ID:jg8blceH0氏:未来を思い出に変えて(ページ2)

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八. 「みゆきさん、そこ左!」 「は、はいっ」 「みゆき、安全運転で良いけど。警察に目を付けられないように、周りの車に合わせてね」 「ゆきちゃん、大丈夫?」 「あ、あの。申し訳ありませんが、あまり沢山の事を言われると混乱してしまいそうです」 無免許で運転するみゆきさん。車はみゆきさんのお母さんのものを黙って拝借してきたのだそうだ。 メモで借りた事を書置きしてきたというが、家で大騒ぎになるに違いない。 いや、つかさが病院にいない事から、柊家でも大騒ぎになるはずだ。どう転んでも二人が家に帰ればただじゃすまないのだ。 かがみもみゆきさんも、私よりもずっと重いもの賭けて、今回の旅行を手伝っている。 自動車の運転については、私もみゆきさんも、昨日、病院に行く途中で買った本を読んで復習してきたが、やはり実践となると難しい。 みゆきさんの家から病院までの道のりの間に、多少は慣れた様子だが、道路状況に合わせた的確な運転など、そう簡単に出来るものではない。 道路標識や交通ルールに関しては、みゆきさんがほぼ暗記しているようなので、あとは目立った行動や事故を起こさないように、慎重に走るようにする。 みゆきさんには運転に集中してもらうとして、カーナビと併用しつつ、助手席では私も地図を見ながらみゆきさんに人間ナビをしている。 「つかさ、眠いの?」 ミラー越しに、後部座席を覗くと、うつらうつらするつかさに、かがみが心配そうに顔を覗き込んでいた。 「うん、ごめんね。みんな私のために頑張ってるのに」 「気にしないの。疲れたのよね。寝てる間に着くわよ、寝てなさい。でも調子が悪くなったらすぐに言うのよ」 「わかった。ごめんね……。ちょっと休むね」 確かに、歩く事すら出来ない病人には、車で遠出する事は激しい体力の消耗に繋がる。 医者が外出を禁止している要因なのだから、もちろんそれを承知の上でやっている訳だ。しかし無視できる要素ではない。 つかさの調子しだいでは、すぐにユーターンして帰る事もあるだろうし、最悪の場合は救急車だって呼ぶ覚悟だ。 「みゆきさん、ETCカードは挿入されてる?」 「はい、もちろん」 「よおし、そこ左車線に寄って。インターチェンジに入ったら、高速に乗るよ。一本道だし、速く着くからつかさの負担も少なくて済む筈だよ」 「はい」 太陽が顔を出し、真っ赤の朝焼けが見えた。今日も暑くなりそうだ。 九. 「ほら、つかさ。海よ」 「みんなありがとう!すごいよ!空がこんなに広い!」 「つかさ、カニよ。カニ」 「見えないよ、あ、いたいたカニだ」 つかさはかがみに背負われて、とてもうれしそうにはしゃいでいる。 まだ朝だからなのか、海岸には誰もいなかった。私たち四人だけでこのビーチを貸しきっているようだ。 私は護岸でへばっているみゆきさんに、そろりそろりと背後から近づいていた。 「てりゃ」 「はひぃっ!?」 近くの自販機で買った缶ジュースを、みゆきさんの首元に押し付けのだ。 さすがみゆきさんだ。あまりに想像通りで、萌え過ぎるリアクションに嫉妬してしまう。 「みゆきさん、お疲れ様」 「あ、ありがとうございます。私、運転に向いてないかもしれません……」 「いやいや、初めての運転でここまで無事にたどり着けたなら十分。とりあえず黒井先生よりはマシな運転だったよ」 「そうですか?まだ帰りもありますから、頑張りませんと」 「そ、そうだね」 まずい、つかさより先にみゆきさんが疲労で倒れそうだ……。 それでも。海に来れて良かった。つかさも楽しそうだ。 「こなたー、みゆきー!何してるのよ、こっちに来なさいよ!」 「砂浜がふかふかだよー!」 「はいはい!」 私はみゆきさんの手を引いて、双子の寝転ぶふかふかビーチへ駆けた。 その後、私たちは近くの記念碑に、立派な南京錠を付けた。さらにその鍵には、つかさのリボンも縛り付けてある。 昨日、みんなで話し合ってお金を少しずつ払い合って、みゆきさんが買って来たものだ。 目立たない場所に取り付けたため、上手くいけば数十年はここにぶら下がったままだろう。 私たちはこの鍵のように、強固に繋がっているのだ。 南京錠には、こう書かれている。 「We are eternal friends, Tsukasa Kagami Konata Miyuki」 私たちは永久の友達、つかさ かがみ こなた みゆき 十. 病院に帰った私たちが待っていたのは、かがみのお母さん、みきさんの叱咤ではなく、みゆきさんのお父さんの激昂でもなく、つかさを乗せる車椅子だった。 「そうです。帰る途中の三十分くらい前から、返事がほとんど無くなっていました。目は開けているので、眠っている訳ではないと思うんですが、ぼーっとしてるみたいで」 「酸素マスクを準備しますので、個室で様子を見ましょう。疲れかも知れません。まったく無茶をして」 「すみません……」 かがみがナースに事情を説明している。私はつかさの手を握っていた。 個室に搬入されるつかさの目は、今日の朝とは全く違って、朦朧として視線が定まらない。 部屋の中には柊一家がそろっていた。かがみを責める者はいなかったが、安心できる状況にないのは見ての通りだった。 みきさんがやさしく微笑んで、私たちを迎えた。 「みんな、つかさの為にありがとう。もう大丈夫だから、みんな帰って休んでちょうだい」 「でも、私が言いだしっぺで、それでつかさがこんな「こなたちゃん」」 みきさんの手が、私の頬に触れた。 「私たちでは叶えられなかったつかさの願いを、あなた達が一生懸命に叶えてくれた。本当にありがとう。だから今度は私たちの番」 ね?と、私の目を見るみきさん。断れるはずも無かった。 「みゆきちゃん、あの車を運転して帰るのは大変でしょう?」 そう言ったのは、いのりさんだった。 「え、でも」 「運転、任せなさいよ。ご家族の方には、私が説明するわ。かがみも、一回帰りなさい。それで今日一日休むのよ」 あぁ、本当にこれで良かったんだろうか?これでつかさの為になったんだろうか。 意識のはっきりしないつかさを見ると、自分のせいに思えて胸が痛いのだ。 そんな間にも、ナースが病室に入ると、手際よく点滴の準備を始めた。 初めてつかさのお見舞いに来たときにも付けられていたセンサーを、またつかさの指に付けていく。心電図を取っているのだそうだ。 口には酸素マスクが装着され、どんどん重症患者のように思えてきた。 「こなた、ごめん。帰りましょう」 私はかがみに引かれて、つかさの病院を後にしたのだった。 十一. せっかくの日曜日だった、何をする気にもならなかった。 ただ一つ気のなるのはつかさの事だ。 昨日一晩、結局何が起こったのか分からなかった。 柊一家そろって、ずっと付き添っていたのだろうか?私たちが、つかさを海に連れて行ったことを、本当に感謝してくれているのだろうか? もし、みきさんの笑顔が、偽者だとしたら。そう思うと、怖かった。 みゆきさんも大丈夫だっただろうか?もはやいのりさんの話術に期待するしかない。 そんな事を延々と考えながら、部屋の中でゴロゴロと過ごしていると、ノック音が部屋に響いた。 「お姉ちゃん、かがみさんから電話だよ」 ゆーちゃんの声で、私は飛び起きると、一目散に電話に出た。 「あ、かがみ。どうした?」 「こなた、すぐに病院に行くわよ!つかさの呼吸と心拍数が上がってるの、痙攣もしてるそうなの。みゆきにもすぐに伝えるつもり」 「わ、わかったよ!」 私は乱暴に受話器を叩き付けると、玄関に急いだ。 「ゆーちゃん、出かけてくるね。今日は遅くなりそうなんだ」 間に合え! 病室に駆け込むと、つかさは酸素マスクに付け、二種類もの点滴を繋げているがわかった。 かがみがいる他には、みきさんとまつりさんが、心配そうにつかさを見つめていた。みゆきさんはまだらしい。 「こなた、よく来てくれたわね。少しは収まったんだけど、見ての通り調子は良くないわ」 ぜぇぜぇと激しく呼吸していて、とても苦しそうに思えた。 「こなた、もしかして気にしてるかもしれないけど、これは海に連れて行った事とは直接関係ないから」 「どういうことなの?」 「ガンが、脳に転移した可能性があるんだって。今は、脳の調子を良くする点滴で、とりあえず今の状況を収めようとしてるそうだけど。でも峠だと思う」 「脳!?そんな。これからどうなるの?」 「そんなの、分かる訳ないじゃない。一旦落ち着いたとしても、つかさの様子がどうなるのか分からないし、それにもしかしたら、今日……」 「そう、なんだ……」 いつかこうなる事は覚悟していたけれど、いざこうなってしまうと、なんてやるせないんだろう。 じーっと、苦しそうなつかさを見つめる。 学校で、宿題を忘れたとかがみにすがるつかさ。感動者の漫画を読んで涙を流すつかさ。 つかさの家に行って、いっしょに部屋でゴロゴロした思い出。 去年、つかさと海水浴をした思い出、そして昨日、海に行った思い出。 それら全て、過去の思い出であり、今目の前にある光景も、一秒ごとに思い出へと変化していく。 生きるというのは、未来を少しずつ思い出に変えていく作業なのかもしれない。 いつか、つかさの様に未来を全て使い切り、そして思い出を振り返ったとき、満ち溢れたものであったなら、それは生きるという作業を全うした証と言えるだろう。 私もその作業をする一人の人間で、この病院での一連エピソードも、必ず思い出へと変えてしまうのだ。 少し寂しくもあり、誇りにも思う。でも、まだ過去のものにしたくは無い。 つかさ、頑張れ!私が諦めてどうする!? 私は思い出したように、つかさを励ました。そうさ、まだだ。 「つかさ、頑張れ」 私はつかさの手を握って、ささやくように言った。かがみも、私の真似をする。 扉が開いた音がして、目を向けると、いのりさんとみゆきさんが、並んで入ってきた。 「あら、こなたちゃんもいるのね。みゆきちゃんと途中で一緒になったわ」 「つかささんの様子はいかがですか?」 「うん、少し落ち着いたみたい」 「おっし、ちょっくら私が差し入れ買って来るかな。今日は長くなりそうだ」 十二. 日が沈んだ。私が病院に着いてから、半日が立った。 つかさは穏やかな寝息を立てて眠っている。 じーっとつかさを見ていたら、ぱちりと目が開いた。 「ん?ふわー、おはよう。あれ?みんな……」 「つかさ、目が覚めたの?私が誰か、わかる?」 「わかるよお、かがみお姉ちゃんだよ。それにいのりお姉ちゃん、まつりお姉ちゃん、お母さん、お父さん、それからゆきちゃんに、こなちゃん!」 「良かった……」 つかさの親夫婦が、安堵しながら二人で話している。 つかさは口をへの字にして、うんうん唸っていた。 「あれ?海に行ってからの事、覚えてないや……」 「なんでもないよ、帰りの車の中で、疲れて眠っちゃったんだよ」 「そうなんだ……、ところで今、なん曜日?」 「日曜日ですよ。時間は夜七時過ぎです」 暫く、安否を確認した後、ナースを呼んで現状の報告。それから、ちょっとした検査が始まった。 こんなに大人数いても邪魔なので、親夫婦以外は帰宅する事になった。 ふう、と私は一息。良かった。本当に良かった。 「泉さん、涙が、流れていますよ?」 「え?これは違うよ。みゆきさんこそ、泣いてるでしょ?」 「お互い様ですね」 いのりさんが、まつりさんにお金を渡していた。 「これで皆で、レストランで夕食を食べていきなさいよ。私は疲れたから帰るわ」 「ふだんケチケチしてるのに、今日はちょっと多すぎじゃない?」 「今日は良いのよ。ほら行きなさいよ」 「よしみんな、タダで焼肉食べに行くぞ!」 「いいわね。こなたもみゆきも、来てよ。今はパーッといきたいのよね」 その日の焼肉は、人生の中で、一番おいしかった。 十三. 私もみゆきさんも、かがみも毎日のようにつかさにお見舞いに行った。 「ねえ、こなちゃん。今日って何曜日だっけ?」 「今日は水曜日だよ」 「え?もうそんなに日にちが進んでたの?」 「うん、それよりも今日はね、みさきちが弁当をひっくり返してさ、その時の顔が面白かったんだよ」 「あいつがいると、毎回、何かやらかすのよね、その度に私も巻き込まれるのよ。こなたも一緒だけどね」 「そんな事ないよ」 「あはは、と、ところでゆきちゃん、海に行ったときから何にも覚えてないんだけど、私どうしたんだっけ?」 「あのあと、つかささんは寝てしまったんですよ。だから覚えていないんだと思います」 「そ、そっか……、なんだかすごく昔の事の気がして……。ところで今日って、月曜日だよね?」 「水曜日よ、つかさ」 つかさが意識を取り戻して以来、新しい物事を覚える事が出来なくなってしまった。 ガンが脳に転移したのは、やっぱり事実らしいのだ。 海に言ったあの日以来、あの時のまま、時間が止まってしまっているのだ。 あの時、海に連れて行く事が出来て良かった。 タイミングがずれていたら、海に行った思いでは作られなかったのだから。 十四. つかさが登校していた。そして一緒にバスに乗り、かがみも交えて会話をする。 当たり前のように学校へ行くと、みゆきさんが待っている。 今度はみゆきさんを交えて、つかさと会話を楽しむ。 べつに不思議な事じゃない。分かっていた。これは夢なのだと。 私の強い願望が、今目の前に再現されているに過ぎない。 「こなちゃん、いつもの事が、いつもどおり変わらずにいたら良いって、思う?」 「そうかもしれない。だから進路希望調査で迷うんだよ。つかさもそうでしょ?かがみやみゆきさんみたいに、将来を見てないし。私は今が最高に楽しければいいって思ってる」 「なら、これからやって来る激変を、受け止めてくれるかな?」 「きっと、受け止めるよ」 つかさがニコッと笑った。 木曜日。その日、昼休みに私たちの部屋に、かがみはやって来なかった。 授業が終わっても、かがみが来ない。不審に思い、かがみの教室を覗いたが、やはりかがみの姿は無かった。 最近、携帯するようになった携帯電話が、突然震えだした。 着信はかがみからのものだった。 内容はいたってシンプルなものだった。 つかさが死んだ。 とうとう、この時が来た。 つかさは、命と言うろうそくを全て燃やしきった。確かに短いろうそくだったけど、すごく太くて、その炎は真っ赤に輝いていた。 燃えカスなど一切残さず、全部燃やし尽くした。 気になるのは、どうしてかがみだけが、その時病院にいたのか?きっとつかさの異変について、連絡があったのだろう。 私たちには内緒で病院へ行ったのだ。 「こなたさん、気持ちは分かりますし、私もかがみさんのした事にいい気はしませんが、でもかがみさんの気持ちも考えて欲しいんです」 確かに、妹の死という最も神聖な領域に、私たちが侵入して欲しいと思わなかったのかもしれない。 かがみが産まれた時に、つかさが産まれて、かがみの人生と一緒に、つかさの人生もあったんだろう。 マンガ十冊買ってもらうことで許してやろう。 「ねえ、みゆきさん。ちょっと付き合ってよ。今、すごく海に行きたいんだ。近くでいいからさ。夜までそこに居たいんだ」 「それは良いですね。私も丁度、行きたいと思っていました」 その日のは七月七日。七夕で、かがみとつかさの誕生日。 そしてつかさの命日でもあった。 東京湾から見る星空は、とてもまばらだったが、織姫も彦星も確かに見えた。 今日、この空に星が一つ増えた。無事にあの星空へ迎え入れられただろうか。 私は泣かない事に決めていた。みゆきさんもその様だ。 ハッピーバースデー、つかさとかがみ。それからさようなら、つかさ。寂しくなど無い。 この海は、あの海岸に繋がっている。あの南京錠に書かれた様に、どうなっていようと私たちは永久の友達なのだから。 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - 初めて小説で泣きました? -- キリキリ米 (2011-09-24 06:00:10)
八. 「みゆきさん、そこ左!」 「は、はいっ」 「みゆき、安全運転で良いけど。警察に目を付けられないように、周りの車に合わせてね」 「ゆきちゃん、大丈夫?」 「あ、あの。申し訳ありませんが、あまり沢山の事を言われると混乱してしまいそうです」 無免許で運転するみゆきさん。車はみゆきさんのお母さんのものを黙って拝借してきたのだそうだ。 メモで借りた事を書置きしてきたというが、家で大騒ぎになるに違いない。 いや、つかさが病院にいない事から、柊家でも大騒ぎになるはずだ。どう転んでも二人が家に帰ればただじゃすまないのだ。 かがみもみゆきさんも、私よりもずっと重いもの賭けて、今回の旅行を手伝っている。 自動車の運転については、私もみゆきさんも、昨日、病院に行く途中で買った本を読んで復習してきたが、やはり実践となると難しい。 みゆきさんの家から病院までの道のりの間に、多少は慣れた様子だが、道路状況に合わせた的確な運転など、そう簡単に出来るものではない。 道路標識や交通ルールに関しては、みゆきさんがほぼ暗記しているようなので、あとは目立った行動や事故を起こさないように、慎重に走るようにする。 みゆきさんには運転に集中してもらうとして、カーナビと併用しつつ、助手席では私も地図を見ながらみゆきさんに人間ナビをしている。 「つかさ、眠いの?」 ミラー越しに、後部座席を覗くと、うつらうつらするつかさに、かがみが心配そうに顔を覗き込んでいた。 「うん、ごめんね。みんな私のために頑張ってるのに」 「気にしないの。疲れたのよね。寝てる間に着くわよ、寝てなさい。でも調子が悪くなったらすぐに言うのよ」 「わかった。ごめんね……。ちょっと休むね」 確かに、歩く事すら出来ない病人には、車で遠出する事は激しい体力の消耗に繋がる。 医者が外出を禁止している要因なのだから、もちろんそれを承知の上でやっている訳だ。しかし無視できる要素ではない。 つかさの調子しだいでは、すぐにユーターンして帰る事もあるだろうし、最悪の場合は救急車だって呼ぶ覚悟だ。 「みゆきさん、ETCカードは挿入されてる?」 「はい、もちろん」 「よおし、そこ左車線に寄って。インターチェンジに入ったら、高速に乗るよ。一本道だし、速く着くからつかさの負担も少なくて済む筈だよ」 「はい」 太陽が顔を出し、真っ赤の朝焼けが見えた。今日も暑くなりそうだ。 九. 「ほら、つかさ。海よ」 「みんなありがとう!すごいよ!空がこんなに広い!」 「つかさ、カニよ。カニ」 「見えないよ、あ、いたいたカニだ」 つかさはかがみに背負われて、とてもうれしそうにはしゃいでいる。 まだ朝だからなのか、海岸には誰もいなかった。私たち四人だけでこのビーチを貸しきっているようだ。 私は護岸でへばっているみゆきさんに、そろりそろりと背後から近づいていた。 「てりゃ」 「はひぃっ!?」 近くの自販機で買った缶ジュースを、みゆきさんの首元に押し付けのだ。 さすがみゆきさんだ。あまりに想像通りで、萌え過ぎるリアクションに嫉妬してしまう。 「みゆきさん、お疲れ様」 「あ、ありがとうございます。私、運転に向いてないかもしれません……」 「いやいや、初めての運転でここまで無事にたどり着けたなら十分。とりあえず黒井先生よりはマシな運転だったよ」 「そうですか?まだ帰りもありますから、頑張りませんと」 「そ、そうだね」 まずい、つかさより先にみゆきさんが疲労で倒れそうだ……。 それでも。海に来れて良かった。つかさも楽しそうだ。 「こなたー、みゆきー!何してるのよ、こっちに来なさいよ!」 「砂浜がふかふかだよー!」 「はいはい!」 私はみゆきさんの手を引いて、双子の寝転ぶふかふかビーチへ駆けた。 その後、私たちは近くの記念碑に、立派な南京錠を付けた。さらにその鍵には、つかさのリボンも縛り付けてある。 昨日、みんなで話し合ってお金を少しずつ払い合って、みゆきさんが買って来たものだ。 目立たない場所に取り付けたため、上手くいけば数十年はここにぶら下がったままだろう。 私たちはこの鍵のように、強固に繋がっているのだ。 南京錠には、こう書かれている。 「We are eternal friends, Tsukasa Kagami Konata Miyuki」 私たちは永久の友達、つかさ かがみ こなた みゆき 十. 病院に帰った私たちが待っていたのは、かがみのお母さん、みきさんの叱咤ではなく、みゆきさんのお父さんの激昂でもなく、つかさを乗せる車椅子だった。 「そうです。帰る途中の三十分くらい前から、返事がほとんど無くなっていました。目は開けているので、眠っている訳ではないと思うんですが、ぼーっとしてるみたいで」 「酸素マスクを準備しますので、個室で様子を見ましょう。疲れかも知れません。まったく無茶をして」 「すみません……」 かがみがナースに事情を説明している。私はつかさの手を握っていた。 個室に搬入されるつかさの目は、今日の朝とは全く違って、朦朧として視線が定まらない。 部屋の中には柊一家がそろっていた。かがみを責める者はいなかったが、安心できる状況にないのは見ての通りだった。 みきさんがやさしく微笑んで、私たちを迎えた。 「みんな、つかさの為にありがとう。もう大丈夫だから、みんな帰って休んでちょうだい」 「でも、私が言いだしっぺで、それでつかさがこんな「こなたちゃん」」 みきさんの手が、私の頬に触れた。 「私たちでは叶えられなかったつかさの願いを、あなた達が一生懸命に叶えてくれた。本当にありがとう。だから今度は私たちの番」 ね?と、私の目を見るみきさん。断れるはずも無かった。 「みゆきちゃん、あの車を運転して帰るのは大変でしょう?」 そう言ったのは、いのりさんだった。 「え、でも」 「運転、任せなさいよ。ご家族の方には、私が説明するわ。かがみも、一回帰りなさい。それで今日一日休むのよ」 あぁ、本当にこれで良かったんだろうか?これでつかさの為になったんだろうか。 意識のはっきりしないつかさを見ると、自分のせいに思えて胸が痛いのだ。 そんな間にも、ナースが病室に入ると、手際よく点滴の準備を始めた。 初めてつかさのお見舞いに来たときにも付けられていたセンサーを、またつかさの指に付けていく。心電図を取っているのだそうだ。 口には酸素マスクが装着され、どんどん重症患者のように思えてきた。 「こなた、ごめん。帰りましょう」 私はかがみに引かれて、つかさの病院を後にしたのだった。 十一. せっかくの日曜日だった、何をする気にもならなかった。 ただ一つ気のなるのはつかさの事だ。 昨日一晩、結局何が起こったのか分からなかった。 柊一家そろって、ずっと付き添っていたのだろうか?私たちが、つかさを海に連れて行ったことを、本当に感謝してくれているのだろうか? もし、みきさんの笑顔が、偽者だとしたら。そう思うと、怖かった。 みゆきさんも大丈夫だっただろうか?もはやいのりさんの話術に期待するしかない。 そんな事を延々と考えながら、部屋の中でゴロゴロと過ごしていると、ノック音が部屋に響いた。 「お姉ちゃん、かがみさんから電話だよ」 ゆーちゃんの声で、私は飛び起きると、一目散に電話に出た。 「あ、かがみ。どうした?」 「こなた、すぐに病院に行くわよ!つかさの呼吸と心拍数が上がってるの、痙攣もしてるそうなの。みゆきにもすぐに伝えるつもり」 「わ、わかったよ!」 私は乱暴に受話器を叩き付けると、玄関に急いだ。 「ゆーちゃん、出かけてくるね。今日は遅くなりそうなんだ」 間に合え! 病室に駆け込むと、つかさは酸素マスクに付け、二種類もの点滴を繋げているがわかった。 かがみがいる他には、みきさんとまつりさんが、心配そうにつかさを見つめていた。みゆきさんはまだらしい。 「こなた、よく来てくれたわね。少しは収まったんだけど、見ての通り調子は良くないわ」 ぜぇぜぇと激しく呼吸していて、とても苦しそうに思えた。 「こなた、もしかして気にしてるかもしれないけど、これは海に連れて行った事とは直接関係ないから」 「どういうことなの?」 「ガンが、脳に転移した可能性があるんだって。今は、脳の調子を良くする点滴で、とりあえず今の状況を収めようとしてるそうだけど。でも峠だと思う」 「脳!?そんな。これからどうなるの?」 「そんなの、分かる訳ないじゃない。一旦落ち着いたとしても、つかさの様子がどうなるのか分からないし、それにもしかしたら、今日……」 「そう、なんだ……」 いつかこうなる事は覚悟していたけれど、いざこうなってしまうと、なんてやるせないんだろう。 じーっと、苦しそうなつかさを見つめる。 学校で、宿題を忘れたとかがみにすがるつかさ。感動者の漫画を読んで涙を流すつかさ。 つかさの家に行って、いっしょに部屋でゴロゴロした思い出。 去年、つかさと海水浴をした思い出、そして昨日、海に行った思い出。 それら全て、過去の思い出であり、今目の前にある光景も、一秒ごとに思い出へと変化していく。 生きるというのは、未来を少しずつ思い出に変えていく作業なのかもしれない。 いつか、つかさの様に未来を全て使い切り、そして思い出を振り返ったとき、満ち溢れたものであったなら、それは生きるという作業を全うした証と言えるだろう。 私もその作業をする一人の人間で、この病院での一連エピソードも、必ず思い出へと変えてしまうのだ。 少し寂しくもあり、誇りにも思う。でも、まだ過去のものにしたくは無い。 つかさ、頑張れ!私が諦めてどうする!? 私は思い出したように、つかさを励ました。そうさ、まだだ。 「つかさ、頑張れ」 私はつかさの手を握って、ささやくように言った。かがみも、私の真似をする。 扉が開いた音がして、目を向けると、いのりさんとみゆきさんが、並んで入ってきた。 「あら、こなたちゃんもいるのね。みゆきちゃんと途中で一緒になったわ」 「つかささんの様子はいかがですか?」 「うん、少し落ち着いたみたい」 「おっし、ちょっくら私が差し入れ買って来るかな。今日は長くなりそうだ」 十二. 日が沈んだ。私が病院に着いてから、半日が立った。 つかさは穏やかな寝息を立てて眠っている。 じーっとつかさを見ていたら、ぱちりと目が開いた。 「ん?ふわー、おはよう。あれ?みんな……」 「つかさ、目が覚めたの?私が誰か、わかる?」 「わかるよお、かがみお姉ちゃんだよ。それにいのりお姉ちゃん、まつりお姉ちゃん、お母さん、お父さん、それからゆきちゃんに、こなちゃん!」 「良かった……」 つかさの親夫婦が、安堵しながら二人で話している。 つかさは口をへの字にして、うんうん唸っていた。 「あれ?海に行ってからの事、覚えてないや……」 「なんでもないよ、帰りの車の中で、疲れて眠っちゃったんだよ」 「そうなんだ……、ところで今、なん曜日?」 「日曜日ですよ。時間は夜七時過ぎです」 暫く、安否を確認した後、ナースを呼んで現状の報告。それから、ちょっとした検査が始まった。 こんなに大人数いても邪魔なので、親夫婦以外は帰宅する事になった。 ふう、と私は一息。良かった。本当に良かった。 「泉さん、涙が、流れていますよ?」 「え?これは違うよ。みゆきさんこそ、泣いてるでしょ?」 「お互い様ですね」 いのりさんが、まつりさんにお金を渡していた。 「これで皆で、レストランで夕食を食べていきなさいよ。私は疲れたから帰るわ」 「ふだんケチケチしてるのに、今日はちょっと多すぎじゃない?」 「今日は良いのよ。ほら行きなさいよ」 「よしみんな、タダで焼肉食べに行くぞ!」 「いいわね。こなたもみゆきも、来てよ。今はパーッといきたいのよね」 その日の焼肉は、人生の中で、一番おいしかった。 十三. 私もみゆきさんも、かがみも毎日のようにつかさにお見舞いに行った。 「ねえ、こなちゃん。今日って何曜日だっけ?」 「今日は水曜日だよ」 「え?もうそんなに日にちが進んでたの?」 「うん、それよりも今日はね、みさきちが弁当をひっくり返してさ、その時の顔が面白かったんだよ」 「あいつがいると、毎回、何かやらかすのよね、その度に私も巻き込まれるのよ。こなたも一緒だけどね」 「そんな事ないよ」 「あはは、と、ところでゆきちゃん、海に行ったときから何にも覚えてないんだけど、私どうしたんだっけ?」 「あのあと、つかささんは寝てしまったんですよ。だから覚えていないんだと思います」 「そ、そっか……、なんだかすごく昔の事の気がして……。ところで今日って、月曜日だよね?」 「水曜日よ、つかさ」 つかさが意識を取り戻して以来、新しい物事を覚える事が出来なくなってしまった。 ガンが脳に転移したのは、やっぱり事実らしいのだ。 海に言ったあの日以来、あの時のまま、時間が止まってしまっているのだ。 あの時、海に連れて行く事が出来て良かった。 タイミングがずれていたら、海に行った思いでは作られなかったのだから。 十四. つかさが登校していた。そして一緒にバスに乗り、かがみも交えて会話をする。 当たり前のように学校へ行くと、みゆきさんが待っている。 今度はみゆきさんを交えて、つかさと会話を楽しむ。 べつに不思議な事じゃない。分かっていた。これは夢なのだと。 私の強い願望が、今目の前に再現されているに過ぎない。 「こなちゃん、いつもの事が、いつもどおり変わらずにいたら良いって、思う?」 「そうかもしれない。だから進路希望調査で迷うんだよ。つかさもそうでしょ?かがみやみゆきさんみたいに、将来を見てないし。私は今が最高に楽しければいいって思ってる」 「なら、これからやって来る激変を、受け止めてくれるかな?」 「きっと、受け止めるよ」 つかさがニコッと笑った。 木曜日。その日、昼休みに私たちの部屋に、かがみはやって来なかった。 授業が終わっても、かがみが来ない。不審に思い、かがみの教室を覗いたが、やはりかがみの姿は無かった。 最近、携帯するようになった携帯電話が、突然震えだした。 着信はかがみからのものだった。 内容はいたってシンプルなものだった。 つかさが死んだ。 とうとう、この時が来た。 つかさは、命と言うろうそくを全て燃やしきった。確かに短いろうそくだったけど、すごく太くて、その炎は真っ赤に輝いていた。 燃えカスなど一切残さず、全部燃やし尽くした。 気になるのは、どうしてかがみだけが、その時病院にいたのか?きっとつかさの異変について、連絡があったのだろう。 私たちには内緒で病院へ行ったのだ。 「こなたさん、気持ちは分かりますし、私もかがみさんのした事にいい気はしませんが、でもかがみさんの気持ちも考えて欲しいんです」 確かに、妹の死という最も神聖な領域に、私たちが侵入して欲しいと思わなかったのかもしれない。 かがみが産まれた時に、つかさが産まれて、かがみの人生と一緒に、つかさの人生もあったんだろう。 マンガ十冊買ってもらうことで許してやろう。 「ねえ、みゆきさん。ちょっと付き合ってよ。今、すごく海に行きたいんだ。近くでいいからさ。夜までそこに居たいんだ」 「それは良いですね。私も丁度、行きたいと思っていました」 その日のは七月七日。七夕で、かがみとつかさの誕生日。 そしてつかさの命日でもあった。 東京湾から見る星空は、とてもまばらだったが、織姫も彦星も確かに見えた。 今日、この空に星が一つ増えた。無事にあの星空へ迎え入れられただろうか。 私は泣かない事に決めていた。みゆきさんもその様だ。 ハッピーバースデー、つかさとかがみ。それからさようなら、つかさ。寂しくなど無い。 この海は、あの海岸に繋がっている。あの南京錠に書かれた様に、どうなっていようと私たちは永久の友達なのだから。 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - 4人の絆は誰にも負けない -- 名無し (2012-01-08 19:20:55) - 初めて小説で泣きました? -- キリキリ米 (2011-09-24 06:00:10)

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