「ID:k97JqMwo氏:逆転ホームラン」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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「行ってきまーす!」
ばたばたと準備をして、わたしたちは家を飛び出しました。
時間は本当にぎりぎり。
走らないと遅刻しちゃうっていうのはわたしもお姉ちゃんもわかってるので、駅までの道はとうぜん走ることになります。
だけどわたしはお姉ちゃんに比べて運動が苦手。一緒に走っていてもだんだんとお姉ちゃんは先に行ってしまいます。
「ま……まってー」
出た声があんまり情けなさすぎて自分でもびっくりしました。
でもお姉ちゃんはぴたっと足を止めて振り向くと、すぐに心配そうな顔でわたしが追いつくのを見守ってくれます。
「ごめん、急ぎすぎね」
「はぁ……はぁ……」
「結構走ったし、もう早歩きくらいで大丈夫か。ほら姉さん、休憩は電車に乗ったらね!」
「う、うん……」
そう言ってお姉ちゃんはすっと私の手を引いて歩き……う?
「……ねえ、さん?」
まつりお姉ちゃんもいのりお姉ちゃんも近くにいるわけじゃないのに、なんでお姉ちゃんの口からそんな言葉が出たんでしょうか。
「ん? どうしたの?」
「え……ううん」
とにかく、今は駅まで急がないと遅刻しちゃいます。
あんまり足を引っぱってばかりじゃダメだ、とわたしはもういちど駆け出して――
「わわわ」
「わすr「危ない!」
気がつくと、つまづいて転びかけたわたしを支えてくれるお姉ちゃんがいました。
なにか聞こえたような気もしたんですけど、たぶん気のせいだと思います。
「大丈夫? 姉さん」
また。
お姉ちゃんはわたしが無事なのを確認すると歩き出します。
ここまで走ってきたぶんの余裕がわたしのドジでなくなっちゃったから、今度は急いで。
いまの疑問は電車の中で聞けばいいやと、わたしはお姉ちゃんの背中を追いかけました。
*
「ふー……うん、間に合うわね」
駅のホームでわたしたちはようやく一息つきました。
疲れてるけど、さっきからあのことが気になって気になってしょうがないので尋ねてみなきゃなりません。
わたしは深呼吸のあと、思いきってお姉ちゃんに向きなおりました。
「お姉ちゃん、さっきの『姉さん』って?」
「へ?」
きょとんとするお姉ちゃん。
「……もしかして寝ボケてる?」
「そ、そんなことないよ!」
「どうだか……しっかりしなさいよ、『つかさ姉さん』」
やっぱり聞きまちがいじゃありません。お姉ちゃんはたしかにわたしのことを「姉さん」って呼んでいます。
お姉ちゃんはお姉ちゃんなのに……からかわれてる感じもしないし、どういうことなんでしょうか?
「ところで劇のことあやのたちに聞いといてくれた?」
「劇のこと?」
劇のこと。そう、わたしたち3年生は桜藤祭の出し物として演劇をやることになっています。
わたしは道具係でお姉ちゃんとこなちゃんが役者さん。ゆきちゃんは桜藤祭の実行委員さんで、劇の進行係でもあります。
……なんだけど、峰岸さんたちの役割って何だったっけ?
っていうか、お姉ちゃんって峰岸さんのこと苗字で呼んでたような気がするんですけど。
「姉さん……ホント寝ボケてんじゃないでしょうね」
「そ、そんなことないよぉ……」
あ。
わたしがお姉ちゃんでお姉ちゃんが妹。もしかしたらそれにあわせてクラスも反対になっちゃってるんでしょうか。
けどなにがなんだかわかってないわたしに峰岸さんたちのことをたずねられても……。
「え、えっとね。うっかりしてて聞くの忘れちゃった」
「……まあ、そんなことだろうとは思ってたけどさ。後で私からあいつらに聞いてみるわ」
「ごめんね……」
たしか……うん。日下部さんもお姉ちゃんと同じ役者さんです。そして峰岸さんが脚本。
それは思い出したけど、聞くように言われてたことはやっぱりぜんぜん覚えてません。
って、もしかして劇の役割まで逆だったりなんかしないですよね!?
「気にしなくていいって。どうせ他にも話あったし――」
『まもなく1番ホームに電車が参ります。黄色い線の内側に……』
「あ、電車来るわね」
*
「2人ともおはよー」
ところ変わってバス停。
うしろから聞こえた声にふり向くと、こなちゃんとゆたかちゃんがこっちに走ってきていました。
「おはよ。今日はまたずいぶん遅いのね」
「そっちこそ。なんかあったの?」
「姉さんが盛大に寝坊してね……そう言うそっちだってまた夜更かししすぎて寝坊したんでしょ」
「お姉ちゃん、本当に全然起きてくれなくて……こんな時間になっちゃいました」
「む……ゆーちゃんに責められると結構こたえるもんだね……」
「え、あ、ううん、責めてるわけじゃなくて!」
……みんなすごく自然にお話しています。
やっぱりわたしがお姉ちゃんでお姉ちゃんが妹なのかな。なんで突然こんなことになってるんだろう。
「いやぁお互いしっかりした妹を持って幸せだねつかさ」
「姉貴分のあんたが言うことじゃないだろが!」
「え、えへへへ……」
「姉さんも!」
笑ってごまかしつつ、わたしはいま置かれている状況について考えます。
「ところでこなた、ちゃんとセリフ覚えてる?」
「問題ありません、凛」
「やめろ。ここでやるな」
「それより脚本が仕上がってないのがちょっとまずいかもねぇ」
あ、やっぱりお姉ちゃんは役者さんみたいです。よかった……。
えっと……ひとつめ、わたしとお姉ちゃんが姉妹逆になっている。
「まぁね……今できてる分だけでも相当量覚えなきゃならないから私たちは猶予あるけど」
「みさきち言ってたよ、『台本に私の名前が載ってねぇ!』って」
「どこまでできてたっけ……アインツベルン城のとこか」
ふたつめ、たぶんクラスも逆。お姉ちゃんがB組でわたしがC組。
「ゆたかちゃんのクラスは何やるの?」
「あ、えっと、ネットカフェなんです」
「ネットカフェ? PC室じゃなくて教室で?」
「はい。みんなでパソコンを持ち寄ろうっていうことになってます」
みっつめ、姉妹逆っていうのがあたりまえみたい。
「そりゃまたすごいわね……」
「出し物決める時はネットカフェとヅカ喫茶が熾烈なトップ争いを繰り広げてたとか繰り広げてないとか」
「づ、ヅカ? 宝塚? 田村さんかパトリシアさんの発案でしょそれ……」
「あはは……正解です」
よっつめ……は、まだないかな。
とにかく、このままだと今日はてんてこまいな1日になっちゃいそうです。
*
さらにところ変わって学校に到着しました。
B組に入ろうとしたらクラスはやっぱり反対。お姉ちゃんにポンと頭をたたかれて、わたしはC組のドアをくぐります。
「おーっす」
「おはよう、ひーちゃん」
そう、これも実はちょっとだけ予想できていました。
日下部さんや峰岸さんと仲がよかったお姉ちゃんとクラスが入れかわるなら、今度はわたしが2人と仲よくなってるというわけです。
でも……どうすればいいんだろう。こなちゃんやゆきちゃんと話すときと同じようにすればいいのかな。
あ、「ひーちゃん」って呼んでもらえるのはちょっとうれしいかも。
「おはよう――」
えっと、お姉ちゃんの席はここだったよね……。
イスに座ってかばんを置くと、すぐに日下部さんたちが来ました。
「つかさ! ついに私もまともにしゃべれるぜっ!」
「へ?」
「結構筆が進んでね。ようやくみさちゃんがメインのシーンまで書けたの」
「そうなんだ。よかったね日下部さん」
ピシャーン!
……ぴしゃーん?
「あ……」
「……え?」
なんでそんなにショック受けてるんだろう、なんて思った瞬間、
「あやのぉ! つかさが私を苗字で、しかもさん付けでえぇ!!」
日下部さんはそう言って峰岸さんに泣きついてしまいました。
「ご、ごめんなさい! えと、」
なんて呼んだらいいんだろう? 「日下部さん」であんな反応ならやっぱり――
「……みさちゃん?」
とか……。
おそるおそる日下部さんの顔をのぞきこんでみると、そこにあったのは安心したような表情でした。
「ふー……おどかすなよなぁ」
「みさちゃんだってオーバーすぎよ。ごめんねひーちゃん」
「う、ううん。私こそごめんねみさちゃん……」
なんか不思議な感じです。
わたしがお姉ちゃんだと、日下部さんたちとこんなに仲がいいなんて。
「2人ともおはよ」
「かがみちゃん。おはよう」
「おはー」
お姉ちゃんがC組に入ってきて、日下部さんたちにあいさつをします。
ここでもやっぱり峰岸さんがお姉ちゃんを苗字で呼ばなくなっていたりしてて不思議な感じ。
「脚本どう?」
「昨日一晩で『moonlight』までは書けたわ。はいこれ台本。こっちは泉ちゃんの分」
「ありがと。みさお、重要な役なんだからしっかりセリフ覚えなさいよ」
「ゆうべ出来たての台本読ませてもらったおかげで結構覚えてるぜー?」
「ほぉ……ま、放課後の読み合わせ楽しみにしとくわ」
なんだか……お姉ちゃんがこっちのクラスにいる時より今のほうがいいかもしれません。
うまく言えないけど、わたしが知ってるお姉ちゃんと日下部さんよりも仲がいいような気がするんです。
「そうそう、ひーちゃん」
「え――あ、なに?」
「必要な小道具をリストアップしたから」
峰岸さんに渡されたプリントには、劇で使う小道具の名前がずらっと並んでいます。文字だけ見たらまるで暗号。
「武器」がたくさんあるけど、これって3週間で全部間にあうのかな……。
「そんじゃ私教室に戻るわ」
「あ、待って。高良ちゃんにも台本読んでもらってね。お昼休みにB組に行くから」
「オッケー」
そう言ってお姉ちゃんがとなりの教室に帰っていきます。
と、同時にチャイムが鳴りました。
「うーす、席に着けよー」
これは本鈴かな、なんて考えているとすぐに桜庭先生がやってきました。
そっか、C組だから担任も違うんだ。
本当に、いろんなことがありそうな1日だなぁと。
わたしはそんなことをぼんやり考えていました。
*
「……あれ?」
気がつくと、そこはわたしの部屋。
峰岸さんも日下部さんも桜庭先生もいないし、わたしはパジャマでベッドに入っているし。
あ、そっか。
「……なんだ、やっさいもっさいかぁ」
ぜんぶ夢だったんでしょうか。
なんだかほっとしたような、残念なような……すごく複雑な気分です。
「続き、見れるかな」
ぼうっとしながら言ったあと、枕に頭をあずけて、わたしはもう一度目をとじました。
-完-