「ID:AkSDf322氏:氷がとけるまで」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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「水を一瞬で凍らせる方法知ってる?」
そんななぞなぞを出されたのはまだ私が小学生のころだった。
答は単純なものだった。
『水』という漢字の左上に点を打つことによって『氷』になる。
必死に方法を考えた私は、答を聞いて拍子抜けし、でもなぜか楽しくなって笑った。
そのときはそれだけだった。
数年後、不意にそのなぞなぞのことを思い出した。
一瞬で凍るのは、水だけじゃないことを知ってしまったからだった。
それは私がパトリシアさんと先生に頼まれた仕事を終え、教室に帰るときのことだった。
偶然通りかかった教室の中から声が聞こえてきた。
「でも、岩崎さんってなんか怖い感じだよね」
「そうだよね。話しかけても返事短いし」
「冷たい感じがするよね」
よくあること、陰口は珍しいことじゃない。
何回も言われてきたことだから慣れてきた、はずだった。
でも、何回言われても、あのときのことを思い出して私は陰鬱な気分になる。
その場で、教室の中に乗り込もうとしたパトリシアさんをなんとか押さえて、自分の教室に帰った。
自分のことじゃないのにまだ起こっているパトリシアさんに聞いてみる。
私って、冷たく見えるのかな……と
「ミナミハ、coldじゃなくてcoolネ!」
パトリシアさんがネイティブのきれいな発音で、でも力強く反論する。
でもそれって具体的にどう違うの?
「全然チガいます!coolはとても意味で使われマス。カッコイイ、冷静!K1、coolにナレ!デス!!」
岩崎さんってクールだよね
前にも言われたことがあった。
そのときは砂糖とミルクのたっぷり入ったコーヒーみたいな無理やり苦みを消した皮肉だったけど……
パトリシアさんの言葉はどこまでもストレートだ
まっすぐ私の心を穿ちヒビを入れる
「Oh!ヒヨリが来ましたヨ!ヒヨリにも聞いてみましょー」
私が止める間もなく田村さんの方へ向かっていくパトリシアさん
あんなまっすぐさを私も持てたらいいのに……
「え?岩崎さんが冷たいと思うかって?」
「Yes!ミナミはとても気にしていマス」
「うーん、私のイメージで言うと…むしろ」
「岩崎さんは、熱い人だよ」
田村さんの言葉は奥のほうからじんわりとしみ込んでくる。
強烈ではないけれどゆっくりゆっくり心に浸透してくる
ひびの入った心の間を探して
「でもそういうことを聞くんなら、もっとうってつけの相手がいるんじゃないかな?」
田村さんが目線で示した先には、今教室に入ってきたゆたかの姿があった。
「みなみちゃんが冷たい?そんなこと思ったこともないよ」
ゆたかの言葉は私を優しく包み込んでくれる暖かさがある。
両手でそっとすくいあげるように私の冷たさを吸い取っていく。
「でも、急にどうしてそんなこと聞くの?何かあったの?」
私は口を開いた。
中学以来、ずっと胸の奥に隠していた苦い思い出を話すために。
中学のころ、私は今よりはもっと活発で積極的に他人と付き合っていた。
クラス内の仕事を精力的にこなし、いろいろな人と交流していた。
今振り返っても、クラスで中心的な人物であったといえると思う。
それを疎ましく思う人がいるということをそのときの私は知らなかった。
たまたまそれを聞いてしまったのは悲劇というべきか、それとも真実を知るための苦い良薬というべきか、いまだに私の結論は出ていない。
とある放課後、忘れ物を取りに教室に入ろうとドアに手をかけた私は聞いてしまった。
「岩崎さんってさ、確かにすごい人だけど私はなんか苦手」
「あー、わかるわかる。なんか無言のプレッシャーみたいなの感じるよね」
「なんかいろいろやってくれるのは助かるけどさ、余計なお世話って思う時もあるしね」
「教師とかにも評判いいしさ、なんか調子のってんじゃない?」
よくある陰口なんだろう。
頭ではそう分かっていても息がつまりそうなくらい苦しかった。
胸の奥に圧迫されたような痛みを感じて気がつくと私は廊下を駆けだしていた。
昔聞いたなぞなぞを思い出した。
水は一つ点を打つだけで一瞬で氷になる。
私の心もたった一つの出来事で一瞬で凍りついた。
それ以来、私は他人と積極的にからまなくなった。
必要に迫られたときだけ口を開く。
そんな態度が私の心の氷をさらに分厚くしていった。
周りの人間は私から離れていき、私は一人になった。
それでも構わない。
初めから一人なら傷つくこともないのだから
そう……思っていた
でも……
「そんなことがあったんだ」
今は、こんな苦い思い出を話せる友達がいる。
それを失うなんて、考えるだけでつらかった。
それでも私の心はあの日から凍りついたまま、まだどこか本心を出すことにおびえている自分がいる。
そしてその氷を溶かす方法がわからない。
「でも、大丈夫だよね?」
何が?
「私たちはみなみちゃんが本当は優しい人だってこと知ってるもん」
ゆたかの言葉に二人がうなづく。
パトリシアさんは、力強く、まっすぐに
田村さんは、見守るように、静かに
ゆたかは、そっと手を添えるように、優しく
私を見ていた。
思わず目に何かがこみあげてきて、あわてて下を向いて隠した。
そっか……
氷を溶かす方法を私は見つけていたんだ。
暖かく私を包んでくれる友達とゆっくり時間をかけて歩いていこう
氷が溶けるまで