ID:wk38ICoo氏:不器用

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不器用  今日は俺とこなたが夕飯の買い物当番だった。 「買い物リストの内容から察するに……」 「みんな大好きチキンカレー♪」  施設から少し離れたスーパーにて食材を買い込んだ後、こなたは店内のベーカリーに向かった。 「おじさん、いつもの」 「ああ、ちゃんとキープしてあるよ」  チョココロネをいくつか袋詰めしていた。皆のおやつかと思ったが、それにしては量が少ない。  だいいち、施設で出されるのは基本的に手作りのお菓子でありこういう菓子パンが出ることはなかった。  みゆきさんの手伝いでつかさが嬉しそうにクッキー作っていたのを思い出す。  コンプレックスから解放され、自分が作った食べ物を安心して皆に出せるようになったんだろう。  というわけで皆のおやつではないとしたら買い食いか? とも思ったが、それには量が多すぎた。 「無理言ってすみません」 「ま、仕方ないさ、人それぞれだしな。焦らず気長にな」 「うん、ありがと」  事情が事情とはいえ、これまでこなたが俺に振ってきた話題はどうしてもマニアックでついていけなかった。  それは帰り道の今も同じだった。  割と無難と思われる話題もあったが、生憎それについて俺はそんなに詳しくなかったため、こっちのノリが悪くて会話は尻すぼみになる。  かといって俺もどういう話を振っていいかわからなかった。  共通の話題がなさ過ぎる。  他の話題や自分のことも話すべきかと思うが、こなたの境遇を考えると嫌味になるんじゃないかと思い、話すに話せない。  みゆきさんは気を使わなくていいと言っていたが、みさおやひよりのような発作を起こしてしまうかも、と考えると地雷に踏み込むリスクを犯すのは怖い。 「……おにーさん、私がオタクだって責めたりしないんだね」 「え? そりゃ人それぞれ趣味の問題だし、それに泉の場合、事情が事情だし」  クラスにいたオタクの話や立ち居振る舞いは不快に思うことも多かったが、連中の問題点とこなたが合致する点はせいぜい話題の偏りぐらいのもので、ソレぐらいで非難するのは狭量だ。  まして、こなたが抱えた事情を考えたら非難はあまりにも酷だ。 「んー、事情知ってればそう割り切れるのかな。おにーさんの場合は一緒に暮らすんだから話しといたほうがいいと思ったけど、ヘビー過ぎてドン引きされちゃうと思って学校の皆には話してないんだよね」 「高良さんが前にそう言ってたな。それに事情知ってても嫌なものは嫌って人もいるだろうし」  俺のクラスに編入されていた障害児の世話は、どんなに説明受けたりノーマライゼーションといった理念を説かれても、色々と無理難題をふっかけられ負担や迷惑を蒙ると嫌だと感じていたものだ。  しかし、施設の皆とのやり取りで振り回され負担を感じなかったわけではないんだが少しも嫌とは感じなかった。  この違いはなんだろうな? 「皆に積極的に話しかけようにも共通の話題なんてすぐネタ尽きちゃうし、皆が話してることって私はまだまだ知らないことだらけだからついていけないんだよね」 「まあ、その境遇じゃ仕方ないだろうな」  俺がこなたの話についていけないように、こなたも非オタク分野の話題は敷居が高過ぎるか。 「でも、聞き役に徹してても何も言わないわけにもいかないし、私がよく知ってることってさっきみたいにオタクなものばかりだからいい顔されないし」  引き出しにストックしている話題が偏ると、言葉のキャッチボールはこうも困難になるんだな。  こなたが振っていた話題は、マニアックさの度合いがかなり上下していた。  今の自分が投げられる球のうち、少しでも俺に受け止めやすいものを模索してたんだろう。  双方の地雷に触れず、共感できて、不幸自慢と取られず、その上でオタク批判の対象にもならない話題。  普通と言いがたい生活になって孤立した人間は、どうやってそんな話題を仕込めるだろう。  そのためには人との楽しい交流という要素が不可欠であり、話題の偏りが壁になるのに。  作り話をするか? でもボロの出ない無難な話なんてそう簡単にアドリブでできるはずがない。  この前のみゆきさんも、無難であるはずのくしゃみという話題ですら兄の他害行動という地雷に触れてしまった。そしてかわし切れず、振った俺への返答は不幸自慢や障害者への差別と取られかねない内容になってしまった。  だいいち、作り話でごまかす付き合いなんて相手に不誠実だろう。  波風立てる覚悟で自分を出すか、不誠実でも無難な振る舞いをするか。  どちらも、そうそううまくやっていけるとは思えない。  こうして、更に孤立してしまった人間が心のよりどころにできるものは何があるだろう。  救いのない孤立のスパイラルだった。 「いざ話をしようとしても難しいもんだな」 「うん」  と頷くなり、こなたは怪しげに細めた目で俺を見つめ、「面白いこと言ってセバスチャン」などとお嬢様口調で呼びかけてきた。 「え? 俺?」 「……なんて言われたって、私にとって面白いことがなかなか思い浮かばないから困るよね」 「いやいや、そんな振り方じゃ誰だって困る」  今のは、こなたなりの冗談なのかな。  そのとき、前方を歩いていたお婆さんがハンカチを落とした。  荷物を俺に託したこなたは信じられない脚力で駆けつけ、拾い上げたハンカチを渡していた。  幼少期を屋根裏部屋に閉じ込められて過ごした彼女があれほど走れるようになるまでに、どれほどの訓練を要しただろう。  それは、ひよりが言っていたように皆と共感できる武勇伝にはなるまい。  陸上部の特訓みたいに楽しく笑いながら話せる生易しいものではない、壮絶なものだったに違いない。  どうしたら泉みたいに早く走れるんだと話を振って、和気藹々としたやりとりになるとも思えない。  また気まずい沈黙が続く。  そこで、さっきのベーカリーでのやり取りについて聞いてみた。  食べ物の話題ならそこそこ楽しい話になるのではないか、そう思ったのだ。 「あー、あれね。私、これ以外はあまり食べられないから」 「……え? アレルギー?」 「ううん、屋根裏部屋に閉じ込められてたとき出されてた食べ物はなぜかチョココロネと牛乳ばかりだったんだ」 「なっ!?」  妙な理論に基づく怪しげなダイエットでもしてるのか? と思ったが浅はかだった。  みゆきさんのくしゃみのように、無難と思われる分野に地雷、それもN2兵器レベルのとんでもない地雷が埋まっていた。 「物心つく前からずっとそればかりだったせいか、それ以外のものはどうしても食べ物って感じがしなかった。だから無理して食べるとね……」  言葉を濁した。おそらく精神的に受け付けられず戻してしまったりするのだろう。  こなたの小柄な体格は、その偏った食生活のせいかもしれない。 「あれ? 縁日のとき買い食いとかしなかったのか?」 「ううん、少しは食べてた。訓練でなんとか食べれられるようにはなったからね」 「訓練って……!」  色々なものを食べるという当たり前のことにも訓練を要する。その状況自体が俺には脅威だった。  言葉を濁した時点で話題を変えるべきだったと後悔したが、こなたは誇らしげにしていた。  少なくとも、もうこの分野に踏み込まないでくれといった拒絶のサインは見受けられない。  形がなんであれ、立ちはだかった壁を乗り越えた体験は自信に繋がるんだろうな。  だが、言葉のトーンは落ちる。 「だけどまだ抵抗が残っててね、疲れてるときは皆と一緒に食べるのお休みしてこれにしてるんだ」  寂しげな笑みを浮かべ、ベーカリーの袋を掲げる。  言われてみれば、俺が入所してまだ日が浅いとはいえ、こなたが食卓でどうしていたか全然記憶になかった。  同席していなかったのか、口にすることで手一杯だったため何かアクションを起こす余裕がなかったのか。 「無理して乗り越えなくても普通にみんなとそれ食べてればいいんじゃないか? アレルギーとかで制限ある人だっていくらでもいるんだし、ベーカリーのおっさんだって人それぞれって言ってたし。栄養は……サプリメントとかでさ」 「そうもいかないよ、付き合いってものがあるからね。皆が普通の献立で食べてる中、私だけいつまでもチョココロネじゃ空気悪くなるし。頑張らなきゃ、リハビリリハビリ」 「付き合い、か」  俺が保護された縁日の光景を思い出す。  こなたは施設以外の子も交えたグループに入り、和気藹々としたやり取りをしていた。  確かにそういう努力をしなければ、みゆきさんの言うとおり皆に気を使わせるのが蓄積し、付き合いはぎくしゃくしたものになったかもしれない。  こなただけじゃなく皆も互いに歩み寄るべきだと思うが、『普通』とこなたは違いがありすぎた。歩み寄る皆の負担を考えると、こうするほかないのだろう。  あの時、軽々しく羨み、自分の境遇を呪ったことを恥じた。  何の悩みもなさそうなあの笑顔の裏で、俺には想像も及ばない壮絶な努力があったんだな。 「それに、頑張ってご飯作ってくれてるみゆきさんに悪いよ」 「高良さんはわかってるんだよな?」 「うん。でも、調子よかったら皆と一緒に食べれられるようにって私の分もちゃんと毎食作ってくれてるんだ。だけど食べられなくて……いきなりは変われないよ」  かすかにしゃくりあげた。 「……ごめん」  また地雷踏んじまった。 「あ……! 大丈夫大丈夫、話したら楽になった。今のはみゆきさんには内緒ね、作ってくれるのはすごく嬉しいし少しづつだけど食べれられるようになってるから。それに、付き合いとは言ったけど仕方なくってわけじゃない。皆とお喋りしたいし一緒にご飯食べたい、これは本当だから」  慌ててまくし立てる。その様が微笑ましかった。  俺が世話させられた障害児との違いを理解した。  自分がやりたいことのために皆を振り回すのではなく、皆に合わせるために頑張っている。  だからこそ、俺も何かしてやりたいって思えたんだな。 「泉は強いな」 「そうかな? 屋根裏部屋の外は知らないことばかりで怖かったけど、面白そうなものもたくさんある。だから頑張れてるんだ」 「……」  しっかりと前を見据え力強く言うその姿に、不覚にも俺は見惚れていた。  俺も、こなたと話したいし一緒に食事したい。いろいろなことを経験していきたい。  だが、これを言葉にするには少々勇気が要った。  今とりあえずできることとして、買い物袋を片手に持ち替え、空けた手でこなたの肩をポンと叩いてやる。  気持ち、伝わるかな。 「あはは……焼きたての香りがたまんないね、ちょっとつまみ食いしちゃおっか」  それまでの重い空気を吹き飛ばすように陽気に言い、ふたつ取り出したコロネの一つを差し出してきた。 「お、いいのか?」 「いいっていいって。ところで」 「うん?」 「太いほうと細いほうどっちがチョココロネの頭?」  他愛もない問答にシフトし、時折はみ出したチョコに悪戦苦闘し、その様を笑いあいながら家路を歩む。  そのうちこなたは、食事作ってくれてるみゆきさんの話題をきっかけに数年前の年末に起きた騒動を話しだした。  正月なんだから特別な食事にしたいが、当時のこなたは訓練が始まったばかりで特に餅や和食に抵抗が強く残っており、正月らしいものは一切食べられなかった。  そんな中でも特別さを出そうと園長をはじめとする職員さんは一生懸命だった。  萎縮するこなたをなだめすかして皆の希望とすりあわせた結果、当時のこなたがどうにか食べられるようになっていたピザやパスタを皆で作り、それに合わせローストチキンをお節の代わりにするという線に落ち着いたという。  その後どうにか食べられる物は増えていったが、普通の正月料理と平行してピザやパスタやローストチキンを作るのが正月の定番になったとのこと。  寄付されたパスタマシンを使ってみたが、しばらく使っていなかったため錆付いていて生地が真っ黒になったといった失敗談をこなたは笑いながら語る。  経緯は壮絶なものだったが、その光景は相当ににぎやかなものだったに違いない。  勇気を出して、さっきハンカチ拾ったときの脚力の秘訣を聞いてみた。 「こういうのはイメージが大事なのだよイメージが」  顎に手を当て得意げに語り出す。  お節の話を楽しく話せたのだから、という読みは正解だった。  何でも、はじめは俺の予想通り満足に走るどころか長距離歩くこともできなかったし、そうする必要性すらわからなかったという。  職員さんは、そんなこなたが知るメディア越しの知識を切り口に様々なアプローチを試みて、外の世界に出て走る楽しみを引き出そうと四苦八苦していたそうだ。  それは、保護されたみゆきさんを強迫観念から開放し世話以外のことを教えるように大変なものだったろう。  そして、どうにか100メートルを休むことなく完走できたときのことをこなたはついさっきのことのように熱く語る。  残念ながら、職員さんの『連打! 連打!』『コイン! コイン!』『定規! 定規!』といったエールの意味は分からなかったが、走れるようになった達成感、未知の領域に踏み入れた興奮はありありと伝わってきた。  そのときのこなたはどれだけいい笑顔を浮かべていただろう。  どうにか接点のある楽しい話題を見つけ出し、それを語らいながら齧っていたコロネの最後の一片を飲み込んだ。  同じものを食べながら雑談し、美味さや楽しさを共有する。  ありきたりな買い食いの光景なのだろうけど、人によってはそれすらもとてつもない奇跡と努力の上に成り立っていることを実感した。  パスタのときも、100メートル走のときも、そこに居合わせられなかったのがなんだか悔しかった。  俺もこなたも、他の皆も、これからも色々な面白いものに触れて、共有して、話題に困らないようになればいいのにな。  そんなことを考えながら、施設の門をくぐった。 ??「……これまた、凄い」 みのる「やっぱサイコスリラーっすね」 ??「というかドキュメンタリーというか。でも使わないってのも惜しいな……」 みのる「ですねー」 ??「それにしてもオタクか、スタッフと打ち上げでカラオケ行ったとき、面子の一人が重度のオタクでアニメや特撮のマニアックな歌ばかり歌ってたっけ。頑なに歌わないのも空気悪くなるからやむをえずああしてたのかな」 こなた「あー、あるある。私も屋根裏で見てたビデオでそういうのばかり憶えてるからカラオケ行くとそうなります」 ??「そ、そうか。彼は、次に参加したときはどうにか今時の歌を練習してきたけど、たちまち持ち歌は尽きて気まずそうにしてたっけ」 こなた「そうそう、私もです。少しはそういうのも練習してるんですけど、キリないからもう開き直って他の皆がわからないのお構いなしでガンガン歌っちゃいます」 ??「そ、そうなんだ。えっと……食べられない問題はまだ続いてる?」 こなた「あ……はい。組み合わせ次第で何とかなる場合もあるんですけど、シチューと味噌汁といった具合にかなり変な献立になっちゃって」 ??「そう、まあ、食事の場面はカット割とか繋ぎの工夫で何とかなるか」 こなた「あ、どうせならチョココロネが大好物って設定にしてしまったらどーです?」 ??「……いいの? こなたちゃん」 こなた「はい、そこらへん割り切ってますから。それに好物でキャラの個性付けしたり食べ物がらみのネタで話膨らますのはよくある手法でしょ」 ??「……」 みのる「あ、なんか??さん落ち込んでる」

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