ID:waNJF9g0氏:悪い子

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 とある日の放課後。 「あ、ゆたかちゃん」  ゆたかが下校しようと靴を履き替えていると、後ろから声をかけられた。  振り向いてみると、そこにいたのは先輩のつかさだった。 「今、帰り?みなみちゃんは一緒じゃないの?」 「あ、はい。みなみちゃんはまだ用事があるから先に帰ってって…」 「えーっと…わたしも今日一人なんだ。良かったら、一緒に帰らない?」 「はい、よろしくお願いします」  遠慮がちに提案するつかさに頷いて、ゆたかは急いで靴を履き替えた。 「じゃ、いこうか」 「はい」  玄関に向かう、つかさの後ろについていくゆたか。  前をいくつかさに、ゆたかはなんとなくだが違和感を覚え、つかさの足元を見た。 「…つかさ先輩。それ、上履きじゃ…」 「え?…あれ…は、履き替えてなかったー!」  顔を真っ赤にして自分の靴箱へと向かうつかさに、ゆたかは思わずクスリと笑ってしまった。 - 悪い子 - 「それでね、こなちゃんったら暑いからって、服とかスカートとかまくってノートでパタパタ風送ってたんだよ。電車の中で。あれは見てて恥ずかしかったなー」 「そうですよね。こなたお姉ちゃん、そういうの無頓着なんですよねー。この前、下着のまま家の中うろついてたんですよ」 「え、ホントに?…うわー、お父さんとかに見られたら、いくらこなちゃんでも恥ずかしいんじゃないかな…」 「いえ、伯父さんの前でも堂々としてました…」  ゆたかもつかさも、最初はお互い話しづらいと思っていたが、ネタの尽きない共通の知り合いのおかげで、思ったより話は弾んでいた。 「あ、この事言ったの、こなたお姉ちゃんには内緒にしといてくださいね。なんだか怒られそうで…」 「うん…でも、こなちゃんって怒っても怖くなさそう…っていうか、本気で怒ってるところ見たことないかな」 「そうですよね…かがみ先輩はやっぱり怖いですか?」 「うん、怖いよー。怒ったらこんなだもん」  つかさは両手の人差し指を頭につけて、鬼の角に見立てた。  それを見たゆたかがプッと噴出す。 「あはは、やっぱりそうなんだ…でも、ちょっと羨ましいです」 「え、どうして?」 「わたし、本気で怒られたこと無いんです」  ゆたかが少し寂しそうな表情になった。 「お父さんやお母さん、ゆいお姉ちゃんからも…少したしなめられることはあっても、本気で怒られるって今まで一度も…」 「それって、良いことじゃないのかな?」 「そうだといいんですけど…なんか気遣われてるんじゃないかって思って…わたしの身体が弱いから…」 「うーん…」  つかさは少し俯き、右手を顎に当てて考え込んだ。  しばらく考えて何かを思いついたのか、顔を上げてゆたかにこう言った。 「じゃ、試してみたらいいんじゃないかな。ちょっと悪い子になって、怒られるかどうかって」 「え?」  ゆたかはつかさと別れた後、泉家からだいぶ離れた公園に入り、ベンチに腰掛けた。 『わたしが一番怒られたのは、門限破った時だったよ。連絡無しで。だからさ、ゆたかちゃんもちょっと遅めに帰ってみたらどうかな』  そう、つかさに言われ、ゆたかはここで時間を潰していこうと考えていた。 「…ん…なんだか眠い…」  不意にゆたかは眠気を覚えた。少しならいいかと、ゆたかはベンチに座ったままウトウトとし始めた。 「…ふぁ…あ…あれ?」  ゆたかは目を覚まし、辺りをキョロキョロと見渡した。  少しウトウトするだけのつもりだったはずなのだが、いつの間にか寝入ってしまったようだ。  辺りはもう真っ暗になっている。ゆたかは慌てて携帯電話で時間を確認した。 「え…うそ…」  ディスプレイに表示されたのは、既に日付が変わろうかという時間。  それを見たゆたかの顔から、血の気が音を立てて引いていく。 「そ、そんな…ど、どうしよう…」  今から家に帰れば、確実に日付は変わるだろう。いくらなんでも、これは怒られるどころではすまないのではないか?  しかし、いつまでもここにいてるわけにはいかず、ゆたかは震える足で帰路についた。 「…もう遅いんだ。俺が行くから、こなたは家で連絡を待ってなさい」 「ゆーちゃんが何処でどうなってるかわかんないってのに、家で待ってなんかいられないよ!まだ見てないところいっぱいあるんだ!わたしも行くよ!」  ゆたかが泉家の傍まで来たところで、こなたとそうじろうが話しているのが聞こえた。二人とも相当焦っているのがわかる。ゆたかはしばらく進むのを躊躇ったが、意を決して二人の元に向かった。 「…あ、あの…」 「ゆーちゃん!良かった無事なんだね!?」  ゆたかが何か言うよりも早く、ゆたかに気がついたこなたが駆け寄ろうとしたが、後ろからそうじろうに服を掴まれ止められた。 「ちょ、お父さん何するの…」 「ゆーちゃん、とりあえず中に入ろうか」 「…はい」  そうじろうに促されて、ゆたかは家の中に入った。その後に、そうじろうと憮然とした表情のこなたが続いた。  居間に入ると、そうじろうはゆたかをテーブルに座らせ、自分がその向かい側に座った。 「こなた。少し外してくれ」  自分もこの場にいて、ゆたかに話を聞きたかったこなたは、そうじろうの言葉に驚いた。 「ええ、なんで!?わたしだって…」 「いいから…それと、ゆいちゃん達に連絡も頼む」 「う…分かったよ…」  渋々と言った感じで、こなたが居間を出て行った。こなたが階段を下りていく音を確認して、そうじろうはゆたかに向き直った。 「さて、ゆーちゃん。何があったんだい?」 「………」  ゆたかは何も言わず、俯いていた。正直、どう説明していいか分からなかったのだ。 「…なにか理由があったんだろ?こなたもゆいちゃんも随分と心配してたんだ。ちゃんと話してくれないか?」  まだ、何も言わないゆたかに、そうじろうはため息をついた。 「…それじゃ、話す気になったら言ってくれ。今日はもう寝なさい」 「…それ…だけですか?」  立ち上がるそうじろうに、ゆたかは思わずそう呟いていた。 「理由を言ってくれないことには、これ以上何も言えないよ…」 「…怒らないんですか?…わたし、悪いことしましたよ?」  そうじろうは眉をしかめた。 「怒るだけの理由かあれば、そうするよ…」 「理由なんてない!」  ゆたかは顔を上げ、大きな声を出していた。 「…ゆーちゃん?」 「理由なんかない…ただ、悪い事やろうとしてやっただけだんだよ!?なのにどうしてこれだけで終わったちゃうの!?」  心の奥底から、嫌な感情が湧き上がってくるのが分かる。ゆたか自身も気付かないうちに溜まりこんでいたモノが、一気に噴出していた。 「みんなそうだ…いつもそうだ…わたしが弱いから怒れないんだ!可哀相な子だからって怒ったりしないんだ!わたしが…わたし」  ゆたかの声を遮って、パンッと乾いた音が居間に響き渡った。  ゆたかは最初何をされたのか分からなかったが、数秒してそうじろうに頬を張られたことを理解した。 「…いい加減にしなさい。誰もそんなこと思ってなんかない」  ゆたかは張られた頬を押さえ、放心していた。  そうじろうはゆたかの傍を離れ、居間の扉を開けた。 「…こなた、後頼む」 「え?…あ、うん…」  扉の向こうで聞き耳を立てていたこなたにそう言うと、そうじろうは居間を出て行った。 「なんだ、バレてたのか…」  ポリポリと頭をかきながら、こなたが居間に入ってきた。  ゆたかは、未だに頬を押さえて放心していた。 「ゆーちゃん、大丈夫?」  こなたがゆたかに近づきながら声をかけると、ゆたかはゆっくりとこなたの方を向いた。 「…伯父さん、怒ってた…怒られた…」  そう呟いて、ゆたかは頬を押さえている手を離した。こなたが張られた箇所を覗き込むように見た。 「結構強く叩かれたね…こりゃ明日ちょっと腫れるかも」 「お姉ちゃん…わたし…」 「どういって言いかわかんないけど、ゆーちゃんはちょっと考えすぎかな」  こなたがゆたかの頬を軽く撫でた。 「お父さんが手を上げるところ、久しぶりに見たよ…結構痛いでしょ?」  そうこなたに言われて、ゆたかは今頃になって頬の痛みを感じた。 「…うん、痛い…すごく痛い…」  涙が溢れてくる。ゆたかはこなたに抱きついて、泣きじゃくり始めた。  こなたはゆたかの頭を撫でながら、ゆたかが落ち着くのを待った。 「…今日は遅いから、もう寝よっか?」  ゆたかの泣き声が小さくなってきた頃に、こなたがそう言った。 「…うん…ごめんなさい…こなたお姉ちゃん…」  呟くゆたかに、こなたは頷いて見せた。 「うあー…やっちゃったよ、俺…」 「そんなに激しく後悔するんだったら、もちっと冷静になりゃ良かったのに…締まらない人だなあ…」  ゆたかが寝たことを報告しに、そうじろうの自室に来たこなたは、机に突っ伏して頭を抱えているそうじろうを発見した。 「そうは言ってもだな、こなた…なんつーか流れっつーか…」 「はいはいっと…でもなんか、わたしがお父さんに叩かれた時にちょっと似てるかな」 「ん、そうだっけか?…つーか叩いたことあったっけか?」  顔を上げてそう言ったそうじろうの言葉に、こなたが思い切り呆れ顔になる。 「うわ、忘れてるよ…小学生の時に今日と似たような事あったじゃん」 「そう言われてみれば、そうだったかな…」 「あの時のわたしと今日のゆーちゃんは、多分同じだったんだよ…自分は人より可哀相な子だから、誰もまともに自分を見てくれないんだって」 「…そうか…そうだったな」  そうじろうは、ため息をついた。 「分かってるつもりでも、分からないもんだな」 「だねー…特にゆーちゃんは良い子過ぎるから、怒るところなんて見つからないしね」  困り顔でそう言うこなたに、そうじろうが頷く。 「流石に遅いな…そろそろ寝るか」 「うん、おやすみお父さん」 「ああ、おやすみ、こなた」  翌日、いつもの待ち合わせ場所に来たゆたかは、先に来ていたみなみに手を振って挨拶をした。 「おはよー、みなみちゃん」 「…おはよう、ゆた…っ!!??」  ゆたかの方を見たみなみは、ゆたかの頬に貼られてる大き目のシップを見て、大きく目を見開いた。 「な、な、何!?どうして!?き、昨日何かあった!?」  普段のからは考えられないほどの慌てぶりで、みなみがゆたかにまくし立ててくる。 「お、落ち着いて…」  そのみなみを、ゆたかが両手で制した。 「帰り!?帰り道!?先に帰したから!?用事すっぽかして一緒に帰ったらよかった!?」  しかしみなみはゆたかの声が聞こえていないのか、手をわたわたと動かして更にヒートアップしていた。 「…うわー、みなみちゃん千手観音みたい」  あまりに速いために、何本もあるように見えるみなみの手を見て、ゆたかが感心していた。 「あのね、みなみちゃん。何にもないから。ただ、悪いことして怒られただけだから、ね?」  ゆたかが大きめの声でそう言うと、ようやくみなみの動きが止まった。 「…え、怒られた?ゆたかが?」 「うん」 「…悪いことして?ゆたかが?」 「…うん」 「………」  ポカンと口をあけて呆気に取られているみなみに、ゆたかは不安を覚えた。 「えっと…変、かな?」 「…ううん、なんていうか…珍しいっていうか…うーん…」  真剣に考え込み始めたみなみを見て、ゆたかはなんだか可笑しくなってきた。 「うん、やっぱり悪い事はダメだよね…痛かっただけだもん。行こ、みなみちゃん。遅刻しちゃうよ」  そう言いながらゆたかは、みなみの背中をポンッと叩いて歩き出した。 「…え?…あ、うん…」  みなみは首を捻りながら、ゆたかの後に続いた。 「ういーっす。お昼食べに…って、おお!?」  昼休み。こなた達のクラスにお昼ご飯を食べに来たかがみは、机に座って弁当を広げているつかさを見て三歩ほど後ずさった。 「…な、なに、それ?」  少し引き気味になりながら、かがみが指差したのはつかさの頭。そこには、いつも愛用している黄色いリボンの変わりに、派手にキラキラ輝いている虹色のリボンが乗っかっていた。 「昨日、小早川さんに何かあったらしくて、その原因がつかささんだとか…」  みゆきがかがみにそう説明した。 「ま、そう言う事。つかさには今日一日それで過ごして貰うよ」  こなたがチョココロネの袋を破りながら、得意気にそう言った。 「ふえーん。こなちゃん、もう許してよー。みんなにはなんか噂されてるし、先生は白い目で見るし、恥ずかしいんだよー」  こなたの身体を揺すりながら泣き言を訴えるつかさを、かがみは呆れた顔で見ていた。 「…ま、つかさが悪いって言うなら、特にわたしからは何にも言えないけどね」  かがみは、ため息をつきながら席に座って、弁当を広げ始めた。 - おしまい -

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