俺を暖かく迎え入れてくれた皆としばし話をしていたら、気付いたら夜になっていた。

ああ、そうだ。

あの人に会ってお礼を言わなくちゃ。

俺はそう思い、夜の庭に足を運ぶ。

目的は勿論、龍門渕さんとお話する事だ。





「今晩は。」


「今晩は、久しぶりですわね、京太郎君。」


「色々、有りましたので。」


「そうですの、よかったら聞かせてもらえますかしら?」


「すこし、長いですが聞いてもらえますか……?」


「ええ、京太郎君の話なら、幾らでも聞きますわ。」





俺はIHに応援に行ってからの事を話した。

咲達と再会した事、母親と再会した事、母親から聞いた俺の出生の事、母親を看取った事。

長野に戻って葬式をした事、俺が家に戻り塞ぎこんでいた事、遺品整理をしたこと、その後変な夢を見た事。

透華さん達が俺の家に来た事、透華さんが倒れた事。

そして、衣さんと純さんが迎えに来てくれた事、全てを話した。

俺が話している最中、龍門渕さんは真剣な眼差しを俺に向けながら聞いてくれていた。





「……そうでしたの、二人には感謝しないといけませんわね。」

「京太郎君、今まで大変でしたわね、私には何と言ったら良いのか……ただ、困った時、辛い時は家族に頼ると良いですわ。」

「それは家族、周りに居る人間もそうですし、その中には勿論、私も含まれていますが。」


そこまでは柔和な笑みを浮かべながらそう言っていたが、

龍門渕さんは再び真剣な眼差しを向けながら俺に言ってきた。


「辛い時は辛いと言いなさい。」

「頼りたい時は頼りたいと言いなさい。」

「家族はきっと貴方に頼られる事を待っていますわ。」



「はい、わかりました。」

「それとありがとうございます。」

「俺、龍門渕さんの言葉で立ち直れたんです。」

「心の中が冷たくなった時、龍門渕さんの言葉があったから。」

「衣さんたちが差し伸べた手を掴めたんです。」


「衣や純にもお礼を言ってあげた方が良いですわね。」


「それは勿論、感謝していますから。」





ふふっと笑った彼女が少し申し訳なさそうな顔をした。


「どうしましたか、龍門渕さん?」


「……京太郎君、貴方のお母様が亡くなってから日も浅いのにこんなことを言うのも憚られるのですが。」


「……はい。」


「私の事は龍門渕さんとは呼ばないで欲しいのですわ。」

「京太郎君も龍門渕なのですし。」


「……ああ、すみません。」

「でも、俺の中で母親は母さんだけですし。」

「下の名前じゃダメでしょうか?」





龍門渕さんは俺に一瞬見せた悲しそうな瞳を伏せて、頭(かぶり)を振った。


「仕方ありませんものね……」

「やはり時間というものは酷なものですわ。」


「すみません。」


「構いませんわ。」


「それじゃ、俺はここら辺で。」


「……お休みなさい、良い夜を。」


「お休みなさい。」


夜の別れを交わした後にいつも通り、自室のベッドで眠りつく。

今夜はどんな夢を見るのだろうか……





息が苦しい。

呼吸がしづらい。

誰かを呼ぼうと辺りを見回す。

部屋の中には幼い女の子と、男が三人。

全員心配そうな表情でこちらを見ている。

その中の一人に宛てて、呼吸もままならない体で掠れた声を出す。





「お父様……」


「……なんだ」





部屋の中で一番年上であろう男がこちらに向かって声を掛けてきた。

何故か申し訳ない気持ちで一杯だ。





「こんな親不孝者を今まで育てて頂き、ありがとうございます……」


「……ああ、よくここまで、頑張ってくれた。」

「お前は確かに親不孝者だが、それと同時に掛け替えの無いものを沢山くれた。」

「あとのことは任せなさい。」


「はい。」





少し安心した。

視線をずらし、別の男に声を掛ける。





「あなた……」


「…………」





その人は黙っていた。

声を押し殺しているようでもあった。

この人と別れるのは寂しい気持ちになる。





「透華のこと頼みますわね……」


「…………わかりました。」





最期の願いを聞いてもらったあと、男の傍らに居た女の子に視線を移す。

この子を遺すのは忍びない気持ちになるけど、

この子の前だけでは出来るだけ笑顔で居たい。

だから、この子には私(俺)の笑顔を覚えておいて欲しい。





「透華、お父様やハギヨシをあまり困らせちゃダメですわよ?」


「お母様……」





今にも泣きそうな顔を見ると心が痛い。

でも、残りたくても残れない。

最後の一人に挨拶をする。





「ハギヨシ……」


「はい、ここに。」





執事服を着た男が、哀愁を帯びた表情を見せた。

今までの事を顧(かえり)みると、感謝の気持ちで一杯になった。





「仕えてくれてありがとう、そして、これからは……」

「私の夫と娘をよろしくお願いしますわ……」


「……はい。」





また少し安心した、それと同時に凄く目蓋が重くなるのがわかる。

少しずつ下がる目蓋と同時に周りに告げる。


「……ちょっと……疲れてしまいましたわ。」

「私、もう寝ますね……」

「おや、すみ……なさ……い」


体の力が無くなるのがわかった。





「っ!」


「お母様?お母様!?」


「……だでしょう。」

「まだ逝くには早いでしょう!?」

「ねぇ!?目を開けてください!また微笑みかけてくださいよ!」


「――華さん!!」


部屋に響き渡る別れを惜しむ声が、霧の如く掻き消された。






――――暗い。

真っ暗な闇の中、幽かな光が浮かんで揺れる。

それはやがて人の形を辛うじて作り俺に問いかけてきた。





「私に少し……力を貸してもらえませんかしら?」





何も考えず頷いていた。

知っているかどうかわからない相手に、助力して良いものかどうかも考えず。

ただ、なんとなくだが、手を貸してあげたいと思った。

俺が頷いたあと、顔もわからないのに相手は笑っていた気がした。





起きた頃には夜が明けてちょうど朝日が覗いていた。

あの夢はなんだったのだろうか……

ただの夢だと決め付けるには何か心に残る感触がある。

偶然だとは思うが透華さんが幼い頃の夢、母親を失う夢。




母親か……俺の本当の親は今、何所で何をしているのだろうか。

生きているかどうかすらわからないが、少し気になった。





一番、事の真相を知っていそうな人に聞いてみることにしてみる。

部屋の前まで行って、戸を叩く。

中から「入りなさい」と聞こえてきたので扉を開けた。





京太郎「失礼します。」

透華祖父「ああ、京太郎君か、どうしたんだね。」

京太郎「聞きたいことがあって。」

透華祖父「……なんだね?私が話せる範囲なら教えるが。」

京太郎「俺の……本当の親に関してです。」

透華祖父「……君の親について、今は何も言える事はないぞ?」

京太郎「…………」

透華祖父「父親の事については知らないし、母親に関しては今は言えない。」

京太郎「言えない?」

透華祖父「"今は"だ、恐らく、その時が来たらわかるだろう。」

透華祖父「ただそんなに気になるなら自分で調べてもいい、君が正答に辿り着けるとは思えないがな。」

京太郎「……わかりました、ありがとうございました。」

透華祖父「ああ、それと一つヒントを出しておこう。」

透華祖父「君は龍門渕に連なる人間だ。」

透華祖父「それは間違いないだろうな。」

京太郎「……失礼しました。」


俺は静かに扉を閉め、部屋を後にした。




さて、どうしたものか、少し聞いて回ってみよう。

ハギヨシさんは……ダメか、多分口止めされてるだろうし。

まずは衣さんかな、あの人なら協力的なはずだ。





別邸の衣さんの部屋に辿り着く。

果たしてどのくらいまで知っているかは定かではないが、聞いてみることにした。

ノックをして入り、そして衣さんに事情を説明し、相談してみたが……





衣「衣にわかることなんて、たかが知れてるぞ?」

京太郎「それでも、何か手がかりが欲しいんです。」

衣「うーむ……」


衣さんが腕を組んで顔を顰(しか)めて考えこむ。

やがて何か思い出したのか、ハッと顔を上げた。





衣「そうだ、きょうたろーの力に関してなら衣も少しわかるぞ!」

京太郎「俺の力って手掛かりになるんですか?」

衣「恐らくだがな……」

衣「……能力は大別すると生得(せいとく)的な部類と後天的な部類に分けられる。」

京太郎「せいとくてき?」

衣「所謂(いわゆる)先天的、つまり生まれながらに持っているのものだぞ。」

衣「後天的なのは、弛(たゆ)まぬ研鑽の賜物だったり、何らかとの邂逅なりだ。」

衣「それこそ、生死の淵を彷徨った際に拾ったものもな。」

京太郎「はぁ……」

衣「それで、肝要なのはこれから話す生得的な力に関してだが。」

衣「きょうたろーはどんな種類があると思う?」

京太郎「えっと、生まれた時から持っている才能とか……」

京太郎「あとは……家族……あっ……」

衣「気付いたか。」





どこか得意げな衣さん顔は置いといて、

俺は衣さんの質問の意図に気付いた。


衣「そうだ、血の系譜、遺伝だ。」

衣「衣は海底、トーカは治水。」

京太郎「二つとも水が関係してますね。」

衣「衣とトーカが水に因(ちな)んだ力を持っているのは血を継がれてきたからだ。」

衣「衣とトーカの母方の祖父君、祖母君が同じだからな。」

衣「だが、如何に龍門渕の血が強くとも、代を追うごとに別の血が入るものだ。」

衣「例え同胞(はらから)でも能力の性質が変わってくる。」

衣「衣の母君と伯母君でも差は有った筈だ。」

衣「そこに別の血が交われば、更に変質する。」

京太郎「なるほど、父親の遺伝が関係して治水と海底の差になったんですね。」

衣「そしてきょうたろーは氷。」

衣「この前、衣と対峙した時はきょうたろーは半ば暴走していたが、きょうたろーの力の原質は氷で相違無いだろう。」





ふと疑問が湧く。

氷の力なんざ、気付いたのはつい最近だったのに、幼い頃にそんな予兆なんて感じなかった。

力に関して一応気になったので聞いてみる。


京太郎「あの、ちょっといいですか?」

衣「ん?なんだきょうたろー?」

京太郎「俺の氷の力って先天的なんですかね?」

京太郎「だって能力を使えるようになったのってこっちに来てからですよ?」

衣「きょうたろー、貴様麻雀をまともに始めたのはいつからだ?」

京太郎「えっと、高校に入ってからですね、もっと言うなら龍門渕に入ってからですよ。」

京太郎「それまでは清澄のサポートや雑用ばっかりで牌も碌に触ってませんでした。」

衣「そんなものでは力の発露もへったくれもないぞ!」


何か怒られた。

それもそうか、スキーを碌にやった事のない者がいきなり技を出来るわけも無い。

努力も碌にせずに異能の力が手に入ったら苦労はしないだろう。





衣「寧ろ、よく、あの短期間で力を出せたものだ。」

京太郎「すいません……」

衣「いや、褒めておるのだがな、どうやって骨を掴んだのだ?」

京太郎「頭を冷やせって言われたのを思い出して、それからですね。」

衣「……ふむ、条件はトーカに近い感じもするな、流石義姉弟と言った所か。」

衣「恐らくだが衣が推察するに、きょうたろーは衣よりトーカに近いと思う。」

衣「頭に"何の確証もありはしない"が付くがな。」

衣「まぁ気にする事でもあるまい。」

衣「きょうたろーが何所の生まれだとしても、依然変わらずきょうたろーは衣の家族だ。」


少し涙腺に来た。

ずるいと思う、その言葉。


京太郎「……ありがとうございます。」

衣「なに、気にするな、衣は当然の事をしたまでだ。」




もうこんな時間か、最近日課になってきた勉強のお時間だ。

転校してから、こっちの授業に追いつく為に予習なり復習なりしているわけだ。

勉強がそこそこ進んだ後、自分の親に関する手掛かりに関して考えてみる。

義祖父さんの言葉。

「今は話せない。」「自力では探してもわからない答え。」「俺が龍門渕の人間である。」ということ。

衣さんの推察。

「俺の力は先天的遺伝。」「力から察するに本家筋に近しい。」ということ。

そして、母さんの遺品整理で出てきたこのペンダント。

「取り違えられた俺。」に「生まれたときから持っていたペンダント。」

つまり俺の本当の親が持たせた可能性があると思う。

これらを考えるに透華さんの母親が俺の母親か?

それなら義父さんが養子縁組を引き受けたのはわかる。

衣さんが言っていた「本家筋に近くて、且つ透華さんに似ている」というのも頷けるが……

まだよくわからない、考えていたら眠くなってきたので少し眠る事にする。





ベッドに横たわり、うたた寝していると、声が聞こえてきた。

「ちょっとだけ借りますわね。」

単純に夢の中だと思ったので心の中で了承した。

そのあと扉を叩く音が聞こえた。





私は京太郎様にとあることを聞く為にお部屋までやってまいりました。

扉をコンコンと、ノックし、声を掛けます。

人が居る気配はするのですが返事がありません。

お休み中なのでしょうか。

再度ノックをし、声を掛けたところ、今度は返事が返ってきました。

京太郎様にしてはお声が高かった気がします。





ハギヨシ「失礼いたします。」

京太郎「どうしましたか、ハギヨシ。」

ハギヨシ「お休みのところ申し訳ありません。」

ハギヨシ「私個人の私情を挟み誠に僭越なのですが。」

ハギヨシ「京太郎様のご実家で気になるものを見つけてしまいまして。」

ハギヨシ「龍門渕家のシチューはどのようにしてお作りになられたのですか?」

京太郎「……そういえば、貴方でも教えていない事がありましたわね。」





何か違和感がありました。

京太郎様のお声。

私の事をハギヨシと呼ぶ。

口調の変化。

先程までお休みになられていたからでしょうか。

少し目が虚ろのような気がします。





京太郎「……確かにあのシチューは私が作り上げたものです。」

ハギヨシ「一体どうして……いえ、それより作り方を教えて頂けませんでしょうか。」

京太郎「……残念ながらあれは龍門渕家の女が作るものです。」

京太郎「いかにハギヨシが誰よりも、それこそ龍門渕家よりこの屋敷で長くとも、教える事は出来ません。」

ハギヨシ「!?」





おかしい、何かがおかしいのです。

何故、龍門渕家のシチューを作れるのか。

何故、龍門渕家の伝統や慣習を知っているのか。

そして、何故、私が元々この屋敷に居た事を知っているのか。

これらを知っている方など、もうこの世にはいらっしゃらないのに。





…………ある可能性に気付いてしまいました。

ありえないと、あまりに荒唐無稽な話だと思われるのですが。

その可能性に気付いてしまいました。

私は意を決して、不躾な質問だとわかりながらも、京太郎様に尋ねます。




ハギヨシ「貴方は……本当に京太郎様なのですか……?」

京太郎「…………」


京太郎様は、いえ、この方は片手で髪を払う仕種をしたあと、何かが足り無いような表情をなさいました。

そのあと、この方はご自身の胸元にあったペンダントを取り出しました。

処々の仕種、喋り方、ペンダント、そして聞き覚えの有る声。

やはり、と言うべきでございましょうか。

私の考えが確信へと変わりました。





ハギヨシ「貴女なのですか……」

ハギヨシ「私の考えが正しければ貴女は……」

京太郎「ハギヨシ……私がいなくなったあと……」

京太郎「透華は恙無く日々を送れていましたでしょうか……」

京太郎「あの人は……体を壊してはいませんでしたか?」

ハギヨシ「……透華様は健やかにご成長なさっています。」

ハギヨシ「旦那様も体は健康でございます。」

京太郎「……私のお願いを守ってくれているようですわね。」

ハギヨシ「……執事として、職務を全うしたまでです。」

京太郎「今までの透華の写真とか……ありませんかしら?」

ハギヨシ「ただいま、ご用意致します……」





私は大急ぎで龍門渕家のアルバムを持ってまいりました。

このアルバムには透華様のご成長の記録が載ってあります。

そしてそれを待っている方に御渡ししました。


「お待たせしました、こちらになります。」


「ふふ、やはりハギヨシ、貴方は優秀ですわね。」


「勿体無きお言葉です……」





  「奥様。」





奥様はアルバムのページを一枚ずつ捲って御覧になっていました。


京太郎「これは運動会かしら……楽しそうですわね……」

京太郎「次は卒業式……あの子ったら目立ちますわね……まったく誰に似たのかしら……」

京太郎「こっちは中学の入学式かしら……まるで七五三ですわ……3歳の頃はぐずりだして大変でしたわね……」

京太郎「今度は体育祭かしら……見覚えの有る女の子ですわね……」

ハギヨシ「そちらは、衣様でございます。」

京太郎「衣ちゃん?随分大きくなりましたわね……」

京太郎「小学生くらいには見えますわね。」

ハギヨシ「僭越ながら奥様、この写真当時は中学生でございます。」

京太郎「……ふふ、そうでしたわね。」





奥様はまたアルバムのページを捲り、写真に目を通しました。

やがて高校生になったお嬢様方のお姿が載っているページに差し掛かりました。


京太郎「これは最近のものかしら……」

ハギヨシ「はい、大旦那様が理事長を務めている高校にご入学なさったころのものです。」

京太郎「そうですか……透華も衣ちゃんも大きくなったのですね……」

京太郎「よかった……本当に……よかった……」


奥様は写真に涙を零しておりました。





京太郎「透華が生まれた日は昨日のように思い出せますわ。」

京太郎「私が産気づいた時、あの人ったらおろおろするばかりで……」

京太郎「ハギヨシが車を寄越さなかったら自宅出産でしたわ。」

ハギヨシ「あまり旦那様を悪く言うのはどうかと……」

京太郎「そういえば、桜と天江さんは?」


桜様とは奥様の妹君で衣様の母君に当たる方です。

しかし衣様のご両親は既に……





ハギヨシ「…………」

京太郎「ハギヨシ」


いつもの奥様の声でした。

凛とした、それでいて透き通った声です。

私の口からはとても伝え難いことですが、奥様には伝えないといけないことです。



ハギヨシ「…………」

ハギヨシ「桜様は、いえ、天江様ご夫妻は、今から6年前に事故で衣様を遺してお亡くなりになりました……」

京太郎「…………」


奥様は暫く閉口なさっていました。

余程、妹ご夫妻が亡くなっていた事がショックだったのでしょう。





ハギヨシ「…………」

京太郎「……そうですか。」

京太郎「妹は、小さい頃から、よく私の後を付いて回るくらい私を慕っていましたわ……」

京太郎「でも、死期まで私の後を追わなくてもよかったのに……」


奥様はとても悲しそうな瞳をなさっていました。

やがて奥様はお顔をこちらに向けました。





京太郎「衣ちゃんは今何所に?」

ハギヨシ「龍門渕家敷地内の別館に住んでおられます、」

京太郎「別館?何故別館なのですか?」

ハギヨシ「旦那様が衣様を引き取る際、別館に住まわせました。」

ハギヨシ「私の個人の見解で申しあげますと、恐らくですが旦那様が異能の力を恐れた故かと。」

京太郎「そう、ですの……」

京太郎「ハギヨシ。」

ハギヨシ「はい、なんでしょう。」

京太郎「引き続き、龍門渕家をよろしくお願いしますわ。」

ハギヨシ「畏まりました。」

ハギヨシ「私は龍門渕家の執事でございます。」

ハギヨシ「どんな命令でも務めさせていただきます。」





奥様のお顔が曇りました、何か無礼な発言をしてしまったのでしょうか。


京太郎「……これは命令ではなく。」

京太郎「あくまでお願いですわよ。」


奥様の言っている意味がわかりました。

わかりましたが、それは私には受け入れられないこと……





京太郎「ハギヨシ、こんなお願いをした私が言うのもなんですが……」

京太郎「貴方が無理をしてまでここに留まらなくとも……」

ハギヨシ「奥様。」

京太郎「…………」

ハギヨシ「私は、貴女に拾われたあの日から……」

ハギヨシ「生涯、貴女に仕えると誓いました!」

ハギヨシ「だから――「ハギヨシ」」

ハギヨシ「っ!」

京太郎「龍門渕京華という人間はもう亡くなりました。」

ハギヨシ「…………」

京太郎「だから、もう私のことを追わなくてよいのです。」

ハギヨシ「そんな!」

京太郎「ただ、もし、私の我が侭を聞いてくれるのならば……」

京太郎「龍門渕京華の執事としてではなく、龍門渕家の執事として。」

京太郎「娘達の事を……よろしくお願いします。」

ハギヨシ「……はい!」

ハギヨシ「この萩原、命に代えてもお嬢様達をお守りさせていただきます。」

京太郎「ありがとう……」

京太郎「私は少し眠りますわ、何時までも体を借りてるのも申し訳ありませんので。」

ハギヨシ「わかりました、ごゆっくりお休みくださいませ。」



私は速やかに退室して、扉を音も無く閉めました。

奥様、私は奥様の遺言が無くとも龍門渕家に骨を埋める所存でございます。

何故なら……私は……





変な夢を見たな、しかも妙にリアルな夢だった。

俺がハギヨシさんに奥様って呼ばれていた。

そういえばさっき夢の中で取り出したペンダント……

透華さんが似ている物を持っているって言っていた様な……

後で聞いてみよう。

何か手掛かりが見つかるかもしれない。




透華さんの部屋の前に来た。

そして扉を開け中に入る。

この時ノック等を忘れてはいけない。

もし中の住人が着替えの最中とかだったら、物が飛んできたりするからだ。

今回はたまたま本でよかったが、次に同じ事しでかしたらもっと危ない飛んでくるかもしれない。

色気も何も感じない体を見てしまった挙句、物を投げつけられるのは割に合わない。





透華「それで、何の用かしら?」

京太郎「えっと、前にペンダントの話しましたよね?」

京太郎「それで、透華さんの持っているペンダントを見せてもらおうと思って。」

透華「ええ、ちょっと待ってください。」

透華「……これですわ。」


透華さんが部屋の奥から小さい箱を持ち出してきて見せてくれた。


京太郎「ちょっと失礼します。」

透華「どうぞ遠慮なく御覧になって。」





箱の中からペンダントを取り出し、じっくり見てみる。

見れば見るほど俺の持っているペンダントそっくりだ。

裏返して見てみる。

裏には金属プレートに文字が彫られてあった。





『愛しの我が妻』

『京華へ』





京太郎「京華?聞いたことがあるような……」

透華「京華とは私のお母様の名前ですわ。」

透華「このペンダントはお父様がお母様に向けて渡した結婚記念日のプレゼントと聞いておりますわ。」

透華「そしてお母様が亡くなった際、私が貰い受けましたの。」

京太郎「これって他に似たような物ってありますかね?」

透華「さぁ……お父様ならわかるかもしれませんが……」

京太郎「そうですか、ありがとうございます。」

透華「いいえ、どういたしまして。」

透華「ただ、次からはちゃんとノックをしてくださいませ。」

京太郎「すみません。」


ペンダントを透華さんに返して、急に訪ねたことを謝った後、自室に戻った。

そして夜が更けて、あの人に会いに行く。





「今晩は。」


「今晩は、京太郎君。」


いつも通りに挨拶を交わす。


「何かお悩みでも?」


「ええっと、ちょっと家族関係というか……」

「俺の親に関してなんですが、調べていて……」


「……そう、ですか。」





やっぱり、見れば見るほど、龍門渕さんはあの人に似ている。

俺を迎え入れてくれたあの人に……


「あら、私の顔に何かついていまして?」


「いえ、なんでも。」





それから少し、今日あったこと等を話しながらお茶を飲んでいた。

夜も更けてきたからか、眠くなってきた。

おかしいな、昼間寝たはずなのに……


「お疲れのようですわね、少し休んではいかがかしら?」


「すみません、昼寝をしたはずなんですが……」


「こちらへいらして。」


「え?あ、はい。」





脇の方に設置されている長椅子に誘われる。

そこにちょこんと座った龍門渕さんに引っ張られる。


「え?え!?」


「夜ですわよ、お静かに。」


「いやでも、いきなり膝枕なんて……」


「私の膝枕では嫌かしら?」


「いえ、そんなことは……」


「それでは少し、このままでいさせてくれませんかしら?」


「でも、迷惑なんじゃ……」


「私がしたいのですわ。」





ちょっと気恥ずかしいが、渋々承諾した。

この人の膝枕は何故か妙に落ち着いてしまう。

その内俺はうとうととして意識を失っていたようだ。





夢も見ず、ただ落ち着く空間に居る。

何もない空間。

心地良い空間。

命の脈動が聞こえる。

砂嵐に似たような音。

体が温かい。

不安も何もない感覚。

全てを委ねても安心できるような、そんな心地良い空間だった。

布団の中に入っているよりも寝心地が良い。




どのくらい時間が経ったのだろう。

再び起きた頃には龍門渕さんの目が少し赤かった。

何かあったのだろうか。

少し心配になり、声を掛ける。


「どうしましたか?何かあったんですか?」


「!……いいえ、何でもありませんわ。」

「それより、このままここで寝ていたら風邪を引いてしまいますわ。」

「ちゃんとお休みになるのなら、ご自身の部屋でなさい。」


「ああ、はい……」


何があったか聞けなかった。

聞いたところで答えないというのもわかった。





「……あの、膝枕、ありがとうございました。」


「いいえ、私の方こそ、我が侭を聞いてもらいました。」

「お礼を言いますわ、京太郎君。」


そう言って別れの挨拶を交わし、俺は自室で再度寝ることにした。





やがて朝を迎える、さっき寝たばかりだというのに、もう朝だ……

今日は少し外を歩いてみる事にした。

ハギヨシさんが車を出してくれると言ってくれたが丁重に断っておいた。

最近色んなことがあったので気晴らしがてらのただの散歩がしたいのだ。

少し辺りを回りながら歩いていたら公園に辿り着いた。

子供の頃はよく遊んだな……

懐かしのブランコに揺られながら幼少の思い出を引き摺りだして、黄昏てみたり。

母さんにブランコ押してもらった事もあったなとか……

似合いもしないことをするもではない。

そんな俺に話しかけてきた女の人が居た。





「そこの君。」


「はい?」


「君、妙なボーイだね、なんかガーディアンにディフェンドされてる。」


「……はい?」


「あ、私は怪しいものじゃないよ?」


無茶苦茶胡散臭い人だった。

この人、どこかで見た気もするな。





「そんなにコーションしないでよ。」

「私は戒能良子。」

「一応これでも麻雀のプロなんだよ。」


ああ、どこかで見たことあると思ったらそういうことか。

相手の身元がわかったところだが、いまいち要領を得ない。





京太郎「えっと、それで何の用ですか?」

良子「リトル気になったから声を掛けた。」

京太郎「はぁ……」

良子「何か悩みでもある?」

京太郎「いえ、大したことじゃないですけど。」

京太郎「そういえばさっき俺にガーディアンがどうとか言ってましたけど、なんですかそれ?」

良子「所謂守護霊ってやつだよ。」

良子「君は大切にされているんだね、君についている人がそれを物語っているよ。」

京太郎「……そう、ですか。」

京太郎「どんな感じの人か聞いて良いですか?」

良子「う~ん、優しそうな感じの金髪の女の人ですな。」

京太郎「……なるほど。」

京太郎「ありがとうございました。」

京太郎「それじゃ、俺、家に帰らないといけないんで。」

良子「あ、ウェイトウェイト。」

京太郎「なんですか?」

良子「これも何かの縁だから、こいつを持っていきたまえー。」

京太郎「電話番号?」

良子「私は今、地元に戻ってきているんだが、暫くこっちにいるから。」

良子「霊関連とかで何かあったら聞いてくれ。」

京太郎「ありがとうございます。」

良子「そういえばまだ君の名前を聞いてなかったね。」

京太郎「そういえばそうでしたね、俺の名前は龍門渕京太郎です。」

良子「オーケー、覚えたよ、龍門渕君。」





そう言った後、俺たちは別れた。

それにしても変な人だったな……

胡散臭すぎるけどあれでもプロだと言うから驚きだ。




帰ってきてから、今では日課となった勉強を少しやった。

そのあとは疲れてたのか、何時の間にかうつらうつらとしていた。

そして意識が途切れる瞬間、声が聞こえた。


「また少し借りて良い?」


それだけ聞かれて、明晰夢の世界に招待された。




透華「あら、あれは京太郎……?」

透華「お父様の部屋に何のようなのかしら……」




部屋にコンコンとノックの音が響く。

部屋に入ってきたのは彼だった。





透華父「ん?君か、どうしたんだ?」

京太郎?「聞きたいことがありまして。」

透華父「なんだね。」

京太郎?「"衣ちゃん"のことについて聞きたいんです。」

京太郎?「何故あの子を別館に閉じ込めるのか。」

京太郎?「単純に衣ちゃんを嫌っているなら、どこか遠くに使用人と一緒に住まわせれば良いはずですのに。」

京太郎?「あなたはそうしなかった。」

透華父「……いきなり、なんでそんなことを。」

京太郎?「あなた、言いましたわよね。」

京太郎?「『家族は支えあい、家族は大切にするべきで、そして私は貴女の家族になりたい。』って。」

透華父「!?どうしてそれを……」

京太郎?「あら、家族の声もお忘れになりましたの?」

透華父「……そうか、そういうことですか。」

透華父「ハギヨシが「もう一度奥様に仕える」と言っていましたが、このことですか。」

透華父「すみません、京華さん……」

京華「話して、くれますわよね。」





「私は、京華さんと天江夫婦が亡くなってから、あの子を引き取った時、あの子が力を持っていたことに気付きました。」

「義妹さんと似た力を……」

「京華さんに似た力を持つ透華。」

「義妹さんに似た力を持つあの子。」

「生まれた日も親から受け継いだ力も似ていた。」

「そして、母親を失った月日も近い事に気付いて、私は……」

「私は恐かった……」

「あの子たちが貴女達のように被ってしまって恐かった……」

「あの子達まで貴女達姉妹のように私達を残して去って行くのではないかと思って……」

「だから、生前の貴女達姉妹のように仲が良かったあの子達をあまり関わらせない為に、あの子を別館に……」





透華父「私を臆病者と罵ってくれていい……」

京華「知っていますわ、あなたは人一倍臆病ですものね……」

京華「優しいあなたをこんな風に変えてしまったのは、私と妹なんですわね……」

透華父「私は、本当にダメな大人ですね……」

透華父「でも、家族が居なくなるのは、もう沢山なんです……」




京華「……私もあなたのことを言えないくらい臆病者ですわ。」

京華「『私が死んでも、他の人を好きにならないで』って本当は言いたかった……」

京華「でもそれはあなたを縛る鎖になってしまうから……」

透華父「私は……僕は貴女と出会ってから、そして死んでからも、貴女だけを愛してますよ……」

京華「……ふふ、結婚記念日の事を思い出しましたわ。」

京華「ちょっとだけ、惚れ直しました。」

京華「この子の体じゃなかったら、今すぐ抱きしめられたいと思うくらい。」




透華父「……京華さん、一つ聞きたいんですが。」

透華父「京華さんは京太郎君の……」

京華「違いますわ、私が産んだ子供は透華一人のみ。」

透華父「それは、本当ですか……」

透華父「他人と言うには彼は私たちや透華に似ている……」

京華「産んだ子供を数え間違える母親はいませんわ。」

透華父「……そうですか。」

透華父「でも妙な巡り合わせですね、彼がここに来ておかげで貴女に逢えるとは……」

透華父「京華さん、貴女にもう一度逢えて、よかった……」

京華「……私もですわ。」

京華「それよりも……」

透華父「?」

京華「お行儀の悪い子に一言言ってあげないといけませんわね。」





透華「中の会話がよく聞こえませんわね……」

透華「こちらに向かってきますわ……!」

透華「早々に立ち去りませんと……」


ガチャ


京華「透華!盗み聞きとは何事です!」

透華「ひぃっ!?ごめんなさいお母様!?」

透華「…………!?」

透華「あら、京太郎?私、今お母様に……」

京華「私ですわ。」

透華「え?」

京華「鈍いですわね、この子は……一体誰に似たのやら……」

京華「とりあえず説教は置いておくとしますわ。」

京華「ハギヨシ」

ハギヨシ「はっ、こちらに。」

京華「衣ちゃんをキッチンに連れてきなさい。」

ハギヨシ「畏まりました、奥様。」

透華「え!?どういうことですの!?」

京華「ついてらっしゃい、透華。」

透華「は、はい。」





ハギヨシ「奥様、衣様をお連れしました。」

京華「ご苦労様、下がってよろしくてよ。」

ハギヨシ「はっ、ここには誰も来ないように申し付けておきます。」

京華「……やはり出来る男ですわね。」

衣「きょうたろー、ではないな、誰だ?」

衣「事と次第によっては……」

京華「お久しぶりですわね、衣ちゃん。」

衣「衣を衣ちゃんと呼び、ハギヨシが信頼を置く者、そして奥様と呼ばれた事……」

衣「……もしや、伯母君、ですか?」

京華「正解ですわ、察しが良くて助かりますわね。」

衣「これは無礼なことをしました。」

衣「よもや伯母君が黄壌より黄泉帰るとは露とも思わず……」

京華「気にしなくても構いませんわ、何しろ娘ですら気付いてないのですから。」

透華「うっ……今でもお母様というのは半信半疑ですわ……」

透華「それで、わざわざキッチンに呼んだのはどういう用件ですの?」

透華「お小言を頂くにしても、感動の再会と言うにしてもここにする意味が……」

京華「龍門渕に連なる女に教えておかないといけない事があるんですわ。」

衣「……!シチューか。」

京華「ご明察ですわ。」



――――――
――――
――



京華「出来ましたわ、味見して御覧なさい。」

衣「これは……」

衣「母君が作ってくれたシチューと同じ味……」

京華「それはそうですわ、代々我が龍門渕家に伝わる秘伝のレシピですもの。」

衣「伯母君が母君に教えたのですね……」

京華「正しくは、私たちのお母様が、ですわね。」

京華「更にこれに代を追うごとに隠し味が追加されていくのですわ。」

京華「だから貴女達もご自分で隠し味を足していくのですのよ。」





衣「あの、伯母君……」

京華「なんでしょう、衣ちゃん。」

衣「きょうたろーは今どうなっている、んですか?」

京華「少し寝ているだけですわ。」

京華「それに、もう、私が出てくることもないでしょう。」

透華「そうなんですの……」

京華「私が出てきたことで、彼の生活に支障が出てきていますもの。」

京華「だから、シチューのレシピを教えておきたくて。」

衣「もしかして、あの時のシチューは……」

京華「……私からは以上ですわ。」

京華「それでは彼のことをよろしくお願いしますわ。」

透華「ちょ、ちょっと、お母様!?」





彼の部屋に着いたあと、成すべきことを成す。

携帯電話を使い、この間彼が貰った番号にかける。

コールが一回、二回、三回と鳴ったあと番号先に繋がった。





良子『ハロー、こちら戒能です。』

京華「龍門渕ですが、今お時間よろしくて?」

良子『……ああ、憑いてた方ですねー、大丈夫ですよー。』

良子『それで、どんなご用件ですかー?』

京華「私を、彼岸に送ってほしいのですわ。」

良子『……いいんですか?』

京華「ええ、もう、この世に留まる未練もありませんから……」

良子『オーケー、送る日はいつにしますか?』

京華「明日の晩にお願いしますわ。」

良子『トゥモローのイブニングですねー。』

京華「こちらから向かいの者を送ります。」

良子『それでは以上ですかー?』

良子『お別れはきちんとしといた方が良いですよー。』

京華「ええ、わかりましたわ、それでは御機嫌よう。」

良子『グッバーイ。』




慣れない携帯電話の通話を切る。

そのあと、頭の中、いえ、本来の持ち主の声が聞こえました。


京太郎「いいんですか?」

京華「本来の役目は終わりましたし、私の我が侭も聞いてもらえました。」

京華「これ以上は貴方の迷惑になりますわ。」

京太郎「迷惑なんかじゃ……」

京華「体は正直ですわよ、それに……」

京華「貴方はもう私が居なくても大丈夫ですわ。」

京太郎「龍門渕さん……」

京華「それと、私が言うのもなんですが、透華や衣ちゃんをよろしくね。」

京太郎「……はい。」

京華「ふふ、本来だったらお願いする人が逆のはずですわね……」

京太郎「どういうことですか……?」

京華「そろそろわかるはずですわ。」

京華「それではお休みなさい。」

京太郎「ちょ、ちょっと!?」


目が覚めると俺はベッドの上に横たわっていた。

今まで半分夢を見ているような感覚だったが、恐らく現実に起こったことだと思う。

京華さんが今まで言ったことを思い出す。

そして違和感を覚えた。

確信までとは到らないが……





やがて日は昇り、京華さんとの奇妙な同居生活は今日が最後の日となった。

軽く身を整えた後、朝食を取る為に食堂に集まった時に事を伝える。

そこには義祖父と義父の姿は無かったが、それは後で伝えれば良いことだ。




京太郎「透華さん、衣さん、後で時間を貰っても良いですか?」

透華「なんでしょうか?」

京太郎「京華さんの事に関してです。」

衣「ふむ、衣は構わないぞ。」

透華「……わかりましたわ。」





今、この部屋には京華さんと面識がある5人と俺がいる。

昨日あった出来事、というか会話に関して切り出す。


京太郎「昨晩、京華さんがお別れをしたいと言って来ました。」

透華「…………」

衣「……そうか。」

透華祖父「どういう意味かね?京華がお別れとは……」

透華父「お義父さん、彼の体には京華さんの魂が入っているようなんです。」

透華祖父「……そうか。」

京太郎「えっと、話を続けても?」

透華祖父「ああ、すまんな、話の腰を折ってしまって。」

京太郎「それで、今日の夜、戒能良子さんという女子麻雀プロが来ます。」

京太郎「そこで、多分、京華さんとはお別れです。」

京太郎「だからここにいる人たちには出来れば同席してほしいんです。」

京太郎「本当に最後のお別れになると思いますから。」

透華祖父「……わかった。」

透華父「私も時間を空けておくよ。」

透華「わかりましたわ。」

衣「衣も心得た。」

京太郎「戒能プロには迎えを送ると言ってあります。」

ハギヨシ「それでは私がお迎えに上がります。」

京太郎「……俺もついていきます、面識があるのは俺だけなので。」





そして午後、再度電話で待ち合わせ場所を決めて、戒能プロと落ち合う。

リムジンに乗って家に向かう途中、少し会話を交わす。


京太郎「あの戒能プロ、少し聞いて良いですか?」

良子「答えられるクエスチョンなら答えるよー。」

京太郎「京華さんを送る方法ってどういうのですか?」

良子「う~ん、相手に変わるけど今回は麻雀卓があればオーケー。」

京太郎「京華さんに麻雀をやらせるんですか?」

良子「ん~、ちょっと違うかなー。」

良子「ゴーストが物に触れられるわけじゃないし。」

京太郎「全然意味がわからないです……」

良子「やればわかるよ。」

ハギヨシ「お二方、屋敷に到着いたしました。」


話をそこで切り上げて、卓がある部屋に人をを集める。

今部屋に居るのは、

透華さん、衣さん、ハギヨシさん、お義父さん、お義祖父さん、戒能プロ

そして俺だ。





良子「それでは、送別会をします。」

透華「一体何をすればいいんですの?」

良子「見た通り、麻雀ですよー。」

良子「と言っても、手積みでですがー。」

良子「勝ち負けとか気にしなくていいのでー。」

良子「あ、そうだ、注意点を強いて言うなら洗牌(シーパイ)を長めに行ってください。」



最初は戒能プロ、ハギヨシさん、衣さんと俺が入った。

戒能プロが俺の後ろに一度立ち、背中を軽く叩きながら、

「スリープしてください。」と言った。

そして俺は半分寝ながら半分起きている状態になる。


「では、打ちましょうか。」


誰かが放ったその言葉で別れの闘牌は始まった。







河が凍りつく、きょうたろーが本気だと言う事だ。

しかし場に流れる寒気は苦しくない、寧ろ心地好いくらいだ。

ちゃんと己を律することが出来てる証拠である。

確かにこの対局は勝ち負けは関係ない。

だが本気で打つことに意味がある。

だから衣も全身全霊で打つ。






衣「海底ツモ、2000・4000。」

衣「伯母君、衣は家族も莫逆の友も得ました。」

衣「ですから、心配は無用です。」

京華「そうですわね、少し安心しておりますわ。」

衣「伯母君、もし父君と母君に逢ったら、衣は息災だとお伝えください。」

京華「わかりましたわ……」





洗牌でジャラジャラと音が鳴る。

そのあと牌を集めて積んでいく。

一体これにどんな意味が含まれているのだろうか。





京太郎「あの、戒能プロ、洗牌に一体どんな意味が?」

良子「麻雀の起源はチャイナだということを知っていますかー?」

京太郎「ええ、まあ。」

良子「今でもチャイナでは葬式のときに麻雀をやるところがあるんですが。」

良子「これは洗牌の音が亡くなった方にとって縁起の良い音なんですよー。」

良子「だから、今回は麻雀にしたんですねー。」

京太郎「そんな理由があったんですか……」


それから打っては和了り、和了ったら洗うを繰り返していた。

そしてオーラスに差し掛かった。





京太郎「…………」

京華(どうしましたか?)

京太郎(いえ、貴女はどんな力があるのかと思って……)

京華(ふふ、そうですわね、今からお教えしますわ。)





牌が卓を叩く音が暫く続いたあと、声が上がる。


「ポン」


戒能プロだった。

しかも俺の牌を鳴かれたのだ。

ツモ順が変わり、海底牌は俺に回ってきた。





衣「!?」

京華「海底ツモ、えっと……」

京太郎「……3000・6000です。」


俺も驚いたが、多分これが京華さんの力。

俺とは違う水の力。

衣さんとも透華さんとも違う。





京華「これが私の力ですわ……」

京華「どんな形にも変わり、どんな相手でも対応する。」

京華「一歩引いた場所で目立たずに謙虚でいて。」

京華「そして力の掛け方次第で岩をも穿つ濁流にもなりますわ。」

衣「上善如水、ですか。」

京華「誰かさんにも覚えておいて欲しい言葉ですわね。」

透華「うっ……お母様に言われると耳が痛いですわ……」





席と面子が変わる。

お義祖父さん、お義父さん、透華さんと京華さん(俺)になった。

全員が席に着いた時、お義祖父さんがぼそりと呟いた。


「まさか、親子代々の面子で打つとはな……」


折りしも成長した透華さんと、透華さんから見たら母親、父親、祖父と一緒に打つのだ。

何か感慨深いものがある。

慣れない手つきで打つ人も居れば、静かに打つ人も居る。

正にその場は明鏡止水という言葉が合っていた。

何も起きず、ただただ静かに打っていた。





「そろそろ、お別れですわね。」





その言葉が聞こえた後、体からすうっと、何かが抜けた気がした。

ああ、もう往ってしまうんですね。

会話は十分した、と。

お別れの挨拶も十二分にした、と。

さようなら、京華さん。

今まで守ってくれてありがとうございました。





「終わりましたわね……」


「ああ、あの子のことだ、きっとこういうことになると思っていた。」


「京華さん……僕はまだ、貴女と話していたかったな……」





名残惜しむ残された人たちの言葉が虚空へと流されていった。

暫くの静寂が続いたあと、固く閉ざされていたお義祖父さんの口が開かれる。


「済まないが、京太郎君に向かって貰いたい所があるんだ。」

「そこには君が知りたいことがあるはずだ。」


「一体どこへ……」


「君が、夜に向かう所は一つだろう?」


「……わかりました。」





そして向かう、いつもの夜に、いつものあの場所へ。

そこには金色の髪が風に靡いていた。





「誰、ですか?」


「今晩は、私ですわ。」


「今晩は、でも聞きたいのはそういうことじゃないんです。」


「……何が聞きたいのかしら。」





「俺は最初、出会った時のことを考えて、貴女が京華さんだと思っていました。」

「でも乗り移られたとしても、霊感のない俺には現実で幽霊なんて見えっこないんです。」

「ましてや、触る事も、膝枕なんてこともできません。」

「他にも、衣さんの呼び方、京華さんは「衣ちゃん」と呼びますが、貴女は「衣」と呼び捨てにしていた。」

「それで気付きました、貴女と京華さんは似ているけど別人だと。」

「龍門渕さん、貴女は一体誰なんですか……」





「……そうですか、気付いてしまいましたのね。」

「本当は私の口から明かすつもりでしたが……仕方ないですわね。」

「私は、私の名前は龍門渕……」



















  「龍門渕透華ですわ。」













京太郎「貴女が透華さん?……どういうことですか?」


「といっても、少し先の未来の透華ですわ。」

「今から未来の私はとある男性と付き合っていましたの。」

「ですが私のお父様はそれを良く思わなかったのでしょう。」

「あまりにも身分違いの恋愛でしたもの。」

「仲を引き裂かれる前に私たちは駆け落ち同然でタイムマシンに乗りましたの。」


京太郎「タイムマシンってそんな絵空事みたいな話……」


「今と違って科学も進歩しましたがタイムマシンなんて物は普及されるものではありませんの。」

「だから龍門渕が開発していた試作品を使ったのですわ。」

「そして何とか逃げ延びた私たちは、とある家で住み込みで働きながら匿ってもらいましたの。」





京太郎「二人とも住み込みで働いてたんですか。」


「ええ、私は家政婦を、あの人は執事をしておりましたわ。」

「匿って下さった方はとても気の良い老人でしたわね。」

「老衰の為、亡くなられてしまいましたが、私たちのために屋敷を残してくれました。」

「それから私がその家の主人となり、子供も出来、全てが順風満帆でしたわ。」

「ですがそのあとに事件が起きたのです。」


京太郎「何があったんですか?」


「賊、というより、お父様からの追っ手が来ましたの。」

「それで私は元居た時代に連れ戻されましたわ。」





京太郎「旦那さんはどうなったんですか?」


「分かりませんわ……私が連れ戻された時に離れ離れになりましたもの。」

「ただそのとき身篭った子を、衣の時のように幽閉されないためにも、再び時を越えて、とある病院で赤ちゃんを産みました。」

「その時、お母様のペンダントを赤ちゃんに持たせて……」

「元の時代に戻った時に気付きましたわ……名前も付けてあげられなかったその子に出会っていたことを……」

「……ごめんなさい……こんな薄情な、母親で……」





透華さんは涙を流していた。

過去の自分がした行動が、未だに自分を苛んでいるのだろう。

それに対して、俺は……何も言えなかった。


「どうか、透華を責めないでやってくれ……」





影から男の声が聞こえてきた。

声の主はゆっくりこちらにやってきて、透華さんを頭を撫でる。


「お祖父様……」




京太郎「どうして……」

透華祖父「言っただろう、『君の母親に頼まれた』と……」

透華祖父「二人の君の母親から頼まれていたんだよ……」

透華祖父「一人は君の育ての親から、そしてもう一人は生みの親から。」

透華祖父「……なんという巡り合わせだろうな。」

透華祖父「君と同じ日に生まれた私の子供が、君から見たら大叔父に当たるなんてな……」

京太郎「…………」

透華祖父「氷は水より出でて水よりも寒し、と言うが、子供が親を超えること、子供が無事成長する事を親は願うものだ。」

透華祖父「例えそれが、どんな形だとしても……」

京太郎「すいません、やっぱりまだ、俺は……」

京太郎「透華さんの事を、母親と呼ぶ事はできない。」

透華「……そうですわよね、今更母親面なんてする資格なんて、私には……」





俺の言葉を受けた透華さんが、申し訳なさそうな暗い顔をした。

直ぐ様、俺は言葉を続けた。


京太郎「違うんです……"まだ"呼べないだけです。」

京太郎「ですから、時間を下さい。」

京太郎「俺が、透華さんを自然に"母さん"と呼べるようになるまで……」

透華「……幾らでも待てますわ、今までずっと待ってたんですもの。」

透華「……そろそろ、私も戻りますわ……元の時代に。」

京太郎「……透華さん。」

透華「……なんでしょう。」

京太郎「透華さんはもっと、きちんとお義父さんと話すべきです。」

京太郎「多分、透華さんは勘違いしていると思うから……」

透華「お父様と、ですか……」

京太郎「京華さんと一緒に居たから、わかるんです。」

京太郎「透華さんのお父さんは家族に固執していて、行き過ぎているところはあるけど、ちゃんと愛情がある人なんです。」

京太郎「だから、透華さんもお義父さんと向き合ってください……」

京太郎「貴女と貴女のお父さんは……家族、なんですから……」

透華「そう、ですわね……」

透華「もう一度ちゃんと話してみますわ……」

透華「京太郎が安心して我が家に帰れるようにするためにも……」

透華祖父「透華、こっちはこっちで上手くやる、だから京太郎君の事は安心しなさい。」

透華「元より心配しておりませんわ、私の未来は明るいですもの。」


透華さんは笑顔でその言葉を残して、去っていった。





透華祖父「行ってしまったな。」

京太郎「ええ……」

透華祖父「……君は、ここに咲いている花の名前を知っているかね?」

京太郎「エゾムラサキ、じゃないんですよね?」

透華祖父「ああ、勿忘草(ワスレナグサ)と言うんだ。」

透華祖父「花言葉は『私を忘れないで』と『真実の愛』。」

京太郎「案外、曾御祖父さんってロマンチストなんですね。」

透華祖父「はは、京華と透華がこの花を好きな理由は、肺の病気に効果があるからだそうだよ。」

京太郎「俺を育ててくれた母さんも、京華さんも、肺で亡くなったんでしたよね……」

京太郎「愛する二人を失った貴方は、辛くないんですか……」

透華祖父「……辛くないと言えば嘘になるが、それ以上に楽しかった思い出があるからな。」

透華祖父「君も、そうだろう?」

京太郎「……ええ。」

京太郎「あの、俺を透華さんのお父さんの養子にしたのってやっぱり……」

透華祖父「……まだ君を産んでいない透華を母親にするわけにもいかないだろう。」

京太郎「こっち透華さんはまだ、高校二年生でしたね……」

透華祖父「……そろそろ戻ろうか、老体に夜風は堪える。」





いつかは俺も、曾お爺さんのように辛かった事を思い出へと昇華することが出来るのだろうか。

いつかは、透華さんを母さんと呼べる日が来るのだろう。

そして、いつか、俺にも家族を作る事が出来るのだろう。

そんな事を思いながら、大切な記憶をアルバムに仕舞いこむ。

ちゃんと心の栞を挟んで。





――数年後――


純「透華、京太郎がそろそろ東京から帰ってくる頃だな。」


透華「ええ、久しぶりに帰って来るから楽しみですわ。」


衣「うむ、衣も一日千秋の想いで待っていたぞ。」


京太郎「龍門渕京太郎!ただいま戻りました!」


一「お帰りなさい、東京の方はどうだったの?」


京太郎「大学で経営学んだけど中々難しいですねー。」


智紀「簡単だったら誰もが起業してる。」


透華「……京太郎。」


京太郎「……えっと。」









「ただいま、母さん。」


「おかえりなさい、京太郎君。」


カンッ!