ID:mTOQKDg0氏:わすれもの

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 自動ドアが開ききるのを待たずに、かがみは身体を滑り込ませ病院内へと入った。受付に用件を言い病室の番号を聞き出す。そして、怒られるのを覚悟で走り出した。 「こなた…無事でいてよ…」  こなたが交通事故にあった。かがみがそれを知ったのは、ほんの三十分ほど前だった。  こなたの病室の前に来ると、かがみはノックもせずにドアを開けて中に入った。 「こなたっ!」  かがみの声に、部屋の中にいる人間が一斉に振り向く。ベッドに座っているこなた。傍に立っている父のそうじろう。そして、部屋の隅の方には、従姉妹であるゆいとゆたかもいた。  頭に包帯を巻いたこなたが、じっとかがみの方を見つめている。思ったより元気そうなその姿に、かがみは安堵のため息をついた。 「良かった…あんまり大きな怪我じゃなかったのね…」  目尻に少し溜まった涙を拭いながら、かがみはこなたに近づいた。こなたは何も言わず、かがみをじっと見ている。 「…こなた、どうかしたの?わたしの顔に何かついてる?」  こなたの様子がおかしいのに気がついたかがみがそう訊いた。 「えっと…」  何か言いにくそうにしながら、こなたが俯く。そして、すぐに顔を上げてかがみに言った。 「あなたは誰ですか?」 「…なんですと」 - わすれもの - 「記憶喪失…ですか…」  そうじろうから、こなたが記憶を無くしているという事を聞いたかがみは、長い溜息をついた。 「漫画みたいね…」  ちなみに、こなたがあった事故というのは、後ろからすぐ側を通り過ぎたトラックに驚いて足を滑らせ、地面で頭を打ったというなんとも間抜けなものだった。 「どの程度忘れてるんですか?」  かがみがそう訊くと、そうじろうは難しい顔をして顎を撫でた。 「自分も含めて、人物関係がすっぽりと無くなってるみたいなんだ。あと、細かいことも色々忘れてるみたいでね…とりあえず、日常生活には支障はないみたいだ」 「部分的な記憶喪失ですか…やっかいですね…」  呟きながらかがみはこなたの方を見た。自分の事で二人が頭を悩ませているのが分かっているのか、かがみとそうじろうを交互に見ながら、申し訳なさそうな顔をしていた。 「す、すいません…なんだかわたしが不甲斐ないみたいで…」  そして、そう言いながらかがみ達に対して頭を下げる。そんなこなたを見ながら、かがみとそうじろうは実に複雑な表情をしていた。 「いやまあ…あんたがどうこうは置いといてさ、敬語はやめない?なんか調子狂うのよね…」 「え、でもかがみさんは年上の方ですから、敬語なのは普通では…」 「…いや、わたしとあんたは同級生だ」  こなたは何度か瞬きをすると、ベッドから降りてかがみの前に立った。そしてかがみの顔を見上げ、視線を胸の辺りに移し、最後に自分の胸を見た。 「…わたしって…わたしって…」  そして、しゃがみ込んで地面にのの字を書き始めた。 「いや、いまさら落ち込まれても…」 「落ち込みますよー…記憶をなくす前のわたしは平気だったんですか?」 「平気どころか誇ってたぞ。『貧乳はステータスだ!希少価値だ!』とか言って」 「…誇ってた…そ、そうですよね!どんな姿形でも、わたしはわたしですもの!恥じることなんてないですよね!」 「…まあ、そのポジティブっぷりはこなたらしいっちゃらしいわね…」 「ありがとうございます、かがみさん!わたしなんだか自信が持てました!」 「いや…わたしは特に何も…ってか抱きつくな!顔近いって!」  普段なら頭をどつくなりして引っぺがすところだが、一応怪我人だと言う事で無理は出来ず、かがみは抱きつかれるままにしていた。 「あー…ところでおじさん。こなたの怪我自体はたいしたこと無さそうなんですけど、退院はいつくらいです?」 「今日だよ。この後の検査で特に何もなかったら、退院できるそうだ」 「…えらく急ですね…まあ、それだけたいしたこと無いってことか。良かったわね」  言いながら、かがみがこなたの頭を軽く撫でると、こなたは嬉しそうな顔で頷いた。 「はい。それでですね、退院したらかがみさんの家において貰えませんか?」 「なんでやねん」  こなたの言葉に、思わず関西弁で突っ込んでしまうかがみ。 「ちゃんと自分の家に帰りなさいよ。そっちの方が、記憶が戻りやすいだろうし」  そうじろうの方を指差しながらかがみがそう言うと、こなたはかなり嫌そうな顔をした。 「…なんかね…俺、警戒されてるみたいなんだ…」  シクシクと泣きながらそう言うそうじろうを、かがみはなんとも言えない表情で見ていた。 「…ってまあ、そんな感じだったんだけど、なんとか納得させて家に帰らせたわ。とりあえず、今日から登校するようなこと言ってたわね」  登校時にいつも使っている待ち合わせ場所。かがみはそこで、自分の前にいるつかさとみゆきに、こなたの様子を話していた。 「でも、怪我がたいしたことなくて、良かったよー」 「そうですね。記憶が無いという事は大変でしょうけど、じっくり時間をかければ何とかなると思いますから…というか、つかささん、今まで泉さんの様子をかがみさんから聞いていなかったんですか?」 「…聞きたくないって、泣きながら拒絶されたわ」 「あ、あはは…」  照れ笑いで頭をかくつかさ。そのつかさが、何かに気がつきその方向を指差した。 「あれ、こなちゃんかな?」  かがみとみゆきがそちらを見ると、不安げなこなたが向かってきているのが見えた。 「こなた、こっちよ」  かがみが声をかけると、こなたの表情が一気に明るくなり、かがみ達に向かって走り出した。 「かがみさーん!!」 「うわ、大声で名前呼ぶな…」  そして、走ってきた勢いそのままに、こなたはかがみに抱きついた。 「良かったです、ちゃんと来られて!通学路はなんとなく覚えているみたいです!」 「そ、そう…おめでとう」  下からかがみを見上げながら、心底嬉しそうに報告するこなたに、かがみは苦笑いで答えた。ふとかがみは、つかさとみゆきが少し離れた位置に下がっているのに気がついた。 「いや、出来ればそこで引かないで欲しいんだけど…」 「お姉ちゃんとこなちゃん。何時の間にそんな関係に…?」 「つかさ。どんな関係を想像してるか知らないけど、たぶん誤解よ…見舞いにいってから、なんか懐かれちゃったのよ」 「えーっと…微笑ましいですね」 「みゆき。精一杯のフォロー、ありがとう…ってか、いい加減離れなさいって」  かがみはこなたの肩を掴んで、自分から引っぺがした。こなたは、そこでようやくかがみ以外の二人に気がついた。 「あの…こちらの人たちは?」 「えーっと、こっちは柊つかさ。わたしの双子の妹よ。んで、こっちが高良みゆき。わたし達の共通の友達よ」  不安そうに聞くこなたに、かがみが答える。こなたはつかさとみゆきの二人を見比べ、みゆきに方に近寄った。 「今度こそ、年上の方ですよね?」 「…いえ、泉さんのクラスメイトです…」  こなたはその答えに目を見開くと、みゆきの胸の辺りをじっと見つめた。 「…あ、あの…泉さん…?」  さすがに恥ずかしくなってきたのか、みゆきは困った風に両手で胸を隠した。 「凄いですね!」 「な、なにがですかー…」  なぜか興奮気味なこなたに、みゆきは顔を真っ赤にして泣きそうになっていた。 「やめんか」  かがみは、思わずこなたの後頭部を叩いて突っ込んでいた。 「まったく…記憶を無くしても、視点はエロオヤジのままだな…」 「こなちゃんらしいね…あ、お姉ちゃん、時間」 「っと、あとは学校向かいながら話そうか。遅刻しちゃうわ…ほら、行くわよ」  かがみは、しつこくみゆきの胸を見ようとしているこなたに声をかけて、バス停に向かって歩き出した。 「そ、それでですね…自分の部屋に入ったのはいいんですが…」  学校へと向かう バスの中、こなたは退院した後のことを三人に話していた。 「その…すごい部屋でした。女の子の人形とか、女の子のポスターとか、女の子が一杯描かれた漫画本だとか、その…女の子がすごい格好してる…ゲームの箱だとか…」 「まあ、確かにあの部屋は予備知識無しだと、強烈なインパクトがあるわよね…」  かがみは、自分が初めてこなたの部屋に入った時のことを思い出しながら答えた。 「でも、一番驚いたのは、そんな部屋なのにわたしは何故か安心してる、と言う事でした…あの、かがみさん」 「ん、なに?」 「記憶を失う前のわたしは、その…ど、同性愛者だったのでしょうか?」 「いやいやいや、違う違う」 「で、でも、部屋があんなだし、あんなゲームをやってたみたいだし、それに…かがみさんのことを考えると、わたし…」 「…そーきたかー…」  顔を背けて頬を赤らめるこなたを見ながら、かがみは目の前が真っ暗になるのを感じていた。 「つかさー、みゆきー、あんた達からも何とか言って…」  かがみがさっきから喋らない二人に助けを求めようとそちらの方を見ると、一緒に最後部の座席に座っていたはずの二人がいなくなっていた。 「あ、あれ?ちょっと、二人ともどこ行ったのよ…ってなんでそんなところに」  かがみがバスの中を見渡すと、二人は最前列の席に移動していた。 「な、なんかお邪魔になりそうだから…」 「あ、後はお二人でごゆっくり…」  振り返って苦笑いで答える二人と、わなわなと震えているかがみを交互に見ていたこなたは、少し考えた後、目を輝かせてかがみに抱きついた。 「もしかして、わたし達は周りの皆さんの公認の仲なんですか!?」 「ちっがーうっ!!」  バスの中だと言う事も忘れて、かがみは大声で否定した。 「あんた達がそんなことするから、誤解が加速してるじゃないの!」  そして、つかさ達を指差しながら、火を吹かんばかりの勢いで文句を言う。 「ご、誤解ですか?」  かがみに抱きついたままのこなたが、困ったようにそう言った。 「そうよ!誤解よ!仕入れた情報を誤って解釈してるの!」  かがみは必死で訴えかけるが、こなたは納得がいかないかのように眉を顰めるだけだった。 「えー…でもー…」 「な・ん・で・こういうのは素直に聞いてくれないのよ」 「あー…君たち、早く降りないと遅刻するよ?」 「へ?」  バスの運転手にそう声をかけられて、かがみは慌てて周りを見渡した。バスはとっくに学校に着いていたらしく、乗っていた生徒は全員降りていて、バスの中はかがみとこなたを除いて誰もいなかった。もちろん、つかさとみゆきもとっくに下車していた。 「ちょっと、あんた達!置いていかないでよ!」  へばりついたままのこなたを引き摺りながらバスを降りたかがみは、先に降りていたつかさとみゆきを見つけて文句を言った。 「お邪魔っていうか…」 「犬も食べないといいますか…」 「それはもういいっちゅうの…本気で誤解が解けなくなるでしょうが…」  今にも二人に殴りかかりでもしそうなかがみを、へばりついているこなたが押さえる。 「だ、ダメですかがみさん。わたしのために争いごとなんて…」 「…あんたもあんたで、妙なキャラ開花させてるんじゃないわよ…」  怒りの頂点を通り越して脱力してしまったかがみは、とても長い溜息をついた。 「で、これからどうするの?とりあえず、職員室?」 「あ、いえ。昨日担任の方から電話がありまして、直接自分の教室に行って欲しいって…」 「そっか、だったら後はつかさとみゆきに任せるわ。分からないことがあったら、ちゃんと二人に聞くのよ?」 「え…かがみさんは?」 「わたしはクラス違うのよ」  かがみの言葉に、こなたがこの世の終わりのような顔をした。 「そ、そんな…あんまりです…」 「そこまでショック受けんでも…」 「受けますよー…かがみさんとなら、この先どんな困難も越えられると思ってたんですからー…」 「いや、まあ…」  かがみは思わず天を仰いでしまった。空の上にいるかもしれない神様とかそんなものに、文句の一つも言ってやろうとしたが、限りなく意味のない行為だと思い直し、かがみは顔を地上にある現実に戻した。 「つかさ、みゆき、もういいからこなた連行してって」 「了解しました」 「はーい。それじゃ、こなちゃんいくよー」  つかさとみゆきがこなたの腕を左右から掴み、そのままズルズルと引き摺って歩き始めた。 「え?え?ちょ、ちょっと…うわーん!かがみさんカムバーック!!」  引き摺られながらもかがみの名を叫ぶこなたに、かがみは溜息をついた。そして、周りの生徒のヒソヒソ声に頭を抱えたくなったが、何とかこらえて自分の教室へと向かった。 「ういっす。こなたの調子はどう?」  昼休み。かがみは弁当を持ってこなた達の教室へとやってきた。その声を聞きつけたこなたが、目を輝かせながらかがみに向かって手を振る。 「ああ、かがみ様!今日はもう会えないかと思ってました!」  かがみは天井を見上げ、気持ちを落ち着かせるように何度か深呼吸をした。そして、つかさとみゆきの方に向き直る。 「…なんで様付けになってるのよ…」 「え、えっとね。こなちゃんがお姉ちゃんの事詳しく知りたいって言うから、わたしとゆきちゃんで教えてあげたの…」 「それで、泉さんの中でかがみさんが神聖化されてしまったようでして…」 「あんたら…一体どういうこと教えた…」  頭を抱えながらうめくかがみに、つかさとみゆきが首を振ってみせる。 「へ、変なこと教えてないよ。ねえゆきちゃん」 「は、はい。かがみさんが、いかに素晴らしい方かをお教えしただけでして…」 「それがあかんっちゅーねん!」  思わず関西弁で突っ込んでしまうかがみ。結構な大声だったせいか、教室の中が静まり返る。かがみは冷静に咳払いを一つすると、いつものように近くの席から椅子を拝借してきて、こなたの前に座った。 「さ、お昼にしましょう」 「す、すいませんかがみ様…わたしが不甲斐ないばかりに…」 「いや、いいから…うん、もうなんか色々とどうでもいいから」  なぜか申し訳なさそうに謝ってくるこなたを手で制して、かがみはお弁当をひろげた。 「さ、食べましょうか」  優しげな微笑みを浮かべながらそう言うかがみに、つかさとみゆきは言いようのない恐怖を覚えていた。 「お姉ちゃんがなんか突き抜けた…」 「怖いです…とても…」  そんな中、こなたが何か言いたげに、かがみの顔をチラチラと見ていた。それに気が付いたかがみが、やはり不必要に優しげな微笑みをこなたに向ける。 「どうしたの、こなた?」  慈愛に満ちたかがみの声に、つかさとみゆきが怯えたように首をすくめる。こなたは気にならないどころか、安心したようにかがみに質問をぶつけた。 「あの…かがみ様はどうしてこちらのクラスでお弁当を?」 「習慣だからよ。大体いつもこっちで食べてるわ」  その答えを聞いたこなたの目に涙が溢れてきた。 「ちょ、どうしたの?なにかおかしなこと言った?」 「かがみ様はクラスにお友達がいらっしゃらないのですか!?」 「…いや、いるから…ってか前にもアンタにそんな事言われたわね」  脱力しながらそう答えるかがみ。 「そ、そうですよね!よく考えたら、かがみ様ほどの方なら、お友達がいないほうがおかしいですよね!」 「…う…いや、言うほど親しいのは…それほど…」  キラキラと、眩しいほどの輝きを持つ目でそう言ってくるこなたに、かがみは流石に照れくさくなり顔を赤くしてそっぽを向いた。 「すごい。突き抜けたお姉ちゃんが元に戻った」 「さすが、泉さんですね」 「あんたら、いちいちうっさい」 「そういえばさ、今日ドタバタしてたから、テストの順位発表見てないんだけど…食べ終わったらみんなで見に行かない?」  そろそろ全員の食事が終わりそうだという頃に、つかさがみんなに向かってそう言った。 「そうね、そう言えばわたしも見てないわ…ってか忘れてたわ」 「余裕ですね!かがみ様!」 「あー…その目で見るのやめてー…」  純粋を絵に描いたようなこなたの目を避けるように、かがみが身をよじる。 「では、泉さんの記憶回復のきっかけになるかもしれませんし、四人で見に行きましょうか」  かがみとこなたの様子を少し笑いながら見ていたみゆきがそう言うと、他の三人は揃ってうなずいた。  テストの順位が張り出されてりる掲示板の前。こなたがある一点を指差しながら無邪気な笑みをかがみに向けていた。 「かがみ様!ほら、かがみ様は上位ですよ上位!流石です!」 「…なんであんたは自分のより先にわたしのを見つけるんだ…ってかマジで恥ずいから大声で言うのやめてー…」  かがみの名を見つけたこなたが大はしゃぎしている横で、かがみはだらだらと脂汗を流しながらこなたを必死で止めていた。 「ってか、わたしよりみゆきの方が順位上じゃない。その辺はどうなのよ」 「わ、わたしに振りますか…」  こなたは再び掲示板を見て、みゆきの名を見つけて目を見開いた。そしてそのままみゆきの方へと顔を向ける。その真っ直ぐな目に、みゆきは思わずたじろいでしまった。 「凄いの、胸だけじゃなかったんですね!」 「胸から離れてください!ってか大きい声で言わないでください!」 「…いや、みゆきの声も大きいから」  かがみの突っ込みに我に返ったみゆきは、周りの生徒が自分たちの方を見て小声で話しているのに気が付き、恥ずかしさに縮こまってしまった。 「そうだよ、こなちゃん。ゆきちゃん凄いの胸だけじゃないよ。お尻も大きいよー」 「つかささん…それ、もしかしてフォローのつもりですか…で、泉さんはどうして、わたしの後ろに回り込もうとするのですか…」 「え、いや…どれくらいのものかと…」 「いいから、自分の順位を見ときなさい」  かがみは、みゆきの背後に回ろうとするこなたの襟首を掴んで、無理矢理掲示板の方に顔を向けさせた。こなたは少し不満げな顔をしていたが、素直に自分の順位を探し始めた。 「…わたしって…わたしって…」  そして、かなりの下位に自分の名前を発見し、しゃがみ込んで地面にのの字を書きだした。 「今更落ち込まれても…ヤマ外したら大体いつもこんなもんじゃない」 「い、いつも…ってかヤマって…わたし、頭悪いんですか?」 「悪くは無いと思うんだけど、勉強自体が嫌いだからね…」  半泣きになりながら、掲示板を眺めるこなたは、ふと自分の名前の隣につかさの名前を見つけ、本人の方を向き、ニコリと笑った。 「え…何こなちゃん?仲間を見つけたみたいな顔して…」 「見つけたんでしょ。あんたの名前、こなたの横にあったわよ」 「うそー!わたししそんなに悪かったのー!?」  つかさはかがみの言葉に慌てて掲示板を見て、そのままズルズルと崩れ落ちた。 「ほんとだー…」 「ってか今まで見てなかったのかよ…」 「つかささんも頭悪いんですね!」 「こなちゃん、大声ではっきり言わないで…」 「…いや、まあつかさはその…」 「お姉ちゃん、言葉濁さないで…」 「つかささんは、足りない分を努力でカバーする人ですから」 「ゆきちゃん、フォローになってないよ…」  落ち込むつかさの肩に手を置くかがみとみゆき、その周りをニコニコしながら回っているこなた。他の生徒は、その奇妙な四人を遠巻きに眺めていた。  順位を見終わったこなた達は、教室に戻るために階段を上がっていた。未だに嬉しそうなこなたを先頭に、すぐ後ろをかがみとみゆきが並んで上がり、かなり離れた後ろをつかさが肩を落として上がっていた。 「ん…どうしたの、こなた?」  階段を上がりきる直前。かがみはこなたが立ち止まり、頭を押さえているのに気が付いた。 「えっと…なんだか頭が…」  こなたの身体がふらつき、階段を踏み外した。 「こなた!」 「泉さん!」  かがみとみゆきは反応しきれず、こなたの身体は二人の間を抜け、階下へと落ちていく。 「え…?」  後ろを歩いていたつかさは、かがみ達の声に顔を上げた。 「こなちゃん!?」  そして、落ちてくるこなたを見て、咄嗟に両手を左右に広げた。こなたの身体はつかさに激突し、つかさを巻き込んで踊り場へと落ちた。 「つかさっ!こなたっ!」 「大丈夫ですか!?」  階段を下りてきたかがみとみゆきが、二人の傍に駆け寄る。 「…あつつ…こ、こなちゃんは大丈夫?」 「なに、言ってるのよ!下敷きになったあんたの方がヤバイでしょ!?」  かがみが痛みに顔をしかめるつかさを抱き上げている間、みゆきはこなたを助け起こしていた。 「泉さん、大丈夫ですか?」  みゆきが声をかけると、こなたはうめきながら目を開いた。 「…あれ…みゆきさん…そっか、わたし階段踏み外して…あ、つかさは?わたしを受け止めようとしてたみたいだけど」  みゆきがかがみ達の方を見ると、頭を振りながら自分の足で立ち上がるつかさが見えた。 「大丈夫みたいですよ。一応、保健室で見てもらった方がいいでしょうけど…」 「そっか…良かった」  こなたは安堵の溜息をつくと、みゆきの腕から離れ立ち上がった。 「あああああああっ!!」  そして、急に大声を出した。三人が驚きながらこなたの方を見る。 「な、なにこなた。今度はなんなの?」 「あ、いや…その…あの…」  自分を見ている三人の顔を、青ざめた表情で眺めていたこなたは、踵を返して全速力で走り出した。 「ちょ、ちょっとこなた!?」 「ごめんなさーい!!」  何故か謝りながら走り去るこなたを、三人は唖然と見送っていた。 「こなちゃん、あの後早退しちゃったんだって」  放課後。かがみ達三人は、駅に向かい歩きながら今日のことを話していた。 「ホント、あいつどうしちゃったのかしらね…」  かがみが心配そうに呟く。 「あの、確証はありませんが…」  学校からずっと俯いて考え込んでいたみゆきが、顔をあげてかがみ達の方を見た。 「もしかして、階段から落ちたショックで、泉さんは記憶が戻ったのではないでしょうか?」 「え、マジで?」 「はい。階段から落ちた後、わたしが助け起こした時の事なんですが…今思えば、泉さんの口調が元に戻っていましたから」 「そっか…でも、なんでそれで逃げるのよ?」 「あの…これは本当にわたしの想像なんですが…泉さんは、記憶を失っていた間の行動を、覚えていたのではないでしょうか?」  みゆきの言葉に、かがみとつかさが思わず顔を見合わせる。 「それは…」 「逃げたくもなるわね…」  二日後。 「こなた、おはよっ」  待ち合わせ場所に現れたこなたを、かがみ達三人が出迎えると、こなたは引き攣った笑顔を見せた。 「お、おはよ…みなさんおそろいで…」  なにか警戒しているこなたの肩に、かがみが手を回す。 「で、記憶戻ったの?昨日は休んでたみたいだけど、大丈夫?」 「え、えっとおかげさまで無事戻りました…き、昨日は念のため病院で検査受けてて…」 「…二日前の事は覚えてるの?」 「…出来れば、忘れたい」  こなたは項垂れると、特大の溜息をついた。 「ま、普段見れないこなたが見れて、ちょっと面白かったけどね。ねえ、みゆき」 「はい…少し恥ずかしい思いもしましたけど」 「その節はホントもーしわけありませんでした」  二人に向かって芝居がかった謝罪をしたこなたは、少し後ろにいるつかさに気が付き、近くへと寄った。 「つかさ…その…怪我無かった?」 「うん、平気。うまく落ちれたみたいで、肘にちょっと痣ができたくらいだよ。こなちゃんの方は?」 「わ、わたしは全然大丈夫で…その…あ、ありがとう」 「…うん」  照れながら礼を言うこなたに、つかさも少し照れながら微笑んで見せた。 「ほーい、そろそろ行くわよー」  かがみが、こなたの後ろから首に手をまわし、そのまま引き摺って歩き出す。 「うわっ、ちょ、かがみ苦し…なにするんだよ!嫉妬?嫉妬なの!?」 「うるさい、遅刻するわよ」  そして、つかさとみゆきが二人を追って歩き出した。 「そういや、おじさんの方はフォローしといたの?なんか落ち込んでたけど」 「あー、記憶なくしてた間、お父さんのことえらく毛嫌いしてたねー…あれ、なんでだろ?」 「わたしに聞かれても分からないけど…」 「とりあえず、そのために昨日は病院から戻った後、一日中家族サービスしてたよ」 「サービス?」 「…一日中、ベッタリすることを許可」 「…なんか、サービスの意味が違って見えるぞ」  歩きながら、いつもの調子で会話するこなたとかがみ。 「ねえ、ゆきちゃん」  それを見ていたつかさが、隣を歩くみゆきに声をかけた。 「なんでしょう?」 「やっぱり、こなちゃんはいつも通りがいいね」 「…そうですね」  心底嬉しそうに二人を見つめるつかさに、みゆきもまた嬉しそうに微笑んだ。 - おしまい - **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - 大体記憶喪失ネタはシリアスだったり誰かしらが記憶操作しようとしたりで苦手だったけどこれはすんなり読めた &br()ほのぼのっていいね -- 名無しさん (2010-01-19 08:23:56) - 記憶喪失ネタなのにほのぼのしているのは斬新でいい。 &br() -- 名無しさん (2009-08-14 22:12:41)
 自動ドアが開ききるのを待たずに、かがみは身体を滑り込ませ病院内へと入った。受付に用件を言い病室の番号を聞き出す。そして、怒られるのを覚悟で走り出した。 「こなた…無事でいてよ…」  こなたが交通事故にあった。かがみがそれを知ったのは、ほんの三十分ほど前だった。  こなたの病室の前に来ると、かがみはノックもせずにドアを開けて中に入った。 「こなたっ!」  かがみの声に、部屋の中にいる人間が一斉に振り向く。ベッドに座っているこなた。傍に立っている父のそうじろう。そして、部屋の隅の方には、従姉妹であるゆいとゆたかもいた。  頭に包帯を巻いたこなたが、じっとかがみの方を見つめている。思ったより元気そうなその姿に、かがみは安堵のため息をついた。 「良かった…あんまり大きな怪我じゃなかったのね…」  目尻に少し溜まった涙を拭いながら、かがみはこなたに近づいた。こなたは何も言わず、かがみをじっと見ている。 「…こなた、どうかしたの?わたしの顔に何かついてる?」  こなたの様子がおかしいのに気がついたかがみがそう訊いた。 「えっと…」  何か言いにくそうにしながら、こなたが俯く。そして、すぐに顔を上げてかがみに言った。 「あなたは誰ですか?」 「…なんですと」 - わすれもの - 「記憶喪失…ですか…」  そうじろうから、こなたが記憶を無くしているという事を聞いたかがみは、長い溜息をついた。 「漫画みたいね…」  ちなみに、こなたがあった事故というのは、後ろからすぐ側を通り過ぎたトラックに驚いて足を滑らせ、地面で頭を打ったというなんとも間抜けなものだった。 「どの程度忘れてるんですか?」  かがみがそう訊くと、そうじろうは難しい顔をして顎を撫でた。 「自分も含めて、人物関係がすっぽりと無くなってるみたいなんだ。あと、細かいことも色々忘れてるみたいでね…とりあえず、日常生活には支障はないみたいだ」 「部分的な記憶喪失ですか…やっかいですね…」  呟きながらかがみはこなたの方を見た。自分の事で二人が頭を悩ませているのが分かっているのか、かがみとそうじろうを交互に見ながら、申し訳なさそうな顔をしていた。 「す、すいません…なんだかわたしが不甲斐ないみたいで…」  そして、そう言いながらかがみ達に対して頭を下げる。そんなこなたを見ながら、かがみとそうじろうは実に複雑な表情をしていた。 「いやまあ…あんたがどうこうは置いといてさ、敬語はやめない?なんか調子狂うのよね…」 「え、でもかがみさんは年上の方ですから、敬語なのは普通では…」 「…いや、わたしとあんたは同級生だ」  こなたは何度か瞬きをすると、ベッドから降りてかがみの前に立った。そしてかがみの顔を見上げ、視線を胸の辺りに移し、最後に自分の胸を見た。 「…わたしって…わたしって…」  そして、しゃがみ込んで地面にのの字を書き始めた。 「いや、いまさら落ち込まれても…」 「落ち込みますよー…記憶をなくす前のわたしは平気だったんですか?」 「平気どころか誇ってたぞ。『貧乳はステータスだ!希少価値だ!』とか言って」 「…誇ってた…そ、そうですよね!どんな姿形でも、わたしはわたしですもの!恥じることなんてないですよね!」 「…まあ、そのポジティブっぷりはこなたらしいっちゃらしいわね…」 「ありがとうございます、かがみさん!わたしなんだか自信が持てました!」 「いや…わたしは特に何も…ってか抱きつくな!顔近いって!」  普段なら頭をどつくなりして引っぺがすところだが、一応怪我人だと言う事で無理は出来ず、かがみは抱きつかれるままにしていた。 「あー…ところでおじさん。こなたの怪我自体はたいしたこと無さそうなんですけど、退院はいつくらいです?」 「今日だよ。この後の検査で特に何もなかったら、退院できるそうだ」 「…えらく急ですね…まあ、それだけたいしたこと無いってことか。良かったわね」  言いながら、かがみがこなたの頭を軽く撫でると、こなたは嬉しそうな顔で頷いた。 「はい。それでですね、退院したらかがみさんの家において貰えませんか?」 「なんでやねん」  こなたの言葉に、思わず関西弁で突っ込んでしまうかがみ。 「ちゃんと自分の家に帰りなさいよ。そっちの方が、記憶が戻りやすいだろうし」  そうじろうの方を指差しながらかがみがそう言うと、こなたはかなり嫌そうな顔をした。 「…なんかね…俺、警戒されてるみたいなんだ…」  シクシクと泣きながらそう言うそうじろうを、かがみはなんとも言えない表情で見ていた。 「…ってまあ、そんな感じだったんだけど、なんとか納得させて家に帰らせたわ。とりあえず、今日から登校するようなこと言ってたわね」  登校時にいつも使っている待ち合わせ場所。かがみはそこで、自分の前にいるつかさとみゆきに、こなたの様子を話していた。 「でも、怪我がたいしたことなくて、良かったよー」 「そうですね。記憶が無いという事は大変でしょうけど、じっくり時間をかければ何とかなると思いますから…というか、つかささん、今まで泉さんの様子をかがみさんから聞いていなかったんですか?」 「…聞きたくないって、泣きながら拒絶されたわ」 「あ、あはは…」  照れ笑いで頭をかくつかさ。そのつかさが、何かに気がつきその方向を指差した。 「あれ、こなちゃんかな?」  かがみとみゆきがそちらを見ると、不安げなこなたが向かってきているのが見えた。 「こなた、こっちよ」  かがみが声をかけると、こなたの表情が一気に明るくなり、かがみ達に向かって走り出した。 「かがみさーん!!」 「うわ、大声で名前呼ぶな…」  そして、走ってきた勢いそのままに、こなたはかがみに抱きついた。 「良かったです、ちゃんと来られて!通学路はなんとなく覚えているみたいです!」 「そ、そう…おめでとう」  下からかがみを見上げながら、心底嬉しそうに報告するこなたに、かがみは苦笑いで答えた。ふとかがみは、つかさとみゆきが少し離れた位置に下がっているのに気がついた。 「いや、出来ればそこで引かないで欲しいんだけど…」 「お姉ちゃんとこなちゃん。何時の間にそんな関係に…?」 「つかさ。どんな関係を想像してるか知らないけど、たぶん誤解よ…見舞いにいってから、なんか懐かれちゃったのよ」 「えーっと…微笑ましいですね」 「みゆき。精一杯のフォロー、ありがとう…ってか、いい加減離れなさいって」  かがみはこなたの肩を掴んで、自分から引っぺがした。こなたは、そこでようやくかがみ以外の二人に気がついた。 「あの…こちらの人たちは?」 「えーっと、こっちは柊つかさ。わたしの双子の妹よ。んで、こっちが高良みゆき。わたし達の共通の友達よ」  不安そうに聞くこなたに、かがみが答える。こなたはつかさとみゆきの二人を見比べ、みゆきに方に近寄った。 「今度こそ、年上の方ですよね?」 「…いえ、泉さんのクラスメイトです…」  こなたはその答えに目を見開くと、みゆきの胸の辺りをじっと見つめた。 「…あ、あの…泉さん…?」  さすがに恥ずかしくなってきたのか、みゆきは困った風に両手で胸を隠した。 「凄いですね!」 「な、なにがですかー…」  なぜか興奮気味なこなたに、みゆきは顔を真っ赤にして泣きそうになっていた。 「やめんか」  かがみは、思わずこなたの後頭部を叩いて突っ込んでいた。 「まったく…記憶を無くしても、視点はエロオヤジのままだな…」 「こなちゃんらしいね…あ、お姉ちゃん、時間」 「っと、あとは学校向かいながら話そうか。遅刻しちゃうわ…ほら、行くわよ」  かがみは、しつこくみゆきの胸を見ようとしているこなたに声をかけて、バス停に向かって歩き出した。 「そ、それでですね…自分の部屋に入ったのはいいんですが…」  学校へと向かう バスの中、こなたは退院した後のことを三人に話していた。 「その…すごい部屋でした。女の子の人形とか、女の子のポスターとか、女の子が一杯描かれた漫画本だとか、その…女の子がすごい格好してる…ゲームの箱だとか…」 「まあ、確かにあの部屋は予備知識無しだと、強烈なインパクトがあるわよね…」  かがみは、自分が初めてこなたの部屋に入った時のことを思い出しながら答えた。 「でも、一番驚いたのは、そんな部屋なのにわたしは何故か安心してる、と言う事でした…あの、かがみさん」 「ん、なに?」 「記憶を失う前のわたしは、その…ど、同性愛者だったのでしょうか?」 「いやいやいや、違う違う」 「で、でも、部屋があんなだし、あんなゲームをやってたみたいだし、それに…かがみさんのことを考えると、わたし…」 「…そーきたかー…」  顔を背けて頬を赤らめるこなたを見ながら、かがみは目の前が真っ暗になるのを感じていた。 「つかさー、みゆきー、あんた達からも何とか言って…」  かがみがさっきから喋らない二人に助けを求めようとそちらの方を見ると、一緒に最後部の座席に座っていたはずの二人がいなくなっていた。 「あ、あれ?ちょっと、二人ともどこ行ったのよ…ってなんでそんなところに」  かがみがバスの中を見渡すと、二人は最前列の席に移動していた。 「な、なんかお邪魔になりそうだから…」 「あ、後はお二人でごゆっくり…」  振り返って苦笑いで答える二人と、わなわなと震えているかがみを交互に見ていたこなたは、少し考えた後、目を輝かせてかがみに抱きついた。 「もしかして、わたし達は周りの皆さんの公認の仲なんですか!?」 「ちっがーうっ!!」  バスの中だと言う事も忘れて、かがみは大声で否定した。 「あんた達がそんなことするから、誤解が加速してるじゃないの!」  そして、つかさ達を指差しながら、火を吹かんばかりの勢いで文句を言う。 「ご、誤解ですか?」  かがみに抱きついたままのこなたが、困ったようにそう言った。 「そうよ!誤解よ!仕入れた情報を誤って解釈してるの!」  かがみは必死で訴えかけるが、こなたは納得がいかないかのように眉を顰めるだけだった。 「えー…でもー…」 「な・ん・で・こういうのは素直に聞いてくれないのよ」 「あー…君たち、早く降りないと遅刻するよ?」 「へ?」  バスの運転手にそう声をかけられて、かがみは慌てて周りを見渡した。バスはとっくに学校に着いていたらしく、乗っていた生徒は全員降りていて、バスの中はかがみとこなたを除いて誰もいなかった。もちろん、つかさとみゆきもとっくに下車していた。 「ちょっと、あんた達!置いていかないでよ!」  へばりついたままのこなたを引き摺りながらバスを降りたかがみは、先に降りていたつかさとみゆきを見つけて文句を言った。 「お邪魔っていうか…」 「犬も食べないといいますか…」 「それはもういいっちゅうの…本気で誤解が解けなくなるでしょうが…」  今にも二人に殴りかかりでもしそうなかがみを、へばりついているこなたが押さえる。 「だ、ダメですかがみさん。わたしのために争いごとなんて…」 「…あんたもあんたで、妙なキャラ開花させてるんじゃないわよ…」  怒りの頂点を通り越して脱力してしまったかがみは、とても長い溜息をついた。 「で、これからどうするの?とりあえず、職員室?」 「あ、いえ。昨日担任の方から電話がありまして、直接自分の教室に行って欲しいって…」 「そっか、だったら後はつかさとみゆきに任せるわ。分からないことがあったら、ちゃんと二人に聞くのよ?」 「え…かがみさんは?」 「わたしはクラス違うのよ」  かがみの言葉に、こなたがこの世の終わりのような顔をした。 「そ、そんな…あんまりです…」 「そこまでショック受けんでも…」 「受けますよー…かがみさんとなら、この先どんな困難も越えられると思ってたんですからー…」 「いや、まあ…」  かがみは思わず天を仰いでしまった。空の上にいるかもしれない神様とかそんなものに、文句の一つも言ってやろうとしたが、限りなく意味のない行為だと思い直し、かがみは顔を地上にある現実に戻した。 「つかさ、みゆき、もういいからこなた連行してって」 「了解しました」 「はーい。それじゃ、こなちゃんいくよー」  つかさとみゆきがこなたの腕を左右から掴み、そのままズルズルと引き摺って歩き始めた。 「え?え?ちょ、ちょっと…うわーん!かがみさんカムバーック!!」  引き摺られながらもかがみの名を叫ぶこなたに、かがみは溜息をついた。そして、周りの生徒のヒソヒソ声に頭を抱えたくなったが、何とかこらえて自分の教室へと向かった。 「ういっす。こなたの調子はどう?」  昼休み。かがみは弁当を持ってこなた達の教室へとやってきた。その声を聞きつけたこなたが、目を輝かせながらかがみに向かって手を振る。 「ああ、かがみ様!今日はもう会えないかと思ってました!」  かがみは天井を見上げ、気持ちを落ち着かせるように何度か深呼吸をした。そして、つかさとみゆきの方に向き直る。 「…なんで様付けになってるのよ…」 「え、えっとね。こなちゃんがお姉ちゃんの事詳しく知りたいって言うから、わたしとゆきちゃんで教えてあげたの…」 「それで、泉さんの中でかがみさんが神聖化されてしまったようでして…」 「あんたら…一体どういうこと教えた…」  頭を抱えながらうめくかがみに、つかさとみゆきが首を振ってみせる。 「へ、変なこと教えてないよ。ねえゆきちゃん」 「は、はい。かがみさんが、いかに素晴らしい方かをお教えしただけでして…」 「それがあかんっちゅーねん!」  思わず関西弁で突っ込んでしまうかがみ。結構な大声だったせいか、教室の中が静まり返る。かがみは冷静に咳払いを一つすると、いつものように近くの席から椅子を拝借してきて、こなたの前に座った。 「さ、お昼にしましょう」 「す、すいませんかがみ様…わたしが不甲斐ないばかりに…」 「いや、いいから…うん、もうなんか色々とどうでもいいから」  なぜか申し訳なさそうに謝ってくるこなたを手で制して、かがみはお弁当をひろげた。 「さ、食べましょうか」  優しげな微笑みを浮かべながらそう言うかがみに、つかさとみゆきは言いようのない恐怖を覚えていた。 「お姉ちゃんがなんか突き抜けた…」 「怖いです…とても…」  そんな中、こなたが何か言いたげに、かがみの顔をチラチラと見ていた。それに気が付いたかがみが、やはり不必要に優しげな微笑みをこなたに向ける。 「どうしたの、こなた?」  慈愛に満ちたかがみの声に、つかさとみゆきが怯えたように首をすくめる。こなたは気にならないどころか、安心したようにかがみに質問をぶつけた。 「あの…かがみ様はどうしてこちらのクラスでお弁当を?」 「習慣だからよ。大体いつもこっちで食べてるわ」  その答えを聞いたこなたの目に涙が溢れてきた。 「ちょ、どうしたの?なにかおかしなこと言った?」 「かがみ様はクラスにお友達がいらっしゃらないのですか!?」 「…いや、いるから…ってか前にもアンタにそんな事言われたわね」  脱力しながらそう答えるかがみ。 「そ、そうですよね!よく考えたら、かがみ様ほどの方なら、お友達がいないほうがおかしいですよね!」 「…う…いや、言うほど親しいのは…それほど…」  キラキラと、眩しいほどの輝きを持つ目でそう言ってくるこなたに、かがみは流石に照れくさくなり顔を赤くしてそっぽを向いた。 「すごい。突き抜けたお姉ちゃんが元に戻った」 「さすが、泉さんですね」 「あんたら、いちいちうっさい」 「そういえばさ、今日ドタバタしてたから、テストの順位発表見てないんだけど…食べ終わったらみんなで見に行かない?」  そろそろ全員の食事が終わりそうだという頃に、つかさがみんなに向かってそう言った。 「そうね、そう言えばわたしも見てないわ…ってか忘れてたわ」 「余裕ですね!かがみ様!」 「あー…その目で見るのやめてー…」  純粋を絵に描いたようなこなたの目を避けるように、かがみが身をよじる。 「では、泉さんの記憶回復のきっかけになるかもしれませんし、四人で見に行きましょうか」  かがみとこなたの様子を少し笑いながら見ていたみゆきがそう言うと、他の三人は揃ってうなずいた。  テストの順位が張り出されてりる掲示板の前。こなたがある一点を指差しながら無邪気な笑みをかがみに向けていた。 「かがみ様!ほら、かがみ様は上位ですよ上位!流石です!」 「…なんであんたは自分のより先にわたしのを見つけるんだ…ってかマジで恥ずいから大声で言うのやめてー…」  かがみの名を見つけたこなたが大はしゃぎしている横で、かがみはだらだらと脂汗を流しながらこなたを必死で止めていた。 「ってか、わたしよりみゆきの方が順位上じゃない。その辺はどうなのよ」 「わ、わたしに振りますか…」  こなたは再び掲示板を見て、みゆきの名を見つけて目を見開いた。そしてそのままみゆきの方へと顔を向ける。その真っ直ぐな目に、みゆきは思わずたじろいでしまった。 「凄いの、胸だけじゃなかったんですね!」 「胸から離れてください!ってか大きい声で言わないでください!」 「…いや、みゆきの声も大きいから」  かがみの突っ込みに我に返ったみゆきは、周りの生徒が自分たちの方を見て小声で話しているのに気が付き、恥ずかしさに縮こまってしまった。 「そうだよ、こなちゃん。ゆきちゃん凄いの胸だけじゃないよ。お尻も大きいよー」 「つかささん…それ、もしかしてフォローのつもりですか…で、泉さんはどうして、わたしの後ろに回り込もうとするのですか…」 「え、いや…どれくらいのものかと…」 「いいから、自分の順位を見ときなさい」  かがみは、みゆきの背後に回ろうとするこなたの襟首を掴んで、無理矢理掲示板の方に顔を向けさせた。こなたは少し不満げな顔をしていたが、素直に自分の順位を探し始めた。 「…わたしって…わたしって…」  そして、かなりの下位に自分の名前を発見し、しゃがみ込んで地面にのの字を書きだした。 「今更落ち込まれても…ヤマ外したら大体いつもこんなもんじゃない」 「い、いつも…ってかヤマって…わたし、頭悪いんですか?」 「悪くは無いと思うんだけど、勉強自体が嫌いだからね…」  半泣きになりながら、掲示板を眺めるこなたは、ふと自分の名前の隣につかさの名前を見つけ、本人の方を向き、ニコリと笑った。 「え…何こなちゃん?仲間を見つけたみたいな顔して…」 「見つけたんでしょ。あんたの名前、こなたの横にあったわよ」 「うそー!わたししそんなに悪かったのー!?」  つかさはかがみの言葉に慌てて掲示板を見て、そのままズルズルと崩れ落ちた。 「ほんとだー…」 「ってか今まで見てなかったのかよ…」 「つかささんも頭悪いんですね!」 「こなちゃん、大声ではっきり言わないで…」 「…いや、まあつかさはその…」 「お姉ちゃん、言葉濁さないで…」 「つかささんは、足りない分を努力でカバーする人ですから」 「ゆきちゃん、フォローになってないよ…」  落ち込むつかさの肩に手を置くかがみとみゆき、その周りをニコニコしながら回っているこなた。他の生徒は、その奇妙な四人を遠巻きに眺めていた。  順位を見終わったこなた達は、教室に戻るために階段を上がっていた。未だに嬉しそうなこなたを先頭に、すぐ後ろをかがみとみゆきが並んで上がり、かなり離れた後ろをつかさが肩を落として上がっていた。 「ん…どうしたの、こなた?」  階段を上がりきる直前。かがみはこなたが立ち止まり、頭を押さえているのに気が付いた。 「えっと…なんだか頭が…」  こなたの身体がふらつき、階段を踏み外した。 「こなた!」 「泉さん!」  かがみとみゆきは反応しきれず、こなたの身体は二人の間を抜け、階下へと落ちていく。 「え…?」  後ろを歩いていたつかさは、かがみ達の声に顔を上げた。 「こなちゃん!?」  そして、落ちてくるこなたを見て、咄嗟に両手を左右に広げた。こなたの身体はつかさに激突し、つかさを巻き込んで踊り場へと落ちた。 「つかさっ!こなたっ!」 「大丈夫ですか!?」  階段を下りてきたかがみとみゆきが、二人の傍に駆け寄る。 「…あつつ…こ、こなちゃんは大丈夫?」 「なに、言ってるのよ!下敷きになったあんたの方がヤバイでしょ!?」  かがみが痛みに顔をしかめるつかさを抱き上げている間、みゆきはこなたを助け起こしていた。 「泉さん、大丈夫ですか?」  みゆきが声をかけると、こなたはうめきながら目を開いた。 「…あれ…みゆきさん…そっか、わたし階段踏み外して…あ、つかさは?わたしを受け止めようとしてたみたいだけど」  みゆきがかがみ達の方を見ると、頭を振りながら自分の足で立ち上がるつかさが見えた。 「大丈夫みたいですよ。一応、保健室で見てもらった方がいいでしょうけど…」 「そっか…良かった」  こなたは安堵の溜息をつくと、みゆきの腕から離れ立ち上がった。 「あああああああっ!!」  そして、急に大声を出した。三人が驚きながらこなたの方を見る。 「な、なにこなた。今度はなんなの?」 「あ、いや…その…あの…」  自分を見ている三人の顔を、青ざめた表情で眺めていたこなたは、踵を返して全速力で走り出した。 「ちょ、ちょっとこなた!?」 「ごめんなさーい!!」  何故か謝りながら走り去るこなたを、三人は唖然と見送っていた。 「こなちゃん、あの後早退しちゃったんだって」  放課後。かがみ達三人は、駅に向かい歩きながら今日のことを話していた。 「ホント、あいつどうしちゃったのかしらね…」  かがみが心配そうに呟く。 「あの、確証はありませんが…」  学校からずっと俯いて考え込んでいたみゆきが、顔をあげてかがみ達の方を見た。 「もしかして、階段から落ちたショックで、泉さんは記憶が戻ったのではないでしょうか?」 「え、マジで?」 「はい。階段から落ちた後、わたしが助け起こした時の事なんですが…今思えば、泉さんの口調が元に戻っていましたから」 「そっか…でも、なんでそれで逃げるのよ?」 「あの…これは本当にわたしの想像なんですが…泉さんは、記憶を失っていた間の行動を、覚えていたのではないでしょうか?」  みゆきの言葉に、かがみとつかさが思わず顔を見合わせる。 「それは…」 「逃げたくもなるわね…」  二日後。 「こなた、おはよっ」  待ち合わせ場所に現れたこなたを、かがみ達三人が出迎えると、こなたは引き攣った笑顔を見せた。 「お、おはよ…みなさんおそろいで…」  なにか警戒しているこなたの肩に、かがみが手を回す。 「で、記憶戻ったの?昨日は休んでたみたいだけど、大丈夫?」 「え、えっとおかげさまで無事戻りました…き、昨日は念のため病院で検査受けてて…」 「…二日前の事は覚えてるの?」 「…出来れば、忘れたい」  こなたは項垂れると、特大の溜息をついた。 「ま、普段見れないこなたが見れて、ちょっと面白かったけどね。ねえ、みゆき」 「はい…少し恥ずかしい思いもしましたけど」 「その節はホントもーしわけありませんでした」  二人に向かって芝居がかった謝罪をしたこなたは、少し後ろにいるつかさに気が付き、近くへと寄った。 「つかさ…その…怪我無かった?」 「うん、平気。うまく落ちれたみたいで、肘にちょっと痣ができたくらいだよ。こなちゃんの方は?」 「わ、わたしは全然大丈夫で…その…あ、ありがとう」 「…うん」  照れながら礼を言うこなたに、つかさも少し照れながら微笑んで見せた。 「ほーい、そろそろ行くわよー」  かがみが、こなたの後ろから首に手をまわし、そのまま引き摺って歩き出す。 「うわっ、ちょ、かがみ苦し…なにするんだよ!嫉妬?嫉妬なの!?」 「うるさい、遅刻するわよ」  そして、つかさとみゆきが二人を追って歩き出した。 「そういや、おじさんの方はフォローしといたの?なんか落ち込んでたけど」 「あー、記憶なくしてた間、お父さんのことえらく毛嫌いしてたねー…あれ、なんでだろ?」 「わたしに聞かれても分からないけど…」 「とりあえず、そのために昨日は病院から戻った後、一日中家族サービスしてたよ」 「サービス?」 「…一日中、ベッタリすることを許可」 「…なんか、サービスの意味が違って見えるぞ」  歩きながら、いつもの調子で会話するこなたとかがみ。 「ねえ、ゆきちゃん」  それを見ていたつかさが、隣を歩くみゆきに声をかけた。 「なんでしょう?」 「やっぱり、こなちゃんはいつも通りがいいね」 「…そうですね」  心底嬉しそうに二人を見つめるつかさに、みゆきもまた嬉しそうに微笑んだ。 - おしまい - **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - 面白かった!もう少し長くても良かったかな &br()、あっという間に読めてしまったので…  &br()こういうこなたも可愛い!! -- チャムチロ (2014-03-20 22:47:35) - 大体記憶喪失ネタはシリアスだったり誰かしらが記憶操作しようとしたりで苦手だったけどこれはすんなり読めた &br()ほのぼのっていいね -- 名無しさん (2010-01-19 08:23:56) - 記憶喪失ネタなのにほのぼのしているのは斬新でいい。 &br() -- 名無しさん (2009-08-14 22:12:41)

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