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『猫』
柊つかさは最近家の中に幽霊がいるのではないかと悩んでいた。
廊下から気配がしたので、振り返ると誰もおらず、ほっとしているとぺたぺたと足音がきこえた。ふとしたときに視界の端に白いものが映った。
堪らず姉であるかがみに相談すると、「気のせいでしょう」とにべもない答えが返ってきた。
「気のせいなことないよ。実際に見たんだよ」
「何を見たの?」
「白い影を」
「白いのか黒いのかどっちかにしろよ」
思わず姉の頭を叩きかけた。
「そんなこと言わないで、今日一緒に寝ようよ」
「んー」
姉は難色を示した。不安で指を揉んでいると、台所から母が言った。
「駄目よつかさ。お姉ちゃんは年頃なんだから、夜は一人にさせてあげなきゃ」
「そういうことじゃないわよ!」
かがみの怒声をきっかけに、つかさは堰を切ったようにこれまでの恐怖を涙と共に漏らした。
「お願いだよ、お姉ちゃん。怖いんだよぅ」
かがみは「高校生にもなって……」と呆れ顔でつかさを見た。呆れ顔ではあったが、妹を心配するような声色も垣間見えて、この姉は基本的には優しいのだということをつかさは思い出した。同時に嘘泣きして正解だと思った。
しかしかがみは首を横に振った。
「ごめんね」
「そんなぁ」
かがみは罰が悪くなったのかそそくさと居間を出て、ぱたぱたと階段を上がっていった。
助けを求めるようにつかさは母を見たが、母は顔を赤らめ、姉と同じ調子で「ごめんね」といった。深く意味は考えないようにした。
同様に他の姉妹からも断られ、だからつかさは自分で何とかすることにした。
その夜、つかさはフライパンやおたまで武装し、ベッドにもぐりこんだ。本当に幽霊が出たらこれで撃退するつもりだ。
眠れずに震えて、正午を過ぎた頃トイレに行きたくなった。我慢しようとすればするほど膀胱は膨れ上がった。
さすがに高校生の女がシーツに世界地図を描くのは洒落にならない。つかさはフライパンとおたまを握り締めて、部屋を出た。
廊下は薄暗い。電気をつけるスイッチはトイレと反対方向にある。もう限界なので、さっさとトイレを済ませてしまおうと、そのまま進むことにした。生理現象は恐怖に打ち勝つのだとぼんやり考えた。
トイレに入りひと段落するが、奇妙な光景が視界に移りこんだので、つかさは悲鳴を上げかけた。
トイレットペーパーが無残にも引きちぎられ、散乱していた。ボルターガイスト現象という言葉が頭を過ぎった。
とりあえず落ち着いて用を足し、それからさめざめ泣いた。怖くてもう二度とトイレから出られない気がした。かといってずっとここにいるのも無理だ。
便座に座って下からも上からも体液を放出しているとき、扉がかりかりと音をたてた。まるで何者かが外から扉を爪で引っかくような音だった。
扉の外にいるおぞましい姿の化け物を想像したとき、全身に鳥肌がたち、もうじっとしているのは無理だった。
「きゃああああ!」
ズボンも上げないまま悲鳴を上げながら飛び出すと、影がつかさを迎えたので、さらに悲鳴を上げた。
泣きながら取り乱すつかさを抱きかかえたのはかがみであった。
つかさは全ては姉の悪戯なのだと考えた。
「お姉ちゃん! [ピーーー]!」
「え、何で?」
白を切るかがみの頬を殴りかけたとき、足がさわりと撫でられた。かがみではない。
ヒキガエルが潰れた時のような悲鳴を上げてつかさは姉に抱きついた。だが姉は至って冷静で、「あ、こんなところにいた」ととんちんかんなことを言った。
「よく見なさい」
いまだ混乱状態のつかさに、かがみは笑いを堪えた様子で足元を指した。
恐る恐る見たところ、そこには白い猫がいた。
状況が把握できないでいると、さらにかがみはトイレの中の散乱したトイレットペーパーを見て、「うげ、またやってる」と唇を曲げた。
「どういうことなの?」
かがみは未だ笑いを堪えた様子で言った。
「その前に、パンツ上げたら?」
「あ」
「猫を拾ってきたのよ」
とかがみは説明した。件の猫は彼女の膝の上でくつろぎ、喉を鳴らしている。
「こいつ、トイレットペーパーで遊ぶのが好きみたいで、困ったものよね」
つかさは文句を言う気も失せて、だらりと肩を落とし脱力した。
部屋につかさを入れるのを拒んだのも、猫を隠すためだったのだ。たまに見る白い影は、猫がかがみの部屋から抜け出したためだという。
でも、と思う。
「どうして隠してたの?」
かがみは頬を染めて俯いた。
「だって、キャラじゃないでしょ」
そんな姉を見たら、何だかおかしくなった。
笑いながらつかさは言った。
「じゃあ、毎晩部屋をこんこんとノックしてきたのも、猫だったんだね」
「え?」とかがみは首を捻った。「何それ?」
「え」
その時、こんこん、と扉が鳴った。