とある休日の出来事 ~晴絵編~



 とある休日の出来事――


晴絵「到着ー……って、和は?」

穏乃「え?」

晴絵「え、って……さっき『もうすぐ着くから連絡しておいて』って言わなかった?」

穏乃「憧がしたんじゃないの?」

憧「玄がしたと思ってた」

玄「うそっ、聞いてないよ~」

晴絵「あーはいはい、わかったわかった。まったく……」


 ――――私、赤土晴絵率いる“阿知賀女子麻雀部”は今、長野に来ている

 それもこれも、長野の清澄高校にいる原村和に会いに来たからだ

 私にとっては元・教え子、しず達にとっては旧友の彼女だが、宥や灼は彼女との面識などない

 しかし2人を置いて4人だけで和に会うわけにもいかず
 結局、清澄高校の麻雀部と阿知賀の麻雀部との交流試合をする、という形で和に会いに行くこととなったのだ


灼「どうするの……?」

晴絵「どーするもこーするも、今から連絡取るしかないでしょ」

穏乃「ごめんなさい……」

憧「いやほんと、面目ない」

玄「う~~~~」

宥「だ、誰だって失敗ぐらいするから……元気出して、ね?」


 やれやれ……

 しずや玄はまだしも、憧まで抜けてるとは思ってなかったな

 とりあえず和に連絡して場所を――――ん?


京太郎「ふぁ~ぁ……」


 車から降りて校舎の方を見ると、とぼとぼと気の抜けた様子で男子生徒が校舎から出てきた
 ……清澄高校の生徒だろうか?

 しっかりしたがたいだが、文化部がまとめられているらしい旧校舎から出てきたところを見ると文科系所属か
 休日の今の時間帯で部室の集まる旧校舎なんかにいる者が、まさか無所属ではあるまい

 ――――もしかしたら麻雀部の部室を知ってるかもしれないな……

 今から和に連絡するのもなんだし、いきなり訪ねて驚かせるのも面白いかもしれない

 ここはひとつ、彼に話しかけてみるか


晴絵「こんにちは」

京太郎「!?」 ビクッ


 私の顔を見た瞬間なぜか驚きに目を見開く少年……
 ……もしかして異性に対して免疫がない? ……のかと思えばそれは違った


京太郎「げ……阿知賀の――」

晴絵「ここの麻雀部ってどこに―――」

京太郎「――って、あ……」


 私の問い掛けと彼の失言はほぼ同時だった


晴絵「……………………」

晴絵「……げ、って何かな? げ、って?」

京太郎「い、いえっ! なんでもないですよ、これホント!」

晴絵「私たちが阿知賀だったら……どうなのかな?」

京太郎「ど、どうにもなりません……」 (目逸らし)


 ――――明らかに怪しい

 挙動不審、さらに言えば私たちのことを知っていた……そこから導き出す、ある仮定


晴絵「君、清澄の麻雀部の子?」

京太郎「なんのことでしょうか」


 態度を改めて焦りを押し込めた様だけど、それが逆に不自然なんだな

 しらばっくれるつもりでも、この子は清澄の麻雀部員だ
 ―――証拠はないけど、私の勘がそう言ってる


晴絵「あーそう、自分から言う気がないのなら…………よっ!」 パシャッ

京太郎「!?」

晴絵「知ってる人に聞くまでだ」


 清澄の麻雀部に一人、男子がいるってことは和から聞いてる

 あとはこの子の顔写真を和にメールして確認

 いきなり訪ねて驚かせるのはダメになるけど、それよりこの怪しい子の確認が優先だ


京太郎「なにするんですか急にっ!!」

晴絵「ちょいと知り合いにメールをね。―――っと、お早い返信で」

京太郎「ま、まさか……」

晴絵「それじゃ、案内よろしくねー、須賀京太郎くん?」

京太郎「とほほ……」


穏乃「赤土さーん、何かあったんですか?」

玄「和ちゃんと連絡取れてないんですか」

京太郎「!!」

晴絵「いやさー、和に電話しようかと思ったらちょうど清澄の麻雀部員がひょっこり現れてね」

晴絵「部室まで案内してもらえることになったんだ」

穏乃「へぇ……。あ! ま、まさか! もうすぐ私達が来ることを予知した清澄の誰かが使いに寄越した!?」

玄「き、清澄にも未来を視れる人がっ!?」

晴絵「アホなこと言ってないで、車に残ってるみんな呼んできなさい」

穏乃「はーーーーい!」 タタタッ

京太郎「…………」


 ここでこの子を吊るし上げても仕方ないし、みんなの前ではしずがしたような解釈で通そうかな


玄「えへへ~、それにしてもわざわざ来てくれるなんてありがとうね」

京太郎「あ、いやぁ……」

晴絵「顔赤いよ」

京太郎「うそっ!?」

玄「赤土さんっ!」

晴絵「ははは! 冗談だよ冗談。……ま、少なくとも鼻の下は伸びてたけどな」

京太郎「わ、悪かったですね……」

玄「あ、赤土さんは結構フランクな人だから……あんまり気にしないでいいよ」


 む、玄からはそういう評価されてたのか……

 悪い評価ではないけど、少し引っかかる物言いじゃないか


 少し話をしていると、みんなを連れてしずが戻ってきた


憧「ハルエ、車のカギは?」

晴絵「安心しなさい、ポチっとな」


カチッ


晴絵「遠隔操作でちょちょいのちょいよ」

穏乃「すごっ! 今までそうやってたんだ!?」

憧「へぇ、進化してるのねぇ」

京太郎「いや……もう大分普及してると思うが……」

憧「へ? えっと……あんた誰?」

穏乃「清澄の麻雀部の人だって。案内してくれるために来てくれたとか」

灼「わざわざすみません」 ペコリ

京太郎「あ、いや、そのぉ……」


 チラとこっちに視線を向けてきたので小声で「話を合わせなさい」と言うと、彼は素直に従った


憧「ふ~~ん。案内役ねぇ。……どう思う? 宥姉」

宥「ふぇっ!? ど、どうして私に振るの~~?」

憧「年の近い異性とあんまり関わってなさそうな宥姉なら、直感で評価できるかと」

京太郎「どうして会ったばかりで評価されなきゃいけないんだ」

憧「で、どう?」

京太郎「無視ですか」

宥「ん~~~~……」

京太郎「…………」 ゴクリ

宥「わかんないよぉ~~」

京太郎「」 ガクッ

宥「初対面の人にとやかく言えるわけないよ……」

灼「正論過ぎる」


宥「そもそも名前だって知らないし……」

京太郎「!!」


 今……、“名前”に反応した?

 彼の名前は須賀京太郎だ―――和のメールにそう書いてあったし、本人も否定しなかった


憧「そうだ、あんた名前は?」

穏乃「あんたって憧、もしかしたら年上かもしれないじゃん!」

憧「いや、見た感じ同い年ね。1年でしょ」

京太郎「……ああ」

憧「ほらね?」

穏乃「え? 何で? 何でわかったの?」

憧「だから雰囲気だって」

穏乃「ほぇ~……ほぉ~、ふぅ~ん……」 ジロジロ

京太郎「…………」


 ジロジロと見られて目を……というより、顔を背ける須賀京太郎

 照れてるのか? いや、そういう顔じゃないな
 単純にジロジロ見られて嫌なだけか……


京太郎「じゃあ案内しますんで、ついてきてください」

晴絵「!?」

憧「あ、ちょっと! 名前は!?」


 あまりにも急な話題転換をするとともに、スタスタと旧校舎に入っていく須賀京太郎

 やっぱり彼は名乗りたくないようだったけど…………
 ――――いったいなぜ?

 何か理由があるのか…………
 それに彼には謎……というか引っかかる事象が多い

 ここまでの少ないやり取りで私はあの少年、須賀くんに興味を持った
 しかしそれは須賀京太郎という人間に対してではなく、ただ己の好奇心を満たすためだけの興味に他ならないが……


晴絵「こんにちはー。今日はお世話になります」

久「部長の竹井久です。こちらこそよろしくお願いします」


 清澄高校の麻雀部室に入り挨拶をすると、部長の竹井さんがご丁寧に返してくれた

 厳密にはもう部長でなくなるらしいが、そう名乗ったのは客人である私らにその変化を伝えるのは野暮とでも思ったのだろう


京太郎「ハァ……」 グテー

和「なんで捕まってるんですか……」

京太郎「いや、なんか校舎出たところで捕まっちゃって……」


 案内を終えた須賀くんは何やら小声で和と会話をしている

 大方、私に捕まったことの話でもしてるのかな?


穏乃「のどかっ!」 ダキッ

和「わっ」

穏乃「元気だった!?」

和「え、ええ……」

憧「こらしず! みんなが戸惑ってるでしょ!」

玄「和ちゃん久しぶりだね~」


 しず達が和との再会に笑顔の花を咲かせていた
 私は……まぁ後でもいいか

 今はこの微妙な顔をしている少年を連れ出して、部室内を女の子達だけにしてあげよう


晴絵「竹井さん」

久「なんですか?」

晴絵「ちょっとこの子、借りていい?」

京太郎「えっ!?」

久「須賀くんですか? いいですけど……須賀くんが何か不快なことでもしました?」

京太郎「してませんよ!」

晴絵「不快っていうか、失礼はしたよな?」 ニコッ

京太郎「うへ……」

久「あぁーあ、だから勝手に帰るなって言ったのに」

京太郎「言ったのは染谷先輩ですよね!?」

久「そうだったかしらー?」 ニヤニヤ

晴絵「オーケーってことでいいね」

久「どうぞどうぞ、思いっきり絞ってください」

晴絵「部長さんの許可も下りたことだし、ちょっとバルコニーでお姉さんとお話しようか?」

京太郎「え、お姉さん?」


 …………失礼ポイント+5


 バルコニーがある部室なんて、まぁ控えめに見ても贅沢だな……
 柵を越えたところにパラソルとビーチベッドまで置いてある

 室内には保健室にあるような鉄製のベッドとカーテンまであったし、去年まで無名だった麻雀部の部室とは思えない充実ぶりだ

 …………しかし麻雀名門校にこれらの設備があるのかどうかといえば、それはNOだし
 そういう麻雀に関係ないものが充実している麻雀部というのもどうかと思うが

 まぁ、訪ねてきた場所の設備に文句を言う客というのも嫌なものだし、思ったことは全て心に押しとどめるとして
 今日のところはその充実した環境に甘えちゃおうか


晴絵「楽にしよ、楽に」

京太郎「はぁ……」 タメイキ


 そう言って私は、強い日差しを遮るパラソル下のビーチベッドに腰かけた

 ビーチベッドは一つしかないので須賀くんはバルコニーにあったイスをパラソルの下に持ってきて座った


京太郎「……で、話ってなんですか……」

晴絵「ははは、なんだと思う?」

京太郎「意地が悪いって言われません?」

晴絵「なんだって~? 須賀くん、そういうことは不快に思っても口に出しちゃダメだ」

晴絵「世渡り上手にならなきゃ。大人ってのはそういうものだよ」

京太郎「…………」

晴絵「今日の話もそうだ。いくら女子の中に一人男子だからって、客が来るのに勝手に帰っちゃいけないな」

晴絵「面子ってものがある。それは個人だけじゃなく、グループの場合もある」

晴絵「今回は清澄の麻雀部っていうグループの面子だ。君もその一員である以上、君の失礼はグループ全体の失礼に成り得る」

京太郎「……それを知らないわけじゃないですよ。でも、俺はまだ子供だったんです……」

晴絵「………………」


 要領を得ない、曖昧な答え

 何か隠したい事はある、でも嘘は言いたくない……そんな考えをしているように思えた


晴絵「で、本当はどうして帰りたかったんだ?」

京太郎「…………」 ピクッ


 あながち間違ってもいないらしい反応が、彼から漏れた


京太郎「……赤土さんが言った通りですよ。女の中に男が一人、その状況が嫌だっただけです」

京太郎「それに、俺がいると向こうも気を使うでしょう? せっかく和が旧友と会うっていう機会に、邪魔をしたくなかったんですよ」

晴絵「……ふぅん。でも須賀くんも麻雀部員じゃないか。麻雀で交流ぐらい……」

京太郎「麻雀、昔から興味はあったんですけど、始めたのは今年で……超が付くほどの初心者なんですよ。相手になりません」

晴絵「は~、そうか。そりゃ仕方ない」


 どうやら先ほど旧校舎前でしたやり取りから察するに、態度を改めて取り繕うことは上手いらしい

 だがこの言は嘘じゃなさそうだ
 単純なごまかしならまだしも、ここまでスラスラ言い分が出てくるとなると、大方本音であることは違いない

 今のが口から出任せなら、そんなスキルを磨くよりまずあんな反応をしないように心がけるだろう


晴絵「で、あとは?」

京太郎「え?」


 本音だからこそ、まだあると私は考える


晴絵「帰りたかった理由。まだあるんじゃない?」

京太郎「ありませんよ。それ以上の理由なんて……」

晴絵「本当に?」

京太郎「本当です!」


 うーん、これは口を割りそうにない

 まぁ全部私の勘とそこに肉付けした想像で質問しているだけだから、もしかしたら本当にないのかもしれないが……
 自分の勘にだけは自信がある…………これは学生時代からずっとそうだ

 ここは攻めるところを変えてみるか

 探偵モノの犯人だって、直接聞いたところで自白などするはずがない

 ―――なら私もそうしよう

 気になることで揺さぶって、彼に答えを吐かせよう

 幸い、彼への疑問ならいくつかあった


晴絵「それじゃあ話を変えようか」

京太郎「なんですか」


 まずはジャブ

 本人も自覚しているほど、あからさまだった行為


晴絵「憧に名前を聞かれたとき、どうして答えなかった?」

京太郎「それは…………」

京太郎「……どうせこうして関わらずにいるつもりでしたから。名乗る必要性がないでしょう」

晴絵「………………」


 …………なんて苦しい言い訳なんだろう
 どうやらジャブどころかスマッシュヒットだったらしい

 思考している間も少しあったが、それでも上手い言い訳が思いつかなかったか


晴絵「だからと言って名乗らないのは、大変失礼な行為に当たるな」

京太郎「それは…………」

京太郎「…………俺が子供なせいですよ」


 言った瞬間、苦い顔をした
 自分でもその答えが拙いと思ったか、感情を言葉に乗せたかったのか

 どちらにしてもその逃げ道は袋小路だ

 今の彼に嘘を吐かずに真意を隠す余裕はもうない


晴絵「名乗ることに必要も不必要もないだろ」

京太郎「…………」 ピク

晴絵「ただ君は……名乗りたくなかっただけ」


 …………いや、違うな
 名乗りたくなかったというより、“名前を知られたくなかった”……かな?

 それは誰に――?
 あの場にいた子達にだ


晴絵「どうして君はあの子らに名前を知られたくなかったんだ?」

京太郎「…………っ」


 焦った顔を隠すようにそっぽを向く須賀くん

 しばらく待っても答えは返ってこない

 ん~、なんか少年をいじめてる嫌な大人みたいだな


京太郎「それを知ってどうするつもりなんですか……」

晴絵「どうするか、って?」


 もちろん、ただの好奇心だ

 でもそれじゃあ須賀くんの心は開かない


晴絵「これでも教師だからね。悩める青少年を見つけたら相談に乗るのが仕事なのさ」

晴絵「話せば楽になることもあるさ。 もちろん秘密は守る」


 大義名分としては一丁前だろう

 人間、素直に本当のことを言うだけじゃ生きていけないんだぞ少年


京太郎「でも…………」

晴絵「デリケートな問題なのはわかるよ。人間関係って難しいよな」

晴絵「うちの麻雀部の子の中に、知り合いがいるんじゃないか?」

京太郎「!?」


 大当たり―――というより今までの様子からしてそれしかないと思ってたから当たって一安心


晴絵「で、なんでか知らないが認識は一方通行らしい」


 そしてここからは完全に予想
 不完全な証言から出したつたない予想


晴絵「君は知っているが、相手は初対面だと思っている」

晴絵「ここから導き出される答えは、1人ないし、複数人の名前を知られたくない人物とは長い間会っていないこと」

晴絵「なぜなら容姿が変わっているから。変わっていなければ会ったら気づくだろ」

京太郎「名前を教えなかっただけのことで……よくそこまで妄想できるもんですね!」

晴絵「それだけじゃない。君の発言の中にそう思わせる言葉が出てきてたんだ」

京太郎「えっ……!?」


 それは、ほんの何気ない一言


晴絵「君が私と初めて会った数十分前の、あの最初の言葉」


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京太郎「げ……阿知賀の――」

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晴絵「私は確かに阿知賀女子学園の教師であり、麻雀部顧問だが―――」

晴絵「―――なぜ長野の一高校に通う君が私のことを“阿知賀”と認識できたのか?」

京太郎「!!」

晴絵「今年のインハイに出場した5人を見て言ったのなら何もおかしなことはない」

晴絵「だが私は顧問だ。インハイ上位校へのインタビューもあったが、一身上の都合でメディアへの露出は断った」

晴絵「つまり、私を知る機会は限られてくるわけだ」

京太郎「…………」

晴絵「……最初のあの一言、“阿知賀のレジェンド”とでも言うつもりだったんじゃないか?」

京太郎「それは……」

京太郎「…………。 …………はい……」

晴絵「そっか、ふふふ」


 うんうん、そうかそうか
 ここまで順調だと自分でも怖くなってくる


晴絵「この異名もね、地元じゃ有名なんだよ。地元じゃ」

京太郎「―――!」 ハッ

晴絵「でもこれがつけられたのは今から10年前。他県の現役高校生が知ってるような異名じゃない」

晴絵「よっぽどのマニアでもない限りね」

晴絵「しかし君はさっき、自ら麻雀初心者ってことを自白した」

京太郎「…………わかりましたよ」

晴絵「―――ここからわかることは……」

京太郎「もういいです」

晴絵「須賀くんは昔、奈良に住んでいた」

京太郎「もういいです!」

晴絵「………………」

京太郎「………………」

晴絵「それも私達の地元、吉野にね」

京太郎「いや、もういいですって! フリじゃなくて!」

晴絵「ふっふっふ……ついに須賀くんの秘密を暴いてしまった」

京太郎「悩み相談とかトンでもねぇ……。この人絶対愉快犯だよ……」

晴絵「これがわかってしまえばもう、全てまるっと解決だ」

晴絵「名前を名乗りたくなかったのは、昔、あの5人の誰かと知り合いだったからで―――」

晴絵「失礼承知で帰ろうとしたのはあの5人の誰かと――――って、あれ……?」

京太郎「…………」

晴絵「…………」


 …………んん?

 昔、知り合いだったのに、今は知られたくなくて……会いたくもない……?


晴絵「あー……もしかして……昔、嫌なことがあった?」

京太郎「…………ですね。っていうか俺の悩みが云々言ってた癖に気づいてなかったんですか……?」

晴絵「いや、あー……ごめん」

晴絵「なんていうかさ、その…………」

晴絵「この話、私が首突っ込むべきじゃなかったかなーとか……思っちゃったり?」

京太郎「今更ですよもう!!」

京太郎「っていうかなんで急にひよってんですか!? 相談乗るとか言ってたでしょう!」

晴絵「お、おう……。そういやそういう設定だった」

京太郎「設定ってなんですかーーー!? やっぱこの人、ただの愉快犯だったーーー!」

晴絵「こんな汚い大人になっちゃダメだぞ☆」

京太郎「うわー……もう最低だ……。なんかちょっと探偵っぽい鋭さで感心してたのに……」

晴絵「え? ホント?」


 名探偵 赤土晴絵! う~ん、語感は悪くない

京太郎「じゃあ、ついでに最後の謎も解いてみてくださいよ……」

京太郎「俺が……誰に会いたくないか」

晴絵「一人?」

京太郎「そうです」


 ふーむ……

 ―――って、そう考えればあからさまなのが一人いたな

 でも背景を考えると…………答える前にこれだけは聞いておかないと


晴絵「嫌な事、っていうのは…………いじめやその類では……ないよな?」

京太郎「大丈夫です……あいつに会いたくないのは、全部俺のせいですから」

晴絵「それを聞いて安心した、なら――――」



晴絵「―――高鴨穏乃、だろ」

京太郎「…………」

京太郎「…………ははは、参りました」

晴絵「ふっふっふ! ばっちり決まったね」

京太郎「どうしてわかったんです……?」

晴絵「明らかに顔を合わせようとしてなかった」

京太郎「ほんっ……と、よく見てますね……」

晴絵「それに、しずとだけ一言も会話してない」


 どう見ても不自然なあの様子、証拠はそれだけで十分だ

 この話が推理小説なら証拠不十分もいいところだが、生憎そんな粋な話じゃない


晴絵「昔しずと何があったのか、聞いてもいいかな」

晴絵「あいつが何か悪いことをするとは思えないし……」

京太郎「…………全部、俺が悪いんです」

京太郎「俺は小学生のころ、穏乃と同じ学校に通ってました」

京太郎「友達だったんですよ、あいつとは」

京太郎「何がきっかけかは覚えてませんけど……よく2人で山に行って遊んでたんです」

京太郎「事が起きたのは小4の……とある休日の事でした。残暑も緩やかになってきた頃、朝から2人で山に遊びに出かけて……」

京太郎「朝から動き回ってたものだから、元気印な俺達も疲れちゃって……お弁当を食べたあと、昼寝しちゃったんです」

京太郎「それで……先に昼寝から目覚めた俺は、ふと、寝ている穏乃に目をやって……」

京太郎「魔が差した、とでも言いましょうか。一瞬だけ目に入った穏乃の唇に、目を奪われてしまったんです……」

京太郎「小4ぐらいにもなれば異性への好意ははっきり抱いてます。ええ、穏乃が好きだったんですよ、俺……」

京太郎「だから……寝てるからバレないだろうとか思って……つい…………」

京太郎「穏乃の……好きな女の子の唇を…………奪っちまったんです……」

晴絵「!!」

京太郎「…………結果的に言えば、モロバレでした」

京太郎「俺が“した”瞬間、目を見開いたんです。たぶん……直前までは本当に寝てたんでしょうけど」

京太郎「その後は……顔ひっぱたかれて、怒鳴られて、帰られて…………」

京太郎「素直に謝って、また遊ぼうって誘ったりしたんですけど、会うたびに顔真っ赤にして怒られて……」

京太郎「最終的には“もう顔みせるなっ!”って…………ははは、エロガキの哀れな末路っすよね……」

晴絵「あぁ……なるほどな」


 そりゃ普通に須賀くんが悪いだろう
 須賀くんにも言い分はあろうが、加害者であることに違いはない

 謝っても取り合わなかった穏乃も精神的に子供だが……それは仕方ない、当時は本当に子供なんだから

 でも…………
 ……それまでずっと仲の良かったという2人が、キスひとつでそこまで関係が壊れるものなんだろうか……?


京太郎「それから程なくして家の都合で長野に引っ越すことになって―――」

京太郎「―――それっきりです。別れの挨拶もしませんでした」

晴絵「……律儀にも、言われたことを気にして顔を見せなかったわけだ」

京太郎「好きな子に拒絶されて……それでも会いに行けるほど、当時は強くありませんでしたから」

晴絵「当時って…………今もじゃない?」

京太郎「………………あはは…………違いないですね」


京太郎「あれから再び穏乃を見ることになったのは今年のインターハイです」

京太郎「びっくりしましたよ……部長達とAブロック準決勝をテレビ観戦してたら――」

京太郎「―――見た目も格好も、知ってる当時そのままの穏乃が、大将として麻雀打ってるんですから」

晴絵「あいつはジャージ好きだからな」

京太郎「今日もあの格好でしたね」

晴絵「興奮した?」

京太郎「………………何を言わせる気ですか」 ジト

晴絵「あ、あはは……」

京太郎「そんなことよりさらに驚いたのは高校で知り合った和が穏乃と友達だったことですよ!」

晴絵「和が奈良に来たのは小学6年の頃だから、君とは会わなかったんだな」


 かくいう私も、阿知賀こども麻雀倶楽部を始めたのは憧やしずが小5の時だったから

 須賀くんとはちょうど入れ違いに出会わなかったというわけだ

 もう少し早ければ、しずが須賀くんを麻雀に誘うこともあったかもしれないな……


京太郎「それで……もう会わないと思ってた穏乃と会うことになるし…………」

晴絵「やっぱり会いづらいか」

京太郎「今更どんな顔して会えって言うんですか……。こっちはとことん嫌われた身ですよ……」


 会ったほうが私的には面白いことこの上ないイベントなんだが…………これはしょうがないか……

 さすがに嫌がる須賀くんの意思を無視してむりやり二人を合わせるわけにはいかない

 しずだって今日会ったばかりの見知らぬ男が例の人だったと知れば、嫌な反応を示すかもしれない




 でも――――


晴絵「……あのさ、須賀くん」

京太郎「はい?」


 ――――好奇心でここまで引き出したんだ


晴絵「………今でも……」


 ここで止まるのは性に合わない……!


晴絵「……穏乃のこと……」


 今更ブレーキ踏めるか!


晴絵「…………好きかい?」

京太郎「――――っ!!」 ガタン


 イスが揺れる勢いで立ち上がる須賀くん

 その目は「お前は何を言ってるんだ」とでも言いたげな形をしていた

京太郎「そんなの――――」

京太郎「――――終わった恋です……」

京太郎「長い間会ってなかった小学生の頃の友達に抱くような感想しか出ませんよ……」

京太郎「それに…………今は別に好きな子がいますから!」

晴絵「それはもしかして和のことじゃないだろうな」

京太郎「っ……!? あ、え、え!?」


 かなりあてずっぽうだったが、どうやら当たっていたらしい


晴絵「玄と話してたとき、胸にばっか視線いってたからすぐにわかったよ」

京太郎「は、はぁーーー!?」

京太郎「どんだけよく見てるんですか……。さすが阿知賀のレジェンド……」


 適当に言った理由付けも当たっていたところで、改めて自分の勘の冴えっぷりに慄く


晴絵「和には告白しないのか? 好きなんだろ」

京太郎「相手にされてませんよ……。和は男より麻雀ですから」

晴絵「ははは、和らしいな! でも告白ぐらいしてもいいだろ?」

京太郎「フラれるのがわかってるのに、できませんよそんなこと」


 お……これは…………いけそうだな

 私は心の中でニッと微笑むと一気に捲くし立てるように言葉を放った


晴絵「須賀くん……君は逃げてるだけじゃないのか?」

京太郎「え……?」

晴絵「君は小学生の頃、自分の犯した過ちによってしずとの関係を壊してしまった」

晴絵「だから―――君は今でもそのことが怖くて……! 関係を壊してしまうのが怖くて!」

晴絵「今でも、恋愛のコマを前に進められない…………それだけのことじゃないか……?」

京太郎「そ、そんなことは………………」

晴絵「自分の心に正直になってみるんだ。胸に手を当てて、聞いてみろ。しずとの事が尾を引いていないか」

京太郎「う…………」

京太郎「………………しれません」

晴絵「……なに?」

京太郎「…………そうかもしれません」

晴絵「…………」 クスッ

晴絵「なら、しずと会うんだ」

京太郎「っ! ど、どうして……?」

晴絵「会って、それで思いっきり謝って、吹っ切れ!」

晴絵「あいつももう高校生だ。ちゃんと話ぐらい聞いてくれる」

晴絵「別に許してもらわなくてもいい、あれから今まで君の心に溜まった“淀み”を全部ぶつけるつもりで――」

晴絵「――全部吐き出すんだ、洗いざらい!」

京太郎「なにもかも……全部…………」

晴絵「悩みを人に打ち明けると楽になる。だが、思いの言葉を当の本人にぶつければもっと楽になる!」


 冷静な人が聞いていれば間違いなく突っ込みを入れるだろう暴論

 だが今の須賀くんには効果があるはず

 私はそれを確信していた


京太郎「………………」 グッ


 先ほどから立ったままの須賀くんは、拳をグッと握り締め俯いた

 私の言葉を反芻しているんだろうか

 ともかく、今の話に疑問を抱いている様子ではなかった

晴絵「……実は今回の遠征、一泊二日なんだ」

京太郎「え……?」

晴絵「インハイお疲れ様の意を込めてね。明日は阿知賀のみんなだけで長野観光の予定さ」

晴絵「だから私たちは明日も長野にいる」

京太郎「…………!」

晴絵「今は清澄のみんながいるから会い辛いだろ。…………明日セッティングしてあげるよ」

京太郎「明日……穏乃と会う…………?」

晴絵「ああ、そうだ。そこで全部清算しちゃいな」


 数秒間、悩みに顔を歪ませていた彼だったが


京太郎「……わかりました。…………お願いします、赤土さん!」


 意を決して言い放った

 その顔は、覚悟を決めた男の顔だった

 へぇ……いい顔できるじゃないか…………


晴絵「じゃあ……これ、私のメールアドレス。後で空メールしといて。登録しとくから」

京太郎「あ、ありがとうございます……」

晴絵「ん……んーーーっ!」


 ビーチベッドから立ち上がって思いっきり背伸びをする

 色々と考えて疲れてしまったから体だけでも気分転換だ


晴絵「じゃ、私もそろそろ向こうに混ざってこようかな」

晴絵「須賀くんも来る? …………なんて、あんな話した後に来るわけないか」

京太郎「阿知賀のみんなが帰るまでここにいますよ。勝手に帰ろうとした罰とでも思います」

晴絵「ふふ……じゃあもう今日は会わないかな。それじゃあ須賀くん、また明日」

京太郎「はい、また…………明日」


 その後、私は高校生達の輪に加わった

 なにやら恋愛の話をしていたようだったが、さすがに須賀くんの話は黙っておいた

 好奇心で色々弄んでしまった彼だけど……気にかけているのは本当のことだ

 さーて、明日はどういう場所で2人を引き合わせてあげようか?

 2人はどういう話をするんだろう? 今からとても楽しみだ

 …………いや、楽しんでるけど……本当に須賀くんのことは心配している

 うん、須賀くんがんばれ! 超がんばれ!



おわり