前回 


衣「皇都だ江都だトウキョウだ!」

純「衣、はしゃいでんなー。」

京太郎「ええ、お菓子の元気ですね。」

純「お菓子の一つ二つ取られたくらいで男らしくないぞ。」

京太郎「ええ、でも俺に回らないとは思いませんでした。」

純「……ドンマイだ。」



ハギヨシさんが運転する車に乗せられて東京までやってきたんだが。

途中、純さんにポッキーを取られ。

一さんにトッポを取られ。

衣さんにはアルフォートをねだられた。

俺におやつは残らなかったとさ。






清澄のところへ行って、透華さんが勢いよく扉を開ける。


透華「清澄の皆様!龍門渕透華が応援に来ましたわ!」

久「あら、ありがとう。」

衣「ノノカ~!咲~!」

和「天江さん、合宿以来ですね。」

京太郎「よっ!咲、元気にしてたか?」

咲「京ちゃんこそ新しい学校はどう?」

優希「ノッポも来てたのか!」

純「なんだよ、来ちゃ悪いかー?」

智紀「みんな元気そう。」

まこ「おまえさんらもげんきそうじゃな。」

一「賑やかだね~ボクも混ぜてもらおうかな。」





それぞれ、各々と話しだしていた。


咲「もう、京ちゃんが居なくなって大変だったんだよ?」

京太郎「どうせ荷物を一人じゃ持てなかったとかだろ?」

咲「それだけじゃないよ、優希ちゃんが荒れて大変だったんだから。」

京太郎「タコスが切れたくらいで荒れるって……」

咲「京ちゃんの名前呼んでたよ。」

京太郎「呼んでも行けねぇって。」

咲「少しは強くなった?」

京太郎「まぁな、衣さんや透華さん達がコーチしてくれてるからさ。」

咲「ふ~ん、じゃあ今度一緒に打とうよ、京ちゃんの成長具合を確かめてあげる。」

京太郎「あんまりにも成長し過ぎててびっくりするなよ?」

咲「京ちゃん程度なら楽勝だよ。」

京太郎「言いやがったな?後で吠え面かかせてやる。」

京太郎「……まぁ、打つにしても卓無いとどうしようもないけど。」

咲「あ、そういえば全自動卓って重いんだね、私一人じゃ持てなかったよ。」

京太郎「ああ、あれ大体40~50kgくらいあるからな。」

咲「京ちゃんは前にそれを持って旅館まで運んだんだよね。」

京太郎「あれはさすがにきつかった。」

久「ホント、今回の荷物重かったわ。」

京太郎「あ、ぶちょ、じゃなくてええっと竹井さん、お久しぶりです。」

久「……そうね、もう須賀君は、清澄じゃなくて龍門渕の生徒なのよね。」

京太郎「ええ、そしてもう、須賀でもないんですよ。」

久「龍門渕君って言った方がいいのよね……変な感じよね、苗字が変わるのって。」

京太郎「最近は慣れてきましたけどね。」

京太郎「そういえば竹井さん、抽選のとき緊張してましたね。」

久「あれは忘れてちょうだい……最初で最後のインハイだから少しおかしかったの。」

京太郎「意外な一面を見れて面白かったですよ。」





一日目だが、竹井さんがはっちゃけて終了した。

あの後、咲たちに「一回戦突破おめでとう」と言いに行ったのだが……


咲「ねえ京ちゃん、私と打とうよ。」


咲は自分の番まで回って来なかったせいか打ちたがっていた。


京太郎「そんなに打てなかったのが悔しいのか。」

咲「それもあるけど京ちゃんがどこまで上達したか知りたいの。」

京太郎「俺の腕にビビルなよ?」

咲「ふーん、京ちゃんには負けませんよーだ。」

衣「衣も咲と打つぞ!」

まこ「わしも入れてもらおうかの。」

和「あの、私も打ちたいんですけど……」

透華「それなら私と打つと良いですわ!」

和「……わかりました。」

和(本当は咲さんと同じ卓に入りたかったのですが……)





「出し惜しみはしねぇ、最初から本気で行くぜ。」

「京ちゃん、少しは強くなったんだよね?」

「衣がいることを忘れてもらっては困るぞ。」

「わし、今回空気じゃのう……」


フラストが貯まった咲との半荘開始である。


「ポン」

「カン」

「リンシャンツモ、1200・2300。」


「ツモ、1300・2600……だったっけ?」

「それであってるよ、京ちゃん。」


「ハイテイツモ、2600オールだ。」


「ロン、7700じゃ。」


収まってみればなんて事はなく、俺は振込み、責任払いもなかったが和了も少ないので3位だった。


咲「京ちゃん、腕上がったね。」

京太郎「まあ優秀な先生に教えてもらっているからな。」

衣「フフン!当たり前だ!」


俺の言葉を聞いて上機嫌な衣さんはさておき、咲は何かうれしそうな顔をしていた。





咲「京ちゃんの力って面白いな~、牌が凍ってたよ?誰かに教えてもらったの?」

衣「きょうたろーの氷の力は天賊のものだがを発展させたのは衣だぞ!」エヘン!

京太郎「ま、そんなとこ、基本は透華さんに教えてもらったんだけどな。」

咲「へぇ~。」


ピリリリリリ……

携帯が無機質な音を立てて鳴る。


京太郎「っと、わりい。」


適当に謝って携帯のディスプレイを覗く。


京太郎「ん?母さんからのメール?」


《京太郎へ、今母さんはここに居ます。》


京太郎「画像ファイル?」

京太郎「…………」

京太郎「ここって……!」

透華「京太郎、どうしましたの?」


丁度対局が終わった透華さんが俺の顔を見て怪訝な顔をする。


京太郎「すいません、ちょっと用事があるので出てきます!」

透華「ちょっと!?京太郎!?」

咲「京ちゃん!?」


俺は会場を飛び出していた。




メールで届いた地図を頼りに母さんが居る場所に辿りつく。

白い建物の白い部屋の中に母さんは居た。





嘘だろ、なんで俺の母親が呼吸器に繋がれてるんだよ……





須賀母「京太郎?」

京太郎「母さん、どうしてこんなことに……」

須賀母「京太郎元気?」

京太郎「母さん……」

須賀母「新しい家族とは上手くやってる?」

京太郎「母さん!」

須賀母「…………」

京太郎「どうしてここにいるんだよ……」

須賀母「……母さん、実はね、肺癌なの。」

京太郎「!!」



須賀母「京太郎が龍門渕に行く前にはもう末期だったわ。」

京太郎「嘘だろ……」

須賀母「だから、龍門渕さんに頼んで、あんたを引き取ってもらう話をしたのよ。」

京太郎「どうして……黙ってたんだよ……」

須賀母「だって言ったら、あんた心配するでしょ?」

須賀母「だから海外に行くって嘘を言ったのよ。」

京太郎「『メールとか電話出来ないことも多い』っていうのはそういうことかよ……」

京太郎「確かに出来ないよな……」

須賀母「病院内じゃ滅多に携帯電話使えないもの。」

須賀母「……本当はあんたには死ぬまで隠すつもりだったんだけどね。」

須賀母「そのために龍門渕さんにここの病院を紹介して貰ったんだし。」

須賀母「でもさ、京太郎からのメール見たら……つい会いたくなっちゃった。」

京太郎「…………」




俺は何も知らず、何も疑わず、ただ母親の言葉を鵜呑みにしていたんだろうな……

親が苦しんでいるのも知らずに、自分に与えられた境遇、環境に意識が行って。

母親が何故、俺と離れるのを考えもしなかった。





心配掛けないように。

心の負担にならない様に。

そして、自分のことでかかずらわないように。





そう思ってのことだろう。

でも死期を悟った母親として、息子の顔を一目見ておきたいと、感情が囁いてしまったのだろう。





須賀母「ねぇ、もっと京太郎のことを話して……」

京太郎「ああ、今日さ、咲と麻雀したんだ……」


自分の声が震えているのが分かる。

自分の母親が痩せ衰え、医療用の細長いチューブに繋がれている痛ましい姿を見て、「気丈にふるわなければ」と思いながらも……


現実を直視できない。




母さんと離れた後の事を。

色々話して。

話して。

話して……


面会時間ギリギリまで教えた。





京太郎「明日、また来るから……」

須賀母「無理しなくて良いよ。」

京太郎「……母さん、俺、来るから。」

京太郎「また、来るから……」

須賀母「……そう。」


短くそう呟くと部屋の扉は閉まっていった。

最期くらいは息子孝行してやりたい。

最期くらいは看ていたい。

最期くらいは一緒に居たい。




透華さんが泊まっているホテルに着くと、ハギヨシさんが待っていた。


ハギヨシ「京太郎様……」

京太郎「ハギヨシさんは知っていたんですか……」

ハギヨシ「…………」


ハギヨシさんは何も応えない。





京太郎「……俺、何も知らなかった。」

京太郎「母さんが苦しんでいた事も、その上で俺を送り出した事も……」

京太郎「俺、何も知らなかった……」

京太郎「何も、何も知らなかった……」


自分がガキで、親の気持ちも汲み取れず、ただただ無力で無思案な自分を憾めんで、握り締めた拳が痛い。





ハギヨシ「申し訳ありません、京太郎様のお母様のご意思がありましたので……」

ハギヨシ「さあ、お部屋をご用意しております。」


案内された部屋で、俺は自分の愚かさ悔いながら寝た。





それから数日、母さんの病室で咲の対戦を見ながら思い出話に花を咲かせる。


京太郎「―――で咲ってば麻雀強い事を隠していたんだぜ?」

京太郎「しかもお年玉取られたくないからって理由で。」


他愛もない話をしながら気分を紛らわす。





須賀母「ねえ京太郎。」

京太郎「ん?なんだ母さん?」

須賀母「あんた、今幸せ?」

京太郎「……母さんが元気になってくれたら幸せかな。」

須賀母「……咲ちゃん、お姉さんと仲直り出来ると良いね。」

京太郎「……そうだな。」


自分の体の心配しろよ、母さん。

俺の友達の心配じゃなくてさ……





須賀母「咲ちゃん良い子だよね……」

京太郎「気弱で引っ込み思案でちんちくりんだけどな。」

須賀母「あんたにはわからないかも知れないけど、良い子だよ~。」

京太郎「は?」

須賀母「同じ女だからわかるもの。」

京太郎「俺にはわかんねぇよ。」


母さんが何を言いたいのか俺には分からなかった。





京太郎「それじゃあ母さん、また明日来るよ。」

須賀母「咲ちゃんと仲良くね。」

「ああ。」


声が掠れて届いたか分からないが、確かに言った。


帰り道、ハギヨシさんが迎えに来ていた。

ハギヨシさんはゆっくりと御辞儀すると俺を車に乗せた。



ああ、明日決勝だけど咲の奴ちゃんとお姉さんと仲直りできるのかな……


出来なかったらまた俺の出番かな……




恒子「ついにやって参りました!決勝戦!」

恒子「この大将戦で全国の頂点が決まります!」


頑張れよ、咲。

お前がお姉さんと仲直りできるかはお前次第なんだからな……


――――――
――――
――

恒子「決まったー!!清澄!白糸台を捲くっての一位!」

恒子「初参加での快挙!誰がこんな状況を予想したでしょうか!?」





咲「お姉ちゃん……」

照「…………咲。」

咲「私、お姉ちゃんと仲直りしたくてここまで来た。」

照「…………」

咲「またお姉ちゃんと笑える日々を想ってここまで上り詰めたよ。」

照「…………」

咲「だから、お姉ちゃん……」

照「悪いが咲、私はまだ……」

咲「お姉ちゃん……」

咲「行っちゃった……」

咲「お姉ちゃん、行っちゃった……」

咲「……ウ……グッ……仲直り……ヒッ……もう……できないの……かな……」





咲は泣き崩れていた。

結局今までしてきた事は無駄だったのかと。

俺は……咲のために何をしてやれた?

そしてこれから何をしてやれる?

目の前で泣いている女の子に何をしてやれる?

考えても、考えても、ちっぽけな頭じゃ分からない。





そして漸くちっぽけな頭で捻り出した作戦を敢行してみようと思う。

それにはまず、あの人に協力を仰がないと。



京太郎「染谷先輩、話があるんですけど……」

まこ「なんじゃ、京太郎。」

――――――
――――
――

京太郎「――ということでお願いします。」

まこ「うん、まぁ、なんとかしちゃるけぇ。」

京太郎「ありがとうございます、染谷先輩。」


先輩に協力してもらえばなんとかなるだろう。

対価は俺の信用。

俺の信用なんて咲の幸せに比べればちっぽけなもんだ。




まこ「咲、ちょっと付き合ってくれんか?」

咲「……え。」

まこ「泣いたあとは喉が渇くじゃろう。」

まこ「じゃから自販機まで飲み物を買いについてこい。」

咲「あ……はい。」

咲(染谷先輩は私に気を使ってくれているんだよね。)

――――――
――――
――


まこ「咲、何飲む?」

咲「何でも構いません。」

まこ「そうか……っとすまん、財布忘れ取った、ちょっとここで待っとれ。」

咲「はい……」




「咲?こんなところでどうしたんだよ?」


「京ちゃん……」


「湿気た面してんなぁ。」


今は例え京ちゃんでも会いたくないのに……





咲「うん、ちょっとね……」

京太郎「お姉さんと上手く仲直り出来なかったんだろ?」

咲「……うん。」


なんでわかるかなぁ……

京ちゃんって人の機微に敏いよね。


京太郎「咲、お前ここで仲直りできなかったんだ、多分これからもお姉さんとは仲直りできねぇよ。」


ねぇ、京ちゃん、なんでそんなこと言うの?

京ちゃんはいつでも私の事を励ましてくれたでしょ……


京太郎「仲直りなんてお前には元々無理だったんだよ。」


京ちゃん、京ちゃんはそんな事言わないでしょ。


京太郎「だから俺が慰めてやるよ。」





なんかへんだよきょうちゃん……

いつもとおかしいよ。


京太郎「なあいいだろう?」


なにがいいの?


京太郎「俺、咲のこと好きだったんだ。」


スキ?スキってなに?


京太郎「俺、もうダメなんだ。」


ナニガダメナノ?


京太郎「だから抱きたいんだ、咲を。」





だめだよ、私、お姉ちゃんに捨てられちゃったもん。

京ちゃんが私の上着の裾に手を入れてくる……

いやだ。

いやだ。

いやだいやだいやだ!

こんなの京ちゃんじゃない!


咲「いや!やめてよ京ちゃん!」





怖い。

いつもの京ちゃんじゃない。

いつもの京ちゃんはどこ?

いつもの京ちゃんを返して。

怖いよ、京ちゃん。

助けてよ誰か。

誰か私を助けてよ!






咲、俺を思いっきり悪者にしてくれ。

俺を思いっきり嫌ってくれ。

俺を思いっきり軽蔑してくれ。

俺は悪者で構わないんだ。





助けて誰か。

「お姉ちゃん!助けて!」





「貴様!!"私の妹”に何をしている!?」




ああ間に合った。

ていうか俺これから殴られんだろうけど、遅いよ咲のおねえさん。







照「私の妹から手を離せぇ!」


いってえ……

女の人でも助走付けて打ん殴られたら痛いのな。





照「咲!大丈夫か!」

咲「……う、うん、お姉ちゃんが来てくれたから……」





ぶっ倒れた俺、泣きじゃくる咲、抱きしめる照さん。

見事に俺が悪者の図。


まこ「……一体何が起こったんじゃ?」


そこにタイミングよく染谷先輩登場。




照「そこの男が妹を襲おうとしていた。」

まこ「……ああ、なんとなくわかったわい。」

まこ「じゃけぇ、このカバチはわしがなんとかしとくから、お姉さんは咲についとってくんさい。」





ずるずると引きずられながら移動する。


まこ「さて、そろそろ狸寝入りやめて自分で歩け。」

京太郎「あ、ばれてました?俺の中では懇親の演技だと思ってたんですが。」

まこ「京太郎のは懇親の演技と言うより、精々根菜の演技じゃ。」

京太郎「大根役者ってことですか……」

まこ「それでもあの二人を取り持つには十分だったみたいじゃがのう。」

京太郎「あー……次から咲と顔を会わせ難いですよ……」

まこ「安心せい、そこはわしがフォローしといちゃるけぇ。」

京太郎「ありがとうございます、染谷先輩。」






「それにしてもおぬしは不器用じゃのう。」


「これが俺の性分ですから。」

「それじゃあ後は頼みます。」


「まかせんしゃい。」


染谷先輩にそう言って俺は母さんのところへ向かう。





京太郎「母さん、俺ちょっと俳優やろうとしたら大根だって言われたよ。」

須賀母「あんた嘘は直ぐ顔に出るもんね。」

京太郎「マジか……」

須賀母「まぁいいんじゃないか?誰かのために踊ったんだろ?」

京太郎「俳優はダメでも道化ならなんとかなったかな……」

須賀母「あんたとことんバカだね。」

京太郎「ひっでぇ、息子に言う事かよ。」

須賀母「ははは、バカにはバカと言っておくわよ。」

須賀母「あんたの今後の為にもね。」




京太郎「んじゃまた明日来るよ。」

須賀母「無理すんじゃないわよ。」

京太郎「してねぇって。」



今日もまた母さんの話相手をする。


京太郎「先輩から聞いたんだけど咲とお姉さん仲直りしたんだってさ。」

須賀母「そう、よかったね、あんたの苦労も報われるね。」

京太郎「ああ、咲の方もやっと落ち着いたな。」

須賀母「ねぇ、あたしが死ぬ前にあんたに言っとかないといけないことがある。」

京太郎「っ!……死ぬとか縁起でもないこと言うなよ。」

須賀母「いいから聞きな。」

京太郎「……わかった。」




須賀母「あたしとあんた、実は血が繋がってないのよ。」

京太郎「は!?」

須賀母「あたしね、実は龍門渕さんと関係持ってたとき赤ちゃん産んだんだけどさ……」

須賀母「生まれたあと赤ちゃんの体が弱くて直ぐに死んじゃってたんだ。」

須賀母「今でも「丈夫な体に産んであげられなくてごめんね」って思ってる。」

京太郎「…………」

須賀母「でもその時は死んじゃってた事に気付かなかったんだ。」

須賀母「赤ちゃん、取り違えられてたんだもん。」

須賀母「なによりあんた、あの人にどことなく似ていたし。」

須賀母「看護婦さんには「須賀さんのお子さんです」って言われたんだけど。」

須賀母「勿論、そんなのありえっこないってわかってた。」

須賀母「ありえっこないって、わかってたんだけど、その嘘に縋っちゃったんだよ……」

須賀母「自分の赤ちゃんが死んじゃってた事を認めたくなくて。」

京太郎「……もしかしてそれが……俺?」

須賀母「そう、あんた。」

須賀母「正直、あたしに育てられるのかって色々不安が有ったんだけど。」

須賀母「何とかなるもんだね。」

須賀母「あたしはさ、あんたと一緒に居た時間は忘れない。」

京太郎「…………」

須賀母「京太郎、あんたとは血の繋がりはないけど、あたしは本当の息子だと思っているから。」

須賀母「大変だったけど、楽しかったわ、京太郎と一緒に過ごした人生は……」

京太郎「母さん、俺もだよ……俺も、楽しかった。」

須賀母「悔いなんて無いけどさ、もう少し京太郎と居たかったなぁ……」





俺の手の中にあった、俺の手を掴んでいた力が抜けた……


京太郎「母さん……母さん……?」

京太郎「おい、何とか言ってくれよ、母さん……」






京太郎「かあああさああぁぁぁん!」






ナース「どうしましたか!?須賀さん!」

ナース「先生、直ぐに来てください!須賀さんの容体が急変しました!」




先生が駆けつけ、何かやっていた。

俺には何をやっているかわからなかった。

ただ、俺は現実を受け入れられず、立ち尽くしていた。






やがて全てが終わり。

先生の言葉を聞いたあと。

ベッドを揺らした時。

母さんは『物』になってしまったんだと思った。

ここに母さんの魂はない。

母さんの遺体は抜け殻なんだ。






透華さんのお祖父さんから電話があった。

母さんに何かあったとき、連絡が行くようにしてあったらしい。


「今からそっちに行く、後は私に任せてくれ。」


電話口からそう聞こえた後、通話が切れた。




動かなくなった母親をずっと見ていた。


病室の扉が開く。


ハギヨシさんとお祖父さんが来ていた。

お祖父さんは何も言わずただ、母さんをじっと見つめている。

お祖父さんが母さんの髪を撫でた後、俺の方にやってきた。


透華祖父「京太郎君、後は私がやっておく、君は少し休みなさい。」


それだけ言うとお祖父さんは先生と話していた。


その後はお祖父さんと一緒に長野に戻り、葬式の準備をしていた。

咲達の応援に行っていた透華さんたちには何も言わず。


母さんの身内は居なかったそうだ。

親戚なども居なく、極少数の身内だけで通夜と告別式を行った。

身内といっても母さんと付き合いがあった人や仕事の同僚の人、それとお祖父さんとお義父さんと俺ぐらいだ。

火葬場で母さんの遺体と別れ、骨壷に入った母さんを抱きしめ、墓に向かう。

この納骨式が終わったら、何をするか考えてなかった。

何も考えられなかった。

不思議と母さんが亡くなってから今まで泣く事もなかった。

ただ心が、感情が、麻痺しているような感じだった……

坊さんの読経と喪主をやってくれたお祖父さんの挨拶が終わっても、

俺は墓前で手を合わせたまま、ぼうっとしていた。




やがて脇から声が掛かる。


「もうちょっとこのままここにいるかね?」


「ええ、まだ何かよくわかんないです。」

「母さんがこの世から居なくなったことが。」

「もう、葬儀や納骨まで終わったのに……」


「……葬儀は死んだ人に対してだけ行うものではないんだ。」

「その人の死を受け入れたり、その人の死を忘れない為に、お別れする為に葬式を行う。」

「また、何度もここに来て、君のお母さんのことを思い出しに来よう。」


「はい……」





母さんが別れの間際、言ったことを思い出す。

俺はこの人と何の血の繋がりも無いのに、負んぶに抱っこで良いのだろうか。

このまま籍だけの関係で助けてもらったままでいいのだろうか。





「お祖父さん、いや龍門渕さん。」


「……なんだね。」


「どうして俺を引き取ってくれたんですか……」


「彼女から聞いたのか、君の出生を。」


「知っていたなら尚更、何で俺を……」


「……君の母親から頼まれたからだ。」

「今はまだ、それしか言えない。」


「……今はまだですか。」

「俺、家に戻ります。」

「母さんと過ごしたあの家に。」


「そうか、君も心の整理する時間が必要だろう……」

「だが、覚えておいて欲しい。」

「龍門渕家も、京太郎君、君の家であるということを。」


「……それでは失礼します。」


「…………なぁ、――華、どうかあの子のことを、見守ってやってあげてくれ。」

「あの子は今孤独と戦っている。」

「あの子は私にとっても大切な"孫"なんだ……」





鍵を開けて家に入る。

誰も居ない、久しぶりの家。

母さんとの思い出が一杯詰まった家。

思い出を追う。

家に刻まれた家の記憶を懐かしむ。

一人の家ってこんなに広かったんだな、母さん。




鍵を開けて家に入る。

誰も居ない、久しぶりの家。

母さんとの思い出が一杯詰まった家。

思い出を追う。

家に刻まれた家の記憶を懐かしむ。

一人の家ってこんなに広かったんだな、母さん。




数日家で過ごして色々と物の整理をしていた。

形見分けにはまだ早いが、それでも遺品整理しないといけない。

いつまでもここに居れるとは限らないから……

そんな中、古いものを見つける。

綺麗な青い石がはめ込まれているペンダントだ。

裏の金属のプレートには傷だらけで磨り減ってはいるが文字が彫られてあった。





「『愛し……我が……』」

「『京……へ』」

「文字が掠れていて読めないな。」





そういえば俺が小さい頃に母さんが、


「あんたが生まれたときに持っていた物よ~。」

「あんたのお守りみたいなものね。」


って言ってたな。





普通に考えて生まれたときに持っているはずないと思っていたけど。

母さんが死の間際、取り違えられていたと言っていた。

つまりどこかのタイミングで持たされていたんだろう。

だが『どのタイミングに持たされていたか』、それを聞くべき相手はもういない……


とりあえずお守りなのだから俺が持っていても構わないだろう。





ここから離れたくないな。

ちょっとだけ寝よう。

寝て、嫌な事や辛い事や楽しかった事を心の奥に深く沈めよう……





体を横たわらせ、目蓋を閉じる。

夢も何も見ない。

ただただ黒い世界が視界に広がる。

何も見えず。

何も感じない夢幻の世界。

何も無い。

ただ孤独を感じさせる黒の世界。

眼前に広がる黒、黒、黒……

起きているのか、寝ているのかすらわからなくなるくらいだ。



ふと後から暖かみが訪れる。

それと同時に後ろの方に引かれる感覚。

気付いたら目が覚めていた。

外は何時の間にか真っ暗になっていた。

腹が空いたのもあり、居間に向かう。





そこには何故か出来立てのシチューがあった。

一口食べてみて気付いた。

これは龍門渕家で食べたシチューだ。

きっとハギヨシさんが心配して作りに来たのだろう。

このシチューを作れるのはあの人ぐらいだろうから。

独りでは食いきれる量では無かったので明日もまた食べよう。




次の日の昼になり、何もする気も起きず、ただぼんやりと家の中を眺める。

家の中もそこそこ片付いた。

まだ今後のことを考えられずにいる。





ピンポーン


突如インターホンが鳴る。

久しぶりの来客か。





京太郎「はい……」

咲「あ、京ちゃん。」





ドアを開けると、咲、優希、和、透華さん、ハギヨシさんが立っていた。


少し気恥ずかしそうにしている顔の咲。

どこかむすっとした顔の和。

何ともいえない表情の優希。

心配していたのを顔に出している透華さん。

感情を読み取れないが穏やかなハギヨシさん。


珍しい取り合わせだ。





京太郎「どうしてこの面子が?」

咲「京ちゃんに会いに行ったらこっちにいるって聞いたから。」

透華「それで私たちも一緒に付いて参りましたわ。」

和「須賀君、いえ龍門渕君――」

京太郎「いや、須賀のままでいいよ。」

京太郎「今は、この家に居る間だけは須賀京太郎でいたいんだ。」

透華「…………」

京太郎「それより、立ち話もなんだし、どうぞ入ってください。」


皆を家に入れて、話を待つ。

すると咲が一番最初に切り出す。





咲「ねぇ京ちゃん、麻雀しない?」

京太郎「いいけど、家、雀卓ないぞ。」

透華「ハギヨシ。」

ハギヨシ「直ぐにお持ちいたします。」

優希「持ってくる間に犬はタコスを作るんだじょ。」

京太郎「?タコスならハギヨシさんに作ってもらった方良いんじゃないか?」

優希「いいから作るんだじょ。」

京太郎「わかったよ。」


台所に向かいタコスを作り始める。

生地や具の準備をして作り上げている内にハギヨシさんが雀卓のセッティングを終わらせたようだ。





京太郎「ほらよ、タコス出来たぜ。」

優希「うむ、大儀であった。」

ハギヨシ「こちらも整いました。」

透華「ハギヨシご苦労様です。」

透華「それで、誰々が入りますのかしら?」

優希「私はタコスがあるから今はいいんだじぇ。」

透華「では、京太郎、私、宮永咲、原村和でよろしいですわね。」

咲「それでいいです。」

和「私もそれで構いません。」

ハギヨシ「その間何か摘める物を作っております。」

ハギヨシ「京太郎様、台所をお借りします。」

京太郎「汚くて申し訳ないですが。」





和「咲さん、どうして麻雀なんですか?」

咲「こっちのほうが話せるかなって。」

和「私には、よく、わからないです。」

透華「ところで京太郎、先ほどから気になっていたのですが、そのペンダントは?」

京太郎「ああ、これは家の中を整理した時にみつけたんですけど……」

京太郎「俺が生まれた時に持っていた物らしいんです。」

京太郎「今はお守り代わりに持っているだけなんですがね。」

京太郎「それがどうかしましたか?」

透華「いえ、私もそれと似た物を持っていますので。」

透華「ちょっと気になっただけですわ。」

透華「尤も、そちらの物の方が年季が入っているようですが。」

透華「それでは打ちましょうか。」






優希「なぁ、ハギヨシさん、京太郎に何かあったんだじぇ?」

ハギヨシ「どうして、そのように思われたんですか?」

優希「私はタコスばかり食っているような女だじぇ。」

優希「だから、タコスならわかるじょ。」

優希「タコスを作ったやつの気持ちも……」

ハギヨシ「料理は人の心、ですか……」

優希「このタコス、しょっぱいじぇ……」

優希「きっと心の涙の味なんだじぇ……」

ハギヨシ「私も気を付けないとなりませんね。」

優希「執事さんでもそういうことはあるのか?」

ハギヨシ「私も人の子です、木の股から生まれたわけでもありませんので。」

ハギヨシ(おや?これは……もしかして……)

優希「……?どうしたんだじょ?」

ハギヨシ「いえ、何でもありませんよ。」







部屋には卓に叩かれる牌の音が響き渡り、みんなで打ちながら話を始める。

今までと比べ物にならないくらいに冷たい表情をした京ちゃんと一緒に……


咲「京ちゃん、私ね、お姉ちゃんと仲直りできたんだ。」

咲「その後、染谷先輩に聞いたんだけど、京ちゃんが悪役になってまで取り持ってくれたって。」

咲「ありがとうね、京ちゃん。」

京太郎「…………」

咲「またお姉ちゃんと、家族と話が出来るようになったのは京ちゃんのおかげだよ。」





和(須賀君、貴方は凄いです……)

和(私には、咲さんに嫌われる覚悟なんて出来ない……)

和(嫌われる覚悟をしてまで、咲さんのために動く勇気は持てません……)

和(須賀君がそれほど咲さんの事を想っているとは知りませんでした。)

和(でも、それでも、私は、咲さんを渡したくない。)

和(身勝手で醜い私の心ですが、例え相手が須賀君でも、引きたく、ないです……)





京太郎(家族、家族か……)

京太郎(咲は仲直りして、家族と仲直りできたみたいだけど。)

京太郎(俺は、母さんに何をしてやれたんだろうな……)

京太郎(死を悼むだけ……別れを哀しむだけだった……)

京太郎(死に逝く母さんの病を怨むこともせず、かといって誰かにそれを吐き出す事も出来ないまま……)

京太郎(俺は一体、何をしてやれたんだ……もっと出来る事はあったんじゃないのかな……)

京太郎(いっそのこと、何も考えず、何も感じないようにしてしまえば楽になれるんじゃないのか……)

京太郎(わからない、何もかもわからない、人の死の不条理なんて、わかりたくもない。)





透華「…………」

透華(京太郎、貴方は何故そこまで、凍てついた瞳をしているのですか……)

透華(それにまるで心まで凍らせたような打牌……)

透華(私は、京太郎とは家族になれないのですか?)

透華(私は、貴方と家族になりたいのですわ。)

透華(戸籍だけでも、血縁とかでも、表面なだけの家族ではなく、本当の意味での家族に……)





咲「京ちゃん……京ちゃんの今の打牌は、悲しい感じがするね……」

京太郎「…………」

咲「もう、一半荘、しよっか。」





透華(京太郎、貴方はお母様を失って、心を冷たくして自分を守ろうとしていたのですのね。)

透華(何も感じず、何も考えないように……)

透華(私もお母様を亡くして、とても辛かったですわ。)

透華(その時、私は周りの家族に救われましたの……)

透華(だから、今度は、私は家族として、貴方の心を融かしてみせますわ!)

透華(あまりこの方法は好きではありませんが、家族のためなら自分の信条を曲げる事など容易いのですわ。)

透華「さぁ、始めましょうか……」

透華「…………」



咲(龍門渕さんの空気が変わった……)

咲(合同合宿で見たものと同じだ……)

咲(本気だってことだよね。)

咲「京ちゃん、本気で来て。」

咲「私たちも本気だから。」

京太郎「あぁ……」





開局される。

東一局、始まった時点では何も感じなかった。

誰も鳴けない事態以外は。

異変は二局目から始まった。





咲(急に冷え込んできた……京ちゃんが本気になったの?)

咲「ん?」

咲(室内に雪?)

和「咲さん、どうしましたか?」

咲「雪が……」

和「雪?」

咲「ううん、なんでもないよ。」

咲(和ちゃんには見えてないという事は、十中八九オカルト能力……)

咲(もしかして、京ちゃんの能力って、河を凍らせるだけじゃないの?)

咲(よし、槓材が来た……)

咲(龍門渕さんの力で鳴けないからきついな……)

咲「カン。」

咲「リンシャンツモ、2000・4000。」





東三局目から冷え込みが更に強くなる。

和ちゃんはオカルトを一切受け付けないからか、寒さを感じないようだった。





咲(さ、寒い……)

咲(手が悴むよ……)

咲(しかも、さっきより雪が強い……)

咲(オカルト同士の戦いになったら、体力勝負にもなってくる……)

咲(早目に勝負を付けないと体温が奪われて負けちゃう……!)





咲(なんとか、槓材が来たけど……)

咲(少し遅かったみたい……)

咲(雪が被って嶺上牌が見えないよ……)

咲(不安で……怖くて槓できないよ……)

透華「……ツモ、1300・2600。」

咲(あがられちゃった……)

咲(それにしても龍門渕さんの顔色が良くない……)

咲(かなり無理してる……)





オーラス、足先に感覚が無く、カタカタと体が震える。

今は真夏もいいとこなのに異常に寒く感じられる。

手を擦り合わせたり、息を吐いて手を温める。

明らかに限界が近かった。

私も、そして龍門渕さんも……





咲(もう既に山に雪が被ってて見えない……)

咲(それでもあがらなくちゃ……龍門渕さんの状態もかなり厳しそう……)


京太郎(俺は……透華さんや衣さんとは何も繋がりが無くなってしまった……)

京太郎(血の繋がりが無い家族との間に、自分の存在価値を見出せないまま……)

京太郎(俺はもう要らないんじゃないか……)

京太郎(俺に龍門渕の人間として生きていく資格はあるのか……?)

京太郎(わからない……わからないよ、母さん。)


咲(また一層、寒くなった……)

咲(どこまで心を凍らせるの、京ちゃん……)





透華(意識が朦朧としてきましたわ……)

透華(指先の感覚などもう、疾うにありませんわ……)

透華(それでも、あと少し頑張れば……)





咲(槓材が揃った……)

咲(あとは嶺上牌……)

咲(でも出来るの……?)

咲(ううん、やらなくちゃ。)

咲(でないと、次に繋がらない!)

咲「カン!」

咲(お願い、あって……)

咲「…………」スッ



咲(あった……見えなくても、ちゃんとあったんだ。)

咲「花は、雪の下でも咲いているんだね……」

咲「リンシャンツモ、2000・4000。」





透華(宮永咲は何か掴んだようですわね……)

透華(それが解れば、重畳ですわ。)

透華(どうやらここまでのようですわね……)



終局して間も無く、力なく項垂れる龍門渕さんがいた。


咲「龍門渕さん!?」

ハギヨシ「どうなさいましたか!?」

咲「ハギヨシさん!龍門渕さんが……」

ハギヨシ「透華お嬢様!?」

透華「うるさいですわよ……少し疲れただけですわ……」


声にいつもの覇気がない。


ハギヨシ(手足がこんなに冷たく……そこまでして……)

京太郎「俺の……せいですか……?」

ハギヨシ「大丈夫です、透華お嬢様は少しお疲れになっただけです。」

透華「気に病むことはありませんわ。」

透華「京太郎、どうか、心を閉ざさないで……」

透華「貴方の味方はいますから。」

ハギヨシ「私どもはこれにて失礼します、それでは。」


ハギヨシさんが透華さんを抱きかかえたまま家を出て行った。

多分俺のせいだろう。

俺のせいなんだ……



透華お嬢様を車に乗せ、出そうとした時、宮永様からお声を掛けえられました。


咲「私も行っていいですか?」

ハギヨシ「わかりました。」


大急ぎで車を飛ばし、龍門渕邸に辿り着いた時、透華お嬢様の顔色は好転しておりましたが。

大事を取ってお部屋で休まれることになりました。

お嬢様をベッドで横たわらせると衣様が駆け寄って参りました。




衣「大丈夫か!?トーカ!」

透華「衣、私、京太郎と打ってまいりましたわ。」

透華「ですが、誠に残念な事ですが……」

透華「今の私では京太郎の心を融かすまでは行きませんでしたわ……」

透華「しかし、私が治水した河は、水が引けば京太郎へと続く道になるでしょう……」

透華「ですので、あとは……頼みますわよ……」

衣「……衣にまかせろ、トーカ。」

衣「今はゆっくり養生して、鋭気を養え。」

衣「京太郎が戻ってきた時に、トーカに元気が無かったらあやつも悲しむだろう?」

透華「ふふ、そうですわね。」

咲「あの、衣ちゃん。」

衣「なんだ、咲。」

咲「京ちゃんのことについて話があるの。」

衣「……わかった。」

――――――
――――
――


衣「成る程、そういうことか。」

咲「少しでも参考になればと思って。」

衣「十分だったぞ、感謝する、咲。」


咲「あ、あの!」

咲「京ちゃんのこと、よろしくお願いします……」

衣「咲に言われるまでもない。」

衣「きょうたろーは衣たちの大事な家族だからな。」





透華さんが戻った後、和や優希の奴も帰っていった。

透華さんが倒れて、そしてそんな場面を見た俺の表情を見て、あいつらは居た堪れなくなったのだろう。

……大分暗くなってきた、いっそのことこのまま寝て、全て忘れられればいいのに。

そう思いかけたとき、インターホンが鳴った。

ハギヨシさんだろうか、透華さんだろうか、それとも咲だろうか……

玄関に立っていた訪問者は、その誰でもなかった。





京太郎「衣さん、純さん……」

純「よっ、元気にしてたか?」

衣「きょうたろー久方ぶりだな、息災か?」

京太郎「俺よりも透華さんの方が……」

衣「案ずるな、トーカに別状はない。」

京太郎「……そうですか。」





少し安心した、俺のせいで倒れた透華さんが無事だと聞かされて。

衣さんが言葉を続ける。


衣「きょうたろー、衣と打とう。」

京太郎「俺今そんな気分じゃ……」

衣「それでも衣は打ちたいのだ、他の誰でもなく、きょうたろーと。」

京太郎「でも、衣さんも透華さんみたいに……」

衣「きょうたろー如き孺子が、衣をどうにか出来るとでも思っているのか?」

京太郎「それでもやっぱり……」

衣「四の五の煩いぞ、この白面郎!衣と打つのだ!」

純「京太郎、打ってやってくれ、衣はこうなると言っても聞かないぜ。」

京太郎「……わかりました。」





衣(今のきょうたろーは自分の力を恐れている。)

衣(きょうたろーが自分の力を恐れて、本当の自分を晒せなくなっては孤独になってしまう。)

衣(かつての衣と同じように……)

衣(だから、衣が受け止めてやる、同じ恐れられる異能の持ち手として。)

衣(そして、耐えて、きょうたろーが全力で当たっても傷つかない者が居ると証明してやる。)

衣「さぁ、始めよう、昏鐘鳴の音はもう過ぎている。」

京太郎「純さんは打たないんですか?」

純「オレはただの付き添いだ。」

衣「衣との指しの勝負だな。」

京太郎「……わかりました。」





東一局


衣「海底ツモ、1300・2600だ。」

衣(相変わらず、きょうたろーの河が凍っているな。)

衣(だがこれはきょうたろーの本気ではない。)

衣(やはり、トーカとの対局で恐れを抱いてしまっているのか。)

衣(ならば……)

衣「きょうたろー、貴様巫山戯ているのか?」

京太郎「……いえ。」

衣「ならばトーカを下した力を見せてみろ。」

衣「衣はきょうたろー程度の力では倒れないぞ。」

京太郎「……はい。」

衣「…………」

京太郎「…………」





透華さんは俺と対局して倒れた。

そしてそれを知りつつ、衣さんは俺の力を試している。

衣さんなら受け止めてくれるのだろうか……

この心まで凍てつかせるような力を……

怖い、恐い、また人を傷付けるのではないのかと考えてしまう。






衣(明らかに温度が下がった。)

衣(漸くきょうたろーが本気を出したか……)

衣(来い、きょうたろー、衣が、受け止めてやる。)

衣(衣は家族の孤独を受け止められぬ程、器は狭量ではないぞ!)





東二局


卓上に雪がちらついて来た。

それに息も白くなってきている。

風は次第に強くなり、衣の体温を奪っていく。





衣(これは、きょうたろーの心の悲鳴だ。)

衣(きょうたろーの悲しみ、嘆きが暴風雪のようになって人を拒んでいる。)

衣「まるで頞部陀地獄だな……」

衣「…………」

衣「ノーテンだ。」

京太郎「……ノーテン。」

衣(まさか衣がノーテンだとはな。)

衣(普段なら鳴いてでも海底牌を引くのだが……)

衣(きょうたろーと指しで打つとここまでやり難いものなのか……)

衣(それに――)

衣(四肢の感覚も危うくなってきた……)

衣(だが、衣はきょうたろーの前では決して膝を折らないぞ。)

衣(人を孤独にするような力の前で、きょうたろーを不安にしない為にも、衣は決して膝を折ってはならないんだ。)

衣「純、あれを。」

純「……まさか本当にこれを真夏に使うとは思わなかったぜ。」


純が取り出したのは厚手のコートに耳当てだ。

衣は防寒着を着て卓に再度着く。


衣「待たせたな、再開だ。」





南一局


衣(きょうたろーは自分のせいで人を傷付けるのを極端に恐れていた。)

衣(自身が傷付くのは厭わないが……)

衣「きょうたろー、衣なら大丈夫だ。」

京太郎「…………」

衣「もっと己が内を晒け出していい。」

京太郎「…………」

衣「……?」

衣(雪が止んで、雲が晴れた……?)

衣(力が弱まったのか?いや、違う、これは……!)

京太郎「…………」

衣(そうか、放射冷却か!)

京太郎「……ツモ、4000・8000。」

衣(これは……確かにきついものがあるな。)

衣(きょうたろー、お主は正しく龍門渕家の人間だ。)





オーラス


衣(さっきの冷却で海の底まで凍った……)

衣(よもやここまで進化しているとはおもわなんだぞ。)

衣(しかし、感激してる場合ではない。)

衣(考えなければ、きょうたろーの氷を融かす方法を!)

衣「……!」

衣(そうだ、やった事はないが、あれを出せれば……!)



18順目


衣(よし、準備は磐石……)

衣(後は起こすだけだ。)

衣「きょうたろー。」

京太郎「…………」

衣「この、涙も凍てつかせる厳寒は、きょうたろーの心なのだろう?」

衣「きょうたろーの力は海の底まで凍りつかせる冷たさだった……」

衣「きっと衣だけではきょうたろーの氷壁を融かすことは出来ない。」

衣「だが衣はきょうたろーの連理の枝とトーカが紡いだからここにいられる。」

衣「衣は咲とトーカが道を繋いだからこそ、きょうたろーの心へと辿り着けた。」

京太郎「………………」

衣「なぁ、きょうたろーは知っているか。」

衣「仄暗く、光も届かぬ冷たい海の底でも、暖かい物はあるんだぞ……」

衣「聞こえるかきょうたろー?海底に眠る脈動が……」

衣「見えるかきょうたろー?火脈を通る血潮が。」

京太郎「…………」





海底からぐつぐつと煮え立つ海水が泡と共に噴出してきた。

それはやがてきょうたろーが張った氷をも融かし、海底に再び暖かさを齎(もたら)す。


タンッ


衣「海底ロン、8000、逆転だな。」

衣「どうだ、衣の海底火山できょうたろーの氷も融けたぞ。」




京太郎「俺は……」

衣「…………」

衣「少し、衣の話をするぞ。」

衣「衣は六年前独りになってしまった。」

衣「衣の父君と母君は衣を残して黄壌に逝ってしまったんだ……」

衣「衣はトーカと逢わなければ一人だったかもしれない。」

衣「だからきょうたろーの悲しみが解る。」



衣「衣の父君と母君が亡くなった時は泣いたんだ……」

衣「衣は泣いたぞ!いっぱい泣いた!」

衣「だからきょうたろーも泣いていいんだ……」

衣「泣いて……いいんだ……」

京太郎「俺、俺は……」



衣「もし、きょうたろーが泣けないのなら、衣が代わりに泣いてやる……」

京太郎「でも俺は、衣さん達と血の繋がりなんてないんですよ……」

衣「そんなのは関係ない!」

衣「きょうたろーと衣は血の繋がりなんて無くても家族だ!」

衣「家族なんだ!」




衣「だから、一歩でいい、こちらに足を踏み出せ。」

衣「少しでもいい、こちらに手を伸ばせ。」

衣「衣が、衣たち家族が、引っ張り上げてやる。」

京太郎「こ、ろも、さん……」

京太郎「俺……俺……!」





俺の中の何かが、融けて、決壊しそうだった。

今、俺の顔を見られたくなくて顔を俯かせる。

そんな俺をみたのか、純さんは俺の方にやってきて、片手で頭を掴み、抱きしめる。





京太郎「えっ……」

純「その、なんだ……」

純「人に顔見せたくないときもあるだろうから、オレが胸を貸してやる。」

純「…………」

純「オレはがさつでよく男みたいだと言われる女だが、一応京太郎より年上だ。」

京太郎「…………」

純「一応女ではあるけど、お前の荷物持てねぇほどやわじゃない。」

衣「……純、よくわからないぞ。」

純「だー!上手く言えねぇけど、つまりだなー!」

純「お前の兄貴役ぐらいにはなってやれるって事だ!」

京太郎「純さん……」

純「だからもっとオレらに心配かけさせろよ。」

純「もっとオレらに面倒掛けろよ。」

純「それが家族ってもんだろ。」

京太郎「すいません……純さん……」

京太郎「少しだけ……少しだけ、借ります……」

純「……おう。」




――――――
――――
――




京太郎「すいません、迷惑かけちゃって。」

純「気にすんな、迷惑なんて思っちゃいねぇし。」

京太郎「明日、顔を出しに行きます。」

衣「待っているぞ、きょうたろー。」

純「じゃあ、オレらはこれで帰るよ。」

衣「それでは、また明日だな。」

京太郎「はい、また明日。」





純「ふぅ、なんとか終わったな。」

衣「…………」ムッスー

純「どうしたんだよ?そんなむくれっ面して?」

衣「美味しい所を純に持っていかれた気がするぞ……」

純「んなことねぇよ、衣が居なかったら京太郎のやつ、きっと自分の殻に閉じ篭っていたぜ?」

純「京太郎が立ち直ったのは、衣が京太郎の力を受け止めたからだよ。」

衣「ふふん、そんなもの、当たり前だ。」

衣「なんて言ったって、衣は……」


衣「衣はきょうたろーよりお姉さんだからな!」





今まで長く過ごしてきた思い出一杯の家にしばしの別れを告げる。

母さん、たまには帰ってくるから。

そのときはまた思い出話でもしようか。

そう心の中で話した後、玄関の扉を閉め、鍵を掛ける。




龍門渕家に着き、玄関を開けると俺を待っている人達が居た。


「「「おかえり(なさいませ。)」」」


どうやら俺は思ったよりここの家族に心配を掛けていたようだ。

今ならちゃんと言えるこの言葉。


「ただいま戻りました。」