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「相変わらずツンデレなかがみん萌え」
「うるさいっ!」
ご飯を食べながら、いつもと変わらないやり取りをするお姉ちゃんとこなちゃん。いつもと変わらない微笑みを浮かべてそれを見守るゆきちゃん。そして私。
今では当たり前になってるけど……何でこうやって、四人でいるようになったんだろう。
ふと、そんな考えが浮かんできた。
私はこなちゃんに助けてもらった。こなちゃんはお姉ちゃんに宿題を見せてもらった。お姉ちゃんとゆきちゃんは同じ委員長だった。
きっと、そういういくつもの小さなきっかけがいつの間にか輪になって、和になって。そして今がある。
――いつの間にか?
何でだろう。出会ってから親友になるまでのことが、二人を好きになっていった理由が、まるで分からない。
少しずつ親密になっていく中で、積み重ねてきた感情は確かにあるはずなのに。あるはずなのに、それが見えない。一緒に紡いできた時間はどこ?
振り返っても道は無くて、それに気付くと今度は今立っている場所すら信じられなくなって。ものすごく、不安。
"過去"という支えの無い"今"。
その存在の頼りなさに、私は気付いてしまった。
二人を親友だと思う気持ちは嘘じゃないけれど、その気持ちも、なんだかとても朧なものに思えてきてしまう。
この関係に対する違和感が、やたらとリアルな存在感を帯びて擦り寄ってくる。拭いきれない、気持ち悪さ。どうしようもない、据りの悪さ。
私は――何でここにいる?
普段は眠くて集中出来ない午後の授業。でも今日は、眠気以上に厄介なものが私を支配していた。
展望の無い思考。
どうして今更、こんなことを考えているんだろう。
二年以上、ずっと友達でいられた。そこに理由を求める必要なんて、最早無いはずなのに。何も考えずに、何も疑問を抱かずに今を過ごしていられるなら、それ以上のことは無いのに。
そんな風に後悔しても、気付いてしまった違和感の存在はどうにもならない。
展望が無くても、考えなくちゃ。何の躊躇いも無く、四人でいられるように。
結局、今日の授業は全く耳に入らなかった。
家までの道を、お姉ちゃんと歩く。今の私でも、お姉ちゃんの隣は変わることなく心地良い。
「ねえ、つかさ」
「なあに、お姉ちゃん?」
「あんた、何か嫌なことでもあった? なんか様子がおかしい気がするんだけど」
その言葉に、自分でもはっきりと分かるほどに、表情が強張った。動揺を、気取られたかもしれない。
「え? そんなことないよ」
出来るだけ平静を装って、返事をする。
「……ならいいけど」
探るような視線を私の顔から逸らして、お姉ちゃんは呟いた。
「でも、何かあったら私に相談しなさいよ」
「うん。ありがとう」
相談……か。今までずっと、お姉ちゃんに助けられてきた。今抱えているこの悩みだって、出来れば話してしまいたい。どんな荷物も、一人で持つよりは二人で持ったほうが軽いに決まってる。
でも、これは話せることじゃない。四人でいる時に、お姉ちゃんまで気まずい思いをすることになってしまうから。私しか触れない、私しか解決できない、これは、そういうものなんだ。
嘘をついてごめんね、お姉ちゃん。お姉ちゃんの優しさは、確かに受け取ったから。ちゃんと、それに応えるよ。
心からの笑顔で、安心させてみせるから。だから、少しだけ待ってて。
部屋で一人。ベッドに横になって、真っ白な天井を見つめる。白色を見ていると、何だか落ち着く。だから、疲れたときはこうやって横になるのが癖になっている。
普段はそのまま眠ってしまって晩御飯の時間に起こされたりもするけど、今日は授業中と同じように、眠気は無い。
こなちゃんとゆきちゃん、そしてお姉ちゃんが頭の中でぐるぐるまわって、どうにも考えは前に進まない。
そもそも、この思考に前進が、答えがあるのか。それさえも、分からなくなってきた。
雲を掴もうとするような、そんな、どうしようもないことを私はしているんじゃないか。そうとさえ思えてくる。
友達を好きになっていった理由とか、そこに一緒にいる理由とか……そんなの、こうやって意識するものじゃないよ。今の私は明らかにおかしい。おかしいと分かっているからこそ、尚更嫌になる。
いっそのこと、今日をリセットして、また朝からやり直せたらいいのに。そうすればこんなことには――
こんなことには――ならなかった?
それは確かにそうかもしれない。でも悩みを抱くってことは、きっと私自身に何か問題がある。こうやって悩んでいるのは何かの間違いじゃなくて、それを解決するための正解。
今日をリセットしたって、それこそ二年前からやり直しでもしない限り、私はきっといつか同じ疑問に辿り着く。
そう考えると、今こうやって苦しんでいることも、無意味じゃないと思える。
でもそう思ったところで、何かが大きく変わるわけでもない。
思わず溜息が出てしまう。その溜息と、ノックの音が、重なった。
「つかさ、ちょっといい?」
一旦、思考を中断する。ドアを開けて、お姉ちゃんを招き入れた。
「どうしたの?」
私を見据えるお姉ちゃんの目が、なんだかいつもより鋭いような気がした。
「さっき何でもないって言ってたけど、あんた、やっぱり何か隠してるでしょ? ずっと一緒にいたからね、分かっちゃうのよ」
見透かされている。一瞬、さっきと同じ嘘をつこうかとも考える。でも、それはダメだ。誤魔化しきれない。かと言って正直に話すのも決して賢い選択じゃない。
どうしようか迷っていると、先にお姉ちゃんが口を開いた。
「別に、あんたが話したくないって言うならそれでいいけど……やっぱり、気になるっていうか。そんな風に暗い顔をしてるの、あんまり見たことがないから」
本当に心配そうな顔をしているお姉ちゃんを見ていると、心がズキズキと痛む。それでも、何て言えばいいのか、分からない。
その時、ずっと私の目を見つめていたお姉ちゃんが、突然俯いた。
「私は――」
油断すれば、聞き逃してしまいそうなほどに小さな声。それでも私にははっきりと届いた、声。
「私は、いつでもつかさの味方だから。それは忘れないでよね」
それは、今の私には暖かすぎて。
悲しくもないのに、涙が零れた。
そんな私をそっと撫でてくれる手の温もり。それを確かに感じて、私は、答えを見つけた。
それはひどくあっけなくて、でもいちばん重要な解答。
私は、お姉ちゃんが大好き。
結局はそれが全てだったんだ。産まれる前からそばにいた存在。ずっと、隣にいた存在。それが、あまりにも大きくて。
私は、お姉ちゃんの好きなこなちゃんを、ゆきちゃんを、同じように好きになって、そして同じように一緒にいて。ただ、お姉ちゃんの真似をしてただけ。そこに、私の気持ちなんてなかった。好きになった理由が、見つかるはずがなかった。
それで勝手に悩んで、お姉ちゃんにまで迷惑をかけて。
なんて失礼なんだろう。二人は私とずっと友達でいてくれたのに、私はその気持ちをちゃんと受け止めていなかった。お姉ちゃんと二人の間には確かにあった友情を、私は踏みにじっていた。そのことに、私はずっと気付いていなかった。
でも。それでも私は、今確かに気付いた。
遅すぎたかもしれない。でも"気付かずに終わった"わけじゃない。
都合がいいって思われても仕方ない。それでも私は、気付けたからこそ、新しい一歩を踏み出したい。二人と、本当の友達になるために。四人で、笑い合えるように。
私は私の意志で、こなちゃんを、ゆきちゃんを、好きになりたい。ひどく曖昧な場所だけど、そう思えるくらいには、私と二人は近いところにいた。きっと、再出発できる。
今日が、"四人"の始まりなんだ。
お姉ちゃん、これが私の答えだよ。気付かせてくれてありがとう。もう、大丈夫だから。だから、これからもよろしくね。
どれくらい、時間が経ったんだろう。涙は、いつの間にか止まっていた。
「落ち着いた?」
お姉ちゃんはずっと隣にいてくれたらしい。その手は、まだ私の頭に置かれている。
「うん。ありがとう、お姉ちゃん。もう大丈夫だよ」
そう答えた私はきっと、誰よりも上手に、笑えていただろう。
「そう、良かった。急に泣き出すから驚いたわよ」
私の頭から手を離しながら、笑顔で、お姉ちゃんが言う。
その手を、私は無意識のうちに掴んでいた。
一瞬戸惑って、お姉ちゃんは、すぐに笑顔に戻った。そしてゆっくりと、再び私の頭を撫でてくれた。
「ふふ、今日はずいぶんと甘えるのね」
「えへへ……」
明日からは四人でこんな風に笑い合えるよね。
そんなことを考えながら、私はまた、「ありがとう」と呟いた。