ID:WkholASO氏:ティアドロップ

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「ミートボールは何の肉なんだ?」  昼休み、昼食を食している際、美味しそうにミートボールを食べていたみさおが、唐突に誰に対してでもなく話を振った。 「……え?」 「……は?」  その幼稚な質問に、一緒に昼食を取っていた二人はポカーンとするばかりだった。 「何? 二人も知らないのか?」 「知ってるけど……みさちゃん知らなかったの?」 「ありえん」  二人のみさおを馬鹿にする言い方にカチンと来たのか、頬を膨らませ口を3の字にするみさお。 「何だよ~、知らないんだからしょうがねーだろー」 「小学生でも分かるけどな」 「あやの~、柊が酷いよ~」  かがみの容赦無いツッコミに、みさおはあやのに助けを求めてしまう。あやのはそれを抱き寄せると、優しく頭を撫でる。 「よしよし、でもみさちゃん? ミートボールが何の肉か、なんて常識なのよ」 「じゃあ、いい加減教えてくれよ~、このままバカにされっぱなしってのは嫌だぜ~」  するとあやのは、頭を撫でるのを止め、みさおの両頬を抑え、自分の顔と向き合わせる形を取った。あやのの顔はいつになく真剣だった。 「じゃあ教えるけど……みさちゃん、現実から目を背けちゃダメだからね?」 「お、ぉう……」 「何を話す気だよ……」  あやのは小さく深呼吸をした後……目を見開いて……語った。 「ミートボールに使われてる肉はね……柊ちゃんなの」 「……え?」 「待てコ――むぐっ」  かがみがツッコミを入れる前に、あやのが口を手で塞ぐ。そして軽くウインク。かがみは「あー、なるほど」と口には出さない――塞がれて言えない為――が、首を縦に振り、肯定の意思を示した。 「柊の肉って……嘘だよな? 柊……?」 「……」  話を振られたかがみは、何も言いたくないかのように、俯き笑う。その頬には涙が伝っていた……。 「おいおい、マジなのか? そんな訳無いよな? なぁっ! だいたいどこの肉……あ」  みさおは気付いた、気付いてしまった。かがみのとある部分が昨日見たときとは明らかに違っていたことに。 「柊……お前、そんなに胸小さかったっけ……?」 「…………」  かがみは何も言わない。ずっと下を向いて黙りこくっている。 「みさちゃん……もう分かったでしょ? ミートボールの肉は柊ちゃんの胸の肉なのよ……」 「――ッ!?」  絶句。衝撃の事実を知ったみさおは持っていた箸を落としてしまう。箸が落ちた音が教室中に響き渡る。いつの間にかクラスは静まり返っていた。 「あ……ありえねえ……ありえねえってヴぁ!」 「あ……」  混乱したみさおは、本当の事実を知るべく、自ら行動に移す。そう、かがみのセーラー服をめくったのだ。ここが教室ということも忘れて……。 「嘘だろ……」  普通、年頃の女の子であれば、女性特有の部分を隠すもの……所謂、ブラジャーと呼ばれる下着が身についているはずだった……。しかし、そこにブラジャーは無く、替わりに身についてたのは、擦り減った胸を隠す様に包帯が巻かれてあるだけだった。 「ちょっと……恥ずかしいから……」 「あ、ごめん……」  いつもの彼女からは想像も付かないくらい萎れている様子だった。  擦り減った胸を見られたショックなのだろうか……? そう思ったみさおも、かがみと同じく萎れてしまった。 「ちょっと、私なら大丈夫だから。そんなにしょぼくれないでよ」  かがみは、これでもかっていうくらいの笑顔を見せる。だがみさおには、それが強がっている笑顔にしか見えなかった。その笑顔の向こうには溜息が隠れている……そんな風にしか思えなかった。 「なんでだよぉ……なんで柊のおっぱいがミートボールの材料なんだよぉ……うわぁぁぁぁーん!」  みさおは泣いた。産まれて初めて本気で泣いた。そして大人という階段をまた一歩登り始めた。 「泣かないで。良いのよ、日下部に食べて貰えるなら私は嬉しいもの」 「嫌だ、私はもう食べないぞ」  事実を知ってしまった以上、食べることなんか出来ない。それは決して気持ち悪いからという意味では無い。 「日下部……」 「みさちゃん……みさちゃんが食べても食べなくても、ミートボールは作られるのよ」 「え……?」  暫く黙っていたあやのが口を開いた。 「ミートボールは今や世界三代珍味を上回る美味しさとして知れ渡ってしまったの。だから例えみさちゃんが食べなくても、柊ちゃんの胸は削られてしまうの」 「……」 「そ、そんな……」  みさおは自分の弁当箱のミートボールを見つめる。 「もし、みさちゃんがミートボールを食べなかったらどうなると思う?」 「……あ」  みさおは気付いた。ミートボールをみさおが食べなければ、かがみの削った胸が無駄になってしまうことに……。  なんという残酷な話だろうか。砕けて散ったガラスの様に突き刺さる痛みが、みさおの胸に走る。 「私は……」 「日下部、笑って? 私はいつでもあんたの笑顔に救われて来たの。だから日下部のそんな顔は見たくないわ……」 「そうよ、みさちゃん。笑って?」 「柊ぃ……あやのぉ……」  みさおは涙を拭いて席を立つ。その顔には微かに笑顔が取り戻されていた。 「ちょっと顔洗ってくるな!」  そう言って、教室を出ていくみさお。残された二人は何かを堪えるようにみさおを笑顔で見送る。そしてみさおが教室から出ていって暫く経った後、クラスの空気が変わった。やがて「ぷっ」「くく」と小さく漏らすように声が聞こえてきた。どうやらそれがスイッチだったらしい。 「あっはっはっはっはっはっ!」 「ふふ、ふふふふ」 「クスクス」 「ハァ~ッハッハッハッハッハッ!」  クラス中が笑いに包まれた。 「まさか、峰岸が日下部に仕掛けるなんてね~……ふふ」 「柊ちゃんこそ凄い演技だったわよ。女優でも目指しているのかしら? クスクス」  話の内容からして、どうやらみさおに対してのドッキリだということが分かる。 「でも、胸なんて言われたときは焦ったわよ。よく私がさらし巻いてるなんて分かったわね」 「だって柊ちゃん朝に胸触って焦ってたじゃない? それで“保健室行ってくる”なんて言うんだもん、すぐに付けてないって分かったの♪」  驚異的洞察力である。 「へへん! 俺、柊のさらし姿を写メ撮っちゃったぜ!」 「マジで!? 送ってくれよ!」 「あ! 止めなさいよコラ!」  かがみが男子生徒の携帯を取り上げるべく立ち上がる。  一方その頃、顔を洗いに行ったみさおはというと……。 「ダメだ、やっぱり納得いかねぇ! 柊があんな思いをする必要なんかないんだっ」  みさおはトイレの鏡に怒鳴る。まるで、さっきは納得してしまった自分に言い付けるように。 「これ以上、柊にあんな思いをさせない方法は……一つだな」  みさおは携帯を取り出すと、記憶を頼りに、とある番号を押していく。  プルルル、と電子音が三回程鳴ったあと相手は出た。 「はい。こちら、肉はオイシク・タノシク・ゲンキヨク及び他――」 「略して肉連だろ? 分かってるってヴぁ」 「……どんな御用でしょうか?」  会社名を途中で切られ少しムッとしてる様子。悪い電話対応者の見本だ。 「あたし、みさお!」 「はい?」 「あたしの名前、覚えて……」 「はい、みさおさんですね? 今日はどのような御用件でしょうか?」 「単刀直入に言うぜ」  みさおは一呼吸したあと……言ってしまった。恐らくみさおの人生で一番恥ずかしい思い出になっただろう。  以下がその会話の内容だ。 「ミートボールを作るのを止めてほしい」 「は? あ、いや……何ですって?」 「えーと、正確には使う材料を普通のお肉にして欲しいって事なんだ」 「……えーと、みさおちゃーん? あなたは何を――」 「惚けんなよ、ミートボールに使ってる肉が柊の……私の友達の胸の肉って事はもう分かってるんだよっ」 「ちょ、え?」 「柊のおっぱいをこれ以上小さく――」 「ははっ、何がw」 「おい、こっちは真剣に――」 「m9(^Д^)プギャー」 「……へ?」 「みさおちゃーん! あなたは何を言ってるのかなー? いたずら電話? 意味が分からないですw 何ですか“おっぱい”ってwww うちは牛肉100%ですよーw 分かりましたかー? じゃあこちらは仕事が忙しいので電話切りますね? テラアホスw」 「え? ちょっ、待てってヴぁ!」  以上。みさおの人生最大の勘違い電話でした。それにしてもこの電話の対応者、いろんな意味でダメだろう。 「……え? 何? どーゆーこと?」  みさおは、「ツー、ツー」と鳴る携帯を片手に、何がなんだか分からないといった様子で立ち尽くしていた。 「もしかして私……柊達に……騙された?」  ようやくその事に気付く。そして先程の電話を思いだし、顔が真っ赤になってしまう。それと同時に怒りも込み上げてきた。 「そっかぁー、やってくれるじゃねぇか……柊」  何故か対象はかがみだけになっていた。主犯はあやのなのだが……。 「そっちがそーゆーことするなら……覚悟しろよ、柊……」  今ここに居ない人物にそんな事を言っても無意味なのだが……はてさて、どうなることやら。  ここで場面はかがみ達の教室に移る。何も知らない彼女等は、呑気に笑いの混じった会話を繰り広げていた。 「でも、ちょっとやりすぎたわよね。いつ真実を話すの?」 「う~ん、明日の朝までかな?」 「朝までって……もしかして日下部、また何かやったの?」 「うん、ちょっとね……だからこれは小さな復讐なの」 「そ、そう……」  かがみは峰岸の後ろで黒い炎が燃えているのが見えた。そして心の中で“峰岸だけは怒らせてはいけない”と悟った。  そんな会話をしている内に教室のドアがガララと開く。みさおが帰って来たようだ。 「お帰り、もう大丈夫?」  嘘と伝えるのは明日ということになってるので、かがみは再び演技に入る。 「あぁ、もう大丈夫だぜ!」  その向日葵の様な明るい笑顔を見て、かがみとあやのは安堵する。しかし、その笑顔の裏に怪しい笑みがあることに二人が知るよしもなかった。 「さ、昼休みが終わる前にお弁当片付けちゃいましょ」 「おぅ。ただその前に、柊にお願いがあるんだけど」  みさおは自分の席を通り越して座っているかがみの後ろに立ち、彼女の両肩に手を置く。 「な、なにかしら?」  首を30度程回して、後ろの人物に返事をする。嘘を付いているということもあって、みさおの意味深な行動に警戒しているようだ。 「いやね? ちょっと両手を椅子の後ろに回してくれるだけで良いんだよ」 「手を? こうかしら?」  手を後ろに回すだけ。そんな簡単な事なら何も問題は無いだろうと警戒心を解いて、指示通りにする。この時、かがみがもう少し冷静だったらこの場に似合わない“ジャラ”という金属音が聞こえ、この後の惨事を回避できただろう……。 「うん、良いぜ♪ これで完了」 「え? ちよっと!」  かがみは両腕をそれぞれ椅子の両端に手錠を掛けられてしまった。手錠をどこから持ってきたのかは謎だ。 「何するのよ!」 「あんまり暴れない方が良いぜ。痕が付くからな」 「くっ」  ガチャガチャと暴れるかがみにそう言うと、諦めて動かしていた腕を止めた。  みさおは無言で机から椅子毎かがみを引き出すと、彼女の膝に騎乗する様に座った。補足して説明すると、向かい合って座っているのだ。  これでかがみは完全に自由を奪われた。 「これは何の真似かしら?」 「みさちゃん?」 「ミートボール」 「へ?」  困惑する二人を更に困惑させるような台詞を吐く。だがかがみは自分の今の状況を察し、少し危機感を持ち始めた。 「み、ミートボールが何――」 「ミートボールって柊のここで出来てるんだよな?」  そういって、みさおはセーラー服越にかがみの胸を優しく撫でるように触る。 「ちょっ……やめなさいよ!」  かがみが嫌がったので、みさおは触るのを止める。かがみの頬が赤らんでいるのを見ると満足そうに笑う。 「なぁー、あやのー。ミートボールは柊のおっぱいなんだよなー?」 「え、えぇ、そうよ。さっき説明したじゃない」 「待って、峰岸。もう良いじゃない、終わりにしましょ」  かがみはこれからみさおに何をされるか想像してしまい、早くこの話を終わらせて解放されたいようだ。  しかし、みさおはかがみの台詞を聞こえなかったことにしてしまう。 「じゃあちょっと確認するな?」 「確認って……ちょっ、やめっ」  何も抵抗できないかがみは、あっさりとセーラー服を捲くり上げられてしまう。 「柊達が言ったことが……嘘か、本当かっ」 「やだ、やだっ! やめて!」  みさおはかがみの胸に巻いてあった包帯をスルスルと解いていく。するとプリンッと形の良い胸がみさおの目に映った。 「へぇ、柊の胸って自己再生するんだ」 「そんな訳無いでしょ! ミートボール云々は嘘なの! 分かったらどきなさいよ馬鹿!」  かがみは既に半泣きだ。周囲からの視線もあって、恥ずかしさは何倍にも膨れ上がる。 「みさちゃん! いい加減に――」 「峰岸!」  あやのが動いた。これで解放される。そう思ったかがみは期待に満ちた顔をあやのに向ける。しかし…… 「何? あやの」  振り向いたみさおの目が異常な程にどす黒くて、そんな目で睨み付けられたあやのは言葉を詰まらせてしまった。 (恐い……みさちゃんが恐いわ……) 「いい加減に……何?」 「うっ……」  私がみさちゃんに気圧されるなんて……。と、動揺してしまい次の言葉が中々出てこない。 「い……」 「い?」 「いい加減にしなさいっ! 飛んでったあいつの火照る身体って――」 「なんだOPかよ」 「峰岸ぃ……」 (ごめん、柊ちゃん……私にはどうすることも出来ないわ)  あやのは踊りながら心の中でかがみに誤り続けた。みさおはあやのの歌をBGMに再びかがみのセーラー服を捲くる。 「日下部っ、あんたホントにいい加減にしなさいよ!」 「……私ね、肉連に電話したんだ」 「え?」 「柊のおっぱいをこれ以上使うなぁー! って……そしたら何て言われたと思う?」 「あ……」  みさおはあやの達の嘘を本気で信じてた。それ故に友の大事な部分をミートボールの材料としてるのが許せなかった。だが肉連はそんな事情は知らない。ただのいたずら電話として見るのは当たり前だ。 「笑われた。すごいバカにされた。めちゃくちゃ恥ずかしかった」 「日下部……」 「私は……これ以上、柊に嫌な思いをさせたくなくて……真剣に考えて電話したのにっ」 「……」 (みさちゃん……)  信じていた友が実は嘘をついていた。皆で夜明けを追いかけていたが、それを見失い、戸惑って振り向けば、居るはずの友がそこには居ず、高見で自分を笑っているのだ。「一人で何をやっているの?」と。  今までずっと傍に居てくれた存在が、急に居なくなる絶望感……。  それが悲しくて、切なくて、みさおはどうしていいのか分からなかった。そして生まれた復讐心……。 「何で嘘なんかついたんだよぉっ! ぐすっ……うぅ、うわあぁぁぁん」  みさおの当初の予定は、かがみを羞恥の渦に巻き込み、自分と同じ思いをさせるつもりだったが、もうそんなことはどうでも良かった。  ただ悲しくて悲しくて仕方がなかった。その泣き声は廊下に漏れる程、教室に響き渡る。 「最低ね……私たち」  そんなみさおを見て、かがみは呟く。 「こんな純粋な子を騙すなんて……どうかしてた」  かがみの瞳にも、うっすらと涙が出てくる。 「柊……?」 「日下部、この手錠……外してくれないかしら?」 「え? うん……」  何故か今のかがみには悪意を感じず、みさおは言われるままに手錠を外した。 「ごめんな、痛かったか――」 「……」  かがみは言葉を遮るようにみさおを抱きしめる。 「柊……」 「ごめん、ごめんね……あんたがここまで苦しんでいるなんて知らなかった……明日になれば笑って済ませると思ってた……それがこんなにもあんたを傷つけちゃうなんて……私、私……!」  言葉じゃうまく伝えられずに、時間だけが無情に過ぎていく。 「もうあんたを一人にさせない。ずっとここにいるから、私が傍に居るから!」 「柊ぃ……柊ぃぃ~」  みさおもかがみの背中に手を回し、お互いに抱きしめ合う。その様子を見つめる一人の少女。 (……私ったらなんてバカなの? こんなにもみさちゃんが弱いなんて……みさちゃんの性格を知っているようで、まだまだ知らなかったみたいね……お義姉さん失格ね) 「……?」 「峰岸?」  後ろから聞こえていた歌が途中で止み、そちらへ振り返る二人。あやのは無言でみさおの背中に回ると、そのまま後ろから抱き着いた。 「ごめんね、みさちゃん。昨日みさちゃんにあんなことされたからお返しに、と思ってやっちゃったの……。それがみさちゃんをここまで追い込んじゃうなんて思わなくて……本当にごめん。愚かな私たちをどうか許して……」  あやのは涙を流さない。そんなので同情を買い、許してもらわれても解決したことにはならないと感じたからだ。 「あやのぉ……。もう良いよ……私も、私も悪かったよぉ……二人ともごめんな……」 「ごめん」 「ごめんね」  三人が固まって謝り合う。それが周囲の人にも感動を与えたようで、教室中から啜り泣く声が広がり始めた。 「日下部、罪滅ぼしとは言わないけど……」 「え?」 「さっきあんたがやろうとしていた続き、やっても良いわよ」 「え? いや、いいよもう。柊だって嫌だろ?」 「それじゃあ私の気が治まらないのよ」  そっぽを向いているが、頬は赤い。それを目視したみさおも赤くなってしまう。 「良い……のか……?」 「場所は変えてよね……///」 「お、おぅ……じゃあさ……」  時は放課後。そしてここは図書室。夕日の光が窓から差し込み、電気を点けなくても明るいその机に、少し興奮気味な少女がとある本を読んでいた。 (私と……日下部がぁ……ダメ、これ以上は私には刺激が強すぎる!)  と、途中で読むのを止め本を閉じる。本の表紙にはポップな感じで“おいしいミートボール”と書いてある。この本のタイトルらしい。果たしてミートボールとは、何を比喩しているのか……。  そしてそのタイトルの下にはツインテールの少女と、ショートカットで八重歯がよく似合う少女が抱き合って、今にもキスしようかというくらい顔を近づけている。 (どう考えても私と日下部よね、これ……。何でこんな所に)  こんな自分がモデルの恥ずかしい漫画が学校の図書室に、しかも机に置いてあるなんて……、堪ったもんじゃないわ。  そう思った彼女、柊かがみはその漫画を自分の鞄の中に入れようとするが…… 「あっ!」 「え!?」  本棚の影から現れた黒髪で眼鏡をかけた少女に叫ばれて、ビクッとして本を落としてしまう。 「あちゃー……」  黒髪の少女の後ろから蒼髪で小さな少女が残念そうな顔で出てきた。 「こ、こなた? 教室で待っててって……」 「いやぁ、本を返すだけにしては遅いし……それにこの子にちょっと頼まれちゃってさ」  こなたと呼ばれた小さき少女は、ぽんぽんと黒髪の少女の肩を叩く。一方、その少女は酷く慌てている。 「自分が描いた漫画を図書室に忘れちゃって、一人で取りに行くのも心細くて、たまたまゆーちゃんに渡すものがあって一年生の廊下を歩いていた私に一緒に来てほしいって言われて、私はその漫画を見せてもらうことで承諾して来たんだ」 「……説明的な説明ありがとう」 「先輩っ、マズイッスよ!」  黒髪の少女は滝の様な冷や汗をかきながらあわあわと挙動不振な動きを見せる。今すぐこの場所から逃げ出したい……そんな気持ちでいっぱいだった。 「何がヤバイのかな? ひよりん」 「だってあの“同人誌”のモデル……」 「む」  黒髪の少女、田村ひよりはこなたにしか聞こえない程度に話したが、同人誌という普段使われない単語を、かがみは聞き逃さなかった。 「もしかして田村さん……」 「はいぃっ!」  ひよりの脳裏に「人生\(^o^)/オワタ」という言葉が何度も駆け巡る。 「これ、あなたが描いた物かしら?」  そう言って、かがみは落ちていた同人誌を拾う。 「いや、そのぅ……。はぃッス……」  あっさりと認めてしまった。変に言い訳するよりも、すぐに認めた方が相手をいらつかせないで済むかも知れないと思ったらしい。最も、かがみの額には既に十字の怒りマークが見えている為、あまり効果は無いかも知れないが……。 「あなたね、人に何の断りもなく――」 「え? これってかがみがモデルなの!? 見せて見せて!」 「な、ダメよ! 見せられるわけないじゃない!」 「えー、だってそれひよりんのじゃん」 「そうだけど……」  かがみは取られまいと、同人誌を抱くように隠す。 「それとも何か恥ずかしい内容でもあったかな?」 「あぅ……///」  先程の内容を思いだし、顔が真っ赤になってしまうかがみ。そしてキッ、とひよりを睨み付ける。 「だいたい、見てもないのに何であんなに細かいのよ!」 「ひぃっ! すみません!」  何を見たか、何が細かいか、なんてことは恥ずかしくて言えるわけもない。だが、こういうことに勘の良いこなたは直ぐに分かってしまった。 「やっぱりそーゆーシーンがあるんだ~」 「んなっ!? 無いわよ! 無い無い!」 「ねぇー、見せてヨー、それひよりんのだよー」 「ダメったらダメェーッ!」  二人は机の周りをぐるぐると、一方は逃げ、一方は追いかけ走る。そんな二人を見ながら、ひよりは頭を抱え俯いている。 (なんという失態だ……僕は……俺は……私は……!)  その後、ひよりの誠意のある謝罪と熱烈な懇願もあり「キャラクターと名前を少し弄れば――かがみが納得するキャラクターでなければダメ――転売しても良い」とのありがたい言葉を受け、その場は収まった。  しかし、一度描いたキャラクターを描き直すというのは中々どうして難しく、結局最初から描き直すことになってしまったひより。  どうしてあんなミスをしたのか、と後悔する時間もなく……ただひたすらペンを走らせるのだった。  因みに、修正前の同人誌をこなたはちゃっかりと読んでいた。抜け目の無い少女である。 「うぅ、こーちゃん先輩から借りたCDで思い付いたギャグとエロスとお涙頂戴の最高傑作がぁ……」 「……あの歌からここまで描けたのは凄いけど……まぁ、どんまい」  以来、彼女は同人誌で友人をモデルに描く際には、細心の注意を払って描くようにしているという……。     木冬

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