ID:Na3RRnTG氏:かがみ小話

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 それは、ある日の学校帰りから始まるお話。  わたし、柊かがみが体験した、少し不思議なお話。  とはいえ、それほど長い話でもないし、小話といった程度なんだけど。 ― かがみ小話 ―  最初にわたしの双子の妹である柊つかさの異変…と言うほど大げさなものでもない、落ち込んだ表情に気がついたのは、友人の泉こなただった。 「つかさ、なんか暗いね。どうしたの?」  ストレート。それが彼女の持ち味。一見するとオタクでインドア派とはとても思えない、人懐こい表情をしてるせいで、その持ち味は強力な武器となる。 「もしかして、誰かと喧嘩した?…んーと、家族の誰かとか」 「う、うん…今朝、ちょっと…ね」  図星をつかれ、つかさはそう答えた。この勘のよさもこなたの武器だ。おかげで隠し事が苦手なつかさは、恥ずかしいことや悩み事やら、色々こなたにほじくり返されることが多い。もっとも、その件に関しては、わたしもつかさの事は言えないけれど。 「あの…わたし達で、何かお力になれることはあるでしょうか?」  遠慮がちにそう言ったのは、もう一人の友人である高良みゆき。フォローを入れたり、解決策を提示したりと、こなたがほじくり返す役ならば、彼女は優しく埋める役だ。  この二人と話すと、大抵の悩みはどうでもよくなったり、すっきりしたりする。こういう友人を持てたことは、ありがたいことだと思う。もっとも、こなたの場合は、彼女自身が悩みの種になったりして、素直に感謝できないのだけれど。 「ありがとう、ゆきちゃん。でも、大丈夫だよ。そんな大げさな話じゃないし、何が悪いか分かってるし、後はわたしが謝るだけだから」 「…そうですか」  つかさの言葉に、納得はしたけど心配だ。みゆきはそんな表情をしていた。 「喧嘩した家族って、まさかかがみじゃないよね?」  こなたがそうわたしに振ってきた。なんかニヤニヤしている。こういう時は大抵分かってて聞いてるのだ。 「違うわ、まつり姉さんよ。わたしはつかさと喧嘩なんて滅多にしないわよ」 「まーそうだろうね」  やはり、分かってて聞いてきたらしい。そうならいちいち聞かなくても良いだろうに。 「かがみとつかさじゃ喧嘩しないじゃなく、喧嘩にならないだろうからね」 「なにそれ?」  こなたの言ってることが分からず、わたしは首をかしげた。 「かがみが一方的につかさを…ってこと」 「なんだそりゃ?わたしがつかさにDVでもしてるってか?」 「ご明察ー」  とぼけた口調でそう言うこなたの脳天に、わたしは拳を打ち下ろした。 「…ほらー、そうやってすぐ暴力振るぅー」  頭を抑えながら、大げさに痛がるこなた。泣いてるようにも見えるが、当然嘘泣きだ。本気で殴ったわけじゃなく、軽く小突いた程度だから、痛いことあるわけがない。 「かがみさんも泉さんも、喧嘩をしては駄目ですよ」  みゆきが仲裁に入ってきたが、その顔は少し笑っている。彼女も分かっているのだ、本気で喧嘩などしてないことを。見るとつかさも少し遠慮がちに笑ってりる。良かった。少し気が楽になったみたい。  みゆきと別れ、こなたとも別れて、電車の中にはわたしとつかさだけになった。その途端に、つかさの表情が重く沈む。  こなたたちの手前、軽い喧嘩のようなことを言ってみたが、実は二人の喧嘩はかなり深刻だ。  滅多なことでは人に怒鳴ることのないつかさが、まつり姉さんに向かって大声を張り上げていた。  まつり姉さんも、姉としての意地があったのか一歩も引かず、結局わたしがつかさを引き剥がすような形で学校に連れてきたのだ。  何が原因かは聞いていない。でも、つかさは自分が悪いと思っているようだった。  今までの経験からすると、十中八九悪いのはまつり姉さんなんだろうけど、つかさは人のことを悪く思う前に、自分を悪く思ってしまう。つくづく損な性分だと思う。 「…家に帰りたくないな」  そう呟いた言葉は、つかさの心からの本音だったのだろう。  家の最寄の駅につき改札をくぐったところで、わたしはある用事を思い出した。 「ごめん、つかさ。ちょっと本屋に寄っていきたいんだけど…」  わたしが手を合わせながらそう言うと、つかさは少しうつむいて、考え込むようなしぐさをした。 「…じゃあ、わたし先に帰ってるね」  そして、顔を上げて言ったその言葉に、わたしは心底を驚いた。てっきり、一緒に本屋に来ると思っていたからだ。 「ごめんね、お姉ちゃん。変に気を使わせちゃって…でも、こういうこと後回しにするの、良くないと思うから」  どうやらつかさは、わたしが本屋に寄るといったのをそういう風に解釈したらしい。  そうじゃなく、本屋には本当に用事があったんだけど…今日でなくても良かったし、やっぱりそういう気持ちもわたしにあったのだろうか。つかさに少しでも気持ちに余裕を持たせる時間を与えたい、と。 「大丈夫だよ。お姉ちゃんが帰ってくるまでには、ちゃんと仲直りしてるから」  気が弱いところはあっても、芯の強いところもある。わたしはつかさのそういうところを、思い出していた。そして、わたしが必要以上に心配性だったということも。 「じゃあ、お姉ちゃん。また後でね」  手を振りながら、家に帰るつかさ。しかし、家とまったく違うほうに向かっている。わたしは、つかさにちゃんと聞こえるように、大きな声で注意した。 「つかさ!家はそっちじゃないわよ!」  つかさが見えなくなってから、呆れ半分でため息をつくと、わたしは本屋に向かい歩き出した。 「え、まだ帰ってないの?」  家に帰ったわたしは、つかさがまだ帰ってきていないことをお母さんから聞き、ひどく驚いた。目当ての本がなかなか見つからず、家に帰ってきた頃にはもう日が落ちかけていたのだ。いくらなんでも、つかさがわたしより遅いはずがない。 「そうなのよ…やっぱり、朝のことが…」  お母さんが心配そうに呟いた。わたしもそう思ったが、別れる前につかさが見せた決意を信じたくもあった。 「どこうろついてるか知らないけど、お腹が空いたら帰ってくるでしょ」  後ろから聞こえる能天気な声。見ると、まつり姉さんが階段を上っていくところが見えた。わたしはその物言いに少し腹が立ったが、わたしまで姉さんと喧嘩になんて事態は避けたかったので、我慢することにした。 「まつりには、わたしから言っておくわ」  そういうお母さんにわたしは頷くと、自分の部屋に戻るために、階段を上がった。  部屋に入ったわたしは、つかさに連絡を取ろうと携帯を開いた。電話にしようかメールにしようか少し迷い、とりあえずメールを送ってみることにした。 「…あれ?」  画面に出たのは送信失敗の文字。何度試しても送信できない。わたしは今度は電話をかけてみることにした。 『おかけになった電話番号は、現在使われておりません…』  無機質な女性の声がした。電波が届かない所にいるとか、電源が入っていないとかなら分かるけど、電話番号が使われてないって、一体どういうこと?  確か昨日はちゃんと電話できたはず。今日の内につかさが電話番号を変えてしまった?…ありえない。今日は一日つかさと一緒だった。  授業中に抜け出してなら可能かも知れないけど、そんなつかさらしくない行動はこなたかみゆきが話題にしそうだ。  駅で別れた後なら…と、わたしはそこで思い直した。わざわざ電話番号を変える必要なんてない。電話をかけられたくないなら、電源を切ってしまえばいいんだ。番号を変えてまでなんて、つかさらしくない。 「…ねえ、かがみ」  背後から聞こえてきた声にドキリとする。振り向いてみると、いのり姉さんが青褪めた顔で立っていた。 「な、なに?ノックもしないで入ってきて…」 「かがみ…つかさの携帯に電話してみた?」  さっきの女性の声が脳裏に蘇る。姉さんも心配になって、つかさに電話をかけてみたんだろう。わたしは姉さんに向かい、黙って頷いた。 「おかしいわよね。電話番号が使われていないって…これ、どういうことなの?」 「わたしにもわからない…わからないよ…」  なにかが起こってる。わたしはそんな気がした。  つかさを除く家族全員が難しい顔をして、居間のテーブルについている。テーブルの上に広げられているのは、それぞれの携帯。誰がかけても結果は同じだった。メールは届かず、電話はそんな番号など無いと言われる。  わたしは念のためこなたとみゆきに電話をかけてみたが、二人ともつかさのことは知らないようだった。わたしの様子からなにかを悟ったのか、二人とも何か協力できることはないかと言ってきたが、わたしはもしつかさが来たら連絡を入れておいて欲しいとだけ伝えた。 「…探しに行ったほうがいいんじゃない?…おかしいよこれ」  いのり姉さんがそう呟く。声音は落ち着いているが、手が少し震えているのが見えた。 「そうね…」  お母さんもそれに同意して頷く。まつり姉さんは、わたしの横でずっと黙ってテーブルに突っ伏して頭を抱えていた。多分、今回のことが一番こたえているのはまつり姉さんだろう。自分のせいでつかさが帰ってこない。そう思ってるに違いない。 「今日はもう遅いから、やめた方がいいと思う。明日探してみて、見つからなかったら、警察に捜索願だすしか…」  そう冷静に言ったのは…わたしだった。なぜだろう。つかさがこんな状況だというのに、わたしはひどく冷静だった。 「か、かがみ…つかさのこと心配じゃないの…?」  傍目にわたしがどう見えてるのか分からないけど、お母さんは少しおびえている風に見えた。 「心配よ。でも、今から探しに行っても見つかる可能性は低いと思うの…探しに出る方が危険だろうし」  そう言ったものの、わたしは言葉ほどつかさの事を心配はしていなかった。つかさを信頼している?いや、そんなもんじゃない。よく分からないけど、何か確信のようなものを感じていた。 「…かがみの言うとおりだな。探しに出るのは明日にしよう」  今まで一言も喋らなかったお父さんが、そう言って立ち上がった。 「お、お父さんまで…」  お母さんも立ち上がり、居間を出ようとしていたお父さんを止めた。お父さんはなぜかわたしの方をチラッと見た。 「大丈夫だよ。これは、心配するほどのことじゃない」  そして、お母さんにそう言って、尾間を出て行った。お母さんも何か言いながら、お父さんについていく。 「お父さん、何か知ってるのかしら…?」  わけが分からないといった風に首をかしげ、いのり姉さんも居間を出て行く。 「…姉さん。わたし達も部屋に戻ろ?」  未だに頭を抱えたままのまつり姉さんに、わたしは声をかけた。しかし、姉さんに動く気配はまったく無い。仕方なくわたしは、まつり姉さんをその場に残して居間を出ようとした。 「…土下座して謝るくらいするからさ…帰ってきてよ…」  後ろから、まつり姉さんの呟きが聞こえた。  その晩。わたしの携帯は何度も着信音を鳴らした。多分、こなたとみゆきからだろうが、わたしは何故か取る気がせず放置した。つかさが見つかったという連絡だとは、一度も思うことはなかった。  次の日。わたしは学校を休み家に待機していた。お父さんとお母さん、それにいのり姉さんがつかさを探しに出かけ、その間につかさが戻ってきたときのためにわたしが家にいてるというわけだ。まつり姉さんも家にいるのだが、へこみきって部屋に閉じこもってしまっている。  今のテーブルに置いた携帯をじっと見ながら、わたしは本当に何もせずに待っていた。この携帯をつかさが鳴らすことは無いだろうし、家につかさが自分で帰ってくることも無いだろう。わたしは何故かそう確信してる。そんな事いやなはずなのに、昨日からおかしい。本当に。 「ただいま」  真後ろで声がして、わたしは驚いて凄い勢いで振り返った。そこには、驚いた顔のお父さんがいた。 「お、お父さん…驚かさないでよ」 「いや、びっくりしたのはこっちだよ。急に振り返るから…何度か声をかけたんだけどね。気づかないようだったからね」  わたしはまだドキドキいってる心臓を落ち着かせようと、胸に手を当てて深呼吸をした。時計を見てみると丁度正午。お父さんはお昼を食べに戻ってきたのだろうか。 「…つかさは?」  わたしが念のためにそう聞くと、お父さんは黙って首を振った。まあ、そうだろう。見つかるはずがない。 「…まただ」 「ん、何がだい?」 「ううん、なんでもない」  またわたしは、つかさが見つからないと確信してる。本当にどうにかして欲しい。 「ところで、まつりはどうしてる?」 「部屋にいるわ。ずっとへこんでるみたい」 「そうか…」  お父さんはあごに手を当て、うつむいて少し考えると、わたしのほうを見た。少し表情が険しい。 「もう、まつりが喧嘩のことを蒸し返すようなことは無いと思うからね…かがみ、そろそろつかさを家に返してあげてもいいんじゃないか?」  お父さんは何を言ってるの。まるで、わたしがつかさをどこかに隠してるみたいな言い方だ。 「…お父さん、それどういうこと?」 「やっぱり、無自覚か…」  そう言って、お父さんはまたあごに手をあててうつむいた。 「かがみがつかさと分かれたのは、駅前だったね?」  そのまま、わたしに質問してくる。 「うん、そうだけど…」  お父さんが何を考えているか分からない。けど、なにか大切なことのような気がする。 「その駅前に、歪みの痕跡があったんだ。多分、つかさはそこからちょっとした歪みにはまったんだろう」 「な、何それ…?」 「歪みにはまったから、つかさからは家も家族も見えなくなって、僕たちからつかさが見えなくなったんだろうね」  言っている意味がさっぱり分からない。お父さんは、こんな変なことを言う人だっただろうか。 「かがみ、よく思い出して。駅前でつかさに何が…いや、何をしたんだい?」  そう聞かれて、わたしは考え込んでしまった。 「何って、何も…ただ、わたしが本屋に寄るって言ったら、つかさが先に帰るって…それで分かれて…」  何もおかしなことなんかないはず。 「…分かれて…あれ?…あの時、つかさは…」  無いはずなのに、何かが引っかかる。その引っかかりに意識を集中させると、強烈な違和感に行き当たった。 「お父さん…おかしいよ…あの時つかさは、道を間違えてた…」  そう、つかさは家に向かう道を間違えた。だからわたしは指摘した。だけど…。 「ほんとに…ほんとにつかさは道を間違えてたの?」  違和感。心底おかしいと思う。あの時は、たしかにつかさが道を間違えてたと思ったのに。 「かがみ。その時、つかさに何か言ったかい?」 「…そっちじゃないって…言った…家はそっちじゃないって…」 「なるほど…それがきっかけだったんだね」 「きっかけ?」 「ああ。そのかがみの言葉がきっかけで、つかさは家までの帰り道を間違ってると歪められたんだ」  わたしは、あの時意識すらしなかったことを思い出し始めた。わたしは、つかさとまつり姉さんを会わせたくなかったんだ。また喧嘩になるんじゃないかって怖かったんだ。だから、そっちじゃないと言ったんだ。つかさはちゃんと家に帰ろうとしてたのに。 「お、お父さん…わたし…どうして…」  寒気がする。これは恐怖だ。わたしがつかさを、歪みとやらにはめてしまったんだ。そして、わたしは無意識にそのことを知っていた。だからつかさが見つからないと思ったし、こなた達の所に行くことも無いと分かっていた。そんな自分自身が、たまらなく怖かった。 「大丈夫だよ、かがみ。それはつかさの事を、大事に思ってたということだからね」 「で、でも…わたし…わたし…」 「よく考えて。つかさは今どこにいる?かがみは何をつかさに伝えたらいい?」  恐怖で混乱しているわたしに、お父さんが優しく問いかけてくる。  その瞬間わたしの頭によぎったのは、小学生の頃の思い出。大きな遊園地で、つかさが迷子になったときの思い出。  あの時も、わたしが何かに見とれて、つかさに注意を払ってなかったから、つかさは迷子になった。わたしは必死になってつかさを探した。そして、遠くにつかさの姿を見かけて…そこまで思い出したところで、わたしは家を飛び出していた。  玄関を出て、左右を見回す。姿は見えないけど、きっとつかさは近くにいる。つかさは、遊園地の時と同じように、ただ迷ってるだけだ。迷わせたのはわたしだ。だからわたしは、あの時と同じように、つかさにちゃんと聴こえるように、大きな声で叫んだ。 「つかさ!こっちよ!」  目の前に、つかさがいた。疲れきったその顔が、わたしと後ろにある家を見て安堵の表情に変わる。 「…お姉ちゃん…そっか…やっと、帰ってこれたんだ…」  つかさがわたしの胸にもたれかかる。わたしはその体を、思わず抱きしめていた。 「ごめん、つかさ…ほんとにごめんなさい…」 「…うん?…どうして、お姉ちゃんあやまってるの?」  つかさの疑問には答えずに、わたしは何度もつかさに謝った。  お父さんが言うには、今回のことは偶然に偶然が重なった結果だそうだ。あの場所に歪みがあり、そこできっかけとなった言葉を口にした。そんな偶然など、ほんとにごく稀なことだという。  だから、気に病まなくていい。お父さんはそう言いたかったのだろうが、わたしのつかさに対する罪悪感は消えなかった。  あの時、つかさにきっかけの言葉を言った時、わたしは確かに歪んだものを見ていた。  無意識とはいえ、わたしは歪むことを知っていたんだ。知っていて、きっかけを作ってしまった。だから、そんなわたし自身をわたしは許せなかった。  翌日。わたしとつかさは登校するなり、昨日の欠席についてこなたとみゆきに詰め寄られた。  そのあまりの剣幕に、メールやらなにやらを全部無視してたことを思い出した。  わたしは二人に謝りながら、この二日間の出来事を話した。最初は適当なことを言おうかと思ったけど、結局ありのままを話すことにした。たぶん、こんな突拍子も無い話は信じてもらえないだろうけど。 「それは、なんとも不思議な話ですね」 「うん、事実は小説より奇なりを地で行ってるね。さすが、神社の娘だよ」  予想に反して、二人ともわたしの話をあっさりと信じていた。 「いや、家が神職だからとかは関係ないと思うぞ…っていうか、二人ともよくこんな話信じられるわね。話してるわたしが言うのもおかしいけど」  わたしが呆れ半分でそう言うと、こなたとみゆきは顔を見合わせて微笑んだ。 「な、なによその反応…」 「いえ、別に…わたしはかがみさんが、そのような嘘をつく人じゃないことを知っていますから」 「そ、そうなの…」  みゆきの言葉が、なんだか照れくさい。 「それに、かがみは嘘つくの下手だしねー。嘘ならすぐ分かるよ」 「…そうかよ」 「なぜ、わたしにはそんな反応なのかな」  こなたは、どういう反応を期待してたんだろうか。 「まあ、そういうわけだから、二人ともごめんね。だいぶ心配させちゃったみたいで…」  わたしがそう言うと、こなたは何故か首をかしげた。 「さっきから何回も謝ってるけど、もしかしてかがみ、全部自分のせいだって思ってない?」  こなたの言葉に、わたしは思わず身体を強張らせてしまった。こいつは、どうしてこうも何の前触れもなく確信をつくのよ。 「…図星?しょうがないなーかがみんは」  黙っているのを肯定と受け取ったのか、こなたはお手上げのジェスチャーをすると、つかさのほうを向いた。 「つかさはどう思ってるの?かがみのこと恨んでる?」  相変わらずのストレート。そんな聞きづらいことを、よくもこうさらっと聞けるものだ。 「…最初、ちょっとだけ」  つかさが言いづらそうに口にした言葉は、けっこう意外なものだった。 「で、でもね、少し考えたらそうなった大元の原因はわたしがまつりお姉ちゃんと喧嘩したことだし、最後にはかがみお姉ちゃんが助けてくれたわけだし…」  慌てて、わたしへの恨みを否定するつかさ。でも、なんでだろう。つかさが少しだけでもわたしを恨んでたって知ると、少し心が楽になった気がする。 「まあ、お互い様ってことだろうね。ちょっとくらいはお互いにやましいところがあったほうが、結構うまくいくもんだよ。たぶん」  なぜか得意そうに言うこなたに、お前はそんなことが言えるほど人間関係豊富なのかとつっこみたくなったが、こいつはこいつなりにわたしたちの事を気遣ってるのだろうと思い、余計なことは言わないことにした。こなたもいつもみたいな余計なことは言ってないし。 178 名前: かがみ小話 投稿日: 2009/10/11(日) 13:18:29 ID:Na3RRnTG 「それにしても、つかささん。お体のほうは大丈夫なのですか?話からすると、丸一日歩き通しだったみたいですが…」 「うん。大丈夫。昨日、家に戻れてから、ご飯食べてしっかり寝たから」  みゆきの質問につかさは気丈に答えるが、本当は少し無理してる。多分、授業中に寝るだろうな。 「でも、ほんとに良かったねつかさ。ちゃんと戻って来れて」  今度はこなたがつかさにそう言った。 「歪み、だったっけ?それのこと分かってる人がいたから良かったけど、いなかったらつかさはずっと向こうに行ったままだったよね」  余計なこと言っちゃったよ。こなたの言葉を理解したつかさの顔が、みるみる青くなる。わたしは結局こうなるのかと、大きくため息をついた。 「みゆき、こなた押さえといて」  わたしはみゆきに指示を出すと、自分の鞄に手を突っ込んだ。 「ちょ、ちょっとみゆきさん?なに?」  みゆきに羽交い絞めにされたこなたが戸惑っている。っていうか、こういう指示に素直に従うみゆきもどうかと思う。 「さてこなた、ここにワンカップもずくがあるんだけど」  わたしは鞄から取り出したものを、こなたの鼻面に突きつけた。こなたはそれをみて露骨に顔をそらす。 「な、なんでそんなモノ持ってるんだよ…」 「今日のお昼に食べようと思ってたのよ…で、これを今からあんたの体のどこかの穴に突っ込むから、口以外から選びなさい」 「なにその地獄の選択肢!?」 「おすすめは目よ」 「それもずくじゃなくても嫌だよ!ってかそこ穴じゃない!」 「ふし穴でしょ?」 「ひどすぎる!」 「お、お姉ちゃん。こなちゃん本気で嫌がってるよ…」  わたしを止めようとしながらも、少し笑っていうつかさ。わたしにもずくを突きつけられて、涙目になってるこなた。困った顔をしながらも、こなたを離そうとしないみゆき。  それらを見てると、なんだか気落ちしてることが馬鹿らしくなってきた。  そして、今頃になってつかさが戻ってきたことを良かったと、心から思えた。  あ、結局もずくは、みゆきに食べ物を粗末にしないように言われたから、こなたの口に突っ込むことになったわ。どうでもいいことだと思うけど。 ― 終 ― **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - べっ、べつにアンタのためじゃないんだからね!(人・ω・)☆ http://64n.co/ -- 私だ (2012-02-17 05:45:13)
 それは、ある日の学校帰りから始まるお話。  わたし、柊かがみが体験した、少し不思議なお話。  とはいえ、それほど長い話でもないし、小話といった程度なんだけど。 ― かがみ小話 ―  最初にわたしの双子の妹である柊つかさの異変…と言うほど大げさなものでもない、落ち込んだ表情に気がついたのは、友人の泉こなただった。 「つかさ、なんか暗いね。どうしたの?」  ストレート。それが彼女の持ち味。一見するとオタクでインドア派とはとても思えない、人懐こい表情をしてるせいで、その持ち味は強力な武器となる。 「もしかして、誰かと喧嘩した?…んーと、家族の誰かとか」 「う、うん…今朝、ちょっと…ね」  図星をつかれ、つかさはそう答えた。この勘のよさもこなたの武器だ。おかげで隠し事が苦手なつかさは、恥ずかしいことや悩み事やら、色々こなたにほじくり返されることが多い。もっとも、その件に関しては、わたしもつかさの事は言えないけれど。 「あの…わたし達で、何かお力になれることはあるでしょうか?」  遠慮がちにそう言ったのは、もう一人の友人である高良みゆき。フォローを入れたり、解決策を提示したりと、こなたがほじくり返す役ならば、彼女は優しく埋める役だ。  この二人と話すと、大抵の悩みはどうでもよくなったり、すっきりしたりする。こういう友人を持てたことは、ありがたいことだと思う。もっとも、こなたの場合は、彼女自身が悩みの種になったりして、素直に感謝できないのだけれど。 「ありがとう、ゆきちゃん。でも、大丈夫だよ。そんな大げさな話じゃないし、何が悪いか分かってるし、後はわたしが謝るだけだから」 「…そうですか」  つかさの言葉に、納得はしたけど心配だ。みゆきはそんな表情をしていた。 「喧嘩した家族って、まさかかがみじゃないよね?」  こなたがそうわたしに振ってきた。なんかニヤニヤしている。こういう時は大抵分かってて聞いてるのだ。 「違うわ、まつり姉さんよ。わたしはつかさと喧嘩なんて滅多にしないわよ」 「まーそうだろうね」  やはり、分かってて聞いてきたらしい。そうならいちいち聞かなくても良いだろうに。 「かがみとつかさじゃ喧嘩しないじゃなく、喧嘩にならないだろうからね」 「なにそれ?」  こなたの言ってることが分からず、わたしは首をかしげた。 「かがみが一方的につかさを…ってこと」 「なんだそりゃ?わたしがつかさにDVでもしてるってか?」 「ご明察ー」  とぼけた口調でそう言うこなたの脳天に、わたしは拳を打ち下ろした。 「…ほらー、そうやってすぐ暴力振るぅー」  頭を抑えながら、大げさに痛がるこなた。泣いてるようにも見えるが、当然嘘泣きだ。本気で殴ったわけじゃなく、軽く小突いた程度だから、痛いことあるわけがない。 「かがみさんも泉さんも、喧嘩をしては駄目ですよ」  みゆきが仲裁に入ってきたが、その顔は少し笑っている。彼女も分かっているのだ、本気で喧嘩などしてないことを。見るとつかさも少し遠慮がちに笑ってりる。良かった。少し気が楽になったみたい。  みゆきと別れ、こなたとも別れて、電車の中にはわたしとつかさだけになった。その途端に、つかさの表情が重く沈む。  こなたたちの手前、軽い喧嘩のようなことを言ってみたが、実は二人の喧嘩はかなり深刻だ。  滅多なことでは人に怒鳴ることのないつかさが、まつり姉さんに向かって大声を張り上げていた。  まつり姉さんも、姉としての意地があったのか一歩も引かず、結局わたしがつかさを引き剥がすような形で学校に連れてきたのだ。  何が原因かは聞いていない。でも、つかさは自分が悪いと思っているようだった。  今までの経験からすると、十中八九悪いのはまつり姉さんなんだろうけど、つかさは人のことを悪く思う前に、自分を悪く思ってしまう。つくづく損な性分だと思う。 「…家に帰りたくないな」  そう呟いた言葉は、つかさの心からの本音だったのだろう。  家の最寄の駅につき改札をくぐったところで、わたしはある用事を思い出した。 「ごめん、つかさ。ちょっと本屋に寄っていきたいんだけど…」  わたしが手を合わせながらそう言うと、つかさは少しうつむいて、考え込むようなしぐさをした。 「…じゃあ、わたし先に帰ってるね」  そして、顔を上げて言ったその言葉に、わたしは心底を驚いた。てっきり、一緒に本屋に来ると思っていたからだ。 「ごめんね、お姉ちゃん。変に気を使わせちゃって…でも、こういうこと後回しにするの、良くないと思うから」  どうやらつかさは、わたしが本屋に寄るといったのをそういう風に解釈したらしい。  そうじゃなく、本屋には本当に用事があったんだけど…今日でなくても良かったし、やっぱりそういう気持ちもわたしにあったのだろうか。つかさに少しでも気持ちに余裕を持たせる時間を与えたい、と。 「大丈夫だよ。お姉ちゃんが帰ってくるまでには、ちゃんと仲直りしてるから」  気が弱いところはあっても、芯の強いところもある。わたしはつかさのそういうところを、思い出していた。そして、わたしが必要以上に心配性だったということも。 「じゃあ、お姉ちゃん。また後でね」  手を振りながら、家に帰るつかさ。しかし、家とまったく違うほうに向かっている。わたしは、つかさにちゃんと聞こえるように、大きな声で注意した。 「つかさ!家はそっちじゃないわよ!」  つかさが見えなくなってから、呆れ半分でため息をつくと、わたしは本屋に向かい歩き出した。 「え、まだ帰ってないの?」  家に帰ったわたしは、つかさがまだ帰ってきていないことをお母さんから聞き、ひどく驚いた。目当ての本がなかなか見つからず、家に帰ってきた頃にはもう日が落ちかけていたのだ。いくらなんでも、つかさがわたしより遅いはずがない。 「そうなのよ…やっぱり、朝のことが…」  お母さんが心配そうに呟いた。わたしもそう思ったが、別れる前につかさが見せた決意を信じたくもあった。 「どこうろついてるか知らないけど、お腹が空いたら帰ってくるでしょ」  後ろから聞こえる能天気な声。見ると、まつり姉さんが階段を上っていくところが見えた。わたしはその物言いに少し腹が立ったが、わたしまで姉さんと喧嘩になんて事態は避けたかったので、我慢することにした。 「まつりには、わたしから言っておくわ」  そういうお母さんにわたしは頷くと、自分の部屋に戻るために、階段を上がった。  部屋に入ったわたしは、つかさに連絡を取ろうと携帯を開いた。電話にしようかメールにしようか少し迷い、とりあえずメールを送ってみることにした。 「…あれ?」  画面に出たのは送信失敗の文字。何度試しても送信できない。わたしは今度は電話をかけてみることにした。 『おかけになった電話番号は、現在使われておりません…』  無機質な女性の声がした。電波が届かない所にいるとか、電源が入っていないとかなら分かるけど、電話番号が使われてないって、一体どういうこと?  確か昨日はちゃんと電話できたはず。今日の内につかさが電話番号を変えてしまった?…ありえない。今日は一日つかさと一緒だった。  授業中に抜け出してなら可能かも知れないけど、そんなつかさらしくない行動はこなたかみゆきが話題にしそうだ。  駅で別れた後なら…と、わたしはそこで思い直した。わざわざ電話番号を変える必要なんてない。電話をかけられたくないなら、電源を切ってしまえばいいんだ。番号を変えてまでなんて、つかさらしくない。 「…ねえ、かがみ」  背後から聞こえてきた声にドキリとする。振り向いてみると、いのり姉さんが青褪めた顔で立っていた。 「な、なに?ノックもしないで入ってきて…」 「かがみ…つかさの携帯に電話してみた?」  さっきの女性の声が脳裏に蘇る。姉さんも心配になって、つかさに電話をかけてみたんだろう。わたしは姉さんに向かい、黙って頷いた。 「おかしいわよね。電話番号が使われていないって…これ、どういうことなの?」 「わたしにもわからない…わからないよ…」  なにかが起こってる。わたしはそんな気がした。  つかさを除く家族全員が難しい顔をして、居間のテーブルについている。テーブルの上に広げられているのは、それぞれの携帯。誰がかけても結果は同じだった。メールは届かず、電話はそんな番号など無いと言われる。  わたしは念のためこなたとみゆきに電話をかけてみたが、二人ともつかさのことは知らないようだった。わたしの様子からなにかを悟ったのか、二人とも何か協力できることはないかと言ってきたが、わたしはもしつかさが来たら連絡を入れておいて欲しいとだけ伝えた。 「…探しに行ったほうがいいんじゃない?…おかしいよこれ」  いのり姉さんがそう呟く。声音は落ち着いているが、手が少し震えているのが見えた。 「そうね…」  お母さんもそれに同意して頷く。まつり姉さんは、わたしの横でずっと黙ってテーブルに突っ伏して頭を抱えていた。多分、今回のことが一番こたえているのはまつり姉さんだろう。自分のせいでつかさが帰ってこない。そう思ってるに違いない。 「今日はもう遅いから、やめた方がいいと思う。明日探してみて、見つからなかったら、警察に捜索願だすしか…」  そう冷静に言ったのは…わたしだった。なぜだろう。つかさがこんな状況だというのに、わたしはひどく冷静だった。 「か、かがみ…つかさのこと心配じゃないの…?」  傍目にわたしがどう見えてるのか分からないけど、お母さんは少しおびえている風に見えた。 「心配よ。でも、今から探しに行っても見つかる可能性は低いと思うの…探しに出る方が危険だろうし」  そう言ったものの、わたしは言葉ほどつかさの事を心配はしていなかった。つかさを信頼している?いや、そんなもんじゃない。よく分からないけど、何か確信のようなものを感じていた。 「…かがみの言うとおりだな。探しに出るのは明日にしよう」  今まで一言も喋らなかったお父さんが、そう言って立ち上がった。 「お、お父さんまで…」  お母さんも立ち上がり、居間を出ようとしていたお父さんを止めた。お父さんはなぜかわたしの方をチラッと見た。 「大丈夫だよ。これは、心配するほどのことじゃない」  そして、お母さんにそう言って、尾間を出て行った。お母さんも何か言いながら、お父さんについていく。 「お父さん、何か知ってるのかしら…?」  わけが分からないといった風に首をかしげ、いのり姉さんも居間を出て行く。 「…姉さん。わたし達も部屋に戻ろ?」  未だに頭を抱えたままのまつり姉さんに、わたしは声をかけた。しかし、姉さんに動く気配はまったく無い。仕方なくわたしは、まつり姉さんをその場に残して居間を出ようとした。 「…土下座して謝るくらいするからさ…帰ってきてよ…」  後ろから、まつり姉さんの呟きが聞こえた。  その晩。わたしの携帯は何度も着信音を鳴らした。多分、こなたとみゆきからだろうが、わたしは何故か取る気がせず放置した。つかさが見つかったという連絡だとは、一度も思うことはなかった。  次の日。わたしは学校を休み家に待機していた。お父さんとお母さん、それにいのり姉さんがつかさを探しに出かけ、その間につかさが戻ってきたときのためにわたしが家にいてるというわけだ。まつり姉さんも家にいるのだが、へこみきって部屋に閉じこもってしまっている。  今のテーブルに置いた携帯をじっと見ながら、わたしは本当に何もせずに待っていた。この携帯をつかさが鳴らすことは無いだろうし、家につかさが自分で帰ってくることも無いだろう。わたしは何故かそう確信してる。そんな事いやなはずなのに、昨日からおかしい。本当に。 「ただいま」  真後ろで声がして、わたしは驚いて凄い勢いで振り返った。そこには、驚いた顔のお父さんがいた。 「お、お父さん…驚かさないでよ」 「いや、びっくりしたのはこっちだよ。急に振り返るから…何度か声をかけたんだけどね。気づかないようだったからね」  わたしはまだドキドキいってる心臓を落ち着かせようと、胸に手を当てて深呼吸をした。時計を見てみると丁度正午。お父さんはお昼を食べに戻ってきたのだろうか。 「…つかさは?」  わたしが念のためにそう聞くと、お父さんは黙って首を振った。まあ、そうだろう。見つかるはずがない。 「…まただ」 「ん、何がだい?」 「ううん、なんでもない」  またわたしは、つかさが見つからないと確信してる。本当にどうにかして欲しい。 「ところで、まつりはどうしてる?」 「部屋にいるわ。ずっとへこんでるみたい」 「そうか…」  お父さんはあごに手を当て、うつむいて少し考えると、わたしのほうを見た。少し表情が険しい。 「もう、まつりが喧嘩のことを蒸し返すようなことは無いと思うからね…かがみ、そろそろつかさを家に返してあげてもいいんじゃないか?」  お父さんは何を言ってるの。まるで、わたしがつかさをどこかに隠してるみたいな言い方だ。 「…お父さん、それどういうこと?」 「やっぱり、無自覚か…」  そう言って、お父さんはまたあごに手をあててうつむいた。 「かがみがつかさと分かれたのは、駅前だったね?」  そのまま、わたしに質問してくる。 「うん、そうだけど…」  お父さんが何を考えているか分からない。けど、なにか大切なことのような気がする。 「その駅前に、歪みの痕跡があったんだ。多分、つかさはそこからちょっとした歪みにはまったんだろう」 「な、何それ…?」 「歪みにはまったから、つかさからは家も家族も見えなくなって、僕たちからつかさが見えなくなったんだろうね」  言っている意味がさっぱり分からない。お父さんは、こんな変なことを言う人だっただろうか。 「かがみ、よく思い出して。駅前でつかさに何が…いや、何をしたんだい?」  そう聞かれて、わたしは考え込んでしまった。 「何って、何も…ただ、わたしが本屋に寄るって言ったら、つかさが先に帰るって…それで分かれて…」  何もおかしなことなんかないはず。 「…分かれて…あれ?…あの時、つかさは…」  無いはずなのに、何かが引っかかる。その引っかかりに意識を集中させると、強烈な違和感に行き当たった。 「お父さん…おかしいよ…あの時つかさは、道を間違えてた…」  そう、つかさは家に向かう道を間違えた。だからわたしは指摘した。だけど…。 「ほんとに…ほんとにつかさは道を間違えてたの?」  違和感。心底おかしいと思う。あの時は、たしかにつかさが道を間違えてたと思ったのに。 「かがみ。その時、つかさに何か言ったかい?」 「…そっちじゃないって…言った…家はそっちじゃないって…」 「なるほど…それがきっかけだったんだね」 「きっかけ?」 「ああ。そのかがみの言葉がきっかけで、つかさは家までの帰り道を間違ってると歪められたんだ」  わたしは、あの時意識すらしなかったことを思い出し始めた。わたしは、つかさとまつり姉さんを会わせたくなかったんだ。また喧嘩になるんじゃないかって怖かったんだ。だから、そっちじゃないと言ったんだ。つかさはちゃんと家に帰ろうとしてたのに。 「お、お父さん…わたし…どうして…」  寒気がする。これは恐怖だ。わたしがつかさを、歪みとやらにはめてしまったんだ。そして、わたしは無意識にそのことを知っていた。だからつかさが見つからないと思ったし、こなた達の所に行くことも無いと分かっていた。そんな自分自身が、たまらなく怖かった。 「大丈夫だよ、かがみ。それはつかさの事を、大事に思ってたということだからね」 「で、でも…わたし…わたし…」 「よく考えて。つかさは今どこにいる?かがみは何をつかさに伝えたらいい?」  恐怖で混乱しているわたしに、お父さんが優しく問いかけてくる。  その瞬間わたしの頭によぎったのは、小学生の頃の思い出。大きな遊園地で、つかさが迷子になったときの思い出。  あの時も、わたしが何かに見とれて、つかさに注意を払ってなかったから、つかさは迷子になった。わたしは必死になってつかさを探した。そして、遠くにつかさの姿を見かけて…そこまで思い出したところで、わたしは家を飛び出していた。  玄関を出て、左右を見回す。姿は見えないけど、きっとつかさは近くにいる。つかさは、遊園地の時と同じように、ただ迷ってるだけだ。迷わせたのはわたしだ。だからわたしは、あの時と同じように、つかさにちゃんと聴こえるように、大きな声で叫んだ。 「つかさ!こっちよ!」  目の前に、つかさがいた。疲れきったその顔が、わたしと後ろにある家を見て安堵の表情に変わる。 「…お姉ちゃん…そっか…やっと、帰ってこれたんだ…」  つかさがわたしの胸にもたれかかる。わたしはその体を、思わず抱きしめていた。 「ごめん、つかさ…ほんとにごめんなさい…」 「…うん?…どうして、お姉ちゃんあやまってるの?」  つかさの疑問には答えずに、わたしは何度もつかさに謝った。  お父さんが言うには、今回のことは偶然に偶然が重なった結果だそうだ。あの場所に歪みがあり、そこできっかけとなった言葉を口にした。そんな偶然など、ほんとにごく稀なことだという。  だから、気に病まなくていい。お父さんはそう言いたかったのだろうが、わたしのつかさに対する罪悪感は消えなかった。  あの時、つかさにきっかけの言葉を言った時、わたしは確かに歪んだものを見ていた。  無意識とはいえ、わたしは歪むことを知っていたんだ。知っていて、きっかけを作ってしまった。だから、そんなわたし自身をわたしは許せなかった。  翌日。わたしとつかさは登校するなり、昨日の欠席についてこなたとみゆきに詰め寄られた。  そのあまりの剣幕に、メールやらなにやらを全部無視してたことを思い出した。  わたしは二人に謝りながら、この二日間の出来事を話した。最初は適当なことを言おうかと思ったけど、結局ありのままを話すことにした。たぶん、こんな突拍子も無い話は信じてもらえないだろうけど。 「それは、なんとも不思議な話ですね」 「うん、事実は小説より奇なりを地で行ってるね。さすが、神社の娘だよ」  予想に反して、二人ともわたしの話をあっさりと信じていた。 「いや、家が神職だからとかは関係ないと思うぞ…っていうか、二人ともよくこんな話信じられるわね。話してるわたしが言うのもおかしいけど」  わたしが呆れ半分でそう言うと、こなたとみゆきは顔を見合わせて微笑んだ。 「な、なによその反応…」 「いえ、別に…わたしはかがみさんが、そのような嘘をつく人じゃないことを知っていますから」 「そ、そうなの…」  みゆきの言葉が、なんだか照れくさい。 「それに、かがみは嘘つくの下手だしねー。嘘ならすぐ分かるよ」 「…そうかよ」 「なぜ、わたしにはそんな反応なのかな」  こなたは、どういう反応を期待してたんだろうか。 「まあ、そういうわけだから、二人ともごめんね。だいぶ心配させちゃったみたいで…」  わたしがそう言うと、こなたは何故か首をかしげた。 「さっきから何回も謝ってるけど、もしかしてかがみ、全部自分のせいだって思ってない?」  こなたの言葉に、わたしは思わず身体を強張らせてしまった。こいつは、どうしてこうも何の前触れもなく確信をつくのよ。 「…図星?しょうがないなーかがみんは」  黙っているのを肯定と受け取ったのか、こなたはお手上げのジェスチャーをすると、つかさのほうを向いた。 「つかさはどう思ってるの?かがみのこと恨んでる?」  相変わらずのストレート。そんな聞きづらいことを、よくもこうさらっと聞けるものだ。 「…最初、ちょっとだけ」  つかさが言いづらそうに口にした言葉は、けっこう意外なものだった。 「で、でもね、少し考えたらそうなった大元の原因はわたしがまつりお姉ちゃんと喧嘩したことだし、最後にはかがみお姉ちゃんが助けてくれたわけだし…」  慌てて、わたしへの恨みを否定するつかさ。でも、なんでだろう。つかさが少しだけでもわたしを恨んでたって知ると、少し心が楽になった気がする。 「まあ、お互い様ってことだろうね。ちょっとくらいはお互いにやましいところがあったほうが、結構うまくいくもんだよ。たぶん」  なぜか得意そうに言うこなたに、お前はそんなことが言えるほど人間関係豊富なのかとつっこみたくなったが、こいつはこいつなりにわたしたちの事を気遣ってるのだろうと思い、余計なことは言わないことにした。こなたもいつもみたいな余計なことは言ってないし。 178 名前: かがみ小話 投稿日: 2009/10/11(日) 13:18:29 ID:Na3RRnTG 「それにしても、つかささん。お体のほうは大丈夫なのですか?話からすると、丸一日歩き通しだったみたいですが…」 「うん。大丈夫。昨日、家に戻れてから、ご飯食べてしっかり寝たから」  みゆきの質問につかさは気丈に答えるが、本当は少し無理してる。多分、授業中に寝るだろうな。 「でも、ほんとに良かったねつかさ。ちゃんと戻って来れて」  今度はこなたがつかさにそう言った。 「歪み、だったっけ?それのこと分かってる人がいたから良かったけど、いなかったらつかさはずっと向こうに行ったままだったよね」  余計なこと言っちゃったよ。こなたの言葉を理解したつかさの顔が、みるみる青くなる。わたしは結局こうなるのかと、大きくため息をついた。 「みゆき、こなた押さえといて」  わたしはみゆきに指示を出すと、自分の鞄に手を突っ込んだ。 「ちょ、ちょっとみゆきさん?なに?」  みゆきに羽交い絞めにされたこなたが戸惑っている。っていうか、こういう指示に素直に従うみゆきもどうかと思う。 「さてこなた、ここにワンカップもずくがあるんだけど」  わたしは鞄から取り出したものを、こなたの鼻面に突きつけた。こなたはそれをみて露骨に顔をそらす。 「な、なんでそんなモノ持ってるんだよ…」 「今日のお昼に食べようと思ってたのよ…で、これを今からあんたの体のどこかの穴に突っ込むから、口以外から選びなさい」 「なにその地獄の選択肢!?」 「おすすめは目よ」 「それもずくじゃなくても嫌だよ!ってかそこ穴じゃない!」 「ふし穴でしょ?」 「ひどすぎる!」 「お、お姉ちゃん。こなちゃん本気で嫌がってるよ…」  わたしを止めようとしながらも、少し笑っていうつかさ。わたしにもずくを突きつけられて、涙目になってるこなた。困った顔をしながらも、こなたを離そうとしないみゆき。  それらを見てると、なんだか気落ちしてることが馬鹿らしくなってきた。  そして、今頃になってつかさが戻ってきたことを良かったと、心から思えた。  あ、結局もずくは、みゆきに食べ物を粗末にしないように言われたから、こなたの口に突っ込むことになったわ。どうでもいいことだと思うけど。 ― 終 ― **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3)

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