「泉こなたの消失 第三章」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「泉こなたの消失 第三章」(2008/06/29 (日) 14:46:06) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
2,3時間目の間に訪れる、ほんの少しだけ長い休み時間。
弁当を平らげたり、他愛もないお喋りに花を咲かせたり、生徒それぞれ、少し特別な時間を過ごせる時間帯である。
腹も大して減っておらず、また誰かと喋る気にはなれず、私は机に頬杖をついてひたすら思考を巡らせていた。
ペンケースの中からシャープペンシルを一本取り出し、人差し指と中指でそれを挟むようにして持ち、クルクルと回す。
物事を考えるとき、もしくは落ち着かないときにやってしまう癖だ。
何周か回していると、力加減を誤ってしまい、シャーペンを飛び出させてしまった。
慌ててそれをキャッチしようと手を伸ばすと、その拍子に机の上に重ねていた教科書類が落ちてしまった。
シャーペンの上に、ばさばさと慌ただしく落ちる。
小さくて弱い小動物に、飢えた、獰猛な獣たちが襲い掛かる。そんな大自然の弱肉強食のほんの一コマが、重なって見えた。
教室の床に散乱した教科書を拾おうと私が手を伸ばすと、それより先に、誰かが既に集めてくれていた。
私の隣の机でそれらをトントンと整え、シャーペンをその上に乗せて私に差し出した。
「はい、柊ちゃん」
白く細い指で、峰岸は私の教科書をしっかりと掴んでいた。少し顔を傾けて笑う彼女は、何となく艶やかだった。
女性というものはオトコができると綺麗になる、というが、それは峰岸にもぴったりと当てはまっていた。
中学の頃は大人しくてあまり目立たなかったが、陵桜に入学し、彼氏が出来てからは、一層女らしくなった。
時々、女の私でも峰岸に見惚れてしまうときがある。
こなたが、「峰岸さんは一般の男性からでもど真ん中直球だよね」と言っていたのを覚えている。
まぁ何だ、私やみゆきなんかはオタク目線での萌え要素が多いとか何とか。
一方峰岸は、『そっち方面の知識を持たない普通の』男性も萌えるんだそうだ。
詳しいところは、こなたが無事戻ってきてから本人に直接問い合わせてみて欲しい。
「ん、サンキュ」
私は教科書を片手で受け取り、峰岸に感謝の言葉を返した。
峰岸は私の顔を覗き込み、目を真ん丸くさせた。
「な、何よ」
あまりに峰岸が接近するので、私は峰岸から目を逸らせた。
峰岸は数秒私の顔を見つめた後、ふふっ、と笑った。
「柊ちゃん、何か悩んでるでしょ?」
私が驚いたような表情をすると、峰岸は私の眉間を真っ直ぐに指差した。
眉間がムズムズと疼いてくる。
「シワ、できてるわよ」
そう言って、峰岸は再び笑った。それから、長い髪を翻して自分の席へと戻っていった。
冬の太陽の弱い日差しが、峰岸の艶のある髪に反射して、輝く。
「悩み……か」
独り言のように、私は呟いた。
「悩み」という単語では、この体中がモヤモヤとする感覚は伝えきれないだろう。
何とか冷静さを取り戻した私だが、こなたが居ないという事実は私に完全な安堵を与えなかった。
頭のてっぺんから、やけに綺麗なアーチを描いた、アンテナのようなアホ毛。一目見ればこなただと気付ける。
いや、そんな目立つな特徴じゃなくても、こなたを判断する力を私は得ているんだ。確信は、もちろんある。
ともかく、このままでは埒が明かない。
動かなければ。動かないと頭も働かない。考えてるだけじゃ、どうにもならない。
私は椅子から無駄に大きな音をたてて立ち上がり、教室を後にした。
☆
手始めに、もう一度B組の教室に入った。
つかさはクラスの女子と話をしていて、みゆきは机に向かって熱心にやけに分厚い本を読んでいた。
長編小説だろうか。タイトルは小さくて読み取れない。
「何読んでるの?」
みゆきの元へ歩み寄り、後ろから声を掛ける。
少し反応を待ったが、みゆきの声はしなかった。本に没頭しているようだ。
「みゆき」
みゆきのその華奢な肩に手を乗せると、みゆきは一瞬体を強張らせ、そしてゆっくりと私に振り向いた。
「あっ、ひ、柊さん」
みゆきの口調に、何か違和感を覚える。何だろう。
目の前に居るみゆきは、私の顔をまともに見てくれない。何故か視線をあちらこちらに泳がせている。
「そ、その、何の御用でしょう」
「いや、特に用は無いんだけどね。何でアンタ、そんなにキョドってんのよ」
「い、いえ、柊さんにそのように親しく話しかけられたことがあまりなかったもので……」
「え?」
「そ、それとですね。柊さんが私のことを『みゆき』と呼んで下さるのは親しみが込められていて嬉しいのですが、できればいつものように『委員長』と呼んでいただければ……」
さっき感じた違和感。今のみゆきの言葉でわかった。
私のことを“柊”さんと呼び、私に話しかけられてもどこか余所余所しいみゆき。何故か。
つまり、このみゆきは私とあまり親しくないのである。
それもそのはずだ。私とみゆきは、こなたが居なければ『ただの学級委員』という関係であり、
その関係を維持したまま近付きもせず、離れもせずに卒業していく、そんな関係だったのだろう。
こなたが私に「うちのクラスに新たな萌え要素発見したよ~♪」なんて言ってこなかったら出会えなかったのだ。
……考えてみたら、とんでもない出会い方してたんだな、私ら。
兎にも角にも、これ以上みゆきを困惑させるわけにはいかない。
みゆきに適当に謝辞を述べ、足早に教室を出た。
――いよいよ間違いなくなってきたな。
こなたがいないという事実が、私の中でどんどん現実味を帯びてきた。
今の感じからして、みゆきはつかさとも余り親しくは無い。つかさとみゆきも、こなたが居なければ親しくなれなかったんだ。
なんだかんだいって、こなたは私らの仲の橋渡しをしてくれてた……ってことだよね。
今更そんなことに気付くなんて。いや、ホントは気付いてたんだろう。
窓の外で、枯葉が渦を巻いて舞っていた。
☆
さて。
私は今どこに向かっているのか。
自分でもわからない。
目的地を失って、さながら母親を見失って泣きながら彷徨う子供のよう……でもないか、泣いてないし。
で、私の足は屋上へと向かっていた。
普段、青春を真っ直ぐに生きている愚者たち……じゃなく、
カップルたちが仲良く弁当を広げて相思相愛しているために避けていたスポットだが、何故か足が私を屋上へ導く。
屋上に出ると、案の定カップルたちが喜色満面に語り合っていた。
まぁ、カップルだけってわけでもなさそうだ。女子の仲良しグループに見て取れる集団もちらほら。
そのグループ中に、見覚えのある姿があった。
ゆたかちゃんだ。みなみちゃんも、田村さんもパトリシアさんも一緒だ。
そうか、こなたはあの4人に直接的に関わったわけじゃないんだ。
彼女たちが座るベンチから少し離れたベンチに私は座った。とりあえず4人の話を盗み聞かせてもらおう。
「――で、もう半年になるんだよね」
「うん。もうあそこでの暮らしも大分慣れたよ」
「……でも、何で陵桜に来ようと思ったの?」
「うーん、やっぱり進学校だし、それに、みなみちゃんが居るから、なーんて」
その後の傍観者たちのリアクションは、視覚と聴覚を封印してもわかる。
田村さんが顔を赤くして目を細めている。こなたと同類のリアクションだから、もう肌で感じ取れた。
あの子も相当キてるんだな……。
・・・
「ところでその泉さんって、一体どんな人なの?」
一瞬集中が途切れかけていた私だが、聴覚は確実に今の言葉を拾ってくれていた。
「泉さん」。そう聞き取れた。私の知っている泉家か。それとも、私の知らない泉家なのか。
いや、確実に、こなたが暮らしていた泉家だろう。何故か確信が持てた。
消えかけていた希望の光が、再び弱くも確かに灯るような気がした。
私は無意識のうちに、足を4人のほうへ向けていた。
「ねぇ、ちょっといいかな」
4人は一斉にこちらを振り向いた。勿論、その目は穏やかではない。警戒心が反映されている。
「小早川さん……よね?」
ゆたかちゃんは、私のほうを見て目をしばたかせた。
「え、と……誰ですか?」
微かに声を震わせているのが聞き取れた。怯えてる。私、そんなに怖いか?
――そんなこと言ってる場合じゃない。
「柊かがみよ。3年C組の」
「柊……さん?」
ゆたかちゃんが他の3人に助けを求めるように目配せをした。
みなみちゃんがその表情を読み取り、すぐさま私に向かう。
「何の用ですか?」
もともとキツい目をしているみなみちゃんだが、今の彼女の目はさらに鋭く、怯んでしまうほどだった。
でも、怯んでる暇なんか無い。用があるのは、今は小早川さんだけ。
「今、泉さんと言ったわよね。もしかして小早川さん、泉さんの家に居候させてもらってる?」
「え、あ……はい」
俯きながら、雀がさえずるような声でゆたかちゃんは言った。
「あ、あの、うちに何か用ですか?」
「ええ。実は、あなたの家にちょっとお邪魔させてもらいたいの」
口にして、後悔した。あまりにも唐突過ぎる。これじゃ、只の怪しい先輩じゃないか。
案の定、4人とも顔を見合わせている。あぁ、失敗した。これで彼女たちとの関係も――。
「Oh、これは何かのflagですネ」
キーの高い、それでいて微妙にイントネーションを誤った日本語が聞こえた。
パトリシアさんが、目をキラキラさせてこちらを見ていたのだ。
「ユタカ、これは何かのflagデス。彼女は何かとても重大なmissionを負っているに違いありまセーン」
パトリシアさんが私の両腕を掴んで上下に振り回す。流石というべきなのか、力が強い。肩が少し痛くなった。
「連れて行きましょう、ユタカ's homeへ! 今日は丁度ユタカのお家にオジャマする予定だったデース!」
大声でそんなことを言うものだから、回りの視線は私たちの居るところへ集中していた。
ゆたかちゃんは俯いたまま、みなみちゃんは鋭かった目を少し穏やかにし、田村さんはパトリシアさんほどではないけど目を輝かせ、
一方の私は突然の急展開に頭が少し混乱していた。
「ま、まぁ……悪い人じゃなさそうですし、いいですよ」
「ユタカは話がわかるネー」
パトリシアさんが、私の腕を更に強く振った。
私は嬉しさ半分、痛さ半分で、苦笑しかできなかった。
さっきまで羞恥心から身を隠していた太陽が、今は開き直ったのか地上を明るく照らしていた。
何はともあれ、泉さんの家――こなたの家にお邪魔させてもらう許可を得た。
こなたの家に行って、現状が変化するという可能性は、0に限りなく近いだろう。
でも、行くしかない。こなたの家以外に、何か手がかりがありそうな場所は想像できないのだ。
頼むよ、神様……!
2,3時間目の間に訪れる、ほんの少しだけ長い休み時間。
弁当を平らげたり、他愛もないお喋りに花を咲かせたり、生徒それぞれ、少し特別な時間を過ごせる時間帯である。
腹も大して減っておらず、また誰かと喋る気にはなれず、私は机に頬杖をついてひたすら思考を巡らせていた。
ペンケースの中からシャープペンシルを一本取り出し、人差し指と中指でそれを挟むようにして持ち、クルクルと回す。
物事を考えるとき、もしくは落ち着かないときにやってしまう癖だ。
何周か回していると、力加減を誤ってしまい、シャーペンを飛び出させてしまった。
慌ててそれをキャッチしようと手を伸ばすと、その拍子に机の上に重ねていた教科書類が落ちてしまった。
シャーペンの上に、ばさばさと慌ただしく落ちる。
小さくて弱い小動物に、飢えた、獰猛な獣たちが襲い掛かる。そんな大自然の弱肉強食のほんの一コマが、重なって見えた。
教室の床に散乱した教科書を拾おうと私が手を伸ばすと、それより先に、誰かが既に集めてくれていた。
私の隣の机でそれらをトントンと整え、シャーペンをその上に乗せて私に差し出した。
「はい、柊ちゃん」
白く細い指で、峰岸は私の教科書をしっかりと掴んでいた。少し顔を傾けて笑う彼女は、何となく艶やかだった。
女性というものはオトコができると綺麗になる、というが、それは峰岸にもぴったりと当てはまっていた。
中学の頃は大人しくてあまり目立たなかったが、陵桜に入学し、彼氏が出来てからは、一層女らしくなった。
時々、女の私でも峰岸に見惚れてしまうときがある。
こなたが、「峰岸さんは一般の男性からでもど真ん中直球だよね」と言っていたのを覚えている。
まぁ何だ、私やみゆきなんかはオタク目線での萌え要素が多いとか何とか。
一方峰岸は、『そっち方面の知識を持たない普通の』男性も萌えるんだそうだ。
詳しいところは、こなたが無事戻ってきてから本人に直接問い合わせてみて欲しい。
「ん、サンキュ」
私は教科書を片手で受け取り、峰岸に感謝の言葉を返した。
峰岸は私の顔を覗き込み、目を真ん丸くさせた。
「な、何よ」
あまりに峰岸が接近するので、私は峰岸から目を逸らせた。
峰岸は数秒私の顔を見つめた後、ふふっ、と笑った。
「柊ちゃん、何か悩んでるでしょ?」
私が驚いたような表情をすると、峰岸は私の眉間を真っ直ぐに指差した。
眉間がムズムズと疼いてくる。
「シワ、できてるわよ」
そう言って、峰岸は再び笑った。それから、長い髪を翻して自分の席へと戻っていった。
冬の太陽の弱い日差しが、峰岸の艶のある髪に反射して、輝く。
「悩み……か」
独り言のように、私は呟いた。
「悩み」という単語では、この体中がモヤモヤとする感覚は伝えきれないだろう。
何とか冷静さを取り戻した私だが、こなたが居ないという事実は私に完全な安堵を与えなかった。
頭のてっぺんから、やけに綺麗なアーチを描いた、アンテナのようなアホ毛。一目見ればこなただと気付ける。
いや、そんな目立つな特徴じゃなくても、こなたを判断する力を私は得ているんだ。確信は、もちろんある。
ともかく、このままでは埒が明かない。
動かなければ。動かないと頭も働かない。考えてるだけじゃ、どうにもならない。
私は椅子から無駄に大きな音をたてて立ち上がり、教室を後にした。
☆
手始めに、もう一度B組の教室に入った。
つかさはクラスの女子と話をしていて、みゆきは机に向かって熱心にやけに分厚い本を読んでいた。
長編小説だろうか。タイトルは小さくて読み取れない。
「何読んでるの?」
みゆきの元へ歩み寄り、後ろから声を掛ける。
少し反応を待ったが、みゆきの声はしなかった。本に没頭しているようだ。
「みゆき」
みゆきのその華奢な肩に手を乗せると、みゆきは一瞬体を強張らせ、そしてゆっくりと私に振り向いた。
「あっ、ひ、柊さん」
みゆきの口調に、何か違和感を覚える。何だろう。
目の前に居るみゆきは、私の顔をまともに見てくれない。何故か視線をあちらこちらに泳がせている。
「そ、その、何の御用でしょう」
「いや、特に用は無いんだけどね。何でアンタ、そんなにキョドってんのよ」
「い、いえ、柊さんにそのように親しく話しかけられたことがあまりなかったもので……」
「え?」
「そ、それとですね。柊さんが私のことを『みゆき』と呼んで下さるのは親しみが込められていて嬉しいのですが、できればいつものように『委員長』と呼んでいただければ……」
さっき感じた違和感。今のみゆきの言葉でわかった。
私のことを“柊”さんと呼び、私に話しかけられてもどこか余所余所しいみゆき。何故か。
つまり、このみゆきは私とあまり親しくないのである。
それもそのはずだ。私とみゆきは、こなたが居なければ『ただの学級委員』という関係であり、
その関係を維持したまま近付きもせず、離れもせずに卒業していく、そんな関係だったのだろう。
こなたが私に「うちのクラスに新たな萌え要素発見したよ~♪」なんて言ってこなかったら出会えなかったのだ。
……考えてみたら、とんでもない出会い方してたんだな、私ら。
兎にも角にも、これ以上みゆきを困惑させるわけにはいかない。
みゆきに適当に謝辞を述べ、足早に教室を出た。
――いよいよ間違いなくなってきたな。
こなたがいないという事実が、私の中でどんどん現実味を帯びてきた。
今の感じからして、みゆきはつかさとも余り親しくは無い。つかさとみゆきも、こなたが居なければ親しくなれなかったんだ。
なんだかんだいって、こなたは私らの仲の橋渡しをしてくれてた……ってことだよね。
今更そんなことに気付くなんて。いや、ホントは気付いてたんだろう。
窓の外で、枯葉が渦を巻いて舞っていた。
☆
さて。
私は今どこに向かっているのか。
自分でもわからない。
目的地を失って、さながら母親を見失って泣きながら彷徨う子供のよう……でもないか、泣いてないし。
で、私の足は屋上へと向かっていた。
普段、青春を真っ直ぐに生きている愚者たち……じゃなく、
カップルたちが仲良く弁当を広げて相思相愛しているために避けていたスポットだが、何故か足が私を屋上へ導く。
屋上に出ると、案の定カップルたちが喜色満面に語り合っていた。
まぁ、カップルだけってわけでもなさそうだ。女子の仲良しグループに見て取れる集団もちらほら。
そのグループ中に、見覚えのある姿があった。
ゆたかちゃんだ。みなみちゃんも、田村さんもパトリシアさんも一緒だ。
そうか、こなたはあの4人に直接的に関わったわけじゃないんだ。
彼女たちが座るベンチから少し離れたベンチに私は座った。とりあえず4人の話を盗み聞かせてもらおう。
「――で、もう半年になるんだよね」
「うん。もうあそこでの暮らしも大分慣れたよ」
「……でも、何で陵桜に来ようと思ったの?」
「うーん、やっぱり進学校だし、それに、みなみちゃんが居るから、なーんて」
その後の傍観者たちのリアクションは、視覚と聴覚を封印してもわかる。
田村さんが顔を赤くして目を細めている。こなたと同類のリアクションだから、もう肌で感じ取れた。
あの子も相当キてるんだな……。
・ ・ ・
「ところでその泉さんって、一体どんな人なの?」
一瞬集中が途切れかけていた私だが、聴覚は確実に今の言葉を拾ってくれていた。
「泉さん」。そう聞き取れた。私の知っている泉家か。それとも、私の知らない泉家なのか。
いや、確実に、こなたが暮らしていた泉家だろう。何故か確信が持てた。
消えかけていた希望の光が、再び弱くも確かに灯るような気がした。
私は無意識のうちに、足を4人のほうへ向けていた。
「ねぇ、ちょっといいかな」
4人は一斉にこちらを振り向いた。勿論、その目は穏やかではない。警戒心が反映されている。
「小早川さん……よね?」
ゆたかちゃんは、私のほうを見て目をしばたかせた。
「え、と……誰ですか?」
微かに声を震わせているのが聞き取れた。怯えてる。私、そんなに怖いか?
――そんなこと言ってる場合じゃない。
「柊かがみよ。3年C組の」
「柊……さん?」
ゆたかちゃんが他の3人に助けを求めるように目配せをした。
みなみちゃんがその表情を読み取り、すぐさま私に向かう。
「何の用ですか?」
もともとキツい目をしているみなみちゃんだが、今の彼女の目はさらに鋭く、怯んでしまうほどだった。
でも、怯んでる暇なんか無い。用があるのは、今は小早川さんだけ。
「今、泉さんと言ったわよね。もしかして小早川さん、泉さんの家に居候させてもらってる?」
「え、あ……はい」
俯きながら、雀がさえずるような声でゆたかちゃんは言った。
「あ、あの、うちに何か用ですか?」
「ええ。実は、あなたの家にちょっとお邪魔させてもらいたいの」
口にして、後悔した。あまりにも唐突過ぎる。これじゃ、只の怪しい先輩じゃないか。
案の定、4人とも顔を見合わせている。あぁ、失敗した。これで彼女たちとの関係も――。
「Oh、これは何かのflagですネ」
キーの高い、それでいて微妙にイントネーションを誤った日本語が聞こえた。
パトリシアさんが、目をキラキラさせてこちらを見ていたのだ。
「ユタカ、これは何かのflagデス。彼女は何かとても重大なmissionを負っているに違いありまセーン」
パトリシアさんが私の両腕を掴んで上下に振り回す。流石というべきなのか、力が強い。肩が少し痛くなった。
「連れて行きましょう、ユタカ's homeへ! 今日は丁度ユタカのお家にオジャマする予定だったデース!」
大声でそんなことを言うものだから、回りの視線は私たちの居るところへ集中していた。
ゆたかちゃんは俯いたまま、みなみちゃんは鋭かった目を少し穏やかにし、田村さんはパトリシアさんほどではないけど目を輝かせ、
一方の私は突然の急展開に頭が少し混乱していた。
「ま、まぁ……悪い人じゃなさそうですし、いいですよ」
「ユタカは話がわかるネー」
パトリシアさんが、私の腕を更に強く振った。
私は嬉しさ半分、痛さ半分で、苦笑しかできなかった。
さっきまで羞恥心から身を隠していた太陽が、今は開き直ったのか地上を明るく照らしていた。
何はともあれ、泉さんの家――こなたの家にお邪魔させてもらう許可を得た。
こなたの家に行って、現状が変化するという可能性は、0に限りなく近いだろう。
でも、行くしかない。こなたの家以外に、何か手がかりがありそうな場所は想像できないのだ。
頼むよ、神様……!