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 とある週末。つかさ、こなた、みゆきの三人は、夕暮の道を柊家に向かって歩いていた。  今日は柊家でのお泊り会で、つかさが二人を駅まで迎えに行っていたのだ。 「一番星、みーつけたっ」  空を見上げていたつかさが、歌うようにそう言った。 「えっ、もうそんな時間?」  隣を歩いていたこなたが、驚いてつかさにそう聞ききながら空を見上げた。だが、いくら目を凝らしても星らしきものは見えない。こなたがつかさに視線を移すと、つかさは意地悪そうな笑みを浮かべた。 「へへー、嘘だよー。こなちゃん引っかかったー」  こなたはしばらく唖然としていたが、ムッとした表情になると、つかさの背後に回りこみ両手でわき腹の辺りを掴んだ。 「ひゃっ!?こ、こなちゃんなにするの。くすぐったいよー」 「つかさの癖にわたしを騙すからだー!こうしてくれるー!」  そのまま掴んだ手をワキワキと動かす。 「あははははっ!こなちゃんやめてー!く、くすぐった…はふぁひゃひゃひゃひゃっ!」  そんな二人をみゆきは少し笑いながら見ていたが、ふと思いつくことがあってつかさに聞いてみることにした。 「つかささん、この辺りは一番星がよく見えるのですか?」 「え?うん。わたしの家の神社は結構広いし、明かりも少ないからよく見えるよ」  なんとかこなたから解放されたつかさがそう答える。 「いいですね。わたしの家の周りは、星があまり見えないものですから、一番星ってあまり見たことなくて…」 「そっかー。今の時期ならわたしの家に着く頃には、一番星が見えるよ」 「え?本当ですか?」 「つかさ分かるの?」  つかさの言葉に、こなたとみゆきが驚きの声を上げた。 「うん。わたし小さい頃から一番星探すの好きだったから、だいたい時間が分かるようになったんだ」 「それは、凄いね…」  得意気に言うつかさ。こなたもそれには素直に感嘆の声を上げた。 「わたしはね、一番星が大好きなんだー」  つかさは少し遠くを見るような目で、嬉しそうにそう言った。それを見たこなたは、ふむと頷き隣にいるみゆきの方を向いた。 「みゆきさんや、これには何か特別なエピソードとかあると感じませんかな?」 「そうですね。わたしもそう思ってました」 「と言うわけでつかさ。きりきり話せい」  こなたはつかさの方に向き直り、脅すようにそう言った。 「えぇー…そんな特別な話じゃないよ…っていうか恥ずかしいよ」 「わたしも興味ありますので、是非」  みゆきも、こなたの隣からつかさを煽る、 「ゆ、ゆきちゃんまで…えっと…それじゃ、ちょっとだけだよ?」  二人に迫られた形で、つかさはぼそぼそと喋り始めた。 - 一番星 -  小さな頃から一番星が好きだった。  どの星よりも早く現れるその姿は、とても誇らしげに見えたから。  いつしかわたしは一番星に憧れ、そして願うようになった。  何時でもあなたを見られますように、と。 「志望校、稜桜に決めたわ」  柊家の夕食の席で、かがみは家族に向かってそう言った。 「へえ…流石かがみねー」  まつりが感嘆の声を上げる。 「理由は?」  いのりがそう聞くと、かがみは頷いて答えた。 「先のこと考えると、ちょっとでも有利なところ行こうと思ってね」 「堅実って言うか、お堅いわね」  かがみの答えに、少し肩をすくめて見せるいのり。 「いいじゃない、別に…」  かがみはそれを見て、少し不満げに口を尖らせた。 「で、つかさの方はどうなの?どこか決めた?」  まつりは、今度はつかさの方を向いてそう聞いた。 「うん、わたしもかがみお姉ちゃんと同じ。稜桜にしたよ」  一瞬で食卓が凍りつく。つかさはなぜそうなったのか分からず、不安げに家族の顔を見渡した。 「つ、つかさ…それ本気なの…?」  まつりが口の端をひくつか背ながら、つかさにそう聞いた。 「うん、本気だよ…えっと…ダメなのかな?」 「いや、ダメってことはないというかなんとういうか…担任はなんて言ってたの?」 「んーとね、『まあ、頑張れば受からないこともないかもしれないから、頑張れ』って」  つかさの答えに、まつりといのりが顔を見合わせる。 「…さじ、投げられてるんじゃない?」 「…たぶんね」  姉妹のやり取りを見ながら、かがみが溜息をついた。 「わたしはやめとけって言ったんだけどね…」  投げやり気味なかがみの言葉に、つかさがムッとした表情をする。 「大丈夫だよー。可能性が無いわけじゃないんだから………でもかがみお姉ちゃんには、ちょっと手伝って欲しいかな…」 「いきなりわたし頼みか!?ってか少しは自分で頑張りなさいよ!」  かがみに怒鳴られ、つかさが首をすくめる。それを見ていたまつりといのりが、もう一度顔を見合わせた。 「…わたしたちって当てにされてないわねー」 「…まあ、かがみと比べたらね」 「う、うーん…こ、こうかな…いや、でも…うーん」  夜遅いつかさの部屋。その中に部屋の主の唸り声が響いていた。 「…だ、だめ…わかんない…明日、お姉ちゃんに聞こう…」  問題文に線を引く。こうやって分からない部分に線を引き、後でかがみに教えてもらうのが、つかさの勉強方法だった。 「これ…また怒られるかな…」  問題集を眺めながら、つかさが不安げに唸った。問題の半分ほどに線が引かれている。先日もかがみに「もう少し、自分で考えてみたら?」と、呆れられたばかりだ。 「でも、放っておいたらもっと分からなくなるよね…」  つかさは問題集を閉じ、布団に潜り込んで部屋の電気を消した。  次の日の朝、つかさはさっそくかがみに教えてもらおうといつもより早く起きて、台所へと向かった。今日のお弁当はかがみの当番だから、台所にいるはずだ。  しかし、つかさが階段を下りると、かがみは既に玄関にいて靴を履いているところだった。 「お姉ちゃん。早いんだね…」  つかさが声をかけると、かがみはチラッとだけつかさの方を向き、視線を靴へと戻した。 「…うん、ちょっとね」  かがみはそれだけ言って、立ち上がって玄関を出ようとした。 「あ、待ってお姉ちゃん。昨日分からないところがあって、ちょっと教えて欲しくて…その…」 「…また?」  かがみはそう言って、溜息をつくとつかさの方に手を差し出した。 「見せて。時間ないから要点だけ言うわよ」 「う、うん…ありがとう」  つかさから問題集を受け取ったかがみは、ざっと中身に目を通した。かがみの眉間に皺がよる。明らかに不機嫌なその顔に、つかさはやっぱり分からないところが多すぎたんだと思った。  かがみは自分の鞄からシャーペンを取り出すと、線が引かれた問題の中からいくつかに印をつけた。 「チェック入れたところの問題。もう一度やりなおして」 「…え?」 「前に教えたことのある問題よ。それが分からないって、どういうことなの?」 「そ、そうだったっけ…」 「あのねえ…」  かがみが溜息をつく。 「教えたところまで分からないなんて言われたら、キリがないわよ。もっとちゃんとしてよね」  不機嫌そのものの口調で言いながら、かがみはつかさに問題集をつき返した。 「…じゃ、行くから。お弁当は台所のテーブルの上においてるからね」 「うん…ごめんなさい」  謝るつかさを一瞥し、かがみは玄関を出て行った。  つかさはしばらくそこにたたずんでいたが、制服に着替えるために自分の部屋へトボトボと歩き出した。  テーブルの上にある弁当箱を手に取り、つかさは溜息をついた。  志望校を稜桜に決め、本格的な受験勉強を始めてから、かがみの機嫌が悪い日が多くなっていってる。つかさはそう感じていた。 「わたしのせい、なのかな…」  そう呟いてから、つかさはその考えを追い出すように首を振った。 「…お姉ちゃんも、受験生だもんね」  お姉ちゃんだって自分の勉強がしたいはずだ。わたしの面倒ばかり見ていられないのだろう。  つかさはそう自分に言い聞かせて、弁当箱を鞄の中に入れた。  お昼休み。つかさは自分の席で弁当を広げながら、教室のドアの方をチラチラ見ていた。  いつもなら、つかさと共にお昼を食べるためにかがみが来る頃なのだが、受験勉強が始まってからは一度も一緒にお昼を食べていなかった。 「つーちゃん、今日も姐御来ないの?一緒に食べる?」  つかさが声の方を向くと、三人の女の子が弁当箱やパンの袋などを持って立っていた。 「う、うん…」  つかさが少し控えめに頷くと、声をかけてきた女の子が周りの机や椅子を勝手に持って来て、四人が食べられるスペースを作り上げた。  ちなみに『つーちゃん』と言うのは、この子が勝手につけたつかさのあだ名だ。かがみの方には『かーちゃん』とあだ名をつけようとしていたが、何かあったらしくいつの間にか『姐御』と呼ぶようになっていた。 「今日は姐御弁当なんだねー」 「うん…」  弁当を覗き込みながらそう言う女の子に、つかさは曖昧に頷いた。日によって内容の豪華さが違う弁当に目をつけ、姐御弁当とか妹弁当とかいいだしたのもこの子だ。  そういえば、お弁当を交互に作るようにしようって言い出したのはわたしだったっけ。つかさはそんなことをぼんやりと考えていた。  最初かがみは思い切り反対していた。自分に弁当なんて作れるはずない、と。しかし、つかさに執拗に懇願され、結局渋々やる羽目になったのだ。  それでもかがみは最初の頃は弁当を作る度に、『おいしくなかったでしょ?』『やっぱこういうのは得意な人がやったほうが良いのよ。もう止めましょ?ね?』などと言って中止させようとしていたが、その都度つかさに却下されていた。  あの完璧な姉に、こんな苦手なものがあったんだと、つかさは自分が見つけたかがみの意外な一面に少し驚き、そして苦手でも文句を言いながらでも。自分のために頑張ってくれているかがみに、嬉しさと感謝を覚えていた。 「…柊さん?」 「ふ、ふぇ?」  別の子に声をかけられて、つかさは我に返った。 「大丈夫?なんだかボーっとしてたけど…」 「う、うん、大丈夫…ちょっと考え事してただけ…」  つかさは慌てて取り繕った。折角一緒に食べようと誘ってくれてるのに、考え事はさすがにまずかったと思った。 「やっぱり、受験勉強が大変なの?稜桜受けるって聞いたけど…」  さらに別の子が心配そうにそう言った。成績のあまり良くないつかさが、難関校の稜桜を受けると言う事は、クラスの中で結構な話題になっていて、受かる受からないで賭けをしようとする輩まで出るほどだった。 「そ、それは大丈夫だよ…お姉ちゃんにも教えてもらえるし…」  そこで、つかさは今朝のことを思い出した。不機嫌そのものだったかがみ。アレのがもし自分のせいだとしたら、この先勉強を教えてもらえることなど無くなるかもしれない。つかさは堪らない不安が湧いてくるのを感じた。 「まーしっかりやってよつーちゃん。あんたは、あたしら頭悪い組の希望の星なんだから」  最初の子がそう言いながらつかさの背中を叩いたため、つかさの思考が中断される。その向かい側で、残りの二人が顔を見合わせた。 「あたしらとか言われてもね…」 「アンタと一緒にするなって感じよね…」 「なにー!?あたしだけ頭悪いって言いたいのかー!?」  騒がしいクラスメイトを見ながら、つかさは遠慮がちに微笑んでいた。  放課後。つかさは学校が終わると、寄り道などせずに真っ直ぐに家に向かっていた。いつもはかがみと帰ることが多いのだが、受験勉強が始まってからは昼食と同じくずっと一人で帰っていた。  かがみは今日は、クラスの友達と図書館によって帰ると言っていた。日によって理由は色々だが、つかさと一緒に帰らないと言う事だけは共通していた。  ふと、つかさは空を見上げた。日はまだ落ちず、空が明るい。 「…一番星、見つからないな」  最近は一番星を見ていない。日が沈む前に家に戻り、受験勉強をしている。休日もほとんど外に出ていない。その事を思うと、つかさは少しもの悲しい気分になった。  つかさはしばらく足を止めて空を見上げていたが、首を振って歩き出した。そう言う事は、全部受験が無事終わってからにしよう。一番星もきっとまた探せるようになるから。そう、思って。  夕食を終えたつかさが、自室で問題集相手に唸っていると、部屋の外から声が聞こえた。 「あら、かがみ。やっと帰ってきたの?夕食は?」 「…外で食べてきた」  母親のみきとかがみの声だ。つかさは時計を見た。姉がこんな遅い時間に帰ってくるのは、初めてなんじゃないだろうか。何かあったんじゃないかと、つかさは少しだけ心配になった。 「お姉ちゃん。入るよ?」  つかさはそう言いながら、かがみの部屋のドアをノックした。  しかし、返事がない。しかたなくもう一度ノックしようとしたところで、中から「…どうぞ」と声が聞こえてきた。 「…また分からないところ?今朝言ったところはちゃんと思い出した?」  つかさが中に入るなり、椅子に座り机に頬杖をついているかがみが、つかさの方は見ずに苛立ち混じりにそう言った。 「え、あ、そ、そうじゃなくて…遅かったから、何かあったのかなって…」  つかさがしどろもどろにそう言うと、かがみは溜息をついた。 「…つかさには、関係ないことよ」  突き放すようなかがみの言葉。つかさはそれでも何か言おうとしていたが、結局何も言えずに黙り込んだ。 「ねえ、つかさ…」  かがみは座っている椅子を回して、黙っているつかさの方に身体を向けた。 「どうして、稜桜なの?」  そして、つかさの目を真っ直ぐに見つめてそう聞いた。つかさは思わず目を逸らしてしまう。 「分かってるはずよ?あなたには無茶なレベルだって…なのに、どうして稜桜なの?」  重ねてかがみが聞いてくる。つかさは逸らした視線を元に戻すと、精一杯しっかりした声で答えた。 「お姉ちゃんが稜桜にしたから…わたしは、お姉ちゃんと同じ高校に行きたかったから」  かがみはつかさの答えを聞くと、俯いて拳を握り締めた。 「なによ…それ…」 「…え…お姉ちゃん?」  かがみの様子がおかしいことに気がついたつかさは、かがみの方に近づこうとした。しかし、急にかがみが顔を上げたため、動きを止めてしまう。 「どうして…どうしてそうなるのよ!」  かがみの口調が荒くなる。つかさはどうしていいか分からずに、ただ目の前の姉を見つめていた。 「…教えてあげるわ。わたしが稜桜選んだホントの理由…わたしはね、つかさ…あんたから離れたかったのよ!あんたと違う学校に行きたかったのよ!」  つかさはかがみの言葉が理解できなかった。どうしてそんなことを言うのか、まったく分からなかった。 「稜桜くらいレベルの高いところ選んだら、あんたは絶対ついてこれないと思ってたのよ。あんたは違う学校選ぶって思ってたのよ…なのに、なんでよ!どうしてついてこようとするの!おまけにわたしの足引っ張るような真似して!どうしてそうなるのよ!」  ああ、そうか。やっぱりわたしのせいだったんだ。つかさはその事に、自分の中で納得してしまっていた。 「…出て行って」  かがみにそう言われ、つかさは黙ったまま部屋から出て行った。 「…ごめんなさい」  ドアを閉める寸前に、それだけは言う事が出来た。  つかさはかがみの部屋を出ると、そのまま家を出て神社の方へ向かった。社の方まで行き、賽銭箱の前にある段差に座る。  空を見上げた。星がよく見える。ここはつかさが一番星を探すのに、よく利用している場所だった。今は空一杯に星が広がり、どれが一番星かは分からない。つかさは顔を伏せて、膝を抱えた。 「…どうしよっかな」  思わず、そんな呟きが漏れる。つかさはかがみのつかさと離れたいという思いを知り、どうすればいいのか考えていた。 「稜桜に行かなきゃいいのかな」  そう、思い至る。しかし、今更志望校を変えることは出来ない。だったらわざと受験に失敗しようか。  それがいい。つかさは自分の考えに頷いた。滑り止めも受けるつもりだし、そちらの方は自分のレベルに合わせてある。無理のない勉強が出来るだろうから、かがみに迷惑をかけることもない。そうしよう。 「…やだよぉ」  しかし、つかさは自分を納得させきることは出来なかった。 「…お姉ちゃんと一緒の学校にいきたいよぉ…」  涙が溢れてくる。昔からそうだ。嫌なことがあるとすぐに泣いてしまう。そして、その度にかがみが庇ってくれたり慰めてくれたりしていた。  こうして俯いて泣いていれば、かがみが来てくれるだろうか。つかさはそんなことを思ったが、すぐにその考えを打ち消した。かがみは来ない。この涙の理由が、かがみが自分を遠ざけようとしているからだからだ。 「…ここにいたんだ」  しかし、予想に反した声が聞こえ、つかさは顔を上げた。そこには何故か頭を濡らしたかがみが立っていた。 「隣、座るわよ」  そう言ってかがみは、つかさの横に座った。濡れた髪から水の匂いが漂ってくる。 「さっきはごめん…わたし、どうかしてた」  座るなり、かがみはつかさに向かってそう謝った。 「なんか色々上手くいかなくて、イライラしてたの」  かがみは、自分の頭に手を置いてワシャワシャとかいた。飛び散る水しぶきが、つかさは少し気になった。 「…あー、なんて言えばいいんだろ…つかさ…あの…」  何か言おうと口を開けては、止めて閉じてしまう。かがみは何度もそれを繰り返していた。  珍しい、姉の歯切れの悪い態度。つかさは辛抱強く、かがみが何か言うのを待っていた。 「あのね、つかさ…わたし、ずっと思ってたの…わたしはつかさの足を引っ張ってるんじゃないかって」 「…え」  つかさは、驚きに目を見開いてかがみの方を見た。 「わたしは、つかさを守ることが…つかさの一歩前にいることが、姉としての自分の役割だって思ってた。ずっとそうやってきた…でも、違うんじゃないかって思ったの。わたしはつかさを守ってるつもりで、ただ邪魔をしてるだけなんじゃないかなって」  かがみは先程のつかさと同じように、顔を伏せて膝を抱えた。 「…つかさに頼られるのが嬉しかったんだ…それで、出来るだけ答えてあげようって頑張って…でも、その内につかさは本当に些細なことまでわたしを頼るようになってきて………不安になったの」  かがみの声が震える。今までに見たことないかがみの姿に、つかさは息を呑んだ。 「もし、わたしがいなくなったらどうするんだろうって。このままいけば、つかさは一人で何もできなくなるんじゃないかって…だから、高校は違うところにしようって、少しでもつかさと離れようって思って、付いてこられないように稜桜にしたの」  かがみが早口になっていく。 「でも、つかさは付いてきた。付いてこようとした。見たことないくらい一生懸命勉強して。わたし、怖くなった。もう手遅れなんじゃないかって。わたしとつかさは、ずっと離れられないんじゃないかって。ずっとずっとわたしはつかさをダメにし続けていくんじゃないかって。すごく、すごく怖くなって…怖くなって…だから…」  かがみは身体をギュッと縮めた。 「…嘘…ついたの…今朝、わたしが教えたことあるっての…あれ、嘘なの…あの問題、教えたことなんてないの…」  どうして…と、喉まで出かかった言葉を、つかさはグッとこらえた。 「…家を出てから、すごく後悔した…わたしなにやってるんだろうって…つかさの邪魔して稜桜落とそうって…わけがわからなくなった…自分の考えてること、全然分からなくなった…家にも帰りたくなくなって…でも帰らなきゃって思って…つかさがきて…いつもと変わらないつかさがきて…わたしを心配してくれて…一緒の高校に行きたいって…頭の中真っ白になって…怒鳴り散らして…わけわかんなくて…ごめんなさい…わたし…ホントに…ごめんなさい…」  つかさの耳に嗚咽が聞こえてきた。かがみは泣いていた。身を縮ませて、膝を抱えて。  初めて見る姉の弱さ。つかさは小さくなったかがみを抱きしめた。いつも、かがみが自分にしてくれていたように。 「一番星…」  つかさの呟きに、かがみの嗚咽が止まった。 「お姉ちゃんは、いつだってわたしの一番星なんだよ…」 「つかさ…」 「それをいつも近くで見ていられることが、わたしは嬉しいの。自分がそんな居場所にいることが…お姉ちゃんの妹でいることが嬉しいの」  精一杯、言葉を紡ぐ。離れないように、離さないように。 「だから、わたしに頑張らせて。お姉ちゃんと一緒にいる事、頑張らせて。お姉ちゃんが怖くなくなるように、わたしがお姉ちゃんをちゃんと見続けられるように…頑張らせて」  かがみがつかさを抱き返してきた。 「つかさ…わたし…つかさぁ…」  かがみの腕に力がこもる。かがみは、もうなんの遠慮もなく泣いていた。つかさはかだみが収まるまで、ずっとその頭を撫で続けていた。  二人並んで、境内の中を家に向かって歩く。 「…ホントに今日のこと、誰にも話さないでよ?」  かがみの何度目か分からない念押しに、つかさは少し困った顔を見せた。 「う、うん…多分、話さないよ」 「あんたに『多分』って付けられると、すごく不安なんだけど…」  かがみは溜息をついた。 「そう言えばお姉ちゃん。どうして頭濡れてたの?」 「え?ああ、これ…つかさ探す前に頭冷やそうと思って、手水舎で水かぶったのよ…」  つかさの質問に答えながら、かがみはそっぽを向いた。その様子がおかしく、つかさはクスリと笑ってしまった。 「も、もう、笑わないでよ…ってか、ホントに喋らないでよ?絶対によ?」 「うん、分かってるよー」 「…あーもー…ホントに頼むわよ…恥ずかしいんだから…」  頭良くて、運動も出来て。  いつもわたしの手を引いてくれて、優しくて。  でも、料理が苦手で、弱いところもあって。  そして、ちょっぴり見栄っ張り。  そんな一番星が、わたしは小さな頃から好きだった。 「ええ、話やー!」  話を聞き終わった瞬間に、こなたは号泣しながらつかさに抱きついていた。 「わ、わ、ちょっとこなちゃん…そんな、大袈裟な…ってか、それ演技だよね?」 「バレたか」  つかさに指摘され、こなたはいつもの表情に戻りつかさから離れた。 「でも、いい話だったてのはホントだよ。ねえ、みゆきさん?」 「ええ、お二人がとても羨ましいです」 「そ、そうかな…」  照れて頭をかくつかさ。そのつかさを見て、こなたはふと湧いた疑問をつかさに聞いてみた。 「かがみがつかさにとって一番星ならさ、わたしとみゆきさんはどういう星?」 「こなちゃんとゆきちゃん?もちろん、一番星だよ」  即答するつかさに、こなたは唖然とした。 「いやつかさ…それじゃ、一番星が三つになっちゃうんだけど…」 「こなちゃん。何個あっても、一番星は一番星なんだよ」  嬉しそうにそう言うつかさを見ながら、こなたは腕を組んで考え込んでしまった。 「…本気でわけがわからない」 「でも、なんとなくつかささんらしいですよね」 「そだね…」  こなたは考えるのをやめて、腕を解いた。 「あ、やっと来たわね」  前の方から声が聞こえた。こなた達がそちらを向くと、柊家の玄関前に腕を組んだかがみが立っていた。 「どうしたのよ?えらく時間かかったじゃない」 「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん。ちょっとお話してたら遅くなっちゃって…」  かがみに向かって謝るつかさ。こなたはその二人を交互に見比べて、ポンッと手を打った。 「ああ、なるほど」 「…なにがよ?」  かがみがこなたに訝しげな視線を送る。 「いや、つかさがね、家につく頃には一番星が見えるって言ってから、その通りだなって納得したんだよ」 「一番星?まだちょっと早いんじゃない?」  かがみは空を見上げたが、一番星は見つけられなかった。 「いやいや、立派な一番星がここに…」  かがみはそこで、こなたが空など見ずにじっと自分を見ていることに気がついた。 「一番星って…ま、まさか………つ、つつつつつかさー!!あんた、まままままさか、あの事っ!」 「…ごめん、お姉ちゃん…こなちゃん達に話しちゃった」  つかさは、かがみに向かって手を合わせて見せた。 「話しちゃったじゃないでしょー!!あれほどあれほどあれほどあれほど話すなって言ったのに!!」 「ご、ごめんなさい…」  つかさに詰め寄るかがみ。こなたはその二人の間に割って入って、かがみを制した。 「まーまーかがみんや。そう恥じることもあるまいて。わたしもみゆきさんも、その話にはいたく感銘を受けたのだから…今宵は是非とも、かがみの視点からもお話を伺いたく…」 「バカかあんたは!?話すわけないでしょ!!」 「わたしもすごく興味がありますので、是非」 「みゆきまで何言ってるのよ!?イヤよ!絶対話さないからねーっ!!」  やっぱり、話したのはダメだったかな。つかさは揉める三人を見ながら、そんなことを思っていた。  ふと、つかさは空を見上げた。そこに見えたのは、本日四つ目の一番星。 「一番星、みーつけたっ」  つかさは、歌うようにそう言った。 - おしまい -

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