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先日、泉さんとかがみさんがお泊り会をしたそうです。ですから次の日の学校で、私は冗談混じりでこう言ってしまいました。
「昨夜はお楽しみでしたね」
そしたらどうやらその言葉が図星だったらしく、場の空気がとても悪くなってしまったのです。
ですから私は決めました。言葉選びはもっと慎重にしなければ、と……。
― 慎重な乙女 ―
石橋を叩いて渡る、という言葉をご存知でしょうか?
堅固に見える石橋でも、なお、安全を確かめてから渡る。用心の上にも用心深く物事を行うという意味です。
これからはこの言葉を元に、慎重に行動しないと行けません。私の発言で空気が悪くなってしまった日にはもう……。
とにかく、頑張ります。
「みゆきさーん、おはよーぅ」
「あ、泉さん」
先日の事なんてまるで無かったかのように、私に笑顔で挨拶をしてくれる泉さん。立派です。
ではそれに甘んじて私も……。
「おは――」
いいえ、よく考えるのです。先程、決意したばかりじゃないですか。
もしここで普通に挨拶を返したら、泉さんはどう思うでしょうか……。
『昨日の詫びもないの?』
『何かフォローはないの?』
泉さんがこんな事を思うとは思えませんが、仮に、もし、こんな事を思われてしまったら友達として失格です。
やはりここは慎重に……そうですね、泉さんとかがみさんは昨日の件もあって堂々と付き合っているわけですから、あれでいきましょう。
そして私は石橋を叩いた。
「――ようございます。あら? 今日は可愛らしい下着ですね。やはり恋人が居ると毎日が、」
「きゃあぁっ」
叩かれました。
一体、何がいけなかったのでしょうか? スカートをめくるまでは良かった筈……あ。
『可愛らしい』ではなく、『素敵ですね』の方が良かったんでしょうか? 泉さんも高校生ですし、可愛らしいなんて失礼でしたよね。
私ってばうっかりさん。
「あら?」
「わぷ」
私としたことが、石橋を叩くのを忘れてしまいました。曲がり角こそ慎重を要する場所でしたのに。しかし、私のクッションで相手の方にはさほどダメージは無さそうで良かったです。
「み、みゆきさん……」
「あ、泉さん」
少し警戒されてますね。顔を見れば分かります。? どうして警戒なのでしょうか?
「みゆきさん、さっきはごめんね」
さっきというのは叩いてしまった事でしょうか。そんな、あれは私が悪いのに……なんてお優しい方なんでしょう泉さんは。
ここは私も素直に謝罪しておきましょう。でも焦ってはダメです。
やはり先程の事は言い直した方が良いですよね。何も無しでただ謝罪するよりも全然マシな筈です。きっと泉さんも笑顔で笑いかけてくれる筈です。
そして私は石橋を叩いた。
「いえ、私の方こそ可愛いだなんて言ってすみません」
「え?」
「素敵な、でしたね。色もピンクで素晴らし」
「……」
何でそんな顔をするんですか?
色まで言ったのは失敗でしたか。またしても泉さんと気まずくなってしまいました……。
おかしいですねぇ、今日は調子が悪いかも知れません。もう少し裏を読むべきでしたか……慎重、慎重です。
「ちょっと、みゆきっ」
「あ、かがみさん」
いつの間にか私の目の前にはかがみさんが居ました。ジト目で私を見つめています。少し照れますね。
「あんたこなたに何したのよ? お陰でこなたが私の背中に隠れて凄く可愛くなってるじゃない! GJよ」
そう言うとかがみさんは泉さんを抱きしめくるくると回り始めました。
かがみさんはこれを見せ付けるために私の所へ?
「――っ!」
違う。かがみさんは私にチャンスを下さったのですね。泉さんと気まずくなってしまった私に謝りやすい場を設けてくれている……。
なんて、なんてお優しい方なのでしょうか。私、感動で涙が止まりません。
「みゆき?」
「みゆきさん?」
「あ、いえ……」
せっかくのご好意の前に泣いていてはいけませんよね。
私は溢れ出る涙を制服の袖で拭き取る。制服が汚れるとかそんなものはどうでも良いです。
「泉さん」
「は、はい」
と、ここで忘れちゃいけないのが慎重さです。危うく情に流されて、また余計な事を言ってしまうところでした。
先ずはお詫び。そして私の真意を泉さんに伝えれば、きっと上手く行くと思うのです。もし無事に仲直り出来たのなら、その時は泉さんとキャッキャッ、ウフフ。
そして私は石橋を叩い――。
「!?」
石橋が、崩れ……!
「きゃっ」
落ちていく……石橋も、私も……。
そうでしたか、慎重になりすぎてもダメと言うことですね……。
私は慎重になりすぎて、言わなくても良いことを言って……気付くのが遅すぎましたね。
もう良いです。私なんて居ない方が良いんですから。このまま落ちて――。
「ダメだよみゆきさんっ!」
薄れ行く意識の中で、誰かが私の名前を叫んだ。この声は、泉……さん?
「うおぉぉぉっ!」
泉さんが私の腕を掴み、そのまま勢いよく、自分よりも重たい私を引っ張り上げた。
「はぁ、はぁ……大丈夫?」
「……何故、何故助けたのですか?」
「え?」
「私は必要とされてない、居なくなるべき存在なのです。だって私が居たって何も――ッ!?」
渇いた音が響く。頬がひりひりする……?
泉、さん?
「みゆきさんの、バカ! この世に必要とされてない人なんて居ないんだよっ! みゆきさんはいつも私を助けてくれるじゃん! いつも面白い知識を教えてくれるじゃん!」
……。
「私知ってるよ。みゆきさんは笑うとき凄い可愛い顔して笑うんだ」
私は……。
「いつも優しいみゆきさん。私はそんなみゆきさんが好きなんだ。だから……」
「だから居なくなるなんて……言わないでよぉ……ぅっ……ぅ」
私はバカだ。
こんなにも想ってくれる人が居るのに、なんて勝手なんでしょう。
必要とされてない? 居なくなるべき存在? バカな事を言うなみゆき! お前の自分勝手な思い込みがこんな事態を招いたんだ!
本当に愚かな人間です。私は。
「えぐっ……っく……」
「泉さん」
私はその小さな身体を抱き寄せる。
「えへへ、ごめんね。叩いたりして。痛かった?」
「いえ、私の方こそごめんなさい。そしてありがとうございます」
「……?」
「目が醒めました。どうやら私は慎重になりすぎたようですね」
私がそう言うと泉さんはクスッと笑ってくれました。私も釣られて笑ってしまいました。
「そうだよー、みゆきさんは慎重になりすぎっ。てゆーか慎重どころの問題じゃないでしょあれは~」
「えぇ、まったくその通りですね。うふふ」
「私は、素のみゆきさんが好きだよ」
「泉さん……」
私たちは次第に顔を近付け、目を閉じ、そして――。
「なぁ、みゆきはさっきからボーッとしてるけど大丈夫なのか?」
「さぁ~、みゆきさん朝から何かおかしかったし。保健室連れてった方が良いかもね」
「そうね。じゃあこなたは足を持って」
「う~い」
おしまい