ID:tJF7v3Q0氏:玉兎

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 きょうはまんげつ。  おそらにはまんまるなおつきさまがでています。  わたしはしってる。  おつきさまにはうさぎさんがいて、おもちをついているんです。  しんせきのおにいちゃんからおおきなぼうえんきょうをかりてきました。  きょうはこれでおつきさまをみるんです。  うさぎさん。  もしわたしがいていることにきがついたら、てをふってくださいね。 ― 玉兎 ―  満月まで、後三日。  とある日の、とある喫茶店。  泉こなた、柊かがみ、柊つかさ、そしてみゆきの四人が冷たい飲み物を飲みながら談笑していた。  高校を卒業し、それぞれ別の大学や専門学校へと進学した今は、四人集まるにもお互いのスケジュールを合わせなくてはならず、こうした時間は四人にとって貴重な時間になっていた。 「こなちゃんって、お月様に兎さんが居るってのいつまで信じてた?」  そんな中、ストローから口を離したつかさがこなたに向かってそう聞いた。 「…急にどうしたの?」  こなたは眉間にしわを寄せてつかさに聞き返す。 「ほら、もうすぐ満月だなーって思って…」  少し言いづらそうに答えるつかさ。こなたは少し困った顔をしてかがみの方を見た。すると、彼女は小さくため息をついてお手上げのジェスチャーをした。 「わたしも昨日聞かれたわ…つかさは中学くらいまで信じてたから、お仲間が欲しいんでしょ」 「あーなるほど…悪いけど、わたしは幼稚園卒業くらいまでだよ」  こなたがそう言うと、つかさは心底残念そうな顔をした。 「そっかー。あれだけサンタさん長く信じてたから、もしかしてって思ったんだけどなー」 「そんななんでもかんでも信じてないよ…」  こなたは呆れたようにそう言って、ストローに口をつけた。 「ゆきちゃんはどう?」  と、つかさは今度はみゆきに聞いた。話を振られたみゆきは、きょとんとした表情で首をかしげていた。 「…ゆきちゃん、どうしたの?」 「へ?…あ、あの…す、すいません」  つかさに話しかけられてることに気がついたみゆきは、慌ててつかさに向かって頭を下げた。そして恐る恐る顔を上げながら、三人の顔を見回した。 「みなさんの言ってることが良く分からなくて…どうして、月に兎はいないという前提でお話をされてるのですか?」  みゆきの言葉に、今度は三人が首をかしげた。 「いや、前提も何も居ないでしょ。月に兎なんて…」 「います。お月様に兎さんは居るんです」  かがみの言葉を遮るようにきっぱりと言うみゆきに、かがみは目を白黒させた。 「…みゆきさん、流石に冗談だよね?」  こなたがぽつりとそう言うと、みゆきは眉間にしわを寄せてこなたを見た。 「なんでそんなこと言うんですか?わたし、冗談でこんなこと言いません」 「え、いや、その…ごめん」  怒るようなみゆきの強い口調に、こなたが思わず首をすくめて謝った。 「ゆ、ゆきちゃん…」  ただ事じゃない気配を察したつかさが、こなたとみゆきの間に身体を割り込ませた。みゆきは少し顔をしかめると、テーブルの上のレシートを掴み立ち上がった。 「え、ちょ…みゆき!」 「兎さんはいるんです!いなくちゃダメなんです!」  止めようとしたかがみにそう言い放ち、みゆきはレジに行き四人分の会計を済ませそのまま店を出て行ってしまった。  残された三人はどうすることも出来ずに、ただ顔を見合わせるだけだった。 「…ってなことがあってね」  その日の夕方の泉家。こなたは昼にあった出来事を、一緒に食事を取っている家族や居候たちに話していた。 「高良先輩が…珍しいって言うか、信じられないって言うか…」  そのうちの一人、小早川ゆたかがそう呟くと、隣に座っていたパトリシア・マーティンも同意するようにうなずいた。 「ミユキはエレガントにキめるべきですヨネ」 「いや、それなんか違うと思う…」  パティのずれた発言に呆れながら突っ込むこなた。そして、小さくため息をつきながら箸でおかずをつまもうとして、箸を置いて自分を見ている父のそうじろうに気がついた。 「ん、どしたのお父さん?」  こなたがそうじろうの方を向いてそう聞くと、そうじろうは少し眉間にしわを寄せて頬をかいた。 「こなた…喧嘩した。とかじゃないよな?」  心持ち心配そうにそう聞くそうじろうに、こなたは軽く手を振った。 「ないよ…少なくともわたしはそう思ってないって」 「そうか…ならいいけど」  こなたの言葉に、そうじろうは安心した表情を浮かべて箸を取った。それを見たこなたがニマッと笑みを浮かべた。 「あれー、もしかして心配してくれたー?」  からかうように言うこなたから、そうじろうは顔を背けた。 「そりゃ…するだろ、普通は」 「ほほー…んー、まあいいや」  こなたはそう言いながらおかずを一口食べ、そして少し考える仕草をしてからゆたかとパティのほうを向いた。 「二人はさ、兎が月にいてるっての信じてる?」  ゆたかとパティは顔を見合わせ、そして同時に左右に首を振った。 「小さな頃は信じてたけど、今は流石に…いれば素敵だなって思うけど」 「ワタシはニホンにきてからそういうハナシしりまシタ」 「…ふーん、そっか」  こなたは二人の答えを聞きながら、じっと何かを考えていた。 「こなた…なに企んでる?」  それを見ていたそうじろうがそう聞くと、こなたは苦笑いを浮かべた。 「あ、ばれた?…いやー、明日どうやって大学サボろうかってねー」 「…まあ、いいけどな。下手してこじらせるなよ」  呆れたようにそう言いながらも、そうじろうはそれ以上何も言わずに食事の続きを始めた。 「…ばればれだし…お父さんのこういうとこやり難いんだよね…」  誰にも聞こえないように呟きながら、こなたも食事を再開した。  一方の柊家。 「お姉ちゃん、入るよ」  夕食を終えた後、つかさは今日のことを話そうとかがみの部屋を訪れた。 「調べもの?」  そして、かがみが見ているパソコンのモニターを覗き込みながらそう聞いた。 「うん…ほら、月に兎がいてるって話。あれの元ネタみたいなのあるのかなって」 「アレって月の模様が兎に見えるからだよね?」 「そうよ。でも、こういう話もあるわ」  かがみはつかさがモニターを見やすいように、座っている椅子をずらしてモニターを指差した。つかさはモニターの正面に動いてそこに写っている文を読んだ。 「あ、このお話知ってる…」  猿、狐、兎の3匹が、力尽きて倒れている老人に出逢った。3匹は老人を助けようと考えた。  猿は木の実を集め、狐は川から魚を捕り、それぞれ老人に食料として与えた。しかし兎だけは、どんなに苦労しても何も採ってくることができなかった。  自分の非力さを嘆いた兎は、何とか老人を助けたいと考えた挙句、猿と狐に頼んで火を焚いてもらい、自らの身を食料として捧げるべく、火の中へ飛び込んだ。  その姿を見た老人は、帝釈天としての正体を現し、兎の捨て身の慈悲行を後世まで伝えるため、兎を月へと昇らせた。月に見える兎の姿の周囲に煙状の影が見えるのは、兎が自らの身を焼いた際の煙だという。 「これが元だったんだ」 「みたいね」  かがみは椅子の背もたれに体重を預け、天井を向いた。 「まあ、それがわかったからって、今日のみゆきのことわかるわけじゃないけどね」  その姿勢のまま、机においてあったポッキーの箱から一本取り出し口にくわえた。 「ゆきちゃんもこのお話知ってるのかな」 「みゆきがなんでもかんでも知ってるとは思わないけど、わたしがちょっと調べてわかるような事くらいは知ってると思うわね」  かがみは姿勢を元に戻すと、次のポッキーをかじり始めた。 「…ねえ、お姉ちゃん。今日のゆきちゃん、怒ってるように見えた?」  急にそう聞いてきたつかさに、かがみは首をかしげた。 「…変なこと聞くわね。怒っているようにしか見えなかったわよ」  そして、そう答えた。そのかがみに、つかさは頷いてみせる。 「うん、わたしも最初はそう見えたけど…でも、後から考えたら、その、なんていうか…駄々をこねてるって思ったんだ」  つかさの言葉に、かがみは唖然とした。 「駄々?みゆきが?」 「うん。月に兎が本当に居るか居ないかは関係なくて、ゆきちゃんにとっては絶対に居なくちゃいけないんじゃないかって…居なくちゃイヤだって駄々こねてるって思ったの…」 「なるほどね…ま、これ以上はここで考えててもわからないわね。明日みゆきの家に行ってみるわ…携帯じゃ反応してくれなかったし」  かがみが机に置いた携帯を見ながらそう言うと、つかさは驚いた表情を見せた。 「え、お姉ちゃん大学は?」 「サボるわよ。一日くらいどうとでもなるわ」 「じゃ、じゃあわたしも行く」  両手の拳を握りながらそう言うつかさにかがみは眉をひそめたが、すぐに表情を崩して頭をかいた。 「ダメって言いたいけど、サボるって言ってるわたしが止める権利は無いわね」 「うん、わたし頑張る」 「…なにを頑張るのよ」  かがみは呆れたように言いながら、パソコンの電源を落とした。  満月まで、後二日。  もうすぐ正午になろうかという時間。かがみとつかさは、みゆきの家に向かって歩いていた。 「あ、お姉ちゃん。あれ」  みゆきの家まであと少しというところで、つかさが前方を指差した。かがみもそちらを見てみると、見覚えのある触覚めいたクセ毛が揺れているのが見えた。 「…こなた?」 「みたいだね…おーい、こなちゃーん!」  つかさが手を振りながら大声で呼びかけると、こなたは少しビクッと肩を震わせてから振り向いた。 「あ、あれ…つかさにかがみじゃん。どうしたの?」  そしてかがみ達の姿を確認すると、安心したような顔をして二人に近づいた。 「どうしたのって、それはこっちの台詞よ。大学はどうしたの」  かがみがそう聞くと、こなたは照れくさそうに頭をかいた。 「いや、なんていうかサボり?みさきちに代弁頼んだんだけど『んなことできるか!』って断られちって…」  頭をかきながらそう言うこなたに、かがみはため息をついて見せた。 「なにやってんよ…って言いたいんだけど、わたし達も同じだから今回は何にも言えないわね」  少し苦笑しながらそう言うかがみに、こなたは唖然とした。 「え、じゃあかがみ達もサボってここに?」 「そういうこと。気になるんでしょ?みゆきが」 「うん、まあそうなんだけどね…こんなことするのわたしだけかと思ってたよ」  頭をかきながらそう言うこなたに、かがみとつかさが微笑みかける。そして、うなずきあうと三人連れ立ってみゆきの家に向かって歩き始めた。 「…あれ、ゆかりさんじゃない?」  みゆきの家の門が見えてきたところで、かがみが前を指差してそう言った。こなたがかがみの指差した方を見て頷く。 「そうみたいだね。そばにいてるのチェリーかな?」  高良家の門前にはみゆきの母であるゆかりと、お向かいの岩崎家の飼い犬であるチェリーが立っていた。 「みなみちゃんにでも頼まれて散歩してたのかな…」  そこまで言ったところで、こなたはチェリーが自分を見ていることに気がついた。そして、間髪入れずにこちらに駆けてくるのが目に入った。 「え?…あ、ちょ…うにゃーっ!?」  そのままチェリーに飛びかかられ、こなたは地面を転がった。 「…こなた?」 「…え…なに…?」  かがみとつかさはあまりに唐突な出来事に反応できず、チェリーに押さえつけられているこなたをただ唖然と見つめているだけだった。 「や、やめてーっ!髪の毛噛まないで!た、たすけてーっ!」 「あらあら、だめよチェリーちゃん。それは食べ物じゃないのよ」  こなたのアホ毛に噛み付いてるチェリーを、いつの間にか近づいてきていたゆかりが背中を撫でながらたしなめた。チェリーは不満気なうめき声を上げたが、素直にゆかりの言う事を聞いてこなたから離れた。 「うぅ…なんなんだよー…」  半泣きになりながら地面に座り込むこなた。 「こ、こなちゃん、大丈夫?」  つかさがそのこなたの服に付いた汚れを払う。 「あんたのアホ毛、無駄によく揺れるからおもちゃだと思ったんじゃない?」  かがみはそう言いながら、こなたのアホ毛についているチェリーのよだれをハンカチで拭った。 「ねこじゃらしじゃあるまいし…ありがと、もういいよ」  こなたはかがみ達にそう言って、立ち上がってお尻を払った。 「ごめんなさいね、こなたちゃん」 「あ、いえ…犬のすることですし…」  少し困った顔をして謝るゆかりに、こなたは手を振って答えた。 「それにしても、みんなお揃いでどうしたの?みゆきになにかご用かしら?」  ゆかりが首をかしげながらそう聞くと、こなた達三人は思い思いにうなずいて見せた。 「そう…でも、みゆき学校に行っちゃったわよ?」  ゆかりの言葉に、三人が同時に肩をこけさせる。 「…そ、そうだよね…普通学校行くよね…」 「…学校サボってまでこんなオチ…」 「…一気に力抜けたわ…」  つかさ、こなた、かがみと順にそう言った後、揃って大きなため息をついた。それを見ていたゆかりは顎に人差し指を当てて考える仕草をした。 「みんな、お昼は食べたのかしら?」  そして、そのままこなた達に向かってそう聞いた。 「いえ、まだですけど…」  かがみがそう答えると、こなたとつかさもうなずいた。 「そう、だったら丁度いいわね。お昼、少し作りすぎて困ってたのよー」  ゆかりは嬉しそうにそう言いながら手を合わせると、軽やかな足取りで自分の家の門へと向かった。 「…えーっと…食べてけって事かしら?」 「たぶんね…」 「…マイペースな人だね」  こなた達三人は呆れたように顔を見合わせ、ゆかりの後を追った。 「そう言えば、みゆきに会いに来たんだっけ?やっぱり昨日なにかあったのかしら?」  食べ終わった四人分のお昼ご飯の皿を片付けながら、ゆかりがそう聞いてきた。 「…はい」  かがみがそれに少し言いづらそうに答える。 「そう…なんだかみゆきが落ち込んでたから、何かあったのかなーって思ってたけど。よかったら話してもらえないかしら?」  かがみは少し考えて、こなたとつかさのほうを見た。そして、二人がうなずくのを見て、ゆかりに昨日の出来事を話し始めた。 「お月様に兎さん…ねえ」  かがみの話を聞き終えたゆかりは、空中に指で円を描きながらそう呟いた。 「アレかしらねー…ちょっと待っててね」  ゆかりはそういい残し、キッチンから出て行った。 「やっぱりゆきちゃん、なにかあるのかな…」  自分の目の前にあるお茶の入ったコップをいじりながら、つかさがそう呟いた。それを聞いたかがみが首を傾げる。 「なにかって、なにが?」 「うまく言えないんだけど、お月様に兎さんがいないってことがね、絶対に認められないって思うようになったこと…んー…やっぱりうまく言えないや」 「…まあ、なにかあったから昨日のあの態度なんだろうけどね」  かがみは椅子の背もたれに体重をかけ、軽く伸びをしながらながらそう言った。 「その昨日のみゆきさんなんだけどさ…なんか駄々こねてるように見えなかった?」  だらけるようにテーブルに突っ伏していたこなたが、急にそう呟いた。それを聞いたかがみとつかさは思わず顔を見合わせた。 「それ、つかさも言ってたわ。あんたもそう思ったの?」  こなたは身体を起こすと、かがみに向かってうなずいて見せた。 「まあね。後から考えたらって感じだけど…あんな子供っぽいみゆきさんって初めて見た気がするよ」  こなたがそう言ったところで、パタパタとスリッパの足音が聞こえてきた。三人がそちらを見ると、何かの本を両手で胸に抱えたゆかりがキッチンに入ってきた。 「これこれ、たぶんコレだと思うのよ」  そう言いながらゆかりはテーブルにその本を置いた。 「絵本?」  かがみがそう言いながらページをめくる。 「このお話…昨日お姉ちゃんが見てたのだよ」  横から覗き込んでいたつがさがそう言った。  そこに描かれていたのは、飢えた老人に三匹の動物がそれぞれのやり方で食べ物を与える話。最後にわが身を犠牲にした兎が月へと昇る話。 「この話どっかで聞いたことあるや…ふーん…これが月の兎の元ネタなんだね」  こなたが感心したようにそう呟く。 「家にあった絵本は、全部捨てるか近所の子供たちにあげたんだけど…その本だけはみゆきが手放さなかったのよね」  三人の後ろから本を覗き込んでいたゆかりがそう言った。 「自分の部屋に隠してるんだけど、あの子こういうの隠すの下手なのよねー」  そして、のん気な口調でそう付け足した。それを聞いたつかさとこなたが顔を見合わせる。 「…そんな隠してるものを、こうやって持ってきちゃっていいのかな…」 「…みゆきさんも色々大変だね」  つかさとこなたがそう喋っている間も、かがみは絵本を見続けていた。そして、最後まで見終わってから首をかしげた。 「ちゃんと最後は兎が火に飛び込むのね」  かがみの呟きを聞いて、今度はつかさが首を傾げる。 「え?そうしないとお話が終わらないんじゃ…」 「いやね、子供向けの絵本だから、最後は兎の行動を止めるとかするんじゃないかなって思ったんだけど」 「…ちょっと見せて」  こなたが横から絵本を取り上げ、巻末の発行年月日を確認した。 「やっぱり…これ古い本みたいだね。だから表現も結構過激なんだよ」 「そういうものなの?」  かがみがそう聞くと、こなたは絵本をテーブルにおいてうなずいた。 「昔は過激な表現に関してゆるゆるだったからね。子供向けの日本神話の本で、イザナギとイザナミの子作りシーンとかあったよ。ちゃんとエッチなことしてた」 「…そ、そうなんだ…」 「…あんたホントに変な知識だけは豊富ね…」  こなたの説明に、つかさとかがみは赤くなってうつむいた。 「ホントに面白い子ね、こなたちゃんって」  そして、ゆかりは頬に手を当てて微笑んでいた。 「お褒めいただき光栄です、奥さん」  そのゆかりに向かって大仰に礼をするこなた。 「…褒めてるのかなあ」 「…褒めてるんでしょうね。ゆかりさんだし」  そして、こなたを見ながらつかさとかがみが呆れたように呟いた。 「でも、なんでみゆきさんはこの本を大事にとってるんだろ?」  こなたが顎に手を当てて首を傾げながらそう言った。 「そうね…それが分かれば、昨日のみゆきの事も分かりそうよね」  かがみもこなたと同じように顎に手を当てて考え始めた。 「ゆかりさんはこの本のこと、何か知らないんですか?」  つかさがゆかりの方を向いてそう聞くと、ゆかりは顎に人差し指を当てて少し上を向いた。 「んー…この本は確か、わたしが実家から持ってきたものなのよね。嫁いできたときに荷物に紛れちゃってて」  ゆかりはどこか懐かしいそうにそう言った後、なにか思い出したのか、嬉しそうに手を合わせた。 「そうそう、この本みゆきに読んであげたことあるのよね。家にある絵本全部読んじゃったから、この本引っ張り出してきて読んであげたの。そしたら、みゆきがこの本を気に入ったみたいで、自分の部屋にもってっちゃったのよね」 「じゃあ、その時からみゆきさんは、ずっとこの本大事に持ってたって事ですか?」  こなたがそう聞くと、ゆかりはゆっくりとうなずいて見せた。 「そうなるわねー…でも、みゆきはどうしてこの本を気に入ったの…あ」  頬に手を当てて話していたゆかりは、その途中で何か思い出したのか黙り込んでしまった。 「…ゆかりさん?どうかしました?」  かがみがそう聞いても、ゆかりは返事をせず何か納得したように何度かうなずくだけだった。 「みゆきの事、わたしにまかせてもらえないかしら?」  そして、唐突にそう言った。 「え、いやでも…」  突然のゆかりの提案に、かがみが難色を示す。 「大丈夫よ。ちゃんと仲直りさせてあげるから…ね?」  甘えるようにそう言うゆかりに、かがみは何ともいえない表情を浮かべた。 「いや、別に喧嘩したわけじゃないんですが…ってかわたしもみゆきと話ししたいですし…」  なおも渋るかがみにゆかりは困った表情を浮かべたが、すぐになにか思いつきかがみの肩に手を置いた。 「ケーキあるんだけど、食べる?」 「いただきます」 「いやいやいや、それはないっしょ弁護士志望」  あっさりと買収されたかがみに、こなたは思わず突っ込みつかさは椅子から転げ落ちていた。  結局、ゆかりにすべて任せるということになり、こなた達はみゆきの家を後にした。  満月まで、あと一日。  目を覚ましたみゆきは、ゆっくりと身体を起こしベッドの側にある時計を見た。正午を少し過ぎた時間。みゆきにしては珍しく遅い目覚めだった。  ベッドの上から部屋の中を見渡し、みゆきはため息をついた。開いたままのクローゼットや机の引き出し。床には衣服や本棚から引きずり出された本が散乱している。 「…探しませんと」  みゆきはそう独り言を呟き、寝間着のまま部屋のあちこちを漁り始めた。  昨日、みゆきは大学へは行かず一日中図書館にいた。そこで月に関するあらゆる本、あらゆる資料を読み漁っていたが、みゆきが望む答え…月に兎が居るという答えは得られなかった。むしろ逆に望まない答えを、月に兎などいないという事実を突きつけられる形となってしまった。  そして、家に戻ったみゆきは自分の部屋から絵本が無くなっている事に気がつき、明け方ごろまで部屋の中を探し、探し疲れてそのまま寝てしまっていたのだ。 「…どうしてこんなことに」  みゆきはそう呟いて、探す手を止め床に座り込んだ。  友人たちに醜態をさらし、大学をサボり、大切にしていた絵本が無くなり…みゆきは泣きそうな気分で頭を抱えた。 「みゆき、入っていい?」  そこに、ノックの音とゆかりの声が聞こえた。 「は、はい。どうぞ」  みゆきは慌てて立ち上がり、ゆかりにそう答えた。 「あら、随分散らかしたのねー」  部屋の惨状を見て、ゆかりが口元に手を当ててそう言った。 「…すいません」  みゆきが謝ると、ゆかりは微笑みながら手を振った。 「別に怒ってないわよ…探してたのは、これかしら?」  ゆかりが後ろ手に隠していた例の絵本を前に出すと、みゆきは目を見開いた。 「お、お母さん…これ、どこで…」  少しどもりながらみゆきがそう聞くと、ゆかりは悪戯っぽく微笑み舌を出した。 「わたしが持ち出しちゃってたの」  ゆかりがそう言いながら、絵本をみゆきに向かって差し出した。 「どうしてそんなことを…」  絵本を受け取りながら、みゆきはゆかりを困惑した表情で見上げる。 「こなたちゃん達にね、この本見せてあげてたのよ…昨日、こなたちゃんたちが来てたわ。みゆきのこと心配してたわよ」 「みなさんが…」 「一昨日の事も全部聞いたわ」  ゆかりの言葉に、みゆきはうつむきそっぽを向いた。ゆかりは少し困った顔をするとみゆきの隣に座った。 「この絵本。わたしがみゆきにちゃんと読んであげられた本よね?」  自分の問いにみゆきがうなずくのを見て、ゆかりは微笑んだ。  幼いみゆきに、ゆかりは夜寝る前に色々な絵本を読んであげていた。しかし、いつもゆかりが途中で寝てしまい、みゆきは一人で続きを読んでいた。そして、話が短くてゆかり自身もよく読んでいて慣れていたこの本は、ちゃんと最後までゆかりが読んであげられた唯一の本だった。 「その時、みゆきが聞いてきたわね。今でもこの兎は月に居るのか?って」 「…はい」  みゆきは今度はうなずくだけでなく、はっきりと声に出して答えた。 「わたしは、今でも居るって答えたのよね」 「はい…そして、自分を見つけてくれた人には手を振ってくれるって…」 「…信じてたのね。そのこと、今でもずっと」 「はい…信じてました。信じなきゃいけなかったんです…だって…だって…」  言葉に力がこめながら、みゆきは絵本を床に置きゆかりの方を向いた。 「お母さんが教えてくれたことだから…わたしが調べたことじゃなくて、お母さんが教えてくれたことだから…」  自分を見つめるみゆきを、ゆかりはまるで小さな子供のように感じていた。 「だから、嫌だったんです…お月様に兎さんなんかいないって言われるのが…泉さん達にお母さんは嘘つきだって言われてるようで…嫌だったんです…」  ゆかりはみゆきの頭に手を置き、軽く撫でてあげた。 「ホント、おかしなところで不器用な子ね…なんでも器用にこなすくせに、こういうところは頑固なんだから」 「だって…だって…」  ぐずり始めたみゆきの頭を撫で続けながら、ゆかりは絵本を手に取った。 「兎さんは、正しいことをしたと思う?」 「…え?」  ゆかりの唐突な問いに、みゆきは呆けたような表情をした。 「老人のために火に飛び込んだことは、正しかったのかしらね」 「…それは…そうするしかなかったから…」 「そうかしら?お猿さんや狐さんが食べ物を持ってきてくれてたのだから、ここまでする必要は無かったんじゃないかな」 「でも、それだと兎さんは何も出来なかったことに…」 「それでいいのよ」  微笑むゆかりに、みゆきは困惑した表情を浮かべた。 「何も出来なくてよかったの。自分の身を犠牲にすることは確かに美談だけど、悲しいことでもあるのよ。自分のために兎が死んだことを、お爺さんは悲しんだでしょうし、火を焚いたお猿さんと狐さんも悲しかったと思うわ…みゆきはこの兎さんと同じなのよ」 「わたしが…兎さん?」 「そう。わたしの言葉にこだわってお友達を心配させて…そのせいで喧嘩になったら、わたしだって悲しいわよ」  みゆきの頭から手を離し、絵本を床に置いてゆかりはみゆきの両肩に手を置いた。 「だからね、なにもしなくていいの。わたしの事なんか放っておいてよかったのよ。わたしはそんなことくらい気にしないから…ね?」 「…お母さん」  みゆきは一度うつむき、すぐに顔を上げた。 「それだと、兎さんはお月様にはいけませんね…」 「いいのよ、いかなくても。そのほうがたくさん遊べるんだし」  そう言いながら微笑むゆかりに、みゆきはぎこちなく微笑んだ。 「でも、これでお母さん嘘つきになっちゃったわねー…お詫びってのもおかしいけど、なにかして欲しいことあるかしら?」  ゆかりにそう聞かれ、みゆきは床に置いてある絵本に視線を落とした。 「えっと…それじゃ…その…ご、ご本を…読んで欲しいです…」  みゆきの答えに、ゆかりは思わず吹き出してしまった。 「みゆき、なんだか子供みたいよ」 「はい、子供です。子供でいいんです…わたしはずっとお母さんの子供ですから」  そう言いながら、みゆきはやっといつものように微笑むことが出来ていた。  そして、満月の日。 「おー、こりゃいいや。絶景だねー」  石畳にひかれたレジャーシートに寝転び、夜空を見上げながらこなたが感嘆の声を上げる。 「そうですね。やはり夜空は、こういう場所で見るものですよね」  その隣に寝転んでいるみゆきも、こなたの言葉に同意した。  鮮やかな満月とそれを取り囲む無数の星。灯を落とした鷹宮神社の境内から眺めるそれは、今までみゆきが望遠鏡から見ていたものとは明らかに違う光を放っていた 「そういえば泉さん。月には玉兎(ぎょくと)という別名があるのをご存知ですか?」 「え?…いや、それは知らないや」 「あの絵本のお話が、その名の元になっているそうですよ」  みゆきからその話を出してきたことに、こなたはなにかしら解決したことを感じて安堵のため息をついた。 「…そっか」  そして、そう呟いた。 「ちなみに、対となる太陽には金烏(きんう)という別名があるそうです。こちらは、太陽には三本足の烏がいるという伝説が元になっているようですね」 「それも知らないや…でもその烏って八咫烏のことだよね?」 「はい、普通はそう言われます。良くご存知ですね」 「八咫烏は、色んな漫画やゲームに出てくるからねー」  そんなことを話していると、石畳を歩く足音が聞こえてきて、こなたとみゆきは身体を起こした。 「こなちゃん、ゆきちゃん。おまたせー」  歩いてきたのは、丼の乗ったお盆を持ったつかさとかがみだった。 「待ってました!…いやー、今日お昼からなんにも食べて無くてねー。お腹ペコペコだよ」  嬉しそうにそう言いながら、こなたはつかさから丼を受け取る。その隣ではみゆきがかがみから同じように丼を受け取っていた。 「…っていうかわけがわかんないんだけど」  みゆきに丼を渡しながら、かがみが呟いた。 「いきなりみゆきが月見やるとか言い出すし、こなたは月見うどん食べたいとか言い出すし…なんでかわたし達こんな格好だし」  かがみは自分の分の丼をレジャーシートの上に置きながら、自分の着ている巫女服を眺めた。 「いいじゃない、お姉ちゃん。わたしこういうの楽しいと思うよ」  同じく巫女服を着ているつかさが嬉しそうにそう言った。 「そうそう、後足りないのはやっぱ兎だよね…というわけで、はい、みゆきさんこれつけて」  こなたは自分の鞄から何かを取り出し、みゆきに手渡した。 「…兎さんの耳、ですか?」  受け取ったものを見て、みゆきが首をかしげた。 「そ、ウサ耳。装着っと」  こなたは鞄からもう一つウサ耳を取り出し、自分の頭につけた。 「なんだか恥ずかしいですね…」  こなたと同じようにウサ耳をつけながら、みゆきは頬を少し赤らめた。 「すぐ慣れるって。さ、食べよっか」  みゆきの肩を叩きながらそう言い、こなたは丼に添えられていた割り箸を割った。 「なんていうか…傍から見たら異様な集団ね」  ため息混じりにそう言うかがみに、こなたは笑顔を見せた。 「いいじゃん。こういう変なことも出来るほど仲がいいってこで」 「…変っていう自覚はあるのね」  かがみはもう一度ため息をついてうどんをすすった。 「…ま、いいけどね」  そして、そうポツリと呟いた。  みゆきは、時折話を交えながらうどんを食べている友人たちを、微笑みながら眺めていた。  そして、ふと思うことがあり月を見上げた。月には鮮やかに兎の模様が浮かんでいた。  今まで何度も望遠鏡を使って見ていたが、手を振ってくれる兎は一度も見なかった。 「…今は、それでいいんです」  みゆきは月に向かって小さく手を振った。月に兎が居ることを頑なに信じようとし始めた、あの日の自分に見せるように。  兎はここに居る。そう、想いをこめて。 ― 終 ―
 きょうはまんげつ。  おそらにはまんまるなおつきさまがでています。  わたしはしってる。  おつきさまにはうさぎさんがいて、おもちをついているんです。  しんせきのおにいちゃんからおおきなぼうえんきょうをかりてきました。  きょうはこれでおつきさまをみるんです。  うさぎさん。  もしわたしがいていることにきがついたら、てをふってくださいね。 ― 玉兎 ―  満月まで、後三日。  とある日の、とある喫茶店。  泉こなた、柊かがみ、柊つかさ、そしてみゆきの四人が冷たい飲み物を飲みながら談笑していた。  高校を卒業し、それぞれ別の大学や専門学校へと進学した今は、四人集まるにもお互いのスケジュールを合わせなくてはならず、こうした時間は四人にとって貴重な時間になっていた。 「こなちゃんって、お月様に兎さんが居るってのいつまで信じてた?」  そんな中、ストローから口を離したつかさがこなたに向かってそう聞いた。 「…急にどうしたの?」  こなたは眉間にしわを寄せてつかさに聞き返す。 「ほら、もうすぐ満月だなーって思って…」  少し言いづらそうに答えるつかさ。こなたは少し困った顔をしてかがみの方を見た。すると、彼女は小さくため息をついてお手上げのジェスチャーをした。 「わたしも昨日聞かれたわ…つかさは中学くらいまで信じてたから、お仲間が欲しいんでしょ」 「あーなるほど…悪いけど、わたしは幼稚園卒業くらいまでだよ」  こなたがそう言うと、つかさは心底残念そうな顔をした。 「そっかー。あれだけサンタさん長く信じてたから、もしかしてって思ったんだけどなー」 「そんななんでもかんでも信じてないよ…」  こなたは呆れたようにそう言って、ストローに口をつけた。 「ゆきちゃんはどう?」  と、つかさは今度はみゆきに聞いた。話を振られたみゆきは、きょとんとした表情で首をかしげていた。 「…ゆきちゃん、どうしたの?」 「へ?…あ、あの…す、すいません」  つかさに話しかけられてることに気がついたみゆきは、慌ててつかさに向かって頭を下げた。そして恐る恐る顔を上げながら、三人の顔を見回した。 「みなさんの言ってることが良く分からなくて…どうして、月に兎はいないという前提でお話をされてるのですか?」  みゆきの言葉に、今度は三人が首をかしげた。 「いや、前提も何も居ないでしょ。月に兎なんて…」 「います。お月様に兎さんは居るんです」  かがみの言葉を遮るようにきっぱりと言うみゆきに、かがみは目を白黒させた。 「…みゆきさん、流石に冗談だよね?」  こなたがぽつりとそう言うと、みゆきは眉間にしわを寄せてこなたを見た。 「なんでそんなこと言うんですか?わたし、冗談でこんなこと言いません」 「え、いや、その…ごめん」  怒るようなみゆきの強い口調に、こなたが思わず首をすくめて謝った。 「ゆ、ゆきちゃん…」  ただ事じゃない気配を察したつかさが、こなたとみゆきの間に身体を割り込ませた。みゆきは少し顔をしかめると、テーブルの上のレシートを掴み立ち上がった。 「え、ちょ…みゆき!」 「兎さんはいるんです!いなくちゃダメなんです!」  止めようとしたかがみにそう言い放ち、みゆきはレジに行き四人分の会計を済ませそのまま店を出て行ってしまった。  残された三人はどうすることも出来ずに、ただ顔を見合わせるだけだった。 「…ってなことがあってね」  その日の夕方の泉家。こなたは昼にあった出来事を、一緒に食事を取っている家族や居候たちに話していた。 「高良先輩が…珍しいって言うか、信じられないって言うか…」  そのうちの一人、小早川ゆたかがそう呟くと、隣に座っていたパトリシア・マーティンも同意するようにうなずいた。 「ミユキはエレガントにキめるべきですヨネ」 「いや、それなんか違うと思う…」  パティのずれた発言に呆れながら突っ込むこなた。そして、小さくため息をつきながら箸でおかずをつまもうとして、箸を置いて自分を見ている父のそうじろうに気がついた。 「ん、どしたのお父さん?」  こなたがそうじろうの方を向いてそう聞くと、そうじろうは少し眉間にしわを寄せて頬をかいた。 「こなた…喧嘩した。とかじゃないよな?」  心持ち心配そうにそう聞くそうじろうに、こなたは軽く手を振った。 「ないよ…少なくともわたしはそう思ってないって」 「そうか…ならいいけど」  こなたの言葉に、そうじろうは安心した表情を浮かべて箸を取った。それを見たこなたがニマッと笑みを浮かべた。 「あれー、もしかして心配してくれたー?」  からかうように言うこなたから、そうじろうは顔を背けた。 「そりゃ…するだろ、普通は」 「ほほー…んー、まあいいや」  こなたはそう言いながらおかずを一口食べ、そして少し考える仕草をしてからゆたかとパティのほうを向いた。 「二人はさ、兎が月にいてるっての信じてる?」  ゆたかとパティは顔を見合わせ、そして同時に左右に首を振った。 「小さな頃は信じてたけど、今は流石に…いれば素敵だなって思うけど」 「ワタシはニホンにきてからそういうハナシしりまシタ」 「…ふーん、そっか」  こなたは二人の答えを聞きながら、じっと何かを考えていた。 「こなた…なに企んでる?」  それを見ていたそうじろうがそう聞くと、こなたは苦笑いを浮かべた。 「あ、ばれた?…いやー、明日どうやって大学サボろうかってねー」 「…まあ、いいけどな。下手してこじらせるなよ」  呆れたようにそう言いながらも、そうじろうはそれ以上何も言わずに食事の続きを始めた。 「…ばればれだし…お父さんのこういうとこやり難いんだよね…」  誰にも聞こえないように呟きながら、こなたも食事を再開した。  一方の柊家。 「お姉ちゃん、入るよ」  夕食を終えた後、つかさは今日のことを話そうとかがみの部屋を訪れた。 「調べもの?」  そして、かがみが見ているパソコンのモニターを覗き込みながらそう聞いた。 「うん…ほら、月に兎がいてるって話。あれの元ネタみたいなのあるのかなって」 「アレって月の模様が兎に見えるからだよね?」 「そうよ。でも、こういう話もあるわ」  かがみはつかさがモニターを見やすいように、座っている椅子をずらしてモニターを指差した。つかさはモニターの正面に動いてそこに写っている文を読んだ。 「あ、このお話知ってる…」  猿、狐、兎の3匹が、力尽きて倒れている老人に出逢った。3匹は老人を助けようと考えた。  猿は木の実を集め、狐は川から魚を捕り、それぞれ老人に食料として与えた。しかし兎だけは、どんなに苦労しても何も採ってくることができなかった。  自分の非力さを嘆いた兎は、何とか老人を助けたいと考えた挙句、猿と狐に頼んで火を焚いてもらい、自らの身を食料として捧げるべく、火の中へ飛び込んだ。  その姿を見た老人は、帝釈天としての正体を現し、兎の捨て身の慈悲行を後世まで伝えるため、兎を月へと昇らせた。月に見える兎の姿の周囲に煙状の影が見えるのは、兎が自らの身を焼いた際の煙だという。 「これが元だったんだ」 「みたいね」  かがみは椅子の背もたれに体重を預け、天井を向いた。 「まあ、それがわかったからって、今日のみゆきのことわかるわけじゃないけどね」  その姿勢のまま、机においてあったポッキーの箱から一本取り出し口にくわえた。 「ゆきちゃんもこのお話知ってるのかな」 「みゆきがなんでもかんでも知ってるとは思わないけど、わたしがちょっと調べてわかるような事くらいは知ってると思うわね」  かがみは姿勢を元に戻すと、次のポッキーをかじり始めた。 「…ねえ、お姉ちゃん。今日のゆきちゃん、怒ってるように見えた?」  急にそう聞いてきたつかさに、かがみは首をかしげた。 「…変なこと聞くわね。怒っているようにしか見えなかったわよ」  そして、そう答えた。そのかがみに、つかさは頷いてみせる。 「うん、わたしも最初はそう見えたけど…でも、後から考えたら、その、なんていうか…駄々をこねてるって思ったんだ」  つかさの言葉に、かがみは唖然とした。 「駄々?みゆきが?」 「うん。月に兎が本当に居るか居ないかは関係なくて、ゆきちゃんにとっては絶対に居なくちゃいけないんじゃないかって…居なくちゃイヤだって駄々こねてるって思ったの…」 「なるほどね…ま、これ以上はここで考えててもわからないわね。明日みゆきの家に行ってみるわ…携帯じゃ反応してくれなかったし」  かがみが机に置いた携帯を見ながらそう言うと、つかさは驚いた表情を見せた。 「え、お姉ちゃん大学は?」 「サボるわよ。一日くらいどうとでもなるわ」 「じゃ、じゃあわたしも行く」  両手の拳を握りながらそう言うつかさにかがみは眉をひそめたが、すぐに表情を崩して頭をかいた。 「ダメって言いたいけど、サボるって言ってるわたしが止める権利は無いわね」 「うん、わたし頑張る」 「…なにを頑張るのよ」  かがみは呆れたように言いながら、パソコンの電源を落とした。  満月まで、後二日。  もうすぐ正午になろうかという時間。かがみとつかさは、みゆきの家に向かって歩いていた。 「あ、お姉ちゃん。あれ」  みゆきの家まであと少しというところで、つかさが前方を指差した。かがみもそちらを見てみると、見覚えのある触覚めいたクセ毛が揺れているのが見えた。 「…こなた?」 「みたいだね…おーい、こなちゃーん!」  つかさが手を振りながら大声で呼びかけると、こなたは少しビクッと肩を震わせてから振り向いた。 「あ、あれ…つかさにかがみじゃん。どうしたの?」  そしてかがみ達の姿を確認すると、安心したような顔をして二人に近づいた。 「どうしたのって、それはこっちの台詞よ。大学はどうしたの」  かがみがそう聞くと、こなたは照れくさそうに頭をかいた。 「いや、なんていうかサボり?みさきちに代弁頼んだんだけど『んなことできるか!』って断られちって…」  頭をかきながらそう言うこなたに、かがみはため息をついて見せた。 「なにやってんよ…って言いたいんだけど、わたし達も同じだから今回は何にも言えないわね」  少し苦笑しながらそう言うかがみに、こなたは唖然とした。 「え、じゃあかがみ達もサボってここに?」 「そういうこと。気になるんでしょ?みゆきが」 「うん、まあそうなんだけどね…こんなことするのわたしだけかと思ってたよ」  頭をかきながらそう言うこなたに、かがみとつかさが微笑みかける。そして、うなずきあうと三人連れ立ってみゆきの家に向かって歩き始めた。 「…あれ、ゆかりさんじゃない?」  みゆきの家の門が見えてきたところで、かがみが前を指差してそう言った。こなたがかがみの指差した方を見て頷く。 「そうみたいだね。そばにいてるのチェリーかな?」  高良家の門前にはみゆきの母であるゆかりと、お向かいの岩崎家の飼い犬であるチェリーが立っていた。 「みなみちゃんにでも頼まれて散歩してたのかな…」  そこまで言ったところで、こなたはチェリーが自分を見ていることに気がついた。そして、間髪入れずにこちらに駆けてくるのが目に入った。 「え?…あ、ちょ…うにゃーっ!?」  そのままチェリーに飛びかかられ、こなたは地面を転がった。 「…こなた?」 「…え…なに…?」  かがみとつかさはあまりに唐突な出来事に反応できず、チェリーに押さえつけられているこなたをただ唖然と見つめているだけだった。 「や、やめてーっ!髪の毛噛まないで!た、たすけてーっ!」 「あらあら、だめよチェリーちゃん。それは食べ物じゃないのよ」  こなたのアホ毛に噛み付いてるチェリーを、いつの間にか近づいてきていたゆかりが背中を撫でながらたしなめた。チェリーは不満気なうめき声を上げたが、素直にゆかりの言う事を聞いてこなたから離れた。 「うぅ…なんなんだよー…」  半泣きになりながら地面に座り込むこなた。 「こ、こなちゃん、大丈夫?」  つかさがそのこなたの服に付いた汚れを払う。 「あんたのアホ毛、無駄によく揺れるからおもちゃだと思ったんじゃない?」  かがみはそう言いながら、こなたのアホ毛についているチェリーのよだれをハンカチで拭った。 「ねこじゃらしじゃあるまいし…ありがと、もういいよ」  こなたはかがみ達にそう言って、立ち上がってお尻を払った。 「ごめんなさいね、こなたちゃん」 「あ、いえ…犬のすることですし…」  少し困った顔をして謝るゆかりに、こなたは手を振って答えた。 「それにしても、みんなお揃いでどうしたの?みゆきになにかご用かしら?」  ゆかりが首をかしげながらそう聞くと、こなた達三人は思い思いにうなずいて見せた。 「そう…でも、みゆき学校に行っちゃったわよ?」  ゆかりの言葉に、三人が同時に肩をこけさせる。 「…そ、そうだよね…普通学校行くよね…」 「…学校サボってまでこんなオチ…」 「…一気に力抜けたわ…」  つかさ、こなた、かがみと順にそう言った後、揃って大きなため息をついた。それを見ていたゆかりは顎に人差し指を当てて考える仕草をした。 「みんな、お昼は食べたのかしら?」  そして、そのままこなた達に向かってそう聞いた。 「いえ、まだですけど…」  かがみがそう答えると、こなたとつかさもうなずいた。 「そう、だったら丁度いいわね。お昼、少し作りすぎて困ってたのよー」  ゆかりは嬉しそうにそう言いながら手を合わせると、軽やかな足取りで自分の家の門へと向かった。 「…えーっと…食べてけって事かしら?」 「たぶんね…」 「…マイペースな人だね」  こなた達三人は呆れたように顔を見合わせ、ゆかりの後を追った。 「そう言えば、みゆきに会いに来たんだっけ?やっぱり昨日なにかあったのかしら?」  食べ終わった四人分のお昼ご飯の皿を片付けながら、ゆかりがそう聞いてきた。 「…はい」  かがみがそれに少し言いづらそうに答える。 「そう…なんだかみゆきが落ち込んでたから、何かあったのかなーって思ってたけど。よかったら話してもらえないかしら?」  かがみは少し考えて、こなたとつかさのほうを見た。そして、二人がうなずくのを見て、ゆかりに昨日の出来事を話し始めた。 「お月様に兎さん…ねえ」  かがみの話を聞き終えたゆかりは、空中に指で円を描きながらそう呟いた。 「アレかしらねー…ちょっと待っててね」  ゆかりはそういい残し、キッチンから出て行った。 「やっぱりゆきちゃん、なにかあるのかな…」  自分の目の前にあるお茶の入ったコップをいじりながら、つかさがそう呟いた。それを聞いたかがみが首を傾げる。 「なにかって、なにが?」 「うまく言えないんだけど、お月様に兎さんがいないってことがね、絶対に認められないって思うようになったこと…んー…やっぱりうまく言えないや」 「…まあ、なにかあったから昨日のあの態度なんだろうけどね」  かがみは椅子の背もたれに体重をかけ、軽く伸びをしながらながらそう言った。 「その昨日のみゆきさんなんだけどさ…なんか駄々こねてるように見えなかった?」  だらけるようにテーブルに突っ伏していたこなたが、急にそう呟いた。それを聞いたかがみとつかさは思わず顔を見合わせた。 「それ、つかさも言ってたわ。あんたもそう思ったの?」  こなたは身体を起こすと、かがみに向かってうなずいて見せた。 「まあね。後から考えたらって感じだけど…あんな子供っぽいみゆきさんって初めて見た気がするよ」  こなたがそう言ったところで、パタパタとスリッパの足音が聞こえてきた。三人がそちらを見ると、何かの本を両手で胸に抱えたゆかりがキッチンに入ってきた。 「これこれ、たぶんコレだと思うのよ」  そう言いながらゆかりはテーブルにその本を置いた。 「絵本?」  かがみがそう言いながらページをめくる。 「このお話…昨日お姉ちゃんが見てたのだよ」  横から覗き込んでいたつがさがそう言った。  そこに描かれていたのは、飢えた老人に三匹の動物がそれぞれのやり方で食べ物を与える話。最後にわが身を犠牲にした兎が月へと昇る話。 「この話どっかで聞いたことあるや…ふーん…これが月の兎の元ネタなんだね」  こなたが感心したようにそう呟く。 「家にあった絵本は、全部捨てるか近所の子供たちにあげたんだけど…その本だけはみゆきが手放さなかったのよね」  三人の後ろから本を覗き込んでいたゆかりがそう言った。 「自分の部屋に隠してるんだけど、あの子こういうの隠すの下手なのよねー」  そして、のん気な口調でそう付け足した。それを聞いたつかさとこなたが顔を見合わせる。 「…そんな隠してるものを、こうやって持ってきちゃっていいのかな…」 「…みゆきさんも色々大変だね」  つかさとこなたがそう喋っている間も、かがみは絵本を見続けていた。そして、最後まで見終わってから首をかしげた。 「ちゃんと最後は兎が火に飛び込むのね」  かがみの呟きを聞いて、今度はつかさが首を傾げる。 「え?そうしないとお話が終わらないんじゃ…」 「いやね、子供向けの絵本だから、最後は兎の行動を止めるとかするんじゃないかなって思ったんだけど」 「…ちょっと見せて」  こなたが横から絵本を取り上げ、巻末の発行年月日を確認した。 「やっぱり…これ古い本みたいだね。だから表現も結構過激なんだよ」 「そういうものなの?」  かがみがそう聞くと、こなたは絵本をテーブルにおいてうなずいた。 「昔は過激な表現に関してゆるゆるだったからね。子供向けの日本神話の本で、イザナギとイザナミの子作りシーンとかあったよ。ちゃんとエッチなことしてた」 「…そ、そうなんだ…」 「…あんたホントに変な知識だけは豊富ね…」  こなたの説明に、つかさとかがみは赤くなってうつむいた。 「ホントに面白い子ね、こなたちゃんって」  そして、ゆかりは頬に手を当てて微笑んでいた。 「お褒めいただき光栄です、奥さん」  そのゆかりに向かって大仰に礼をするこなた。 「…褒めてるのかなあ」 「…褒めてるんでしょうね。ゆかりさんだし」  そして、こなたを見ながらつかさとかがみが呆れたように呟いた。 「でも、なんでみゆきさんはこの本を大事にとってるんだろ?」  こなたが顎に手を当てて首を傾げながらそう言った。 「そうね…それが分かれば、昨日のみゆきの事も分かりそうよね」  かがみもこなたと同じように顎に手を当てて考え始めた。 「ゆかりさんはこの本のこと、何か知らないんですか?」  つかさがゆかりの方を向いてそう聞くと、ゆかりは顎に人差し指を当てて少し上を向いた。 「んー…この本は確か、わたしが実家から持ってきたものなのよね。嫁いできたときに荷物に紛れちゃってて」  ゆかりはどこか懐かしいそうにそう言った後、なにか思い出したのか、嬉しそうに手を合わせた。 「そうそう、この本みゆきに読んであげたことあるのよね。家にある絵本全部読んじゃったから、この本引っ張り出してきて読んであげたの。そしたら、みゆきがこの本を気に入ったみたいで、自分の部屋にもってっちゃったのよね」 「じゃあ、その時からみゆきさんは、ずっとこの本大事に持ってたって事ですか?」  こなたがそう聞くと、ゆかりはゆっくりとうなずいて見せた。 「そうなるわねー…でも、みゆきはどうしてこの本を気に入ったの…あ」  頬に手を当てて話していたゆかりは、その途中で何か思い出したのか黙り込んでしまった。 「…ゆかりさん?どうかしました?」  かがみがそう聞いても、ゆかりは返事をせず何か納得したように何度かうなずくだけだった。 「みゆきの事、わたしにまかせてもらえないかしら?」  そして、唐突にそう言った。 「え、いやでも…」  突然のゆかりの提案に、かがみが難色を示す。 「大丈夫よ。ちゃんと仲直りさせてあげるから…ね?」  甘えるようにそう言うゆかりに、かがみは何ともいえない表情を浮かべた。 「いや、別に喧嘩したわけじゃないんですが…ってかわたしもみゆきと話ししたいですし…」  なおも渋るかがみにゆかりは困った表情を浮かべたが、すぐになにか思いつきかがみの肩に手を置いた。 「ケーキあるんだけど、食べる?」 「いただきます」 「いやいやいや、それはないっしょ弁護士志望」  あっさりと買収されたかがみに、こなたは思わず突っ込みつかさは椅子から転げ落ちていた。  結局、ゆかりにすべて任せるということになり、こなた達はみゆきの家を後にした。  満月まで、あと一日。  目を覚ましたみゆきは、ゆっくりと身体を起こしベッドの側にある時計を見た。正午を少し過ぎた時間。みゆきにしては珍しく遅い目覚めだった。  ベッドの上から部屋の中を見渡し、みゆきはため息をついた。開いたままのクローゼットや机の引き出し。床には衣服や本棚から引きずり出された本が散乱している。 「…探しませんと」  みゆきはそう独り言を呟き、寝間着のまま部屋のあちこちを漁り始めた。  昨日、みゆきは大学へは行かず一日中図書館にいた。そこで月に関するあらゆる本、あらゆる資料を読み漁っていたが、みゆきが望む答え…月に兎が居るという答えは得られなかった。むしろ逆に望まない答えを、月に兎などいないという事実を突きつけられる形となってしまった。  そして、家に戻ったみゆきは自分の部屋から絵本が無くなっている事に気がつき、明け方ごろまで部屋の中を探し、探し疲れてそのまま寝てしまっていたのだ。 「…どうしてこんなことに」  みゆきはそう呟いて、探す手を止め床に座り込んだ。  友人たちに醜態をさらし、大学をサボり、大切にしていた絵本が無くなり…みゆきは泣きそうな気分で頭を抱えた。 「みゆき、入っていい?」  そこに、ノックの音とゆかりの声が聞こえた。 「は、はい。どうぞ」  みゆきは慌てて立ち上がり、ゆかりにそう答えた。 「あら、随分散らかしたのねー」  部屋の惨状を見て、ゆかりが口元に手を当ててそう言った。 「…すいません」  みゆきが謝ると、ゆかりは微笑みながら手を振った。 「別に怒ってないわよ…探してたのは、これかしら?」  ゆかりが後ろ手に隠していた例の絵本を前に出すと、みゆきは目を見開いた。 「お、お母さん…これ、どこで…」  少しどもりながらみゆきがそう聞くと、ゆかりは悪戯っぽく微笑み舌を出した。 「わたしが持ち出しちゃってたの」  ゆかりがそう言いながら、絵本をみゆきに向かって差し出した。 「どうしてそんなことを…」  絵本を受け取りながら、みゆきはゆかりを困惑した表情で見上げる。 「こなたちゃん達にね、この本見せてあげてたのよ…昨日、こなたちゃんたちが来てたわ。みゆきのこと心配してたわよ」 「みなさんが…」 「一昨日の事も全部聞いたわ」  ゆかりの言葉に、みゆきはうつむきそっぽを向いた。ゆかりは少し困った顔をするとみゆきの隣に座った。 「この絵本。わたしがみゆきにちゃんと読んであげられた本よね?」  自分の問いにみゆきがうなずくのを見て、ゆかりは微笑んだ。  幼いみゆきに、ゆかりは夜寝る前に色々な絵本を読んであげていた。しかし、いつもゆかりが途中で寝てしまい、みゆきは一人で続きを読んでいた。そして、話が短くてゆかり自身もよく読んでいて慣れていたこの本は、ちゃんと最後までゆかりが読んであげられた唯一の本だった。 「その時、みゆきが聞いてきたわね。今でもこの兎は月に居るのか?って」 「…はい」  みゆきは今度はうなずくだけでなく、はっきりと声に出して答えた。 「わたしは、今でも居るって答えたのよね」 「はい…そして、自分を見つけてくれた人には手を振ってくれるって…」 「…信じてたのね。そのこと、今でもずっと」 「はい…信じてました。信じなきゃいけなかったんです…だって…だって…」  言葉に力がこめながら、みゆきは絵本を床に置きゆかりの方を向いた。 「お母さんが教えてくれたことだから…わたしが調べたことじゃなくて、お母さんが教えてくれたことだから…」  自分を見つめるみゆきを、ゆかりはまるで小さな子供のように感じていた。 「だから、嫌だったんです…お月様に兎さんなんかいないって言われるのが…泉さん達にお母さんは嘘つきだって言われてるようで…嫌だったんです…」  ゆかりはみゆきの頭に手を置き、軽く撫でてあげた。 「ホント、おかしなところで不器用な子ね…なんでも器用にこなすくせに、こういうところは頑固なんだから」 「だって…だって…」  ぐずり始めたみゆきの頭を撫で続けながら、ゆかりは絵本を手に取った。 「兎さんは、正しいことをしたと思う?」 「…え?」  ゆかりの唐突な問いに、みゆきは呆けたような表情をした。 「老人のために火に飛び込んだことは、正しかったのかしらね」 「…それは…そうするしかなかったから…」 「そうかしら?お猿さんや狐さんが食べ物を持ってきてくれてたのだから、ここまでする必要は無かったんじゃないかな」 「でも、それだと兎さんは何も出来なかったことに…」 「それでいいのよ」  微笑むゆかりに、みゆきは困惑した表情を浮かべた。 「何も出来なくてよかったの。自分の身を犠牲にすることは確かに美談だけど、悲しいことでもあるのよ。自分のために兎が死んだことを、お爺さんは悲しんだでしょうし、火を焚いたお猿さんと狐さんも悲しかったと思うわ…みゆきはこの兎さんと同じなのよ」 「わたしが…兎さん?」 「そう。わたしの言葉にこだわってお友達を心配させて…そのせいで喧嘩になったら、わたしだって悲しいわよ」  みゆきの頭から手を離し、絵本を床に置いてゆかりはみゆきの両肩に手を置いた。 「だからね、なにもしなくていいの。わたしの事なんか放っておいてよかったのよ。わたしはそんなことくらい気にしないから…ね?」 「…お母さん」  みゆきは一度うつむき、すぐに顔を上げた。 「それだと、兎さんはお月様にはいけませんね…」 「いいのよ、いかなくても。そのほうがたくさん遊べるんだし」  そう言いながら微笑むゆかりに、みゆきはぎこちなく微笑んだ。 「でも、これでお母さん嘘つきになっちゃったわねー…お詫びってのもおかしいけど、なにかして欲しいことあるかしら?」  ゆかりにそう聞かれ、みゆきは床に置いてある絵本に視線を落とした。 「えっと…それじゃ…その…ご、ご本を…読んで欲しいです…」  みゆきの答えに、ゆかりは思わず吹き出してしまった。 「みゆき、なんだか子供みたいよ」 「はい、子供です。子供でいいんです…わたしはずっとお母さんの子供ですから」  そう言いながら、みゆきはやっといつものように微笑むことが出来ていた。  そして、満月の日。 「おー、こりゃいいや。絶景だねー」  石畳にひかれたレジャーシートに寝転び、夜空を見上げながらこなたが感嘆の声を上げる。 「そうですね。やはり夜空は、こういう場所で見るものですよね」  その隣に寝転んでいるみゆきも、こなたの言葉に同意した。  鮮やかな満月とそれを取り囲む無数の星。灯を落とした鷹宮神社の境内から眺めるそれは、今までみゆきが望遠鏡から見ていたものとは明らかに違う光を放っていた 「そういえば泉さん。月には玉兎(ぎょくと)という別名があるのをご存知ですか?」 「え?…いや、それは知らないや」 「あの絵本のお話が、その名の元になっているそうですよ」  みゆきからその話を出してきたことに、こなたはなにかしら解決したことを感じて安堵のため息をついた。 「…そっか」  そして、そう呟いた。 「ちなみに、対となる太陽には金烏(きんう)という別名があるそうです。こちらは、太陽には三本足の烏がいるという伝説が元になっているようですね」 「それも知らないや…でもその烏って八咫烏のことだよね?」 「はい、普通はそう言われます。良くご存知ですね」 「八咫烏は、色んな漫画やゲームに出てくるからねー」  そんなことを話していると、石畳を歩く足音が聞こえてきて、こなたとみゆきは身体を起こした。 「こなちゃん、ゆきちゃん。おまたせー」  歩いてきたのは、丼の乗ったお盆を持ったつかさとかがみだった。 「待ってました!…いやー、今日お昼からなんにも食べて無くてねー。お腹ペコペコだよ」  嬉しそうにそう言いながら、こなたはつかさから丼を受け取る。その隣ではみゆきがかがみから同じように丼を受け取っていた。 「…っていうかわけがわかんないんだけど」  みゆきに丼を渡しながら、かがみが呟いた。 「いきなりみゆきが月見やるとか言い出すし、こなたは月見うどん食べたいとか言い出すし…なんでかわたし達こんな格好だし」  かがみは自分の分の丼をレジャーシートの上に置きながら、自分の着ている巫女服を眺めた。 「いいじゃない、お姉ちゃん。わたしこういうの楽しいと思うよ」  同じく巫女服を着ているつかさが嬉しそうにそう言った。 「そうそう、後足りないのはやっぱ兎だよね…というわけで、はい、みゆきさんこれつけて」  こなたは自分の鞄から何かを取り出し、みゆきに手渡した。 「…兎さんの耳、ですか?」  受け取ったものを見て、みゆきが首をかしげた。 「そ、ウサ耳。装着っと」  こなたは鞄からもう一つウサ耳を取り出し、自分の頭につけた。 「なんだか恥ずかしいですね…」  こなたと同じようにウサ耳をつけながら、みゆきは頬を少し赤らめた。 「すぐ慣れるって。さ、食べよっか」  みゆきの肩を叩きながらそう言い、こなたは丼に添えられていた割り箸を割った。 「なんていうか…傍から見たら異様な集団ね」  ため息混じりにそう言うかがみに、こなたは笑顔を見せた。 「いいじゃん。こういう変なことも出来るほど仲がいいってこで」 「…変っていう自覚はあるのね」  かがみはもう一度ため息をついてうどんをすすった。 「…ま、いいけどね」  そして、そうポツリと呟いた。  みゆきは、時折話を交えながらうどんを食べている友人たちを、微笑みながら眺めていた。  そして、ふと思うことがあり月を見上げた。月には鮮やかに兎の模様が浮かんでいた。  今まで何度も望遠鏡を使って見ていたが、手を振ってくれる兎は一度も見なかった。 「…今は、それでいいんです」  みゆきは月に向かって小さく手を振った。月に兎が居ることを頑なに信じようとし始めた、あの日の自分に見せるように。  兎はここに居る。そう、想いをこめて。 ― 終 ― **コメント・感想フォーム 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