「ID:uqN7JOU0氏:義理チョコと義理返し」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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2月14日
「お疲れ様でーす」
番組の収録が終わり、みんな解散していく。
「おい、白石」
「なんすか? あきら様」
「ほらよ」
袋が白石みのるに投げつけられた。
白石が受け取ったそれは透明な袋で、中にはチョコが入っていた。
「義理チョコの余りだ。ありがたく受け取れ」
「ありがとうございます。しかし、あきら様も毎年大変ですね」
スタッフとか先輩タレントとかにせっせと義理チョコを配り歩いている小神あきらの姿を見ているだけに、白石からはそんなセリフがもれてくる。
「この業界で生きてくなら、これぐらいは浮世の義理ってやつだ」
「文字通りの義理チョコですね」
「まあな。で、今年も義理返しはあの可愛い彼女さんが作ってくれるんだろ?」
「そうなるとは思いますが」
「まあ、あの美味しい菓子が食えるなら、悪くない投資だな」
あきらは、そういうと足早に次の番組の収録現場に向かっていった。
なんだかんだいっても、あきらは人気高校生アイドル。仕事の日程はかなり詰まっている。
白石は、電車を乗り継いで、自宅であるアパートに帰ってきた。
「お帰りなさーい」
可愛い彼女、つまりは柊つかさが出迎えてくれた。
「ただいま」
部屋のテーブルの上に、夕食が並べられている。
なんつーか、既に夫婦も同然のような光景だが、一応同棲はしていない。しかし、通い妻も同然なのは確かだった(しかも、つかさの部屋はすぐ隣だ)。
問題は、つかさの方にその自覚があまりないということなのだが。
テーブルの横に、ダンボール箱が置いてあった。
「あっ、それ。今日、事務所から送られてきたみたい。チョコがいっぱい入ってたよ。白石君は、人気者だよね」
要するに、ファンからのバレンタインチョコだった。
つかさの様子に特に変わったところはない。彼女は、このようなことには寛容だった。
むしろ、白石の方が毎年戸惑っている。
あきらがある番組で盛大に暴露したせいで、白石に彼女がいる事実は、世間には周知のことだった。それなのに、毎年このようにチョコが届けられてくるのだから。
白石は、自分がことさらモテるような人間だとは思ってはいないから、なおさら戸惑うばかりであった。
ちなみに、つかさのチョコは朝一番で白石に渡され、既に白石の腹の中に収められている。つかさが料理学校で培ったスキルを惜しみなく投入したそれが、愛情のスパイス抜きでも、極上の味わいであったことはいうまでもない。
白石は、あきらからもらったチョコをテーブルの上に置いた。
「それ、あきらちゃんからもらったの?」
「ええ。義理チョコの余りだって投げつけられましたよ」
「あきらちゃん、毎年そういってるよね」
「そうっすね」
夕食のあとの食器洗いを終われば、つかさは隣の部屋へと帰っていく。
今日は、チョコが詰められたダンボールを持っていくため、白石もつきそった。
ダンボールにはあきらからもらったチョコの袋も詰め込まれ、つかさの部屋へと搬入される。
これらのチョコは、ホワイトデーの義理返しのクッキーを作る際の材料にされる運命にあった。
3月14日
「お疲れ様でーす」
番組の収録が終わり、みんな解散していく。
「あきら様」
「なんだ? 白石」
「義理返しですよ」
白石は、チョコクッキーが入った袋をあきらに手渡した。
ちなみに、ファンたちへの義理返しはメッセージカード(もちろんその内容は丁重なお断りの返事である)とともに、一斉配送されているはずだ。
あきらは、クッキーをひとつつまみ、口の中に入れた。
「うーん、口の中でとろけるぜ。料理番組に出したいぐらいだな」
「ありがとうございます」
「ホント、おまえなんかにはもったいない彼女さんだよな。この幸せ者が」
白石はひたすら照れることしかできない。
あきらは、ここで、この数年来の疑問をぶつけてみることにした。
「これの材料って、バレンタインでもらったチョコなのかよ?」
「ええ、そうっすけど」
(やっぱ、そうか。彼女さんの作ったチョコ以外のチョコは、白石の口に入ることはないわけだ。まあ、それぐらいの独占欲は当然だわな)
「それがどうかしたっすか?」
「いや、なんでもねぇよ」
(こいつは気づいてないみたいだな。この鈍感男め。やっぱ、おまえには、あの可愛い彼女さんはもったいねぇよ)
そうは思っても口には出さない。
二人の仲を応援すると決めたのは、ほかならぬあきら自身だから。
数年前に、二人の交際の事実を盛大に暴露してやったのも、二人をアシストする意味があったのだった。
(案外モテるやつだからなこいつは)
「彼女さんにはお礼を伝えておいてくれ」
「分かりました」
あきらは、そういうと足早に次の番組の収録現場に向かっていった。
終わり