ID:SU0Ad4Y0氏:幸運の星

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  気がつくと、わたしは何故か近所の公園にいた。しかも全裸で。  確かわたしは部屋で寝ていたはず。なんでこんなところにいるのか、さっぱりわからない。  寝てる間に強盗が入ってきて、身包みはがされて放り出された?…いや、なんか無理があるな。  とりあえずわたしは手近な木の枝を使って身体を隠そうとしたが…わたしの手はソレをすり抜けた。  そういえば、わたしは目を覚ます前に全裸でここに寝ていたはずなんだけど、公園にいる人たちは誰も気にしてない感じだ。  頭の中に身包みはがされた説より最悪な考えが浮かんだ…もしかして、わたし死んでる?コレって霊魂状態?…いや、死んだとは限らないよね。生霊って手もある。  どういう手だよ、と自分に突っ込んでから、わたしは公園の向こうに見える道路から、じっとわたしの方を見ている人物に気がついた。  その人はしばらくわたしを見つめたあと、真っ直ぐにわたしの方に歩いてきた。  そして、わたしのまん前に立ち止まって、しげしげとわたしを見つめるその人物は…友人のかがみだった。 ― 幸運の星 ― 「…なにコレ?」  酷い第一声をかがみが放つ。確かに怪しい格好だけどコレってなんだよコレって…と、突っ込もうとして、わたしは自分が喋れないことに気がついた。 「光?…なんか人っぽい形してるけど…」  どうやらかがみの目には、わたしは人っぽい何かにしか見えないらしい。ますます自分が霊魂めいた何かになってると思えてきた。 「お姉ちゃん、どうしたの?」  かがみの後ろから更に二人の人物…かがみの妹のつかさと、もう一人の友人であるみゆきさんが歩いてきた。どうやら三人でここに来たらしい。 「…あの…これなんですか?」  みゆきさんが恐る恐るわたしを見ながらそう言った。 「わたしが聞きたいわよ…みゆきならなにか知ってると思ったんだけど」 「すいません…初めて見ます」  うーむ。みゆきさんですらご存じない、得体の知れないわたし。結構落ち込む。 「お姉ちゃん、ゆきちゃん…あんまり時間ないから…」  二人の後ろからつかさがせかすようにそう言った。それを聞いたかがみとみゆきさんは顔を見合わせ、わたしに背を向けた。  そのまま公園にいてもしょうがないので、わたしは三人を追うことにした。ふと、足元に何か落ちてるのに気がついた。  拾い上げてみると、それは星型のブローチだった。あれ、これには触れるんだ。わたしはソレを持ったまま、公園を出て行く三人を追うために足を速めた。 「…ねえ、アレ付いて来るよ…」  つかさが不安そうにかがみとみゆきさんに話しかける。まあ、無理もない。得体の知れない人っぽい何かが後ろを付いてくるのだから。 「ほっときなさい。今んところ害は無いんだし」  かがみの方は特に気にしてないようだ。みゆきさんは口にはしないが気になるようで、わたしの方をちらちら見ている。  それにしても、道行く人々がみんなノーリアクションなところを見ると、どうやらわたしが見えるのは今のところこの三人だけのようだ。ビバ、友情パワー…いや、わたしと認識はしてくれてないけどね。 「…今からのこと考えると、かまってられないってのが正しいけどね」  かがみが酷く気落ちした声でそう言った。他の二人も同感なのか、うつむいてしまう。ってーか、公園からのこの道のりは、間違いなくわたしの家への向かう道なんだけど…。  なんかもう、凄く嫌な予感がする。三人が向かってるのはわたしの家。落ち込んだ三人の表情。霊魂じみた状態のわたし…え、なにこれ?もしかして家ついたらわたしのお葬式が始まってるとか?冗談でしょ? 「…ねえ、あんまり暗い顔はやめよ?こなちゃん、喜ばないよ…」  つかさ、やめてー!そういう台詞やめてー! 「…そうね」 「…はい」  ちょっとー!ほんとシャレにならないってー!  辿り着いたわたしの家を見上げる。とりあえず、お葬式の垂れ幕とかは無い。けどまだ安心は出来ないね。お葬式はすでに終わっていて、みんなは仏壇に花を供えに来たのかもしれないし、もしかしたら植物状態のわたしが部屋で寝ているのかも知れない…やめよう。なんか切なくなってきたよ。 「…やあ、いらっしゃい」  わたしが考え込んでいる間に、かがみ達がインターホンを押してたらしく、中からお父さんが出てきた。わたしが応対しないあたり、凄く不吉。 「今日は、大丈夫なのかい?」  なぜか不安そうに聞くお父さんに、かがみが首を振ってみせる。 「…わかりません…でも、そうじろうさん…」 「…ああ、なにも…しないよ」  何か凄く意味深な会話。一体どうなっているのやら。  わたしが悩んでいると、みんなが家に入ろうとしてたので慌てて後を追う。わたしの目の前でドアが閉められたけど、すり抜けれるので無問題。  しかし、なんでドアとかすり抜けられるのに、床とか地面はすり抜けないんだろうか。きっとこれはわたしは実際に床の上に立っているのではなく、立っていると思い込んでいるだけなんだ。  空を浮いていると思い込めば浮けるんだろうけど、身一つで空を飛んだことの無いわたしはそう思い込むことが出来ない。床を歩くのはいつもやってることだから、無意識にイメージできるというわけだ………いや、それだとドアをすり抜けるなんてやったことないのになぜできる?  などと、わたしが勝手に脳内で設定を組んで矛盾に悶絶してると、みんなを見失ってしまった。余計なことは考えないでおこう。たぶん、わたしの部屋に行ったんだろうな。  わたしの部屋に入ってみると、予想通りみんながいた。何故か正座してる。そして、その前にあるベッドに座っているのは…わたしだ。  わたしと寸分違わぬ顔形をした、泉こなたがそこにいた。じゃあ…わたしは一体誰?ってかなに? 「…三十分、遅刻だね」  えらそうに腕を組みながら、みんなに向かってもう一人のわたし…えーっと仮にこなた二号としこうか…がそう言った。 「ま、まってよ。約束は一時でしょ?まだ十二時半じゃない…」  かがみが慌てて反論する。三十分遅刻どころか三十分早いじゃん。ボケてるのかこのこなた二号は。 「うん、さっき気が変わって、集合時間十二時に変えたから」 「き、聞いてないわよ…」 「今言ったよ」 「そんな…」  …なにこの理不尽。つかさと、みゆきさんも絶句してる。ってか、かがみよく怒んないな。いつもならゲンコツの一発でも飛び出しそうなのに。 「それじゃ、罰ゲームだね…つかさ」 「ひっ!?」  つかさがビクリと身体を震わせ、泣きそうな顔になる。どういう罰ゲームか知らないけど、つかさの怯えようが尋常じゃない。そのつかさの前に、かがみが立ちはだかった。 「罰ゲームはわたしだけのはずよ…それだけは譲れないわ」  必死さすら感じるかがみの真剣な声。それを聞いたこなた二号は、しかめっ面をしてベッドから立ち上がった。 「…まったく。かがみは妹思いだねえ…でも、かがみのそう言うところ」  そして、かがみの右肩に手を置く。 「嫌いなんだよね」  こなたに号が呟いた次の瞬間、二人の身体が床に沈んだ。 「いっ!?いだっ!ちょ、いきな…ひぃぃっ!」  かがみの悲鳴が部屋に響く。こなた二号はかがみの右手をしっかりとロックして自分の腋に挟んでる。いわゆる腋固めだ。 「あ、そうそう。つかさにみゆきさん。二人はお互いに両手を握り合っててよ」  かがみに腋固めをかけながらも、こなた二号は軽い口調でつかさとみゆきさんに指示を出す。二人は素直にそれに従って、お互いの両手をしっかりと握り合った。  …え、いや、ちょっと待って。なにがどうなってんの?あんまりな出来事で、思考がついていかないんだけど。 「こ、こな…いた…痛い…シャレになんないって…これ…」 「何言ってんのかがみ。罰ゲームなんだから、痛いの当然でしょ?頑張って耐えなよ…っと」 「い、いいいいっ!?」  こなた二号が体を反らせると、かがみの悲鳴が一段と大きくなった。無理だ。耐えれるわけが無い。関節技ってのはそんな甘っちょろいもんじゃない。 「…お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん…」  つかさはそう呟きながら、目を瞑って必死に何かに耐えている。みゆきさんは唇を噛んで、つかさの手の色が変わるくらい強く握り締めていた。  ああ、そうか。手を握り合わせていたのは、耳を塞がせないためか。かがみの悲鳴を二人に聞かせるためなんだ。  これ…夢だよね?夢なんだよね?わたしがみんな相手にこんな悪意向けてるなんてありえないよね?  夢なら早く覚めて。わたしがそう強く思った瞬間、ゴキンッという鈍い音が聞こえた。同時に、かがみの目が大きく開かれる。 「ひっいいいぃぃぃぃぃlぃっ!!」  そして、聞いたことも無いような大きな悲鳴を上げた。肩だ。肩を外されたんだ。  なんで?なんでこんなことするの?わけ…わかんない…。 「…あ…ああ…う…」  肩を抑えながら床にうずくまってるかがみ。それを立ち上がったこなた二号が見下ろしている。 「あーあ。かがみがあんまり暴れるもんだから、外れちゃったよ」  頬をかきながら、悪びれもせずにそう言い放った。  違う。絶対に違う。こんなのわたしじゃない。 「お姉ちゃん…お姉ちゃん!」  つかさがかがみのところに行こうとしてるけど、みゆきさんがしっかり手を握って行かせない様にしている。 「みゆきさん、正解。手、離したらかがみの肩がもう一個外れることになるよ」  その二人の様子に気がついたこなた二号が、平然とそう言い放った。  もういやだ。わたしは耐えられなくなって、部屋を飛び出した。なんで…なんでわたしがこんなもの見なきゃいけないの。どうしてあのこなた二号…いや、もうあんな奴はクソチビでいい…クソチビはあんな酷いことを友達に対してできるの。  ぐちゃぐちゃになってきた思考の中で、わたしはお父さんのことを思い出していた。お父さんならわたしを止められるはず。でも、なんで来ないんだろう。かがみの悲鳴だって聞こえてるはずなのに。  わたしは、お父さんの部屋に行ってみることにした。  お父さんの部屋に入ったわたしが見たのは、部屋の中央で正座をしているお父さんだった。太ももの上にのせた拳がぶるぶると震えている。 「…すまない、すまない…すまない…」  近づいてみると、そう呟いてるのが聞こえた。  おかしいよ。なんでこんなところでじっとしてるの。なんで止めに行かないの。娘が友達にあんなことをしてるってのに、なんでなにもしないの。  お父さんは、わたしを叱ってくれたでしょ。わたしが聞き分けないときは、頭殴ってでも止めたでしょ…なのに…なのになんでそうしないんだよ!滅茶苦茶してるじゃん!あんなのほっといてどうするんだよ!  わたしはお父さんの体を揺さぶろうとしたけど、すり抜けて掴むことはできなかった。  こんなわたしじゃ、どうにも出来ないんだから…なんとかしてよお父さん…。 「…やめてください!泉さん!」  わたしがお父さんの横でうつむいていると、わたしの部屋の方からみゆきさんの悲痛な声が聞こえてきた。  それを聞いたお父さんは、血が出るんじゃないかってくらい強く拳を握り締めた。目はしっかりと瞑り、ギリギリと音が聞こえそうなくらいに歯を食いしばっている。まるで、耐え難いものに耐えるみたいに。  わたしはもうここにいることも耐えられなくなって、廊下に飛び出した。 「無茶です!出来るはずありません!」  廊下でどうしようもなく立ち尽くすわたしの耳に、またみゆきさんの声が聞こえる。これ以上なにがあるっていうんだよ…。  ふらふらと部屋に戻ったわたしが見たのは、もう一度かがみを押さえ込んでるクソチビだった。 「専門の知識も無いのにそんなことすれば、悪化させるだけです!」  そのクソチビに、みゆきさんが何か必死に懇願している。 「大丈夫だよ、みゆきさん…やり方は漫画で見たから」 「…漫…画…そんなもので…」  みゆきさんが卒倒しそうな勢いで、体をふらつかせる。それを支えてるつかさは、恐怖でなのか顔が真っ青だ。 「それじゃいくよ、かがみ。歯、食いしばってね」  クソチビの言葉に、かがみの返事は無い。脂汗を流しながら、荒い息を吐いているだけだ。  ちょっと待ってよ…もしかしてこいつ、かがみの肩を…。 「ほいっと」  クソチビの軽い声と共に、外れているかがみの肩からゴリッと鈍い音がした。 「~~~~~~~~っ!!!」  かがみの悲鳴は、もう声になってない。クソチビは外れた肩をはめたんだ、漫画で読んだ程度の知識で。 「かがみ、生きてるー?ちゃんと肩はまったー?」  うつ伏せに床に寝転んで、ピクリとも動かないかがみの顔を覗き込みながら、クソチビがそう聞いた。かがみは何も答えない。というより、答えられるような状態じゃないんだろう。痛みに耐えるのに精一杯なのか、それとも気絶してしまったのか。  クソチビはしばらくかがみの顔を覗いていたが、立ち上がって眠そうに大きくあくびをすると、ベッドに寝転んだ。 「…眠いし飽きた。もう帰っていいよ」  そのクソチビの言葉を聞いた瞬間に、わたしの頭の中で何かがぶちきれた。  仰向けにベッドに寝転んでいるクソチビに近づいて、その顔面に思い切り拳を振り下ろす。拳はクソチビには当たらずすり抜けたけど、わたしはお構いなしに何度も拳を振り下ろし続けた。  あたれあたれあたれあたれあたれ…あたれよ!一回でいいから!鼻へし折れて涙と鼻血まみれになってみんなに謝れよちくしょーっ!  どんなにやってもかすりもしない。わたしは疲れきって、手を下ろした。ふと見ると、クソチビは目を瞑って寝息を立てている。わたしの怒りなんて、意にも介してない。いや、そもそもわたしが見えてないのかも…わたしは、なんにも出来ないんだ。悔しさで目の前が真っ赤になりそうだ。  部屋を見回すと、かがみたちはもういなかった。わたしは呪われろとばかりにクソチビを睨みつけて部屋を出た。  廊下に出ると、玄関の方から声がした。かがみ達が帰るところらしい。よく見てみると、お父さんがみゆきさんに万札らしきものを渡していた。お金で解決…?もう、なんて言っていいんだろ…。 「…ほんとに大丈夫かい?俺が利用してる接骨院を紹介しようか?色々と融通が利くと思うんだ…」  お父さんが心配そうにかがみにそう言った。みゆきさんに体を支えられてるかがみは、そのお父さんに笑顔を見せた。 「だ、大丈夫です…そんなに心配することじゃ…ないですから…」  顔引きつってるし、声が涙声になってるよかがみ…無理してるのバレバレだよ…。 「…それでは、わたしたちはこれで…」  みゆきさんがそう言ってお父さんに頭を下げ、かがみを支えながら玄関から出て行った。顔を青ざめさせたままのつかさがその後に続く。  わたしは、動かないお父さんが気になったけど…かがみ達の後を追うことにした。  わたしはかがみ達の後ろを歩きながら、考えていた。かがみ達はどうしてあのクソチビに抵抗しないんだろうって。  アレがわたしとまったく同じなら、格闘技経験者なんだろうけど、そんなことはどうということはない。わたしとかがみ達では体格でも人数でも違うからだ。  わたしが通っていた道場の先生が言ってた。柔よく剛を制すってのはただの願望だって。そんなものが成立するのは、体格や体重が同じなときだけだって。本気の喧嘩になったら、小さい者が勝つには完全な不意打ちか武器に頼らないと無理だって。  それに、運動音痴のつかさはともかく、かがみとみゆきさんはわたしにそう劣らない運動神経だし、筋力や体力となるとたぶんわたしより上だ。そこに体格差や人数差が加わると、わたしが勝つ可能性なんてまったくない。  それに、お父さんがいる。あんまり信じられないんだけど、お父さんはわたしより運動が出来たりする。体格差は半端じゃないし、男と女の差で筋力等はいわずもがなだ。  なのに、誰もアイツに逆らわない。みんなで申し合わせたように、好き勝手にやらせてる。じっと耐え忍んでる。  ホントに、なんでだろ…。 「…かっこつけてあんな事言ったけど、やっぱり接骨院には行ったほうがいいわよね…」  わたしが考え込んでる前で、かがみがポツリとそう呟いた。かっこつけてるつもりだったんだ、アレ。もう見栄っ張りにもほどがある。 「そうですね…脱臼は放っておくと取り返しがつかなくなるそうですから」 「ちゃんとはまってる気もするけど…」 「素人判断は禁物です。かがみさん」 「…そうね…でも、今回はどう言い訳しようかしら…つかさもちゃんと口裏合わせてよ?…ってつかさ?」  かがみは後ろを歩いているつかさの方に首だけを向けてきた。そのつかさは、わたしの方を見ている。 「…お姉ちゃん。この子ついてきてるよ」  そして、そう言いながらわたしを指差した。大きさで子供と思われてるのかな…。 「みゆき、ちょっと止まって」  かがみがみゆきさんにそう言って、みゆきさんから離れてわたしの方にきた。少しふらつく足取りが痛々しい。 「あんた…こなた殴ろうとしてたでしょ?」  かがみ…あんな状況で見てたんだ。 「余計なことはしないで。そのときが来たら、わたしがちゃんと一発いいの入れとくから」  …言ってる意味がよくわかんない。アレを放っておけっての? 「あいつがどれだけ嫌われようとしたって、わたし達はそうならないわ…あいつの思い通りになんか、絶対なってやらない。一生好きでいてやるから」  かがみの目が怖い。なにか執念みたいなものすら感じる。そして、興奮しすぎたのか後ろにフラッと倒れかけ、それをみゆきさんが慌てて支えた。 「…ごめん…みゆき…」 「いえ…あまり無理をしないで下さい…」  そのまま、二人はまたわたしに背を向けて歩き出した。ふと見ると、つかさがこっちをじっと見ていた。 「そう言うことだから…キミ、何も言わないけど喋れないのかな?」  わたしはうなずいて見せたけど、うまく伝わってるのかわからない。 「でも、出来たらこなちゃんに伝えて欲しいな…わたし達は絶対に引かないって」  そう言って、つかさはわたしに向かって軽く手を振ってから、かがみ達を小走りで追いかけていった。  わたしはそれをボーっと見送るしか出来なかった。  かがみ達はあの仕打ちに抵抗しないどころか、受け入れている?…なんで?  結局、わたしはそのまま家に戻ってきていた。ドアをくぐると、お父さんが玄関にまだいた。手には何故かゲームの箱を持っている。  よく見てみると、それはわたしがずっと発売日を楽しみにしていたゲームだった。そういや、今日発売だっけか。 「君か…戻ってきたんだね」  お父さんがゲームの箱を見ながら、そう呟いた。わたしはしばらく、自分のことを言われているのに気がつかなかった。当たり前の話だが、お父さんに君とか言われるの、初めてだったから…。 「君は、なんとなくこなたに似てるな」  そう言って、お父さんはため息をついた。お父さんにも、わたしが見えていたんだ。そして、わたしにより近い人だからか、かがみ達よりわたしがはっきり見えるらしい。  わたしはゲームの箱を指差してみた。なんとなく、お父さんならわたしの意図が通じるかもしれない。 「ああ、これかい?…かがみちゃん達、渡しそびれたらしくてね。後でこなたに渡して欲しいって」  もしかしたら、かがみ達はあのクソチビにパシらされてたのかな…お父さんが渡してたお金は代金か。  お父さんはわたしが見えてる。わたしの意図も少しは分かってる。だったらあの時、わたしが何かを訴えかけてるのが分かってたはず…お父さんもかがみ達と同じで、あのクソチビのことを受け入れてるっていうの?  わたしは自分の部屋にゆっくりと入った。正直、あいつの顔なんか見たくも無いんだけど、なんとなくここに来なきゃいけないような気がした。  クソチビはベッドに仰向けに寝転びながら、手に持った星のブローチを眺めていた。あれは、わたしが公園で拾った奴だ。殴りつけようとした時にでも落としたのかな。持ってたことすら忘れてたけど。 「…なんだ、戻ってきたんだ」  クソチビはそう言いながら上半身を起こして、わたしの方を見た。こいつにもわたしが見えてたんだ。 「せっかく寝たふりまでしたのに…また、殴ろうとしてみる?ま、さっきがさっきだから、無理だろうけど」  言うことがいちいち癇にさわる。ホント腹立たしい。 「それに、キミに殴らせるわけにはいかないかな…かがみとかお父さんとかならいいけど」  なんだよそれ。かがみ達になら殴られてもいいっての?殴らせるためにあんなことしてたっての? 「キミはわたしにそっくりだね…ドッペルゲンガーって奴なのかな?だったらわたしはやっぱ死ぬんだろうね。ホント、ついてないな…」  やっぱ死ぬ?なんのこと?…なんかおかしな事情がありそうな…ってか、こいつにはわたしがはっきり見えてるんだ。わたしにより近いってか、本人だしなあ…認めたくないけど。 「わたしさ、小さい頃からついてなくてね…いつも肝心なところで躓いててさ」  なんか語りだした。まあ、なにか分かるかもしれないから、聞いておこうか…。 「高校入った時にかがみ達とあってさ、やっとわたしにも運が向いてきたって思ったんだよね。いい友達が出来たって。これで少しは色々まともになるかなって」  なんか…わたしとコイツは随分と違う気がする。 「そうしたら、二年になったときにわたしに病気が見つかってさ…もって一年だってさ…わたしの命が」  …なにそれ…病気?わたしは全然そんなの…もしかして、これって夢とかじゃなくてパラレルワールドってやつ? 「一応、治すための手術はするけど、成功率が低いらしくてさ…そんなの失敗するよね。わたし、運が無いんだし」  ほんの少しだけ違う世界…わたしの運が無いだけの世界。 「最初はやっぱりってしか思わなかったんだ。やっぱり、ついてないやって…でも、友達が…いい友達が出来たこと思ったら、なんだか今までより辛くなっちゃって…わたしが死んだら、みんな悲しむだろうなって…かがみ達、優しいから…」  自分が死んだら…わたしはそんなこと、考えたことも無い。 「だから、嫌われようとしたんだ。みんなに酷いことして、みんながわたしを嫌うようにしようって…そうすれば、誰も悲しまなくなるから…」  かがみが言ってたのはこのことか…かがみは分かってたから、あんな風に…。 「でも、誰も嫌ってくれないんだ。何やっても、なに言っても、みんな変わらないんだ…」  そして、コイツ…この世界のわたしは分かってない。 「…今日のは効いたよね?アレだけやれば大丈夫だよね?…みんな、わたしを嫌いになるよね…」  もう一人のわたしは、懇願するような目でわたしを見ながらそう聞いてきた。痛々しいほどに伝わってくる。そうあって欲しいという願望が。でも、わたしは首を横に振っていた。ここで嘘をついても何も変わらない気がしたから。わたしの答えを見たもう一人のわたしは、絶望した表情を見せた後、ボロボロと泣き出した。 「なんで…なんでだよ…どうしてアレで嫌ってくれないの!?おかしいよみんな!こんな酷い奴をなんで嫌わないんだよ!」  もう一人のわたしは、泣きながらわたしにすがり付こうとして、すり抜けて床に倒れ付した。 「…どうすりゃいいんだよ…もうわたし、明日から入院なのに…このまま…終わっちゃうの…?」  そのまま泣き続けるわたしに、わたしは何も出来ない。この世界に来てから、最初から最後までわたしは無力なんだ。  ホントに、なんでこんなことになってるんだろ…どこにも悪意は無いのに、少し歯車が狂っただけで、こんなにも歪んでしまうものなんだろうか。  ふと、わたしの足に何かが当たった。この世界でわたしが唯一触れられるもの、星のブローチだ。わたしはそれを拾い上げた。 「…それ、キミのなの?…知らないうちに部屋にあったんだけど…なんか凄く気になって見てたんだけど、キミのなら返すよ…」  いつの間にか泣き止んでいたもう一人のわたしが、こっちを見ながらそう言った。  わたしは無力だ。わたしはわたしに何も出来ない。そんなわたしがわたしにあげられるものは、きっとこれくらいなんだろう。 「…え?」  わたしが差し出した星のブローチを見て、もう一人のわたしがキョトンとした表情をした。 「くれるの?これ」  そう呟くもう一人のわたしに、わたしは深く頷いて見せた。恐る恐るといった感じに、もう一人のわたしは手を伸ばして、わたしから星のブローチを受け取った。 「…ありがとう」  そして、それを胸に抱いて、控えめに微笑んだ。  …あれ…もしかしてわたし可愛い?…なんて、ナルシーな感覚を覚えたところで、急に目の前が暗転した。 「…ねえ、こなた」 「…うん、わかってる」  肩になにか落ちた感触。上には旋回するなにか大きな鳥。かがみに言われるまでもなく、フンを落とされたことはわかる。  わたしは無事にもとの世界に戻っていた。そして、何時も通りに登校しようとして、あの世界に置いてきたもの…星のブローチが何なのかを理解していた。  アレは多分わたしの幸運の欠片なんだろう。なんていうか、朝から微妙についてないんだ。目覚まし時計は壊れてるし、朝ごはんの目玉焼きをわたしの分だけ焦がすし、靴紐は切れるし…鳥のフンは食らうし…。 「…あ、頭じゃなくて良かったね…こなちゃん…」  いや、ホントに。一生懸命良いところを探してくれてありがとう、つかさ。 「泉さん、少しじっとしてて下さいね。今取りますので…」  みゆきさんがティッシュを使って、わたしの肩からフンを取り除きにかかった。 「ごめんねみゆきさん」 「いえ、困ったときはお互い様ですから」 「お互い様…ねえ…」 「なにが言いたいの、かがみ」 「べつにー」  わたしがかがみを睨んでる間に、みゆきさんは苦笑しながらフンを取り除いていた。 「少し跡が残りますね。ウェットテッシュかなにかあれば良かったのですが」 「いや、いいよ。十分十分」  申し訳なさそうに言うみゆきさんに、わたしは手を振って見せた。 「ほい、みゆき」  そして、かがみがみゆきさんに何かを投げ渡した。 「あ…ふふ、ありがとうございます、かがみさん。泉さん、もう一度肩をお借りしますね」  みゆきさんが再びわたしの肩を拭きにかかる。手に持ってるのは、ウェットティッシュの箱だ。 「かがみ、なんでそんなもの持ってるの?」 「いいでしょ、別に」 「あーもしかしてかがみってあぶら」 「ちぇい」  わたしの言葉はかがみのチョップで中断させられた。そのやり取りを見ていたみゆきさんとつかさが苦笑している。 「…泉さん、終わりましたよ。ほとんど目立たなくはなりましたが、代えの制服があるならクリーニングに出した方がいいかも知れませんね」 「うん、そうするよ。ありがとうみゆきさん…いやー持つべきものは友達だねー」  わたしがそう言うと、かがみは怪訝そうな顔をした。 「ホントにそう思ってるの?なんかアンタが言うと嘘くさいのよね」 「ホントに思ってるよー…その証拠に後でみんなにジュースを奢ってあげよう」  あの世界の、あのわたしを見た後だから、心から友達のありがたさを思う。今の関係は、あの世界のように少し歯車が狂えば歪んでしまうのかもしれないから。だから、今の心地よさを大切に思える…まあ、普段のわたしがわたしだから、急には伝わってくれないだろうけど。  あのわたしはどうなったのだろうか。わたしの幸運で、少しはましな展開になってるんだろうか。 「…あ」  かがみがわたしの方を見ながら、間抜けな声を上げた。  少しましになったのなら、早めに幸運を返して欲しいな。まだ上を回っていた鳥からの、二発目のフンを逆の肩に食らいながら、わたしはそう思っていた。  わたしは人気の無い中庭の一角で、校舎に持たれながら星のブローチをぎゅっと握り締めていた。  あの日、わたしの部屋に来たわたしそっくりの何かがくれたものだ。この星のおかげか、わたしの手術は無事成功に終わり、半年の入院期間を経て復学することが出来た。  そして、復学して最初に担任の教師に告げられたのは、留年の決定だった。まあ、無理もないことだ。半年の入院で出席日数は足りないし、成績も悪いし、入院する前に二回停学を食らってるし。  ホントは、復学しないで学校なんて辞めてしまおうと思ってたけど、ちゃんとけじめはつけなきゃいけないと思って、ここに来ている。  手術前も、その後も、かがみ達は一度も見舞いに来ることはなかった。手術の成功は一応みんなに伝えているはずだったけど。  今頃になって…病気が治った今頃に、わたしは望みどおりに嫌われたみたいだ。この星がくれた幸運は手術の成功だけで、あとはいつも通りのついてないわたしだったんだ。  失意を通り越して、放心してたわたしにかがみからメールが来たのは、退院する一日前だった。  そして、そのメールに書いてあった通りに、わたしはこの場所でかがみ達を待っている。かがみ達が用意した、けじめをつける場所に。 「…お、ちゃんと来たんだ。えらいえらい」  軽い口調でそう言いながら、ここにわたしを呼び出した張本人のかがみが歩いてきた。その後ろにはつかさとみゆきさんもいる。わたしは星のブローチをスカートのポケットに仕舞いこんだ。 「けじめはつけないといけないからね」  抑揚の無い声でそう言うわたしに、かがみは苦笑した。 「そうね…じゃ、みゆき、つかさ、こなた押さえて」  かがみの指示に従って、つかさとみゆきさんがわたしの左右に立って腕をしっかりと掴んだ。 「…こんなことしなくたって、避けないよ」  わたしがそう言うと、かがみは首を横に振った。 「アンタ運動神経良いんだから、反射的に避けちゃうかもしれないでしょ?それに、軽いから吹っ飛んで威力が落ちちゃうかもしれないし」  念入りだなー…ま、わたしがやってきたことを考えたら、仕方ないけどね。 「じゃ、いくわよ。つかさもみゆきも逃げちゃダメよ?」 「う、うん…」  つかさは殴られようかってわたしより怯えてるなー。 「はい…でも、あまり全力では殴らない方が良いかと…」 「なに言ってるのみゆき。こいつ相手に手加減無用よ」  わたしもそう思う。手加減なんてして欲しくない。 「てぇえいっ!」  気合の入った声と共に、わたしの右頬に衝撃がきた。少し遅れて、激痛が来る。歯は折れなかったみたいだけど、口の中を切ったらしくて血の味が広がる。 「…いったーい…」  そして、殴ったかがみは左手を押さえて半泣きでしゃがみこんでいた。たぶん、人を殴りなれてないから、手首を傷めたんだろう…。 「かがみさん…だから少し手加減しましょうって…」  わたしから離れたみゆきさんが、かがみに近寄って傷めた手を撫で始めた。 「あー…さっきのはわたしのじゃなくて、かがみの手を心配してたんだ」  思わず呟いてしまったわたしを、みゆきさんが真剣な目で見てきた。 「当たり前です」  きっぱりと言われた。コレぐらい嫌われると、逆にスッとする。 「泉さんがわたし達にしたことは、けして許されることではありませんから」 「うん、分かってる…分かってるよ」 「わたし達に嫌われようだなんて…わたし達の想いを無視して、勝手にそんな事…」  みゆきさんの目に涙が浮かんできた。そして、まだわたしの腕を掴んでいるつかさの手に力が篭った。 「…こなちゃん…だから、わたし達は絶対にこなちゃんを嫌いにならないって決めたんだよ…一生こなちゃんを好きでいるって:  わたしのやろうとしてたこと…全部わかってたんだ…わかってて、あんな…。 「まあ、そう言うことだから…お見舞いに行かなかったのと、この一発はアンタにわたし達の決意を示す愛の鞭ってわけよ」  痛めた手をプラプラさせながら、かがみがそう言った。いや、なんか意味が分かるような分からないような…。 「と、言うわけでね。コレで全部チャラ…それでいいでしょ?」  そう言いながら、かがみがわたしに手を差し出してきた。わたしは、一瞬だけ躊躇して…その手を握った。その手に、さらにつかさとみゆきさんが手を重ねてくる。 「…みんなおかしいよ」  わたしはそう呟きながら、笑っていた。 「でも、わたし留年決まって学年離れちゃうし、今まで通りには難しいかもね」  わたしがそう言うと、かがみ達は顔を見合わせてクスッと笑った。 「心配ないわよ。わたし達も留年決まったから」 「………はい?」  今のわたしは多分、目が点になってる。 「え、え、ちょ、なに?留年?みんなして?」 「そうよ。大変だったんだから。わたしとつかさはもう家の中じゃ痛い子扱いだし、みゆきは勘当されかかったしね」 「い、いやいやいや。おかしいよ…なんてーか、おかしい通り越しておかしいよ。なんでそんなことになってるの?」 「そりゃあ…」  かがみがわたしの首に手を回してきた。顔近いって。 「アンタを逃がさないためよ」  なんかゾクッと来た。 「うんうん。こなちゃんが違う学年になったら、新しい友達作っちゃうかも知れないしねー…こなちゃんの友達はわたし達だけだよ」  怖い。つかさ、それ怖いって。 「友情に殉じるって素晴らしいですよね」  いや、ちっとも素晴らしくないからみゆきさん。 「ゆきちゃん、またそれ言ってる」 「よっぽど気に入ったのねそれ…黒井先生の前で言って、思い切り頭どつかれたのに懲りてなかったのか…」  わたしを挟んで談笑してる、歪んだ友情の友達たち。  こんな友達が出来ちゃって…ホント、わたしはついてないな。  ふと思い出して、わたしはスカートのポケットに手を入れた。  用が済んで持ち主の元に戻ったのか、星のブローチはいつの間にか無くなっていた。 ― 終 ― **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3)
  気がつくと、わたしは何故か近所の公園にいた。しかも全裸で。  確かわたしは部屋で寝ていたはず。なんでこんなところにいるのか、さっぱりわからない。  寝てる間に強盗が入ってきて、身包みはがされて放り出された?…いや、なんか無理があるな。  とりあえずわたしは手近な木の枝を使って身体を隠そうとしたが…わたしの手はソレをすり抜けた。  そういえば、わたしは目を覚ます前に全裸でここに寝ていたはずなんだけど、公園にいる人たちは誰も気にしてない感じだ。  頭の中に身包みはがされた説より最悪な考えが浮かんだ…もしかして、わたし死んでる?コレって霊魂状態?…いや、死んだとは限らないよね。生霊って手もある。  どういう手だよ、と自分に突っ込んでから、わたしは公園の向こうに見える道路から、じっとわたしの方を見ている人物に気がついた。  その人はしばらくわたしを見つめたあと、真っ直ぐにわたしの方に歩いてきた。  そして、わたしのまん前に立ち止まって、しげしげとわたしを見つめるその人物は…友人のかがみだった。 ― 幸運の星 ― 「…なにコレ?」  酷い第一声をかがみが放つ。確かに怪しい格好だけどコレってなんだよコレって…と、突っ込もうとして、わたしは自分が喋れないことに気がついた。 「光?…なんか人っぽい形してるけど…」  どうやらかがみの目には、わたしは人っぽい何かにしか見えないらしい。ますます自分が霊魂めいた何かになってると思えてきた。 「お姉ちゃん、どうしたの?」  かがみの後ろから更に二人の人物…かがみの妹のつかさと、もう一人の友人であるみゆきさんが歩いてきた。どうやら三人でここに来たらしい。 「…あの…これなんですか?」  みゆきさんが恐る恐るわたしを見ながらそう言った。 「わたしが聞きたいわよ…みゆきならなにか知ってると思ったんだけど」 「すいません…初めて見ます」  うーむ。みゆきさんですらご存じない、得体の知れないわたし。結構落ち込む。 「お姉ちゃん、ゆきちゃん…あんまり時間ないから…」  二人の後ろからつかさがせかすようにそう言った。それを聞いたかがみとみゆきさんは顔を見合わせ、わたしに背を向けた。  そのまま公園にいてもしょうがないので、わたしは三人を追うことにした。ふと、足元に何か落ちてるのに気がついた。  拾い上げてみると、それは星型のブローチだった。あれ、これには触れるんだ。わたしはソレを持ったまま、公園を出て行く三人を追うために足を速めた。 「…ねえ、アレ付いて来るよ…」  つかさが不安そうにかがみとみゆきさんに話しかける。まあ、無理もない。得体の知れない人っぽい何かが後ろを付いてくるのだから。 「ほっときなさい。今んところ害は無いんだし」  かがみの方は特に気にしてないようだ。みゆきさんは口にはしないが気になるようで、わたしの方をちらちら見ている。  それにしても、道行く人々がみんなノーリアクションなところを見ると、どうやらわたしが見えるのは今のところこの三人だけのようだ。ビバ、友情パワー…いや、わたしと認識はしてくれてないけどね。 「…今からのこと考えると、かまってられないってのが正しいけどね」  かがみが酷く気落ちした声でそう言った。他の二人も同感なのか、うつむいてしまう。ってーか、公園からのこの道のりは、間違いなくわたしの家への向かう道なんだけど…。  なんかもう、凄く嫌な予感がする。三人が向かってるのはわたしの家。落ち込んだ三人の表情。霊魂じみた状態のわたし…え、なにこれ?もしかして家ついたらわたしのお葬式が始まってるとか?冗談でしょ? 「…ねえ、あんまり暗い顔はやめよ?こなちゃん、喜ばないよ…」  つかさ、やめてー!そういう台詞やめてー! 「…そうね」 「…はい」  ちょっとー!ほんとシャレにならないってー!  辿り着いたわたしの家を見上げる。とりあえず、お葬式の垂れ幕とかは無い。けどまだ安心は出来ないね。お葬式はすでに終わっていて、みんなは仏壇に花を供えに来たのかもしれないし、もしかしたら植物状態のわたしが部屋で寝ているのかも知れない…やめよう。なんか切なくなってきたよ。 「…やあ、いらっしゃい」  わたしが考え込んでいる間に、かがみ達がインターホンを押してたらしく、中からお父さんが出てきた。わたしが応対しないあたり、凄く不吉。 「今日は、大丈夫なのかい?」  なぜか不安そうに聞くお父さんに、かがみが首を振ってみせる。 「…わかりません…でも、そうじろうさん…」 「…ああ、なにも…しないよ」  何か凄く意味深な会話。一体どうなっているのやら。  わたしが悩んでいると、みんなが家に入ろうとしてたので慌てて後を追う。わたしの目の前でドアが閉められたけど、すり抜けれるので無問題。  しかし、なんでドアとかすり抜けられるのに、床とか地面はすり抜けないんだろうか。きっとこれはわたしは実際に床の上に立っているのではなく、立っていると思い込んでいるだけなんだ。  空を浮いていると思い込めば浮けるんだろうけど、身一つで空を飛んだことの無いわたしはそう思い込むことが出来ない。床を歩くのはいつもやってることだから、無意識にイメージできるというわけだ………いや、それだとドアをすり抜けるなんてやったことないのになぜできる?  などと、わたしが勝手に脳内で設定を組んで矛盾に悶絶してると、みんなを見失ってしまった。余計なことは考えないでおこう。たぶん、わたしの部屋に行ったんだろうな。  わたしの部屋に入ってみると、予想通りみんながいた。何故か正座してる。そして、その前にあるベッドに座っているのは…わたしだ。  わたしと寸分違わぬ顔形をした、泉こなたがそこにいた。じゃあ…わたしは一体誰?ってかなに? 「…三十分、遅刻だね」  えらそうに腕を組みながら、みんなに向かってもう一人のわたし…えーっと仮にこなた二号としこうか…がそう言った。 「ま、まってよ。約束は一時でしょ?まだ十二時半じゃない…」  かがみが慌てて反論する。三十分遅刻どころか三十分早いじゃん。ボケてるのかこのこなた二号は。 「うん、さっき気が変わって、集合時間十二時に変えたから」 「き、聞いてないわよ…」 「今言ったよ」 「そんな…」  …なにこの理不尽。つかさと、みゆきさんも絶句してる。ってか、かがみよく怒んないな。いつもならゲンコツの一発でも飛び出しそうなのに。 「それじゃ、罰ゲームだね…つかさ」 「ひっ!?」  つかさがビクリと身体を震わせ、泣きそうな顔になる。どういう罰ゲームか知らないけど、つかさの怯えようが尋常じゃない。そのつかさの前に、かがみが立ちはだかった。 「罰ゲームはわたしだけのはずよ…それだけは譲れないわ」  必死さすら感じるかがみの真剣な声。それを聞いたこなた二号は、しかめっ面をしてベッドから立ち上がった。 「…まったく。かがみは妹思いだねえ…でも、かがみのそう言うところ」  そして、かがみの右肩に手を置く。 「嫌いなんだよね」  こなたに号が呟いた次の瞬間、二人の身体が床に沈んだ。 「いっ!?いだっ!ちょ、いきな…ひぃぃっ!」  かがみの悲鳴が部屋に響く。こなた二号はかがみの右手をしっかりとロックして自分の腋に挟んでる。いわゆる腋固めだ。 「あ、そうそう。つかさにみゆきさん。二人はお互いに両手を握り合っててよ」  かがみに腋固めをかけながらも、こなた二号は軽い口調でつかさとみゆきさんに指示を出す。二人は素直にそれに従って、お互いの両手をしっかりと握り合った。  …え、いや、ちょっと待って。なにがどうなってんの?あんまりな出来事で、思考がついていかないんだけど。 「こ、こな…いた…痛い…シャレになんないって…これ…」 「何言ってんのかがみ。罰ゲームなんだから、痛いの当然でしょ?頑張って耐えなよ…っと」 「い、いいいいっ!?」  こなた二号が体を反らせると、かがみの悲鳴が一段と大きくなった。無理だ。耐えれるわけが無い。関節技ってのはそんな甘っちょろいもんじゃない。 「…お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん…」  つかさはそう呟きながら、目を瞑って必死に何かに耐えている。みゆきさんは唇を噛んで、つかさの手の色が変わるくらい強く握り締めていた。  ああ、そうか。手を握り合わせていたのは、耳を塞がせないためか。かがみの悲鳴を二人に聞かせるためなんだ。  これ…夢だよね?夢なんだよね?わたしがみんな相手にこんな悪意向けてるなんてありえないよね?  夢なら早く覚めて。わたしがそう強く思った瞬間、ゴキンッという鈍い音が聞こえた。同時に、かがみの目が大きく開かれる。 「ひっいいいぃぃぃぃぃlぃっ!!」  そして、聞いたことも無いような大きな悲鳴を上げた。肩だ。肩を外されたんだ。  なんで?なんでこんなことするの?わけ…わかんない…。 「…あ…ああ…う…」  肩を抑えながら床にうずくまってるかがみ。それを立ち上がったこなた二号が見下ろしている。 「あーあ。かがみがあんまり暴れるもんだから、外れちゃったよ」  頬をかきながら、悪びれもせずにそう言い放った。  違う。絶対に違う。こんなのわたしじゃない。 「お姉ちゃん…お姉ちゃん!」  つかさがかがみのところに行こうとしてるけど、みゆきさんがしっかり手を握って行かせない様にしている。 「みゆきさん、正解。手、離したらかがみの肩がもう一個外れることになるよ」  その二人の様子に気がついたこなた二号が、平然とそう言い放った。  もういやだ。わたしは耐えられなくなって、部屋を飛び出した。なんで…なんでわたしがこんなもの見なきゃいけないの。どうしてあのこなた二号…いや、もうあんな奴はクソチビでいい…クソチビはあんな酷いことを友達に対してできるの。  ぐちゃぐちゃになってきた思考の中で、わたしはお父さんのことを思い出していた。お父さんならわたしを止められるはず。でも、なんで来ないんだろう。かがみの悲鳴だって聞こえてるはずなのに。  わたしは、お父さんの部屋に行ってみることにした。  お父さんの部屋に入ったわたしが見たのは、部屋の中央で正座をしているお父さんだった。太ももの上にのせた拳がぶるぶると震えている。 「…すまない、すまない…すまない…」  近づいてみると、そう呟いてるのが聞こえた。  おかしいよ。なんでこんなところでじっとしてるの。なんで止めに行かないの。娘が友達にあんなことをしてるってのに、なんでなにもしないの。  お父さんは、わたしを叱ってくれたでしょ。わたしが聞き分けないときは、頭殴ってでも止めたでしょ…なのに…なのになんでそうしないんだよ!滅茶苦茶してるじゃん!あんなのほっといてどうするんだよ!  わたしはお父さんの体を揺さぶろうとしたけど、すり抜けて掴むことはできなかった。  こんなわたしじゃ、どうにも出来ないんだから…なんとかしてよお父さん…。 「…やめてください!泉さん!」  わたしがお父さんの横でうつむいていると、わたしの部屋の方からみゆきさんの悲痛な声が聞こえてきた。  それを聞いたお父さんは、血が出るんじゃないかってくらい強く拳を握り締めた。目はしっかりと瞑り、ギリギリと音が聞こえそうなくらいに歯を食いしばっている。まるで、耐え難いものに耐えるみたいに。  わたしはもうここにいることも耐えられなくなって、廊下に飛び出した。 「無茶です!出来るはずありません!」  廊下でどうしようもなく立ち尽くすわたしの耳に、またみゆきさんの声が聞こえる。これ以上なにがあるっていうんだよ…。  ふらふらと部屋に戻ったわたしが見たのは、もう一度かがみを押さえ込んでるクソチビだった。 「専門の知識も無いのにそんなことすれば、悪化させるだけです!」  そのクソチビに、みゆきさんが何か必死に懇願している。 「大丈夫だよ、みゆきさん…やり方は漫画で見たから」 「…漫…画…そんなもので…」  みゆきさんが卒倒しそうな勢いで、体をふらつかせる。それを支えてるつかさは、恐怖でなのか顔が真っ青だ。 「それじゃいくよ、かがみ。歯、食いしばってね」  クソチビの言葉に、かがみの返事は無い。脂汗を流しながら、荒い息を吐いているだけだ。  ちょっと待ってよ…もしかしてこいつ、かがみの肩を…。 「ほいっと」  クソチビの軽い声と共に、外れているかがみの肩からゴリッと鈍い音がした。 「~~~~~~~~っ!!!」  かがみの悲鳴は、もう声になってない。クソチビは外れた肩をはめたんだ、漫画で読んだ程度の知識で。 「かがみ、生きてるー?ちゃんと肩はまったー?」  うつ伏せに床に寝転んで、ピクリとも動かないかがみの顔を覗き込みながら、クソチビがそう聞いた。かがみは何も答えない。というより、答えられるような状態じゃないんだろう。痛みに耐えるのに精一杯なのか、それとも気絶してしまったのか。  クソチビはしばらくかがみの顔を覗いていたが、立ち上がって眠そうに大きくあくびをすると、ベッドに寝転んだ。 「…眠いし飽きた。もう帰っていいよ」  そのクソチビの言葉を聞いた瞬間に、わたしの頭の中で何かがぶちきれた。  仰向けにベッドに寝転んでいるクソチビに近づいて、その顔面に思い切り拳を振り下ろす。拳はクソチビには当たらずすり抜けたけど、わたしはお構いなしに何度も拳を振り下ろし続けた。  あたれあたれあたれあたれあたれ…あたれよ!一回でいいから!鼻へし折れて涙と鼻血まみれになってみんなに謝れよちくしょーっ!  どんなにやってもかすりもしない。わたしは疲れきって、手を下ろした。ふと見ると、クソチビは目を瞑って寝息を立てている。わたしの怒りなんて、意にも介してない。いや、そもそもわたしが見えてないのかも…わたしは、なんにも出来ないんだ。悔しさで目の前が真っ赤になりそうだ。  部屋を見回すと、かがみたちはもういなかった。わたしは呪われろとばかりにクソチビを睨みつけて部屋を出た。  廊下に出ると、玄関の方から声がした。かがみ達が帰るところらしい。よく見てみると、お父さんがみゆきさんに万札らしきものを渡していた。お金で解決…?もう、なんて言っていいんだろ…。 「…ほんとに大丈夫かい?俺が利用してる接骨院を紹介しようか?色々と融通が利くと思うんだ…」  お父さんが心配そうにかがみにそう言った。みゆきさんに体を支えられてるかがみは、そのお父さんに笑顔を見せた。 「だ、大丈夫です…そんなに心配することじゃ…ないですから…」  顔引きつってるし、声が涙声になってるよかがみ…無理してるのバレバレだよ…。 「…それでは、わたしたちはこれで…」  みゆきさんがそう言ってお父さんに頭を下げ、かがみを支えながら玄関から出て行った。顔を青ざめさせたままのつかさがその後に続く。  わたしは、動かないお父さんが気になったけど…かがみ達の後を追うことにした。  わたしはかがみ達の後ろを歩きながら、考えていた。かがみ達はどうしてあのクソチビに抵抗しないんだろうって。  アレがわたしとまったく同じなら、格闘技経験者なんだろうけど、そんなことはどうということはない。わたしとかがみ達では体格でも人数でも違うからだ。  わたしが通っていた道場の先生が言ってた。柔よく剛を制すってのはただの願望だって。そんなものが成立するのは、体格や体重が同じなときだけだって。本気の喧嘩になったら、小さい者が勝つには完全な不意打ちか武器に頼らないと無理だって。  それに、運動音痴のつかさはともかく、かがみとみゆきさんはわたしにそう劣らない運動神経だし、筋力や体力となるとたぶんわたしより上だ。そこに体格差や人数差が加わると、わたしが勝つ可能性なんてまったくない。  それに、お父さんがいる。あんまり信じられないんだけど、お父さんはわたしより運動が出来たりする。体格差は半端じゃないし、男と女の差で筋力等はいわずもがなだ。  なのに、誰もアイツに逆らわない。みんなで申し合わせたように、好き勝手にやらせてる。じっと耐え忍んでる。  ホントに、なんでだろ…。 「…かっこつけてあんな事言ったけど、やっぱり接骨院には行ったほうがいいわよね…」  わたしが考え込んでる前で、かがみがポツリとそう呟いた。かっこつけてるつもりだったんだ、アレ。もう見栄っ張りにもほどがある。 「そうですね…脱臼は放っておくと取り返しがつかなくなるそうですから」 「ちゃんとはまってる気もするけど…」 「素人判断は禁物です。かがみさん」 「…そうね…でも、今回はどう言い訳しようかしら…つかさもちゃんと口裏合わせてよ?…ってつかさ?」  かがみは後ろを歩いているつかさの方に首だけを向けてきた。そのつかさは、わたしの方を見ている。 「…お姉ちゃん。この子ついてきてるよ」  そして、そう言いながらわたしを指差した。大きさで子供と思われてるのかな…。 「みゆき、ちょっと止まって」  かがみがみゆきさんにそう言って、みゆきさんから離れてわたしの方にきた。少しふらつく足取りが痛々しい。 「あんた…こなた殴ろうとしてたでしょ?」  かがみ…あんな状況で見てたんだ。 「余計なことはしないで。そのときが来たら、わたしがちゃんと一発いいの入れとくから」  …言ってる意味がよくわかんない。アレを放っておけっての? 「あいつがどれだけ嫌われようとしたって、わたし達はそうならないわ…あいつの思い通りになんか、絶対なってやらない。一生好きでいてやるから」  かがみの目が怖い。なにか執念みたいなものすら感じる。そして、興奮しすぎたのか後ろにフラッと倒れかけ、それをみゆきさんが慌てて支えた。 「…ごめん…みゆき…」 「いえ…あまり無理をしないで下さい…」  そのまま、二人はまたわたしに背を向けて歩き出した。ふと見ると、つかさがこっちをじっと見ていた。 「そう言うことだから…キミ、何も言わないけど喋れないのかな?」  わたしはうなずいて見せたけど、うまく伝わってるのかわからない。 「でも、出来たらこなちゃんに伝えて欲しいな…わたし達は絶対に引かないって」  そう言って、つかさはわたしに向かって軽く手を振ってから、かがみ達を小走りで追いかけていった。  わたしはそれをボーっと見送るしか出来なかった。  かがみ達はあの仕打ちに抵抗しないどころか、受け入れている?…なんで?  結局、わたしはそのまま家に戻ってきていた。ドアをくぐると、お父さんが玄関にまだいた。手には何故かゲームの箱を持っている。  よく見てみると、それはわたしがずっと発売日を楽しみにしていたゲームだった。そういや、今日発売だっけか。 「君か…戻ってきたんだね」  お父さんがゲームの箱を見ながら、そう呟いた。わたしはしばらく、自分のことを言われているのに気がつかなかった。当たり前の話だが、お父さんに君とか言われるの、初めてだったから…。 「君は、なんとなくこなたに似てるな」  そう言って、お父さんはため息をついた。お父さんにも、わたしが見えていたんだ。そして、わたしにより近い人だからか、かがみ達よりわたしがはっきり見えるらしい。  わたしはゲームの箱を指差してみた。なんとなく、お父さんならわたしの意図が通じるかもしれない。 「ああ、これかい?…かがみちゃん達、渡しそびれたらしくてね。後でこなたに渡して欲しいって」  もしかしたら、かがみ達はあのクソチビにパシらされてたのかな…お父さんが渡してたお金は代金か。  お父さんはわたしが見えてる。わたしの意図も少しは分かってる。だったらあの時、わたしが何かを訴えかけてるのが分かってたはず…お父さんもかがみ達と同じで、あのクソチビのことを受け入れてるっていうの?  わたしは自分の部屋にゆっくりと入った。正直、あいつの顔なんか見たくも無いんだけど、なんとなくここに来なきゃいけないような気がした。  クソチビはベッドに仰向けに寝転びながら、手に持った星のブローチを眺めていた。あれは、わたしが公園で拾った奴だ。殴りつけようとした時にでも落としたのかな。持ってたことすら忘れてたけど。 「…なんだ、戻ってきたんだ」  クソチビはそう言いながら上半身を起こして、わたしの方を見た。こいつにもわたしが見えてたんだ。 「せっかく寝たふりまでしたのに…また、殴ろうとしてみる?ま、さっきがさっきだから、無理だろうけど」  言うことがいちいち癇にさわる。ホント腹立たしい。 「それに、キミに殴らせるわけにはいかないかな…かがみとかお父さんとかならいいけど」  なんだよそれ。かがみ達になら殴られてもいいっての?殴らせるためにあんなことしてたっての? 「キミはわたしにそっくりだね…ドッペルゲンガーって奴なのかな?だったらわたしはやっぱ死ぬんだろうね。ホント、ついてないな…」  やっぱ死ぬ?なんのこと?…なんかおかしな事情がありそうな…ってか、こいつにはわたしがはっきり見えてるんだ。わたしにより近いってか、本人だしなあ…認めたくないけど。 「わたしさ、小さい頃からついてなくてね…いつも肝心なところで躓いててさ」  なんか語りだした。まあ、なにか分かるかもしれないから、聞いておこうか…。 「高校入った時にかがみ達とあってさ、やっとわたしにも運が向いてきたって思ったんだよね。いい友達が出来たって。これで少しは色々まともになるかなって」  なんか…わたしとコイツは随分と違う気がする。 「そうしたら、二年になったときにわたしに病気が見つかってさ…もって一年だってさ…わたしの命が」  …なにそれ…病気?わたしは全然そんなの…もしかして、これって夢とかじゃなくてパラレルワールドってやつ? 「一応、治すための手術はするけど、成功率が低いらしくてさ…そんなの失敗するよね。わたし、運が無いんだし」  ほんの少しだけ違う世界…わたしの運が無いだけの世界。 「最初はやっぱりってしか思わなかったんだ。やっぱり、ついてないやって…でも、友達が…いい友達が出来たこと思ったら、なんだか今までより辛くなっちゃって…わたしが死んだら、みんな悲しむだろうなって…かがみ達、優しいから…」  自分が死んだら…わたしはそんなこと、考えたことも無い。 「だから、嫌われようとしたんだ。みんなに酷いことして、みんながわたしを嫌うようにしようって…そうすれば、誰も悲しまなくなるから…」  かがみが言ってたのはこのことか…かがみは分かってたから、あんな風に…。 「でも、誰も嫌ってくれないんだ。何やっても、なに言っても、みんな変わらないんだ…」  そして、コイツ…この世界のわたしは分かってない。 「…今日のは効いたよね?アレだけやれば大丈夫だよね?…みんな、わたしを嫌いになるよね…」  もう一人のわたしは、懇願するような目でわたしを見ながらそう聞いてきた。痛々しいほどに伝わってくる。そうあって欲しいという願望が。でも、わたしは首を横に振っていた。ここで嘘をついても何も変わらない気がしたから。わたしの答えを見たもう一人のわたしは、絶望した表情を見せた後、ボロボロと泣き出した。 「なんで…なんでだよ…どうしてアレで嫌ってくれないの!?おかしいよみんな!こんな酷い奴をなんで嫌わないんだよ!」  もう一人のわたしは、泣きながらわたしにすがり付こうとして、すり抜けて床に倒れ付した。 「…どうすりゃいいんだよ…もうわたし、明日から入院なのに…このまま…終わっちゃうの…?」  そのまま泣き続けるわたしに、わたしは何も出来ない。この世界に来てから、最初から最後までわたしは無力なんだ。  ホントに、なんでこんなことになってるんだろ…どこにも悪意は無いのに、少し歯車が狂っただけで、こんなにも歪んでしまうものなんだろうか。  ふと、わたしの足に何かが当たった。この世界でわたしが唯一触れられるもの、星のブローチだ。わたしはそれを拾い上げた。 「…それ、キミのなの?…知らないうちに部屋にあったんだけど…なんか凄く気になって見てたんだけど、キミのなら返すよ…」  いつの間にか泣き止んでいたもう一人のわたしが、こっちを見ながらそう言った。  わたしは無力だ。わたしはわたしに何も出来ない。そんなわたしがわたしにあげられるものは、きっとこれくらいなんだろう。 「…え?」  わたしが差し出した星のブローチを見て、もう一人のわたしがキョトンとした表情をした。 「くれるの?これ」  そう呟くもう一人のわたしに、わたしは深く頷いて見せた。恐る恐るといった感じに、もう一人のわたしは手を伸ばして、わたしから星のブローチを受け取った。 「…ありがとう」  そして、それを胸に抱いて、控えめに微笑んだ。  …あれ…もしかしてわたし可愛い?…なんて、ナルシーな感覚を覚えたところで、急に目の前が暗転した。 「…ねえ、こなた」 「…うん、わかってる」  肩になにか落ちた感触。上には旋回するなにか大きな鳥。かがみに言われるまでもなく、フンを落とされたことはわかる。  わたしは無事にもとの世界に戻っていた。そして、何時も通りに登校しようとして、あの世界に置いてきたもの…星のブローチが何なのかを理解していた。  アレは多分わたしの幸運の欠片なんだろう。なんていうか、朝から微妙についてないんだ。目覚まし時計は壊れてるし、朝ごはんの目玉焼きをわたしの分だけ焦がすし、靴紐は切れるし…鳥のフンは食らうし…。 「…あ、頭じゃなくて良かったね…こなちゃん…」  いや、ホントに。一生懸命良いところを探してくれてありがとう、つかさ。 「泉さん、少しじっとしてて下さいね。今取りますので…」  みゆきさんがティッシュを使って、わたしの肩からフンを取り除きにかかった。 「ごめんねみゆきさん」 「いえ、困ったときはお互い様ですから」 「お互い様…ねえ…」 「なにが言いたいの、かがみ」 「べつにー」  わたしがかがみを睨んでる間に、みゆきさんは苦笑しながらフンを取り除いていた。 「少し跡が残りますね。ウェットテッシュかなにかあれば良かったのですが」 「いや、いいよ。十分十分」  申し訳なさそうに言うみゆきさんに、わたしは手を振って見せた。 「ほい、みゆき」  そして、かがみがみゆきさんに何かを投げ渡した。 「あ…ふふ、ありがとうございます、かがみさん。泉さん、もう一度肩をお借りしますね」  みゆきさんが再びわたしの肩を拭きにかかる。手に持ってるのは、ウェットティッシュの箱だ。 「かがみ、なんでそんなもの持ってるの?」 「いいでしょ、別に」 「あーもしかしてかがみってあぶら」 「ちぇい」  わたしの言葉はかがみのチョップで中断させられた。そのやり取りを見ていたみゆきさんとつかさが苦笑している。 「…泉さん、終わりましたよ。ほとんど目立たなくはなりましたが、代えの制服があるならクリーニングに出した方がいいかも知れませんね」 「うん、そうするよ。ありがとうみゆきさん…いやー持つべきものは友達だねー」  わたしがそう言うと、かがみは怪訝そうな顔をした。 「ホントにそう思ってるの?なんかアンタが言うと嘘くさいのよね」 「ホントに思ってるよー…その証拠に後でみんなにジュースを奢ってあげよう」  あの世界の、あのわたしを見た後だから、心から友達のありがたさを思う。今の関係は、あの世界のように少し歯車が狂えば歪んでしまうのかもしれないから。だから、今の心地よさを大切に思える…まあ、普段のわたしがわたしだから、急には伝わってくれないだろうけど。  あのわたしはどうなったのだろうか。わたしの幸運で、少しはましな展開になってるんだろうか。 「…あ」  かがみがわたしの方を見ながら、間抜けな声を上げた。  少しましになったのなら、早めに幸運を返して欲しいな。まだ上を回っていた鳥からの、二発目のフンを逆の肩に食らいながら、わたしはそう思っていた。  わたしは人気の無い中庭の一角で、校舎に持たれながら星のブローチをぎゅっと握り締めていた。  あの日、わたしの部屋に来たわたしそっくりの何かがくれたものだ。この星のおかげか、わたしの手術は無事成功に終わり、半年の入院期間を経て復学することが出来た。  そして、復学して最初に担任の教師に告げられたのは、留年の決定だった。まあ、無理もないことだ。半年の入院で出席日数は足りないし、成績も悪いし、入院する前に二回停学を食らってるし。  ホントは、復学しないで学校なんて辞めてしまおうと思ってたけど、ちゃんとけじめはつけなきゃいけないと思って、ここに来ている。  手術前も、その後も、かがみ達は一度も見舞いに来ることはなかった。手術の成功は一応みんなに伝えているはずだったけど。  今頃になって…病気が治った今頃に、わたしは望みどおりに嫌われたみたいだ。この星がくれた幸運は手術の成功だけで、あとはいつも通りのついてないわたしだったんだ。  失意を通り越して、放心してたわたしにかがみからメールが来たのは、退院する一日前だった。  そして、そのメールに書いてあった通りに、わたしはこの場所でかがみ達を待っている。かがみ達が用意した、けじめをつける場所に。 「…お、ちゃんと来たんだ。えらいえらい」  軽い口調でそう言いながら、ここにわたしを呼び出した張本人のかがみが歩いてきた。その後ろにはつかさとみゆきさんもいる。わたしは星のブローチをスカートのポケットに仕舞いこんだ。 「けじめはつけないといけないからね」  抑揚の無い声でそう言うわたしに、かがみは苦笑した。 「そうね…じゃ、みゆき、つかさ、こなた押さえて」  かがみの指示に従って、つかさとみゆきさんがわたしの左右に立って腕をしっかりと掴んだ。 「…こんなことしなくたって、避けないよ」  わたしがそう言うと、かがみは首を横に振った。 「アンタ運動神経良いんだから、反射的に避けちゃうかもしれないでしょ?それに、軽いから吹っ飛んで威力が落ちちゃうかもしれないし」  念入りだなー…ま、わたしがやってきたことを考えたら、仕方ないけどね。 「じゃ、いくわよ。つかさもみゆきも逃げちゃダメよ?」 「う、うん…」  つかさは殴られようかってわたしより怯えてるなー。 「はい…でも、あまり全力では殴らない方が良いかと…」 「なに言ってるのみゆき。こいつ相手に手加減無用よ」  わたしもそう思う。手加減なんてして欲しくない。 「てぇえいっ!」  気合の入った声と共に、わたしの右頬に衝撃がきた。少し遅れて、激痛が来る。歯は折れなかったみたいだけど、口の中を切ったらしくて血の味が広がる。 「…いったーい…」  そして、殴ったかがみは左手を押さえて半泣きでしゃがみこんでいた。たぶん、人を殴りなれてないから、手首を傷めたんだろう…。 「かがみさん…だから少し手加減しましょうって…」  わたしから離れたみゆきさんが、かがみに近寄って傷めた手を撫で始めた。 「あー…さっきのはわたしのじゃなくて、かがみの手を心配してたんだ」  思わず呟いてしまったわたしを、みゆきさんが真剣な目で見てきた。 「当たり前です」  きっぱりと言われた。コレぐらい嫌われると、逆にスッとする。 「泉さんがわたし達にしたことは、けして許されることではありませんから」 「うん、分かってる…分かってるよ」 「わたし達に嫌われようだなんて…わたし達の想いを無視して、勝手にそんな事…」  みゆきさんの目に涙が浮かんできた。そして、まだわたしの腕を掴んでいるつかさの手に力が篭った。 「…こなちゃん…だから、わたし達は絶対にこなちゃんを嫌いにならないって決めたんだよ…一生こなちゃんを好きでいるって:  わたしのやろうとしてたこと…全部わかってたんだ…わかってて、あんな…。 「まあ、そう言うことだから…お見舞いに行かなかったのと、この一発はアンタにわたし達の決意を示す愛の鞭ってわけよ」  痛めた手をプラプラさせながら、かがみがそう言った。いや、なんか意味が分かるような分からないような…。 「と、言うわけでね。コレで全部チャラ…それでいいでしょ?」  そう言いながら、かがみがわたしに手を差し出してきた。わたしは、一瞬だけ躊躇して…その手を握った。その手に、さらにつかさとみゆきさんが手を重ねてくる。 「…みんなおかしいよ」  わたしはそう呟きながら、笑っていた。 「でも、わたし留年決まって学年離れちゃうし、今まで通りには難しいかもね」  わたしがそう言うと、かがみ達は顔を見合わせてクスッと笑った。 「心配ないわよ。わたし達も留年決まったから」 「………はい?」  今のわたしは多分、目が点になってる。 「え、え、ちょ、なに?留年?みんなして?」 「そうよ。大変だったんだから。わたしとつかさはもう家の中じゃ痛い子扱いだし、みゆきは勘当されかかったしね」 「い、いやいやいや。おかしいよ…なんてーか、おかしい通り越しておかしいよ。なんでそんなことになってるの?」 「そりゃあ…」  かがみがわたしの首に手を回してきた。顔近いって。 「アンタを逃がさないためよ」  なんかゾクッと来た。 「うんうん。こなちゃんが違う学年になったら、新しい友達作っちゃうかも知れないしねー…こなちゃんの友達はわたし達だけだよ」  怖い。つかさ、それ怖いって。 「友情に殉じるって素晴らしいですよね」  いや、ちっとも素晴らしくないからみゆきさん。 「ゆきちゃん、またそれ言ってる」 「よっぽど気に入ったのねそれ…黒井先生の前で言って、思い切り頭どつかれたのに懲りてなかったのか…」  わたしを挟んで談笑してる、歪んだ友情の友達たち。  こんな友達が出来ちゃって…ホント、わたしはついてないな。  ふと思い出して、わたしはスカートのポケットに手を入れた。  用が済んで持ち主の元に戻ったのか、星のブローチはいつの間にか無くなっていた。 ― 終 ― **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - 双方に救いがあってよかったwwww -- 名無しさん (2010-05-07 20:16:20)

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