ID:NIOcQ0Io氏:【光の速さで1.2秒】

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 望まれもしないのに長長と居座る西高東低の気圧配置の只中、 細雪が街を彩ることもなくロマンのかけらもないそんな季節、2月のおわり。 私は、今現在この身を襲っている足先の冷えとどう戦うべきかと 思案しながら、課題のレポートを消化していた。  卓上の時計が21:55を指すころ、にわかに階下から隣の部屋へ どたばたと慌ただしい足音が駆け込んでくる。 そのままこちらの部屋に雪崩れ込まないということは、 今日は一人で「する」つもりらしい。 私と一緒にでなく、一人で彼女に話したいことがあるのだろうか。 妹の変化は姉としてたいへん喜ばしいことのはずだが、 その反面でもやもやとした切なさが私の胸をつついた。  そのうちに時計の針は進み、約束の時間が訪れる。 長針が音を立てて12を指すと同時に私は、窓を開いて夜空を見上げた。 まさに冬の夜というような、きらめく星空が広がっている。 その星星の中でひときわ輝くその天体を私は見つめる。  月。 たった一つの地球の衛星。 大きさは地球の10分の1。 地球からの距離380000Km。  十分に満ちたその星に向けて、私は大きく手を振る。 380000Kmの彼方からでも、私の姿が見えるように。  同じように手を振る、彼女に向けて。    【 光の_       】    【 光の速さで_    】    【 光の速さで1.2秒 】  『私、この4月から月に行くことにしました』  暗く澱んだ空も徐々に明るさを取り戻し、一陣の風に季節が移り行くことを感じさせられるような3月のはじめ。 みゆきは、そう私に告げた。  月への移住実験が始まるということ。  父親の仕事の関係でそのプロジェクトに参加することができるということ。  4月から最短で1年、場合によっては数年間、月で暮らすということ。  つまりしばらくは会えないということ。  そして、みゆきがその実験に参加する意志があるということ。  一切言いよどむことなく、テーブル一面に広げた書類を使って私に説明してみせる。 書類を掴むその左手は、かすかに震えていた。  4月が来ると、みゆきは私たち、同じ日に話を聞かされた私とつかさとこなた、 を含めた大勢の友人に見送られ、月へ旅立っていった。 笑顔で見送ろうという決心を、私はついに守ることができなかった。 みゆきは、どんな顔をして地球を後にしたのだろうか。  みゆきを乗せた船が月に無事たどり着いたというニュースが地球上を駆け巡り、人知れず私は安堵のため息をもらした。 一団の居住空間の形成状況を日々テレビが報じれば、私は昼夜を問わず空虚な月面を見つめた。 やがて実験は軌道に乗り、人々は稀に夜空を見上げたときにだけ彼女達のことを思い出すようになった。 私たちもそれぞれの日常へ還ってゆき、全てが正しく収まったように日常の内へ没入していった。  そして、一つの『約束』だけが残った。  それは私たち4人の間で交わした、とても簡単な約束。 地球の時間で22:00になったら、私達は月に手を振り、みゆきは地球に手を振る。 そして、互いにその日一日のことを報告する。 つまり、おしゃべりをする。  声に出しても出さなくてもいい、どうせ届きはしないから。 言葉で伝えられないから、私たちは大きく手を振る。 顔も肌も声も決して触れ合うことのできない私たちは、こうして確かにつながっていた。  そして現在、2月の寒空に手足の指先を凍えさせながら今日も私はみゆきと語り合っている。 この季節に巫女の仕事は辛いこと、こなたが冷やかしに来たこと、つかさが一人でみゆきと喋りたがっていること。 みゆきの旅立ちからもうすぐ1年が経とうとしているが、日々柔らかに変化していく日常に話題が尽きることはない。  みゆきは今、どうしているだろうか。 今日一日で何を経験して、どんなことを私たちに話しているのだろうか。 「ねえ、元気でやってる?」 放たれた言葉が届くまで、音の速さで……たぶん1000000秒くらい。  手を振る私の姿が届くまで、光の速さで1.2秒。 じゃあ、やっぱりこっちのほうがいい。  私の姿がみゆきに届くまでの1.2秒。 私は想像する。 荒涼とした月面世界から手を振り返すみゆきの姿を。  みゆきは一人、月の砂漠に立っていた。 少しだけ大人びた様子で湖のような微笑みをたたえているかもしれない、 高校生のときのような無垢な笑顔を浮かべているかもしれない。 いかにも月といったような無機的な衣装をまとっているかもしれない、 夏の太陽によく映える純白のワンピースを着ているかもしれない。  結局どんな様子でいてくれても構わないのだけれど。 願うなら、あの頃と同じみゆきでいてほしい。 それは私のわがままだろうか。  それともう一つ、もう一つだけ願うなら。  やっぱり、手を振り返すみゆきが、笑顔でいてくれたらいい。 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - この内容を私が文章にしたらただのSF物になってしまう。 &br()月と言うよりどこか遠くの外国へ行っている様な感じでしょうか。 &br()こんな表現の仕方があるなんて。 -- 名無しさん (2010-07-28 00:27:03)
 望まれもしないのに長長と居座る西高東低の気圧配置の只中、 細雪が街を彩ることもなくロマンのかけらもないそんな季節、2月のおわり。 私は、今現在この身を襲っている足先の冷えとどう戦うべきかと 思案しながら、課題のレポートを消化していた。  卓上の時計が21:55を指すころ、にわかに階下から隣の部屋へ どたばたと慌ただしい足音が駆け込んでくる。 そのままこちらの部屋に雪崩れ込まないということは、 今日は一人で「する」つもりらしい。 私と一緒にでなく、一人で彼女に話したいことがあるのだろうか。 妹の変化は姉としてたいへん喜ばしいことのはずだが、 その反面でもやもやとした切なさが私の胸をつついた。  そのうちに時計の針は進み、約束の時間が訪れる。 長針が音を立てて12を指すと同時に私は、窓を開いて夜空を見上げた。 まさに冬の夜というような、きらめく星空が広がっている。 その星星の中でひときわ輝くその天体を私は見つめる。  月。 たった一つの地球の衛星。 大きさは地球の10分の1。 地球からの距離380000Km。  十分に満ちたその星に向けて、私は大きく手を振る。 380000Kmの彼方からでも、私の姿が見えるように。  同じように手を振る、彼女に向けて。    【 光の_       】    【 光の速さで_    】    【 光の速さで1.2秒 】  『私、この4月から月に行くことにしました』  暗く澱んだ空も徐々に明るさを取り戻し、一陣の風に季節が移り行くことを感じさせられるような3月のはじめ。 みゆきは、そう私に告げた。  月への移住実験が始まるということ。  父親の仕事の関係でそのプロジェクトに参加することができるということ。  4月から最短で1年、場合によっては数年間、月で暮らすということ。  つまりしばらくは会えないということ。  そして、みゆきがその実験に参加する意志があるということ。  一切言いよどむことなく、テーブル一面に広げた書類を使って私に説明してみせる。 書類を掴むその左手は、かすかに震えていた。  4月が来ると、みゆきは私たち、同じ日に話を聞かされた私とつかさとこなた、 を含めた大勢の友人に見送られ、月へ旅立っていった。 笑顔で見送ろうという決心を、私はついに守ることができなかった。 みゆきは、どんな顔をして地球を後にしたのだろうか。  みゆきを乗せた船が月に無事たどり着いたというニュースが地球上を駆け巡り、人知れず私は安堵のため息をもらした。 一団の居住空間の形成状況を日々テレビが報じれば、私は昼夜を問わず空虚な月面を見つめた。 やがて実験は軌道に乗り、人々は稀に夜空を見上げたときにだけ彼女達のことを思い出すようになった。 私たちもそれぞれの日常へ還ってゆき、全てが正しく収まったように日常の内へ没入していった。  そして、一つの『約束』だけが残った。  それは私たち4人の間で交わした、とても簡単な約束。 地球の時間で22:00になったら、私達は月に手を振り、みゆきは地球に手を振る。 そして、互いにその日一日のことを報告する。 つまり、おしゃべりをする。  声に出しても出さなくてもいい、どうせ届きはしないから。 言葉で伝えられないから、私たちは大きく手を振る。 顔も肌も声も決して触れ合うことのできない私たちは、こうして確かにつながっていた。  そして現在、2月の寒空に手足の指先を凍えさせながら今日も私はみゆきと語り合っている。 この季節に巫女の仕事は辛いこと、こなたが冷やかしに来たこと、つかさが一人でみゆきと喋りたがっていること。 みゆきの旅立ちからもうすぐ1年が経とうとしているが、日々柔らかに変化していく日常に話題が尽きることはない。  みゆきは今、どうしているだろうか。 今日一日で何を経験して、どんなことを私たちに話しているのだろうか。 「ねえ、元気でやってる?」 放たれた言葉が届くまで、音の速さで……たぶん1000000秒くらい。  手を振る私の姿が届くまで、光の速さで1.2秒。 じゃあ、やっぱりこっちのほうがいい。  私の姿がみゆきに届くまでの1.2秒。 私は想像する。 荒涼とした月面世界から手を振り返すみゆきの姿を。  みゆきは一人、月の砂漠に立っていた。 少しだけ大人びた様子で湖のような微笑みをたたえているかもしれない、 高校生のときのような無垢な笑顔を浮かべているかもしれない。 いかにも月といったような無機的な衣装をまとっているかもしれない、 夏の太陽によく映える純白のワンピースを着ているかもしれない。  結局どんな様子でいてくれても構わないのだけれど。 願うなら、あの頃と同じみゆきでいてほしい。 それは私のわがままだろうか。  それともう一つ、もう一つだけ願うなら。  やっぱり、手を振り返すみゆきが、笑顔でいてくれたらいい。 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - このスケールがまたいい!gj -- 名無しさん (2017-06-06 23:42:27) - この内容を私が文章にしたらただのSF物になってしまう。 &br()月と言うよりどこか遠くの外国へ行っている様な感じでしょうか。 &br()こんな表現の仕方があるなんて。 -- 名無しさん (2010-07-28 00:27:03)

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