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ひよりの自宅。
ひよりは、パソコンの画面をにらみながら、ペンタブを操作していた。
左右に分かれた画面で、二人がそれぞれ告白を受けるシーン。見せ場の一つである。
脚本のセリフを脳内再生しながら、キャラの動きをシンクロさせていく。
しぐさ、表情。その動きは脳内イメージほぼそのもの。満足のいく出来だった。
「ふう」
一息つく。
会社の機材は使えないため、フリーの作画ソフトを使っている。
フリーとはいえプロにも評判のいいソフトであるから、会社の機材と使い勝手はそんなに変わらない。
ペンタブを机において、隣の席でパソコンとにらめっこしているパティに話しかけた。
「パティ、そっちの調子はどう?」
「うーん。みなみの調教は難しいですね」
昔に比べて格段に流暢になった日本語で、パティがそう答えた。
「その言い方やめてよ。変な想像しちゃうから」
パティがいじってるのは、フリーのマルチヴォイスロイドソフト『虹声』。
私的なアニメ製作に声優を雇うことはできないから、すべての声をそのソフトで作る必要があった。
パティはアニメ製作会社では脚本・演出を担当しており、音声は畑違いの分野だ。苦労するのも当然である。
「ひよりは、相変わらず妄想がたくましいですね」
「どうせ私は妄想だけの女ですよ」
ひよりがすねたようにそう言った。
「それはともかく、みなみは難しいです。ゆたかは簡単にできたんですが」
「ひかげちゃんも、抑揚の少ない声の方が調整難しいって言ってたね」
宮河ひかげ。会社の同僚にして、『虹声』の開発者でもある。
『虹声』は、声優を失業に追い込むとすら言われたぐらいよくできたソフトで、アニメ制作会社でも「コンビニ店員A」といったモブキャラの声にはこのソフトを使うところが多い。ひよりたちが勤める会社でも、モブの声はこれを使っていた。
在野のクリエーターにとっては、ヴォーカロイドの出現以来のイノベーションであり、動画共有サイトにはこれを使ったアニメ作品が多くアップロードされている。
『虹声』はいわゆる寄付ウェアであった。貧乏な幼少時代をへて中卒でアニメ製作会社に入ったというひかげの経歴が知られるや否や、寄付受付口座には寄付の入金が殺到した。
ひかげは、収入が増えても焼肉を腹いっぱい食べること以上の贅沢も思いつかず、入金の半分を姉に仕送りして、あとは貯金しているいじらしい子であるのだが。
「ひかげを呼んで来ましょうか?」
「駄目だよ、パティ。ひかげちゃんも忙しいんだから」
ひかげはまだ未成年であるから労働基準法的にもいろいろと制限があって、残業もさせてない。それでも、大検に向けて独学で勉強に励んでいるため、アフター5も暇ではないのだ。
「間に合うかどうか微妙なところですね」
「何が何でも間に合わすよ。いざとなれば、徹夜してでも」
「本業に支障が出たら、社長に怒られるですよ」
こんな感じで、二人の私的アニメ製作作業は続いた。
そして、その日が来た。
会場に設置された大スクリーンに、アニメーションが映し出される。
高校を卒業し別々の大学に進学したゆたかとみなみ。
大学でのそれぞれの出会い。
告白を受けて、交際が始まる。
二組のカップルの交際は順調に進んだが、やがて試練に直面する。
友情と愛情、どちらを優先するのか?
苦悩する二人。
はじめのうちは雑談していた人たちも、次第にそのスクリーンに吸い込まれていった。
アニメ絵のキャラクターたちは、本人の特徴をよく表しており、そのしぐさや表情は本人そのものかと見まがうぐらいの再現度だった。
もちろん、実話を元にしたストーリーとその演出がすばらしかったことはいうまでもない。
友情も愛情もどちらも代えがたいぐらいに大事なもの。その思いを相手に精一杯伝えて、相手もそれを受け入れる。
プロポーズを受けて、承諾する二人。
結婚式を一緒にやろうと提案するゆたかに、うなづくみなみ。
そして、ラストは二組のカップルが教会で一緒にライスシャワーを浴びる場面だ。
最後に、製作スタッフとして田村ひよりとパトリシア・マーティンの名が映し出されて、アニメは終わった。
そのとたん、二組合同の結婚披露宴会場は、盛大な拍手に包まれた。
ゆたかとみなみは、顔を赤らめながら、顔を見合わせた。二人の婿さんもすっかり照れてしまっている。
パティはVサインで拍手に応え、ひよりは恐縮しながら何度も頭を下げていた。
「ゆたか、ごめんよ~。これも公僕の悲しい定めでさぁ」
明日早番だというゆいが泣きながら謝りつつ去っていった後の二次会。
当然のことながら、このアニメの話題になった。
「ひよりんや。私もあのDVDほしいんだけど」
こなたは、しきりにねだったが。
「駄目っスよ、先輩。限定品っスから」
みなみとゆたかが大事そうに抱えているのが、その限定品の二枚である。
「ひよりんのケチ」
「おまえは少し自重しろ」
かがみが、こなたの頭にチョップする。
しかし、つかさは、こなたに同意を示した。
「私もほしいなぁ」
「どうしても見たいなら、ゆーちゃんから見せてもらえばいいじゃないっスか」
「ゆーちゃん、あとで見せてね」
「ええと、なんか恥ずかしいし……ちょっと嫌かな?」
「そんなぁ」
従姉妹同士がそんなやりとりをしてる傍らで、
「ひより。これを作るのに結構お金がかかったんじゃ……?」
みなみが言い切らないうちに、ひよりが答えた。
「大丈夫。フリーソフトで作ったから、かかったのはパソコンの電気代と私たちの手間とDVD代だけ。ねっ、パティ」
「そうです。全然気にすることはないですね」
「でも、すごく手間が……」
「その手間は、私たちの気持ちってことで受け取っといてよ」
そういわれては、みなみとしてもそれ以上は何もいえない。
「ありがとう、本当に」
「ひよりちゃん、ありがとう」
みなみとゆたかがそろって、改めてお礼をいった。
「でも、さすがプロだよねぇ。アニメ絵なのに、ゆーちゃんやみなみちゃんそのものって感じだったよ」
こなたが、改めて褒めちぎる。
「そうですね。まるで、みなみとゆたかさんがそこにいるかのようでした」
それまで背景化していたみゆきが、ここぞとばかりに同意した。
「本職としては、手は抜けないっスから」
「でも、苦労されたのではないですか?」
「声優が使えないので、声を作るのに苦労したですね」
「確かに、0から声を作るところが一番苦労したよねぇ。基本音声の作成だけで三日ぐらいかかったし。セリフにあわせて調整するのに、毎回四苦八苦で」
二次会は、当の主役たちが寝込んだあとも、おおいに盛り上がって朝まで続いた。
ひよりとパティからプレゼントされた二枚のDVDは、その後、結婚記念日のたびにそれぞれの夫婦二人っきりで鑑賞されているという。
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ひよりの自宅。
ひよりは、パソコンの画面をにらみながら、ペンタブを操作していた。
左右に分かれた画面で、二人がそれぞれ告白を受けるシーン。見せ場の一つである。
脚本のセリフを脳内再生しながら、キャラの動きをシンクロさせていく。
しぐさ、表情。その動きは脳内イメージほぼそのもの。満足のいく出来だった。
「ふう」
一息つく。
会社の機材は使えないため、フリーの作画ソフトを使っている。
フリーとはいえプロにも評判のいいソフトであるから、会社の機材と使い勝手はそんなに変わらない。
ペンタブを机において、隣の席でパソコンとにらめっこしているパティに話しかけた。
「パティ、そっちの調子はどう?」
「うーん。みなみの調教は難しいですね」
昔に比べて格段に流暢になった日本語で、パティがそう答えた。
「その言い方やめてよ。変な想像しちゃうから」
パティがいじってるのは、フリーのマルチヴォイスロイドソフト『虹声』。
私的なアニメ製作に声優を雇うことはできないから、すべての声をそのソフトで作る必要があった。
パティはアニメ製作会社では脚本・演出を担当しており、音声は畑違いの分野だ。苦労するのも当然である。
「ひよりは、相変わらず妄想がたくましいですね」
「どうせ私は妄想だけの女ですよ」
ひよりがすねたようにそう言った。
「それはともかく、みなみは難しいです。ゆたかは簡単にできたんですが」
「ひかげちゃんも、抑揚の少ない声の方が調整難しいって言ってたね」
宮河ひかげ。会社の同僚にして、『虹声』の開発者でもある。
『虹声』は、声優を失業に追い込むとすら言われたぐらいよくできたソフトで、アニメ制作会社でも「コンビニ店員A」といったモブキャラの声にはこのソフトを使うところが多い。ひよりたちが勤める会社でも、モブの声はこれを使っていた。
在野のクリエーターにとっては、ヴォーカロイドの出現以来のイノベーションであり、動画共有サイトにはこれを使ったアニメ作品が多くアップロードされている。
『虹声』はいわゆる寄付ウェアであった。貧乏な幼少時代をへて中卒でアニメ製作会社に入ったというひかげの経歴が知られるや否や、寄付受付口座には寄付の入金が殺到した。
ひかげは、収入が増えても焼肉を腹いっぱい食べること以上の贅沢も思いつかず、入金の半分を姉に仕送りして、あとは貯金しているいじらしい子であるのだが。
「ひかげを呼んで来ましょうか?」
「駄目だよ、パティ。ひかげちゃんも忙しいんだから」
ひかげはまだ未成年であるから労働基準法的にもいろいろと制限があって、残業もさせてない。それでも、大検に向けて独学で勉強に励んでいるため、アフター5も暇ではないのだ。
「間に合うかどうか微妙なところですね」
「何が何でも間に合わすよ。いざとなれば、徹夜してでも」
「本業に支障が出たら、社長に怒られるですよ」
こんな感じで、二人の私的アニメ製作作業は続いた。
そして、その日が来た。
会場に設置された大スクリーンに、アニメーションが映し出される。
高校を卒業し別々の大学に進学したゆたかとみなみ。
大学でのそれぞれの出会い。
告白を受けて、交際が始まる。
二組のカップルの交際は順調に進んだが、やがて試練に直面する。
友情と愛情、どちらを優先するのか?
苦悩する二人。
はじめのうちは雑談していた人たちも、次第にそのスクリーンに吸い込まれていった。
アニメ絵のキャラクターたちは、本人の特徴をよく表しており、そのしぐさや表情は本人そのものかと見まがうぐらいの再現度だった。
もちろん、実話を元にしたストーリーとその演出がすばらしかったことはいうまでもない。
友情も愛情もどちらも代えがたいぐらいに大事なもの。その思いを相手に精一杯伝えて、相手もそれを受け入れる。
プロポーズを受けて、承諾する二人。
結婚式を一緒にやろうと提案するゆたかに、うなづくみなみ。
そして、ラストは二組のカップルが教会で一緒にライスシャワーを浴びる場面だ。
最後に、製作スタッフとして田村ひよりとパトリシア・マーティンの名が映し出されて、アニメは終わった。
そのとたん、二組合同の結婚披露宴会場は、盛大な拍手に包まれた。
ゆたかとみなみは、顔を赤らめながら、顔を見合わせた。二人の婿さんもすっかり照れてしまっている。
パティはVサインで拍手に応え、ひよりは恐縮しながら何度も頭を下げていた。
「ゆたか、ごめんよ~。これも公僕の悲しい定めでさぁ」
明日早番だというゆいが泣きながら謝りつつ去っていった後の二次会。
当然のことながら、このアニメの話題になった。
「ひよりんや。私もあのDVDほしいんだけど」
こなたは、しきりにねだったが。
「駄目っスよ、先輩。限定品っスから」
みなみとゆたかが大事そうに抱えているのが、その限定品の二枚である。
「ひよりんのケチ」
「おまえは少し自重しろ」
かがみが、こなたの頭にチョップする。
しかし、つかさは、こなたに同意を示した。
「私もほしいなぁ」
「どうしても見たいなら、ゆーちゃんから見せてもらえばいいじゃないっスか」
「ゆーちゃん、あとで見せてね」
「ええと、なんか恥ずかしいし……ちょっと嫌かな?」
「そんなぁ」
従姉妹同士がそんなやりとりをしてる傍らで、
「ひより。これを作るのに結構お金がかかったんじゃ……?」
みなみが言い切らないうちに、ひよりが答えた。
「大丈夫。フリーソフトで作ったから、かかったのはパソコンの電気代と私たちの手間とDVD代だけ。ねっ、パティ」
「そうです。全然気にすることはないですね」
「でも、すごく手間が……」
「その手間は、私たちの気持ちってことで受け取っといてよ」
そういわれては、みなみとしてもそれ以上は何もいえない。
「ありがとう、本当に」
「ひよりちゃん、ありがとう」
みなみとゆたかがそろって、改めてお礼をいった。
「でも、さすがプロだよねぇ。アニメ絵なのに、ゆーちゃんやみなみちゃんそのものって感じだったよ」
こなたが、改めて褒めちぎる。
「そうですね。まるで、みなみとゆたかさんがそこにいるかのようでした」
それまで背景化していたみゆきが、ここぞとばかりに同意した。
「本職としては、手は抜けないっスから」
「でも、苦労されたのではないですか?」
「声優が使えないので、声を作るのに苦労したですね」
「確かに、0から声を作るところが一番苦労したよねぇ。基本音声の作成だけで三日ぐらいかかったし。セリフにあわせて調整するのに、毎回四苦八苦で」
二次会は、当の主役たちが寝込んだあとも、おおいに盛り上がって朝まで続いた。
ひよりとパティからプレゼントされた二枚のDVDは、その後、結婚記念日のたびにそれぞれの夫婦二人っきりで鑑賞されているという。
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- これは良く出来てる。GJ! &br() &br() &br()是非そのDVDを見てみたいw -- 名無し (2010-11-01 21:26:41)