ID:Cx5sMp20氏:とある姪の就職

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弁護士になろうと思った最初のきっかけは、弁護士であるおば(母方)の存在だった。  おばはマスコミでも取り上げられるぐらいの有名な弁護士で、自分の腕一本で生きているその凛々しい姿は、私にとって憧れだった。  高校生になって真面目に進路を考えていたときに真っ先に相談した相手も、このおばだった。言っちゃ悪いけど、母も父も、こういうことに関しては、あまり頼りになる人じゃなかったから。  年末年始は、母方の実家に母方の親戚一同が集まるのが慣例だった。とはいっても、忙しいおばは、正月の三が日をすぎてから来ることが多かったけど。  高校一年生の正月三が日がすぎたある日、私はやってきたおばを捕まえて相談を持ちかけた。 「はっきりいって、いい仕事じゃないわよ。正直きついし。体力的にも精神的にもね」  弁護士を志望しているという私の言葉に、おばはまず最初にそういった。 「仕事のタネは、人の欲望とか保身とか憎悪とか怒りとか、そういう醜いどろどろしたもの。それを濾過して無感情な法律用語で組み立てなおして法廷の場にもっていくのが、弁護士という仕事よ」  それから、おばは、弁護士がどれだけきつい仕事かを延々と説明してくれた。半端でない覚悟が必要だといわんばかりに。 「でも、おばさんはその仕事を続けているんですよね。何かやりがいみたいなものがあるからだと思いますけど」 「そうね。依頼人から感謝されるのがうれしいからかしらね。もちろんお金もきっちりもらわないと商売にはならないんだけど、それ以外にもそういうのがあるから、やっていけてるってところはあるわよね」  おばさんのその言葉で決意は固まった。  人から感謝される仕事ができる弁護士になる。それが私の目標となった。  それから猛烈に勉強して、大学の法学部に進学し、法科大学院に進んで、順調に卒業した。  気合いれて挑戦した司法試験も一発合格。その後の司法修習も順調にこなして、無事に弁護士になれた。  その後、私は関西のとある法律事務所のイソ弁として2年間をすごした。そのまま東京のおばのところに転がり込んでもよかったのかもしれないけど、身内に甘えるのはよくないと思ったし、たぶんおばもそれを許してくれなかったと思う。  その2年間は、父母にもおばにも双子の妹にも年に数回しか会えないぐらい忙しい日々だった。  その中で実務のこなし方をしっかりと身につけてから、私は北海道のある地域に事務所を開いた(事務所の開設費用は母方の実家から借りた)。  そこは、いわゆるゼロワン地域(→弁護士がいないか一人だけの地域)。常駐の弁護士は一人だけで、私が来たことでようやくゼロワン状態を脱することができたというのが現状だった。  いきなり弁護士なしの地域に飛び込むよりはマシとはいえ、きついことには変わりはない。イソ弁を卒業したばかりの身にはある意味無謀ともいえるかもしれなかったけど、人から感謝される仕事をするには有り余るほどの環境であることは確かだった。  とりあえず、それまでその地域唯一人の弁護士だった人の事務所に挨拶に行った。 「今後とも、よろしくお願いします」  そういって、頭を下げる。 「いやいや、こちらこそ。まあ、法廷で対決することもあるかもしれませんが、お手柔らかに願いますよ」  冗談めかしてそういって笑ったけど、今後、実際にそうなる可能性は高い。  この地域には二人しか弁護士はいないのだから、住民同士で裁判沙汰になれば、二人がそれぞれの弁護につくしかない。 「ところで、つかぬことを聞くけど、白石弁護士は、親戚に弁護士さんはいらっしゃるのかな?」 「はい。おばが弁護士をしております」 「もしかして、柊かがみ弁護士?」 「はい」 「やっぱりそうか。そっくりだから、もしかしたらと思ったんだけど」 「父母よりもおばに似てるとはよく言われます」 「そうだろうね。いやはや、あの柊弁護士の姪っ子さんか。これは手ごわそうだ。ホント、お手柔らかに願いたいね、うん」 「おばはおばで、私は私です」  何かとおばと比べられることが多かったから慣れているとはいえ、おばの名がもつ大きさというのを改めて思い知らされる。 「そうだね。まだまだ若いのに柊弁護士と比べられてしまうのは、何かとつらいだろうね。だからこそかな? こんな田舎にやってきたのは」 「そうですね。おばとは違う方向を目指してみたいというのはありましたから」  おばの背中ばかりを追っていても、永遠に追いつくことはできない。  だから、おばとは違うやり方でやってみたかった。  そして、いつの日か、おばと並んで仕事の愚痴でも語り合えようなそんな立場になりたかった。 「その志やよし! 期待してるよ。正直、一人じゃきつかったんでね。二人になるだけでだいぶ助かる」  その後、自分の事務所に初出所。 「あっ、白石所長。お待ちしておりました」  事務員の女性がそういって出迎えてくれた。 「所長なんてこそばゆいから、やめてほしいんだけど」  年上の女性に所長なんて呼ばれるのは、こそばゆい。 「何言ってるんですか。この地域に二つしかない法律事務所の所長なんですから、その自覚をきっちり持ってもらわないと困りますよ」  確かに、二人しかいない事務所でも所長は所長。その自覚は必要なんだろうけど、でもやっぱりこそばゆい。  この事務員さんは、この地元の出身で、最近までは札幌のとある法律事務所で事務員をしていた。いつかは地元に戻りたいという希望をもっていたところへ、私の法律事務所開設という話を聞いて、採用面接にやってきたというわけ。  法律事務所の事務員としてはベテランなので、私としては非常に助かっている。  彼女が準備万端整えてくれたおかげで、事務所は今すぐにでも業務を開始できる状態が整っていた。弁護士会への届出や税務上のもろもろの届出もすんでいたから、法律的にも問題はない。  彼女から一通り状況の説明を受けたあと、 「あっ、そうだ、所長。私の父が是非とも歓迎会を開きたいとのことですので、これから私の実家にご足労願えますか?」 「そんな。悪いわよ」 「父が『うちの娘が世話になるのだから、是非ともおもてなししなきゃならん』と申しておりまして。ここは父を顔を立てるということで是非」  むしろお世話になっているのは私の方なんだけど、これ以上断ることもできなそうな雰囲気なので、行くことにした。  彼女の実家は漁業を家業としていた。  となれば、歓迎会の席に並べられる料理は、新鮮な海の幸を中心とした豪勢なものになるのが当然で。  最初こそ遠慮していたものの、勧められて料理に手をつければどれもおいしいことこのうえなく、ついつい箸がすすんでしまって。  ついついお酒もすすんで、なんかもう、北海道万歳!って叫びたい気分。  彼女のお父さんは典型的な北海道の田舎の漁師といった感じで、彼女のお母さんもいかにもおかみさんといった感じの人で、すっかり打ち解けてしまった。  その夜は朝まで呑めや歌えの大宴会になった。  後から振り返れば、これが、私の食生活1年365日のほとんどを彼女の実家に頼りきりになってしまう最初のきっかけだった。  私の方から行かなくても、彼女のお母さんが「これ、食べなさい」とか言って毎日持ってくるし、それがまたおいしいんだもの……。  おかげで、すっかり体重計恐怖症になっちゃったなぁ。  それはともかくとして、その翌日。 「う~、飲みすぎたぁ」  私は事務所の自分の机の上でつっぷしていた。 「所長。あれぐらいで二日酔いとは情けないですね」  彼女も結構呑んでたはずなんだけど、けろっとしている。  そのとき、電話の着信音が鳴り響いた。  彼女が電話をとる。 「はい、白石法律事務所です。あっ、はい。少々、お待ちください」  彼女がこちらを向き、 「所長、○○警察署からお電話です」 「はい、白石です」  内容は、被疑者が弁護士の接見を望んでいるとのことだった。  もう一人の弁護士の方は別の警察署所管の事件ですでに事務所を出ており、ならばということでこちらに電話してきたということだった。  都会なら当番弁護士も輪番制でぐるぐる回していけるが、弁護士が二人しかこの地域ではそんな贅沢はできない。行ける方が行くしかない。 「はい、わかりました。すぐに参ります」  電話を切った私に、彼女が水が入ったコップと消臭用錠剤、そして、口臭消臭スプレーを差し出してきた。  さすがに酒のにおいをぷんぷんさせて仕事に行くわけにもいかないからだ。  錠剤は胃の中からにおいを消すタイプで、私はそれをコップの水とともに飲みほした。そして、消臭スプレーで口の中を念入りに消臭する。  そのときには、二日酔いはもうどこかへ消し飛んでいた。 「私が運転しますよ。所長が酒気帯びで捕まったら、シャレになりませんからね」 「ごめん」  私はかばんを手にとり、彼女とともに事務所をあとにした。  独立してから最初の仕事。それが、いきなり冤罪事件なんてディープなものになるとは思いもよらなかったんだけど。  その話はまたいつかするということで。 終わり **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3)
弁護士になろうと思った最初のきっかけは、弁護士であるおば(母方)の存在だった。  おばはマスコミでも取り上げられるぐらいの有名な弁護士で、自分の腕一本で生きているその凛々しい姿は、私にとって憧れだった。  高校生になって真面目に進路を考えていたときに真っ先に相談した相手も、このおばだった。言っちゃ悪いけど、母も父も、こういうことに関しては、あまり頼りになる人じゃなかったから。  年末年始は、母方の実家に母方の親戚一同が集まるのが慣例だった。とはいっても、忙しいおばは、正月の三が日をすぎてから来ることが多かったけど。  高校一年生の正月三が日がすぎたある日、私はやってきたおばを捕まえて相談を持ちかけた。 「はっきりいって、いい仕事じゃないわよ。正直きついし。体力的にも精神的にもね」  弁護士を志望しているという私の言葉に、おばはまず最初にそういった。 「仕事のタネは、人の欲望とか保身とか憎悪とか怒りとか、そういう醜いどろどろしたもの。それを濾過して無感情な法律用語で組み立てなおして法廷の場にもっていくのが、弁護士という仕事よ」  それから、おばは、弁護士がどれだけきつい仕事かを延々と説明してくれた。半端でない覚悟が必要だといわんばかりに。 「でも、おばさんはその仕事を続けているんですよね。何かやりがいみたいなものがあるからだと思いますけど」 「そうね。依頼人から感謝されるのがうれしいからかしらね。もちろんお金もきっちりもらわないと商売にはならないんだけど、それ以外にもそういうのがあるから、やっていけてるってところはあるわよね」  おばさんのその言葉で決意は固まった。  人から感謝される仕事ができる弁護士になる。それが私の目標となった。  それから猛烈に勉強して、大学の法学部に進学し、法科大学院に進んで、順調に卒業した。  気合いれて挑戦した司法試験も一発合格。その後の司法修習も順調にこなして、無事に弁護士になれた。  その後、私は関西のとある法律事務所のイソ弁として2年間をすごした。そのまま東京のおばのところに転がり込んでもよかったのかもしれないけど、身内に甘えるのはよくないと思ったし、たぶんおばもそれを許してくれなかったと思う。  その2年間は、父母にもおばにも双子の妹にも年に数回しか会えないぐらい忙しい日々だった。  その中で実務のこなし方をしっかりと身につけてから、私は北海道のある地域に事務所を開いた(事務所の開設費用は母方の実家から借りた)。  そこは、いわゆるゼロワン地域(→弁護士がいないか一人だけの地域)。常駐の弁護士は一人だけで、私が来たことでようやくゼロワン状態を脱することができたというのが現状だった。  いきなり弁護士なしの地域に飛び込むよりはマシとはいえ、きついことには変わりはない。イソ弁を卒業したばかりの身にはある意味無謀ともいえるかもしれなかったけど、人から感謝される仕事をするには有り余るほどの環境であることは確かだった。  とりあえず、それまでその地域唯一人の弁護士だった人の事務所に挨拶に行った。 「今後とも、よろしくお願いします」  そういって、頭を下げる。 「いやいや、こちらこそ。まあ、法廷で対決することもあるかもしれませんが、お手柔らかに願いますよ」  冗談めかしてそういって笑ったけど、今後、実際にそうなる可能性は高い。  この地域には二人しか弁護士はいないのだから、住民同士で裁判沙汰になれば、二人がそれぞれの弁護につくしかない。 「ところで、つかぬことを聞くけど、白石弁護士は、親戚に弁護士さんはいらっしゃるのかな?」 「はい。おばが弁護士をしております」 「もしかして、柊かがみ弁護士?」 「はい」 「やっぱりそうか。そっくりだから、もしかしたらと思ったんだけど」 「父母よりもおばに似てるとはよく言われます」 「そうだろうね。いやはや、あの柊弁護士の姪っ子さんか。これは手ごわそうだ。ホント、お手柔らかに願いたいね、うん」 「おばはおばで、私は私です」  何かとおばと比べられることが多かったから慣れているとはいえ、おばの名がもつ大きさというのを改めて思い知らされる。 「そうだね。まだまだ若いのに柊弁護士と比べられてしまうのは、何かとつらいだろうね。だからこそかな? こんな田舎にやってきたのは」 「そうですね。おばとは違う方向を目指してみたいというのはありましたから」  おばの背中ばかりを追っていても、永遠に追いつくことはできない。  だから、おばとは違うやり方でやってみたかった。  そして、いつの日か、おばと並んで仕事の愚痴でも語り合えようなそんな立場になりたかった。 「その志やよし! 期待してるよ。正直、一人じゃきつかったんでね。二人になるだけでだいぶ助かる」  その後、自分の事務所に初出所。 「あっ、白石所長。お待ちしておりました」  事務員の女性がそういって出迎えてくれた。 「所長なんてこそばゆいから、やめてほしいんだけど」  年上の女性に所長なんて呼ばれるのは、こそばゆい。 「何言ってるんですか。この地域に二つしかない法律事務所の所長なんですから、その自覚をきっちり持ってもらわないと困りますよ」  確かに、二人しかいない事務所でも所長は所長。その自覚は必要なんだろうけど、でもやっぱりこそばゆい。  この事務員さんは、この地元の出身で、最近までは札幌のとある法律事務所で事務員をしていた。いつかは地元に戻りたいという希望をもっていたところへ、私の法律事務所開設という話を聞いて、採用面接にやってきたというわけ。  法律事務所の事務員としてはベテランなので、私としては非常に助かっている。  彼女が準備万端整えてくれたおかげで、事務所は今すぐにでも業務を開始できる状態が整っていた。弁護士会への届出や税務上のもろもろの届出もすんでいたから、法律的にも問題はない。  彼女から一通り状況の説明を受けたあと、 「あっ、そうだ、所長。私の父が是非とも歓迎会を開きたいとのことですので、これから私の実家にご足労願えますか?」 「そんな。悪いわよ」 「父が『うちの娘が世話になるのだから、是非ともおもてなししなきゃならん』と申しておりまして。ここは父を顔を立てるということで是非」  むしろお世話になっているのは私の方なんだけど、これ以上断ることもできなそうな雰囲気なので、行くことにした。  彼女の実家は漁業を家業としていた。  となれば、歓迎会の席に並べられる料理は、新鮮な海の幸を中心とした豪勢なものになるのが当然で。  最初こそ遠慮していたものの、勧められて料理に手をつければどれもおいしいことこのうえなく、ついつい箸がすすんでしまって。  ついついお酒もすすんで、なんかもう、北海道万歳!って叫びたい気分。  彼女のお父さんは典型的な北海道の田舎の漁師といった感じで、彼女のお母さんもいかにもおかみさんといった感じの人で、すっかり打ち解けてしまった。  その夜は朝まで呑めや歌えの大宴会になった。  後から振り返れば、これが、私の食生活1年365日のほとんどを彼女の実家に頼りきりになってしまう最初のきっかけだった。  私の方から行かなくても、彼女のお母さんが「これ、食べなさい」とか言って毎日持ってくるし、それがまたおいしいんだもの……。  おかげで、すっかり体重計恐怖症になっちゃったなぁ。  それはともかくとして、その翌日。 「う~、飲みすぎたぁ」  私は事務所の自分の机の上でつっぷしていた。 「所長。あれぐらいで二日酔いとは情けないですね」  彼女も結構呑んでたはずなんだけど、けろっとしている。  そのとき、電話の着信音が鳴り響いた。  彼女が電話をとる。 「はい、白石法律事務所です。あっ、はい。少々、お待ちください」  彼女がこちらを向き、 「所長、○○警察署からお電話です」 「はい、白石です」  内容は、被疑者が弁護士の接見を望んでいるとのことだった。  もう一人の弁護士の方は別の警察署所管の事件ですでに事務所を出ており、ならばということでこちらに電話してきたということだった。  都会なら当番弁護士も輪番制でぐるぐる回していけるが、弁護士が二人しかこの地域ではそんな贅沢はできない。行ける方が行くしかない。 「はい、わかりました。すぐに参ります」  電話を切った私に、彼女が水が入ったコップと消臭用錠剤、そして、口臭消臭スプレーを差し出してきた。  さすがに酒のにおいをぷんぷんさせて仕事に行くわけにもいかないからだ。  錠剤は胃の中からにおいを消すタイプで、私はそれをコップの水とともに飲みほした。そして、消臭スプレーで口の中を念入りに消臭する。  そのときには、二日酔いはもうどこかへ消し飛んでいた。 「私が運転しますよ。所長が酒気帯びで捕まったら、シャレになりませんからね」 「ごめん」  私はかばんを手にとり、彼女とともに事務所をあとにした。  独立してから最初の仕事。それが、いきなり冤罪事件なんてディープなものになるとは思いもよらなかったんだけど。  その話はまたいつかするということで。 終わり **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - 白石www -- ゆいレール (2011-08-03 23:34:47)

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