ID:Mxn4OPo0氏:伝えたいこと

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 一面の白い世界。そこに立つ一人の女性。  背は高く、髪も長い。そして、どうしてもその大きな胸に目が行ってしまう。  顔はよく見えないが、きっと美人だろう。  話しかけようにも、声が出ない。近づこうにも、体が動かない。  女性は何かを探すように辺りを見渡すが、やがて諦めたように溜息をつき、どこかへと歩き去っていく。  そして、辺りの景色が歪み、白い世界は消えていった。 「…またか」  そうじろうは上半身を起こし、頭をかいた。  ここ一週間ほど同じ夢を見る。  同じ場面に、同じ人物。相手の行動まで同じだ。 「たまってんのかな…俺」  毎夜女性の出てくる夢を見る自分に、そうじろうはそんな事を思った。 「…またあの夢?」  朝食の席で、そうじろうの顔色が優れないのを見たこなたが、そう聞いた。 「ああ、まったくこう毎晩だとこたえるよ…真夜中に目が覚めるしな」 「やっぱり、知らない女の人?」 「顔は良く見えないから、はっきりとはいえないけど…知らない人だと思う」 「ふむ…」  こなたは顎に手を当てしばらく考えた後、何か閃いたように人差し指を立てた。 「わたしは気にしないからさ、ゆーちゃんのいない時にでも抜いといた方がいいんじゃない?」 「…女の子がそんなこと言っちゃいけません」  ニヤつくこなたと、眉間にしわを寄せるそうじろう。ゆたかはハテナマークを頭の上に浮かべながら、その二人を交互に見ていた。 - 伝えたいこと - 「…ってなわけでね、ここんところ毎晩同じ夢見るんだってお父さんがね」  お昼休み。いつものようにかがみ達と昼飯を食べていたこなたは、父の夢のことを友人達に相談してみることにした。 「それで、みゆきさんが夢占いがどうこうって前言ってたからさ、なんの意味があるのかなって」  そう言いながら、こなたはみゆきの方を見た。みゆきは難しい顔をしながら、顎に指を当てている。 「そうですね…状況が曖昧過ぎて、これはというのが思いつきませんが…女性の方が出てくると言うのは、やはり…その…」  言い難そうにうつむくみゆき。それを見たかがみが、呆れたように溜息をついた。 「欲求不満…ってとこかしらね」  横からのかがみの言葉に、うつむいたみゆきの顔が赤く染まった。 「んー…どうだろうねー…わたしも最初はそう思ったけど、よく考えたらそれはなんか違うようなような気がするんだよね」 「そりゃどうして」 「お父さんが欲求不満だと、ロリっ娘が最初に出てくると思うんだよね」  こなたの言葉に、かがみが呆れたように溜息をついた。 「そういやそうなんだけど…でも、あのおじさんロリってだけじゃないじゃない。スタイルのいい女性が嫌いってわけじゃないんでしょ?出てくる可能性はあるんじゃない?」 「それもそうなんだけど、毎晩だからねー…それほどまでに印象深く残るってのは、やっぱロリじゃないかと…あのお父さんだし」 「…うーむ…さすがに娘の言う事は一理あるわね…」  そんなこたなとかがみの会話を聞いていたつかさは、冷や汗を一筋垂らしていた。 「なんだか、聞いてると凄い会話だね…」 「そうですね…とても自分や人の父親のことを話してるとは思えませんね…」 「うん、どっちかっていうと犯ざむふ…」 「つかささん…さすがにその先はだめです…」  つかさの口を押さえたみゆきは、こなた達の方を見た。幸い二人は会話に夢中なようで、こちらには全く意識を向けていない。それを確認しみゆきは安堵のため息をつき、苦しそうに自分の腕を叩いているつかさに気がつき、慌ててその手をつかさの口から離した。  そして、その日は結局何の結論も出ることはなかった。  その日の夜。こなたは白い世界にいた。  父から聞かされていたのと同じ風景。そして、同じ特徴の女性。  しかし、父から聞かされていたのとは違うことがあった。声こそ出ないものの、体は動くのだ。  こなたはその女性に近づいてみた。しかし、近づいてみても女性の顔がはっきりと認識できない。そして、さわることも出来ないし、女性がこちらに気がつくこともなかった。  こなたは何とか女性に気付かれようと色々試してみたが、結局女性は溜息をついて歩き去ってしまった。 「うそーん…」  目を覚ましたこなたは、上半身だけを起こして頭を抱えた。  次の日のお昼休み。朝からどことなく元気のないこなたに、かがみ達三人は心配そうな視線を向けていた。 「こなた、どうしたの?なんかあった?」  たまりかねたかがみが、こなたにそう聞くと、こなたは軽く頷いた。 「…わたしも、お父さんと同じ夢見ちゃった」  そして、ポツリとそう呟いた。 「…え?マジで?」  かがみ達三人が同時に固まる。 「え、えっと…内容はまったく同じものなのでしょうか…?」  みゆきが恐る恐るそう聞くと、こなたは再び頷いた。 「うん、ほとんど一緒だったよ…女の人も出てきてた」 「え、じゃあ、こなちゃんも欲求不満だったの?」  今度はつかさ以外の三人が固まった。  そして、その沈黙の中で、かがみは無言でつかさの額をピシャリと叩いた。 「痛っ!?…何するの、おねえちゃ-ん…」  半泣きで抗議するつかさを無視して、かがみはこなたの方に向き直った。 「なんつーか、あれじゃない?その話ばかりしてたからじゃないの?こなたって、なんだかんだでおじさんの影響受けやすいんだし」 「う、うーん…そっかなー…」  納得がいかないかのように、腕を組んで考え込むこなた。 「ま、その仲の良さだけは羨ましいけどね」  そう言いながら、話は終わったとばかりに、かがみは弁当の続きを食べだした。 「あの、泉さん…」  今度は、それまで何か考え込んでいたみゆきが、こなたに声をかけた。 「ん、なに?」 「先ほど『ほとんど一緒』だと仰ってましたが、なにか変わった点があったのでしょうか?」 「んーと…お父さんのは夢の中で動けなかったらしいんだけど、わたしは体を動かせたんだよね」 「それで、何か分かったことはありましたか?」 「うんにゃ、全然。顔が見えないし声もかけれないからさっぱりだったよ」 「そうですか…」 「そんなの当たり前じゃない」  弁当を食べていたかがみが、二人の会話に口を挟んできた。 「当たり前って?」 「何から何まで同じほうが、不気味ってことよ」 「うーん、それもそっか…」  こなたもそれ以上話すこともなく、その日の夢の話はそこで終わった。  更に翌日。困惑した表情で遅刻寸前に登校してきたこなたを見て、かがみ達は顔を見合わせた。 「ど、どうしたの、こなた?」  かがみが声をかけると、こなたはなんとも言えない複雑な表情をした。 「えっと…また昼休みにでも詳しく話すけど…ゆーちゃんも同じ夢を見たって…」 「マジで…?」  昼休み。集まった四人は、さっそく夢についての話を始めた。 「まあ、詳しく話すといっても、ゆーちゃんも同じ夢を見たとしか…あと、わたしもまた見たよ。一回見ると連続して見るようになっちゃうのかな」 「あの、小早川さんの夢も、何か変わった点があったのでしょうか?」  昨日と同じように、考え込んでいたみゆきがこなたのそう聞いた。 「うん。わたしみたいに動けるって事は無かったらしいんだけど…景色が見えたって」 「景色…ですか?」 「なんか、お花畑みたいな場所だったってさ」  カシャンと音がした。こなたとみゆきが音のしたほうを見ると、かがみが弁当箱に落とした箸を拾い上げていた。 「どったの、かがみ?」 「て、手がすべっただけよ…」 「ふーん」  こなたはかがみの手が少し震えているのが気になったが、それ以上何も言わずみゆきの方に向き直った。 「泉さん。その…一つ思ったことがあるのですが」  こなたが自分の方を向いたのを確認したみゆきが、話を続ける。 「なに?」 「一つの家に住んでいる人間全員が同じ夢を見ている。こう言うのは、その…躊躇われるのですが…霊障の類の可能性も」 「あるわけないでしょっ!!」 「ふわっ!?」  みゆきの言葉を遮り大声を出したかがみに驚き、今度はつかさが箸を取り落とした。 「どうしたの、お姉ちゃん?…びっくりしたよー」 「み、みゆきが変な事言うからよ。霊だのなんだの、あるわけないじゃない」 「ですが、こうも不可解だとそう言う可能性も…」 「ないわよ。もっと合理的な理由を考えてよ」  頑固に意見を通そうとするかがみに、みゆきは困った顔をした。 「…ねえ、その夢ってわたし達でも見れるかな?」  拾い上げた箸を両手で弄びながら、つかさがそう言った。 「どういうこと?」  こなたがそう聞くと、つかさは箸を置いて両方の手のひらを合わせた。 「わたし達でも、こなちゃんちで寝たらその夢見れるかなって」 「それは…どうだろう?」 「その夢、なにかきっと意味があるんだよ。ゆきちゃんの言う通りだとしたら、こなちゃんに近い人があの家に住んでる人になにか伝えたいとか」 「わたしに近い人ねえ…お母さんくらいしか思いつかないけど、お母さんはわたしと体型変わらないじゃない。あの女の人がお母さんとは、思えないんだよね。お父さんもそう思ってないみたいだし」 「そうだね…ねえ、やっぱりみんなでこなちゃんちに泊まってみようよ。こなちゃんとゆたかちゃんで微妙に違う夢を見てるならさ、もっと多くの人が見ればいろんな事が分かるんじゃないかな」 「あ、なるほど」  意外に納得のできるつかさの意見に、こなたは手を叩いた。 「それじゃ、みんなの予定が空いてたらさ、今度の土日にでも…」 「いい加減にして!」  こなたの言葉を遮り、かがみが大声を上げながら机を叩いた。 「さっきから聞いてたらなによ!霊だのなんだのあるわけないって言ってるでしょ!?そんな無駄なことに時間費やすなら、少しは勉強でもしなさいよ!受験生なんだから!」 「う、うぅ…そんな怒らなくても…」  あまりにも凄いかがみの迫力に、こなたもつかさも冷や汗を垂らして縮こまった。その中で、みゆきだけが冷静にかがみを見て首を傾げた。 「かがさん…もしかして、怖いのですか?」  そして、ポツリと漏らしたその一言に、かがみが固まった。 「な…何言ってるのよ、みゆき…そんなわけないじゃない」  先ほどの迫力が嘘のように、急に目が泳ぎだすかがみ。みゆきは、やはり冷静にかがみの腕を指差した。 「でも、かがみさん震えてますよ?」 「こ、これは…その…ちがうの!とにかくちがうのよ!」  そう言いながら、自分の手を隠すように抱きかかえるかがみ。それを見たこなたがニンマリと笑みを浮かべる。 「うし。じゃ、今度の土日にわたしの家で、泊まりで勉強会でもしようか。みんなで」 「ちょ、ちょっとこなた。だからそんな無駄なことに時間…って、勉強会!?」 「うん、これならかがみも納得」  得意気にブイサインをするこなた。 「や、でも…そんなわざわざ泊まりで…て言うか、その日用事が…いや、そもそもみゆきとつかさだけで十分じゃ…」 「やっぱり怖いんだ…やれやれ、かがみんは肝心なところでへなちょこですなー」  色々言い訳を始めたかがみに、こなたは大袈裟にお手上げのジェスチャーをして見せた。 「う…うううぅー…わ、わかったわよ!行けばいいんでしょ、わたしも!行くわよ!行ってあげるわよ!」  半ばやけくそのようにそう言うと、いつの間にか食べ終えた弁当箱を持って、かがみは足を踏み鳴らしながら教室を出て行った。 「…指摘しておいてなんですが、意外ですね。かがみさんは、こういうのは平気な方だと思ってました」  かがみを見送った後、みゆきがそう呟いた。それを聞いたつかさが頷く。 「うん。ホラー映画とか全然平気なのにね」 「わたしとしては、あれだけホラー物が苦手なつかさが平気なのが意外だけど」  こなたがそう言うと、つかさは顎に手を当てしばらく考え、困ったように頭をかいた。 「なんて言うんだろ…その女の人が怖い人って決まってないから、怖がっていい話かどうかまだ分からないから…かな?ホラー映画とかは最初から怖いの分かってるし…」 「なるほど。じゃ、かがみはその逆か」 「え?どういうこと?」 「かがみは、分からないから怖いんじゃないかなってこと。つかさも言ったけど、ホラー映画なんかは最初から怖いの分かりきってるし、作り物だって分かってるしね。今回のことは良く分からない、得体の知れないものだから、かがみは怖いんじゃないかな」 「うーん…そういうものなのかな…」  納得がいかないように首を捻るつかさ。それを見たこなたは、腕を組んで椅子にもたれかかった。 「ま、何が怖いかなんて人それぞれだよね」  そして、そう言ったあとこなたは、ふと思い出したようにみゆきの方を見た。 「みゆきさんは、こういうの平気なんだね」 「わたしですか?…少々怖いとは思っていますが、それ以上に何が起きているのか、知りたいと思う気持ちの方が大きいですね」 「そっか。みゆきさんの知的好奇心は凄いねー」 「泉さんはどうなのですか?」  みゆきに聞き返されたこなたは、なんともいえない複雑な顔をした。 「なんていうか…わかんないんだよね。少なくとも怖くはないんだけど、なんか胸の辺りがモヤモヤするって言うか、なんていうか…」  そう言ってこなたは俯いてしまった。それを見たみゆきは、声をかけるのが躊躇われ、黙って自分の弁当箱を片付け始めた。  土曜日。勉強会という名目で集まってきたかがみ達三人を、こなたは玄関で出迎えた。 「いらしゃーい…って…かがみ、なにそれ?」  こなたは、かがみの持っている鞄を指差した。そこにはこれでもかというくらい多くの、色とりどりのお守りが付いていた。 「なにって…見ての通り、お守りよ。念の為、色々そろえたのよ」 「…いや…もう念のためってレベルじゃない気が…」  視認できるだけでも、厄除けやら交通安全やら、家内安全やら学業成就やら、果ては安産まで括りつけられていた。  なにか痛い人を見るようなこなたの視線に、かがみの中の何かがキレた。 「そうよ!怖いのよ!これくらい持ってなきゃやってられないのよ!………文句ある?」 「…いえ…ありません…すいません…」  やけくそ気味に叫ぶかがみに、こなたはつい謝ってしまった。かがみはそのまま、勝手知ったるなんとやらとばかりに、ずかずかとこなたの家に入って行った。 「…厄除けだけでいいって、言ったんだけど…あはは」  つかさがそう言いながら、困ったように頬をかいた。 「鷹宮神社特製の、やけくそ守りをホントに見る日が来るとは思わなかったよ…」 「でも、あれだけあれば、本当になにが起きても大丈夫そうですよね」  こなたとみゆきは、顔を見合わせて苦笑した。 「…う…うぅ…」 「…か、かがみ…ちょっと休憩しようよ…」  こなたの部屋に、つかさとこなたのうめき声が響いていた。 「しない。続けるわよ」  その前では、かがみが腕を組んで仁王立ちをしていた。 「勉強会って名目で集まった以上は、キリキリやるわよ」 「くぞー…かがみに餌を与えてしまったか…」 「なんだ餌って…ま、今日はみゆきもいるし、はかどる…って、みゆきは?」  さっきまでつかさの隣にいたみゆきの姿が見えず、かがみは部屋の中を見渡した。 「みゆきさんなら、あそこに」  そう言って、こなたが指差したほうをかがみが見ると、部屋の隅の方でDSに興じているみゆきの姿が見えた。 「こーら、みゆき。なにやっとるか」  かがみはその背後から近づき、みゆきのDSを取り上げた。 「ふぇっ?…あ、かがみさん…え、えっと…これはですね…つい熱中してしまって…」 「熱中する前にやり始めるな、勉強会の最中に」 「で、ですよね…うぅ…新記録でしたのに…」 「みゆきさん…わたしのデータでこれ以上記録更新するのやめて…」  そんなみゆきを見ながら、こなたは冷や汗を垂らしていた。 「こなたお姉ちゃーん。晩御飯できたってー」  ノックの音と共に、ゆたかの声が聞こえてきた。 「ふえーい…って、もうそんな時間なんだ」  答えながら時計を見たこなたは、深く溜息をついた。 「なんか凄く無駄な時間を過ごした気が…」 「うん…あっという間だったよね…」 「無駄って言うな。勉強しただろ。つかさも同意するな」 「…新記録…」 「みゆきもいい加減あきらめれ…ま、今日はこの辺にしときましょうか」  かがみはそう言いながら、テーブルの上を片付け始めた。 「今日はって、なんか明日も勉強するみたいな言い方だね」 「当たり前よ。やるに決まってるじゃない」 「…明日が無事に来ればいいけどねー」  こなたの言葉に、かがみが固まる。 「な、なんのことよ…」 「今晩のメインイベント」 「…忘れようとしてたのに…」  泣きそうな顔でお守りを握り締めるかがみの肩を、こなたは笑顔で叩いた。 「ま、美味しい御飯でも食べれば気持ちも落ちつくって。かがみんなんだし」 「あんた、人をなんだと…」 「そう言えば、今日はこなちゃんずっと勉強してたけど、御飯はゆたかちゃんが作ったの?」 「うんにゃ。今日はお父さん」 「え…」 「ホントに…?」  こなたの答えに、微妙な表情で絶句するかがみとつかさ。それとは逆にみゆきは笑顔だった。 「わたしの家はお父さんが家事をしませんから、男の人が作るお料理って食べたことないんです。少し、楽しみですね」 「いや…そもそも食べられるものが出てくるかどうか…」 「お、お姉ちゃん…それは流石に失礼だよ…」 「『ホントに?』とか言ってる時点で、つかさもかなり失礼なんだけどね…ま、食べてみれば分かるよ」 「微妙に不安を残す言い方をしないでよ…」  食事を終えた後、四人はこなたの部屋に戻ってきた。  先頭で部屋に入ったかがみは、そのまま床に両手と膝をついて項垂れた。 「あれ?口に合わなかった?」  そのかがみにこなたがそう声をかけると、かがみはゆっくりと首を横に振った。 「…美味しかった…美味しかったんだけど…なに、この敗北感は…」  そのまま、床に倒れ伏したかがみを見ながら、こなたは困った様に頬をかいた。 「まあ、気持ちは分かるんだけどね…」 「でも、ホントに美味しかったよ…えーっと、こう言うと怒るかもしれないけど、こなちゃんが作ったのより美味しかった気が…」 「まー、そりゃお父さんはわたしの家事の師匠なんだし」 「そっかー…」  こなたとつかさが会話をしていると、かがみがユラリと立ち上がった。そして、つかさの方を向く。 「さ、つかさ。御飯も食べたことだし、帰りましょうか」 「…え?」 「まちなされ、かがみさんや」  こなたが、思わずかがみの腕を掴んだ。 「これからが本番であろう。柊かがみともあろう者が、逃げると申すか」  変に時代がかった口調で詰め寄るこなたに、かがみは力なく首を振った。 「…お願い見逃して…」 「ならぬ!今宵こそかの夢の真実を…ってか、かがみヘナチョコ過ぎ。もはやだめみんの領域だよ。このヘナチョコだめみんめ」 「そんな事言ったって、怖いものは怖いのよー…ってか、それ『み』しか合ってない」 「…突っ込む気力はあるんだ…っつーかこれでキレないとはね。しょうがないなー」  こなたは溜息をつきながら、かがみの間接をしっかりと極め、身動きをとれなくした。 「わたしがかがみ抑えとくから、つかさとみゆきさんお風呂入ってきなよ」 「はーい」 「わかりました」 「はーなーしーてー…鬼ー悪魔ー…ってかつかさー…あんたまでわたしを裏切るのー?」  こなたの下でもがきながらそう言うかがみに、つかさはゴメンとばかりに手を顔の前で合わせて見せた。  しばらくして戻ってきたつかさ達を見て、こなたは首をかしげた。 「つかさ、元気ないね。なんかあった?」 「なにかあったわけじゃないんだけど…」  つかさは隣に立っているみゆきをチラッと見た。 「…ゆきちゃんの見ると、少し自信なくなっちゃうなって…」  そして、今度は自分の胸の辺りを見て、溜息をついた。 「あー…まあ、みゆきさんじゃしょうがない。ってか、つかさでもそういうこと気にするんだ」 「こなちゃんのだったら、自信出るのに」 「…つかさ…それは喧嘩を売ってると判断してよろしいか?」 「そ、そんなことないよ…」  こなたに睨まれ、つかさは思わずみゆきの後ろに隠れてしまった。みゆきは何のことか分からず、こなたとつかさを交互に見ながら、頭の上にハテナマークを出していた。 「ま、いいや。それじゃわたしは、かがみをお風呂にぶち込んでくるから、布団ひいといて」  器用にかがみの腕を極めたまま部屋を出て行くこなたを、つかさとみゆきは手を振って送り出した。  相変わらずの白い世界にこなたはいた。  前と同じように、体は動く。例の女性も前に立っている。  しかし、今回はその女性がこちらに近づいてきた。そして、こなたの頭の上辺りを両手でさわり始めた。女性の手がすり抜けるので、こなた自身はさわられているという感覚はなかったが。  こなたが身体を避けてみても、女性は変わらず同じ場所をさわっている。こなたより背の高い誰かの顔をさわっている。こなたにはそんな風に見えた。  突如女性がビクリと体を震わせ、三歩ほど後ずさった。そしてなにやらうろたえた様な素振りを見せると、後ろを向いて全力で逃げ出した。  唖然とするこなたの周囲で、白い世界が歪み始めた。 「…なんだろ…いまの…」  頭をかきながらこなたが上半身を起こした。時計を見ると、丁度0時。部屋の中を見ると、同時に目が覚めたらしい、かがみ達三人も体を起こしていた。 「びぇぇぇぇぇぇん!!づがざー!ごわがっだよー!」  そして、かがみが泣きながらつかさに抱きついていた。 「…なにがあったんだよ、かがみん…えーっと、みゆきさんどうだった?女の人に夢見れた?」  二人から話を聞くのは、しばらく無理だろうと判断したこなたは、みゆきの方を向いてそう聞いた。みゆきは顎に指を当てて、何かを考えるようなしぐさのまま、黙ってうなずいた。 「泉さん。泉さんのお母さんが写っている写真か何かがあれば、見せていただけますか?」 「え?うん、いいけど…えっと、あれはっと…」  みゆきに言われ、こなたは本棚からアルバムを取り出した。そして、母親であるかなたの写真のあるページを開いてみゆきに差し出した。 「ほい。この写真だよ」 「ありがとうございます。では、失礼して…」  みゆきはかなたの写真をじっと見つめると、納得がいったとばかりに二度ほどうなずいた。 「間違いありません。わたしが見たのはこの人です」 「え…じゃあ、みゆきさんはあの女の人の顔が見えたんだ」 「はい、はっきりと見ることができました。こちらに近づいてこられましたので、じっくりと見ることができたのですが、泉さんに似ておられましたのでもしやと思い…でも、この写真より少し大人びてましたね」 「いや、みゆきさん。その写真のお母さんも、年齢的には大人なんだけどね」 「そ、そうでしたか…失礼しました…」  恐縮するみゆきにこなたは苦笑を返すと、今度はつかさのほうを見た。かがみは落ち着いてきたのか、肩が少し震えているものの泣き声はやんでいた。 「つかさはどう?」 「わたしは…女の人の声が聞こえたよ」 「ホント?なんて言ってた?」 「えーっとね…近づいてきてね、わたしの顔の辺りを撫でながらね『あ、あれ?そう君じゃない?…おっかしいなー…っていうか、この子誰だろ?こなた…じゃないわよね』って言ってね。その後急に『ひわっ!?』って驚いて『ご、ごめんなさーい!』って誤りながら逃げちゃった」 「ふむ…撫でられたって、さわれたの?」 「ううん。ふれてるって感覚は無かったよ」 「そっか…まあでも、これではっきりしたね」 「なにがですか?」 「あの女の人が、わたしのお母さんだってこと」  こなたの言葉に、つかさとみゆきは顔を見合わせた。 「やっぱり、顔が一緒だったから?」  つかさにそう聞かれたこなたは、腕を組んで難しい顔をした。 「それもあるし、お母さんがお父さんを呼ぶときは『そう君』だったらしいからね」 「そっかー」 「…にしても、なんであんなナイスバディになってたのやら…それに、なんで逃げちゃったのかな…」 「…ぐすっ…逃げたの、たぶんわたしのせい…」  こなたの呟きに、泣いていたかがみが鼻をすすりながら答えた。 「かがみ、だいじょぶ?」  腕を解いたこなたがそう聞くと、かがみは弱弱しくうなずいて、つかさから体を離した。 「…女の人…えっと、こなたのお母さん。名前かなたさんだっけ?…がね、黙ったままわたしの顔をぺたぺた触ってきて…逃げようとしても動けないし、すごく怖くて『やめてっ!』って大声だしちゃったの…」 「そっかー。かなたさん、お姉ちゃんの顔を触ってたんだ」  つかさの言葉に、こなたとみゆきがうなずく。 「どおりで、わたしの頭あたりを触ってたわけだ」 「わたしは首の辺りでしたから、絞められるかと思いましたね」 「…いや、それは怖がろうよみゆきさん…かがみ以上に」  物騒なことをにこやかに言うみゆきに、こなたは冷や汗をたらした。 「そういや、かがみ。触られたって感覚あったの?」  そして、かがみの方を向いてそう聞いた。 「う、うん…普通に人の手に触られてる感じだった…」 「それじゃ、かがみは触れるのと声を出せるのと二つあったんだ。さすがと言うかなんと言うか…」 「それに、わたし達の夢と違って、かなたさんはかがみさんを認識していたみたいですね」 「あ、そっか。それもか」  こなたは再び腕を組んで考え込み始めた。 「しっかし。みんな何かしら夢の中であるのに、なんでお父さんだけ何も無いんだろう…お母さんはお父さんに会いに来てるっぽいのに…」  しばらく考えた後、こなたは何か思いついたように顔を上げた。 「もしかしたら…みんな。自分の布団運んでよ」 「え?どこに?」  つかさがそう聞くと、こなたはニンマリと笑みを浮かべた。 「お父さんの部屋」 「…なあ、こなた。これは一体…」  困惑するそうじろうの前で、部屋に入ってきたかがみ達とゆたかが、こなたの指揮の元、布団を引き始めた。 「みゆきさーん。そっち入りそう?」 「はい、なんとか」 「ゆーちゃんの方は?」 「ちょっと無理みたい…」 「なあ、こなた…」  そうじろうがもう一度こなたの声をかけると、こなたは眉間にしわを寄せながら、そうじろうの方を向いた。 「なんだよー。今、忙しいんだから」 「いや、俺の部屋で何を始める気なんだと…」 「ここでみんなで寝ようとしてるんだよ」 「それは何だ?俺へのサービスか?」 「…いや、そんな気全然ないから」  呆れたように顔の前で手を振るこなたに、困った顔のみゆきが近づいてきた。 「泉さん。この部屋だと、どうしても一枚引けないようですね…どこか、もう少し広い部屋に移ったほうが良いのではないでしょうか?」 「うーん。この部屋が一番いいと思うんだよねー。仏壇もあるし…しょうがない、体の小さいわたしとゆーちゃんが同じ布団で寝ようか」 「えっ?お姉ちゃんと?」  その言葉に驚くゆたかを、こなたが訝しげに見た。 「なんだよ、ゆーちゃん。わたしと寝るの嫌?」 「だ、だって、こなたお姉ちゃん寝相が悪いんだもん…叩かれたり、蹴られたりするんだよ…」 「う、そうだったのか…」 「じゃあ、俺がこなたと寝よう」  ビシッと親指を立てながらそう言うそうじろうを、ゆたかは驚いた顔で見た。 「伯父さん。平気なんですか?」 「もちろん。愛しの娘と寝るのに、そんなもの何の障害にもならんよ」  さわやかに言い放つそうじろうを、こなたが胡散臭げに眺める。 「愛してくれるのは嬉しいけど、こちらでお断りします」 「何故だ、こなたーっ!」  涙を流しながら吼えるそうじろうに、耳をふさぎながら顔を背けるこなた。その二人のやり取りを困った顔で見ながら、つかさがこなたに声をかけた。 「あの、こなちゃん。わたしがお姉ちゃんと寝るよ」 「え、いいの?つかさとかがみじゃ、ちょっと狭くない?」 「狭いのは大丈夫だと思うよ。それに…」  つかさはそう言いながらかがみの方を見た。こなたもそちらを見ると、黙々と布団を引いていたはずのかがみが、布団を頭から被って震えていた。 「…お姉ちゃんが、あんなだから」 「なるほど。んじゃ、つかさ。頑張って」 「うん…頑張ってみる」  つかさは小さくこぶしを握ると、かがみの布団に近づき肩がある辺りを軽く叩いた。 「お姉ちゃん、布団にいれて。わたしと一緒に寝よう?」  つかさが言い終わるが早いか、布団の中からかがみの手が伸びて、つかさを捕まえ中へ引きずり込んだ。 「わーっ!?…きゅ、急に…ちょ、お姉ちゃ…そんな、抱きつかないで…痛いよぅ…」  少しの間、布団がごそごそと動き、唐突にその動きが止まって静かになった。 「…え、えーっと…さ、さあ、みんな寝よっか」  その様子を見ていたこなたが、冷や汗をたらしながら無理に明るくそう言った。 「あ、あの、つかささんは大丈夫なのでしょうか…?」 「た、多分大丈夫…少なくとも食べられはしないだろうからね…」  同じように、冷や汗をたらしながら布団を見つめるみゆきにそう言って、こなたも布団に潜り込んだ。  一面の花畑の世界。こなたはそこに立っていた。 「ビンゴ。思ったとおりだね」  得意げにそう言いながらこなたが周りを見ると、そうじろうの部屋で寝ていた全員が、戸惑ったように辺りを見回していた。 「こなた…これは一体どういうことなんだ?」  こなたのそばに来たそうじろうがそう聞くと、こなたは左手の人差し指を立てて答えた。 「細かいことは良くわからないけど、お父さんはまとめ役じゃないかってこと」 「まとめ役?」 「そ、まとめ役。家で寝て、この夢を見た人はみんななにかしら出来たり見たりしてたのに、お父さんだけ何もなかったんだよね。それで、もしかしたらみんなの夢をまとめる役目なんじゃないかなって」 「何でそう思ったんだ?」 「この夢を見せてる人が、お母さんだからだよ」 「かなたが?…ってことは、あれか?あの女性はかなたなのか?」 「多分ね」 「あれが、かなた…いや、なんて言うか…」 「まあ、詳しいことは本人に聞こうよ。もうすぐ出てくると思うし」 「そうだな」  こなたとそうじろうから少し離れた場所では、ほかの四人が景色を眺めていた。 「凄いですね。本当に見渡す限りの花畑です…小早川さんは、この景色を見ていたのですよね?」 「あ、はい…でも、あの時は体動かなくて、こんなに広いとは思いませんでした。それに、わたしが見たときより少し色合いがはっきりしてるような…」  額に指を当て、自分の見たものを思い出しながらみゆきに答えるゆたか。その向こうでは、つかさとかがみも同じように景色を眺めている。 「綺麗なんだけど、なんかヒヤッとするね…渡っちゃいけない河があったりして」 「つかさー…なんでそんな怖いこと言うのー…」 「…ご、ごめん、お姉ちゃん」  自分の腰の辺りに抱きついてくるかがみの頭を、苦笑しながら撫でるつかさ。ふと、視界の端に何か動いた気がして、つかさはそちらに目を凝らした。 「あれって…こなちゃん!あの女の人!」  つかさに呼ばれたこなたは、急いでつかさのそばに走ってきて、同じ方を見た。 「…本当に、かなたなのか?」  少し遅れてきたそうじろうがそう呟くと、それが聞こえたのかこちらに向かって歩いてきていた女性が立ち止まり、柔らかく微笑んだ。 『そう君…久しぶりだね』 「かなた…その…あのな…」  そうじろうが何か言いづらそうに視線をそむける。それを見たかなたが首をかしげた。 『うん?』 「その姿はないわ」 『なんでーっ!?』  左手を顔の前で振りながら言い放つそうじろうに、かなたは思わず大声を上げていた。 「いや、だって…なあ、こなた?」 「うん。ロリ属性こそが、お母さんのアイデンティティだと…」 『親子そろって、どういう目で私を見てるのっ!』  かなたの言葉に、こなたとそうじろうはお互い顔を見合わせ、同時に首をかしげた。それを見たかなたが深くため息をつく。 『うぅ…分かった…元に戻ってくるから、少し待ってて…』  元気なく歩いていくかなたを、そうじろうとこなたは手を振って見送った。 「なんと言いますか…想像してたシーンとはまったく違いましたね」 「うん…こなちゃん達、普通すぎ…」  その後ろでは、他の四人があきれ果てていた。  しばらくして、さっきと同じ方から今度は見事なロリ体型のかなたが歩いてきた。 「かなたーっ!会いたかったぞーっ!!」  そして、こちらに来るのを待ちきれないかのようにそうじろうが駆け出し、かなたに抱きついていた。 「うわー…さっきと反応違いすぎだよ」  こなた達もあきれながらその後を追って、二人のそばへ向かった。 『…分かってたのに…そう君がこういう人だって、分かってたはずなのに…』  そうじろうに抱きしめられながら、かなたは感動とは違う涙を流していた。 「っていうか、最初からその姿で出てくれば、少しはややこしくならなかったのに」 『うぅ…私は好きで育たなかったわけじゃないのよ…少しくらい夢見させてよ…って、ややこしい?何が?っていうか、その人たちは誰?なんでここに?』 「今頃気がついたんだ…えーっとね…」  こなたは出来るだけ手短に、今までの経緯とここにいる人物と自分の関係を、かなたに伝えた。それを聞いたかなたは、難しい顔をしてうつむいた。 『そっか…そんなことに…夢枕に立つって難しいのね。ホントはそう君とこなたにだけ会うつもりだったのに』  そして、未だに自分を抱きしめているそうじろうの頭を軽く撫でた。 『でも、ちゃんと会えてよかった…これで、私の伝えたいことがちゃんと言えそう』 「伝えたいこと?」  そうじろうが、かなたから体を離しそう聞くと、かなたはしっかりとうなずいた。 『うん…私はずっと待ってる。ここで、変わらず待つことが出来るから。もう、これ以上遠くには行かないから・・・だから、ここに来るのを急がないで欲しいって、そう思って…それを言いたくて…』  そう言って、目を瞑ったかなたを、そうじろうはもう一度抱きしめた。 「今のように、また会うことは出来るか?」 『それは無理。こっちに引きずり込んじゃうから…今度会えるのは、そう君たちが本当にここへ来なければならなくなった時…』 「そうか…」  そうじろうはかなたの顔に自分の顔を近づけたが、こなた達がいる事を思い出し、躊躇するように動きを止めた。それを見たかなたは微笑むと、自分から顔を近づけそうじろうと唇を合わせた。そして、二人は体を離し、少し距離を置いた。 「もう、時間なのか?」  周りの花畑が、少し揺らいだような気がして、そうじろうはかなたにそう聞いた。かなたはうなずくと、かがみ達のほうへと体を向けた。 『みなさん…大変な子だと思うけど、こなたをよろしくお願いしますね』  軽く頭を下げるかなたに、かがみ達はうなずいて見せた。そしてかなたは、こなたの方へ向いた。 『こなた…大きくなったね』 「お母さんに似たから、あんまり大きくなってないよ…」  さっきまでとは違い、こなたはうつむき、声も少し震えていた。 『それでも、私の知ってるこなたは赤ん坊だったから…大きくなったよ、あの頃よりずっと』 「…お母さん…手、つないで…」  こなたはうつむいたまま、かなたに向かい左手を差し出した。かなたはその手を、両手で包み込んだ。 「お母さん、つぎ会うときは、わたしおばあちゃんになってるね…」 『そうね…そうなってないと、困るけど』 「…すごく先になると思うけど…こんな花しか無いようなところで、ずっと待つのは退屈だと思うけど…でも、楽しみに待ってて欲しいんだ…」 『楽しみに?』 「うん」  こなたは、顔を上げた。精一杯の笑顔で。 「わたしもお父さんも目一杯生きて、たくさん土産話持ってくるからさ。それを楽しみに、待ってて」  かなたは驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔に変わり、つないだ手を引き寄せてこなたを抱きしめた。 『ありがとう、こなた…ほんとに良い子に育ってくれて…』  時間なのか、それとも涙なのか、こなたの見る景色が大きく歪み始めた。  静寂の中、こなたは目を覚まし、上半身を起こした。時間は分からないが、真っ暗なところを見るとまだ朝にはなっていないようだ。  さっきと同じようにみんなも起きているのだろうが、誰も体を起こそうとはしていなかった。 「…こなた、やっぱり寂しい?」  暗がりから、かがみの声が聞こえた。 「そりゃ、少しはね…でも、今は嬉しいほうが上回ってるよ」  こなたはつないでいた左手を、じっと見つめた。 「お母さんが、わたしの言葉で笑ってくれたから…喜んでくれたから」 「…そう…じゃあ、恥ずかしくない土産話にするためにも、明日から少しは真面目にやんなさい」 「そんな退屈な土産話はしたくないから、お断りだ」 「…言うと思った」  かがみの潜ってるふとんから、ため息の音が聞こえた気がした。 「かがみ、怖くなくなったんだ」 「流石に…ね。それじゃ、おやすみ」 「…おやすみ」  再び訪れた静寂の中、こなたは身を横たえた。  理想で飾った母の姿を父が喜ばなかったように、飾った自分の話なんか母は喜ばないだろう。だから、目一杯飾らない自分を生きて、その話を持っていこう。  こなたはそう思いながら、布団の中で大きく欠伸をした。  そして、まだ温もりが残っている気がする左手を胸元に抱き寄せ、そっと目を閉じた。 - 終 - **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - かなりいいんじゃないでしょうかGJ! -- 名無しさん (2012-11-17 02:22:36)
 一面の白い世界。そこに立つ一人の女性。  背は高く、髪も長い。そして、どうしてもその大きな胸に目が行ってしまう。  顔はよく見えないが、きっと美人だろう。  話しかけようにも、声が出ない。近づこうにも、体が動かない。  女性は何かを探すように辺りを見渡すが、やがて諦めたように溜息をつき、どこかへと歩き去っていく。  そして、辺りの景色が歪み、白い世界は消えていった。 「…またか」  そうじろうは上半身を起こし、頭をかいた。  ここ一週間ほど同じ夢を見る。  同じ場面に、同じ人物。相手の行動まで同じだ。 「たまってんのかな…俺」  毎夜女性の出てくる夢を見る自分に、そうじろうはそんな事を思った。 「…またあの夢?」  朝食の席で、そうじろうの顔色が優れないのを見たこなたが、そう聞いた。 「ああ、まったくこう毎晩だとこたえるよ…真夜中に目が覚めるしな」 「やっぱり、知らない女の人?」 「顔は良く見えないから、はっきりとはいえないけど…知らない人だと思う」 「ふむ…」  こなたは顎に手を当てしばらく考えた後、何か閃いたように人差し指を立てた。 「わたしは気にしないからさ、ゆーちゃんのいない時にでも抜いといた方がいいんじゃない?」 「…女の子がそんなこと言っちゃいけません」  ニヤつくこなたと、眉間にしわを寄せるそうじろう。ゆたかはハテナマークを頭の上に浮かべながら、その二人を交互に見ていた。 - 伝えたいこと - 「…ってなわけでね、ここんところ毎晩同じ夢見るんだってお父さんがね」  お昼休み。いつものようにかがみ達と昼飯を食べていたこなたは、父の夢のことを友人達に相談してみることにした。 「それで、みゆきさんが夢占いがどうこうって前言ってたからさ、なんの意味があるのかなって」  そう言いながら、こなたはみゆきの方を見た。みゆきは難しい顔をしながら、顎に指を当てている。 「そうですね…状況が曖昧過ぎて、これはというのが思いつきませんが…女性の方が出てくると言うのは、やはり…その…」  言い難そうにうつむくみゆき。それを見たかがみが、呆れたように溜息をついた。 「欲求不満…ってとこかしらね」  横からのかがみの言葉に、うつむいたみゆきの顔が赤く染まった。 「んー…どうだろうねー…わたしも最初はそう思ったけど、よく考えたらそれはなんか違うようなような気がするんだよね」 「そりゃどうして」 「お父さんが欲求不満だと、ロリっ娘が最初に出てくると思うんだよね」  こなたの言葉に、かがみが呆れたように溜息をついた。 「そういやそうなんだけど…でも、あのおじさんロリってだけじゃないじゃない。スタイルのいい女性が嫌いってわけじゃないんでしょ?出てくる可能性はあるんじゃない?」 「それもそうなんだけど、毎晩だからねー…それほどまでに印象深く残るってのは、やっぱロリじゃないかと…あのお父さんだし」 「…うーむ…さすがに娘の言う事は一理あるわね…」  そんなこたなとかがみの会話を聞いていたつかさは、冷や汗を一筋垂らしていた。 「なんだか、聞いてると凄い会話だね…」 「そうですね…とても自分や人の父親のことを話してるとは思えませんね…」 「うん、どっちかっていうと犯ざむふ…」 「つかささん…さすがにその先はだめです…」  つかさの口を押さえたみゆきは、こなた達の方を見た。幸い二人は会話に夢中なようで、こちらには全く意識を向けていない。それを確認しみゆきは安堵のため息をつき、苦しそうに自分の腕を叩いているつかさに気がつき、慌ててその手をつかさの口から離した。  そして、その日は結局何の結論も出ることはなかった。  その日の夜。こなたは白い世界にいた。  父から聞かされていたのと同じ風景。そして、同じ特徴の女性。  しかし、父から聞かされていたのとは違うことがあった。声こそ出ないものの、体は動くのだ。  こなたはその女性に近づいてみた。しかし、近づいてみても女性の顔がはっきりと認識できない。そして、さわることも出来ないし、女性がこちらに気がつくこともなかった。  こなたは何とか女性に気付かれようと色々試してみたが、結局女性は溜息をついて歩き去ってしまった。 「うそーん…」  目を覚ましたこなたは、上半身だけを起こして頭を抱えた。  次の日のお昼休み。朝からどことなく元気のないこなたに、かがみ達三人は心配そうな視線を向けていた。 「こなた、どうしたの?なんかあった?」  たまりかねたかがみが、こなたにそう聞くと、こなたは軽く頷いた。 「…わたしも、お父さんと同じ夢見ちゃった」  そして、ポツリとそう呟いた。 「…え?マジで?」  かがみ達三人が同時に固まる。 「え、えっと…内容はまったく同じものなのでしょうか…?」  みゆきが恐る恐るそう聞くと、こなたは再び頷いた。 「うん、ほとんど一緒だったよ…女の人も出てきてた」 「え、じゃあ、こなちゃんも欲求不満だったの?」  今度はつかさ以外の三人が固まった。  そして、その沈黙の中で、かがみは無言でつかさの額をピシャリと叩いた。 「痛っ!?…何するの、おねえちゃ-ん…」  半泣きで抗議するつかさを無視して、かがみはこなたの方に向き直った。 「なんつーか、あれじゃない?その話ばかりしてたからじゃないの?こなたって、なんだかんだでおじさんの影響受けやすいんだし」 「う、うーん…そっかなー…」  納得がいかないかのように、腕を組んで考え込むこなた。 「ま、その仲の良さだけは羨ましいけどね」  そう言いながら、話は終わったとばかりに、かがみは弁当の続きを食べだした。 「あの、泉さん…」  今度は、それまで何か考え込んでいたみゆきが、こなたに声をかけた。 「ん、なに?」 「先ほど『ほとんど一緒』だと仰ってましたが、なにか変わった点があったのでしょうか?」 「んーと…お父さんのは夢の中で動けなかったらしいんだけど、わたしは体を動かせたんだよね」 「それで、何か分かったことはありましたか?」 「うんにゃ、全然。顔が見えないし声もかけれないからさっぱりだったよ」 「そうですか…」 「そんなの当たり前じゃない」  弁当を食べていたかがみが、二人の会話に口を挟んできた。 「当たり前って?」 「何から何まで同じほうが、不気味ってことよ」 「うーん、それもそっか…」  こなたもそれ以上話すこともなく、その日の夢の話はそこで終わった。  更に翌日。困惑した表情で遅刻寸前に登校してきたこなたを見て、かがみ達は顔を見合わせた。 「ど、どうしたの、こなた?」  かがみが声をかけると、こなたはなんとも言えない複雑な表情をした。 「えっと…また昼休みにでも詳しく話すけど…ゆーちゃんも同じ夢を見たって…」 「マジで…?」  昼休み。集まった四人は、さっそく夢についての話を始めた。 「まあ、詳しく話すといっても、ゆーちゃんも同じ夢を見たとしか…あと、わたしもまた見たよ。一回見ると連続して見るようになっちゃうのかな」 「あの、小早川さんの夢も、何か変わった点があったのでしょうか?」  昨日と同じように、考え込んでいたみゆきがこなたのそう聞いた。 「うん。わたしみたいに動けるって事は無かったらしいんだけど…景色が見えたって」 「景色…ですか?」 「なんか、お花畑みたいな場所だったってさ」  カシャンと音がした。こなたとみゆきが音のしたほうを見ると、かがみが弁当箱に落とした箸を拾い上げていた。 「どったの、かがみ?」 「て、手がすべっただけよ…」 「ふーん」  こなたはかがみの手が少し震えているのが気になったが、それ以上何も言わずみゆきの方に向き直った。 「泉さん。その…一つ思ったことがあるのですが」  こなたが自分の方を向いたのを確認したみゆきが、話を続ける。 「なに?」 「一つの家に住んでいる人間全員が同じ夢を見ている。こう言うのは、その…躊躇われるのですが…霊障の類の可能性も」 「あるわけないでしょっ!!」 「ふわっ!?」  みゆきの言葉を遮り大声を出したかがみに驚き、今度はつかさが箸を取り落とした。 「どうしたの、お姉ちゃん?…びっくりしたよー」 「み、みゆきが変な事言うからよ。霊だのなんだの、あるわけないじゃない」 「ですが、こうも不可解だとそう言う可能性も…」 「ないわよ。もっと合理的な理由を考えてよ」  頑固に意見を通そうとするかがみに、みゆきは困った顔をした。 「…ねえ、その夢ってわたし達でも見れるかな?」  拾い上げた箸を両手で弄びながら、つかさがそう言った。 「どういうこと?」  こなたがそう聞くと、つかさは箸を置いて両方の手のひらを合わせた。 「わたし達でも、こなちゃんちで寝たらその夢見れるかなって」 「それは…どうだろう?」 「その夢、なにかきっと意味があるんだよ。ゆきちゃんの言う通りだとしたら、こなちゃんに近い人があの家に住んでる人になにか伝えたいとか」 「わたしに近い人ねえ…お母さんくらいしか思いつかないけど、お母さんはわたしと体型変わらないじゃない。あの女の人がお母さんとは、思えないんだよね。お父さんもそう思ってないみたいだし」 「そうだね…ねえ、やっぱりみんなでこなちゃんちに泊まってみようよ。こなちゃんとゆたかちゃんで微妙に違う夢を見てるならさ、もっと多くの人が見ればいろんな事が分かるんじゃないかな」 「あ、なるほど」  意外に納得のできるつかさの意見に、こなたは手を叩いた。 「それじゃ、みんなの予定が空いてたらさ、今度の土日にでも…」 「いい加減にして!」  こなたの言葉を遮り、かがみが大声を上げながら机を叩いた。 「さっきから聞いてたらなによ!霊だのなんだのあるわけないって言ってるでしょ!?そんな無駄なことに時間費やすなら、少しは勉強でもしなさいよ!受験生なんだから!」 「う、うぅ…そんな怒らなくても…」  あまりにも凄いかがみの迫力に、こなたもつかさも冷や汗を垂らして縮こまった。その中で、みゆきだけが冷静にかがみを見て首を傾げた。 「かがさん…もしかして、怖いのですか?」  そして、ポツリと漏らしたその一言に、かがみが固まった。 「な…何言ってるのよ、みゆき…そんなわけないじゃない」  先ほどの迫力が嘘のように、急に目が泳ぎだすかがみ。みゆきは、やはり冷静にかがみの腕を指差した。 「でも、かがみさん震えてますよ?」 「こ、これは…その…ちがうの!とにかくちがうのよ!」  そう言いながら、自分の手を隠すように抱きかかえるかがみ。それを見たこなたがニンマリと笑みを浮かべる。 「うし。じゃ、今度の土日にわたしの家で、泊まりで勉強会でもしようか。みんなで」 「ちょ、ちょっとこなた。だからそんな無駄なことに時間…って、勉強会!?」 「うん、これならかがみも納得」  得意気にブイサインをするこなた。 「や、でも…そんなわざわざ泊まりで…て言うか、その日用事が…いや、そもそもみゆきとつかさだけで十分じゃ…」 「やっぱり怖いんだ…やれやれ、かがみんは肝心なところでへなちょこですなー」  色々言い訳を始めたかがみに、こなたは大袈裟にお手上げのジェスチャーをして見せた。 「う…うううぅー…わ、わかったわよ!行けばいいんでしょ、わたしも!行くわよ!行ってあげるわよ!」  半ばやけくそのようにそう言うと、いつの間にか食べ終えた弁当箱を持って、かがみは足を踏み鳴らしながら教室を出て行った。 「…指摘しておいてなんですが、意外ですね。かがみさんは、こういうのは平気な方だと思ってました」  かがみを見送った後、みゆきがそう呟いた。それを聞いたつかさが頷く。 「うん。ホラー映画とか全然平気なのにね」 「わたしとしては、あれだけホラー物が苦手なつかさが平気なのが意外だけど」  こなたがそう言うと、つかさは顎に手を当てしばらく考え、困ったように頭をかいた。 「なんて言うんだろ…その女の人が怖い人って決まってないから、怖がっていい話かどうかまだ分からないから…かな?ホラー映画とかは最初から怖いの分かってるし…」 「なるほど。じゃ、かがみはその逆か」 「え?どういうこと?」 「かがみは、分からないから怖いんじゃないかなってこと。つかさも言ったけど、ホラー映画なんかは最初から怖いの分かりきってるし、作り物だって分かってるしね。今回のことは良く分からない、得体の知れないものだから、かがみは怖いんじゃないかな」 「うーん…そういうものなのかな…」  納得がいかないように首を捻るつかさ。それを見たこなたは、腕を組んで椅子にもたれかかった。 「ま、何が怖いかなんて人それぞれだよね」  そして、そう言ったあとこなたは、ふと思い出したようにみゆきの方を見た。 「みゆきさんは、こういうの平気なんだね」 「わたしですか?…少々怖いとは思っていますが、それ以上に何が起きているのか、知りたいと思う気持ちの方が大きいですね」 「そっか。みゆきさんの知的好奇心は凄いねー」 「泉さんはどうなのですか?」  みゆきに聞き返されたこなたは、なんともいえない複雑な顔をした。 「なんていうか…わかんないんだよね。少なくとも怖くはないんだけど、なんか胸の辺りがモヤモヤするって言うか、なんていうか…」  そう言ってこなたは俯いてしまった。それを見たみゆきは、声をかけるのが躊躇われ、黙って自分の弁当箱を片付け始めた。  土曜日。勉強会という名目で集まってきたかがみ達三人を、こなたは玄関で出迎えた。 「いらしゃーい…って…かがみ、なにそれ?」  こなたは、かがみの持っている鞄を指差した。そこにはこれでもかというくらい多くの、色とりどりのお守りが付いていた。 「なにって…見ての通り、お守りよ。念の為、色々そろえたのよ」 「…いや…もう念のためってレベルじゃない気が…」  視認できるだけでも、厄除けやら交通安全やら、家内安全やら学業成就やら、果ては安産まで括りつけられていた。  なにか痛い人を見るようなこなたの視線に、かがみの中の何かがキレた。 「そうよ!怖いのよ!これくらい持ってなきゃやってられないのよ!………文句ある?」 「…いえ…ありません…すいません…」  やけくそ気味に叫ぶかがみに、こなたはつい謝ってしまった。かがみはそのまま、勝手知ったるなんとやらとばかりに、ずかずかとこなたの家に入って行った。 「…厄除けだけでいいって、言ったんだけど…あはは」  つかさがそう言いながら、困ったように頬をかいた。 「鷹宮神社特製の、やけくそ守りをホントに見る日が来るとは思わなかったよ…」 「でも、あれだけあれば、本当になにが起きても大丈夫そうですよね」  こなたとみゆきは、顔を見合わせて苦笑した。 「…う…うぅ…」 「…か、かがみ…ちょっと休憩しようよ…」  こなたの部屋に、つかさとこなたのうめき声が響いていた。 「しない。続けるわよ」  その前では、かがみが腕を組んで仁王立ちをしていた。 「勉強会って名目で集まった以上は、キリキリやるわよ」 「くぞー…かがみに餌を与えてしまったか…」 「なんだ餌って…ま、今日はみゆきもいるし、はかどる…って、みゆきは?」  さっきまでつかさの隣にいたみゆきの姿が見えず、かがみは部屋の中を見渡した。 「みゆきさんなら、あそこに」  そう言って、こなたが指差したほうをかがみが見ると、部屋の隅の方でDSに興じているみゆきの姿が見えた。 「こーら、みゆき。なにやっとるか」  かがみはその背後から近づき、みゆきのDSを取り上げた。 「ふぇっ?…あ、かがみさん…え、えっと…これはですね…つい熱中してしまって…」 「熱中する前にやり始めるな、勉強会の最中に」 「で、ですよね…うぅ…新記録でしたのに…」 「みゆきさん…わたしのデータでこれ以上記録更新するのやめて…」  そんなみゆきを見ながら、こなたは冷や汗を垂らしていた。 「こなたお姉ちゃーん。晩御飯できたってー」  ノックの音と共に、ゆたかの声が聞こえてきた。 「ふえーい…って、もうそんな時間なんだ」  答えながら時計を見たこなたは、深く溜息をついた。 「なんか凄く無駄な時間を過ごした気が…」 「うん…あっという間だったよね…」 「無駄って言うな。勉強しただろ。つかさも同意するな」 「…新記録…」 「みゆきもいい加減あきらめれ…ま、今日はこの辺にしときましょうか」  かがみはそう言いながら、テーブルの上を片付け始めた。 「今日はって、なんか明日も勉強するみたいな言い方だね」 「当たり前よ。やるに決まってるじゃない」 「…明日が無事に来ればいいけどねー」  こなたの言葉に、かがみが固まる。 「な、なんのことよ…」 「今晩のメインイベント」 「…忘れようとしてたのに…」  泣きそうな顔でお守りを握り締めるかがみの肩を、こなたは笑顔で叩いた。 「ま、美味しい御飯でも食べれば気持ちも落ちつくって。かがみんなんだし」 「あんた、人をなんだと…」 「そう言えば、今日はこなちゃんずっと勉強してたけど、御飯はゆたかちゃんが作ったの?」 「うんにゃ。今日はお父さん」 「え…」 「ホントに…?」  こなたの答えに、微妙な表情で絶句するかがみとつかさ。それとは逆にみゆきは笑顔だった。 「わたしの家はお父さんが家事をしませんから、男の人が作るお料理って食べたことないんです。少し、楽しみですね」 「いや…そもそも食べられるものが出てくるかどうか…」 「お、お姉ちゃん…それは流石に失礼だよ…」 「『ホントに?』とか言ってる時点で、つかさもかなり失礼なんだけどね…ま、食べてみれば分かるよ」 「微妙に不安を残す言い方をしないでよ…」  食事を終えた後、四人はこなたの部屋に戻ってきた。  先頭で部屋に入ったかがみは、そのまま床に両手と膝をついて項垂れた。 「あれ?口に合わなかった?」  そのかがみにこなたがそう声をかけると、かがみはゆっくりと首を横に振った。 「…美味しかった…美味しかったんだけど…なに、この敗北感は…」  そのまま、床に倒れ伏したかがみを見ながら、こなたは困った様に頬をかいた。 「まあ、気持ちは分かるんだけどね…」 「でも、ホントに美味しかったよ…えーっと、こう言うと怒るかもしれないけど、こなちゃんが作ったのより美味しかった気が…」 「まー、そりゃお父さんはわたしの家事の師匠なんだし」 「そっかー…」  こなたとつかさが会話をしていると、かがみがユラリと立ち上がった。そして、つかさの方を向く。 「さ、つかさ。御飯も食べたことだし、帰りましょうか」 「…え?」 「まちなされ、かがみさんや」  こなたが、思わずかがみの腕を掴んだ。 「これからが本番であろう。柊かがみともあろう者が、逃げると申すか」  変に時代がかった口調で詰め寄るこなたに、かがみは力なく首を振った。 「…お願い見逃して…」 「ならぬ!今宵こそかの夢の真実を…ってか、かがみヘナチョコ過ぎ。もはやだめみんの領域だよ。このヘナチョコだめみんめ」 「そんな事言ったって、怖いものは怖いのよー…ってか、それ『み』しか合ってない」 「…突っ込む気力はあるんだ…っつーかこれでキレないとはね。しょうがないなー」  こなたは溜息をつきながら、かがみの間接をしっかりと極め、身動きをとれなくした。 「わたしがかがみ抑えとくから、つかさとみゆきさんお風呂入ってきなよ」 「はーい」 「わかりました」 「はーなーしーてー…鬼ー悪魔ー…ってかつかさー…あんたまでわたしを裏切るのー?」  こなたの下でもがきながらそう言うかがみに、つかさはゴメンとばかりに手を顔の前で合わせて見せた。  しばらくして戻ってきたつかさ達を見て、こなたは首をかしげた。 「つかさ、元気ないね。なんかあった?」 「なにかあったわけじゃないんだけど…」  つかさは隣に立っているみゆきをチラッと見た。 「…ゆきちゃんの見ると、少し自信なくなっちゃうなって…」  そして、今度は自分の胸の辺りを見て、溜息をついた。 「あー…まあ、みゆきさんじゃしょうがない。ってか、つかさでもそういうこと気にするんだ」 「こなちゃんのだったら、自信出るのに」 「…つかさ…それは喧嘩を売ってると判断してよろしいか?」 「そ、そんなことないよ…」  こなたに睨まれ、つかさは思わずみゆきの後ろに隠れてしまった。みゆきは何のことか分からず、こなたとつかさを交互に見ながら、頭の上にハテナマークを出していた。 「ま、いいや。それじゃわたしは、かがみをお風呂にぶち込んでくるから、布団ひいといて」  器用にかがみの腕を極めたまま部屋を出て行くこなたを、つかさとみゆきは手を振って送り出した。  相変わらずの白い世界にこなたはいた。  前と同じように、体は動く。例の女性も前に立っている。  しかし、今回はその女性がこちらに近づいてきた。そして、こなたの頭の上辺りを両手でさわり始めた。女性の手がすり抜けるので、こなた自身はさわられているという感覚はなかったが。  こなたが身体を避けてみても、女性は変わらず同じ場所をさわっている。こなたより背の高い誰かの顔をさわっている。こなたにはそんな風に見えた。  突如女性がビクリと体を震わせ、三歩ほど後ずさった。そしてなにやらうろたえた様な素振りを見せると、後ろを向いて全力で逃げ出した。  唖然とするこなたの周囲で、白い世界が歪み始めた。 「…なんだろ…いまの…」  頭をかきながらこなたが上半身を起こした。時計を見ると、丁度0時。部屋の中を見ると、同時に目が覚めたらしい、かがみ達三人も体を起こしていた。 「びぇぇぇぇぇぇん!!づがざー!ごわがっだよー!」  そして、かがみが泣きながらつかさに抱きついていた。 「…なにがあったんだよ、かがみん…えーっと、みゆきさんどうだった?女の人に夢見れた?」  二人から話を聞くのは、しばらく無理だろうと判断したこなたは、みゆきの方を向いてそう聞いた。みゆきは顎に指を当てて、何かを考えるようなしぐさのまま、黙ってうなずいた。 「泉さん。泉さんのお母さんが写っている写真か何かがあれば、見せていただけますか?」 「え?うん、いいけど…えっと、あれはっと…」  みゆきに言われ、こなたは本棚からアルバムを取り出した。そして、母親であるかなたの写真のあるページを開いてみゆきに差し出した。 「ほい。この写真だよ」 「ありがとうございます。では、失礼して…」  みゆきはかなたの写真をじっと見つめると、納得がいったとばかりに二度ほどうなずいた。 「間違いありません。わたしが見たのはこの人です」 「え…じゃあ、みゆきさんはあの女の人の顔が見えたんだ」 「はい、はっきりと見ることができました。こちらに近づいてこられましたので、じっくりと見ることができたのですが、泉さんに似ておられましたのでもしやと思い…でも、この写真より少し大人びてましたね」 「いや、みゆきさん。その写真のお母さんも、年齢的には大人なんだけどね」 「そ、そうでしたか…失礼しました…」  恐縮するみゆきにこなたは苦笑を返すと、今度はつかさのほうを見た。かがみは落ち着いてきたのか、肩が少し震えているものの泣き声はやんでいた。 「つかさはどう?」 「わたしは…女の人の声が聞こえたよ」 「ホント?なんて言ってた?」 「えーっとね…近づいてきてね、わたしの顔の辺りを撫でながらね『あ、あれ?そう君じゃない?…おっかしいなー…っていうか、この子誰だろ?こなた…じゃないわよね』って言ってね。その後急に『ひわっ!?』って驚いて『ご、ごめんなさーい!』って誤りながら逃げちゃった」 「ふむ…撫でられたって、さわれたの?」 「ううん。ふれてるって感覚は無かったよ」 「そっか…まあでも、これではっきりしたね」 「なにがですか?」 「あの女の人が、わたしのお母さんだってこと」  こなたの言葉に、つかさとみゆきは顔を見合わせた。 「やっぱり、顔が一緒だったから?」  つかさにそう聞かれたこなたは、腕を組んで難しい顔をした。 「それもあるし、お母さんがお父さんを呼ぶときは『そう君』だったらしいからね」 「そっかー」 「…にしても、なんであんなナイスバディになってたのやら…それに、なんで逃げちゃったのかな…」 「…ぐすっ…逃げたの、たぶんわたしのせい…」  こなたの呟きに、泣いていたかがみが鼻をすすりながら答えた。 「かがみ、だいじょぶ?」  腕を解いたこなたがそう聞くと、かがみは弱弱しくうなずいて、つかさから体を離した。 「…女の人…えっと、こなたのお母さん。名前かなたさんだっけ?…がね、黙ったままわたしの顔をぺたぺた触ってきて…逃げようとしても動けないし、すごく怖くて『やめてっ!』って大声だしちゃったの…」 「そっかー。かなたさん、お姉ちゃんの顔を触ってたんだ」  つかさの言葉に、こなたとみゆきがうなずく。 「どおりで、わたしの頭あたりを触ってたわけだ」 「わたしは首の辺りでしたから、絞められるかと思いましたね」 「…いや、それは怖がろうよみゆきさん…かがみ以上に」  物騒なことをにこやかに言うみゆきに、こなたは冷や汗をたらした。 「そういや、かがみ。触られたって感覚あったの?」  そして、かがみの方を向いてそう聞いた。 「う、うん…普通に人の手に触られてる感じだった…」 「それじゃ、かがみは触れるのと声を出せるのと二つあったんだ。さすがと言うかなんと言うか…」 「それに、わたし達の夢と違って、かなたさんはかがみさんを認識していたみたいですね」 「あ、そっか。それもか」  こなたは再び腕を組んで考え込み始めた。 「しっかし。みんな何かしら夢の中であるのに、なんでお父さんだけ何も無いんだろう…お母さんはお父さんに会いに来てるっぽいのに…」  しばらく考えた後、こなたは何か思いついたように顔を上げた。 「もしかしたら…みんな。自分の布団運んでよ」 「え?どこに?」  つかさがそう聞くと、こなたはニンマリと笑みを浮かべた。 「お父さんの部屋」 「…なあ、こなた。これは一体…」  困惑するそうじろうの前で、部屋に入ってきたかがみ達とゆたかが、こなたの指揮の元、布団を引き始めた。 「みゆきさーん。そっち入りそう?」 「はい、なんとか」 「ゆーちゃんの方は?」 「ちょっと無理みたい…」 「なあ、こなた…」  そうじろうがもう一度こなたの声をかけると、こなたは眉間にしわを寄せながら、そうじろうの方を向いた。 「なんだよー。今、忙しいんだから」 「いや、俺の部屋で何を始める気なんだと…」 「ここでみんなで寝ようとしてるんだよ」 「それは何だ?俺へのサービスか?」 「…いや、そんな気全然ないから」  呆れたように顔の前で手を振るこなたに、困った顔のみゆきが近づいてきた。 「泉さん。この部屋だと、どうしても一枚引けないようですね…どこか、もう少し広い部屋に移ったほうが良いのではないでしょうか?」 「うーん。この部屋が一番いいと思うんだよねー。仏壇もあるし…しょうがない、体の小さいわたしとゆーちゃんが同じ布団で寝ようか」 「えっ?お姉ちゃんと?」  その言葉に驚くゆたかを、こなたが訝しげに見た。 「なんだよ、ゆーちゃん。わたしと寝るの嫌?」 「だ、だって、こなたお姉ちゃん寝相が悪いんだもん…叩かれたり、蹴られたりするんだよ…」 「う、そうだったのか…」 「じゃあ、俺がこなたと寝よう」  ビシッと親指を立てながらそう言うそうじろうを、ゆたかは驚いた顔で見た。 「伯父さん。平気なんですか?」 「もちろん。愛しの娘と寝るのに、そんなもの何の障害にもならんよ」  さわやかに言い放つそうじろうを、こなたが胡散臭げに眺める。 「愛してくれるのは嬉しいけど、こちらでお断りします」 「何故だ、こなたーっ!」  涙を流しながら吼えるそうじろうに、耳をふさぎながら顔を背けるこなた。その二人のやり取りを困った顔で見ながら、つかさがこなたに声をかけた。 「あの、こなちゃん。わたしがお姉ちゃんと寝るよ」 「え、いいの?つかさとかがみじゃ、ちょっと狭くない?」 「狭いのは大丈夫だと思うよ。それに…」  つかさはそう言いながらかがみの方を見た。こなたもそちらを見ると、黙々と布団を引いていたはずのかがみが、布団を頭から被って震えていた。 「…お姉ちゃんが、あんなだから」 「なるほど。んじゃ、つかさ。頑張って」 「うん…頑張ってみる」  つかさは小さくこぶしを握ると、かがみの布団に近づき肩がある辺りを軽く叩いた。 「お姉ちゃん、布団にいれて。わたしと一緒に寝よう?」  つかさが言い終わるが早いか、布団の中からかがみの手が伸びて、つかさを捕まえ中へ引きずり込んだ。 「わーっ!?…きゅ、急に…ちょ、お姉ちゃ…そんな、抱きつかないで…痛いよぅ…」  少しの間、布団がごそごそと動き、唐突にその動きが止まって静かになった。 「…え、えーっと…さ、さあ、みんな寝よっか」  その様子を見ていたこなたが、冷や汗をたらしながら無理に明るくそう言った。 「あ、あの、つかささんは大丈夫なのでしょうか…?」 「た、多分大丈夫…少なくとも食べられはしないだろうからね…」  同じように、冷や汗をたらしながら布団を見つめるみゆきにそう言って、こなたも布団に潜り込んだ。  一面の花畑の世界。こなたはそこに立っていた。 「ビンゴ。思ったとおりだね」  得意げにそう言いながらこなたが周りを見ると、そうじろうの部屋で寝ていた全員が、戸惑ったように辺りを見回していた。 「こなた…これは一体どういうことなんだ?」  こなたのそばに来たそうじろうがそう聞くと、こなたは左手の人差し指を立てて答えた。 「細かいことは良くわからないけど、お父さんはまとめ役じゃないかってこと」 「まとめ役?」 「そ、まとめ役。家で寝て、この夢を見た人はみんななにかしら出来たり見たりしてたのに、お父さんだけ何もなかったんだよね。それで、もしかしたらみんなの夢をまとめる役目なんじゃないかなって」 「何でそう思ったんだ?」 「この夢を見せてる人が、お母さんだからだよ」 「かなたが?…ってことは、あれか?あの女性はかなたなのか?」 「多分ね」 「あれが、かなた…いや、なんて言うか…」 「まあ、詳しいことは本人に聞こうよ。もうすぐ出てくると思うし」 「そうだな」  こなたとそうじろうから少し離れた場所では、ほかの四人が景色を眺めていた。 「凄いですね。本当に見渡す限りの花畑です…小早川さんは、この景色を見ていたのですよね?」 「あ、はい…でも、あの時は体動かなくて、こんなに広いとは思いませんでした。それに、わたしが見たときより少し色合いがはっきりしてるような…」  額に指を当て、自分の見たものを思い出しながらみゆきに答えるゆたか。その向こうでは、つかさとかがみも同じように景色を眺めている。 「綺麗なんだけど、なんかヒヤッとするね…渡っちゃいけない河があったりして」 「つかさー…なんでそんな怖いこと言うのー…」 「…ご、ごめん、お姉ちゃん」  自分の腰の辺りに抱きついてくるかがみの頭を、苦笑しながら撫でるつかさ。ふと、視界の端に何か動いた気がして、つかさはそちらに目を凝らした。 「あれって…こなちゃん!あの女の人!」  つかさに呼ばれたこなたは、急いでつかさのそばに走ってきて、同じ方を見た。 「…本当に、かなたなのか?」  少し遅れてきたそうじろうがそう呟くと、それが聞こえたのかこちらに向かって歩いてきていた女性が立ち止まり、柔らかく微笑んだ。 『そう君…久しぶりだね』 「かなた…その…あのな…」  そうじろうが何か言いづらそうに視線をそむける。それを見たかなたが首をかしげた。 『うん?』 「その姿はないわ」 『なんでーっ!?』  左手を顔の前で振りながら言い放つそうじろうに、かなたは思わず大声を上げていた。 「いや、だって…なあ、こなた?」 「うん。ロリ属性こそが、お母さんのアイデンティティだと…」 『親子そろって、どういう目で私を見てるのっ!』  かなたの言葉に、こなたとそうじろうはお互い顔を見合わせ、同時に首をかしげた。それを見たかなたが深くため息をつく。 『うぅ…分かった…元に戻ってくるから、少し待ってて…』  元気なく歩いていくかなたを、そうじろうとこなたは手を振って見送った。 「なんと言いますか…想像してたシーンとはまったく違いましたね」 「うん…こなちゃん達、普通すぎ…」  その後ろでは、他の四人があきれ果てていた。  しばらくして、さっきと同じ方から今度は見事なロリ体型のかなたが歩いてきた。 「かなたーっ!会いたかったぞーっ!!」  そして、こちらに来るのを待ちきれないかのようにそうじろうが駆け出し、かなたに抱きついていた。 「うわー…さっきと反応違いすぎだよ」  こなた達もあきれながらその後を追って、二人のそばへ向かった。 『…分かってたのに…そう君がこういう人だって、分かってたはずなのに…』  そうじろうに抱きしめられながら、かなたは感動とは違う涙を流していた。 「っていうか、最初からその姿で出てくれば、少しはややこしくならなかったのに」 『うぅ…私は好きで育たなかったわけじゃないのよ…少しくらい夢見させてよ…って、ややこしい?何が?っていうか、その人たちは誰?なんでここに?』 「今頃気がついたんだ…えーっとね…」  こなたは出来るだけ手短に、今までの経緯とここにいる人物と自分の関係を、かなたに伝えた。それを聞いたかなたは、難しい顔をしてうつむいた。 『そっか…そんなことに…夢枕に立つって難しいのね。ホントはそう君とこなたにだけ会うつもりだったのに』  そして、未だに自分を抱きしめているそうじろうの頭を軽く撫でた。 『でも、ちゃんと会えてよかった…これで、私の伝えたいことがちゃんと言えそう』 「伝えたいこと?」  そうじろうが、かなたから体を離しそう聞くと、かなたはしっかりとうなずいた。 『うん…私はずっと待ってる。ここで、変わらず待つことが出来るから。もう、これ以上遠くには行かないから・・・だから、ここに来るのを急がないで欲しいって、そう思って…それを言いたくて…』  そう言って、目を瞑ったかなたを、そうじろうはもう一度抱きしめた。 「今のように、また会うことは出来るか?」 『それは無理。こっちに引きずり込んじゃうから…今度会えるのは、そう君たちが本当にここへ来なければならなくなった時…』 「そうか…」  そうじろうはかなたの顔に自分の顔を近づけたが、こなた達がいる事を思い出し、躊躇するように動きを止めた。それを見たかなたは微笑むと、自分から顔を近づけそうじろうと唇を合わせた。そして、二人は体を離し、少し距離を置いた。 「もう、時間なのか?」  周りの花畑が、少し揺らいだような気がして、そうじろうはかなたにそう聞いた。かなたはうなずくと、かがみ達のほうへと体を向けた。 『みなさん…大変な子だと思うけど、こなたをよろしくお願いしますね』  軽く頭を下げるかなたに、かがみ達はうなずいて見せた。そしてかなたは、こなたの方へ向いた。 『こなた…大きくなったね』 「お母さんに似たから、あんまり大きくなってないよ…」  さっきまでとは違い、こなたはうつむき、声も少し震えていた。 『それでも、私の知ってるこなたは赤ん坊だったから…大きくなったよ、あの頃よりずっと』 「…お母さん…手、つないで…」  こなたはうつむいたまま、かなたに向かい左手を差し出した。かなたはその手を、両手で包み込んだ。 「お母さん、つぎ会うときは、わたしおばあちゃんになってるね…」 『そうね…そうなってないと、困るけど』 「…すごく先になると思うけど…こんな花しか無いようなところで、ずっと待つのは退屈だと思うけど…でも、楽しみに待ってて欲しいんだ…」 『楽しみに?』 「うん」  こなたは、顔を上げた。精一杯の笑顔で。 「わたしもお父さんも目一杯生きて、たくさん土産話持ってくるからさ。それを楽しみに、待ってて」  かなたは驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔に変わり、つないだ手を引き寄せてこなたを抱きしめた。 『ありがとう、こなた…ほんとに良い子に育ってくれて…』  時間なのか、それとも涙なのか、こなたの見る景色が大きく歪み始めた。  静寂の中、こなたは目を覚まし、上半身を起こした。時間は分からないが、真っ暗なところを見るとまだ朝にはなっていないようだ。  さっきと同じようにみんなも起きているのだろうが、誰も体を起こそうとはしていなかった。 「…こなた、やっぱり寂しい?」  暗がりから、かがみの声が聞こえた。 「そりゃ、少しはね…でも、今は嬉しいほうが上回ってるよ」  こなたはつないでいた左手を、じっと見つめた。 「お母さんが、わたしの言葉で笑ってくれたから…喜んでくれたから」 「…そう…じゃあ、恥ずかしくない土産話にするためにも、明日から少しは真面目にやんなさい」 「そんな退屈な土産話はしたくないから、お断りだ」 「…言うと思った」  かがみの潜ってるふとんから、ため息の音が聞こえた気がした。 「かがみ、怖くなくなったんだ」 「流石に…ね。それじゃ、おやすみ」 「…おやすみ」  再び訪れた静寂の中、こなたは身を横たえた。  理想で飾った母の姿を父が喜ばなかったように、飾った自分の話なんか母は喜ばないだろう。だから、目一杯飾らない自分を生きて、その話を持っていこう。  こなたはそう思いながら、布団の中で大きく欠伸をした。  そして、まだ温もりが残っている気がする左手を胸元に抱き寄せ、そっと目を閉じた。 - 終 - **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - GJ! -- 名無しさん (2017-05-17 08:27:17) - かなりいいんじゃないでしょうかGJ! -- 名無しさん (2012-11-17 02:22:36)

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