「ID:SFBe0GQ0氏:みのるとつかさとあきらの事情」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
番組の収録が終わったスタジオ。
「お疲れ様でしたー」
そう声を掛け合って解散。
白石みのるは、スタジオを出ようとしたところで、小神あきらに声をかけられた。
「おい、白石」
「なんすか? あきら様」
「あんた、最近、アドリブにキレがないわよ」
「はぁ、そうっすかねぇ」
気のない返事をしたみのるに、あきらはいきなり核心をついてきた。
「いっちょ前に悩み事か?」
みのるが固まった。
「自分はこのまま芸能界でやっていけるのか? そんなとこだろ?」
みのるは完全に絶句した。あまりにも図星であったために、返す言葉が思い浮かばない。
「まあ、あんなかわいい彼女さんができたんなら、悩むのも無理はないけどね。でも、本当に彼女さんのことを考えるなら、傷が浅くすむうちに別れちまった方がいいかもな。あんたがこけたせいで、あんただけでなく彼女さんまで路頭に迷わすのは、かわいそうだし」
その言葉は、みのるの胸に突き刺さった。
確かにそのとおりなのだ。それを避けたいならば、芸能界から完全に身を引いてまっとうな職に就くか……。
今はまだ大学生だからいい。結婚ということを意識する時期までには、まだ猶予がある。
しかし、あきらがいったように、傷を浅くすませようと考えるなら、決断は早ければ早い方がいいのも確かなのだ。
あきらは、最後にこう言い残していった。
「これだけは言っとくぞ。いつまでも迷うぐらいならやめちまえ。半端な覚悟で生き残れるほどこの世界は甘くねぇからな」
電車に乗って帰る。
その間ずっと悶々と悩み続けた。
危うく降車駅を乗り過ごすところだった。
「はぁ……」
溜息しか出ない。
せっかく縁があって入った芸能界だ。ずっと続けたい気持ちはある。
しかし、それで将来家庭を持てるだけの稼ぎをあげられるようになるかといえば、まったくの未知数だ。この業界が甘くはないことは、あきらのいうとおりである。
「はぁ……」
本当に溜息しか出てこない。
やがて、ボロい安アパートが見えてきた。
そこが、みのるの現在の住居であった。
歩みが止まる。
自分の部屋の前に一人の女性。
ここ一ヶ月ほど会っていない交際相手、柊つかさの姿がそこにあった。
両者とも、しばらく、時が止まったかのように立ち尽くしていた。
「中に入ろうよ」
つかさに促され、二人そろって部屋の中に入った。
しばらく沈黙が続いたが、
「最近会ってくれなかったのはどうして?」
つかさが問う。
その顔は完全に憔悴しきっていた。
みのるは愕然とした。自分が悶々と悩んでいる間に、つかさをこんなにも苦しめていたのだ。
みのるとつかさが付き合いだしたのは、つかさが料理の専門学校、みのるが大学に進学したころだった。
つかさの姉であるかがみは、大学に進学しておりそれまでのように四六時中に一緒にいるということがなくなっていたし、法学部での勉強が忙しくてつかさに構ってくれることも少なくなっていた。
精神的にかがみに頼りきりだったつかさが、寂しさを感じ始めていたころ。
きっかけはほんの些細なこと。成り行きは自然な流れ。
かがみが担っていた役割の半分を、みのるが担うようになった。姉と彼氏、立場は違えど、つかさにとってはそういうことだった。
それだけに、一ヶ月もみのると顔を合わせることも話をすることもないという状態は、つかさを精神的に追い詰めていた。
今日だって、心配するかがみに背中を押され、ようやくのことでここにやってきたのだ。
「私のことが嫌いになったの?」
「そんなことないっす!」
みのるは即答した。
「つかささんは、俺なんかにはもったいぐらいっすよ」
「なら、どうして?」
みのるは、今現在抱えている悩みについて話さざるをえなくなった。
つかさは、みのるが話し終わるまで黙って聞いていたが、すべてを聞き終わると、
「私って足手まといなんだ……」
つかさの目から涙が零れ落ちた。
みのるは動揺した。
「違うっす! それは違うっす!」
「なら、どうして今まで何も話してくれなかったの? どうして?」
「それは……」
「恋人同士って、楽しいことも悩んでることも分かち合うものだと思ってたけど、違うのかな?」
みのるは、ハッとした。
自分はつかさをのけ者にして一人で勝手に悩んでいただけではないか。
それがつかさを苦しめる結果になった。
自分はとんでもない大馬鹿者だ。
「そうっすね。つかささんのおっしゃるとおりっす。謝ります」
みのるは、つかさに頭を下げた。
二人のすれ違いはこれにて収拾した。
しかし、問題はまだ解決していない。これからどうするのか、二人で決めなければならない。
「白石くんは、芸能界でお仕事続けたいんだよね?」
涙をふいたつかさがそう切り出した。
「そうっすね」
みのるは、素直に答えた。この気持ち自体は偽れない。
「なら、一緒に頑張ろ? 私に何ができるか分からないけど、でも、ずっとそばにいるから」
つかさは、目をつぶって、顔を少し上げた。
それが意味するところは、みのるにもすぐに理解できた。
覚悟を固めねばならないようだ。
みのるは、つかさをそっと抱き寄せると、唇を合わせた。
数日後……。
番組の収録が終わったスタジオ。
「お疲れ様でしたー」
そう声を掛け合って解散。
みのるは、スタジオを出ようとしたところで、あきらに声をかけられた。
「おい、白石」
「なんすか? あきら様」
「おまえ、今日は絶好調だな」
「そうっすか?」
「どうやら、覚悟が固まったようね」
「まあ、そんなところっす」
あきらは、みのるに一枚の紙切れを渡した。
みのるは、書かれている内容をざっと流し読みした。
「これって、あきら様が出てるクイズ番組っすよね?」
それは結構人気があるクイズ番組で、月曜日から金曜日まで毎日放送されている。
回答者は固定レギュラーと、曜日ごとに変わる準レギュラー、そしてゲストだ。
あきらは、固定レギュラーだった。
「金曜日の準レギュラーが降板することなったから、後釜にあんたを推薦しといたわよ。プロデューサーも結構乗り気だったから、近いうちに事務所から話があると思うけど」
みのるは、目を見開いた。
「この調子でガンガン仕事入れてくからな。嫁さんもらえるぐらいまで稼ぎをあげなさいよ」
あきらは、そういい残すとすたすたと去っていった。次の仕事があるから、だらだらと話している暇はないのだ。
みのるは、その後姿にありったけの感謝を込めて叫んだ。
「ありがとうございます!」
みのるが楽屋に入ると、そこにはなぜかつかさがいた。
「お帰りなさい、は変かな?」
みのるは、しばし固まった。
ここは一般人がおいそれと入れる場所ではない。
「どうしてここにいるんすか?」
「ええっと、あきらちゃんがテレビ局の人と話してくれて……」
どうやら、あきらが口をきいてくれたらしい。
あきらには一生頭が上がりそうにない。みのるはそう思った。
「お弁当作ってきたの。一緒に食べよ」
つかさは、お弁当箱を二つ広げた。
時計を見れば、夕食にちょうどいい頃合いだった。
二人で仲良く弁当を食べる。
みのるは、そのお弁当のあまりのおいしさに感激しきりだった。
一方、あきらは、移動の車中だった。
後部座席。隣にはマネージャーが座っている。
このマネージャーは、ずっとあきらの専属で、柔らかな物腰の執事みたいなナイスミドルの男だった。おまえ執事喫茶で働けよ、といいたくなるぐらいの。
しかし、彼は、あきらが頭の上がらない人物のうちの一人でもあった。
その彼がまるで世間話のように話しかけてきた。
「どうなりましたか?」
「なんとか丸く収まったわね」
「それはよろしゅうございますが、あきら様はずっと黙っているおつもりで?」
「せっかく丸く収まったんだ。いまさら余計なこといって、かき回す必要もねぇだろ」
「しかし、告げてしまった方が心の整理もつくということもあるでしょうに」
「いいんだよ。もう終わったことだし」
「お仕事に影響が出なければいいですが」
「あたしは失恋の一つや二つで参るほどやわじゃないわよ。失恋は芸の肥やし。そういったのは、あんただぞ」
「そうでしたな。あれは、あきら様がまだ小学五年生の時分のことでしたか」
「今から考えれば、小学生にそんなことを教え込む大人もどうかと思うわよ」
「わたくしは、あのころから、あきら様は将来大物になるに違いないと見込んでおりましたので」
「あんたの人物眼を疑う気はないけど」
「お褒めいただき光栄です。そういえば、今日のクイズのテーマは古代ローマだそうですね。ご準備は大丈夫ですか?」
次の仕事は、さきほどみのるにも話したクイズ番組の収録だった。
「予習はばっちり。今日はパーフェクトを叩き出してやるわよ」
あきらは、このあたりの努力は惜しまない芸人だった。
持ち前の毒舌も、正答率の高さがあってこそ生きる。
正答率が低いのに毒舌なんぞかましたら、なんだあいつは、ってことになる。人間の感情として当然だ。
しかし、正答率が高ければ、誰も文句のつけようがない。
実際、彼女は陵桜学園でも学年トップクラスの成績だった。
「大きく出ましたな。しかし、パーフェクト賞はペアの海外旅行だった思いますが、いかがなされるおつもりで?」
あきらには、ペア旅行に一緒にいく相方もいない。
「白石の奴に叩きつけてやる。忙しくなる前に婚前旅行にでも行ってこい! ってな」
「ハハハ、それはいいですな。白石様の反応が楽しみです。そのときは是非ご一緒させていただきたい」
「あんたもいい趣味してるな」
二人は笑いあった。
その日、あきらが見事にパーフェクトを叩き出したというのは、また別のお話。