ID:6zLp6l60氏:命の輪は廻る

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「大根がね、上手く切れないの」  とある喫茶店でアイスティーを飲んでいた時に、その子は唐突にそんなことを言い出した。 「大根って結構硬いんだね、知らなかったよ」  知らなかったって、良いとこのお嬢さんかアンタは。 「力込めないと刃が通らないし、力込めすぎちゃうとなんか折れちゃうし…難しいよね」  おいおいおい…流石にこれは口挟まないと駄目そうだ。 「アンタねえ、まさか真上から真下に包丁下ろしてるんじゃないでしょうね?」 「え?ダメなの?」  私は頭を抱えたくなった。 「それじゃ、切れるわけないでしょ。刃物ってのは引かないと切れないのよ。カッターナイフとかもそうでしょ?」  私は物を切るジェスチャーを混ぜながら、その子に説明をした。 「あ、そっか…そうだよね」  素直に納得してくれる。ってかよく今まで怪我しなかったものだ。 「それ、本気で危ないんだからね。気をつけなさいよ…ってかアンタの彼氏って料理できるんじゃなかったっけ?教えてくれなかったの?」 「…そう君に聞いたら負けかなって思うの」 「…いや、なんでそこで勝ち負けなんだ…ってか、怪我してからじゃ遅いんだから、ちゃんと教えて貰いなさい」  その子は、そう言う私に不満気な視線を向けながら、ストローでアイスティーをすすった。  歳不相応の小さすぎる体つきや、可愛らしい顔立ちと重なって、その姿は子どもそのものだ。  こんなのにしっかり彼氏がいたりするんだから、世の中間違っているとしか思えない。  彼女の名はかなた。私の大学の友人だ。 - 命の輪は廻る -  かなたは目立つ子ではあったが、とっつき難い子でもあった。  大学の中で、その小学生並みの体格は酷く目を引いたが、仲良くなろうとする人は少なかった。  話しかけ難いわけじゃない。むしろ、話しかけた後が問題だった。  生来の性格なのか、かなたは歯に衣着せない物言いが多い。きっつい事も遠慮無しに言ってくる。  オマケに勘がやたら鋭く、痛いところもズバッと刺してくる。これがまた外見が可愛らしいだけに、結構痛かったりする。  さらに彼氏持ちのせいか、男も寄り付かない。  つまり、彼女は大学の中で孤立していたのだ。いや、やたらベッタリしている彼氏がいるから、孤立しているとは言い難いのだけど。  その彼氏は今日はいない。何か大事な用があるとかで、都内に出かけてるらしい。 「そう言えば、この前アンタの誕生日だったわよね」  私がそう話を振ると、かなたはコクリと頷いた。 「やっぱ彼氏とラブラブに?いーわねー、彼氏持ちは」  私が嫌味たっぷりにそういうと、かなたは真っ赤になって身を縮ませた。 「そ、そんな…ラブラブとか…」  照れまくる姿がかなり可愛い。こういうところを気に入って、私は彼女と友達付き合いをしているのだ。 「プレゼントはなに貰ったの?あんだけ彼氏がベタ惚れなんだから、さぞ良いものもらったんでしょうね?」  私の言葉に、かなたが照れるのを止めてため息をつく。やばい、地雷だったらしい。 「…ガンプラ」 「は?ガン…なんて?」  かなたの言葉の意味が分からず、私は聞き返していた。 「アニメに出てくるロボットのプラモデル」  かなたが棒読みでそう説明してくれる。 「えーっと…それって男の子が買うようなのじゃないかな…」 「うん」 「冗談でなくて?」 「かなり真剣に。なんか稼動部分が今までのより凄いんだーとか、熱く語られた」  返す言葉が見つからず、私は天を仰いだ。 「多分、そう君は自分の欲しいの買っちゃったんだろうね」  なんつー彼氏だ。 「…もういっそ、別れ話でもしちゃえば?」  私が投げやりにそう言うと、かなたはブンブンと首を振った。 「そんなの言えないよ」 「まーそうでしょうね…」  以前に聞いたことがある。  かなたと彼氏は埼玉の出身じゃない。なんか彼氏がやりたい事があるって言って、田舎から都に近い埼玉に出てきたらしい。  その彼氏にこの子はノコノコ付いてきたそうだ。そりゃ、迂闊に別れる大変だ。なんでまた、こんな自分を追い詰めるような真似をしたんだか。  ってかここで彼氏逃すと、絶対男見つけられないだろうな。性格的にも、体格的にも。 「…今、なんかすごく失礼なこと思ってるでしょ?」  かなたに睨まれた。相変わらず鋭いな。 「私は、現状を後悔なんかしてないから」  そっちか…ってかどんだけラブラブなんだこいつら。 「…話題、変えよっか」 「…うん」  と、言ったものの、新しい話題なんか思いつかず、私達は黙ってアイスティーを啜っていた。  大学を卒業した後は、忙しいこともあって私とかなたはどんどん疎遠になっていった。  連絡も取り合わなくなって、大学の思い出は薄れていった。  そして、かなたの事を忘れかけていた頃に、彼女の訃報が私の元に届いた。  例の彼氏との間に子どもが生まれ、幸せなのはこれからだというところだったらしい。  だけど、私にはなんの悲しみも沸かなかった。それほどまでに、あの日々は遠いものになっていたのだ。  ただ、私に彼氏のことをからかわれて、照れる彼女の顔を思い出し、神様は結構残酷なんだと思った。  それから、かなりの月日が経ったある日。私は仕事の合間に一息つこうと、とある喫茶店に入ってアイスティーを飲んでいた。 「やーもう、あっついねー」 「ちょっと休んだらすぐ行くぞ…ホントあんたはサボりたがりだな…」 「わーかってるよ。かがみ」  入ってきた二人の女の子を、私は何の気も無しに見た。  そして、息が止まるような気がした。  かがみと呼ばれた方は、髪を両側で束ねた大学生くらいの女の子。  もう一人は、一見すると小学生にも間違いそうな小さな女の子。  だけど私はその子がもう一人と同い年じゃないかと、感じていた。  心の奥底から、思い出が引き摺り出されてくる。  モノクロのそれに、鮮やかに色が蘇っていく。 「…かなた」  私は思わず彼女の名前を呟いていた。  細部こそ違う部分があるものの、その子はかなたにそっくりだった。 「で、最近どうなの、彼氏とは」  私の後ろのテーブルに座りながら、かがみって子がそう聞いていた。  かなた似の子には彼氏がいるらしい。 「ちょっと、料理覚えて貰おうと思ってるんだけどねー…大根がね、上手く切れないんだよ」  かなた似の子がそう答える。なんだかどこかで聞いたような気がする。 「なんか力任せに切ろうとするから、ボロボロになるんだよね」 「いや、それ危ないだろ…ってか教えてやれよ」 「…教えたら負けかなと思ってる」 「…なんでそこで勝ち負けになるんだ…ってか怪我する前にちゃんと教えとけ」  聞けば聞くほど、どこかで聞いたような…いや、私がしたような会話だ。彼女達は、私とかなたと同じような関係だったのだろうか。 「そういや、この前彼氏の誕生日だったんでしょ?」 「うん、そうだよ」 「やっぱラブラブに?いーわねー」  かがみって子の口調がからかい気味になる。なんだか私と似ているような気がした。 「もちろんさっ!うらやましーだろー」  かなた似の子は、親指を立てているのが想像できるくらいに爽やかに答えた。 「…ちくしょーからかいがいのない…」  かがみって子が悔しそうに呟く。実に同感だ。そこは照れてくれないと。 「…で、プレゼントはなにあげたの?アンタはそういうの凝りそうだからなー」 「フィギュア。かなりエロいの」  ブッっという音と、ゴンッという音がほぼ同時にした。前者は私がアイスティーを吹いた音で、後者は見えないので想像だが、かがみって子がテーブルに額でもぶつけたのだろう。 「…あんたな…何処の世界に彼氏の誕生日にエロフィギュア贈る女の子がいるんだ…」 「かがみんのすぐ目の前に」  なんだか、かなた似の子はいろんな意味で凄い子のようだ。例えるならかなたとその彼氏を混ぜたような…いや、まさかね。 「…で、彼氏の反応は?」 「…なんかちょっと引いてた」  それは…そうだろう。 「アンタ、そのうち別れ話切り出されるわよ」 「そ、それは困るよ。あの人無しじゃわたし生きて行けない…」 「…わざとらしく泣き崩れるな…アンタ、意地でも別れないだろうに」  なんか、その彼氏さんに同情したくなった。 「かがみ…なんだかわたしの墓穴が広くなりそうだから、話題変えない?」 「そ、そうね。わたしも疲れるわ、コレ…あ、そうだこなた。この前つかさがさ…」  私はそこでレシートをもって立ち上がった。  会計を済ませ、未だに話題の尽きない二人をチラッと見て店を出る。  かなた似の女の子の名前がこなた。なんとも因果な名前だ。  訃報を聞いた時には、まったくでなかった涙が、今ごろになって出てきた。  もし、あの子がかなたの子どもだとしたら、私は祈ろう。  今度こそ、末永くお幸せに、と。 - 終 -

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