ID:sKmTinso氏:聖夜の奇跡

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 聖夜の奇跡。なんて、私は信じない。  聖夜も何も、神と呼ばれた人間が産まれた日ってだけで、その説も確かなものじゃない。  特別なことなんて、奇跡なんて起こるわけがない。    そう。奇跡なんて、起こらない。  ~聖夜の奇跡~  12月、クリスマスを目前に控えて、私、柊かがみは陰鬱な日々をすごしていた。  別に、高校最後の年なのに彼氏がいないからとか、体重が増えたとか、そんな理由じゃない。  ――出来ることなら、このまま時が止まってしまえばいいって思った。  年が明けたら、卒業なんてあっという間で、そんなの……嫌だから。あの子の欠けた卒業式を迎えるのなんて、絶対に、嫌だから。  毎日、毎日、そのことばっかり考えてた。  あれは今年の10月はじめのこと。私は妹のつかさ、友人のこなた、みゆきの三人と買い物に行った。  服を買って、ケーキバイキングに行って、こなたのアレな買い物にも付き合わされたっけ。  そして散々楽しんだ帰り、横断歩道でハンカチを落としたつかさは、それを拾いに行った。その時、こなたが『つかさ! 避けて!』って叫んだのよね。  意味が分からなかった。避けるって何を? って。でも、視線を車道に移してすぐに分かった。  信号無視した車がつかさのいる方向に突っ込んできてた。そのことを理解した瞬間、おおきな音が響いて私は思わず目を瞑った。  恐る恐る目を開けると、道路の向こう側につかさが立っていた。  ああ、よかった。間に合ったんだ。そう、胸をなでおろした時、私はあることに気づいた。  つかさの顔が真っ青になっている。当たり前だ、突然自分に向かって車が突っ込んできて、平然としている人間は居ない。  でも、どこを見ているんだろう? 電柱にぶつかって止まっている車……じゃ、ない。もう少し先の……。  ――。  つかさの――視線の先に、誰か倒れてる。  赤い髪をした……あ、違う。染まってるんだ。赤く。  あの子の、蒼いきれいな髪が、赤く。  何? これ。なんであの子が、こなたが倒れてるの?  だって、さっきまで、私の、隣に――。 「……みさん。かがみさん!」 「え? あ、みゆきおはよ」 「おはようございます。どうなされたんですか?」 「別に、なんでもないわよ」 「もしかして、あの時のことを?」 「……そんなとこ」 「無理なことかもしれませんが、なるべく思い出さないほうがいいと思います」  みゆきの言いたいことはよくわかる。あの時のこなたの姿は、目を覆いたくなるほどだったから。  思い出すのはすごく辛い。 「うん、分かってる。心配してくれてありがとう」 「いえ。ところで、つかささんの様子はどうですか?」 「もう大したことないわ。イブの件は大丈夫だと思う」 「それはよかったです。無理をして風邪をこじらせてはいけませんから」 「しっかし……我が妹ながら、驚くわよ。この時期にお百度参りして、風邪引くなんて」 「つかささんらしいと言えば、らしいですが」 「まぁ……事故のことで一番責任感じてるのはつかさだろうから」 「ええ、実際あれから二ヶ月ほどは、ずっと塞ぎこんでらっしゃいましたし」 「そのことにしても、みゆきには感謝してるわ。説得して立ち直らせてくれたんだから。ホントすごいわよ」 「そんなことないですよ。ただ、自分のせいだといつまでも嘆くより、泉さんがいつ帰ってきても笑顔で迎えて上げられるようにしましょう。そういう話をしただけですよ」  サラッと言ってくれちゃって。それがすごいのよ。姉である私でも出来なかったことを、簡単にやってのけるんだから。 「ねぇ……こなたが目を覚まさないなんてこと、ないよね?」 「ええ、きっと目を覚ましますよ」 「……きっととか、そういうんじゃなくて医学的に見てどうなの?」 「私は、お医者様ではありませんからそれは……」 「でも、医者になるんでしょ? ならそれを目指すものとしての意見を聞かせて」 「……かがみさんの言うように私は医者を志しています。ですから、いいことだけ言うことは出来ません。それでもよろしいですか?」 「いいわ、聞かせて」 「わかりました」  朝のホームルーム前、人の多い教室でする話ではないと、私たちは人のあまりこない階段へ場所を移した。 「まず、泉さんの状態ですが、極めて良好です。全身の打撲、右腕の骨折、頭部の裂傷、他の小さな怪我もすべて治っています。 脳や内蔵にも異常はなかったということです。目が覚めない理由はありません。明日、それこそ今、目が覚めてもおかしくありません」 「そう、よね。だったら……」 「ですが」  安心、そう言おうとした私に、みゆきは釘を刺す。 「かがみさんもご存知の通り、それを言い始めてもう3ヶ月近く経ちます」 「それは……」  そう、詳しい容態を聞いたのは初めてだけど、こなたは無事ですぐに目を覚ます。それは事故のあと早いうちに聞いた。  でも、こなたはまだ目を覚ましていない。 「正直、なぜ眠ったままなのか、原因は分かりません。私が今話した内容は泉さんのお父様から聞いた事なので、その中に嘘があれば違ってはきますが……」 「あのおじさんなら、たぶん本当のことを言ってくれると思うわ」 「ええ、私も同じ意見です。見ていて特に何か隠している様子もありませんでしたから」 「結局、こなた次第ってことなのね」 「はい。ですから、今の私たちに出来ることは」  ――泉さんを信じて待つことだけです。  本当に、みゆきは、すごい。  信じて待つ。それは言うほど簡単なことじゃない。もしかしたら、とか色々考えて不安に押しつぶされそうになる。  みゆきは不安になったり……しないわけないか。それでも、必死に自分にできることをやろうとしてる。  実のところ、こなたが助かったのもみゆきのおかげだ。  事故の時、あの子が施した応急処置がなければ、下手をすれば死んでいたとおじさんから聞いた。  そして、みゆきは委員会とかで遅くなる日を除いて、毎日のようにこなたの病室へ通っている。  昼休みにできる仕事は時間を目いっぱい使って終わらせてる。そうやって時間を作って、近くもない病院までこの三ヶ月近くずっと。  こなたの状態に詳しいのはそれが理由だ。  私は、週に一度ぐらいしか行かない。高校最後の年で勉強をおろそかにするわけにもいかないから。  ……都合のいい言い方だけど、それをこなたは喜ばないだろう。  みゆきのように、全部をこなすことなんてとてもできない。  つかさのように、純粋に信じることもできない。どうしても嫌な考えがよぎってしまう。  私には何もできないのね……。 「つかさ? 何してんの」 「明日イブだからケーキ焼こうかなって」  夜の十一時、つかさの部屋からゴソゴソと物音がしているのを効いた私は様子を見に行った。 「今から? ていうかまだ少し風邪残ってるでしょ。寝てた方がいいと思うけど」 「もう大丈夫だよ。熱も下がったし、ちょっと咳は出るけど」 「そう?」  その時、私は気になった。ケーキを焼くのはいいとしても、どうして着替えてるのかしら? 「ねえ、なんで外行きの服着てるの? コートまで羽織って」 「え、ええと、それはその……」 「! またお百度参りでもしようってんじゃないでしょうね!?」 「ち、違うよ」 「まさか、もうやってきたんじゃ」 「まだだよ!」 「まだ?」 「はう! そのぉ」  全くこの子は……。数日前に高熱で倒れた時、あれほど言ったのにまた……! 「せっかく治ってるのにまた風邪引くつもり?」 「そういう訳じゃ……」 「無理して何かあったら悲しむのはこなたなのよ? 私たちだってそう。なんでわからないの!」 「わかってるよ!」  私は驚いた。つかさのこんな大きな声を聞いたのは、今まで一緒に生きてきてはじめてだから。 「でも、こなちゃんがもしかしたらもう起きないんじゃないかって、怖くて……」  ああ、そうか――。 「ゆきちゃんみたいなことは出来ないけど、私だって何かしたいよ!」 「じゃあ、明日こなたのお見舞い行かなくていいのね? そんな状態のあんたを病院なんて連れて行けないわよ?」 「それは、やだ……」 「だったら寝てなさい。その分は私がやるから」 「え?」  呼び止めるつかさの声を無視して、私は自分の部屋へ行き、着替えを始める。  つかさは、私と一緒だったんだ。こなたのことを信じてる。だからこそ不安だったのよね?  だから、何もできない自分が嫌で、でも自分なりに考えてやろうとしたのよね。 『もうすぐ、イブだから』  熱を出して、私に怒られながらあんたが言った言葉。  聖夜の奇跡。あんたはそれに願いをかけたのよね? 私が自分の中で否定した、それに。  無駄でもなんでもいい。このまま何もせず居れるもんか! 「お姉ちゃん」 「何?」  「あの、ありがとう」 「……。別にあんたのためじゃないわよ」 「あ、こなちゃんのためだよね」 「ちっ違うわよ! なんで私がこなたのために!」 「お姉ちゃんがツンデレだ」 「くっ……あいつが起きたら説教してやるわ」 「気をつけてね」 「大丈夫よ。その代わり、明日ケーキよろしくね」 「うん!」  私は素足になり、地面に足を下ろす。 「冷たっ。さすがに裸足はきついわね。さて……はじめますか」   『かがみって意外と可愛い寝顔してるんだぁ』  お調子者で、 『かれこれ三日徹夜でゲームしてて……』  だらしなくて、 『駄目だ、かがみにかわいい系は無理』  失礼で、 『みんなと同じ組になりたくて文系選んだくらいだもんね?』  意地悪で、 『かがみってさ、実は結構かわいいよね』  そんなあんたがいなかったら、 『おーい、かがみ~』  本当は友達想いなあんたがいなかったら、  ……寂しいじゃない。  だから――。 「これで終わり……つかさのやつ、よく何日もやってたわね。私はこれだけでこんなに疲れてるってのに、ホント情けない姉だわ」  かじかむ手と冷えてあまり感覚のない足。本殿の前で私は、誰とも知れない相手に言い放つ。 「神様だかなんだか知らないけど、私は信じない。でも、聖夜の奇跡って言うのは信じてもいいわ。だって、奇跡は神様が起こすとは限らないから――だから早く帰ってきなさい、こなた」  こなたは、いいお友達を持ったのね。 「え?」  どこからか聞こえた声、振り返ると12月の寒空に似つかわしくない、温かな風が頬をなでた。  end

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