ID:FlLeMTo0 氏:卒業

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今日もだ。お姉ちゃんはまた無断で私の部屋に入ってきている。嫌がらせなのかな。きっとあの時のことをまだ怒っているんだ。 そう、卒業式の前日、学校で何気なく皆と会話しているうちにこなちゃんとお姉ちゃんが喧嘩になった。最初はいつもの事だと思ってたんだけど、 だんだんとエスカレートしてきて私とゆきちゃんが止めに入った。喧嘩の理由を聞くと、一ヶ月前のお弁当のおかずを取った取らないの話だった。 私とゆきちゃんは笑った。そしてこなちゃんの味方をした……。こなちゃんの味方をしたのは冗談のつもりだった。 それ以来お姉ちゃんは私と口をきいてくれなくなった。  卒業式も終わり短い春休みは三日目になる。私の留守の間、お姉ちゃんは私の部屋に入り何かをしている。もう三回目になる。 何をしているのかは分からないけど、誰かが入って来ているのは分かる。私の部屋だから。 そして、私の部屋に入って来るのはお姉ちゃんしかいない。きっとこなちゃんの味方をしたのを怒ってるに違いない。 お姉ちゃんらしくない。今までこんな事したことないのに。  私はもう我慢できない。お姉ちゃんの部屋に向かった。部屋の扉は開いていた。私はノックもせずにお姉ちゃんの部屋に入った。 つかさ「お姉ちゃん、さっき私の部屋に入ったでしょ、何してたの?」 お姉ちゃんは机に座っていた。何か本を読んでいるようだった。私の問いにお姉ちゃんは無反応。そんな態度に私は少し頭に来た。 つかさ「お姉ちゃん、私の部屋に入ったのは分かってるんだから、黙ってても無駄だよ」 お姉ちゃんは無反応だった。この態度を見て確信した。やっぱりお姉ちゃんが犯人だ。 いのり「かがみ、最近無断でつかさの部屋に入っているでしょ」 突然後ろからいのりお姉ちゃんの声がした。振り返ると部屋の入り口に立っていた。その声にもお姉ちゃんは反応もせずに本を読んでいた。 いのり「かがみ、聞いてるの」 かがみ「……うるさいわねさっきから、聞こえているわよ」 言うのが気だるそうにゆっくりと椅子に座ったまま振り返った。 いのり「つかさの部屋に入ってるでしょ、勝手に入らない約束したじゃない」 そんな約束してたっけ……。まあいいや、いのりお姉ちゃんはお姉ちゃんの行動をしっていたみたい。 かがみ「私は別に何もしていないわよ」 いのりお姉ちゃんは黙ってお姉ちゃんを睨んでいた。 かがみ「……入った、入っただけ、それだけ」 いのり「いくらかがみとつかさが双子の姉妹でも許されないわよ」 かがみ「分かったわよ、もう黙って入らない、これでいいでしょ」 そう言うと椅子を回転させてまた本を読み始めた。いのりお姉ちゃんは一回大きくため息をつくと部屋を後にした。 私も一言言いたかったけど、いのりお姉ちゃんが一喝してくれたのでもういいと思った。私もすぐににお姉ちゃんの部屋を出た。  次の日の朝、私はふと目覚めた。空がやっと明るくなった頃だった。春休みだからまだ寝ててもいいけど、たまには早起きもいいかな。 眠い目を擦りながら階段を下りた。居間の方からまつりお姉ちゃんの声が聞こえた。 まつり「ん、つかさが降りてきたかな」 私はそのまま居間に入ろうとドアに手をかけようとした。 かがみ「姉さん、つかさが降りてくるわけないでしょ」 まつり「そうだった、降りてくるわけないね」 お姉ちゃんも居る。しかもあんな事言ってる。私だって早起きする事だってあるよ。そう言いたかった。居間から二人の笑い声が聞こえる。 そういえばまつりお姉ちゃんも最近私を避けているような気がする。どうしてだろう。 まさかお姉ちゃんとグルになってる?。そんな思いが急に浮かんだ。私は居間に入るを止めて忍び足で自分の部屋に戻った。  しばらくすると階段を昇る音が聞こえた。お姉ちゃんだ。昇る音の間隔が早い、こんなに朝早くからそんなに慌ててどうしたんだろ。 半開きになっていたドアから覗いて様子をみた。お姉ちゃんは外出用の服を着ていてた。こんな朝早くから何処に?。 こなちゃん、ゆきちゃんと会うなら私にも話があっていい。まさかデート?。お姉ちゃんが男の子と付き合ってる?。 いつ男の子と出会ったんだろう?。謎が謎を呼んだ。 かがみ「いってきます」 私の部屋にも聞こえるような元気な声でお姉ちゃんは外に出て行った。 お姉ちゃんは何処にいったのだろう。気になる。いままで一人で出かける時は私に言っていたのに。私には言いたくない場所……。 まだ間に合うかな。私は身支度をしてお姉ちゃんの後を追うことにした。  とりあえず駅の方向に向かった。まだこの時間なら電車はそんなに来ない。ホームにいるはず。駅の改札口からホームを覗いた。 お姉ちゃんは見えなかった。駅に向かったのではないのかな。 ???「どうかしましたか?」 突然後ろから話しかけられた。声では誰かは分からなかった。振り向くと見知らぬ女の子が立っていた。歳は私と同じくらいかな。 私がホームを覗いているのが気になったのか不思議そうに私を見ていた。 つかさ「あっ、なんでもないです……ちょっと人を探して……私と同じ髪の色でツインテールをしている女の子を」 私の返事に少し間を置いて女の子は答えた。 女の子「ああ、その女の子でしたら駅前で立っていたので覚えてるますよ、青い長髪の女の子と眼鏡をかけた女の子と一緒に      向こうの公園の方向に向かっていきました、待ち合わせですか?」 つかさ「えっ、い、いえ、そんなんじゃないです、ありがとうございました」 私は女の子の教えられた方向に向かおうとした。 女の子「ちょっと」 女の子が私を呼び止めた。私は女の子の方を向いた。 女の子「なんでもないです、呼び止めてすみません」 何か私に言いたいようだったけど私も急いでいたのでそのまま別れた。  青い長髪の女の子と眼鏡をかけた女の子、私の知っている限りこなちゃんとゆきちゃん。私に内緒でお姉ちゃんに会っている。何で。 私、皆になにか悪い事でもしたのかな。卒業式前の喧嘩まではこんな事なんかなかったのに。私は急に淋しくなってきてしまった。 仲間外れにされたような。いや、もう既に仲間外れだよ。あの時の喧嘩で私が何か悪い事をしたのなら謝るよ。  公園の辺りをお昼を過ぎるまで探したけど結局お姉ちゃん達を見つける事はできなかった。私は諦めて家に戻った。 つかさ「ただいま」 返事がない。皆出かけているようだ。私はゆっくりと居間の方にむかった。すると二階の方から話し声が聞こえてきた。 時より笑い声もする。お姉ちゃん達だ。どうやら行き違いになっていたみたいだった。家に来るなら私に一言あってもいいよね。 二階に向かうとお姉ちゃんの部屋から話し声が漏れている。とても楽しそうに話している。このまま扉を開けて皆の話しに入りたい。 なぜか入れるような雰囲気じゃなかった。もしからしたら私が勝手にそう思っているだけかもしれない。しかし今朝までの お姉ちゃんの態度から考えるとそう思うしかなかった。私はお姉ちゃんの部屋の前でただ立って皆の話を聞いているいるだけだった。 こなた「かがみ、そういえばつかさの事なんだけど、もう話してくれてもいいよね」 さっきまでの楽しい会話がこなちゃんのこの一言で止まった。そしてしばらく沈黙が続いた。こぼれるお姉ちゃん達の話を聞いた。 かがみ「話すって、何を話すのよ」 こなた「つかさの死因だよ」 こ、こなちゃん、何言って言ってるの。 みゆき「つかささんが亡くなってもう一周忌、そろそろ私達に教えてくれてもいいかと思います」 ゆきちゃんまで、悪い冗談はよしてよ、私はここに居るよ。私は部屋の扉を開けようと扉に手を掛けた。扉がまるで雲を掴むように透りぬけてしまった。 何度試しても扉を掴むことがが出来ない。え、何、分からない。何がなんだか分からない。 かがみ「それを知ってどうするのよ、そんなの知ったってつかさは帰ってこないわ」 こなた「そんな事分かってる、でも知らないのは気持ちわるいだけ……それだけよ」 かがみ「分かったわよ……つかさは窒息死よ、寝ている時にもどしたみたいで……それが喉に詰まって」 みゆき「……確か、かがみさんが第一発見者と伺っていますが」 かがみ「卒業式の日の朝、最初は朝寝坊だと思った、つかさの部屋から目覚まし時計の音が聞こえた、それでもつかさは起きてこない、      お母さんが私につかさを起こしに行ってって……つかさの部屋に行ったら、冷たく……寝ているように穏やかだった……      もういいでしょ、思い出したくない、」 私は叫んだ。私はここに居るって何度も。皆には聞こえないようだった。部屋の扉が開く様子はない。 こなた「つかさの部屋、見れないの?」 かがみ「……つかさの部屋は去年まま何もしていない、そして明日まで誰も入らないって家族で約束をした……私はその約束を破って      つかさの部屋に入ってつかさの為に日記を書いてあげてた、つかさでも近況は知りたいと思ってね、でも昨日いのり姉さんにバレてしまった、      悪いけど明日まで待って……」 みゆき「明日以降、つかささんの部屋はどうするのですか」 かがみ「……全て処分する」 つかさ「うそ、嘘だよね、皆、私はここにいるよ……まだ生きているよ」 何度言っても皆は気付いてくれなかった。  私は走って家を飛び出した。走った。とりあえずこれしか私にすることはなかった。 私はもう一年前に死んでいた。死んだことに気付いていなかった。お姉ちゃん達が私を無視してたんじゃなかった。もう私はこの世にいなかった。 自分の部屋のカレンダーは卒業式前日のままだった。ベットも机も椅子も。本棚もその時のまま。そして私も、その時のままだった。  気が付くと今朝来た公園に立っていた。春の暖かな日差し、子供たちが元気に遊んでいる。私は公園の隅にあるベンチに腰を下ろした。 お姉ちゃんは言った窒息死だって。寝ている間に起きたこと。だから私は死んだことに気付いていなかった。 これからどうしよう。どうしようって言ったって、私、死んでるんだよね。どうすることも出来ない。 私が死んでから一年経ってるってことはお姉ちゃん達、もう大学二年になるんだね。  公園で遊んでいる子供たちをボーと眺めていた。 『にゃー』 気付くと猫が私に向かってきた。私が見えるのだろうか。 『にゃー』 私の目の前で止まった。触ろうとしたけどやっぱり雲を掴むような感覚、猫を触ることができなかった。 つかさ「猫さん、私が見えるの?」 猫は私の目を見つめている。やっぱり私が分かるみたい。あれ、そういえば今朝、お姉ちゃんを探しているとき駅前で私に話しかけてきた女の子がいた。 なんで彼女は私が見えたんだろう。もう一度会ってみたい。 「猫、犬は幽霊を見ることができるのよ」 突然後ろから声がした。後ろを振り向くと、今朝私に話しかけてきた女の子だった。私はただ彼女を見つめていた。 女の子「やっぱり自分が死んでることに気付いていなかったみたいね、突然死する人はこうなっちゃうのが多いわね」 なんだろう、この女の子、私を見ても何の疑問も持たないで、しかも友達のように話しかけてきて。 つかさ「私を見て怖くないの?」 女の子「別に、怪物じゃあるまいし、それに見た目は普通の女の子にしか見えないわよ」 女の子はクスリと笑った。 つかさ「何で私……幽霊が見えるの?、霊能者?、超能力者?」 彼女はしばらく黙ってしまった。 女の子「そんな所ね、自己紹介遅れたわね、私は榎戸ひろみ」 つかさ「私は……」 ひろみ「柊つかさ……さんでしょ、私は貴女が死ぬ前から知ってるわよ、初めて話すけど他人のような気がしない、よろしくね」 つかさ「よろしく……」 私をしってる?。私は彼女を知らない。私を知っているなら同じ学校?小学、中学、高校、見覚えはない。 つかさ「私、これからどうすればいいのか分からない」 ひろみ「付いてきて」  そう一言言うと彼女は歩き出した。私は彼女の後を付いていった。公園から少し離れた霊園に案内された。 ひろみ「今朝、探していた人達が来た所よ」 お姉ちゃん達は霊園に来ていた。案内された墓石には私の名前が書いてあった。そして、墓には花が手向けてあった。 つかさ「私の、墓?」 ひろみ「そう、彼女達はここで花を手向けていったわ、そして暫くしてから別の人が来たわよ、夫婦と姉妹」 つかさ「それ、お父さん、お母さん、いのりお姉ちゃん、まつりお姉ちゃん、私、本当に死んだのか、幽霊なんだね」  お姉ちゃん達はこんな所に来ていた。いくら探しても見つからない訳がわかった。 ひろみ「ふーん」 彼女は私をまじまじと見ている。 つかさ「どうしたの、榎戸さん?」 ひろみ「この墓を見て泣き崩れると思ったんだけどね、意外だったな、いつも泣き虫な子だったのに」 まるで私を小さい頃から見ているような言い方だった。そういえば涙が出てこない。 つかさ「私、皆から無視されていたと思ってた。特にお姉ちゃん、卒業式の前日に喧嘩しちゃって、それが原因かと思ってた、      でもそれは違ってた、私が死んでも、私が生きてるようにしてくれてた、私が死んだことに気付かないくらいに、だから悲しくないよ」 榎戸さんはまたまじまじと私を見た。 ひろみ「普通ね、自分の墓をみると自分の死を悟って天国に行くのよ、それでも天国に行かないのは生前の強い思念が残っている場合ね」 つかさ「強い思念?」 ひろみ「そう、例えば……あの人のように」 榎戸さんが指を指す方向を見ると、男の人が立っていた。顔が青ざめていている。そしてとても悲しそうだ。 つかさ「誰?」 ひろみ「何時しかの戦で亡くなった落武者よ、もう何百年もあそこに居る、もう彼の仲間はもう居ない、それでも彼は助けが来ると信じて待ち続けている」 つかさ「あの人も幽霊なの、何故私にも見えるの?」 ひろみ「幽霊同士は見える」 つかさ「かわいそう、私、祈ってあげてくる」 わたしは彼の方に向かおうとした。 ひろみ「行っても無駄よ、幽霊が祈っても何の効果もない、かえって彼の悲しみを深めるだけ、彼を救えるのは生きている人の祈りか、仲間が来てくれる      時だけ、墓石も崩れて、仲間も居ない、誰も彼の存在に気付かない、永遠に……」 私は向かうのを止めた。私にそんな思念なんかあるのかな、 つかさ「私にあの人のような思念があるとは思えないんだけど」 ひろみ「そうね、見たところそんな感じはしないわね、でもまだここに居るって事は強い思いがつかさちゃんに在るんだわ」  強い思い。何だろう。確かに死んで未練のない人なんか居ないけど、まったく身に覚えがない。それよりも榎戸さんって不思議な人。 霊能者っていつも幽霊とお話をしているのかな。それに生きている時の私の事も知ってるみたいだった。私に親しく話しかけてきて。 私は榎戸さんに話しかけようとした時だった。 ひろみ「あっ、もう時間、私、戻らないと」 突然の大声だった。何かを思い出したようだった。 つかさ「戻る?」 ひろみ「約束の時間、公園で待ち合わせ、急がないと」 榎戸さんは慌てて走り出して公園の方に向かっていった。まだ聞きたいことがあったけど待ち合わせがあるんじゃしょうがないね。  気が付くともう夕方。日は落ちかけて空を真っ赤に染めていた。ここに居てもしょうがない。家に戻るしかない。 落武者の男の人、名前も知らないけど天国にいけますように。そう心の中で祈って霊園を後にした。  帰り道の途中、公園を通りかかると公園の中央に榎戸さんが立っていた。もう公園に子供たちの姿はない。こんな時間の公園で誰を待っているのかな。 まあいいや、もう会えないかもしれないし、挨拶しよう。私が死んでいることを教えてくれたお礼も言いたい。私は公園に入って榎戸さんに近づいた。 つかさ「あの、榎戸さん、今日はありがとう」 返事がない。ただ公園の外をじっと見つめているだけだった。さっきまでの榎戸さんと様子が違う。 つかさ「あ、あのー」 同じだった。幽霊の私が居たら邪魔なのかな。そうに違いない。このまま帰ろう。 ひろみ「今日も来なかった」 呟くように言った。 つかさ「ごめんなさい、私、邪魔だったかな」 ひろみ「謝ることはないわ……来るはずないわよね」 つかさ「待ち合わせ場所が違ってたとか?」 ひろみ「うんん、来ないことは知ってる、でも待っていないと」 つかさ「もしかして、恋人?」 ひろみ「……同性の友達よ、ここで会う約束をした」 つかさ「来ない、みたいだね」 ひろみ「喧嘩したから、来なかった」 喧嘩をした。なんか私と同じような境遇。そう思っていると。猫が私の前にやってきた。さっきの猫だ。榎戸さんはその猫を触ろうとした。 すると、彼女の手は雲のように猫の体を透りぬけてしまった。 つかさ「榎戸さん、まさか……」 ひろみ「喧嘩をした、だから来なかった、そう思ってた、でも違った、来なかったのは私の方だった、喧嘩で渡せなかった      誕生日のプレゼントを渡すつもりだった、私は時間通りにここに来た、彼女も来た、でも彼女は私に気が付かない、目の前に居るのに、      私は何度も叫んだ、気付いてくれない、そして日が沈んで……彼女は帰ってしまった……」 つかさ「プレゼント、渡せなかったんだ、仲直りするつもりだったんだね」 ひろみ「自分が持っているのが苦になるからこの公園の倉庫裏にしまっておいた、卒業式の日、ここに来る約束だった、もうその日しか渡すチャンスがなかった、      でも、約束した本人がこれじゃもうどうすることもできない」 つかさ「霊園で私に教えてくれた事、みんな自分の体験だったんだ、そして榎戸さんが天国に行かない理由なんだね」 榎戸さんは黙って頷いた。 ひろみ「卒業式が終わって下校中の交通事故だった、一瞬だった、痛くも苦しくもなかった、私は自分が死んだことに気が付かなかった、      公園から家に戻って初めて知った、家族の会話でね」 つかさ「その気持ち、分かるよ、でも私もどうすることも出来ない」  日はすっかり沈み公園の街灯が点き始めた。公園には犬の散歩をする人が行き交う。犬が私達の方を向いて不思議そうに首をかしげている。 つかさ「もうすっかり暗くなったね」 ひろみ「そうね……」 つかさ「いつまでその友達待ってるの?」 ひろみ「いつまでも、気付くまで」 つかさ「いつまでもって、それじゃ霊園の落武者さんと同じになっちゃうよ」 ひろみ「そうね……」 つかさ「だめだよそんなの、ちゃんと天国に行かないと」 榎戸さんは笑った。 ひろみ「そう言うつかさちゃんはどうなの、貴女だって天国に行ってないじゃないじゃない、私と同じよ」 つかさ「もう一回お姉ちゃん達に会って、別れの挨拶すれば未練なんかないよ」 ひろみ「いいわね、帰る家があって、私の家はもうない、私が死んでから私の家族はこの町を離れてしまった、私はこの公園しか居場所がない」 つかさ「……ごめんなさい」 しばらく沈黙が続いた。公園にはもう誰も居なくなった。とても静かだった。 ひろみ「もう帰りなさい、私が貴女に言う事はもうないわ、いろいろ付き合ってくれてありがとう、もう会うこともないでしょう」 榎戸さんは私に背を向けて話した。 ひろみ「そういえば、つかさちゃん、貴女、死因はなんだっけ」 つかさ「窒息死だけど」 ひろみ「まだ望みがないわけじゃない、だから私は貴女に話しかけた」 つかさ「望み……?」 ひろみ「生きたいと強く念じるの、心の底から、そう願うの、体が正常ならばもししたら……万に一つの可能性があるかも」 つかさ「私、今でも生きたいって思ってるけど」 ひろみ「窒息なら息をしたいと思うでしょ、後は貴女自身が考えて、これ以上言えない」 榎戸さんはそのまま歩き出した。 つかさ「何処に行くの?」 ひろみ「倉庫、私の安らぐ唯一の場所」 そう言うと、倉庫の壁に吸い込まれるように消えた。  私一人公園に残された。渡せなかったプレゼントの側が安らげる場所なのか。なんだか切なくなった。 でも榎戸さんは私の事をちゃん付けで呼んだ。それに私も榎戸さんをただの他人とは思えない。境遇が似てるからかな。それにしても望みってなんだろう。 そんな事考えてもしょうがないか。私も帰ろう。そして別れを言おう。あの落武者さんみたいになりたくない。  家の玄関の前に着いた。ドアは閉まっている。手で開けることはできない。さてどうしよう。そういえば榎戸さんは倉庫の壁に吸い込まれるように消えていった。 私もできるかな。ドアに体当たりをした。何の抵抗もなくドアをすりぬける事ができた。居間から話し声が聞こえる。もう皆帰ってきてるみたい。 居間に入ろうとした。足が止まった。入ることが出来ない。入っても誰も私に気が付かないことは分かりきっていた。 話し声にお姉ちゃんの声がない。きっと部屋に居るに違いない。 二階の部屋にお姉ちゃんは居た。机に向かって何かを書いている。そっと後ろから覗いてみた。難しい法律の本を片手になにか論文ののうなものを書いている みたいだった。凄いね、さすがお姉ちゃんだ。 扉をノックする音がした。 いのり「入るわよ」 かがみ「今、忙しいから後にして」 それでもいのりお姉ちゃんは扉を開けて入ってきた。 いのり「それならそのまま聞いて、お母さんから聞いた、あんたつかさの為に日記書いていたんだってね、何故黙ってたの」 お姉ちゃんの手の動きが止まった。後ろを向いたまま話し出した。 かがみ「どっちにしろ部屋に入っていた事に変わりない、約束を破ったわ、だから黙ってた、それだけよ」 いのり「……つかさの部屋に入らないって約束誰がきめたのかしらね、私も破ってたわよ」 お姉ちゃんは振り返っていのりお姉ちゃんの方に向いた。 かがみ「いのり姉さん、今頃なんでそんな事言うの、もう明日はつかさの部屋を片付ける日なのよ」 いのり「そうね、何故かな、さっき聞いたんだけど、まつりも何度もつかさの部屋に入っているわよ、お父さんもお母さんもね、約束は最初から意味がなかった」 かがみ「意味なんかなかったわよ、最初から分かってた、それより本当に明日片付けちゃうの」 いのり「けじめはつけないとね」 かがみ「そう」 お姉ちゃんはうなだれてしまった。 いのり「明日は友達も来るんでしょ、最後につかさに報告していいわよ、昨日の出来事も含めてね、墓参り行ったんでしょ」 かがみ「これ片付けたら報告する」 いのり「邪魔してわるかった、それじゃ」 祈りお姉ちゃんは部屋を出ようとした。 かがみ「いのり姉さん、ありがとう」 返事をせずそのまま部屋を出て行った。お姉ちゃんはそのまま机に向かって続きを始めた。  私の為に……嬉しかった。この会話を聞いただけで私は天国に言って良いとおもった。でも明日はこなちゃん達も来るみたいだ。 明日なら皆にさよならが言える。さて、自分の部屋も見納め。壁を透りぬけて直接自分の部屋に移った。こんなに移動が楽だとは思わなかった。 幽霊もそんなに悪くない。 自分の部屋を見回した。私が死ぬ前、そのまま、机も、椅子も、カレンダーも、本棚には教科書とノートがある。もう、それらを使うこともない。  扉が開いた。お姉ちゃんが入ってきた。レポートが終わったのかな。お姉ちゃんはおもむろに私の椅子に座った。そして本棚から本を取り出した。 見覚えのない本だった。日記帳だ。きっとお姉ちゃんが用意したものだろう。そして頁を開いて語りかけながら書き出した。 かがみ「今日、こなた、みゆきとお墓参りをしたわよ、実はこれが初めて、つかさが死んだなんて未だに信じられなくってね、本当は行きたくなかった、      こなたがしつこく行こうってね、私もそろそろ現実を見ないといけないし、誘いに乗った……、      こなた、は相変わらずなにも変わってないわよ、日下部とうまくやってるみたいね、みゆきとは最近あまり会わなくなったわ、      まあ、学部が学部だし、予想してた通りね、ゆたかちゃん達も三年生になったわね、そうそう、ゆたかちゃんね、こなたの身長より伸びたわよ、      こなたが悔しがってた、笑っちゃうわね……あっ、いけない間違えた……消しゴムは」 おねちゃんは自分の持ってきた筆箱の中を探しだした。 つかさ「お姉ちゃん、消しゴムなら右の引き出しに入ってるよ」 聞こえないのは分かってたけど思わず言った。引き出し、何だろう。私はこの引き出しに何かを仕舞った。そうだ、思い出した。 卒業式が終わった皆に御守りを渡すつもりだったんだ。ゆたかちゃん達の分も用意したんだった。 お姉ちゃんは立ち上がり私の部屋を出て行った。自分の部屋に消しゴムを取りに行ったのだろう。  私が今まで天国に行かなかった理由が分かった。引き出しに入っているお守りを皆に渡したい為。お姉ちゃんが戻ってきた。 つかさ「お姉ちゃん、机の右の引き出しを開けて、そこに渡したいものが入ってるよ」 聞こえるはずもない。榎戸さんと同じだ。私は榎戸さんと同じ理由で残っていたんだ。今になって榎戸さんの気持ちと同じになるなんて。 かがみ「つかさ、私、どうすればいいか分からない、いきなり居なくなるなんて、じっとしてると涙がでてくるわよ、今は勉強で気を紛らしているけどね」 お姉ちゃんは書くのを止めて言葉だけになった。 かがみ「喉に詰まらせて死んだ、バカじゃないの、そんなの一回咳き込めば出せるじゃないの、私よりも元気なくせに、呆気なさすぎ……      ごめん、つかさ、最後に愚痴になってしまったわね、明日はこの部屋の物は全部処分するわ、未練になるから机の中は詮索しないわよ」 机の中を見て欲しい、そうじゃないと私は永遠に天国に行けない。お願い、引き出しを開けて、引き出しを。 なんだろう、急に苦しくなった。息ができない。おかしい、私は死んでいるはずなのに。まるで喉になにかが詰まった感覚だった。 私はその場に倒れ込んだ。息を吐くことも吸うこともできない。『たすけて、お姉ちゃん』言っても聞こえないが声すらも出ない。 苦しさはどんどんと辛くなる。これが死ぬってこと。やだ。死にたくない。私はまだしなければならない事があるんだ。お姉ちゃんが言った咳き込めって。 私は渾身の力を込めて咳き込んだ。その後、意識が遠のいていった……。  ふと気が付いた。寝ていたのだろうか。幽霊も寝るみたい。窓がうっすらと明るい。部屋には私一人。結局お姉ちゃんは御守りを見つけてくれなかった。 もうこの部屋に、家に居たって意味はない。そうだ、どこか遠くに行こう。幽霊なら何処にでも行けそう。私はそう決めて部屋を出ようと…… 『ゴン!』 つかさ「ふみゅっ…」 鈍い音が部屋に響いた。私は倒れた。額に激痛が走った。あれ、扉に額をぶつけた。透り抜けできない。私は額を手で押さえて考えた。 もしかして。私は恐る恐る扉に手を伸ばした。扉に手が引っかかった。 音を立てて扉は開いた。これってどうなってるの。部屋を出て階段を下りた。 まつり「おはよう、つかさがこんなに早く起きてきた、珍しいこともあるね」 まつりお姉ちゃんが私を見ている。 つかさ「まつりお姉ちゃん、私、見えるの?」 まつり「つかさ、寝ぼけてるね、それにその額どうしたの、ベットから落ちたんじゃないの?」 まつりお姉ちゃんは笑った。私は生きている。じゃさっきまでのは何だったんだろう。夢なのかな。 みき「これから卒業式でしょ、かがみを起こしてきて」 まつり「つかさがかがみを起こしに行く?、今日は雪でも降りそうだ」 違う、これは夢じゃない。これからそれを確かめる。 つかさ「お母さん、御守り二つないかな、後でお金渡すから」 みき「いきなり唐突ね、御守りは……」 まつり「御守りなら在るわよ、二つでいいの?、持ってくるよ」 つかさ「ありがとう」 私はお姉ちゃんを起こしに行った。  お姉ちゃんを起こすと自分の部屋に入り着替えた。ふと床を見ると何かが落ちている。私は拾って手に取った。それは小さなじゃが芋の欠片だった。 もしかして、これが喉に引っかかっていた?。お姉ちゃんのあの助言で私は生き返れたんだ。こんな欠片が引っかかったくらじゃ死ねないよ。 そして、私は榎戸さんの最後の言葉を思い出した。『生きたいと思う』ってこれだったんただね。榎戸さん、お姉ちゃんありがとう。  卒業式が終わると私はさっそく御守りを皆に渡した。こなちゃん、ゆきちゃんは喜んで受け取ってくれた。 そして、こなちゃんがゆたかちゃん、ひよりちゃんに渡してくれるって言ってくれた。 ゆきちゃんも、岩崎さんに渡してくれると言ってくれた。でもお姉ちゃんは受け取ってくれなかった。 自分の家の御守りを改まって貰うこと無いって。お姉ちゃんらしい。だけどそれでもよかった。御守りを渡したいと言う気持ちが伝えられただけで満足だった。  こなちゃん、ゆきちゃんとも別れて、お姉ちゃんと家路を歩いていいると、 かがみ「ふーん」 私をまじまじと見ていた。 つかさ「どうしたの」 かがみ「いやね、卒業式でつかさ、あんた全く泣かなかったわね、泣くとばかり思ってたけど、高校生ともなるとやっぱり違うわね」 つかさ「私、もっと悲しい事を見てきたから」 かがみ「はぁ?、なに言っているの」 つかさ「あっ、お姉ちゃん、私これから寄り道して行くから、先帰ってていいよ」 お姉ちゃんはまた私をまじまじを見た。 かがみ「そういえば今朝つかさに起こされた、こんな事なかった、つかさ、何か隠しているわね」 つかさ「隠すつもりはないよ、そうだ、寄り道お姉ちゃんも付き合う?」 かがみ「そう言われると行きたくなるわね、これから別に用事もないし」 つかさ「それじゃ付いてきて」  駅から公園を越えて霊園に向かった。 かがみ「つかさ、こんな所に何の用があるのよ」 私の墓の場所は空いていた。初めてくる所なのに、まったく同じ風景。初めてじゃない。 つかさ「えっと、確かこの辺りだったような……あった」 崩れた石が転がっている。一見するとただの荒地。私は石を拾って積み上げた。 かがみ「何をしているのよ、まったく分からない」 つかさ「ここに居る落武者さんの霊を供養してあげるの、落武者さんの墓だったんだよ」 かがみ「墓って、確かにここは霊園だけど、どう見てもそれはタダの石ころにしか見えないわよ」 つかさ「だから忘れられていたんだ、もう何百年も待ってたんだね、落武者さんの家族でも友人でもないけど、生きている人の祈りだよ、」 積み上げた石の天辺に御守りを乗せて祈った。 つかさ「お姉ちゃん、行こう」 かがみ「ん?」 つかさ「どうしたの?」 かがみ「いや、向こうでお参りに来てた人が連れていた犬がやたらこっち向いて吠えてたけど、静かになった」 つかさ「犬は幽霊が見えるんだって、私の祈りで落武者さん、天国に行けたみたい」 かがみ「つかさ、いったい何があったのよ」 つかさ「あと一箇所、寄りたい所があるんだ、いいかな?」   私は移動中に今までの事をお姉ちゃんに話した。そして、公園に着いた。 かがみ「さっきの霊園はその幽霊の子が教えてくれた?」 つかさ「うん、それで私の体験が本当ならこの倉庫の裏に女の子が用意したプレゼントが在るはずだよ」 かがみ「この倉庫鍵がかかっているわよ、確かめようがないわね」 つかさ「女の子も鍵なんか持ってなかったと思うよ、だから倉庫の中には入れなかったんじゃないかな」 かがみ「ん?屋根の日差し避けの隙間に何か在るわよ」 私は隙間から小さな箱を取った。そしてその箱を開いた。 かがみ「……櫛のようね、鼈甲で出来ているわよ、かなり高価な櫛ね、でもつかさ、この櫛を誰に渡したかったのかしら、分からないんじゃどうしようもないわよ」 箱を閉じて元の場所に戻した。 かがみ「諦めるのね」 つかさ「うんん、違う、やっぱりここで渡した方がいいと思って」 かがみ「渡すって、その幽霊、渡す相手を言ってなかったんじゃないの」 つかさ「言ってないよ、でも分かった、プレゼントの中身を見て誰だか分かった、帰ろう」 お姉ちゃんは釈然としてない様子だった。 つかさ・かがみ「ただいま」 私は家に着くとそのまま台所に向かった。台所でお母さんといのりお姉ちゃんが夕食の支度をしていた。 つかさ「お母さん、お母さんの卒業式の日、公園で誰かと会う約束をしなかった?」 お母さんの動きが止まった。 いのり「お母さん、そんな約束したんだ、卒業式で会うなんて、もしかしてお父さん?」 つかさ「その人、榎戸ひろみ、って人じゃない?」 いのり「女の人か、期待しちゃったじゃない」 みき「誰にも言ってないのに、つかさ、どうしてそれを」 お姉ちゃんは驚いて私を見ていた。 つかさ「私、榎戸さんに会ったから、お母さん、榎戸さんがお母さんと会って何をしたかったか知ってる?」 みき「知らない、知るはずもないわ、彼女は私に合う前に既に……」 つかさ「お母さんが公園に来たとき、榎戸さんも居たんだよ、でも何度も話しかけても気付いてくれなかったって」 お母さんは振り返って私の方を向いた。 みき「日没まで待ったけど来なかった、悪戯、いやがらせ、かと思った、喧嘩をしていたから……家に帰って訃報を聞いて……」 つかさ「榎戸さん、お母さんに渡したい物が在ったんだよ、それでね、今でもお母さんが来るのを待っているよ」 しかしお母さんは動こうとしなかった。 つかさ「どうしたの、行こうよ」 みき「いまさら行ってどうなるって言うの、もう終わった事、それにね、私が公園に行ったのは決別のつもり、もう会うこともないと思って行った」 つかさ「お母さん……」 榎戸さんの思いとは裏腹にお母さんはそんな事を思っていたなんて、だめだ、榎戸さんの望みをかなえてあげられそうにない。私を助けてくれたのは 榎戸さんの思いをお母さんに伝えて欲しいから。でももう私はお母さんを公園に連れていけそうにない。 かがみ「お母さん、私、ついこの間、こなたと喧嘩したわ、お互いに言い合いの大喧嘩、つかさは見てるよね、卒業前にあんな事になるなんてね、      つかさのおかげで絶交は避けられた、生きていればこんなバカなことはいくらでも出来る、      でもねお母さん、榎戸って人、もうこの世の人じゃないんでしょ、お母さんも、もうその人に何も      言えないじゃない、榎戸さんもお母さんに何も言えない、榎戸さんって人、お母さんに何を言いたかったのか……公園に行くしか分からない      そう思わない?お母さん」 みき「ひろみ!」 お母さんは叫んだ。私は時計を見た。 つかさ「毎日約束の時間になると公園でお母さんを待ってた、そろそろ時間だよ、行こう、公園に、待っているよ」 お母さんは飛び出すように家を出て行った。 つかさ「お姉ちゃん、ありがとう、お母さんを公園に……」 かがみ「榎戸さんがお母さんに何を伝えたかったのか知りたくなってね、ちょっと手伝っただけよ」 いのり「あんなお母さん始めて見た、つかさ、なぜそんな事知ってるの」 私に驚きの眼で聞いてきた。 つかさ「後で話してあげる、私、公園に行ってくるよ、お母さん、プレゼントのある場所分からないからね」 玄関で靴を履いているとドアが開いた。まつりお姉ちゃんが帰ってきた。 まつり「さっきお母さんとすれ違ったわよ、なにか慌てるように走って行ったけどどうかしたの?、って皆、何処に行くの?」 後ろを向くとお姉ちゃんといのりお姉ちゃんが出かける準備をしていた。 つかさ「まつりお姉ちゃんも行く?、駅の先の公園、お母さんが向かった所に」  公園に向かいながら私は全てを話した。お姉ちゃん達は黙って私の話を聞いていた。 まつり「駅の先の公園、そういえば幼い頃、あの公園に行ったことない、お母さん連れてってくれなかった」 いのり「そうね、そう言われればそうかもしれない」 つかさ「人に伝えたいことが伝えられない、これほど辛いことはない、私、今度の体験でそう思った、だから死を恐れるんだね」  公園に着くとお母さんが公園の中央に立っていた。日は沈み、公園はすっかり静かになっている。 私はお母さんを倉庫の裏に案内した。そして屋根の日差し避けの隙間を指差した。お母さんはすぐに小箱の存在に気が付いた。 つかさ「お母さんの誕生日に用意したみたいだよ、6月12日、卒業式まで渡せなかったんだって、長い喧嘩だったね」 みき「喧嘩ね……何で喧嘩してたのかしらね、今になってはその原因すら覚えていない」 お母さんは小箱を手にとって開けた。 つかさ「これを見て榎戸さんの友達がお母さんだったって確信したよ、お母さんずっと長髪だったでしょ、そのプレゼントが一番お母さんに合うね、      私の名前をちゃん付けで呼んだ、近所のおばさんが私たちを呼ぶように、榎戸さん、ずっとお母さんを見守ってきたんだ、そして、      私も助けてくれた、私一回死んじゃったんだよ」 みき「つかさ、もういい、何も言わなくても、分かるわよ、全て……何も言わなくても……ひろみ、ありがとう」 お母さんは小箱を両手で抱きかかえ膝を落として泣き崩れた。私はその場を離れた。お母さんは何度も榎戸さんの名前を呼んでいた。 私は榎戸さんのお礼の代わりに御守りを箱のあった隙間に供えた。  少し離れたところでお姉ちゃん達は見ていた。私はお姉ちゃん達の所に近づいた。 いのり「まさか、半信半疑だったけど、つかさ、本当だったんだね」 まつりお姉ちゃんとお姉ちゃんはただ黙ってお母さんを見ていた。私もなにか大きな重荷が取れたような気がした。私はそのまま家に帰ろうとした。 かがみ「つかさ、何処へ、お母さんを置いていくの?」 つかさ「そのままそっとしてあげようと思って、榎戸さんとの再会」 かがみ「再会って言ったって彼女、死んでいるんでしょ、つかさは見えるの?」 つかさ「見えないけど、ほら、お母さんの横に猫がいるでしょ、あの猫、お母さんじゃない方向をみているよね、そこに榎戸さんがいるよ、猫も見えるんだよ」 かがみ「霊園の犬と同じって事ね、なんか不思議ね」 つかさ「死んだら思いを伝えられないって言ったけど、今、母さんを見ていると生きていても同じなんだなって思った……お姉ちゃん私、帰ってご飯の支度      するよ、お姉ちゃん達はお母さんを見てあげてね」  公園を離れるとお姉ちゃんが追いかけてきた。 かがみ「待って、私も手伝うわよ、但し、戦力になるかどうかは分からないけどね」 つかさ「ありがとう、お姉ちゃんは良いの?、お母さんを見てなくて」 かがみ「いのり姉さんとまつり姉さんがいるから大丈夫でしょ、それより、つかさ、今更なんだけど、御守り……くれないかな」 つかさ「え、お姉ちゃん、要らないって、自分の家の御守りなんか……」 お姉ちゃんが心変わりした理由が分かった。お姉ちゃんに御守りを渡した。 かがみ「これを渡したかっただけなのに、それすらも出来ない、つかさと、榎戸って人の気持ちが少し分かったようなしたから」 つかさ「分かったなら、それで充分だよ、ありがとう、 さて、帰ろう、お姉ちゃん」  日が沈み空は真っ赤に染まった。ちょっと寒くなった。今日の晩御飯はお母さんに代わりに精一杯作ってあげる。体の温まる料理だよ。 今日は二人の本当の卒業式だね。お母さんが帰ってきた時には榎戸さんはもう天国に行ってるね。    お母さん、榎戸さん卒業おめでとう。 終 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - 感動の一言です!! -- CHESS D7 (2010-08-20 11:07:18) - 良い話ですね。 &br()感動しました。 &br() -- 名無しさん (2010-08-19 23:59:40) - 最高!!作者GJ -- 名無しさん (2010-08-15 20:45:02) - すごい感動しました -- さか (2010-03-15 13:52:05) - 良い話でした。GJ! -- 名無しさん (2010-03-07 22:33:22) - 本スレで指摘された箇所、つかさが生き返る場面と &br()みきが家を飛び出す場面を少し付け加えました。 &br()ご指摘ありがとうございました。 -- 作者 (2010-03-05 21:55:22)
今日もだ。お姉ちゃんはまた無断で私の部屋に入ってきている。嫌がらせなのかな。きっとあの時のことをまだ怒っているんだ。 そう、卒業式の前日、学校で何気なく皆と会話しているうちにこなちゃんとお姉ちゃんが喧嘩になった。最初はいつもの事だと思ってたんだけど、 だんだんとエスカレートしてきて私とゆきちゃんが止めに入った。喧嘩の理由を聞くと、一ヶ月前のお弁当のおかずを取った取らないの話だった。 私とゆきちゃんは笑った。そしてこなちゃんの味方をした……。こなちゃんの味方をしたのは冗談のつもりだった。 それ以来お姉ちゃんは私と口をきいてくれなくなった。  卒業式も終わり短い春休みは三日目になる。私の留守の間、お姉ちゃんは私の部屋に入り何かをしている。もう三回目になる。 何をしているのかは分からないけど、誰かが入って来ているのは分かる。私の部屋だから。 そして、私の部屋に入って来るのはお姉ちゃんしかいない。きっとこなちゃんの味方をしたのを怒ってるに違いない。 お姉ちゃんらしくない。今までこんな事したことないのに。  私はもう我慢できない。お姉ちゃんの部屋に向かった。部屋の扉は開いていた。私はノックもせずにお姉ちゃんの部屋に入った。 つかさ「お姉ちゃん、さっき私の部屋に入ったでしょ、何してたの?」 お姉ちゃんは机に座っていた。何か本を読んでいるようだった。私の問いにお姉ちゃんは無反応。そんな態度に私は少し頭に来た。 つかさ「お姉ちゃん、私の部屋に入ったのは分かってるんだから、黙ってても無駄だよ」 お姉ちゃんは無反応だった。この態度を見て確信した。やっぱりお姉ちゃんが犯人だ。 いのり「かがみ、最近無断でつかさの部屋に入っているでしょ」 突然後ろからいのりお姉ちゃんの声がした。振り返ると部屋の入り口に立っていた。その声にもお姉ちゃんは反応もせずに本を読んでいた。 いのり「かがみ、聞いてるの」 かがみ「……うるさいわねさっきから、聞こえているわよ」 言うのが気だるそうにゆっくりと椅子に座ったまま振り返った。 いのり「つかさの部屋に入ってるでしょ、勝手に入らない約束したじゃない」 そんな約束してたっけ……。まあいいや、いのりお姉ちゃんはお姉ちゃんの行動をしっていたみたい。 かがみ「私は別に何もしていないわよ」 いのりお姉ちゃんは黙ってお姉ちゃんを睨んでいた。 かがみ「……入った、入っただけ、それだけ」 いのり「いくらかがみとつかさが双子の姉妹でも許されないわよ」 かがみ「分かったわよ、もう黙って入らない、これでいいでしょ」 そう言うと椅子を回転させてまた本を読み始めた。いのりお姉ちゃんは一回大きくため息をつくと部屋を後にした。 私も一言言いたかったけど、いのりお姉ちゃんが一喝してくれたのでもういいと思った。私もすぐににお姉ちゃんの部屋を出た。  次の日の朝、私はふと目覚めた。空がやっと明るくなった頃だった。春休みだからまだ寝ててもいいけど、たまには早起きもいいかな。 眠い目を擦りながら階段を下りた。居間の方からまつりお姉ちゃんの声が聞こえた。 まつり「ん、つかさが降りてきたかな」 私はそのまま居間に入ろうとドアに手をかけようとした。 かがみ「姉さん、つかさが降りてくるわけないでしょ」 まつり「そうだった、降りてくるわけないね」 お姉ちゃんも居る。しかもあんな事言ってる。私だって早起きする事だってあるよ。そう言いたかった。居間から二人の笑い声が聞こえる。 そういえばまつりお姉ちゃんも最近私を避けているような気がする。どうしてだろう。 まさかお姉ちゃんとグルになってる?。そんな思いが急に浮かんだ。私は居間に入るを止めて忍び足で自分の部屋に戻った。  しばらくすると階段を昇る音が聞こえた。お姉ちゃんだ。昇る音の間隔が早い、こんなに朝早くからそんなに慌ててどうしたんだろ。 半開きになっていたドアから覗いて様子をみた。お姉ちゃんは外出用の服を着ていてた。こんな朝早くから何処に?。 こなちゃん、ゆきちゃんと会うなら私にも話があっていい。まさかデート?。お姉ちゃんが男の子と付き合ってる?。 いつ男の子と出会ったんだろう?。謎が謎を呼んだ。 かがみ「いってきます」 私の部屋にも聞こえるような元気な声でお姉ちゃんは外に出て行った。 お姉ちゃんは何処にいったのだろう。気になる。いままで一人で出かける時は私に言っていたのに。私には言いたくない場所……。 まだ間に合うかな。私は身支度をしてお姉ちゃんの後を追うことにした。  とりあえず駅の方向に向かった。まだこの時間なら電車はそんなに来ない。ホームにいるはず。駅の改札口からホームを覗いた。 お姉ちゃんは見えなかった。駅に向かったのではないのかな。 ???「どうかしましたか?」 突然後ろから話しかけられた。声では誰かは分からなかった。振り向くと見知らぬ女の子が立っていた。歳は私と同じくらいかな。 私がホームを覗いているのが気になったのか不思議そうに私を見ていた。 つかさ「あっ、なんでもないです……ちょっと人を探して……私と同じ髪の色でツインテールをしている女の子を」 私の返事に少し間を置いて女の子は答えた。 女の子「ああ、その女の子でしたら駅前で立っていたので覚えてるますよ、青い長髪の女の子と眼鏡をかけた女の子と一緒に      向こうの公園の方向に向かっていきました、待ち合わせですか?」 つかさ「えっ、い、いえ、そんなんじゃないです、ありがとうございました」 私は女の子の教えられた方向に向かおうとした。 女の子「ちょっと」 女の子が私を呼び止めた。私は女の子の方を向いた。 女の子「なんでもないです、呼び止めてすみません」 何か私に言いたいようだったけど私も急いでいたのでそのまま別れた。  青い長髪の女の子と眼鏡をかけた女の子、私の知っている限りこなちゃんとゆきちゃん。私に内緒でお姉ちゃんに会っている。何で。 私、皆になにか悪い事でもしたのかな。卒業式前の喧嘩まではこんな事なんかなかったのに。私は急に淋しくなってきてしまった。 仲間外れにされたような。いや、もう既に仲間外れだよ。あの時の喧嘩で私が何か悪い事をしたのなら謝るよ。  公園の辺りをお昼を過ぎるまで探したけど結局お姉ちゃん達を見つける事はできなかった。私は諦めて家に戻った。 つかさ「ただいま」 返事がない。皆出かけているようだ。私はゆっくりと居間の方にむかった。すると二階の方から話し声が聞こえてきた。 時より笑い声もする。お姉ちゃん達だ。どうやら行き違いになっていたみたいだった。家に来るなら私に一言あってもいいよね。 二階に向かうとお姉ちゃんの部屋から話し声が漏れている。とても楽しそうに話している。このまま扉を開けて皆の話しに入りたい。 なぜか入れるような雰囲気じゃなかった。もしからしたら私が勝手にそう思っているだけかもしれない。しかし今朝までの お姉ちゃんの態度から考えるとそう思うしかなかった。私はお姉ちゃんの部屋の前でただ立って皆の話を聞いているいるだけだった。 こなた「かがみ、そういえばつかさの事なんだけど、もう話してくれてもいいよね」 さっきまでの楽しい会話がこなちゃんのこの一言で止まった。そしてしばらく沈黙が続いた。こぼれるお姉ちゃん達の話を聞いた。 かがみ「話すって、何を話すのよ」 こなた「つかさの死因だよ」 こ、こなちゃん、何言って言ってるの。 みゆき「つかささんが亡くなってもう一周忌、そろそろ私達に教えてくれてもいいかと思います」 ゆきちゃんまで、悪い冗談はよしてよ、私はここに居るよ。私は部屋の扉を開けようと扉に手を掛けた。扉がまるで雲を掴むように透りぬけてしまった。 何度試しても扉を掴むことがが出来ない。え、何、分からない。何がなんだか分からない。 かがみ「それを知ってどうするのよ、そんなの知ったってつかさは帰ってこないわ」 こなた「そんな事分かってる、でも知らないのは気持ちわるいだけ……それだけよ」 かがみ「分かったわよ……つかさは窒息死よ、寝ている時にもどしたみたいで……それが喉に詰まって」 みゆき「……確か、かがみさんが第一発見者と伺っていますが」 かがみ「卒業式の日の朝、最初は朝寝坊だと思った、つかさの部屋から目覚まし時計の音が聞こえた、それでもつかさは起きてこない、      お母さんが私につかさを起こしに行ってって……つかさの部屋に行ったら、冷たく……寝ているように穏やかだった……      もういいでしょ、思い出したくない、」 私は叫んだ。私はここに居るって何度も。皆には聞こえないようだった。部屋の扉が開く様子はない。 こなた「つかさの部屋、見れないの?」 かがみ「……つかさの部屋は去年まま何もしていない、そして明日まで誰も入らないって家族で約束をした……私はその約束を破って      つかさの部屋に入ってつかさの為に日記を書いてあげてた、つかさでも近況は知りたいと思ってね、でも昨日いのり姉さんにバレてしまった、      悪いけど明日まで待って……」 みゆき「明日以降、つかささんの部屋はどうするのですか」 かがみ「……全て処分する」 つかさ「うそ、嘘だよね、皆、私はここにいるよ……まだ生きているよ」 何度言っても皆は気付いてくれなかった。  私は走って家を飛び出した。走った。とりあえずこれしか私にすることはなかった。 私はもう一年前に死んでいた。死んだことに気付いていなかった。お姉ちゃん達が私を無視してたんじゃなかった。もう私はこの世にいなかった。 自分の部屋のカレンダーは卒業式前日のままだった。ベットも机も椅子も。本棚もその時のまま。そして私も、その時のままだった。  気が付くと今朝来た公園に立っていた。春の暖かな日差し、子供たちが元気に遊んでいる。私は公園の隅にあるベンチに腰を下ろした。 お姉ちゃんは言った窒息死だって。寝ている間に起きたこと。だから私は死んだことに気付いていなかった。 これからどうしよう。どうしようって言ったって、私、死んでるんだよね。どうすることも出来ない。 私が死んでから一年経ってるってことはお姉ちゃん達、もう大学二年になるんだね。  公園で遊んでいる子供たちをボーと眺めていた。 『にゃー』 気付くと猫が私に向かってきた。私が見えるのだろうか。 『にゃー』 私の目の前で止まった。触ろうとしたけどやっぱり雲を掴むような感覚、猫を触ることができなかった。 つかさ「猫さん、私が見えるの?」 猫は私の目を見つめている。やっぱり私が分かるみたい。あれ、そういえば今朝、お姉ちゃんを探しているとき駅前で私に話しかけてきた女の子がいた。 なんで彼女は私が見えたんだろう。もう一度会ってみたい。 「猫、犬は幽霊を見ることができるのよ」 突然後ろから声がした。後ろを振り向くと、今朝私に話しかけてきた女の子だった。私はただ彼女を見つめていた。 女の子「やっぱり自分が死んでることに気付いていなかったみたいね、突然死する人はこうなっちゃうのが多いわね」 なんだろう、この女の子、私を見ても何の疑問も持たないで、しかも友達のように話しかけてきて。 つかさ「私を見て怖くないの?」 女の子「別に、怪物じゃあるまいし、それに見た目は普通の女の子にしか見えないわよ」 女の子はクスリと笑った。 つかさ「何で私……幽霊が見えるの?、霊能者?、超能力者?」 彼女はしばらく黙ってしまった。 女の子「そんな所ね、自己紹介遅れたわね、私は榎戸ひろみ」 つかさ「私は……」 ひろみ「柊つかさ……さんでしょ、私は貴女が死ぬ前から知ってるわよ、初めて話すけど他人のような気がしない、よろしくね」 つかさ「よろしく……」 私をしってる?。私は彼女を知らない。私を知っているなら同じ学校?小学、中学、高校、見覚えはない。 つかさ「私、これからどうすればいいのか分からない」 ひろみ「付いてきて」  そう一言言うと彼女は歩き出した。私は彼女の後を付いていった。公園から少し離れた霊園に案内された。 ひろみ「今朝、探していた人達が来た所よ」 お姉ちゃん達は霊園に来ていた。案内された墓石には私の名前が書いてあった。そして、墓には花が手向けてあった。 つかさ「私の、墓?」 ひろみ「そう、彼女達はここで花を手向けていったわ、そして暫くしてから別の人が来たわよ、夫婦と姉妹」 つかさ「それ、お父さん、お母さん、いのりお姉ちゃん、まつりお姉ちゃん、私、本当に死んだのか、幽霊なんだね」  お姉ちゃん達はこんな所に来ていた。いくら探しても見つからない訳がわかった。 ひろみ「ふーん」 彼女は私をまじまじと見ている。 つかさ「どうしたの、榎戸さん?」 ひろみ「この墓を見て泣き崩れると思ったんだけどね、意外だったな、いつも泣き虫な子だったのに」 まるで私を小さい頃から見ているような言い方だった。そういえば涙が出てこない。 つかさ「私、皆から無視されていたと思ってた。特にお姉ちゃん、卒業式の前日に喧嘩しちゃって、それが原因かと思ってた、      でもそれは違ってた、私が死んでも、私が生きてるようにしてくれてた、私が死んだことに気付かないくらいに、だから悲しくないよ」 榎戸さんはまたまじまじと私を見た。 ひろみ「普通ね、自分の墓をみると自分の死を悟って天国に行くのよ、それでも天国に行かないのは生前の強い思念が残っている場合ね」 つかさ「強い思念?」 ひろみ「そう、例えば……あの人のように」 榎戸さんが指を指す方向を見ると、男の人が立っていた。顔が青ざめていている。そしてとても悲しそうだ。 つかさ「誰?」 ひろみ「何時しかの戦で亡くなった落武者よ、もう何百年もあそこに居る、もう彼の仲間はもう居ない、それでも彼は助けが来ると信じて待ち続けている」 つかさ「あの人も幽霊なの、何故私にも見えるの?」 ひろみ「幽霊同士は見える」 つかさ「かわいそう、私、祈ってあげてくる」 わたしは彼の方に向かおうとした。 ひろみ「行っても無駄よ、幽霊が祈っても何の効果もない、かえって彼の悲しみを深めるだけ、彼を救えるのは生きている人の祈りか、仲間が来てくれる      時だけ、墓石も崩れて、仲間も居ない、誰も彼の存在に気付かない、永遠に……」 私は向かうのを止めた。私にそんな思念なんかあるのかな、 つかさ「私にあの人のような思念があるとは思えないんだけど」 ひろみ「そうね、見たところそんな感じはしないわね、でもまだここに居るって事は強い思いがつかさちゃんに在るんだわ」  強い思い。何だろう。確かに死んで未練のない人なんか居ないけど、まったく身に覚えがない。それよりも榎戸さんって不思議な人。 霊能者っていつも幽霊とお話をしているのかな。それに生きている時の私の事も知ってるみたいだった。私に親しく話しかけてきて。 私は榎戸さんに話しかけようとした時だった。 ひろみ「あっ、もう時間、私、戻らないと」 突然の大声だった。何かを思い出したようだった。 つかさ「戻る?」 ひろみ「約束の時間、公園で待ち合わせ、急がないと」 榎戸さんは慌てて走り出して公園の方に向かっていった。まだ聞きたいことがあったけど待ち合わせがあるんじゃしょうがないね。  気が付くともう夕方。日は落ちかけて空を真っ赤に染めていた。ここに居てもしょうがない。家に戻るしかない。 落武者の男の人、名前も知らないけど天国にいけますように。そう心の中で祈って霊園を後にした。  帰り道の途中、公園を通りかかると公園の中央に榎戸さんが立っていた。もう公園に子供たちの姿はない。こんな時間の公園で誰を待っているのかな。 まあいいや、もう会えないかもしれないし、挨拶しよう。私が死んでいることを教えてくれたお礼も言いたい。私は公園に入って榎戸さんに近づいた。 つかさ「あの、榎戸さん、今日はありがとう」 返事がない。ただ公園の外をじっと見つめているだけだった。さっきまでの榎戸さんと様子が違う。 つかさ「あ、あのー」 同じだった。幽霊の私が居たら邪魔なのかな。そうに違いない。このまま帰ろう。 ひろみ「今日も来なかった」 呟くように言った。 つかさ「ごめんなさい、私、邪魔だったかな」 ひろみ「謝ることはないわ……来るはずないわよね」 つかさ「待ち合わせ場所が違ってたとか?」 ひろみ「うんん、来ないことは知ってる、でも待っていないと」 つかさ「もしかして、恋人?」 ひろみ「……同性の友達よ、ここで会う約束をした」 つかさ「来ない、みたいだね」 ひろみ「喧嘩したから、来なかった」 喧嘩をした。なんか私と同じような境遇。そう思っていると。猫が私の前にやってきた。さっきの猫だ。榎戸さんはその猫を触ろうとした。 すると、彼女の手は雲のように猫の体を透りぬけてしまった。 つかさ「榎戸さん、まさか……」 ひろみ「喧嘩をした、だから来なかった、そう思ってた、でも違った、来なかったのは私の方だった、喧嘩で渡せなかった      誕生日のプレゼントを渡すつもりだった、私は時間通りにここに来た、彼女も来た、でも彼女は私に気が付かない、目の前に居るのに、      私は何度も叫んだ、気付いてくれない、そして日が沈んで……彼女は帰ってしまった……」 つかさ「プレゼント、渡せなかったんだ、仲直りするつもりだったんだね」 ひろみ「自分が持っているのが苦になるからこの公園の倉庫裏にしまっておいた、卒業式の日、ここに来る約束だった、もうその日しか渡すチャンスがなかった、      でも、約束した本人がこれじゃもうどうすることもできない」 つかさ「霊園で私に教えてくれた事、みんな自分の体験だったんだ、そして榎戸さんが天国に行かない理由なんだね」 榎戸さんは黙って頷いた。 ひろみ「卒業式が終わって下校中の交通事故だった、一瞬だった、痛くも苦しくもなかった、私は自分が死んだことに気が付かなかった、      公園から家に戻って初めて知った、家族の会話でね」 つかさ「その気持ち、分かるよ、でも私もどうすることも出来ない」  日はすっかり沈み公園の街灯が点き始めた。公園には犬の散歩をする人が行き交う。犬が私達の方を向いて不思議そうに首をかしげている。 つかさ「もうすっかり暗くなったね」 ひろみ「そうね……」 つかさ「いつまでその友達待ってるの?」 ひろみ「いつまでも、気付くまで」 つかさ「いつまでもって、それじゃ霊園の落武者さんと同じになっちゃうよ」 ひろみ「そうね……」 つかさ「だめだよそんなの、ちゃんと天国に行かないと」 榎戸さんは笑った。 ひろみ「そう言うつかさちゃんはどうなの、貴女だって天国に行ってないじゃないじゃない、私と同じよ」 つかさ「もう一回お姉ちゃん達に会って、別れの挨拶すれば未練なんかないよ」 ひろみ「いいわね、帰る家があって、私の家はもうない、私が死んでから私の家族はこの町を離れてしまった、私はこの公園しか居場所がない」 つかさ「……ごめんなさい」 しばらく沈黙が続いた。公園にはもう誰も居なくなった。とても静かだった。 ひろみ「もう帰りなさい、私が貴女に言う事はもうないわ、いろいろ付き合ってくれてありがとう、もう会うこともないでしょう」 榎戸さんは私に背を向けて話した。 ひろみ「そういえば、つかさちゃん、貴女、死因はなんだっけ」 つかさ「窒息死だけど」 ひろみ「まだ望みがないわけじゃない、だから私は貴女に話しかけた」 つかさ「望み……?」 ひろみ「生きたいと強く念じるの、心の底から、そう願うの、体が正常ならばもししたら……万に一つの可能性があるかも」 つかさ「私、今でも生きたいって思ってるけど」 ひろみ「窒息なら息をしたいと思うでしょ、後は貴女自身が考えて、これ以上言えない」 榎戸さんはそのまま歩き出した。 つかさ「何処に行くの?」 ひろみ「倉庫、私の安らぐ唯一の場所」 そう言うと、倉庫の壁に吸い込まれるように消えた。  私一人公園に残された。渡せなかったプレゼントの側が安らげる場所なのか。なんだか切なくなった。 でも榎戸さんは私の事をちゃん付けで呼んだ。それに私も榎戸さんをただの他人とは思えない。境遇が似てるからかな。それにしても望みってなんだろう。 そんな事考えてもしょうがないか。私も帰ろう。そして別れを言おう。あの落武者さんみたいになりたくない。  家の玄関の前に着いた。ドアは閉まっている。手で開けることはできない。さてどうしよう。そういえば榎戸さんは倉庫の壁に吸い込まれるように消えていった。 私もできるかな。ドアに体当たりをした。何の抵抗もなくドアをすりぬける事ができた。居間から話し声が聞こえる。もう皆帰ってきてるみたい。 居間に入ろうとした。足が止まった。入ることが出来ない。入っても誰も私に気が付かないことは分かりきっていた。 話し声にお姉ちゃんの声がない。きっと部屋に居るに違いない。 二階の部屋にお姉ちゃんは居た。机に向かって何かを書いている。そっと後ろから覗いてみた。難しい法律の本を片手になにか論文ののうなものを書いている みたいだった。凄いね、さすがお姉ちゃんだ。 扉をノックする音がした。 いのり「入るわよ」 かがみ「今、忙しいから後にして」 それでもいのりお姉ちゃんは扉を開けて入ってきた。 いのり「それならそのまま聞いて、お母さんから聞いた、あんたつかさの為に日記書いていたんだってね、何故黙ってたの」 お姉ちゃんの手の動きが止まった。後ろを向いたまま話し出した。 かがみ「どっちにしろ部屋に入っていた事に変わりない、約束を破ったわ、だから黙ってた、それだけよ」 いのり「……つかさの部屋に入らないって約束誰がきめたのかしらね、私も破ってたわよ」 お姉ちゃんは振り返っていのりお姉ちゃんの方に向いた。 かがみ「いのり姉さん、今頃なんでそんな事言うの、もう明日はつかさの部屋を片付ける日なのよ」 いのり「そうね、何故かな、さっき聞いたんだけど、まつりも何度もつかさの部屋に入っているわよ、お父さんもお母さんもね、約束は最初から意味がなかった」 かがみ「意味なんかなかったわよ、最初から分かってた、それより本当に明日片付けちゃうの」 いのり「けじめはつけないとね」 かがみ「そう」 お姉ちゃんはうなだれてしまった。 いのり「明日は友達も来るんでしょ、最後につかさに報告していいわよ、昨日の出来事も含めてね、墓参り行ったんでしょ」 かがみ「これ片付けたら報告する」 いのり「邪魔してわるかった、それじゃ」 祈りお姉ちゃんは部屋を出ようとした。 かがみ「いのり姉さん、ありがとう」 返事をせずそのまま部屋を出て行った。お姉ちゃんはそのまま机に向かって続きを始めた。  私の為に……嬉しかった。この会話を聞いただけで私は天国に言って良いとおもった。でも明日はこなちゃん達も来るみたいだ。 明日なら皆にさよならが言える。さて、自分の部屋も見納め。壁を透りぬけて直接自分の部屋に移った。こんなに移動が楽だとは思わなかった。 幽霊もそんなに悪くない。 自分の部屋を見回した。私が死ぬ前、そのまま、机も、椅子も、カレンダーも、本棚には教科書とノートがある。もう、それらを使うこともない。  扉が開いた。お姉ちゃんが入ってきた。レポートが終わったのかな。お姉ちゃんはおもむろに私の椅子に座った。そして本棚から本を取り出した。 見覚えのない本だった。日記帳だ。きっとお姉ちゃんが用意したものだろう。そして頁を開いて語りかけながら書き出した。 かがみ「今日、こなた、みゆきとお墓参りをしたわよ、実はこれが初めて、つかさが死んだなんて未だに信じられなくってね、本当は行きたくなかった、      こなたがしつこく行こうってね、私もそろそろ現実を見ないといけないし、誘いに乗った……、      こなた、は相変わらずなにも変わってないわよ、日下部とうまくやってるみたいね、みゆきとは最近あまり会わなくなったわ、      まあ、学部が学部だし、予想してた通りね、ゆたかちゃん達も三年生になったわね、そうそう、ゆたかちゃんね、こなたの身長より伸びたわよ、      こなたが悔しがってた、笑っちゃうわね……あっ、いけない間違えた……消しゴムは」 おねちゃんは自分の持ってきた筆箱の中を探しだした。 つかさ「お姉ちゃん、消しゴムなら右の引き出しに入ってるよ」 聞こえないのは分かってたけど思わず言った。引き出し、何だろう。私はこの引き出しに何かを仕舞った。そうだ、思い出した。 卒業式が終わった皆に御守りを渡すつもりだったんだ。ゆたかちゃん達の分も用意したんだった。 お姉ちゃんは立ち上がり私の部屋を出て行った。自分の部屋に消しゴムを取りに行ったのだろう。  私が今まで天国に行かなかった理由が分かった。引き出しに入っているお守りを皆に渡したい為。お姉ちゃんが戻ってきた。 つかさ「お姉ちゃん、机の右の引き出しを開けて、そこに渡したいものが入ってるよ」 聞こえるはずもない。榎戸さんと同じだ。私は榎戸さんと同じ理由で残っていたんだ。今になって榎戸さんの気持ちと同じになるなんて。 かがみ「つかさ、私、どうすればいいか分からない、いきなり居なくなるなんて、じっとしてると涙がでてくるわよ、今は勉強で気を紛らしているけどね」 お姉ちゃんは書くのを止めて言葉だけになった。 かがみ「喉に詰まらせて死んだ、バカじゃないの、そんなの一回咳き込めば出せるじゃないの、私よりも元気なくせに、呆気なさすぎ……      ごめん、つかさ、最後に愚痴になってしまったわね、明日はこの部屋の物は全部処分するわ、未練になるから机の中は詮索しないわよ」 机の中を見て欲しい、そうじゃないと私は永遠に天国に行けない。お願い、引き出しを開けて、引き出しを。 なんだろう、急に苦しくなった。息ができない。おかしい、私は死んでいるはずなのに。まるで喉になにかが詰まった感覚だった。 私はその場に倒れ込んだ。息を吐くことも吸うこともできない。『たすけて、お姉ちゃん』言っても聞こえないが声すらも出ない。 苦しさはどんどんと辛くなる。これが死ぬってこと。やだ。死にたくない。私はまだしなければならない事があるんだ。お姉ちゃんが言った咳き込めって。 私は渾身の力を込めて咳き込んだ。その後、意識が遠のいていった……。  ふと気が付いた。寝ていたのだろうか。幽霊も寝るみたい。窓がうっすらと明るい。部屋には私一人。結局お姉ちゃんは御守りを見つけてくれなかった。 もうこの部屋に、家に居たって意味はない。そうだ、どこか遠くに行こう。幽霊なら何処にでも行けそう。私はそう決めて部屋を出ようと…… 『ゴン!』 つかさ「ふみゅっ…」 鈍い音が部屋に響いた。私は倒れた。額に激痛が走った。あれ、扉に額をぶつけた。透り抜けできない。私は額を手で押さえて考えた。 もしかして。私は恐る恐る扉に手を伸ばした。扉に手が引っかかった。 音を立てて扉は開いた。これってどうなってるの。部屋を出て階段を下りた。 まつり「おはよう、つかさがこんなに早く起きてきた、珍しいこともあるね」 まつりお姉ちゃんが私を見ている。 つかさ「まつりお姉ちゃん、私、見えるの?」 まつり「つかさ、寝ぼけてるね、それにその額どうしたの、ベットから落ちたんじゃないの?」 まつりお姉ちゃんは笑った。私は生きている。じゃさっきまでのは何だったんだろう。夢なのかな。 みき「これから卒業式でしょ、かがみを起こしてきて」 まつり「つかさがかがみを起こしに行く?、今日は雪でも降りそうだ」 違う、これは夢じゃない。これからそれを確かめる。 つかさ「お母さん、御守り二つないかな、後でお金渡すから」 みき「いきなり唐突ね、御守りは……」 まつり「御守りなら在るわよ、二つでいいの?、持ってくるよ」 つかさ「ありがとう」 私はお姉ちゃんを起こしに行った。  お姉ちゃんを起こすと自分の部屋に入り着替えた。ふと床を見ると何かが落ちている。私は拾って手に取った。それは小さなじゃが芋の欠片だった。 もしかして、これが喉に引っかかっていた?。お姉ちゃんのあの助言で私は生き返れたんだ。こんな欠片が引っかかったくらじゃ死ねないよ。 そして、私は榎戸さんの最後の言葉を思い出した。『生きたいと思う』ってこれだったんただね。榎戸さん、お姉ちゃんありがとう。  卒業式が終わると私はさっそく御守りを皆に渡した。こなちゃん、ゆきちゃんは喜んで受け取ってくれた。 そして、こなちゃんがゆたかちゃん、ひよりちゃんに渡してくれるって言ってくれた。 ゆきちゃんも、岩崎さんに渡してくれると言ってくれた。でもお姉ちゃんは受け取ってくれなかった。 自分の家の御守りを改まって貰うこと無いって。お姉ちゃんらしい。だけどそれでもよかった。御守りを渡したいと言う気持ちが伝えられただけで満足だった。  こなちゃん、ゆきちゃんとも別れて、お姉ちゃんと家路を歩いていいると、 かがみ「ふーん」 私をまじまじと見ていた。 つかさ「どうしたの」 かがみ「いやね、卒業式でつかさ、あんた全く泣かなかったわね、泣くとばかり思ってたけど、高校生ともなるとやっぱり違うわね」 つかさ「私、もっと悲しい事を見てきたから」 かがみ「はぁ?、なに言っているの」 つかさ「あっ、お姉ちゃん、私これから寄り道して行くから、先帰ってていいよ」 お姉ちゃんはまた私をまじまじを見た。 かがみ「そういえば今朝つかさに起こされた、こんな事なかった、つかさ、何か隠しているわね」 つかさ「隠すつもりはないよ、そうだ、寄り道お姉ちゃんも付き合う?」 かがみ「そう言われると行きたくなるわね、これから別に用事もないし」 つかさ「それじゃ付いてきて」  駅から公園を越えて霊園に向かった。 かがみ「つかさ、こんな所に何の用があるのよ」 私の墓の場所は空いていた。初めてくる所なのに、まったく同じ風景。初めてじゃない。 つかさ「えっと、確かこの辺りだったような……あった」 崩れた石が転がっている。一見するとただの荒地。私は石を拾って積み上げた。 かがみ「何をしているのよ、まったく分からない」 つかさ「ここに居る落武者さんの霊を供養してあげるの、落武者さんの墓だったんだよ」 かがみ「墓って、確かにここは霊園だけど、どう見てもそれはタダの石ころにしか見えないわよ」 つかさ「だから忘れられていたんだ、もう何百年も待ってたんだね、落武者さんの家族でも友人でもないけど、生きている人の祈りだよ、」 積み上げた石の天辺に御守りを乗せて祈った。 つかさ「お姉ちゃん、行こう」 かがみ「ん?」 つかさ「どうしたの?」 かがみ「いや、向こうでお参りに来てた人が連れていた犬がやたらこっち向いて吠えてたけど、静かになった」 つかさ「犬は幽霊が見えるんだって、私の祈りで落武者さん、天国に行けたみたい」 かがみ「つかさ、いったい何があったのよ」 つかさ「あと一箇所、寄りたい所があるんだ、いいかな?」   私は移動中に今までの事をお姉ちゃんに話した。そして、公園に着いた。 かがみ「さっきの霊園はその幽霊の子が教えてくれた?」 つかさ「うん、それで私の体験が本当ならこの倉庫の裏に女の子が用意したプレゼントが在るはずだよ」 かがみ「この倉庫鍵がかかっているわよ、確かめようがないわね」 つかさ「女の子も鍵なんか持ってなかったと思うよ、だから倉庫の中には入れなかったんじゃないかな」 かがみ「ん?屋根の日差し避けの隙間に何か在るわよ」 私は隙間から小さな箱を取った。そしてその箱を開いた。 かがみ「……櫛のようね、鼈甲で出来ているわよ、かなり高価な櫛ね、でもつかさ、この櫛を誰に渡したかったのかしら、分からないんじゃどうしようもないわよ」 箱を閉じて元の場所に戻した。 かがみ「諦めるのね」 つかさ「うんん、違う、やっぱりここで渡した方がいいと思って」 かがみ「渡すって、その幽霊、渡す相手を言ってなかったんじゃないの」 つかさ「言ってないよ、でも分かった、プレゼントの中身を見て誰だか分かった、帰ろう」 お姉ちゃんは釈然としてない様子だった。 つかさ・かがみ「ただいま」 私は家に着くとそのまま台所に向かった。台所でお母さんといのりお姉ちゃんが夕食の支度をしていた。 つかさ「お母さん、お母さんの卒業式の日、公園で誰かと会う約束をしなかった?」 お母さんの動きが止まった。 いのり「お母さん、そんな約束したんだ、卒業式で会うなんて、もしかしてお父さん?」 つかさ「その人、榎戸ひろみ、って人じゃない?」 いのり「女の人か、期待しちゃったじゃない」 みき「誰にも言ってないのに、つかさ、どうしてそれを」 お姉ちゃんは驚いて私を見ていた。 つかさ「私、榎戸さんに会ったから、お母さん、榎戸さんがお母さんと会って何をしたかったか知ってる?」 みき「知らない、知るはずもないわ、彼女は私に合う前に既に……」 つかさ「お母さんが公園に来たとき、榎戸さんも居たんだよ、でも何度も話しかけても気付いてくれなかったって」 お母さんは振り返って私の方を向いた。 みき「日没まで待ったけど来なかった、悪戯、いやがらせ、かと思った、喧嘩をしていたから……家に帰って訃報を聞いて……」 つかさ「榎戸さん、お母さんに渡したい物が在ったんだよ、それでね、今でもお母さんが来るのを待っているよ」 しかしお母さんは動こうとしなかった。 つかさ「どうしたの、行こうよ」 みき「いまさら行ってどうなるって言うの、もう終わった事、それにね、私が公園に行ったのは決別のつもり、もう会うこともないと思って行った」 つかさ「お母さん……」 榎戸さんの思いとは裏腹にお母さんはそんな事を思っていたなんて、だめだ、榎戸さんの望みをかなえてあげられそうにない。私を助けてくれたのは 榎戸さんの思いをお母さんに伝えて欲しいから。でももう私はお母さんを公園に連れていけそうにない。 かがみ「お母さん、私、ついこの間、こなたと喧嘩したわ、お互いに言い合いの大喧嘩、つかさは見てるよね、卒業前にあんな事になるなんてね、      つかさのおかげで絶交は避けられた、生きていればこんなバカなことはいくらでも出来る、      でもねお母さん、榎戸って人、もうこの世の人じゃないんでしょ、お母さんも、もうその人に何も      言えないじゃない、榎戸さんもお母さんに何も言えない、榎戸さんって人、お母さんに何を言いたかったのか……公園に行くしか分からない      そう思わない?お母さん」 みき「ひろみ!」 お母さんは叫んだ。私は時計を見た。 つかさ「毎日約束の時間になると公園でお母さんを待ってた、そろそろ時間だよ、行こう、公園に、待っているよ」 お母さんは飛び出すように家を出て行った。 つかさ「お姉ちゃん、ありがとう、お母さんを公園に……」 かがみ「榎戸さんがお母さんに何を伝えたかったのか知りたくなってね、ちょっと手伝っただけよ」 いのり「あんなお母さん始めて見た、つかさ、なぜそんな事知ってるの」 私に驚きの眼で聞いてきた。 つかさ「後で話してあげる、私、公園に行ってくるよ、お母さん、プレゼントのある場所分からないからね」 玄関で靴を履いているとドアが開いた。まつりお姉ちゃんが帰ってきた。 まつり「さっきお母さんとすれ違ったわよ、なにか慌てるように走って行ったけどどうかしたの?、って皆、何処に行くの?」 後ろを向くとお姉ちゃんといのりお姉ちゃんが出かける準備をしていた。 つかさ「まつりお姉ちゃんも行く?、駅の先の公園、お母さんが向かった所に」  公園に向かいながら私は全てを話した。お姉ちゃん達は黙って私の話を聞いていた。 まつり「駅の先の公園、そういえば幼い頃、あの公園に行ったことない、お母さん連れてってくれなかった」 いのり「そうね、そう言われればそうかもしれない」 つかさ「人に伝えたいことが伝えられない、これほど辛いことはない、私、今度の体験でそう思った、だから死を恐れるんだね」  公園に着くとお母さんが公園の中央に立っていた。日は沈み、公園はすっかり静かになっている。 私はお母さんを倉庫の裏に案内した。そして屋根の日差し避けの隙間を指差した。お母さんはすぐに小箱の存在に気が付いた。 つかさ「お母さんの誕生日に用意したみたいだよ、6月12日、卒業式まで渡せなかったんだって、長い喧嘩だったね」 みき「喧嘩ね……何で喧嘩してたのかしらね、今になってはその原因すら覚えていない」 お母さんは小箱を手にとって開けた。 つかさ「これを見て榎戸さんの友達がお母さんだったって確信したよ、お母さんずっと長髪だったでしょ、そのプレゼントが一番お母さんに合うね、      私の名前をちゃん付けで呼んだ、近所のおばさんが私たちを呼ぶように、榎戸さん、ずっとお母さんを見守ってきたんだ、そして、      私も助けてくれた、私一回死んじゃったんだよ」 みき「つかさ、もういい、何も言わなくても、分かるわよ、全て……何も言わなくても……ひろみ、ありがとう」 お母さんは小箱を両手で抱きかかえ膝を落として泣き崩れた。私はその場を離れた。お母さんは何度も榎戸さんの名前を呼んでいた。 私は榎戸さんのお礼の代わりに御守りを箱のあった隙間に供えた。  少し離れたところでお姉ちゃん達は見ていた。私はお姉ちゃん達の所に近づいた。 いのり「まさか、半信半疑だったけど、つかさ、本当だったんだね」 まつりお姉ちゃんとお姉ちゃんはただ黙ってお母さんを見ていた。私もなにか大きな重荷が取れたような気がした。私はそのまま家に帰ろうとした。 かがみ「つかさ、何処へ、お母さんを置いていくの?」 つかさ「そのままそっとしてあげようと思って、榎戸さんとの再会」 かがみ「再会って言ったって彼女、死んでいるんでしょ、つかさは見えるの?」 つかさ「見えないけど、ほら、お母さんの横に猫がいるでしょ、あの猫、お母さんじゃない方向をみているよね、そこに榎戸さんがいるよ、猫も見えるんだよ」 かがみ「霊園の犬と同じって事ね、なんか不思議ね」 つかさ「死んだら思いを伝えられないって言ったけど、今、母さんを見ていると生きていても同じなんだなって思った……お姉ちゃん私、帰ってご飯の支度      するよ、お姉ちゃん達はお母さんを見てあげてね」  公園を離れるとお姉ちゃんが追いかけてきた。 かがみ「待って、私も手伝うわよ、但し、戦力になるかどうかは分からないけどね」 つかさ「ありがとう、お姉ちゃんは良いの?、お母さんを見てなくて」 かがみ「いのり姉さんとまつり姉さんがいるから大丈夫でしょ、それより、つかさ、今更なんだけど、御守り……くれないかな」 つかさ「え、お姉ちゃん、要らないって、自分の家の御守りなんか……」 お姉ちゃんが心変わりした理由が分かった。お姉ちゃんに御守りを渡した。 かがみ「これを渡したかっただけなのに、それすらも出来ない、つかさと、榎戸って人の気持ちが少し分かったようなしたから」 つかさ「分かったなら、それで充分だよ、ありがとう、 さて、帰ろう、お姉ちゃん」  日が沈み空は真っ赤に染まった。ちょっと寒くなった。今日の晩御飯はお母さんに代わりに精一杯作ってあげる。体の温まる料理だよ。 今日は二人の本当の卒業式だね。お母さんが帰ってきた時には榎戸さんはもう天国に行ってるね。    お母さん、榎戸さん卒業おめでとう。 終 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - 感動して、涙腺が… 良い作品を &br()ありがとうございます! -- チャムチロ (2014-03-23 21:25:07) - 感動の一言です!! -- CHESS D7 (2010-08-20 11:07:18) - 良い話ですね。 &br()感動しました。 &br() -- 名無しさん (2010-08-19 23:59:40) - 最高!!作者GJ -- 名無しさん (2010-08-15 20:45:02) - すごい感動しました -- さか (2010-03-15 13:52:05) - 良い話でした。GJ! -- 名無しさん (2010-03-07 22:33:22) - 本スレで指摘された箇所、つかさが生き返る場面と &br()みきが家を飛び出す場面を少し付け加えました。 &br()ご指摘ありがとうございました。 -- 作者 (2010-03-05 21:55:22)

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