「ID:0ml/YBN10氏:家族の近景(ページ2)」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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<p> 二時間後。</p>
<p>「あぁーーー、すっきりしたぁ!」</p>
<p>「ええ、本当に楽しかったですね」</p>
<p>「みゆきがねえ……ふふ、いきなり『地上の星』なんて、お母さんびっくりしちゃった」</p>
<p>「ええと、それは……みんな友達のアイディアで……ほら、見てください。手がまだこんなに震えてるんですよ」</p>
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『カラオケの鉄人』から出てきた彼女たちの表情は晴れそのものだった。紅潮した頬はほころび、目からは憂鬱の影が消え失せていた。二人はまるで仲良しの友達同士のように嬌声を上げながら、来た道を辿って家路に着きはじめた。</p>
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<p>「みゆき、ホントにごめんね」</p>
<p> 明るい街から離れ熱も次第に治まった頃、二人の会話は少しだけトーンを落としたものになる。</p>
<p>「お母さんみゆきにたくさん心配させちゃった……いけないってわかってたんだけど……私、もっとお母さんらしくしなきゃね」</p>
<p> ゆかりが目を伏せて話すと、みゆきは殊更に顔を上げて、夜空に向かって話しかけているように応えた。</p>
<p>「いえ、お母さんはそのままでいてください……そんなお母さんだから、私……がんばれるんです」</p>
<p> 肩を並べた母娘の視線が、重なる。</p>
<p>「それじゃあ私、もっとみゆきちゃんに甘えちゃおっかな?」</p>
<p>「もう、そうじゃなくって……」</p>
<p> 爽やかな笑い声が、夏の夜に広がっていった。</p>
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<p>「みゆき、明日はどうするの?」</p>
<p>「明日は……夕方から家庭教師ですけど、どうかしましたか?」</p>
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それを聞いてゆかりは少女のような、悪戯な笑顔を浮かべた。いつもなら、みゆきはその表情に対して少しだけ身構えるのだが、今夜に限ってはそんな気持ちはまるで起きなかった。</p>
<p>「それじゃあ帰ったら私がおいしいごはん作るから、楽しみにしててね。それに、今日がなんの記念日かも教えてあげる」</p>
<p>「……いいんですか?」</p>
<p>「いいって、ごはんのこと?記念日のこと?」</p>
<p>「ええと、記念日のほうです」</p>
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<p> みゆきは戸惑う。きっと知ることはないと思っていた両親の記念日の秘密を、こんなにあっさりと聞かせてもらえるなんて、考えてもみなかったことだ。<br />
ゆかりはくすくすと微笑んで歩みを止める。そして、釣られて立ち止まったみゆきの頬を両掌で包み込み、あらためてみゆきの目を、瞳の奥を見つめた。</p>
<p>「だって、みゆきったらもう大人になっちゃったんだもの」</p>
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みゆきの顔にさあっと喜びの色が広がり、彼女は反射的にそれを隠すようにうつむいた。ゆかりは柔和な笑顔のままみゆきの頭をなでて、再び歩き始める。彼女はもう頭の中では、今日のために用意した豪華な食材の調理に考えを向けていた。みゆきは四、五歩下がってゆかりについて歩く。彼女も既に頭の中では、ゆかりとキッチンに並んでいる画を描いていた。<br />
そのうちに二人はもう一度肩を並べ、今晩の献立についてあれやこれやと話し始めたのだった。</p>
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繁華街は既に遠ざかり、二人は再び夜の住宅街を歩く影となっていた。しかしその足取りは軽く、華やいだ声が途切れることはない。点々と立つ街の灯に照らされる母娘の姿は、幸福を切り取った印画紙のようだった。</p>
<p> 二人は知らない。</p>
<p> 誰も居ないはずの家に明りが点っていることを。<br />
彼が不安も露に二人を待ち続けていることを。<br />
そして皆が笑顔になり、幸せに包まれることを。</p>
<p> 二人はまだ、知らない。<br /><br />
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<p>このページは間違えです</p>
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