ID:N9wzUkE0氏:うたたねの間に

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「ジャーん!見てこれ」 いつもの昼休み、鞄から何かを出してこなたさんが言いました。 「何よ、これ?」 「スーパーボール」 「いや、見りゃわかるわよ…」 こなたさんが机の上に転がしたのは、6個のスーパーボール。 なかには星のマークが彩られています。 「実はこれ、最近話題のガチャポンでね。全7種類をコンプリートすると願い事が叶うって言われてるんだよね」 「どこのドラ○ンボールの話だ、それは」 「へ~なんか素敵だね」 「いや、つかさ、真に受けちゃダメだから」 「でも本当に願いが叶ったらいいですよね」 「みゆきまで…大体こういうのは全部そろえさせようとする企業の戦略でしょうが」 「は~、かがみってホント夢がないね。ま、それはいいんだけど、なかなか7つめが出なくってねー。ネットでも激レアっていう噂だよ」 「でも願い事かぁ、かなえてもらうなら何がいいだろう」 つかささんの言葉に私も思わず考え込んでしまいした。 もし願い事がかなうなら… その日、私は家に帰って鞄の中を覗き込みました。 そこには泉さんの言っていた7個のボール… あの話を聞いた後、途中で寄ったあるお店の軒先にあった例のガチャポンを気がついたらまわしていました。 そして泉さんが激レアと言っていたにも関わらず、なぜか7回で全種類引き当ててしまったのでした。 「願い…」 そう呟いた時、一枚の写真が目に入りました。 修学旅行での4人の写真。私が一番気に入っている写真でした。 「そういえばもうすぐ卒業なんですね」 高校の3年間に特に大きな不満はありませんでした。 勉強も委員会の仕事もうまくいって充実していたし、最高の友達もできた… でも もしやり直せるのなら、やり直してみたいところがあるのも事実でした。 日常生活の中での大小様々な失敗、行事での経験不足ゆえのミス… そしてなにより… 1年生の文化祭の準備よりも早く… 泉さん、つかささん、かがみさんともう少し早く仲良くなれていたら… 私たちの人間関係は今と違ったものになったでしょうか? 泉さんとつかささんの出会いの話や、1年生の1学期の出来事の話を聞くときのちょっとしたさみしさを感じずに済んだでしょうか? そう考えると私の胸は自然と高鳴りました。 そして、目の前の7個のボールに願いました。 高校生活をやり直してみたい、と… 「ん、朝…ですか?」 鳥の鳴き声で目が覚めました。 気がついたらいつの間にかベッドで寝ていたようです。 「みゆきー、そろそろ起きないと入学式に遅刻するわよ~」 「はい。今起きました」 寝ぼけていたのでしょうか。 返事をしてしばらくしてから異変に気付きました。 「入学式?」 確かにお母さんはそう言いました。 よくよく部屋の中をみると昨日とはだいぶ違っています。 鞄を手元に引き寄せてみると、3年間使って良い感じに味が出てきていたはずの鞄は真新しくなっていて、中身は新品の1年生の教科書とノート、筆記具でした。 「今日は、入学式ですか?」 居間に下りて、お母さんに恐る恐る聞いてみました。 「そうよみゆき、寝ぼけてるの?」 にわかには信じがたいその言葉を私がどう飲み込もうか考えている間に、お母さんは畳みかけるように言いました。 「今日からみゆきの高校生活が始まるのね。いいわね~、私も高校生に戻りたいわ」 通学途中、私はなんとか頭の中を整理しました。 カレンダー、時計、新聞、そしてテレビのニュースでも日付を確認した以上、お母さんのいたずらではありえない。 私は約2年と半年の時を遡って陵桜学園に入学した最初の日まで戻ってきたということです。 つまり、 私が(私の頭の中での)昨日、泉さんに言っていたあのボールにかけた願いがかなったということなのでしょう。 とても信じられる話ではありませんが、それ以上にこの不可解な現象を説明できる説もありませんでした。 それに、これは確かに私が願った通りの状況でした。 初めのうちから泉さんたちと仲良くなれれば、もっともっと親密になれるかもしれない。 そう思うと、期待で胸が膨らみました。 「つかささん、よろしかったら一緒に帰りませんか?」 入学式と最初のホームルームが終わったあと、まずはじめにつかささんと仲良くなろうと私は話しかけました。 「ふぇ?」 つかささんは怪訝そうな顔をしました。 その顔を見て私は自分の失態に気付きました。 「も、申し訳ありません!いきなり名前でお呼びするのは失礼でしたね」 「ううん、いいよ。え、えっと、た、高良…さん?だっけ?」 そう、私にとってはとても自然な慣れたことであっても、つかささんにとってみれば初めてなわけです。 つまり私たちが3年間かけて築いてきた関係を再び築かなければならない。 その時、何か私の心にとても恐ろしい影のようなものがさした気がしました。 結局、その日の会話は、つかささんから初対面の相手という緊張感と遠慮が感じられ、あたりさわりのないお話しかできませんでした。 いつもしていたような楽しいお話ができるようになるまでにはどれくらいかかるのでしょうか。 次の日の昼休み、私はつかささんと泉さんと一緒にお昼御飯を食べようと考えていました。 「つかささん、お昼をご一緒しませんか?」 「うん!いいよ」 つかささんは昨日よりもだいぶ打ち解けてくれたようで少しホッとしました。 「もうお一方、お誘いしたい人がいるのですがよろしいですか?」 「うん、もちろん。誰?」 私は泉さんの机に足を進めました。 目の前いる泉さんは、私のよく知っている泉さんと見た目はほとんど変わりませんでした。 でも、この泉さんには私の記憶がありません。 それを考えると、話しかけるのにとても勇気が必要でした。 「泉さん。よかったらお昼をご一緒しませんか?」 泉さんは驚いて顔をあげました。 なぜ自分が話しかけられたのかわからない、とその表情は語っていました。 「え、え~っと。高良さん?だったっけ?ごめん、私他の人と食べることになってるから」 「あ、そうですか。申し訳ございません」 「ううん、むしろこっちがごめんね。また誘ってね」 そういうと泉さんは他のクラスメイトの机へと向かっていきました。 断られると思っていなかった私は、呆然としていました。 つかささんが後ろから声をかけました。 「残念だったね。高良さん、あの子と仲良くなりたかったの?」 その後も私は何度も泉さんと仲良くなろうと試みました。 泉さんは私が初日に誘ったときに一緒だったクラスメイトと一緒にいることが多く、話しかけるチャンスが見つかりませんでした。 そのあと、学級委員のつながりでかがみさんとも仲良くなり、私はかがみさん、つかささんと3人で行動することが多くなりました。 ですが、一向に泉さんとはただのクラスメイトという関係のままでした。 ようやく泉さんと話すチャンスに恵まれたのは結局文化祭の準備期間でした。 私の担当の仕事が終わったので、つかささんと泉さんの担当分を手伝うことになったのです。 「高良さんありがとう、ホント助かったよ。こういうと失礼だけど、高良さんって意外と話しやすいよね」 「うん、高良さんは優しいし、すごく頼りになるんだよ!」 「私たちのグループのイメージでは高根の花だったからなぁ~、どうしても話しかけづらかったんだよ」 思い出すと『前回』の私がつかささんと泉さんと仲良くなり始めたのはちょうどこの時期からでした。 そう、このあとつかささんが喫茶店に行こうと提案して泉さんが私も誘ってくれたのでした。 今回は私の方から誘おうと思いました。 ようやく『今回』も泉さんと仲良くなるきっかけができたと思いました。 「ちょうど作業もきりのいいところですし、このあと一緒にお茶でもいかがでしょうか」 私の提案に申し訳なさそうに泉さんは首を振りました。 「ごめんね、今日は先約があってさ、また誘ってね」 そういって泉さんは仲のいいクラスメイトの方に歩いて行きました。 「残念だったね、高良さん…」 つかささんの言葉に生返事を返しながら私は全く別のことを考えていました。 このとき私は以前から感じていた懸念がはっきりとした形をもって実現していることを悟りました。 つかささんは入学式の日の帰り道に泉さんに外国人に絡まれているのを助けてもらって以来仲良くなったと言っていました。 『今回』は、その日、つかささんは私と2人帰りました。 つまり意図せず私が泉さんとつかささんの仲良くなるきっかけをなくしてしまった、ということになります。 バタフライ効果という言葉があります。 ある場所の蝶の羽ばたきが、遠く離れた場所での天候に影響を与えるという内容で、要するに、ほんの少しの行動の違いが最終的に大きな差を生みだすという説です。 私は、つかささんと泉さんの出会いの機会をなくしてしまったせいで、生まれるはずだった4人の人間関係を知らないうちに失くしてしまっていたのです。 自分がしたことの重大さに気づき、そして恐ろしくなりました。 もう泉さんは私たちとは別の人間関係を作作り上げている。 もう以前のような4人の関係を作ることはできない。 私はなぜかそんな確信を持っていました。 それでも私は現在の生活にもそれなりに満足していました。 つかささん、かがみさんとは3人でとても楽しい時間を過ごしていましたし、文化祭の準備も自分が体験した1年の文化祭の失敗を生かして、よりスムーズに進行していました。 文化祭は大きなトラブルもなく無事におわりました。 片付けもひと段落して、一人教室に荷物を取りに行くと、同じく荷物を取りに来た泉さんに会いました。 「あ、高良さん、お疲れー」 「泉さん、お疲れ様です」 「高良さん、今回ホントにすごかったよね?なんか手慣れてるって感じだったよ」 みなさんにとっては高校初めての文化祭でも、私にとってはもう3回体験したことなので、うまくできるのは当たり前のことでした。 そういえば、『前回』の1年生の文化祭は全員が全員経験不足で、とても成功とは言えないものでした。 「今回の文化祭はみんなの思い出になるね」 「思い出…」 「だって、最初の文化祭でこんなに成功したんだよ!きっと一生の思い出になるよ」 私は泉さんの言葉で、以前教室で4人で話したときのことを思い出していました。 「そういえば、もうすぐ文化祭だねー」 「そういえばそうね。今年は何をやるのかしら?」 「まだ決まってないよね~」 「今年は成功するといいですね」 「そだねー、最後の文化祭だもんね」 「確かにね~、そう言えば1年のときはあんま成功とはいえなかったよね…」 「そうね。私のクラスもトラブル続出だったわね。でも、思い返すといい思い出よ」 「そうですね。失敗の思い出も時が経つといいものですね」 あのときの私にとっては失敗の思い出もみなさんと共有する貴重な経験の一つでした。 文化祭だけじゃない。 修学旅行で、4人でいろんなところに回ったこと 運動会で泉さんは抜群の運動能力を発揮し、つかささんと、かがみさんは失敗して泉さんにからかわれながらもとても楽しそうだったこと お祭りに出かけて、かがみさんが金魚を捕まえてうれしそうだったこと、つかささんにブルーハワイの由来を教えていただいたこと 夏に海に出かけて行って海の家で楽しく食事をしたこと 他にも、他にも…思い出はとめどなくあふれてきました。 そんなありふれた、それでいて唯一の私たち4人の素晴らしい思い出は、永遠に失われたのです。 私一人の中にその思い出を持っていても全く意味がないのです。 4人で共有しているからこそ、意味のある思い出だったのです。 そしてそういった思い出の上に私たちの関係は成り立っていたのだと今更ながらに気付かされました。 「ちょ、ちょっと、高良さん?」 気がついたら私は涙を流していました。 「すみません。でもようやく大事なものに気付いたんです」 「ごめん、私変なこと言った」 「いえ、そうじゃありません」 「どうしたの?私でよかったら話聞くよ」 「ありがとうございます。でも…もう手遅れなんです」 「手遅れなんてないよ」 瞬間、泉さんが満面の笑みを浮かべました。 「みゆきさんがそれに気づいてくれたなら、もっともっと私たち仲良くなれるよ」 泉さん? 私が泉さんの異変を感じると同時に、とてもまぶしい光を感じました。 例えるなら、立ちくらみに似たような…でも不快感はなく、とても優しい光のように感じました。 足の力が抜け、倒れる!と思った瞬間、私の意識はなくなりました。 「みゆき、こんなところで寝てたら風邪ひくわよ」 気がつくと私は机に突っ伏して寝ていたようでした。 「お、お母さん。ここは、私の部屋ですか?」 「あらあら、珍しい、寝ぼけてるの?」 「私、ずいぶん長くねていましたか?」 「みゆきが部屋に戻ってから30分くらいしか経ってないわよ」 机の上のデジタル時計を確認すると、私が噂のスーパーボールに願いごとをした日でした。 7個のスーパーボールはいつの間にかどこかになくなっていました。 夢…だったのでしょうか。 それにしてはあまりにもリアルで、長い夢でした。 「長い夢を見ていました。長くて、とても悲しい夢だった気がします」 「そうなの?でもみゆき今とてもすっきりした顔をしているわよ」 次の日、夢の内容はほとんど思い出せなくなっていました。 思い出せるのは、夢の中で、とても長い時間を過ごしたこと。 そして、悲しかったけれどとても大事なことを気づかせてくれたこと。 次の日、私はいつもより晴れ晴れとした気持ちで学校に向かいました。 学校に着くと、すでに泉さんの机の周りに、かがみさんとつかささんが集まっています. 束の間の夢が私に教えてくれたこと。 過去は変えることはできない。 できたとしても、今存在しているような素敵な関係は築けない。 なぜなら私たちの関係の土台には一緒に経験してきた山ほどの思い出があるのだから。 私はもう一度考えました。 もし願い事がかなうなら… そして願いました。 これから先…ずっと、ずっと 「おはようー、みゆきさん」 「おはよ~、ゆきちゃん」 「おはよう、みゆき」 私を笑顔で迎えてくれるこの友人たちと 「おはようございます。みなさん」 もっともっと仲良く最高の関係を作り出せますように…と。 終 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - ( ;∀;)イイハナシダナ- -- 名無しさん (2017-05-17 13:06:03) - 深い話ですね!面白かったです! -- チャムチロ (2014-03-30 21:39:45) -  とても心の温まる良いお話でした。 過去の過ちを悔やむよりも、 &br()今を大切に過ごそう、というみゆきの考えにグッと惹かれるものが &br()ありました。 -- Tsar Bomba (2009-09-16 22:17:37) - みゆきさん運良すぎ!?! とてもいい話でした。こなた、かがみ、つかさ、みゆき、の四人は やっぱり原作のような関係で最高の思い出を築いている、そう再確認できました。GJ -- CHESS D7 (2009-09-16 22:05:50)
「ジャーん!見てこれ」 いつもの昼休み、鞄から何かを出してこなたさんが言いました。 「何よ、これ?」 「スーパーボール」 「いや、見りゃわかるわよ…」 こなたさんが机の上に転がしたのは、6個のスーパーボール。 なかには星のマークが彩られています。 「実はこれ、最近話題のガチャポンでね。全7種類をコンプリートすると願い事が叶うって言われてるんだよね」 「どこのドラ○ンボールの話だ、それは」 「へ~なんか素敵だね」 「いや、つかさ、真に受けちゃダメだから」 「でも本当に願いが叶ったらいいですよね」 「みゆきまで…大体こういうのは全部そろえさせようとする企業の戦略でしょうが」 「は~、かがみってホント夢がないね。ま、それはいいんだけど、なかなか7つめが出なくってねー。ネットでも激レアっていう噂だよ」 「でも願い事かぁ、かなえてもらうなら何がいいだろう」 つかささんの言葉に私も思わず考え込んでしまいした。 もし願い事がかなうなら… その日、私は家に帰って鞄の中を覗き込みました。 そこには泉さんの言っていた7個のボール… あの話を聞いた後、途中で寄ったあるお店の軒先にあった例のガチャポンを気がついたらまわしていました。 そして泉さんが激レアと言っていたにも関わらず、なぜか7回で全種類引き当ててしまったのでした。 「願い…」 そう呟いた時、一枚の写真が目に入りました。 修学旅行での4人の写真。私が一番気に入っている写真でした。 「そういえばもうすぐ卒業なんですね」 高校の3年間に特に大きな不満はありませんでした。 勉強も委員会の仕事もうまくいって充実していたし、最高の友達もできた… でも もしやり直せるのなら、やり直してみたいところがあるのも事実でした。 日常生活の中での大小様々な失敗、行事での経験不足ゆえのミス… そしてなにより… 1年生の文化祭の準備よりも早く… 泉さん、つかささん、かがみさんともう少し早く仲良くなれていたら… 私たちの人間関係は今と違ったものになったでしょうか? 泉さんとつかささんの出会いの話や、1年生の1学期の出来事の話を聞くときのちょっとしたさみしさを感じずに済んだでしょうか? そう考えると私の胸は自然と高鳴りました。 そして、目の前の7個のボールに願いました。 高校生活をやり直してみたい、と… 「ん、朝…ですか?」 鳥の鳴き声で目が覚めました。 気がついたらいつの間にかベッドで寝ていたようです。 「みゆきー、そろそろ起きないと入学式に遅刻するわよ~」 「はい。今起きました」 寝ぼけていたのでしょうか。 返事をしてしばらくしてから異変に気付きました。 「入学式?」 確かにお母さんはそう言いました。 よくよく部屋の中をみると昨日とはだいぶ違っています。 鞄を手元に引き寄せてみると、3年間使って良い感じに味が出てきていたはずの鞄は真新しくなっていて、中身は新品の1年生の教科書とノート、筆記具でした。 「今日は、入学式ですか?」 居間に下りて、お母さんに恐る恐る聞いてみました。 「そうよみゆき、寝ぼけてるの?」 にわかには信じがたいその言葉を私がどう飲み込もうか考えている間に、お母さんは畳みかけるように言いました。 「今日からみゆきの高校生活が始まるのね。いいわね~、私も高校生に戻りたいわ」 通学途中、私はなんとか頭の中を整理しました。 カレンダー、時計、新聞、そしてテレビのニュースでも日付を確認した以上、お母さんのいたずらではありえない。 私は約2年と半年の時を遡って陵桜学園に入学した最初の日まで戻ってきたということです。 つまり、 私が(私の頭の中での)昨日、泉さんに言っていたあのボールにかけた願いがかなったということなのでしょう。 とても信じられる話ではありませんが、それ以上にこの不可解な現象を説明できる説もありませんでした。 それに、これは確かに私が願った通りの状況でした。 初めのうちから泉さんたちと仲良くなれれば、もっともっと親密になれるかもしれない。 そう思うと、期待で胸が膨らみました。 「つかささん、よろしかったら一緒に帰りませんか?」 入学式と最初のホームルームが終わったあと、まずはじめにつかささんと仲良くなろうと私は話しかけました。 「ふぇ?」 つかささんは怪訝そうな顔をしました。 その顔を見て私は自分の失態に気付きました。 「も、申し訳ありません!いきなり名前でお呼びするのは失礼でしたね」 「ううん、いいよ。え、えっと、た、高良…さん?だっけ?」 そう、私にとってはとても自然な慣れたことであっても、つかささんにとってみれば初めてなわけです。 つまり私たちが3年間かけて築いてきた関係を再び築かなければならない。 その時、何か私の心にとても恐ろしい影のようなものがさした気がしました。 結局、その日の会話は、つかささんから初対面の相手という緊張感と遠慮が感じられ、あたりさわりのないお話しかできませんでした。 いつもしていたような楽しいお話ができるようになるまでにはどれくらいかかるのでしょうか。 次の日の昼休み、私はつかささんと泉さんと一緒にお昼御飯を食べようと考えていました。 「つかささん、お昼をご一緒しませんか?」 「うん!いいよ」 つかささんは昨日よりもだいぶ打ち解けてくれたようで少しホッとしました。 「もうお一方、お誘いしたい人がいるのですがよろしいですか?」 「うん、もちろん。誰?」 私は泉さんの机に足を進めました。 目の前いる泉さんは、私のよく知っている泉さんと見た目はほとんど変わりませんでした。 でも、この泉さんには私の記憶がありません。 それを考えると、話しかけるのにとても勇気が必要でした。 「泉さん。よかったらお昼をご一緒しませんか?」 泉さんは驚いて顔をあげました。 なぜ自分が話しかけられたのかわからない、とその表情は語っていました。 「え、え~っと。高良さん?だったっけ?ごめん、私他の人と食べることになってるから」 「あ、そうですか。申し訳ございません」 「ううん、むしろこっちがごめんね。また誘ってね」 そういうと泉さんは他のクラスメイトの机へと向かっていきました。 断られると思っていなかった私は、呆然としていました。 つかささんが後ろから声をかけました。 「残念だったね。高良さん、あの子と仲良くなりたかったの?」 その後も私は何度も泉さんと仲良くなろうと試みました。 泉さんは私が初日に誘ったときに一緒だったクラスメイトと一緒にいることが多く、話しかけるチャンスが見つかりませんでした。 そのあと、学級委員のつながりでかがみさんとも仲良くなり、私はかがみさん、つかささんと3人で行動することが多くなりました。 ですが、一向に泉さんとはただのクラスメイトという関係のままでした。 ようやく泉さんと話すチャンスに恵まれたのは結局文化祭の準備期間でした。 私の担当の仕事が終わったので、つかささんと泉さんの担当分を手伝うことになったのです。 「高良さんありがとう、ホント助かったよ。こういうと失礼だけど、高良さんって意外と話しやすいよね」 「うん、高良さんは優しいし、すごく頼りになるんだよ!」 「私たちのグループのイメージでは高根の花だったからなぁ~、どうしても話しかけづらかったんだよ」 思い出すと『前回』の私がつかささんと泉さんと仲良くなり始めたのはちょうどこの時期からでした。 そう、このあとつかささんが喫茶店に行こうと提案して泉さんが私も誘ってくれたのでした。 今回は私の方から誘おうと思いました。 ようやく『今回』も泉さんと仲良くなるきっかけができたと思いました。 「ちょうど作業もきりのいいところですし、このあと一緒にお茶でもいかがでしょうか」 私の提案に申し訳なさそうに泉さんは首を振りました。 「ごめんね、今日は先約があってさ、また誘ってね」 そういって泉さんは仲のいいクラスメイトの方に歩いて行きました。 「残念だったね、高良さん…」 つかささんの言葉に生返事を返しながら私は全く別のことを考えていました。 このとき私は以前から感じていた懸念がはっきりとした形をもって実現していることを悟りました。 つかささんは入学式の日の帰り道に泉さんに外国人に絡まれているのを助けてもらって以来仲良くなったと言っていました。 『今回』は、その日、つかささんは私と2人帰りました。 つまり意図せず私が泉さんとつかささんの仲良くなるきっかけをなくしてしまった、ということになります。 バタフライ効果という言葉があります。 ある場所の蝶の羽ばたきが、遠く離れた場所での天候に影響を与えるという内容で、要するに、ほんの少しの行動の違いが最終的に大きな差を生みだすという説です。 私は、つかささんと泉さんの出会いの機会をなくしてしまったせいで、生まれるはずだった4人の人間関係を知らないうちに失くしてしまっていたのです。 自分がしたことの重大さに気づき、そして恐ろしくなりました。 もう泉さんは私たちとは別の人間関係を作作り上げている。 もう以前のような4人の関係を作ることはできない。 私はなぜかそんな確信を持っていました。 それでも私は現在の生活にもそれなりに満足していました。 つかささん、かがみさんとは3人でとても楽しい時間を過ごしていましたし、文化祭の準備も自分が体験した1年の文化祭の失敗を生かして、よりスムーズに進行していました。 文化祭は大きなトラブルもなく無事におわりました。 片付けもひと段落して、一人教室に荷物を取りに行くと、同じく荷物を取りに来た泉さんに会いました。 「あ、高良さん、お疲れー」 「泉さん、お疲れ様です」 「高良さん、今回ホントにすごかったよね?なんか手慣れてるって感じだったよ」 みなさんにとっては高校初めての文化祭でも、私にとってはもう3回体験したことなので、うまくできるのは当たり前のことでした。 そういえば、『前回』の1年生の文化祭は全員が全員経験不足で、とても成功とは言えないものでした。 「今回の文化祭はみんなの思い出になるね」 「思い出…」 「だって、最初の文化祭でこんなに成功したんだよ!きっと一生の思い出になるよ」 私は泉さんの言葉で、以前教室で4人で話したときのことを思い出していました。 「そういえば、もうすぐ文化祭だねー」 「そういえばそうね。今年は何をやるのかしら?」 「まだ決まってないよね~」 「今年は成功するといいですね」 「そだねー、最後の文化祭だもんね」 「確かにね~、そう言えば1年のときはあんま成功とはいえなかったよね…」 「そうね。私のクラスもトラブル続出だったわね。でも、思い返すといい思い出よ」 「そうですね。失敗の思い出も時が経つといいものですね」 あのときの私にとっては失敗の思い出もみなさんと共有する貴重な経験の一つでした。 文化祭だけじゃない。 修学旅行で、4人でいろんなところに回ったこと 運動会で泉さんは抜群の運動能力を発揮し、つかささんと、かがみさんは失敗して泉さんにからかわれながらもとても楽しそうだったこと お祭りに出かけて、かがみさんが金魚を捕まえてうれしそうだったこと、つかささんにブルーハワイの由来を教えていただいたこと 夏に海に出かけて行って海の家で楽しく食事をしたこと 他にも、他にも…思い出はとめどなくあふれてきました。 そんなありふれた、それでいて唯一の私たち4人の素晴らしい思い出は、永遠に失われたのです。 私一人の中にその思い出を持っていても全く意味がないのです。 4人で共有しているからこそ、意味のある思い出だったのです。 そしてそういった思い出の上に私たちの関係は成り立っていたのだと今更ながらに気付かされました。 「ちょ、ちょっと、高良さん?」 気がついたら私は涙を流していました。 「すみません。でもようやく大事なものに気付いたんです」 「ごめん、私変なこと言った」 「いえ、そうじゃありません」 「どうしたの?私でよかったら話聞くよ」 「ありがとうございます。でも…もう手遅れなんです」 「手遅れなんてないよ」 瞬間、泉さんが満面の笑みを浮かべました。 「みゆきさんがそれに気づいてくれたなら、もっともっと私たち仲良くなれるよ」 泉さん? 私が泉さんの異変を感じると同時に、とてもまぶしい光を感じました。 例えるなら、立ちくらみに似たような…でも不快感はなく、とても優しい光のように感じました。 足の力が抜け、倒れる!と思った瞬間、私の意識はなくなりました。 「みゆき、こんなところで寝てたら風邪ひくわよ」 気がつくと私は机に突っ伏して寝ていたようでした。 「お、お母さん。ここは、私の部屋ですか?」 「あらあら、珍しい、寝ぼけてるの?」 「私、ずいぶん長くねていましたか?」 「みゆきが部屋に戻ってから30分くらいしか経ってないわよ」 机の上のデジタル時計を確認すると、私が噂のスーパーボールに願いごとをした日でした。 7個のスーパーボールはいつの間にかどこかになくなっていました。 夢…だったのでしょうか。 それにしてはあまりにもリアルで、長い夢でした。 「長い夢を見ていました。長くて、とても悲しい夢だった気がします」 「そうなの?でもみゆき今とてもすっきりした顔をしているわよ」 次の日、夢の内容はほとんど思い出せなくなっていました。 思い出せるのは、夢の中で、とても長い時間を過ごしたこと。 そして、悲しかったけれどとても大事なことを気づかせてくれたこと。 次の日、私はいつもより晴れ晴れとした気持ちで学校に向かいました。 学校に着くと、すでに泉さんの机の周りに、かがみさんとつかささんが集まっています. 束の間の夢が私に教えてくれたこと。 過去は変えることはできない。 できたとしても、今存在しているような素敵な関係は築けない。 なぜなら私たちの関係の土台には一緒に経験してきた山ほどの思い出があるのだから。 私はもう一度考えました。 もし願い事がかなうなら… そして願いました。 これから先…ずっと、ずっと 「おはようー、みゆきさん」 「おはよ~、ゆきちゃん」 「おはよう、みゆき」 私を笑顔で迎えてくれるこの友人たちと 「おはようございます。みなさん」 もっともっと仲良く最高の関係を作り出せますように…と。 終 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - とても深い話ですね。作品への愛を感じます。 -- 名無しさん (2019-07-29 03:56:47) - ( ;∀;)イイハナシダナ- -- 名無しさん (2017-05-17 13:06:03) - 深い話ですね!面白かったです! -- チャムチロ (2014-03-30 21:39:45) -  とても心の温まる良いお話でした。 過去の過ちを悔やむよりも、 &br()今を大切に過ごそう、というみゆきの考えにグッと惹かれるものが &br()ありました。 -- Tsar Bomba (2009-09-16 22:17:37) - みゆきさん運良すぎ!?! とてもいい話でした。こなた、かがみ、つかさ、みゆき、の四人は やっぱり原作のような関係で最高の思い出を築いている、そう再確認できました。GJ -- CHESS D7 (2009-09-16 22:05:50)

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