物なのか、幻想なのか。 つかさ「ねぇ、神社の近くの公園でね、この前子供が背比べをして遊んでいるのを見たの、私達もやらなかった?」 皆がほとんどアイスを食べ終わった頃、私は質問してみた。皆の反応はどうだろう。皆は顔を見合わせて首を傾げた。そうなのか。やっぱりあれは全て私の幻想。 それもそうだよね。あれが現実だったら私の体は十九歳で心はお年寄り。でもあの時体験した出来事、学んだ事、習得した技術は今でも覚えている。 幻想と言うにはあまりのも生々しい。それとも背比べは向こうの世界だけの話だったのかな。 いのり「神社の近くの公園……ああ、やった、そういえばやったわ、確かお父さん、お母さんも居たよね」 いのりお姉ちゃんが思い出したみたいだった。 まつり「……あ、思い出した、理事会倉庫の柱じゃなかった?」 みき「そんな事もあったわね、つかさ良く覚えていたね、まだ幼かったのに」 つかさ「うんん、私は覚えていない、子供が楽しそうに背比べしていたから……私達はどうだったかなって思って」 ただお「懐かしいな、確かあれはかがみとつかさの五歳の誕生日だった、私は見ていただけだったがしっかり覚えているよ」 つかさ「お姉ちゃんは覚えてる?」 かがみ「……背比べ、したのかな、全く覚えていない……」 お姉ちゃんと私は覚えていない。だけど背比べは実際にあった事実。 つかさ「それなら公園に行ってみない、きっと背比べした跡があるよ」 確かめたい。私が元の世界に戻れた事実を。思い出したい。幼い日の出来事を。 まつり「えー折角アイスで涼んだのに外にでるの~」 まつりお姉ちゃんは早速反対、でもここで諦められない。 つかさ「それじゃ日が落ちかけの夕方はどう、きっと気温も下がっているよ」 いのり「それなら良いんじゃない、私は賛成」 ただお「夕方か……皆で出かけるなら夕食は外で食べてもいいな」 みき「たまには外で食事もいいわね、食器洗う手間が省けるわ」 つかさ「まつりお姉ちゃん、お姉ちゃんも行くよね?」 まつり「まぁ、気温が下がる夕方からならね」 私はお姉ちゃんの方を向いた。 かがみ「行くわよ、皆が行くのに断る理由はない」  夕方近くになると夕立が降った、これで気温は一気に下がった。夏ももう終わりに近づいているのを感じさせてくれた。 日がもう落ちようとしていた。私たちは公園の倉庫前に来ていた。夕方なので子供達の姿はもうない。居るのは柊家だけ。 いのり「ここ、ここ、この柱ね、私が線を引いたから覚えている」 まつり「でもおかしいな……線が三本しかないじゃない、これだと数が合わない、姉さん、こっちの方じゃないの?」 同じだ。あの時の倉庫と全く同じ線だ。何故三本だったのか私はその理由を知っている。私はその理由を話そうとした。 みき「ほら、見てごらん、一番低い線、少し太いでしょ、それはね、かがみとつかさが同じ背の高さだったのよ」 まつり「ああ、なるほどね、二人は双子だからか、今更ながら納得する」 いのり「ね、折角来たのだからもう一回、背比べしてみない?」 それは私が言おうとしたのにいのりお姉ちゃんが先に言ってしまった。 まつり「比べるまでもない、姉さんが一番高いのは今も変わらない」 いのり「そう言う意味じゃない、記念として、分かるでしょ」 いのり姉さんは地面に落ちている尖った小石を拾った。 いのり「それじゃ、まつりから……」 まつりお姉ちゃん、お姉ちゃん、私の順に柱を背にしていのりお姉ちゃんが柱に線を引いていった。いのりお姉ちゃんはお母さんが線を引いた。 思い出した。この順番は幼い時と同じ。私達は確かにここで背比べをした。はっきりと思い出せた。 ただお「こうやって比べると随分大きくなったものだ」 みき「そうね」 いのり「それはそうよ、私が小学校の頃だしね……あれ……かがみはつかさより少し低かったっけ?」 柱を良く見ると線が四本になっていた。 まつり「本当だ、双子でも成長すると変わっちゃうものなのかもね」 ただお「……さて、もう日も完全に落ちたし、食事に行くか」 私たちは公園を出ようと歩き出した。 かがみ「つかさ、待って」 小さな声で私を呼び止めた。お父さん達は先に公園を出て行った。私達二人だけが公園に残った。 つかさ「どうしたの?」 そういえばさっきからずっと黙って何も言わなかった。なんだかお姉ちゃんの様子が変。 かがみ「私はつかさより背が低かった」 つかさ「さっきの背比べだね、でも差は1センチもない位だよ、そのくらいは日によって変わるから……」 かがみ「さっきのじゃない、幼い頃の方を言っているの」 幼い頃って、お姉ちゃんは背比べを知っていたって事なのかな。 かがみ「あれはズルをして少し背伸びをした、だからつかさと同じ背の高さになった……」 つかさ「お姉ちゃん、背比べの事覚えていたんだね、実は私もさっき思い出した所」 かがみ「私はつかさより背が低いのを知っていてズルをしたんだ、何も感じないのか」 つかさ「ズルって、背の高さなんてどっちが高くても関係ないし、それにそんな幼い頃のズルなんて可愛いものだよね、お姉ちゃん、そんなに私より低いのが嫌だったの?」 かがみ「嫌だった、あの頃はつかさには全てに負けたくなかった、でも、幼いながらも罪悪感はあった、そのせいであの背比べは忘れたくても忘れられないものになった」 そんな幼い頃の過ちをずっと責めていた。だから忘れなかった。きっと背比べが切欠で向こうの世界とこの世界が交わったのかもしれない。 つかさ「私はそのおかげで私は戻って来られた、ぜんぜん気にしてないよ」 かがみ「……それがつかさの答えなのか、許してくれるのか、これで忘れられるわ、あの忌まわしい過去を」 つかさ「うんん、忘れないと思うよ、だってさっきの背比べの跡があるからね、きっとお婆さんになるまで覚えているよ、でも忌まわしい過去ではなく懐かしい思い出としてね」 かがみ「つかさ、あんた、変わったわね……まるで何十年も生きていたような台詞だわ」 つかさ「その通りだよ、私は30分の間に何十年も生きてきたから」 かがみ「はぁ、何言っているのか分からん……それにさっきの戻って来られたって何よ?」 今は分からなくていいよ、もうあんな悲しい体験はもう嫌だ。だけどもう一度父と母の死を知らなければならない。せめてその時は傍に居たい。 そして掛け替えのない夫ともう一度逢いたい。だからお姉ちゃんと同じように話さないとね。皆に話さないと。 まつり「おーい、置いて行っちゃうぞ!!」 それを話すには時間が必要、だって何十年分の出来事を話さなきゃいけないから、もう少し整理をしたい。 つかさ・かがみ「今行くよ!!」  こうして二つの世界は一つに交わった。うんん、これから交わる。悲しみと希望と共に。 終 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - うまいなあ・・・参ったよ -- 名無しさん (2012-01-15 16:46:00) - 面白かったよ乙! -- 名無しさん (2011-09-11 22:49:23) - 久々の良作 -- 名無しさん (2011-09-08 07:57:56)
こなた「ごめん、みゆきさんの言うように話すべきじゃなかった、まだお互いに準備もできていなかったのに、一方的過ぎたよね、私の独りよがりだった、     つかさのその涙を受け止めるに今の柊家では重過ぎるよね、悪かったよ……私も受け止めきれないよ」 こなちゃんも泣いてくれた。私を一度強く抱きしめると私の両肩に手を添ええ立たせた。もうどのくらい時間が経ったのだろう。 こなた「部屋に入っていいかな?」 泣きすぎたせいか声が出ないので頷いた。こなちゃんは台所に向かうとお湯を沸かし始めた。そしてお茶の準備をしている。これは私がしなければならないのに。 私も台所に向かった。 こなた「悪いけど使わせてもらってるよ、いいからそこに座って」 あゆみ「ここは私の家だよ、私がするから……」 突然こなちゃんがむせるように流し台でもどしてしまった。慌てて私はこなちゃんの背中を擦った。何だろうこの不思議な感覚。もしかして。 あゆみ「こなちゃん、もしかして赤ちゃんが……」 こなた「……流石女性だね……旦那なんかまだ気が付かない……」 あゆみ「そんな状態で車を長距離運転するなんて、後は私がするから、休むのはこなちゃんの方だよ、もう一人の体じゃないんだから」 私は強引にこなちゃんを椅子に座らせた。お茶を淹れるのを止めて冷蔵庫から適当な材料を取りスープを作ることにした。 あゆみ「お茶は赤ちゃんにあまり良くないって聞いたからスープを作るよ」 こなちゃんは頷いた。 こなた「優しい味だね、気持ち悪いのが消えたよ……」 こういった料理を作るのは初めてだった。美味しそうに食べるこなちゃんを見てホッとした。私も席に座りスープを食べた。 こなた「つかさを助けようと思っていろいろ考えてきたけど、もう何も出来そうにない」 呟くようにそう言った。 あゆみ「私が生まれてからの約二十年の出来事、誰も知らない、特に家族にしてみれば私は他人でしかないよね、しかも不法侵入のおまけ付き、お姉ちゃんにいたっては、何度も     逢いたいって意志は伝えているのに何も返事が返ってこない」 こなた「……そんな事までしていたなんて知らなかった、余計な事をしちゃったね」 あゆみ「それに、もう私が居た世界と同じようになるとも思っていない、もう過去に囚われて生きていくのはもう嫌だ……でも、でもこなちゃんが私にお父さんの死を知らせて     くれたのは間違いじゃなかったよ、心の整理がついたから……」 お母さんの死もいつか来る。それでもさっきみたいに感情を爆発させない。それは諦めの整理。私は過去を捨てた。 こなた「つか……あゆみ、になっちゃうんだね、ちょっと寂しいかも、つかさって名前がイメージ通りなんだよね……」 あゆみ「そうだよ、これから生まれる子供の為にもね」 こなた「え、もしかして妊娠、もしかして彼と……彼は知っているの?」 あゆみ「うん……婚約もしたから」 こなた「な、だめじゃないか、黙ってるなんて」 私を理解してくれた男性、過去の無い私を受け入れてくれた。だから、もう前しか見ない。 あゆみ「今日は泊まっていって、その体で長時間の運転は良くないよ」 こなた「でも、彼はいいの、お邪魔になるよ?」 あゆみ「今日は仕事で帰ってこないから、彼に涙は見せたくない、だってここでは私のお父さんじゃないもんね」 また涙が出てしまった。もうこれが最後の涙。そう自分に言い聞かせた。 こなた「……つかさ」 そしてこれがこなちゃんの最後に言ったつかさになった。  次の日、私はこなちゃんにただおさんにお香典と手紙を託した。こなちゃんの友達、夏目あゆみとして。手紙の内容は家に勝手に入った謝罪と理由を書いた。 もちろん在りのまま、私の体験した全ての出来事を書いた。そしてこの手紙が私から出す最後の手紙と付け加えた。信じてくれるとは思わない。 だけど真実と想いだけは伝えたかった。  結婚して子供が生まれると時間が猛スビードで過ぎ去っていく。気が付くと子供は独立し、夫は亡くなっていた。仕事も引退をして何もすることがない。この四十年が 数年に感じてしまうほどだった。また独りになってしまった。こなちゃん、ゆきちゃんは最近になって体調が優れない日が多くなってきたので頻繁に会えない。 そして自分自身もう以前のような体力はない。買い物するのも一苦労。分かる、自分にはもうそんなに残っている時間はない。それならばせめて一回で良い、 自分の生まれた街を見てみたい。そう思うようになっていた。三つの条件……そんなのはもう時間が風化させてしまっている。 もうあれから柊家とは一切の情報来ていない。ゆきちゃん、こなちゃんがそうしたからだ。きっと最後に出した手紙も読んでもらえていないに違いない。ならばあんな所に 何も未練なんかないじゃない。それでも生まれた場所には特別の想いがある。人ってそんなものなのかもしれない。 そんなある晴れた日の事、私はどうしても行きたい衝動に駆り立てられた。 陸桜学園。私が卒業したのは四十年以上前、校舎は新しく近代的になっているけど校庭、植え込み等はほとんどそのまま、私の知っている風景そのままだった。 この世界であるはずの無い私の記憶はここでの楽しい日々を思い出させてくれた。校庭では体育の授業が行われている。校舎を見上げるとなになら授業をしているのが分かる。 あの時と全く同じ。昼休みはお姉ちゃ……かがみさんがお弁当をもってきて皆で雑談、放課後は夕方就業時間まで喋り捲っていた。そこに黒井先生がやってきて 追い出された事もあった。 学校から駅までのバスの時間、ここでもたわいも無いお喋り、駅に着くとこなちゃんとかがみさんはゲームセンターとかによく遊びに行っていた。 私もたまには参加したけど、ゲームなんてぜんぜん出来なかった。  そしていよいよ自分の生まれた街、小学校、中学校、と廻って……実家……何故か足が止まった。行くことが出来なかった。柊家はどうしているのか。 まだあの家に誰か住んでいるのか。まったく分からない。住んでいてもとても呼び鈴を押す勇気がなかった。  私は神社の境内に入っていた。神社の娘、そう、そうだった。ここでよく巫女の手伝いをしていた。掃除、お守り……年末年始は忙しかった。 いのりさん、まつりさん……今頃どうしているかな。ふとお守りが欲しくなった。子供に交通安全のお守りでも買っていくかな。 お守り売り場に行くと巫女の姿をした娘が居た。 巫女「どれにしますか?」 あゆみ「えっと、交通安全のお守りを、二つ」 巫女さんの姿をじっと見た。柊家の面影が全く無かった。そうか、だれも神社を継がなかったみたい。これではあの家も他人が住んでいるに違いない。そう確信した。 もう思い残すことはない。最後に本殿で御参りをして帰ろう。 私は手を合わせて祈った。何を祈ったのだろう。分からない。ただ無心で祈った。祈りを終えて振り返ったその時、目の前に年老いた女性が立っていた。歳を取っていても 私には直ぐに誰か分かった。 あゆみ「お姉ちゃん!!」 思わず口に出てしまった。 かがみ「貴女は……」 まさか、まさかまだこの街に住んでいたなんて……私たち二人は暫くその場を動かなかった。だけどお姉ちゃんか先に行動に出た。 かがみ「最初に会った時、そう言ってたわね……で会うや否や包丁を振りかざして追い出し、警察を呼び、あまつさえ何の連絡も取ろうとしなかった私を姉と呼ぶのか……」 私を覚えていてくれた。あの時の、ほんの一分間もなかったあの時を覚えていた。私はそれで充分だった。家族に、お姉ちゃんに逢えたのだから。これ以上の接触は お互いに不幸なだけ。私は深くお辞儀をしてその場を立ち去ろうとした。 かがみ「お待ちなさい……」 私は立ち止まった。何故だろう、そのまま振り切って帰ることもできたのに。 かがみ「私はこの子達を公園に遊びに行かせる所なの、ここでこうして会ったのも何かの縁、一緒にどうかしら」 お姉ちゃんを見ると両手に一人ずつ子供と手を繋いでいた。 あゆみ「……お孫さん?」 お姉ちゃんは頷いた。 かがみ「このくらいの歳になると家じゃ狭すぎてね」 お姉ちゃんはにっこり微笑んだ。その笑顔に吸い込まれそうになりながら私はお姉ちゃんの後を付いていった。公園に着くまでの間、私達は一言も話をしなかった。 子供達の笑い声だけが響いていた。 公園に着くとお姉ちゃんは両手を離した。二人の子供は走り出し砂場で早速遊び始めた。 かがみ「貴女、お孫さんは?」 あゆみ「……まだ子供が結婚していないので……」 かがみ「あら、最近の子は結婚したがらないからね、心配でしょ?」 お姉ちゃんは砂場で遊ぶ子供達を見守りながら話した。 あゆみ「子供がそう決めたのなら強制はしません、まだ真意は聞いていませんけど」 お姉ちゃんは黙ってしまった。私も暫く子供達の遊んでいる姿を見ていた。 かがみ「貴女、ホテルの料理長になって聞いたわ、その後はどうなの?」 私が話さないのに痺れを切らしたみたいだった。 あゆみ「その後は、自分の店を開きました、それも暫くして信頼できる人に譲りました。今は料理教室の先生を週に1、2回程度しています」 かがみ「そう、全くのゼロからのスタートでよくそこまで社会復帰できたわね、女性でそこまで出来る人は少ないと思うわ」 あゆみ「ありがとうございます」 かがみ「……なんか他人行儀の言葉ね、そんなに緊張しなくてもいいわよ、料理は何が得意なの?」 あゆみ「料理はみんな得意です、だけどしいて言うなら、洋菓子、特にケーキが得意です、お姉ちゃんが好きでした」 あえてお姉ちゃんって言ってみた。お姉ちゃんは黙ってしまった。今度はこっちが聞く番。 あゆみ「かがみさんのご活躍、テレビで、新聞で、雑誌で見ていました、かがみさんの担当した裁判の数々、無敗記録を更新したそうですね、素晴らしいです」 かがみ「私は勝てると思った被告しか担当しなかったからよ、あの程度の裁判なら幾らでも勝てるわよ」 言っている事は自信に満ち溢れているのに表情は冴えていなかった。 あゆみ「裁判はあまり分からないけど、勝てると思って勝てるようなものではないと聞いています、それにどの裁判も他の弁護士さんがさじを投げた難事件ばかり」 かがみ「その私がさじを投げた事件があるわ、本来なら私の最初の担当する事件の筈だった」 あゆみ「そうなんですか……」 あまり乗る気じゃないみたいだった。この話は止した方が良さそうだ。話題を変えよう。 かがみ「忘れられた少女事件、私はそう名付けた……貴女の起こした事件よ」 あゆみ「え?」 思わず私は身を乗り出した。お姉ちゃんは私を救おうとしていた。 かがみ「弁護士になっても貴女は釈放されていなかった、私は家出した娘がお金に困って犯行に及んだと見ていた……そうよね、その程度なら処分はとっくに決まっていた、     この事件の資料をみて愕然としたわ、ありえないのよ、常識では在り得ない……私の知識も知恵も及ばなかった、だから私はこの事件の担当を断った」 あゆみ「もしかして担当を依頼した人って……」 かがみ「……みゆきよ」 お姉ちゃんは俯いてしまった。 かがみ「国家の名の下で一人の少女が弄ばれるなんて、三つの条件なんか法律的にはなんの根拠もない、貴女は身寄りがないから実験対象になったのよ、治療とは名ばかりの実験、貴女はモルモットと同じよ、何故貴女がここに居るのか、どこから来たのか、それを調べるのが彼らの目的だった、     貴女を助けて欲しいと……そうみゆきが言っていたいわ、でも私は貴女を助ける事が出来なかった、貴女が柊家の家族であるのを証明できなかった、 みゆきの遺伝子比較の資料をもってしても無理だった……あの時、警察を呼ぶべきではなかった、それを知っていれば私は……私は……今更許して……なんて温いわよね」 お姉ちゃんも苦しんでいた。だから自ら難しい裁判に飛び込んでもがいていた。その姿は紛れも無くお姉ちゃんそのものだった。私の知っているお姉ちゃんならきっとそうする。 かがみ「こなたに私を紹介したのは貴女らしいわね、おかげで今でもあいつとはバカやって楽しんでいるわよ、何度か弁護を担当した事もあったわ、貴女は私に     人生の楽しさを教えてくれた、私は貴女に何を与えた、不自由と苦しみしか与えなかった……」 お姉ちゃんの苦しむ姿を見ていられなかった。顔を背けたけど更に話し続けた。 かがみ「父が亡くなって貴女は手紙を出したわね、父は家族の中で唯一貴女に会いたいと言っていた、母は手紙を読んで泣いたわ……姉さん達もね……全ては遅かったのよ」 お母さん、私はまだお母さんの死を知らない。亡くなっているのは分かる。だけど聞かなかったし、話さなかった。 あゆみ「その話、もっと早く聞きたかった、うんん、もっと早く逢いたかった、逢えるだけで良かった、私にとってはそれだけで良かった、待っていたんだよ、ずっと、ずっと」 かがみ「待っていた、それは私も同じなのかもしれない、何度も来た手紙、みゆき、こなたの説得……私は貴女が来るのを待っていたのかもしれない」 もっと早く会えたかもしれない。過ぎ去った時間が長すぎてもう後悔する時間も欲しかった。 つかさ「……お母さんは、お母さんはいつ亡くなったの?」 かがみ「……父が亡くなって十年後だった……聞いていなかったの?」 私は頷いた。お父さんの時のように涙は出なかった。私は強くなったのかな。泣くのと精神の強弱は関係ないってゆきちゃんが言っていた。私は強くはなっていない。 あゆみ「あの、この神社は誰が管理しているの?」 かがみ「私は今でもあの家に住んでいるわよ、子供夫婦と孫と一緒にね、旦那が宮司の資格をとって父の後を継いだわ、たまに旦那の親戚が手伝ってくれるのよ、 二人の姉は嫁いで幸せに暮らしている、たまに遊びに来るわよ……」 お姉ちゃんは近況を話してくれた。もうこれ以上は話しても頭に入りきらない。もう帰らないと あゆみ「そうなんだ、みんな幸せなんだね……最後にお姉ちゃんって呼んでいいかな?」 お姉ちゃんは首を横に振った。 あゆみ「な、なんで……」 かがみ「それが今まで会えなかった理由でもあるの、私達には貴女の記憶が無い、貴女と暮らした、遊んだ、喧嘩した、一緒に学校に行った記憶が、過去が無いのよ、     その差はどうしたって埋められない……」 私と同じ理由だった。結局そこに辿り着く。家族のようで家族ではない。この事実は変えられない。 子供の笑い声が聞こえた。ふとお姉ちゃんの孫を見てみた。今まで砂場で遊んでいたのにいつの間にか公園の倉庫の柱で二人は背比べをしていた。 あゆみ「仲のいいお孫さんだね、背比べをしているよ、私と柊家は過去に何も無かったかもしれない、でもこれからは違うよね……こなちゃんとゆきちゃんは私と親友だよ、     同じようになれないかな、ゼロからの付き合いでも良いよ」 かがみ「……これからね、私達にはそれほど時間は残っていないわよ」 あゆみ「充分だよ、これからでも姉妹になれるよ……また会えるかな?」 かがみ「会う時間ならいくらでもあるわよ」 あゆみ「明後日、明後日来てもいいかな?」 かがみ「良いわよ、明後日と言わず明日も来なさいよ」 過去が無くても未来は在る。会っていればいつかは分かってもらえる。私は深くお辞儀をして駅に向かった。 かがみ「待って!!!」 叫びにも似た声だった。私は立ち止まりお姉ちゃんの居る所に戻った。お姉ちゃんは背比べをしているお孫さんを見ていた。 かがみ「……背比べ……そう、私達姉妹はここで背比べをした」 お姉ちゃんは公園の倉庫に歩いて行った。なんの事だか分からない私もお姉ちゃんの後を付いていった。倉庫の柱をお姉ちゃんは見ていた。 かがみ「ここで背比べをしたわ、確かに」 お姉ちゃんの見ている所を私も見た。そこには三本の線が腰の辺りの高さに引いてあった。 あゆみ「本当だ、三本の線が引いてあるね、古そうだけど」 かがみ「一番高いのがいのり姉さん、二番目がまつり姉さん……三番目が私……」 お姉ちゃんは三番目の線を優しく撫ぜた かがみ「よく見て、三番目の線は他の二本より少し太く引いてあるでしょ……そうなのよ、三番目の線は二回引いたら太くなった、私達にはもう一人背比べをする人が居た、     私と同じ背の高さの子が居たの……あぁ、なんでもっと早く思い出せなかった」 お姉ちゃんは三本目の線を触りながら目を閉じて空を仰いだ。 かがみ「あの頃がはっきりと思い浮かべられる、背比べをする時、四人目の子の顔を、呼んだ名前を」 交わることのない平行世界、決して交わらないからそう呼ばれている。私はその平行世界へと迷い込んだ。 お姉ちゃんは目を開いて私と向かい合い両手で私の右手を力強く握った。 かがみ「その名は……つかさ!!!」 つかさ「お姉ちゃん!!!」 そしてまた交わった。 私は立っていた。ねっとりと絡みつくような湿気、照りつける太陽、そのまま溶けてしまいそうだ。蝉の大合唱もそれに追い討ちをかけた。 汗がじわじわと出てきた。ここは何処だろう。私は辺りを見回した。スーパーの駐輪場に立っていた。はっと自分の手を見た。しわやシミがない綺麗な手だった。その手で 今度は自分の顔を触った。張りのある肌だった。頭をさわるとリボンを付けていた。私は戻っている。あの時の年齢に。そうだ、私は買い物でアイスクリームを買いに来ていた。すぐ近くにあった自分の自転車の買い物かごを覗いた。レジ袋に6つのアイスクリームが在った。まだ溶けていない。溶けていないけどドライアイスが小さな塊になっていた。 こなちゃんのサービスで30分のドライアイスが入っていたはず。私は30分もここに居て夢でも見ていたのかな。このまま帰ったらアイスクリームが溶けちゃう。とりあえず 私はドライアイスをもらう為にスーパーに戻った。 こなた「あれ、まだ帰っていなかったの?」 後ろからこなちゃんの声がした。張りのある若々しい声だった。私は振り向いた。そこには若いこなちゃんが立っていた。間違いない、あの時に戻っている。 こなた「あーあ、ドライアイス無くなっちゃったじゃない、さては他の買い物をしていたな」 つかさ「う、うん、そうなんだ……だから、ドライアイスをもう一回、今度は有料でいいから」 こなた「しょうがないな~そこで待ってて」 暫く待っているとこなちゃんが小走りで少し大きな袋を持ってきた。 こなた「今度は1時間分だから……サービスはこれで最後だからね」 こなちゃんはレジ袋にドライアイスを入れた。こなちゃんは最後まで私と家族を合わせようとしてくれた。私は思わずこなちゃんを抱きしめた。 こなた「ちょ、どうしたの」 つかさ「こなちゃん、私にとって最高の親友だよ……ありがとう」 こなた「お客さん~大丈夫ですか~今日は暑いから気をつけてくださいね……ってつかさ、ドライアイスくらいで大げさだよ……」 そうそう、その名前を呼んで欲しかった。私はこなちゃんを放した。 つかさ「あ、ごめん、ごめん、でもさっきの嘘じゃないから、ありがとう」 こなちゃんが照れてすこし顔が赤くなるのが分かった。ふふ、この頃は可愛いものだ。 つかさ「こなちゃん、これからへんな事して捕まってお姉ちゃんに迷惑をかけないようね」 こなた「へ、なに言ってるの???」 一応釘は刺しておかないとね。手を振ってこなちゃんと別れた。  自転車に乗ろうとした時だった。胸ポケットから着信音が聞こえた。携帯電話を手に取るとゆきちゃんからだった。 つかさ「もしもし、ゆきちゃん?」 みゆき『こんにちは』 つかさ「何か用事でも?」 みゆき『え、え、つかささんからの着信履歴があったもので、何か用事でもあったのかと思いましてかけたのですが……』 着信履歴、私はかけていない。もしかしたら平行世界で慌ててかけたあの時の電話が今頃通じたのかな。 つかさ「ごめんね、きっと間違って送信ボタン押しちゃったんだよ」 みゆき『そうですか、それでは失礼します』 つかさ「ちょっと待って!!」 みゆき『はい?』 ゆきちゃんは誰よりも早く私を理解してくれた。その知識と洞察力、柔軟な思考。なによりその優しさが私の苦しさを癒してくれた。 つかさ「ゆきちゃん、ありがとう」 みゆき『い、いいえ、どういたしまして』 戸惑い気味に返事をした。電話では語りきれない出来事があったんだよ。 つかさ「今度また買い物しようね……また連絡するよ」 みゆき『はい、楽しみにしています』 携帯電話を切った。さて。帰るかな。 体が軽い、若いってこんなに元気なのか。軽快に自転車を漕いだ。漕いでも力が溢れてくるような感覚だった。 確実に近づいてくる我が家、こなちゃんはしっかりと私をつかさと呼んでくれた。ドライアイスのサービスも覚えていた。間違いない。ここは私の元いた世界。 嬉しい、また買い物から続きの人生をやり直せる……やり直す。でも……辛くて、悲しい世界だったけど、唯一幸せだと感じた時間があった。 私を愛してくれた夫はこの世界にも居るのだろうか。この世界でも私を愛してくれるのだろうか。こなちゃんのお母さんの例がある。もしこの世界に居なかったら。 私の心は嬉しさと不安で複雑に絡み合った 思ったより早く自宅に着いた。玄関の前に立った。私は大きく一回深呼吸をした。ゆっくりと扉に手を近づけたけど止まった。もし、もしもこの扉を開けて家族の誰もが 私を知らなかったら。お姉ちゃんが包丁を振りかざしてきたら……私は逃げない。そうだよ、逃げたから警察に通報された。私はもう逃げない。手をドアにかけて開いた。 つかさ「ただいま~」 目の前にまつりお姉ちゃんが居た。目線が合った。 まつり「誰よ、あんた」 血の気が引いた、まさか、また同じ事の繰り返しなのか。 まつり「おそい、遅いぞ、つかさ、今まで何をしていた!! あまりに遅いから名前まで忘れそうになったよ」 私の持っていたレジ袋を鷲づかみで取った。 まつり「皆、アイスクリームが来た!!」 まつりお姉ちゃんはそのまま居間の方に向かって行った。ホッと胸を撫で下ろした。何十年の旅をしてきた。なんて言っても信じてもらえないよね。 居間の入り口から周りを見回した。家族全員が居間のテーブルに座っていた。まつりお姉ちゃんはレジ袋からアイスクリームを取り出すとテーブルの中央に置いた。 皆は迷うことなく、取り合いにもならずそれぞれ自分の好きなアイスを取った。そして一個余ったアイス。それは私の好きなアイスだった。 いのり「流石つかさ、私達の好みを知り尽くしてる」 みき「どうしたの、つかさ、ボーとしちゃって、早く座りなさい、一緒に食べましょう」 つかさ「う、うん」 私は席に着いた。 まつり「つかさったら玄関で白目むいて驚いちゃって、面白かった」 みき「むやみに人を驚かしたらダメでしょ」 いのり「それにしても遅かった、どこで道草していたの?」 なんて言っていいのだろう。 つかさ「スーパーにこなちゃんがアルバイトしててね……」 かがみ「あいつがそんな近くで働いているのか、面白そうね、今度からかいに行ってみるかな」 つかさ「けっこう制服が似合ってたよ、ドライアイスもサービスしてくれたし」 まつり「早く食べよう、溶けちゃうよ」 柊家一同「いただきます」 皆美味しそうにアイスクリームを食べ始めた。 一家団欒、あまり最近ではなかった。私にとっては何十年も待ち続けた光景。なんだろうアイスがしょっぱい。おかしいな。何故だろう。 まつり「つかさ、あんた泣いているじゃないの」 しまった。感情が抑えきれなかった。皆には数ヶ月ぶりの団欒かもしれないけど私にとっては…… いのり「驚かすからでしょ、まったく、まつりはいつまで経っても子供なんだから」 まつり「驚かすって、ちょっとしたユーモアでしょう」 つかさ「違うよ、そんなんじゃないよ、アイスがあまりに美味しいから……つい涙が出てきちゃった、美味しいね、うん、最高だよ」 皆は不思議そうな顔をして私を見ていた。今はそう言うしかなかった。 ひとつ理解できない事があった。公園で私達姉妹は背比べをした。私は全く記憶にない。でもお姉ちゃんは克明に覚えていた。それに試してみたかった。 私の体験した出来事は本物なのか、幻想なのか。 つかさ「ねぇ、神社の近くの公園でね、この前子供が背比べをして遊んでいるのを見たの、私達もやらなかった?」 皆がほとんどアイスを食べ終わった頃、私は質問してみた。皆の反応はどうだろう。皆は顔を見合わせて首を傾げた。そうなのか。やっぱりあれは全て私の幻想。 それもそうだよね。あれが現実だったら私の体は十九歳で心はお年寄り。でもあの時体験した出来事、学んだ事、習得した技術は今でも覚えている。 幻想と言うにはあまりのも生々しい。それとも背比べは向こうの世界だけの話だったのかな。 いのり「神社の近くの公園……ああ、やった、そういえばやったわ、確かお父さん、お母さんも居たよね」 いのりお姉ちゃんが思い出したみたいだった。 まつり「……あ、思い出した、理事会倉庫の柱じゃなかった?」 みき「そんな事もあったわね、つかさ良く覚えていたね、まだ幼かったのに」 つかさ「うんん、私は覚えていない、子供が楽しそうに背比べしていたから……私達はどうだったかなって思って」 ただお「懐かしいな、確かあれはかがみとつかさの五歳の誕生日だった、私は見ていただけだったがしっかり覚えているよ」 つかさ「お姉ちゃんは覚えてる?」 かがみ「……背比べ、したのかな、全く覚えていない……」 お姉ちゃんと私は覚えていない。だけど背比べは実際にあった事実。 つかさ「それなら公園に行ってみない、きっと背比べした跡があるよ」 確かめたい。私が元の世界に戻れた事実を。思い出したい。幼い日の出来事を。 まつり「えー折角アイスで涼んだのに外にでるの~」 まつりお姉ちゃんは早速反対、でもここで諦められない。 つかさ「それじゃ日が落ちかけの夕方はどう、きっと気温も下がっているよ」 いのり「それなら良いんじゃない、私は賛成」 ただお「夕方か……皆で出かけるなら夕食は外で食べてもいいな」 みき「たまには外で食事もいいわね、食器洗う手間が省けるわ」 つかさ「まつりお姉ちゃん、お姉ちゃんも行くよね?」 まつり「まぁ、気温が下がる夕方からならね」 私はお姉ちゃんの方を向いた。 かがみ「行くわよ、皆が行くのに断る理由はない」  夕方近くになると夕立が降った、これで気温は一気に下がった。夏ももう終わりに近づいているのを感じさせてくれた。 日がもう落ちようとしていた。私たちは公園の倉庫前に来ていた。夕方なので子供達の姿はもうない。居るのは柊家だけ。 いのり「ここ、ここ、この柱ね、私が線を引いたから覚えている」 まつり「でもおかしいな……線が三本しかないじゃない、これだと数が合わない、姉さん、こっちの方じゃないの?」 同じだ。あの時の倉庫と全く同じ線だ。何故三本だったのか私はその理由を知っている。私はその理由を話そうとした。 みき「ほら、見てごらん、一番低い線、少し太いでしょ、それはね、かがみとつかさが同じ背の高さだったのよ」 まつり「ああ、なるほどね、二人は双子だからか、今更ながら納得する」 いのり「ね、折角来たのだからもう一回、背比べしてみない?」 それは私が言おうとしたのにいのりお姉ちゃんが先に言ってしまった。 まつり「比べるまでもない、姉さんが一番高いのは今も変わらない」 いのり「そう言う意味じゃない、記念として、分かるでしょ」 いのり姉さんは地面に落ちている尖った小石を拾った。 いのり「それじゃ、まつりから……」 まつりお姉ちゃん、お姉ちゃん、私の順に柱を背にしていのりお姉ちゃんが柱に線を引いていった。いのりお姉ちゃんはお母さんが線を引いた。 思い出した。この順番は幼い時と同じ。私達は確かにここで背比べをした。はっきりと思い出せた。 ただお「こうやって比べると随分大きくなったものだ」 みき「そうね」 いのり「それはそうよ、私が小学校の頃だしね……あれ……かがみはつかさより少し低かったっけ?」 柱を良く見ると線が四本になっていた。 まつり「本当だ、双子でも成長すると変わっちゃうものなのかもね」 ただお「……さて、もう日も完全に落ちたし、食事に行くか」 私たちは公園を出ようと歩き出した。 かがみ「つかさ、待って」 小さな声で私を呼び止めた。お父さん達は先に公園を出て行った。私達二人だけが公園に残った。 つかさ「どうしたの?」 そういえばさっきからずっと黙って何も言わなかった。なんだかお姉ちゃんの様子が変。 かがみ「私はつかさより背が低かった」 つかさ「さっきの背比べだね、でも差は1センチもない位だよ、そのくらいは日によって変わるから……」 かがみ「さっきのじゃない、幼い頃の方を言っているの」 幼い頃って、お姉ちゃんは背比べを知っていたって事なのかな。 かがみ「あれはズルをして少し背伸びをした、だからつかさと同じ背の高さになった……」 つかさ「お姉ちゃん、背比べの事覚えていたんだね、実は私もさっき思い出した所」 かがみ「私はつかさより背が低いのを知っていてズルをしたんだ、何も感じないのか」 つかさ「ズルって、背の高さなんてどっちが高くても関係ないし、それにそんな幼い頃のズルなんて可愛いものだよね、お姉ちゃん、そんなに私より低いのが嫌だったの?」 かがみ「嫌だった、あの頃はつかさには全てに負けたくなかった、でも、幼いながらも罪悪感はあった、そのせいであの背比べは忘れたくても忘れられないものになった」 そんな幼い頃の過ちをずっと責めていた。だから忘れなかった。きっと背比べが切欠で向こうの世界とこの世界が交わったのかもしれない。 つかさ「私はそのおかげで私は戻って来られた、ぜんぜん気にしてないよ」 かがみ「……それがつかさの答えなのか、許してくれるのか、これで忘れられるわ、あの忌まわしい過去を」 つかさ「うんん、忘れないと思うよ、だってさっきの背比べの跡があるからね、きっとお婆さんになるまで覚えているよ、でも忌まわしい過去ではなく懐かしい思い出としてね」 かがみ「つかさ、あんた、変わったわね……まるで何十年も生きていたような台詞だわ」 つかさ「その通りだよ、私は30分の間に何十年も生きてきたから」 かがみ「はぁ、何言っているのか分からん……それにさっきの戻って来られたって何よ?」 今は分からなくていいよ、もうあんな悲しい体験はもう嫌だ。だけどもう一度父と母の死を知らなければならない。せめてその時は傍に居たい。 そして掛け替えのない夫ともう一度逢いたい。だからお姉ちゃんと同じように話さないとね。皆に話さないと。 まつり「おーい、置いて行っちゃうぞ!!」 それを話すには時間が必要、だって何十年分の出来事を話さなきゃいけないから、もう少し整理をしたい。 つかさ・かがみ「今行くよ!!」  こうして二つの世界は一つに交わった。うんん、これから交わる。悲しみと希望と共に。 終 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - だからこの手の作品は毎度毎度ハラハラさせられるんだよ!good -- 名無しさん (2017-04-25 23:12:14) - うまいなあ・・・参ったよ -- 名無しさん (2012-01-15 16:46:00) - 面白かったよ乙! -- 名無しさん (2011-09-11 22:49:23) - 久々の良作 -- 名無しさん (2011-09-08 07:57:56)

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