D:FIRHoZs0氏:赤蜻蛉(ページ2)

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 仕事も一段落をして久々に家でのんびりとできる休日だった。気が付くともうお昼を過ぎていた。これでも寝足りないくらいだったがさすがにおなかがすいた。 そうじろうは台所に向かった。適当に食事を済ませると居間に行った。居間に行くのは久しぶりだった。原稿を書くためにほとんど自分の部屋と台所の往復 しかしていなかった。たまに台所でこなたやゆたかと会うくらいだった。居間でテレビでも見ようとリモコンを探していた。テーブルに画用紙が数枚置いてあった。 そうじろうは手にとって見てみた。風景画のようだ。夕焼けの景色か。こなたは絵心が親の目からもあるとは言えない。するとこの絵はゆたかが描いたのか。 よく見ると赤とんぼが空いっぱいに描かれてる。どこの風景だろうか。この近所にあったか。それとも学校付近なのか。 そうじろうはしばらくその絵を見ていた。するとこなたがドタドタと慌しく居間に入ってきた。 こなた「あ、お父さん、お父さんのカメラ貸してくれないかな」 会うなりいきなり貸してくれときた。何事かと思った。 そうじろう「なんでだい」 こなた「公園の風景を撮りたくてね」 そうじろう「風景なら携帯でも充分だろう、それに風景なんか撮ってどうするんだ」 こなたはそうじろうが持っていた画用紙を取った。 こなた「ゆーちゃんが絵本を描くって言ってね、公園の夕焼けなんだけど、どうしてもイメージどおり描けないって、でもちょっと今調子が良くないんだよ」 そうじろう「だから写真を撮ってやろうと?」 こなたは頷いた。 こなた「携帯だとトンボまでちゃんと撮れない」 そうじろう「トンボ?」 こなた「いいからカメラ貸してよ」 そうじろうの問いを無視するかのようだった。 そうじろう「デジカメなら居間に置いてあるのがある、もっと良いのがいいなら倉庫から出すが」 こなた「あった、これでいいよ」 こなたは画用紙をテーブルに置くとデジカメを手に取り居間を出ようとした。 そうじろう「まだ夕焼けには時間があるぞ、もうすこし経ってからでいんじゃないか?」 こなたは無視し、玄関まで来ると立ち止まりそうじろうの方を向いた。 こなた「お父さんも来る?」 ぽつりと言った。娘に買い物にさえ最近は誘われたことがない。断る理由はなかった。そうじろうは支度をした。  居間にゆたかの絵をおいたのはこなただった。しかもそうじろうに分るように目立つところに置いた。そうじろうは絵を見ていたようだったがこなたの期待したような 反応がなかったからだ。ほんとうはそうじろうの方から誘ってもらいたかった。それなら直接公園に連れて行くしかないと思った。 一方そうじろうの方はこなたがやけに機嫌が悪いと思っている程度だった。  公園に着いた。 そうじろう「公園ってこの公園か?」 こなた「そうだよ」 そうじろう「久しぶりだな」 この言葉を待っていた。こなたは期待に胸を膨らませた。 そうじろう「ここに来るのはかなたと来た以来だな」 そうじろう、父はこなたと一緒にこの公園に来ていたことをすっかり忘れている。 こなた「本当にここに来たの一回だけ?」 念を押すこなた。そうじろうは覚えていない。答えようがなかった。 こなた「こっち来て」 こなたはそうじろうの手を引いた。池の一角に連れてきた。 こなた「お父さん、ここだよ、覚えていない?」 そうじろう「一体なんだ、分らん……」 こなた「覚えてなんだ……私は覚えてるよはっきり、お父さんが私をこの公園に連れてきた時の事をね」 そうじろう「そんな、はずはない……」 こなたは池の水面も指差した。 こなた「ここで傷だらけの赤とんぼが溺れていた、それを助けた、その時のお父さんの悲しげな顔も覚えてるよ」 そうじろう「何時の頃……」 こなた「小学校に入る前、もっと小さい時……その傷ついたトンボ……その子孫達が今、大群になって……」 そうじろうは笑った。 そうじろう「はは、こなた、この公園は化学工場の跡地なんだ、水質汚染が酷くね、トンボどころか魚だって三十年は生息できないと言われている」 こなたは池の中央を指差した。そこには沢山の赤とんぼが水面スレスレに飛び交っていた。 こなた「……かがみ達と来た時の半分くらいに減っちゃった」 そうじろうは息を呑んだ。これで半分。信じられなかった。田舎の田園風景を見ているような光景だった。その時、居間で見た絵を思い出した。 夕焼けに飛ぶ沢山の赤とんぼの絵。 そうじろう「あの絵は、この公園の絵だったのか」 こなた「そうだよ」  そうじろうはかなたとできたばかりのこの公園に来た。綺麗な公園だったが何かが足りなかった。ブランコやジャングルジム、植木や、草花も植えてある。池もあった。 でもなにか無機質な感じがしていた。かなたがこの池に赤とんぼでもいれば夕焼けが綺麗だろうと言っていた事を思い出した。そして池を見に行った時、 池に赤とんぼの死骸が浮いていたのを見た。 こなた「お父さん、この公園の話、ゆーちゃんには話して私には話さなかったね」 思い出している最中、こなたはぽつりと呟くように話した。 そうじろう「ゆーちゃんは何か調べ物をしていたからな……いろいろ質問されてね、こなたは、なにも聞いてこなかった」 こなた「何もって、それが理由なの、お母さんの話はいろいろ聞いてきた、その話は私から聞いた話は少なかったよ、お母さんと来たこの公園、そんなに嫌いなんだ」 そうじろう「嫌いって訳じゃない……どうした、こなたらしくないぞ」  今日はいやに絡んでくる。こなたに話さなかったから焼き餅でも焼いているのか。難しい年頃になってきた。小さい頃はもっと素直だった。小さい頃、 そう思いながら幼い頃のこなたの姿を思い出した時だった。かなたが池に浮いていた赤とんぼの死骸を掬い上げたのを思い出した。 そしてそのとんぼを見ながら、このとんぼがこの公園いっぱいに飛んだ夕焼けを見たいと言っていた。 こなた「お父さん、黙ってるけど思い出した?」 三十年はないと思っていた光景。しかし今となっては三十年が二十年になった所でなんの変りもない。全てが遅すぎた。しかしこんな事を言えばこなたはもっと怒るだろう。 そうじろう「お父さん、仕事で疲れていたんだ……悪いが先に帰らせてもらうよ」 そうじろうは体を公園の出口に向けた。 こなた「お父さん、帰っちゃうんだ……かがみ達と来た時、私は帰らなかった」 そうじろう「もっと調子が良くなったら来るよ、また今度だな」 そうじろうは足を進み始めた。 こなた「お父さん、また今度はないよ、あの池は埋められちゃうかもしれない、そうなったらもう見れないよ」 そうじろうの足が止まった。 そうじろう「何故、あんなに沢山いる赤とんぼをわざわざ消す……しかし、もうお父さんには関係ない話だ」 こなたは思った。かがみ達と来た時の自分と同じだと。 こなた「お父さん、こっち向いて」 そうじろうはこなたの声のする方に向いた。こなたは池の直ぐ近くに立っていた。こなたと目が合うとこなたは左腕を空高く上げて人差し指だけを空に向けた。 こなた「お父さんのとなりにお母さんが見えるトンボはこの指とーまれ」 するとこなたの近くに居た赤とんぼがこなたの指に近づきホバリングをして止まった。丁度赤とんぼはそうじろうの方を向いていた。 こなた「ほら、お父さん止まったよ、このトンボには見えるんだよお母さんが」 そうじろうは笑った。 そうじろう「赤とんぼの習性を利用したな、子供の頃、そうやって赤とんぼを捕まえたもんさ」 こなたは腕を下ろし笑い返した。 こなた「ふふふ、私とまったく同じこと言ってるよ、やっぱり親子だね……指に赤とんぼが止まるのは分ってた、どんな台詞でもいいよね」 そうじろうはこのたの指に止まっていた赤とんぼを目で追っていた。こなたの頭上でホバリングしばらくすると。こなたの頭の上、アホ毛に止まり羽を休めた。 こなたはそれにまったく気付いていない。こなたは話を続けた。 こなた「かがみは私が赤とんぼを助けたのを褒めた……かがみが私を褒めたのはあれが初めてだった、普段は貶しあってばかり、あの時のお父さんみたいに褒めた」 この公園で……。こなたはそうじろうを引き止めようとかがみと来た時の話をしている。しかしそうじろうにはその話は聞こえていなかった。 こなたを褒めた。この言葉がそうじろうの頭に響いていた。 あれは車で買い物に行った帰りだった。こなたが急にトイレに行きたいと言い出した。もうすぐ家に着くからと言ったが我慢ができないと言う。 仕方がなくこの公園の脇に車を止めて公園のトイレに連れて行った。そして車に戻る時、こなたが私に傷だらけの赤とんぼを見せた。そうじろうは思い出した。 たしかに幼いこなたをこの公園に連れてきていた。連れてきたと言うよりは来させられたようなものだった。なんでそんな事をこなたは覚えていたのか不思議におもった。 そうじろうはこなたを見た。まだこなたの頭には赤とんぼが止まっていた。こっちを見ている。そして首を小刻みに傾げている。そうじろうの隣りを見ているように。 こなた言うように隣にかなたがいるかのようだ。  そうじろうは思った。幼いこなたが持っていた傷だらけの赤とんぼ。かなたが掬った赤とんぼと重なった。その当時まだこの池はトンボは一匹も飛んでいなかった。 急にそうじろうは悲しくなってしまったのを覚えていた。それに追い討ちをかけるように幼いこなたは『死ぬって何』と聞いてきた。説明できなかった。 しかしこなたは傷ついた赤とんぼを草に逃してあげた。思わずそうじろうはこなたを褒めた。何も出来ない自分。それ以来この公園の出来事は思い出さないようにしてきた。 そういえばこなたにはかなたの死について正面向いて話していない。二十歳になってからとも思ったが正直今でもまともに話せる自信がない。 自分自身が一番かなたの死に正面から向いていなかった。そう思った。しかしこなたはトンボを逃がした時、すでに全てを知ったのかもしれない。  こなた「ちょっと、お父さん聞いてるの?」 やや怒った口調だった。そうじろうは聞いていなかった。しかしこなたが何を言っていたのかは想像がついた。 そうじろう「……いい友達を持ったな、大事にしなさい」 こなた「え、まぁ、そうする……」 こなたはなにか煮え切らなかった。その時、こなたの頭に止まっていた赤とんぼが飛び出した。それにこなたが気が付いた。こなたは頭を触った。 そうじろう「さっき指に止まったトンボだ」 こなた「黙って見てたんだね、何故教えてくれなかったの」 そうじろう「トンボがお父さんを見ててね、帰るのはまだ早いって言うんだよ……夕焼けを見なさいってね、そう言っているような気がした」 こなた「もうすぐ夕方だね……やっとお母さんの願いが叶うね、赤とんぼの夕焼けが見られる」 ゆたか「おじさん、お姉ちゃん、やっぱりここだった」 二人は声のする方に振り向いた。そこにゆたかの姿があった。 こなた「ゆーちゃん、調子は大丈夫なの?」 ゆたか「うん、もう大丈夫、やっぱり写真じゃ本当の景色は描けないと思って」 ゆたかは画用紙を持っていた。池の近くのベンチに腰を下ろすとクレヨンをバックから取り出した。 そうじろう「クレヨンで色をつけたのか……」 ゆたか「うん、水性、油性は難しいから、クレヨンで色をつけてる、やっぱり子供っぽいかな」 そうじろう「いや、大人でもでもクレヨンを使ってる人はいる、独特な感じを出すためにね、ゆーちゃんの絵にピッタリだ」 ゆたか「ありがとう」  夕焼けの時が来た。ゆたかは画用紙に向かって絵を描き始めた。そうじろうは観た。思っていた以上の光景だった。今日は雲ひとつ無い快晴。 沈み行く太陽がはっきりと見えた。そらが黄金色に染まった。それを背景にして赤とんぼが池の上を大群で飛んでいた。 こなた「さてと、もうそろそろ帰らなきゃ、夕飯の支度もしないといけないしね」 ゆたか「私も帰る」 こなた「絵はいいの、まだ色はついていないみたいだけど?」 ゆたか「うん、色は帰ってからつけるんだよ、頭の中で思い出しながら付けた方がうまく行くような気がするから」 こなた「お父さんは?」 そうじろう「お父さんはもう少しここに居る、悪いな、夕飯の支度手伝えなくて……」 こなた「いいよ、ゆっくりお母さんと、たっぷり夕焼けを観て……行こうゆーちゃん」  帰り道、ゆたかは不思議そうな顔をしながらこなたに質問をした。 ゆたか「お姉ちゃん、あの赤とんぼが大群になるようになったのは何時なの、高良先輩といくら調べてもどこにも載ってなかった」 こなた「私も毎年あの公園に行ってるわけじゃないけど、中学三年の頃はあれほどじゃないけど居たね」 ゆたか「おじさん、あの公園にトンボが居ること知らなかったみたいだけど……もっと早く教えてあげられたような気がする」 こなた「あの公園でお母さんとお父さんが何か関係していたのは薄々分っていたよ、ゆーちゃんの話でかがみもすぐ気が付いたくらいだしね、でも……言えなかった」 ゆたか「どうして?」 こなた「怖かったから……」 ゆたか「怖いって……よく分からないよ」 こなた「お父さんの口からお直接母さんが亡くなったって聞くのがね」 ゆたか「え、聞いてないって……おじさん、私とお姉ちゃんと一緒におばさんの事色々話していたよね?」 こなた「自然に分った、周りの雰囲気とか、親戚の話とか……仏壇があれば自然にね……そう……お父さんは私に話してくれなかった、お父さんはよくお母さんの話を     する、でもお母さんが死んだことは話さない、だから私はお母さんはと聞かれると居ないって言うんだ……そう、居ないって、かがみやつかさ、みゆきさんにも     聞かれたときそう言った……お父さんはずるいよ、お母さんとの惚気話ばっかり聞かせて……今でも生きているような話し方でさ、肝心な事は話さない、     だから私の中にはまだお母さんが生きている、話したこともないのに……でも……このままでもいいとも思っちゃうんだよ……」 ゆたか「そうだったんだ……」 ゆたかは気が付いた、先日公園でゆたかに怒っていたのはこの事だったんだと。そうじろうの話を聞いていると確かにリアリティがあった。かなたの性格や こんな時はこんな事をするんじゃないか。そんな事が分る。親戚といえども会ったこともない他人の母親なのに。 こなた「可笑しな親子でしょ、笑っていいよ」 ゆたか「そんな事ないよ、そうゆう話って言い辛いよね、何となく分るよ」 こなた「さっき、それが聞けたとおもったんだけどね、でもお父さんはぐらかしちゃってね……ゆーちゃんとしか話さなくなった」 ゆたか「それならお姉ちゃんから聞いてもいいような気がするけど」 こなた「それもいいかな……だからあの公園にお父さんを誘った……ゆーちゃんの絵を利用しちゃったけどね」  しばらくしてゆたかが思い出したように質問をした。 ゆたか「ところで、公園の池、ひょうたん池の事なんだけど……」 こなた「埋められちゃうって話だね……かがみもどうしていいか分らないみたい、みゆきさんは署名運動するのがいいて言ってたけど……そこまでする気はしない」 ゆたか「絵本が何かの役に立つかな」 こなた「どんな絵本にするの?」 ゆたか「あの公園が舞台、長旅で傷ついた赤とんぼを女の子が助けるの、その赤とんぼの子供達が恩返しするお話だよ」 こなた「……その女の子って?」 ゆたか「もちろんお姉ちゃんがモデルだよ」 こなたの顔が赤くなった。しかし夕焼けのせいでゆたかは気付かなかった。 こなた「なんか恥ずかしいな……」 ゆたか「大丈夫だよ、絵本だから誰だか分からないよ」 こなた「ゆーちゃん、この前なんだけど、怒鳴っちゃって……ごめん」 ゆたか「この前って、かがみ先輩達が居たときのこと?」 こなたは頷いた ゆたか「うんん、気にしてないよ」    こなた達が夕食の準備が終わった頃、そうじろうが帰ってきた。そうじろうの顔はいつになく真剣な顔だった。 そうじろう「こなた、夕食の前に話がある、大事な話だ、聞いてくれるか?」 こなたとゆたかは顔を見合わせた。 こなた「いいよ」 短くそう答えた。 ゆたか「おじさん、私も聞いていいですか」 ゆたかは聞きたかった。いづれ、いつの日か自分も同じ話を聞く、話す時が必ず来ることを知っているから。そうじろうは頷いた。  そうじろうはこなたの目を見ながら話した。 そうじろう「こなた、かなた……お母さんは、こなたを生んだ後、暫くして……亡くなった」 こなた「あれ、おかしいな、ずーと前から知っているはずなのに、もう……高校生だよ……かがみの時で最後だと思ったのに、なんでかな、また涙が出てきたよ……     なんで……なんで、もっと、もっと早く言ってくれなかったの……お父さん……」 こなたは泣き出した。そうじろうもこの言葉をいうのが精一杯だった。二人はその場に泣き崩れた。  ゆたかは二人を見て思った。二人の心の中ではまだかなたが生きていた。そして今本当にこの世に居ない事を確認したのだと。 二人の止まっていた時間、いや、止めてしまった時間が動き出した。これからはお互い普通にかなたの事を語り合うことができるようになるだろうと思った。 公園の赤とんぼはこなたに恩返しをした。絵本のように。ゆたかは潤んだ瞳で二人を見ていた。 …… ……  いつもの四人が学校の図書室でいひょうたん池について話していた。 かがみ「署名運動……本気か、こなた」 こなたは頷いた。かがみはこなたの目をみた。ふざけている様には見えない。 かがみ「無理よ」 短くそう呟いた。 こなた「高校生でできるとしたらこのぐらいだよね、他になにか方法あるとも思えないよ、それにかがみが言い出したんだよ、池を守りたいって」 かがみ「確かにそうは言ったけど、署名運動はそんなに簡単にいかないわよ、チラシを配るのとは訳が違う、有権者……つまり大人の署名が必要」 かがみも薄々は気が付いていた。この方法しかないと。踏ん切りがつかなかった。自信がなかった。 みゆき「アキアカネは一年一世代、池が無くなればその池のトンボは全滅でしょう」 つかさ「お姉ちゃんそれでいいの、もうあの夕日見れなくなっちゃうよ、それに標本の虫達もだって悲しむよ」 みゆき「標本?」 つかさ「うん、お姉ちゃんが中学生の時……」 かがみ「つかさ止めなさい、話さなくていい」 かがみはつかさを止めた。 こなた「かがみ、何があったのかは知らないけど私はもう時間を止めるはいやだ、だからやれるだけの事はしたい」 かがみ「時間を……止める」 がみはいままでのこなたとは違う何かを感じた。それよりもこなたの言葉に心が動かされた。 かがみ「……署名運動、やってみてみてもいい、でも皆の意見も……」 こなた「それじゃかがみ、家に来て続きを話そう、もうゆーちゃん、ひよりん、南ちゃんはもう家で絵本の準備をしてるから」 みゆき「日下部さんと峰岸さんにはもう連絡はついています」 こなた「それじゃ一時間後、家で」 かがみは二人を見ていた。こなたとみゆきは打ち合わせしているかのように動き出した。そして図書室を飛び出すように出て行った。かがみ一人図書室に取り残された。  かがみ「なによ、もう決まってるじゃない……日下部と峰岸にいつの間に言ったんだ……」 独り言を言って席を立ち図書室を出た。図書室出るとつかさが待っていた。つかさは苦笑いをしていた。 かがみ「私に内緒で話を進めてたのね、まったく、そらならちゃんと言いなさいよ」 つかさは片腕を上げてごめんねのポーズをした。 つかさ「お姉ちゃんあまり乗る気じゃなかったように見えたよ、だからこなちゃんがね、先に話を進めていたんだよ……でね、今日お姉ちゃんをあの時に戻すって」 かがみ「戻すって……そんな事はない、私は今でもあの池を守りたいと……そんな風に見えた?」 つかさ「最初の頃の意気込みが無くなってから」 確かにそうだった。自分から言っておいて自分からは何も決めようとしてなかった。それどころかこなたの提案を反対した。かがみは黙ってしまった。 つかさ「お姉ちゃん、さっき私の話止めたけど、中学の標本の話、こなちゃんにもう話しちゃったんだ……」 かがみ「……そう、止めること無かったのか、さぞかし笑われたでしょうね……」 つかさ「うんん、笑ってなかったよ、お姉ちゃんってツンデレじゃなかったって言ってた」 珍しいこともあるもんだと思っていた。こなたの大笑いの姿がかがみの目に浮かんだ。 つかさ「こなちゃんがね、喧嘩して競った男の子の事お姉ちゃんが好きじゃなかったんじゃないかなって言ってたよ……気を引くために自由研究で競って……     いつの間にか賞を取ってしまって……お姉ちゃん勝ったから男の子が気を悪くしちゃって……」 かがみ「告白出来なかった……日下部も知らないはずなのに、こなたの奴、あの話だけでそこまで分るならギャルゲーもバカにしたものじゃないわね」 つかさ「えっ、こなちゃんの言ったこと本当だったの、こなちゃんの想像の話だと思ってた」 こなたの感性が鋭いのか、つかさが鈍感なのか、今のかがみにはそれはあまり興味のないことだった。 かがみ「彼との勝負に勝つつもりはなかった、でも日下部と共同研究だったから手が抜けなかった、それだけよ……もう終わった事……」 しかし心の中では終わっていなかった。中学卒業まで何度告白しようとしたか。結局それは出来なかった。それが今でも尾を引いていた。 中学時代は一年しかクラスは同じではなかった。高校も別になり彼との接点は皆無である。自由研究で競うのではなくもっとストレートに『好きです』 と言えば良かった。たった一言なのに。結果が同じならば……どうせ同じならせめて自分の意思を伝えたかった。  黙っているかがみにつかさが問いかける。  つかさ「こなちゃんの話、お姉ちゃん以外には話さないように言われた、私って言わなくていいことまで言っちゃうからって……そんな事ないよね?」 こなたは標本の話をすでに知っているのに図書室ではすこしもかがみを茶化すような態度を取らなかった。しかも標本の話を自分は知らない素振りをしていた。 そんなことより署名運動をしたいと言った姿はとても今までのこなたとは思えないほど大人びて見えた。 かがみ「あいつ、変ったわね……」 つかさ「あいつって、こなちゃんのこと?」 かがみ「そうよ、何があったんだ」 つかさ「……それなら知ってるよ……あっ」 つかさは自分の両手で口を塞いだ かがみ「話しなさいよ」 つかさ「お姉ちゃんが図書室で反対するようなら話しても良いって言ってた……お姉ちゃん賛成したから……話せない…よ」 かがみ「そこまで話して何言ってるのよ、図書室に戻るわよ、それに私は一度反対したから聞く権利はあるわよ」 かがみはただこなたの熱意に流されて賛成したにすぎなかった。こなたの心境の変化の真意が知りたかった。かがみは図書室に戻ろうとした。 つかさ「お姉ちゃん、もう時間だよ、こなちゃんの家に行かないと遅れちゃう」 初めてつかさは言わなくてもいい事の意味を理解した。しかし少し遅かったようだ。 つかさはその場を逃れようとした。かがみは腕時計を見た。 かがみ「こなたの家なら急げば三十分で着くわよ、さあ、来なさい」 こうなったら何を言っても許してくれそうにない。つかさは諦めた。二人は図書室に戻り席に着いた。 つかさ「えっと……この前ね、こなちゃんとおじさんが公園に行ったんだって……」 …… ……  かがみ「待たせたわね、私……」 かがみは何もしていなかった事を謝ろうとした。 こなた「かがみ、その先は言わなくていいよ、皆がもう待ちくたびれてる、さーて、主役が来たから始めよう……発起人だからね」 こなたの言葉に思わず涙ぐむところだったが堪えた。 つかさとかがみは約束の時間から三十分も遅れてこなたの家に着いた。つかさの話はそこまで遅れるほど長くはなかった。それなにになぜ遅れた。 それはがみの涙の跡が消えるのを待つのに時間が掛かったからだった。こなたには見せたくなかった。次に泣く時はひょうたん池が助かった時にと決めたのだった。 それからのかがみは率先して意見を言うようになった。そこに迷いはもうなかった。かがみのもう一つ止まっていた時間も動き出した。  数日後、駅前で署名運動をしているこなた達の姿があった。初めは一日に数名程度しか書いてくれる人がいなかった。中には心無い人の非難を浴びた。 学校でも冷かされたりした。それでも彼女達は止めなかった。止めてしまえば池が埋められてしまうから。 署名してくれた人には手作りの絵本が渡された。絵本の資金はそうじろうが出した。絵本に描かれていた夕焼けの風景。赤とんぼの大群。その絵本を見た人の中で 次第に公園にその夕焼けを観に行く人たちが増えてきた。その人たちの中に署名運動を手伝う人々が出てきた。 こなた達は卒業したがそのまま署名運動は続いた。この頃になると非難は鳴りを潜めて署名する人々が一気に増え始めた。 二年後、署名人数は目標を大きく上回った。こなた達は市長に署名簿を提出した。 …… ……  こなたとゆたかが公園のひょうたん池に居た。ゆたかが悲しそうに夕日を見ていた。 こなた「ゆーちゃんもう行こう、日が沈んだよ」 ゆたか「お姉ちゃん、もう少し観ていたい」 こなた「そうだね、家でもうこのひょうたん池を見るのも最後、赤とんぼ達にさよなら言わないとね」 ゆたか「うん……さようなら……ひょうたん池……さようなら……赤とんぼ……」 もう時間がないようだこなたは腕時計を気にしていた。 こなた「行こう、ゆーちゃん、ゆい姉さんが待ってるよ」 ゆたか「うん……」  赤とんぼが居ないひょうたん池に別れを告げに来ていた。ゆたかは公園の出口付近でもう一回池に振り向いた。 ゆたか「三年間ありがとう、私は……大学に進学しました……秋になったら……またあの綺麗な夕焼けを見せてね」  池の水面に夕焼けの光が反射して今までにない幻想的な美しさを見せていた。ゆたかはこの町を離れるのを惜しんだ。 今日はゆたかの卒業式だった。三年間住んだ泉家ともお別れとなった。そして四月から新しい生活が待っている。 公園を後にするこなたとゆたかはしばしのお別れに涙をみせた。そして秋にまたこの公園で皆と会う約束をした。    その美しい夕焼けから公園は夕焼け公園と改名された。  夕焼け公園のひょうたん池は人の手で埋められる事はもうない。そして池が無くならない限り赤とんぼも居なくなることはないだろう。 終 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3)
 仕事も一段落をして久々に家でのんびりとできる休日だった。気が付くともうお昼を過ぎていた。これでも寝足りないくらいだったがさすがにおなかがすいた。 そうじろうは台所に向かった。適当に食事を済ませると居間に行った。居間に行くのは久しぶりだった。原稿を書くためにほとんど自分の部屋と台所の往復 しかしていなかった。たまに台所でこなたやゆたかと会うくらいだった。居間でテレビでも見ようとリモコンを探していた。テーブルに画用紙が数枚置いてあった。 そうじろうは手にとって見てみた。風景画のようだ。夕焼けの景色か。こなたは絵心が親の目からもあるとは言えない。するとこの絵はゆたかが描いたのか。 よく見ると赤とんぼが空いっぱいに描かれてる。どこの風景だろうか。この近所にあったか。それとも学校付近なのか。 そうじろうはしばらくその絵を見ていた。するとこなたがドタドタと慌しく居間に入ってきた。 こなた「あ、お父さん、お父さんのカメラ貸してくれないかな」 会うなりいきなり貸してくれときた。何事かと思った。 そうじろう「なんでだい」 こなた「公園の風景を撮りたくてね」 そうじろう「風景なら携帯でも充分だろう、それに風景なんか撮ってどうするんだ」 こなたはそうじろうが持っていた画用紙を取った。 こなた「ゆーちゃんが絵本を描くって言ってね、公園の夕焼けなんだけど、どうしてもイメージどおり描けないって、でもちょっと今調子が良くないんだよ」 そうじろう「だから写真を撮ってやろうと?」 こなたは頷いた。 こなた「携帯だとトンボまでちゃんと撮れない」 そうじろう「トンボ?」 こなた「いいからカメラ貸してよ」 そうじろうの問いを無視するかのようだった。 そうじろう「デジカメなら居間に置いてあるのがある、もっと良いのがいいなら倉庫から出すが」 こなた「あった、これでいいよ」 こなたは画用紙をテーブルに置くとデジカメを手に取り居間を出ようとした。 そうじろう「まだ夕焼けには時間があるぞ、もうすこし経ってからでいんじゃないか?」 こなたは無視し、玄関まで来ると立ち止まりそうじろうの方を向いた。 こなた「お父さんも来る?」 ぽつりと言った。娘に買い物にさえ最近は誘われたことがない。断る理由はなかった。そうじろうは支度をした。  居間にゆたかの絵をおいたのはこなただった。しかもそうじろうに分るように目立つところに置いた。そうじろうは絵を見ていたようだったがこなたの期待したような 反応がなかったからだ。ほんとうはそうじろうの方から誘ってもらいたかった。それなら直接公園に連れて行くしかないと思った。 一方そうじろうの方はこなたがやけに機嫌が悪いと思っている程度だった。  公園に着いた。 そうじろう「公園ってこの公園か?」 こなた「そうだよ」 そうじろう「久しぶりだな」 この言葉を待っていた。こなたは期待に胸を膨らませた。 そうじろう「ここに来るのはかなたと来た以来だな」 そうじろう、父はこなたと一緒にこの公園に来ていたことをすっかり忘れている。 こなた「本当にここに来たの一回だけ?」 念を押すこなた。そうじろうは覚えていない。答えようがなかった。 こなた「こっち来て」 こなたはそうじろうの手を引いた。池の一角に連れてきた。 こなた「お父さん、ここだよ、覚えていない?」 そうじろう「一体なんだ、分らん……」 こなた「覚えてなんだ……私は覚えてるよはっきり、お父さんが私をこの公園に連れてきた時の事をね」 そうじろう「そんな、はずはない……」 こなたは池の水面も指差した。 こなた「ここで傷だらけの赤とんぼが溺れていた、それを助けた、その時のお父さんの悲しげな顔も覚えてるよ」 そうじろう「何時の頃……」 こなた「小学校に入る前、もっと小さい時……その傷ついたトンボ……その子孫達が今、大群になって……」 そうじろうは笑った。 そうじろう「はは、こなた、この公園は化学工場の跡地なんだ、水質汚染が酷くね、トンボどころか魚だって三十年は生息できないと言われている」 こなたは池の中央を指差した。そこには沢山の赤とんぼが水面スレスレに飛び交っていた。 こなた「……かがみ達と来た時の半分くらいに減っちゃった」 そうじろうは息を呑んだ。これで半分。信じられなかった。田舎の田園風景を見ているような光景だった。その時、居間で見た絵を思い出した。 夕焼けに飛ぶ沢山の赤とんぼの絵。 そうじろう「あの絵は、この公園の絵だったのか」 こなた「そうだよ」  そうじろうはかなたとできたばかりのこの公園に来た。綺麗な公園だったが何かが足りなかった。ブランコやジャングルジム、植木や、草花も植えてある。池もあった。 でもなにか無機質な感じがしていた。かなたがこの池に赤とんぼでもいれば夕焼けが綺麗だろうと言っていた事を思い出した。そして池を見に行った時、 池に赤とんぼの死骸が浮いていたのを見た。 こなた「お父さん、この公園の話、ゆーちゃんには話して私には話さなかったね」 思い出している最中、こなたはぽつりと呟くように話した。 そうじろう「ゆーちゃんは何か調べ物をしていたからな……いろいろ質問されてね、こなたは、なにも聞いてこなかった」 こなた「何もって、それが理由なの、お母さんの話はいろいろ聞いてきた、その話は私から聞いた話は少なかったよ、お母さんと来たこの公園、そんなに嫌いなんだ」 そうじろう「嫌いって訳じゃない……どうした、こなたらしくないぞ」  今日はいやに絡んでくる。こなたに話さなかったから焼き餅でも焼いているのか。難しい年頃になってきた。小さい頃はもっと素直だった。小さい頃、 そう思いながら幼い頃のこなたの姿を思い出した時だった。かなたが池に浮いていた赤とんぼの死骸を掬い上げたのを思い出した。 そしてそのとんぼを見ながら、このとんぼがこの公園いっぱいに飛んだ夕焼けを見たいと言っていた。 こなた「お父さん、黙ってるけど思い出した?」 三十年はないと思っていた光景。しかし今となっては三十年が二十年になった所でなんの変りもない。全てが遅すぎた。しかしこんな事を言えばこなたはもっと怒るだろう。 そうじろう「お父さん、仕事で疲れていたんだ……悪いが先に帰らせてもらうよ」 そうじろうは体を公園の出口に向けた。 こなた「お父さん、帰っちゃうんだ……かがみ達と来た時、私は帰らなかった」 そうじろう「もっと調子が良くなったら来るよ、また今度だな」 そうじろうは足を進み始めた。 こなた「お父さん、また今度はないよ、あの池は埋められちゃうかもしれない、そうなったらもう見れないよ」 そうじろうの足が止まった。 そうじろう「何故、あんなに沢山いる赤とんぼをわざわざ消す……しかし、もうお父さんには関係ない話だ」 こなたは思った。かがみ達と来た時の自分と同じだと。 こなた「お父さん、こっち向いて」 そうじろうはこなたの声のする方に向いた。こなたは池の直ぐ近くに立っていた。こなたと目が合うとこなたは左腕を空高く上げて人差し指だけを空に向けた。 こなた「お父さんのとなりにお母さんが見えるトンボはこの指とーまれ」 するとこなたの近くに居た赤とんぼがこなたの指に近づきホバリングをして止まった。丁度赤とんぼはそうじろうの方を向いていた。 こなた「ほら、お父さん止まったよ、このトンボには見えるんだよお母さんが」 そうじろうは笑った。 そうじろう「赤とんぼの習性を利用したな、子供の頃、そうやって赤とんぼを捕まえたもんさ」 こなたは腕を下ろし笑い返した。 こなた「ふふふ、私とまったく同じこと言ってるよ、やっぱり親子だね……指に赤とんぼが止まるのは分ってた、どんな台詞でもいいよね」 そうじろうはこのたの指に止まっていた赤とんぼを目で追っていた。こなたの頭上でホバリングしばらくすると。こなたの頭の上、アホ毛に止まり羽を休めた。 こなたはそれにまったく気付いていない。こなたは話を続けた。 こなた「かがみは私が赤とんぼを助けたのを褒めた……かがみが私を褒めたのはあれが初めてだった、普段は貶しあってばかり、あの時のお父さんみたいに褒めた」 この公園で……。こなたはそうじろうを引き止めようとかがみと来た時の話をしている。しかしそうじろうにはその話は聞こえていなかった。 こなたを褒めた。この言葉がそうじろうの頭に響いていた。 あれは車で買い物に行った帰りだった。こなたが急にトイレに行きたいと言い出した。もうすぐ家に着くからと言ったが我慢ができないと言う。 仕方がなくこの公園の脇に車を止めて公園のトイレに連れて行った。そして車に戻る時、こなたが私に傷だらけの赤とんぼを見せた。そうじろうは思い出した。 たしかに幼いこなたをこの公園に連れてきていた。連れてきたと言うよりは来させられたようなものだった。なんでそんな事をこなたは覚えていたのか不思議におもった。 そうじろうはこなたを見た。まだこなたの頭には赤とんぼが止まっていた。こっちを見ている。そして首を小刻みに傾げている。そうじろうの隣りを見ているように。 こなた言うように隣にかなたがいるかのようだ。  そうじろうは思った。幼いこなたが持っていた傷だらけの赤とんぼ。かなたが掬った赤とんぼと重なった。その当時まだこの池はトンボは一匹も飛んでいなかった。 急にそうじろうは悲しくなってしまったのを覚えていた。それに追い討ちをかけるように幼いこなたは『死ぬって何』と聞いてきた。説明できなかった。 しかしこなたは傷ついた赤とんぼを草に逃してあげた。思わずそうじろうはこなたを褒めた。何も出来ない自分。それ以来この公園の出来事は思い出さないようにしてきた。 そういえばこなたにはかなたの死について正面向いて話していない。二十歳になってからとも思ったが正直今でもまともに話せる自信がない。 自分自身が一番かなたの死に正面から向いていなかった。そう思った。しかしこなたはトンボを逃がした時、すでに全てを知ったのかもしれない。  こなた「ちょっと、お父さん聞いてるの?」 やや怒った口調だった。そうじろうは聞いていなかった。しかしこなたが何を言っていたのかは想像がついた。 そうじろう「……いい友達を持ったな、大事にしなさい」 こなた「え、まぁ、そうする……」 こなたはなにか煮え切らなかった。その時、こなたの頭に止まっていた赤とんぼが飛び出した。それにこなたが気が付いた。こなたは頭を触った。 そうじろう「さっき指に止まったトンボだ」 こなた「黙って見てたんだね、何故教えてくれなかったの」 そうじろう「トンボがお父さんを見ててね、帰るのはまだ早いって言うんだよ……夕焼けを見なさいってね、そう言っているような気がした」 こなた「もうすぐ夕方だね……やっとお母さんの願いが叶うね、赤とんぼの夕焼けが見られる」 ゆたか「おじさん、お姉ちゃん、やっぱりここだった」 二人は声のする方に振り向いた。そこにゆたかの姿があった。 こなた「ゆーちゃん、調子は大丈夫なの?」 ゆたか「うん、もう大丈夫、やっぱり写真じゃ本当の景色は描けないと思って」 ゆたかは画用紙を持っていた。池の近くのベンチに腰を下ろすとクレヨンをバックから取り出した。 そうじろう「クレヨンで色をつけたのか……」 ゆたか「うん、水性、油性は難しいから、クレヨンで色をつけてる、やっぱり子供っぽいかな」 そうじろう「いや、大人でもでもクレヨンを使ってる人はいる、独特な感じを出すためにね、ゆーちゃんの絵にピッタリだ」 ゆたか「ありがとう」  夕焼けの時が来た。ゆたかは画用紙に向かって絵を描き始めた。そうじろうは観た。思っていた以上の光景だった。今日は雲ひとつ無い快晴。 沈み行く太陽がはっきりと見えた。そらが黄金色に染まった。それを背景にして赤とんぼが池の上を大群で飛んでいた。 こなた「さてと、もうそろそろ帰らなきゃ、夕飯の支度もしないといけないしね」 ゆたか「私も帰る」 こなた「絵はいいの、まだ色はついていないみたいだけど?」 ゆたか「うん、色は帰ってからつけるんだよ、頭の中で思い出しながら付けた方がうまく行くような気がするから」 こなた「お父さんは?」 そうじろう「お父さんはもう少しここに居る、悪いな、夕飯の支度手伝えなくて……」 こなた「いいよ、ゆっくりお母さんと、たっぷり夕焼けを観て……行こうゆーちゃん」  帰り道、ゆたかは不思議そうな顔をしながらこなたに質問をした。 ゆたか「お姉ちゃん、あの赤とんぼが大群になるようになったのは何時なの、高良先輩といくら調べてもどこにも載ってなかった」 こなた「私も毎年あの公園に行ってるわけじゃないけど、中学三年の頃はあれほどじゃないけど居たね」 ゆたか「おじさん、あの公園にトンボが居ること知らなかったみたいだけど……もっと早く教えてあげられたような気がする」 こなた「あの公園でお母さんとお父さんが何か関係していたのは薄々分っていたよ、ゆーちゃんの話でかがみもすぐ気が付いたくらいだしね、でも……言えなかった」 ゆたか「どうして?」 こなた「怖かったから……」 ゆたか「怖いって……よく分からないよ」 こなた「お父さんの口からお直接母さんが亡くなったって聞くのがね」 ゆたか「え、聞いてないって……おじさん、私とお姉ちゃんと一緒におばさんの事色々話していたよね?」 こなた「自然に分った、周りの雰囲気とか、親戚の話とか……仏壇があれば自然にね……そう……お父さんは私に話してくれなかった、お父さんはよくお母さんの話を     する、でもお母さんが死んだことは話さない、だから私はお母さんはと聞かれると居ないって言うんだ……そう、居ないって、かがみやつかさ、みゆきさんにも     聞かれたときそう言った……お父さんはずるいよ、お母さんとの惚気話ばっかり聞かせて……今でも生きているような話し方でさ、肝心な事は話さない、     だから私の中にはまだお母さんが生きている、話したこともないのに……でも……このままでもいいとも思っちゃうんだよ……」 ゆたか「そうだったんだ……」 ゆたかは気が付いた、先日公園でゆたかに怒っていたのはこの事だったんだと。そうじろうの話を聞いていると確かにリアリティがあった。かなたの性格や こんな時はこんな事をするんじゃないか。そんな事が分る。親戚といえども会ったこともない他人の母親なのに。 こなた「可笑しな親子でしょ、笑っていいよ」 ゆたか「そんな事ないよ、そうゆう話って言い辛いよね、何となく分るよ」 こなた「さっき、それが聞けたとおもったんだけどね、でもお父さんはぐらかしちゃってね……ゆーちゃんとしか話さなくなった」 ゆたか「それならお姉ちゃんから聞いてもいいような気がするけど」 こなた「それもいいかな……だからあの公園にお父さんを誘った……ゆーちゃんの絵を利用しちゃったけどね」  しばらくしてゆたかが思い出したように質問をした。 ゆたか「ところで、公園の池、ひょうたん池の事なんだけど……」 こなた「埋められちゃうって話だね……かがみもどうしていいか分らないみたい、みゆきさんは署名運動するのがいいて言ってたけど……そこまでする気はしない」 ゆたか「絵本が何かの役に立つかな」 こなた「どんな絵本にするの?」 ゆたか「あの公園が舞台、長旅で傷ついた赤とんぼを女の子が助けるの、その赤とんぼの子供達が恩返しするお話だよ」 こなた「……その女の子って?」 ゆたか「もちろんお姉ちゃんがモデルだよ」 こなたの顔が赤くなった。しかし夕焼けのせいでゆたかは気付かなかった。 こなた「なんか恥ずかしいな……」 ゆたか「大丈夫だよ、絵本だから誰だか分からないよ」 こなた「ゆーちゃん、この前なんだけど、怒鳴っちゃって……ごめん」 ゆたか「この前って、かがみ先輩達が居たときのこと?」 こなたは頷いた ゆたか「うんん、気にしてないよ」    こなた達が夕食の準備が終わった頃、そうじろうが帰ってきた。そうじろうの顔はいつになく真剣な顔だった。 そうじろう「こなた、夕食の前に話がある、大事な話だ、聞いてくれるか?」 こなたとゆたかは顔を見合わせた。 こなた「いいよ」 短くそう答えた。 ゆたか「おじさん、私も聞いていいですか」 ゆたかは聞きたかった。いづれ、いつの日か自分も同じ話を聞く、話す時が必ず来ることを知っているから。そうじろうは頷いた。  そうじろうはこなたの目を見ながら話した。 そうじろう「こなた、かなた……お母さんは、こなたを生んだ後、暫くして……亡くなった」 こなた「あれ、おかしいな、ずーと前から知っているはずなのに、もう……高校生だよ……かがみの時で最後だと思ったのに、なんでかな、また涙が出てきたよ……     なんで……なんで、もっと、もっと早く言ってくれなかったの……お父さん……」 こなたは泣き出した。そうじろうもこの言葉をいうのが精一杯だった。二人はその場に泣き崩れた。  ゆたかは二人を見て思った。二人の心の中ではまだかなたが生きていた。そして今本当にこの世に居ない事を確認したのだと。 二人の止まっていた時間、いや、止めてしまった時間が動き出した。これからはお互い普通にかなたの事を語り合うことができるようになるだろうと思った。 公園の赤とんぼはこなたに恩返しをした。絵本のように。ゆたかは潤んだ瞳で二人を見ていた。 …… ……  いつもの四人が学校の図書室でいひょうたん池について話していた。 かがみ「署名運動……本気か、こなた」 こなたは頷いた。かがみはこなたの目をみた。ふざけている様には見えない。 かがみ「無理よ」 短くそう呟いた。 こなた「高校生でできるとしたらこのぐらいだよね、他になにか方法あるとも思えないよ、それにかがみが言い出したんだよ、池を守りたいって」 かがみ「確かにそうは言ったけど、署名運動はそんなに簡単にいかないわよ、チラシを配るのとは訳が違う、有権者……つまり大人の署名が必要」 かがみも薄々は気が付いていた。この方法しかないと。踏ん切りがつかなかった。自信がなかった。 みゆき「アキアカネは一年一世代、池が無くなればその池のトンボは全滅でしょう」 つかさ「お姉ちゃんそれでいいの、もうあの夕日見れなくなっちゃうよ、それに標本の虫達もだって悲しむよ」 みゆき「標本?」 つかさ「うん、お姉ちゃんが中学生の時……」 かがみ「つかさ止めなさい、話さなくていい」 かがみはつかさを止めた。 こなた「かがみ、何があったのかは知らないけど私はもう時間を止めるはいやだ、だからやれるだけの事はしたい」 かがみ「時間を……止める」 がみはいままでのこなたとは違う何かを感じた。それよりもこなたの言葉に心が動かされた。 かがみ「……署名運動、やってみてみてもいい、でも皆の意見も……」 こなた「それじゃかがみ、家に来て続きを話そう、もうゆーちゃん、ひよりん、南ちゃんはもう家で絵本の準備をしてるから」 みゆき「日下部さんと峰岸さんにはもう連絡はついています」 こなた「それじゃ一時間後、家で」 かがみは二人を見ていた。こなたとみゆきは打ち合わせしているかのように動き出した。そして図書室を飛び出すように出て行った。かがみ一人図書室に取り残された。  かがみ「なによ、もう決まってるじゃない……日下部と峰岸にいつの間に言ったんだ……」 独り言を言って席を立ち図書室を出た。図書室出るとつかさが待っていた。つかさは苦笑いをしていた。 かがみ「私に内緒で話を進めてたのね、まったく、そらならちゃんと言いなさいよ」 つかさは片腕を上げてごめんねのポーズをした。 つかさ「お姉ちゃんあまり乗る気じゃなかったように見えたよ、だからこなちゃんがね、先に話を進めていたんだよ……でね、今日お姉ちゃんをあの時に戻すって」 かがみ「戻すって……そんな事はない、私は今でもあの池を守りたいと……そんな風に見えた?」 つかさ「最初の頃の意気込みが無くなってから」 確かにそうだった。自分から言っておいて自分からは何も決めようとしてなかった。それどころかこなたの提案を反対した。かがみは黙ってしまった。 つかさ「お姉ちゃん、さっき私の話止めたけど、中学の標本の話、こなちゃんにもう話しちゃったんだ……」 かがみ「……そう、止めること無かったのか、さぞかし笑われたでしょうね……」 つかさ「うんん、笑ってなかったよ、お姉ちゃんってツンデレじゃなかったって言ってた」 珍しいこともあるもんだと思っていた。こなたの大笑いの姿がかがみの目に浮かんだ。 つかさ「こなちゃんがね、喧嘩して競った男の子の事お姉ちゃんが好きじゃなかったんじゃないかなって言ってたよ……気を引くために自由研究で競って……     いつの間にか賞を取ってしまって……お姉ちゃん勝ったから男の子が気を悪くしちゃって……」 かがみ「告白出来なかった……日下部も知らないはずなのに、こなたの奴、あの話だけでそこまで分るならギャルゲーもバカにしたものじゃないわね」 つかさ「えっ、こなちゃんの言ったこと本当だったの、こなちゃんの想像の話だと思ってた」 こなたの感性が鋭いのか、つかさが鈍感なのか、今のかがみにはそれはあまり興味のないことだった。 かがみ「彼との勝負に勝つつもりはなかった、でも日下部と共同研究だったから手が抜けなかった、それだけよ……もう終わった事……」 しかし心の中では終わっていなかった。中学卒業まで何度告白しようとしたか。結局それは出来なかった。それが今でも尾を引いていた。 中学時代は一年しかクラスは同じではなかった。高校も別になり彼との接点は皆無である。自由研究で競うのではなくもっとストレートに『好きです』 と言えば良かった。たった一言なのに。結果が同じならば……どうせ同じならせめて自分の意思を伝えたかった。  黙っているかがみにつかさが問いかける。  つかさ「こなちゃんの話、お姉ちゃん以外には話さないように言われた、私って言わなくていいことまで言っちゃうからって……そんな事ないよね?」 こなたは標本の話をすでに知っているのに図書室ではすこしもかがみを茶化すような態度を取らなかった。しかも標本の話を自分は知らない素振りをしていた。 そんなことより署名運動をしたいと言った姿はとても今までのこなたとは思えないほど大人びて見えた。 かがみ「あいつ、変ったわね……」 つかさ「あいつって、こなちゃんのこと?」 かがみ「そうよ、何があったんだ」 つかさ「……それなら知ってるよ……あっ」 つかさは自分の両手で口を塞いだ かがみ「話しなさいよ」 つかさ「お姉ちゃんが図書室で反対するようなら話しても良いって言ってた……お姉ちゃん賛成したから……話せない…よ」 かがみ「そこまで話して何言ってるのよ、図書室に戻るわよ、それに私は一度反対したから聞く権利はあるわよ」 かがみはただこなたの熱意に流されて賛成したにすぎなかった。こなたの心境の変化の真意が知りたかった。かがみは図書室に戻ろうとした。 つかさ「お姉ちゃん、もう時間だよ、こなちゃんの家に行かないと遅れちゃう」 初めてつかさは言わなくてもいい事の意味を理解した。しかし少し遅かったようだ。 つかさはその場を逃れようとした。かがみは腕時計を見た。 かがみ「こなたの家なら急げば三十分で着くわよ、さあ、来なさい」 こうなったら何を言っても許してくれそうにない。つかさは諦めた。二人は図書室に戻り席に着いた。 つかさ「えっと……この前ね、こなちゃんとおじさんが公園に行ったんだって……」 …… ……  かがみ「待たせたわね、私……」 かがみは何もしていなかった事を謝ろうとした。 こなた「かがみ、その先は言わなくていいよ、皆がもう待ちくたびれてる、さーて、主役が来たから始めよう……発起人だからね」 こなたの言葉に思わず涙ぐむところだったが堪えた。 つかさとかがみは約束の時間から三十分も遅れてこなたの家に着いた。つかさの話はそこまで遅れるほど長くはなかった。それなにになぜ遅れた。 それはがみの涙の跡が消えるのを待つのに時間が掛かったからだった。こなたには見せたくなかった。次に泣く時はひょうたん池が助かった時にと決めたのだった。 それからのかがみは率先して意見を言うようになった。そこに迷いはもうなかった。かがみのもう一つ止まっていた時間も動き出した。  数日後、駅前で署名運動をしているこなた達の姿があった。初めは一日に数名程度しか書いてくれる人がいなかった。中には心無い人の非難を浴びた。 学校でも冷かされたりした。それでも彼女達は止めなかった。止めてしまえば池が埋められてしまうから。 署名してくれた人には手作りの絵本が渡された。絵本の資金はそうじろうが出した。絵本に描かれていた夕焼けの風景。赤とんぼの大群。その絵本を見た人の中で 次第に公園にその夕焼けを観に行く人たちが増えてきた。その人たちの中に署名運動を手伝う人々が出てきた。 こなた達は卒業したがそのまま署名運動は続いた。この頃になると非難は鳴りを潜めて署名する人々が一気に増え始めた。 二年後、署名人数は目標を大きく上回った。こなた達は市長に署名簿を提出した。 …… ……  こなたとゆたかが公園のひょうたん池に居た。ゆたかが悲しそうに夕日を見ていた。 こなた「ゆーちゃんもう行こう、日が沈んだよ」 ゆたか「お姉ちゃん、もう少し観ていたい」 こなた「そうだね、家でもうこのひょうたん池を見るのも最後、赤とんぼ達にさよなら言わないとね」 ゆたか「うん……さようなら……ひょうたん池……さようなら……赤とんぼ……」 もう時間がないようだこなたは腕時計を気にしていた。 こなた「行こう、ゆーちゃん、ゆい姉さんが待ってるよ」 ゆたか「うん……」  赤とんぼが居ないひょうたん池に別れを告げに来ていた。ゆたかは公園の出口付近でもう一回池に振り向いた。 ゆたか「三年間ありがとう、私は……大学に進学しました……秋になったら……またあの綺麗な夕焼けを見せてね」  池の水面に夕焼けの光が反射して今までにない幻想的な美しさを見せていた。ゆたかはこの町を離れるのを惜しんだ。 今日はゆたかの卒業式だった。三年間住んだ泉家ともお別れとなった。そして四月から新しい生活が待っている。 公園を後にするこなたとゆたかはしばしのお別れに涙をみせた。そして秋にまたこの公園で皆と会う約束をした。    その美しい夕焼けから公園は夕焼け公園と改名された。  夕焼け公園のひょうたん池は人の手で埋められる事はもうない。そして池が無くならない限り赤とんぼも居なくなることはないだろう。 終 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - なんだか色々と考えさせられます &br()死と向き合うっていうのは人間のとって一番難しい課題なんですよね &br()とにかく素晴らしいSSでした。作者さん本当にお疲れ様でした -- 名無しさん (2010-09-20 10:16:26)

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