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昔ながらの喫茶店のような音を立てて扉が開く。
私がひいきにしている飲み屋の扉の出迎えの音だ。
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
「あら、今日は一人じゃないのよ。あとからもう一人来るわ」
私はこのバーを行きつけの店にしていた。
落ち着いている雰囲気が気に入ったということもあるが何より加賀雪という幻の銘酒を扱っている店だからでもあった。
仕事で失敗したとき、行き詰ったときはここで一人で飲むのが習慣になっていた。
でも今日は、一人ではない。
「珍しいですね?誰が来るんですか?」
「高校時代の親友よ」
マスターの言葉は私にその親友と初めて会った時のことを思い起こさせた。
___
「はじめまして、柊さん。よろしくお願いします」
そう自己紹介したときのみゆきの印象は今でも強烈に残っている。
あ…この人には敵わないな…
そんなことを思ったのは初めてだった。
今までは、どんな人にも初めから敵わないなんて思うことはなかった。
もともと、負けず嫌い性格もあり、努力さえすれば、どんな相手に対しても負けない、劣等感を感じることはないというあさはかな考えを知らず知らずに持っていた。
それがみゆきの本当に上品な、余裕のある言葉づかいを聞いたとたんにこれはかなわないな…と思ってしまったのだ。
この人は私との勝ち負けに拘ることなんてない…
直感的にそれを悟った途端に私が持っていた自信は打ち砕かれた。
私がとてもつまらないことで勝敗をつけ、そのことを気にしていないみゆきの方が上等な人間に思えたからだった。
だから私たちの出会いは、私にとってはあまり良いものではなかったのかもしれない。
第一印象は間違っていなかった。
実際にみゆきは、委員会ですぐに中心的な人物となり、先生にもその能力を高く評価されていた。
私も、みゆきを尊敬していた。
その一方で、はじめて嫉妬という醜い感情が私に芽生えてくるのを見て見ないふりをしていた。
みゆきに対する劣等感が爆発する事件があった。
きっかけはつかさだった。
その日、つかさはいかにみゆきが頼りになり、すごい人物であるかをうれしそうに語っていた。
「それでね、高良さんすごいんだよ。あっという間に難しい問題も解いちゃうし…それにそれにね~」
「ふ~ん」
「分かんないところとかも聞いたら優しく教えてくれてね…それに」
「じゃあこれからは宿題も高良さんに教えてもらえば!」
今思い出しても、自分が恥ずかしくなる。
でもその時の自分は、みゆきに対する劣等感と、つかさが自分よりもみゆきを頼りにするんじゃないか?という焦燥感でいっぱいいっぱいになってしまったんだと思う。
「お姉ちゃん?」
「そんなに高良さんがいいならもう勝手にすればって言ってるの!私もう寝るから・・・おやすみ!」
私何言ってるんだろう、最悪だ…
その日は、みゆきに対する嫉妬と自分への情けなさで、ベッドの中で涙を流した。
そんなみゆきともあることがきっかけで仲良くなった。
きっかけはやっぱりつかさだった。
ある委員会の集まりの後だった。
私とみゆきは二人で残ってやる仕事があった。
なんとなく居心地の悪さを感じたので何か会話のネタはないかと探す。
「高良さん。今日はなにかいいことあったの?」
この日のみゆきは、委員会の最中からなにかご機嫌な様子だった。
「あ、柊さん。分かってしまいましたか」
そう言って恥ずかしそうに笑う、その仕草も可愛かった。
くそ、その笑顔は反則だ。と今思えばこなたが考えそうなことを考えていた。
「実は、柊さんの妹のつかささんに、ゆきちゃんと呼ばれたんです。お恥ずかしながら、私今まで、下の名前で呼ばれることがなかったのが悩みで、なのでうれしくて…」
なんだそりゃ…拍子抜けした。
と同時に、私が勝手に抱いていた『高良さん』のイメージが一気に崩れた。
今なら不思議なことではないと思えるけど、みゆきがそんな小さなことを悩んでいるなんてその時の私には、想像つかなかったのだ。
「そう……なんだ」
そのとき私は、完璧超人な、でも等身大の高校一年生の『みゆき』に初めて出会った。
「じゃあさ、私もみゆきって呼んでいいかな?」
「もちろんです。では私も柊さんのことかがみさんとお呼びしてよろしいでしょうか」
「もちろんよ」
そこからは、私が抱いていた悪感情が嘘のように仲良くなった。
抱く感情一つで、人間関係が大きく変わることを学んだ。
きっかけは本当に小さなことだったけど…
____
「お久しぶりです。かがみさん」
昔の出来事に思いを馳せているとと後ろから声をかけられる。
振り返らなくてもわかる、親友の声だ。
「こうやって直接会うのは久しぶりね」
「そうですね。かがみさんは弁護士のお仕事でお忙しいですし」
「それはみゆきもでしょ?有名病院の敏腕美人医師で有名みたいじゃない?」
「そんな…私なんてまだまだ未熟ですよ」
「ふふ、変わってないわね」
そう、みゆきはいつでもこうだった。
誰もが認める頭脳、能力を持ちながらも謙遜して表に出したりしない。
いや、みゆきはきっと本当に自分はまだまだ未熟だと思っているのだろう。
だからこそ、みゆきの謙遜は、本人にとって謙遜ではなく本音で、それだから聞いていて嫌味がない。
もっとも時々、そんなみゆきをいじりたくなるこなたの気持ちもわからなくはないけど…
「どうしたのですか?」
「ちょっとこなたの憎たらしい顔を思い出してね」
「泉さんですか、久しくお会いしていませんね」
「そうね。私も最近は会ってないわ。電話は時々するけどね」
「そうですか。泉さんはお元気でしたか?」
「相変わらずよ。っていうかこの前みゆきに電話で話したとき以来、こなたに電話してないなぁ」
「そうなんですか?てっきりかがみさんと泉さんはもっと頻繁に連絡しているのかと」
そう言えばそうね…
高校や大学の時はよくこなたと頻繁に電話を掛けあっていた。
お互いが忙しくなってからその回数は減っていたけど、私は電話の回数が減った気がしない。
その分みゆきと電話をする回数が多くなったからだ…と私は気付いた。
「ところでみゆき、最近仕事の方はどう?」
「やっぱり、忙しいですね。自分で選んだ道なのであれこれ言うつもりはないですけど」
「愚痴の一つや二つ言ったって罰は当たらないわよ。私しか聞いてないし」
「そうですね…やはり理想と現実の隔たりと言いますか…患者さんの意思以外の面で思うような治療ができないときに歯がゆさを感じますね」
なぜみゆきなんだろう…その理由に気がついた。
みゆきが私ととても似ている立場にいるからだ。
「私もそうね。上の人間が正直何を考えてるのかわからなくなることもあるし、依頼人があまりに無理難題を言うんで閉口したこともあるわよ」
「正直、患者さんの中にも無理なことを言われる方はいますね」
「どこにでもいるのね。文句なんて言っちゃいけないんでしょうけど…」
世間的な評価とプレッシャー、力の及ばないところにいる上役の現場無視の独断専行、依頼人や患者からの理不尽な要求…
自分で望んで、苦労して掴み取った筈の未来
だから文句は言いたくない…文句を言うのは筋違いだ…
分かってる、分かってはいるけれども
「たまに、言いたくなっちゃうわよね」
それを優しく受け止めてくれる存在
何を言うわけでもなく、何も解決しないけれどただ共感してくれる存在
それが高良みゆきという存在なのだろう。
「今日は楽しかったですね」
「たまにはこういうのもいいわね」
「またこうやって飲みたいですね」
「いいわね。お互い忙しいからなかなか難しいかもしれないけど」
「また連絡しますね」
「そうね。私も暇な時は電話するわ」
そのとき私が乗る電車がホームに入ってきて私たちは別れを告げた。
電車から降りると、一通のメールが入っていることに気がついた。
みゆきからだった。
『今夜はお付き合いいただきありがとうございました。かがみさんに愚痴を聞いてもらったおかげでだいぶ気持ちが楽になった気がします。また明日からお互い頑張りましょう』
みゆきも私と同じように感じてくれていたのだろうか。
さしもの完璧超人も、ガス抜きが必要なのかもしれない。
改札を抜けて階段を上る。
地上への足取りがいつもより少しだけ軽くなった気がした。
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- GJ!良かったです。 &br()こなたは何の仕事をしてるのやら… -- 名無しさん (2010-02-25 22:54:57)
昔ながらの喫茶店のような音を立てて扉が開く。
私がひいきにしている飲み屋の扉の出迎えの音だ。
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
「あら、今日は一人じゃないのよ。あとからもう一人来るわ」
私はこのバーを行きつけの店にしていた。
落ち着いている雰囲気が気に入ったということもあるが何より加賀雪という幻の銘酒を扱っている店だからでもあった。
仕事で失敗したとき、行き詰ったときはここで一人で飲むのが習慣になっていた。
でも今日は、一人ではない。
「珍しいですね?誰が来るんですか?」
「高校時代の親友よ」
マスターの言葉は私にその親友と初めて会った時のことを思い起こさせた。
___
「はじめまして、柊さん。よろしくお願いします」
そう自己紹介したときのみゆきの印象は今でも強烈に残っている。
あ…この人には敵わないな…
そんなことを思ったのは初めてだった。
今までは、どんな人にも初めから敵わないなんて思うことはなかった。
もともと、負けず嫌い性格もあり、努力さえすれば、どんな相手に対しても負けない、劣等感を感じることはないというあさはかな考えを知らず知らずに持っていた。
それがみゆきの本当に上品な、余裕のある言葉づかいを聞いたとたんにこれはかなわないな…と思ってしまったのだ。
この人は私との勝ち負けに拘ることなんてない…
直感的にそれを悟った途端に私が持っていた自信は打ち砕かれた。
私がとてもつまらないことで勝敗をつけ、そのことを気にしていないみゆきの方が上等な人間に思えたからだった。
だから私たちの出会いは、私にとってはあまり良いものではなかったのかもしれない。
第一印象は間違っていなかった。
実際にみゆきは、委員会ですぐに中心的な人物となり、先生にもその能力を高く評価されていた。
私も、みゆきを尊敬していた。
その一方で、はじめて嫉妬という醜い感情が私に芽生えてくるのを見て見ないふりをしていた。
みゆきに対する劣等感が爆発する事件があった。
きっかけはつかさだった。
その日、つかさはいかにみゆきが頼りになり、すごい人物であるかをうれしそうに語っていた。
「それでね、高良さんすごいんだよ。あっという間に難しい問題も解いちゃうし…それにそれにね~」
「ふ~ん」
「分かんないところとかも聞いたら優しく教えてくれてね…それに」
「じゃあこれからは宿題も高良さんに教えてもらえば!」
今思い出しても、自分が恥ずかしくなる。
でもその時の自分は、みゆきに対する劣等感と、つかさが自分よりもみゆきを頼りにするんじゃないか?という焦燥感でいっぱいいっぱいになってしまったんだと思う。
「お姉ちゃん?」
「そんなに高良さんがいいならもう勝手にすればって言ってるの!私もう寝るから・・・おやすみ!」
私何言ってるんだろう、最悪だ…
その日は、みゆきに対する嫉妬と自分への情けなさで、ベッドの中で涙を流した。
そんなみゆきともあることがきっかけで仲良くなった。
きっかけはやっぱりつかさだった。
ある委員会の集まりの後だった。
私とみゆきは二人で残ってやる仕事があった。
なんとなく居心地の悪さを感じたので何か会話のネタはないかと探す。
「高良さん。今日はなにかいいことあったの?」
この日のみゆきは、委員会の最中からなにかご機嫌な様子だった。
「あ、柊さん。分かってしまいましたか」
そう言って恥ずかしそうに笑う、その仕草も可愛かった。
くそ、その笑顔は反則だ。と今思えばこなたが考えそうなことを考えていた。
「実は、柊さんの妹のつかささんに、ゆきちゃんと呼ばれたんです。お恥ずかしながら、私今まで、下の名前で呼ばれることがなかったのが悩みで、なのでうれしくて…」
なんだそりゃ…拍子抜けした。
と同時に、私が勝手に抱いていた『高良さん』のイメージが一気に崩れた。
今なら不思議なことではないと思えるけど、みゆきがそんな小さなことを悩んでいるなんてその時の私には、想像つかなかったのだ。
「そう……なんだ」
そのとき私は、完璧超人な、でも等身大の高校一年生の『みゆき』に初めて出会った。
「じゃあさ、私もみゆきって呼んでいいかな?」
「もちろんです。では私も柊さんのことかがみさんとお呼びしてよろしいでしょうか」
「もちろんよ」
そこからは、私が抱いていた悪感情が嘘のように仲良くなった。
抱く感情一つで、人間関係が大きく変わることを学んだ。
きっかけは本当に小さなことだったけど…
____
「お久しぶりです。かがみさん」
昔の出来事に思いを馳せているとと後ろから声をかけられる。
振り返らなくてもわかる、親友の声だ。
「こうやって直接会うのは久しぶりね」
「そうですね。かがみさんは弁護士のお仕事でお忙しいですし」
「それはみゆきもでしょ?有名病院の敏腕美人医師で有名みたいじゃない?」
「そんな…私なんてまだまだ未熟ですよ」
「ふふ、変わってないわね」
そう、みゆきはいつでもこうだった。
誰もが認める頭脳、能力を持ちながらも謙遜して表に出したりしない。
いや、みゆきはきっと本当に自分はまだまだ未熟だと思っているのだろう。
だからこそ、みゆきの謙遜は、本人にとって謙遜ではなく本音で、それだから聞いていて嫌味がない。
もっとも時々、そんなみゆきをいじりたくなるこなたの気持ちもわからなくはないけど…
「どうしたのですか?」
「ちょっとこなたの憎たらしい顔を思い出してね」
「泉さんですか、久しくお会いしていませんね」
「そうね。私も最近は会ってないわ。電話は時々するけどね」
「そうですか。泉さんはお元気でしたか?」
「相変わらずよ。っていうかこの前みゆきに電話で話したとき以来、こなたに電話してないなぁ」
「そうなんですか?てっきりかがみさんと泉さんはもっと頻繁に連絡しているのかと」
そう言えばそうね…
高校や大学の時はよくこなたと頻繁に電話を掛けあっていた。
お互いが忙しくなってからその回数は減っていたけど、私は電話の回数が減った気がしない。
その分みゆきと電話をする回数が多くなったからだ…と私は気付いた。
「ところでみゆき、最近仕事の方はどう?」
「やっぱり、忙しいですね。自分で選んだ道なのであれこれ言うつもりはないですけど」
「愚痴の一つや二つ言ったって罰は当たらないわよ。私しか聞いてないし」
「そうですね…やはり理想と現実の隔たりと言いますか…患者さんの意思以外の面で思うような治療ができないときに歯がゆさを感じますね」
なぜみゆきなんだろう…その理由に気がついた。
みゆきが私ととても似ている立場にいるからだ。
「私もそうね。上の人間が正直何を考えてるのかわからなくなることもあるし、依頼人があまりに無理難題を言うんで閉口したこともあるわよ」
「正直、患者さんの中にも無理なことを言われる方はいますね」
「どこにでもいるのね。文句なんて言っちゃいけないんでしょうけど…」
世間的な評価とプレッシャー、力の及ばないところにいる上役の現場無視の独断専行、依頼人や患者からの理不尽な要求…
自分で望んで、苦労して掴み取った筈の未来
だから文句は言いたくない…文句を言うのは筋違いだ…
分かってる、分かってはいるけれども
「たまに、言いたくなっちゃうわよね」
それを優しく受け止めてくれる存在
何を言うわけでもなく、何も解決しないけれどただ共感してくれる存在
それが高良みゆきという存在なのだろう。
「今日は楽しかったですね」
「たまにはこういうのもいいわね」
「またこうやって飲みたいですね」
「いいわね。お互い忙しいからなかなか難しいかもしれないけど」
「また連絡しますね」
「そうね。私も暇な時は電話するわ」
そのとき私が乗る電車がホームに入ってきて私たちは別れを告げた。
電車から降りると、一通のメールが入っていることに気がついた。
みゆきからだった。
『今夜はお付き合いいただきありがとうございました。かがみさんに愚痴を聞いてもらったおかげでだいぶ気持ちが楽になった気がします。また明日からお互い頑張りましょう』
みゆきも私と同じように感じてくれていたのだろうか。
さしもの完璧超人も、ガス抜きが必要なのかもしれない。
改札を抜けて階段を上る。
地上への足取りがいつもより少しだけ軽くなった気がした。
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- みゆきさんの魅力が、良く出ているね。 -- 名無しさん (2012-03-13 01:36:55)
- GJ!良かったです。 &br()こなたは何の仕事をしてるのやら… -- 名無しさん (2010-02-25 22:54:57)